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昨日の続き。 産経新聞の「「日教組批判は取り消すわけにいかない」中山前国交相インタビュー(上)」というインタビュー記事でも、盛んに日教組批判をしているのだが、なぜそこまで日教組に脅威を感じるのかが理解できない。 政治家が「日教組を解体する」と発言したからには、それが可能だという法的裏付けがあるはずなのだが、国内の労働関連法を改正するだけでなく、ILOあたりともやりあうことになるはずだ。そこまで考えての発言だったとは思えない。 しかし、撤回する気はないらしいから、法を改めILOとも対決する覚悟なのだろう。 そもそも、わたしが不思議に思うのは、なで日教組を敵視する人たちがいるのか、ということなのだ。組織率はわずか3割程度。民主社会において、どうやって3割の人間が全体を動かすのだ。 日教組路線が実現しないようにするのは簡単だ。 学校で行うことは、すべて職員会議で多数決で決めることにすればいい。 3割しか賛成しないなら、すべて否決される。 ただそれだけのことだ。 なぜかネット版では記事が見つけられなかったが、「読売新聞」29日12版の記事にはこうあった。日教組のある幹部は「現在は教育研究に重点を置いており、昔の日教組は考え方がまったく違う。批判されるほどの力もなく、過大評価されているようだ」と自嘲《じちょう》気味に語る。 「批判されるほどの力も」ないというのは正直な気持ちだろう。 そんなものをことさら取り上げて大騒ぎするのが理解できない。 おそらく、日教組を批判する人たちは「敵」というか「悪」が必要なのだろう。 自分が「正義」であるためには「悪」がなくてはならない。 そのために日教組を利用しているとしか思えない。いわば、日教組のおかげで正義面をしていられるのだから、日教組に感謝した方がいいだろう。 もう一つ。日教組批判の裏にあるのは戦後批判である。 戦後は何もかも悪い、戦前は何でもかんでも素晴らしかった、という幻想の持ち主が戦後教育の象徴として日教組を持ち出すのである。 ほんとうは日教組なんかどうでもいいのだ。 ところが、自家撞着に陥ってしまっているのがあまりおつむのよろしくないところだ。 成田空港に関して、たとえば、「「成田反対ゴネ得」「日本は単一民族」 中山国交相「誤解招く」と撤回」によると、成田空港の拡張が地元住民の反対などで進まなかった経緯について、反対派らによる「ゴネ得」と述べ、「戦後教育が悪く、公共の精神が欠けている」と批判した。と発言したそうだ。 昨日書いたように、わたしは成田闘争を子どもの時にニュースで見ていた。 戦っていたのはわたしの親と同年配かもっと年上の人たちだった。 「戦後教育」ではなく、「戦前」「戦中」の教育を受けた人たちが、自分たちの土地を奪われまいと命をかけて戦っていたのだ。それを無理やり「戦後教育」に結びつけるのは、一般人なら「ものを知らない」で済むかもしれないが、政治家としては資質の問題だ。 成田空港の拡張に反対している人たちが、どういう時期に教育を受けたのか調査した結果ならまだしも、そういう客観的な事実を何も提示していない。 また、「土地」に執着する心理を理解していないというのも困ったことだ。 カネが目当てなら、カネをもらってさっさと引っ越していくだけのことだ。 しかし、そうはならなかった。「ご先祖様が開墾してここまで作り上げてきた農地を手放しては申し訳ない」「生まれ育った土地に住んでいたい」という祖先を敬う気持ちと郷土愛を踏みにじったことがそもそも間違っていたのに、その責任を他人になすりつけて自分は知らん顔を決め込もうという心根が、この中山という人の発言に表れているのである。 しかもこの人、「「成田反対ゴネ得」「日本は単一民族」 中山国交相「誤解招く」と撤回」では、(空港整備が進む)中国がうらやましいとまで言っているそうだ。 そんなに中国が好きなら中国に帰化すればいいだろう。 わたしは中国に住みたいとは思わないが、こんなに中国が好きな人もいるんだね。 なるほど、道理で自民党は、中国や北朝鮮のような国家を目指しているように見えるわけだ。 追記。 タイトルの「吠ゆる」は正しくなかった。 「吠ゆる」は誤りをご覧下さい。楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へ
2008.09.30
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あまり政治的な話は好まないので、ふだんは書かないのだが、今回はあまりにも目に余るので取り上げる。 あっという間に国土交通相を辞めることになった中山氏の発言についてである。 どのメディアも「失言」ととらえているが、「失言」は、「言ってはならないことをうっかり言ってしまった」ということであって、その発言の内容の真否は問題にならない。むしろ、それが真実であるからこそ言ってはならないことを口にした場合に「失言」になるのだと思うのだが、そうではないらしい。 とりあえず「失言」ということにしておいて、その中身を検討してみる。 「日本は内向きな単一民族」 これは単なる事実誤認。今年に入って、「アイヌ民族を先住民族とすることを求める決議」が採択されたばかりなのだから、国会議員なら、当然、「日本は単一民族国家」ではないことは知っているはず。 政治家としては、ものを知らないでは済まされない。 「日本は単一民族国家」という幻想を捨てることができないらしい。 「ゴネ得」 たとえば、毎日新聞の報道では、 中山成彬国土交通相は25日午後、国交省内で行った報道各社のインタビューの中で、成田空港の拡張が進まなかった原因について「(地元住民の)ごね得」「戦後教育が悪かった」と述べるなど、突出発言を繰り返した。 ということらしい。 「ごね得」というのは、ごねることで得をする場合にしか使えない。 すでに国際空港として機能している成田空港の拡張に反対してどんな利益があるのかそれを明示しなくては説得力はない。 成田闘争が始まった時は、わたしは、小学校の低学年だった。 テレビでニュースを見て、何が何だかよくわからなかった。 ただのおじさんやおばさんが、重機をあやつる人たちに抵抗していることだけはわかった。 子供心に、おじさんやおばさんを応援していた。 地元に何の説明もなく、いきなり「空港を作るから出ていけ」と言われて怒っているのだということを理解するまでに時間がかかった。 今思うと、地元の人たちと政府の関係は、黒澤明の「七人の侍」と同じだ。 武力を持たない人々に襲いかかる野党の群れが政府だ。 野党と違って政府は強大な力を持っているので、成田空港は始動し、地元の人たちも、駐車場経営など、空港があることで生活費を得られる道を模索してきた。 しかし、そもそも出発点は、政府の「ごね得」だったのに、それを無視して、いや、無視しているのではなく、「単一民族国家」発言と同じように、ただ単に知識がなくて知らないだけなのかもしれないが(でも、国会議員がそんなにものを知らなくては困るんだけどね。どんな人がこの人に投票したんだろう)、地元の人の苦しみを「ごね得」と切り捨ててしまえる神経には驚くしかない。 もう一つ、「日教組」の問題があるのだが、それは後で書こう。 これこそ「万犬虚に吠ゆる」の見本なのだ。 念のために言っておくが、「一犬虚に吠ゆれば万犬実を伝う」がもとの形だからね。 「一犬」だけでなく「万犬」が虚に吠えている現状の象徴が、この中山氏の発言なのだ。 追記。 タイトルの「吠ゆる」は正しくなかった。 「吠ゆる」は誤りをご覧下さい。楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へ
2008.09.29
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朝、網戸にとまっていた。 枯れ葉かと思ったら違う。蛾だ。 こんな蛾はそんなにはいないだろうと思って検索したのだがわからない。 わかる人にはわかるんだろうけど、素人の悲しさで同定できない。 何という虫なんだろう。楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へ
2008.09.28
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こういう映画があることを知らなかった。 今回、BSで放送されたのを見て、初めて知った。 核兵器への恐怖が今より遙かに強い時代だったとはいえ、「戦争」ではなく、「核兵器」がここまで正面から取り上げられることはあまりなかったのではないか。 主人公の老人を、三船敏郎が演じている。 年齢から言えば、志村喬が演じて、千秋実の役あたりを三船で、とおいう方が自然なのだが、それでは、思い込みの強い独裁的な家長という雰囲気が出ない。 ここまで三船敏郎にのめり込むのは、それだけの理由があったのだろう。 客観的に見れば、主人公のすることは無茶苦茶で、ブラジルに移民したところで平穏無事というわけではないはずなのだが、そうせずにはいられない何か、がそうさせるのだ。 単純に、「核兵器への恐怖」だけで行動しているのではない。 また、家族思いではあるのだが、愛人もいてその子もいて、通常の「家族思い」ではない。その矛盾に気づかないところが常人ではない。 自分の中にある問題に気づかされるのは、従業員に「自分たちはどうなってもいんですか」と問いかけられた時である。 自分と家族のことしか考えていなかった、従業員のことを忘れていた。 いや、ほんとうは、自分のことしか考えていなかったのかもしれないし、人類全体のことを考えていたのかもしれない。 単純な苦悩ではなかった。 最後には、自分自身の中では核兵器の恐怖から逃れることができるのだが、当時は、共感できた人も多かったのではないだろうか。 音楽は、昔のSF映画によくある、のこぎり音楽というか、ビョンビョンというか、ヒュウヒュウというか、あの不安定な旋律が使われている。 「七人の侍」の早坂文雄の遺作なのだそうだ。 クレジットにも「遺作」と表記されている。 生きものの記録(1955) - goo 映画楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へ
2008.09.27
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産経新聞の「【Re:社会部】押し寄せる波」によると、雑誌廃刊のニュースが続いているそうだ。 わたしにとっては「週刊ゴング」の廃刊が大きなショックだったので、人ごとではない。 報道や出版業界はかなり厳しい状況にあるらしい。 さて、この記事なのだが、こんな風に結ばれている。 我田引水になりますが、10月でスタートから1年を迎えるニュースサイト「MSN産経ニュース」は、速報性と独自のコンテンツで幸い好評をいただいております。「波はチャンスに変えられる」。そう信じつつも、取材現場での暗中模索はこれからも続きそうです。 言葉通りに受け取ると、産経新聞社は、雑誌の廃刊を自分たちにだけ都合のいいように利用しているということになってしまう。 いくらなんでもそんなことはしないだろう。いや、産経新車ならするのかな。 せめて「自画自賛」だったら違和感は感じなかったんだけどね。楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へ
2008.09.26
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「茶色のオンブバッタ」で書いたように、カマキリも茶色になることがある。 それを書いたら、早速、スーパーの店先でカマキリを発見。 茶色になりかけている。 このままでいるのか、完全に茶色になってしまうのかはわからない。 こんな、虫なんかいないようなところで、地面から台車に登っていった。楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へ
2008.09.25
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昭和のウルトラ兄弟と平成ウルトラマンの夢の顔合わせ。 「メビウス」は、かつてのウルトラ兄弟の末弟として地球にきていたので、昭和のウルトラマンとつながっていて当然だったのだが、「ディガ」「ダイナ」「ガイア」はM78星雲とは縁のない存在だったはず。 それをどうやって同じ世界に置くのかと思ったら、なんと、ウルトラマンはテレビの中だけの話、という世界で、ハヤタたちは全くの一市民として平穏に暮らしている。 ところが、怪獣が現れ、パラレルワールドからメビウスがきたことがきっかけで、他の世界ではウルトラ戦士として戦っていたことを知り、ウルトラマンとして覚醒するのだ。 「ウルトラマン」と「ウルトラマン・ティガ」は、それぞれ異なるパラレルワールドにいたわけだ。 最初のウルトラマンの放送が始まった時に、平成ウルトラマンの三人は小学1年生ぐらいで、それが開港150周年を迎えようとしている横浜でまだ若者、というところはつじつまが合わないのだが、そこはそれ、パラレルワールドだから。 冒頭に出てくる駄菓子屋さんがイデ隊員というあたりから、小ネタ満載で「ウルトラQ」の万城目淳こと佐原健二が「ウルトラマンMAX」の時と同じようにSF作家として登場し、「アンバランス」(「ウルトラQ」というタイトルになる前は「アンバラン」というタイトルになるはずだった)という言葉を口にしたり、榊原ルミが助ける老人がこれまた「ウルトラQ」に出ていた西條康彦だったり。 榊原ルミといえば、「帰ってきたウルトラマン」では途中で死んでしまっていたので、郷は他の女性と結婚しているのだろうと思ったのだが、この世界ではウルトラマンになっていないので、無事に結婚し、娘もいる。 一番泣かせるのは、「坂田自動車」の壁に岸田森さんの遺影が掛けられている場面。「ああ、スタッフはわかってるなあ」と思った。 「ウルトラマン・エース」の北斗と南が夫婦というのは全く自然な設定なのだが、どうせなら、久しぶりに二人でエースに変身して欲しかったな。 そうそう、医師が、人手不足を嘆く場面で、もと看護師だったという台詞が出てくるが、これは、「ウルトラマン・エース」での設定。 ほかにもいろいろ語りたいことはあるのだが、長くなるのでまた後日。公式サイト大決戦!超ウルトラ8兄弟 - goo 映画楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へ
2008.09.24
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これを見るのは二度目。 今回じっくり見直して、確かに「STAR WARS」のC3POとR2D2はこれが元になっていると思った。 映画のおもしろさについては、語る必要はあるまい。 次から次に難関が待ち受け、それを乗り切ってゴールする物語だ。 藤田進の「裏切り御免」が、日本映画には珍しい乾いた感性ですっきりしている。 前に見た時もそうだったのだが、登場人物の中で一番好きなのは、滅ぼされた秋月領の娘だ。 人買いにつれられているのを助けられ、最初は、どうして自分が助けられたのかはわからないのだが、途中で、一緒にいるのが姫と知って身を挺して守ろうとする。千秋実と藤原釜足がよからぬことを考えると、石を抱えて姫を守る場面など、台詞がないだけによけいに迫力がある。 前に見た時は台詞はなかったように思ったが、何度か台詞を言っていた。 藤田進の裏切りのおかげで関所を通り抜ける場面で、ちゃんと三船敏郎が馬に引っ張り上げて連れて行くところがいい。 「STAR WARS」がこの映画を下敷きにしているのは確かだが、唯一、この映画にはなくて「STAR WARS」にはある要素がある。 それは「恋愛」である。 この映画では、「姫」と「家臣」であって、恋愛関係にはならないことが前提になっている。姫も、三船敏郎を家来としか思っていない。 しかし、「STAR WARS」は違う。お姫様、というのは、手が届く範囲にいるものらしい。レーア姫からルークにキスしちゃうしさあ。 結局はハン・ソロとくっつくわけだけど、ハン・ソロも、相手が姫だから、などとへりくだったりはしない。 こういうところが文化の違いなのだなあ。隠し砦の三悪人(1958) - goo 映画楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へ
2008.09.23
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これは初めて見た。 シェークスピアの「マクベス」の本案で、「森が動く」ということが現実になって、主人公は滅んでしまう。 三船敏郎の、常に目を見張った、常人ならざる表情と、千秋実の、一見、野望などなさそうな顔立ちの対比がわかりやすい。 もちろん、最大の見せ場は、三船敏郎が矢で射られる場面で、寄って撮影している時はまだしも、数メートル離れたところから屋を射かける場面は、合成ではないし、「七人の侍」の時のように、テグスを使って矢を飛ばしているわけでもなく、おそらく、主人公の恐怖の表情は、演技ではなく、生身の自分が矢で射られているという恐怖がそのまま出ているのだろう。 最初と最後が「蜘蛛巣城跡」と書かれた木柱が立っているだけの場面で、遠い昔の、あったかどうかもわからない話、ということになっている。それでもいいのだが、予言通り、千秋実演じる三木義明の息子が城主になったのかどうかは知りたいところだ。 これを見て、松田優作の出た「嵐が丘」を連想した。何か影響を与えているのではないだろうか。蜘蛛巣城(1957) - goo 映画楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へ
2008.09.22
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ただの校長の自慢話かと思っていたのだが、読んでみたら、意外や意外、面白い。 ほとんど本音で書かれている。 校長になって赴任して直後の春休み。「転編入考査」の合格発表の前日に「地元選出の都議会議員の一人から」「知人の子どもの合否を教えて欲しい」という電話があったという。 この人が校長になるまでは、当然のこととして、合否を教えていたらしい。 断ると、その翌年、同じ都議会議員の電話の後で、「東京都教育委員会のある課長」から、同じ内容の電話がかかってきたという。そればかりではない。それからというもの、私が退職する前縁まで同様の趣旨の電話が教育委員会の複数の課長からかかってきた。(p28)のだそうだ。 校長だって、教育委員からから求められれば断りにくいだろうに、それを断ったらしい。 面白いのは、校長としての立場から、教育行政に対する不信感を隠さずに述べているところと、教員世界に学閥があり、その力で自分が教頭、校長に昇進できたのだろうと、包み隠さず述べているところである。私が教頭、校長に昇進する際、学士クラブの何人の先輩にさまざまな場面、機会において、推薦してもらっただろうと推察している(ただし、茗渓会の先輩校長やOBからも推薦があったと思う)(p166)とはっきり書いている。 「茗渓会」というのは旧教育大、今の筑波大の同窓生の教員組織らしい。 リンチ事件が起こった時には、東京都教育委員会は、間接的に私に対して退学にしないことを望んできたが、私はそれには従わなかった。(p153)というのだが、「東京都教育委員会」が「間接的に」とはどういうことなのだろう。自分たちが責任を取らなくてもいいような形で、校長に責任をかぶせるような形で「望んで」きたらしい。 また、勤務時間について、「平日の放課後、特に校務がない教員の下校を認めよ」という組合の要求に対して、それを受け入れている。 厳密に言えば、法には背いているのだろうが、これが現実的な選択だろう。 わたしの末子は、中学生で、ある部に属している。 土曜日曜も八時までに登校し、午後七時少し前に帰宅している。 つまり、その間は顧問の教師が一緒にいるわけだ。公立学校の教員には残業手当はない。休日に出勤すれば、その分、どこかで休みは取れるはずだが、出勤した日に、どんなに遅くまでいても待遇は変わらない。 民間企業並みに残業手当をつければいいという人もいるだろうが、おそらく、そうしたら、教育公務員の膨大な人件費が計上されることになるだろう。 残業手当は出さないけれど、用事がなければ帰っていいよ、という方が、お金はかからない。 少し長くなるが、まさにその通り、と思ったところを引用しておこう。 教育委員会に、中途退学者の多い高校の校長が集められて、、実態の報告、意見交換、そして最後に中途退学者を減らすよう努力を求められたことがあった。教育委員会は都議会や文部省、そしてマスメディアの意向・動向もあって、このような会を持ったのであろう。しかし、私は、高校を中退したい生徒を無理やり学校に留めない方が本人の将来のためにもよいと考え実践してきた。(P154) まさにその通りだと思う。 学歴よりも技術が必要とされる世界がある。 あるテレビ番組で、世界中で、そのことができるのは日本のある町工場しかない、というのを取り上げているのを見たことがある。 技術としては、何かの検査機器を作るために、細い管に金属の棒を差し込むだけなのだが、誰にでもできるわけではないらしい。 そこの社長が、「高卒で就職してくれればどうにかなるが、大卒では無理だ。できれば中卒で就職して欲しい」と言っていた。 その機器を作るための技術を身につけるのは、若ければ若いほどいいらしい。工業製品なのだが、「職人技」が要求される世界なのだ。 私が中学校を卒業した時には、同級生の中に、何人も、高校に進学しないで就職した者がいた。校則で男子は丸刈りだった中学校で、当然、女子のパーマなど許されない学校だったのだが、就職が決まった女子生徒が、パーマをかけてきても、教師は何も言わなかった。親が、社会に出る娘へのはなむけとして美容室に連れて行ったのだろうということは、教師にも生徒にも察しがつく。 一律に学歴ばかりに目を向けるのはよくない。 どうしてそのことに、みなが気づかないのだろう。 一つには、新聞社やテレビ局で働く人たちが高学歴が当たり前、という世界で生きてきた人たちだからなのだろうと思う。 大学を卒業するのが当たり前、有名大学に入学するのが当たり前、という前提で生きてきた人たちがメディアを仕切っていて、みんな、それに惑わされているだけなのだが、なんとなくそれに気づいていながらも、「学歴社会」という幻想にすがりついているようにしか思えない。 もちろん、サラリーマン社会は「学歴社会」である。 この本の著者が正直に述べているように、教員の世界にも「学閥」があるのだろう。 しかし、「職人」の世界には学歴も学閥もない。求められるのは「腕」だけだ。 学歴よりも腕で働く人の方が高収入が得られる社会だったら、子どもたちにとっては、もう少し暮らしやすい社会になっているのではないだろうか。楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へ
2008.09.21
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最近、眼鏡のフレームががたついたり、レンズが汚れやすくなったりしたので、作り直すことにした。 眼鏡屋さんで視力を計り直すと、やはり、老眼が進んでいるという。近視の部分は少し弱めにして、遠視の部分を強くすることになった。 昨日、眼鏡ができたと連絡があったので、取りに行ってから出勤。 フレームの形は今まで徒歩どんど同じで、色が違う。 それでも今までとは見え方が全然違う。 明るいのだ。今までの眼鏡は、レンズの表面が曇ってしまっていたらしい。 注意事項として、プラスチックレンズは熱に弱いので、熱湯につけたりしないように、と言うことだった。 今まで、サウナに入る時にも眼鏡をかけたままだったのだが、なんと、サウナもよくないらしい。 これからは気をつけて、少しでも長持ちさせよう。 で、その新しい眼鏡をかけて職場へ行ったら、気づいたのは一人だけ。 そんなもんだよね。楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へ
2008.09.20
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昨日に続いてオンブバッタの写真。 こちらはメスが茶色。 種類が違うわけではないらしい。 カマキリも、緑色のカマキリと茶色のとがいる。 何かの本で読んだけど、どうして違う色になるのかわからないらしい。楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へ
2008.09.19
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畑にいたオンブバッタ。 下の大きいのがメスで、上がオス。 「ショウリョウバッタ」と同じものなのかと思っていたが、ショウリョウバッタは、こんなふうにいつもくっついていたりはしないそうだ。楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へ
2008.09.18
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以前から取り上げている、生ゴミの中から勝手に生えてきたカボチャの葉の上に来客が。 似た色なので、すぐにはわからなかった。 うどんこ病のおかげで発見できたようなもの。 近くに池や大きな水たまりがあるわけではないのに。 そう言えば、蚊もたくさんいる。どこで繁殖しているのだろう。楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へ
2008.09.17
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「カボチャの群生」で取り上げたカボチャのその後。 こんな実がついている。 果たしておいしいのだろうか。 不安はあるが、そのまま実を見守っている。 おいしいといいなあ。楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へ
2008.09.16
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たまたま見かけた。 斜めになっているのは、支柱なのだろう。 一本は途中から色が違う。何かの工事中なのだろうか。楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へ
2008.09.15
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借りている畑でニラの花が満開だ。 わたしが植えたものではない。わたしの前にその畑を借りていた人が植えたものがそのまま残っている。 家庭菜園の入門書に、境界線に沿ってニラを植えると、病気や害虫の予防になるなどと書いてあるのを読んだ記憶がある。 それを真に受けて、わたしも植えたことがあるのだが、そう簡単に防げるものではない。 また、ニラは、素人には、売っているようなものは作れない。収穫しても日持ちしないし、なかなか面倒な作物なのだ。 においはするが、花は可憐だ。楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へ
2008.09.14
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昨日、所用で新宿へ行った。 西口から都庁方面へ向かう途中で、猛烈なタバコのにおい。 何かと思ったら、NSビルの道路側の植え込みの向こう側にもうもうたる白煙が見える。 喫煙所になっているらしい。 横目で見ていると、喫煙していた集団がビルの中に戻っていった。みんなワイシャツ姿。 建物内が禁煙なので、休憩時間に、そろって外にタバコを吸いに出てきたらしい。 NSビルは、昔、何度も通った。 今はどうか知らないが、ワープロ専用機が出始めた頃、ある階に、各社のショールームが並んでいたのだ。 その階を一回りすれば、主なワープロは見ることができた。 ワープロにしか使えない機械で何十万円もした頃の話だ。 その頃は、「パソコン」などというものを個人で買うなんて、まだまだ夢物語だった。 しばらくして、いくらか家庭に普及し始めた頃、渋谷にあったPCショップでのこと。 そこにいたおじさんが、「お兄ちゃん、大学生?」と話しかけてきた。すでに就職していたので、「いいえ」と答えると、「コンピューターは大学で勉強してるくらいの知識がないと使えないらしいよ」と言うのだった。 よっぽど敷居が高いと感じていたのだろう。 NSビルの前で、そんなことも思い出した。楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へ
2008.09.13
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富士山シリーズ。 三合目の駐車場。 ここもまた雲の中。 下界は見えたり見えなかったりだった。楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へ
2008.09.12
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大月書店。「科学全書」9。1983.7.11第一刷。1989.2.10第6刷。 書名から、言語学の本なのだろうと思ったし、実際、読んでみると言語について述べた本ではあるのだが、「言語」とは何か、というのは簡単な問題ではないのであった。 人間社会において「言語」がどのような意味を持つか、ということは、科学であるよりも哲学であり、思想なのである。 正直なことを言えば、何が書いてあるのか理解できない本であった。 そもそも、「言語」がどのようにして生まれてきたのかさえわからないのだから、説明しようとしている筆者だって、わからないことを説明しなくてはならない、という苦労をしているのだ。 面白かったのははじめの方。 「言語の起源をめぐって」で、渡部昇一の主張に異を唱えている。もっとあからさまに言えば、渡部昇一を罵倒している。 渡部昇一の主張自体が、言語学の常識からすれば矛盾しているのだが、当人はそれに気づかず(それに気づくだけの知識もなく)、ごちゃごちゃ言っているらしい。 何か、人間よりも大きな存在があると信じたいらしい。 もちろん、そう信じることは個人の自由である。信仰の自由は保証されてしかるべきだ。 しかし、「信仰」は「科学」ではない。 神が地球の生物を作った、と信じることは自由である。しかし、それが客観的な事実かどうか、というのは「科学」の領域であり、信じる、信じないではすまないのだ。 言語とは何か、どのようにして生まれたのか、ということを探るのは「科学」であり、同時に「思想」でもある。 そのことを初めて認識させられた。楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へ
2008.09.11
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富士山の登山道で見かけたキノコ。 溶岩だった石のくぼみに群生している。 まるでキノコの盆栽のようだ。 なんとうキノコなのかはわからない。楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へ
2008.09.10
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「お風呂シーンにも意欲! 磯山さやか「水戸黄門」レギュラーに」「由美かおる&磯山さやか入浴対決!?」という記事によると、何と、次期シリーズでは磯山さやかがレギュラー出演するそうだ。 以前から、昔のようにそのシリーズだけ旅をともにするゲストを入れたら、と思っていたら、前シリーズで実現して、これなら話をふくらませられる、と思っていたのだが、今度は磯山さやかとは想定外。 一生懸命に仕事をしている感じがして、好感の持てる人なので、楽しみ。 本人も、茨城出身だし、水戸黄門には親近感も感じているはず。 もう撮影はかなり進んでいるのだろうが、どうせならやってみて欲しいことがある。 入浴シーンではない。 水戸の娘ということで、全編彼女だけ茨城弁で話したら面白かろうとおもうのだ。 「なまり亭」で本領を発揮していたが、かなりちゃんと茨城弁が話せる。 どうだろう。 磯山さやかのブログ「さやかの日記」楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へ
2008.09.09
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富士山の五合目から三合目に下る途中で見かけたもの。 おそらく苔《こけ》なのだろう。カーテンのようになっている。 苔ではないのかもしれないが、わたしにはわからない。 雨が続いたあとなのでぬれいていて、風情が増していた。楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へ
2008.09.08
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「カムイ外伝」の映画化で「昔のアニメをもう一度見てみたくなった。」と書いたら、なんと、あっという間に実現! 昨日、畑に行った帰りに、レンタルビデオ屋に寄ったら、フリーマーケットのようなことをしていた。 何だろうと思ったら、古着でもレンタル落ちのビデオでも、袋に詰め放題で300円という、要するに、ゴミとして出すよりは少しでもお金になればというどうでもいい企画だ。 へえ、何か面白そうなものがあったら買ってもいいなと思ったら、何と、その中に、「カムイ外伝」が全巻セットであるではないか。 あわてて袋をもらって全部買うことにした。 他にもちょっとわたしの気を引いたのも買って、ついでに、食器やフライパンの油を拭き取るためのボロキレの材料として古着も詰め込んで、300円払って大喜びで帰ってきた。 もちろん、DVDに焼いて永久保存だ。 PCに取り込みながら第1話を見た。 今のアニメに比べると絵は動いていないが、文芸的な面では、非常に高い水準にある。 ナレーションも主題歌も何もかも懐かしい。 これを作った会社が今は「サザエさん」を作っているというのが信じられない。 「かむいがいでん」と入力して変換したら「カムイが遺伝」になっちゃったよ。楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へ
2008.09.07
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産経新聞のコラム「【野菊】医師不足に妙薬あり」はこう結ばれている。 残念ながら検討会では医師規制の意見は上がってこなかった。メンバーの大半が医師だからか。それとも衆院解散・総選挙をにらんで票田を少しでも豊かにしておきたいという政府自民党の思惑が働いたのか。いずれにせよ、対策が「良薬は口に苦し」でなければ、効果は上がらない。 筆者の提言が「良薬」であると思っていることはかまわない。それにしては、題では「妙薬」になっているのが残念ではあるが。 しかし、「口に苦し」である必要はあるまい。 「良薬は口に苦し」は、「身のためになる忠言は聞き入れにくい」という意味であって、提言が、聞き入れにくいものである必要はない。 誰にとっても受け入れやすく、なおかつ有効な提言だってあるはずだ。 医学関係の問題だから無理矢理「良薬は口に苦し」を使ってみたのだろうが、使い方を間違えている。楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へ
2008.09.06
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富士山の登山道でみつけたもの。 すぐそばに、有毒のベニテングタケがあったので、てっきりこれはベニテングタケが開く前の状態なのかと思ったのだが、これは「タマゴタケ」と言って、毒はなく、おいしいキノコなのだそうだ。 一時期、山菜ブームで、勝手に山に入って山菜を採る人がいて問題になったが、キノコの場合、有毒の山菜よりも毒性が強いので、素人には手が出せない。 わたしは、キノコ狩りは、40年ぐらい前に、父親に連れられて一度だけ行ったことがあるだけだ。 父にしてみれば、自分が育った山なので、どこにどんなキノコが生えているかわかるし、自分の知っているキノコだけ採ればいい(というよりも、自分が、食べられると知っているキノコ以外は採らない)という原則を守っていれば安全だという判断があったわけだ。 何事にも先達《せんだつ》はあらまほしきものかな、だ。 自分で鑑定できるようになりたいとは思うのだが、キノコに関して「先達」にはなれそうにない。楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へ クチコミblogランキング TREview
2008.09.05
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高校生がこんなことを言っていた。「テレビで、北島選手が金メダルを取っているところを見たよ」 わたしの脳裏に浮かんだのは、北島選手が、こっそり金メダルを盗み出しているところ。 しかし、そんなわけはなく、正々堂々と世界中の選手と競って金メダルを手にしたのである。 今まで考えたことがなかったが、「金メダルを取った」とは言えるのに「金メダルを取っている」と現在進行形では言えないのだ。 「金メダルを取りに行きます」「金メダルを取ってきました」なら不自然ではない。 ところが、「今まさに金メダルを獲得しようとしているその過程にある」ということを「金メダルを取っているところ」とは言わない。 ほかの語ではどうだろう。 たとえば、柔道で「押さえ込んでいるところです。優勝間違いなしです」とは言えても、「優勝しているところです」とは言えない。 「金メダル」や「優勝」は結果だけを指す語なので、それを得る過程だけを取り出して表現することはできないらしい。 結果が出ていない状態でなら、その過程を表現できるのに。 「試合」とその結果である「金メダル」を比較してみるとわかる。○「試合をします」……「金メダルを取ります」○「試合をしました」……「金メダルを取りました」○「試合をしに行きます」……「金メダルを取りに行きます」×「試合をしています」……「金メダルを取っています」というわけだ。 「金メダルを取っています」は、「過去に金メダルを取った経験がある」という意味でなら使えるが、現在、金メダル獲得という結果に向かって進行中であるという意味では使えない。 言葉というのは奥が深いものだ。楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へ クチコミblogランキング TREview
2008.09.04
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日帰りで富士山に行ってきた。 富士山と行っても頂上に登ったのではなく、五合目から三合目まで歩いて降りるという「登山」ならぬ「下山」。 五合目に着いたらあたりは真っ白。 霧の中にいるようだが、下界から見れば雲の中なのだろう。 少し肌寒い感じがしたが、雲が切れるととたんに暖かくなる。 紫外線も強いはず。 帽子をかぶっていたので日焼けせずにすんだ。楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へ クチコミblogランキング TREview
2008.09.03
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11年続いた「学校へ行こう!」の最終回。 今までの企画を振り返るというもの。 どうせなら、登場したユニークな人たちが、今どうしているかを教えて欲しかった。 前回の放送で、一部の人には会いに行っていたが、おどめちゃんやオド峰千なんか、どうしているんだろう。 この番組は、放送の半分ぐらいは見ていると思う。 V6が「学校へ行こう!」という番組を始めると知った時には、学校を舞台にしたコントでもやるのかと思っていたが、実際に学校に出向く企画が多かったので驚いた。 信じられない人もいるだろうが、加藤あいは最初はレギュラーだったんだよ。 加藤あいが「卒業」するときは、それなりの挨拶があったのだが、つぶやきシローもレギュラーだったのに、一年たったら、何の挨拶もなく消えていたのには驚いた。 最初の「もてない君」の企画は、最初から「演出」だとわかってしまって、これでは先行きが不安だと思ったのだが、制作側も手探り状態だったらしく、次々にいろんなことを考え出して、工夫は感じられた。 初期の頃の方が印象に残っている。 小学校や中学校でいじめられていた人が、いじめていた人に会いに行く「いじめ卒業式」は、いじめていた側が、初めて自分が加害者だったことに気づいたりもして、簡単に解決できる問題ではない、ということを教えてくれていた。 視聴率をとらなくてはならないためか、「笑い」に走りがちだったのは残念だった。明らかに素人ではない人たちが出ていたこともあった。 一番印象に残っているのは、番組出場者オーディションに応募した少年が、子どもの頃両親が離婚して生き別れになった父親に会いにいった回。 オーディションに応募してきた少年の話から、全くの偶然で生まれた企画だったようで、学校とは全く関係がないものなのだが、父の子であり、子を持つ父として、父の心情、子の心情は、他人にはうかがい知ることのできないものだろうと思った。 その放送は、二人が再会し、和やかに言葉を交わしている場面で終わった。 出演者のコメントも何もなく終わったのがよかった。 もちろん、収録していたスタジオではコメントがあったのだろうが、放送ではあえてそれを流さなかった。 学校がたたかれることが多い中、あえて「学校へ行こう!」と呼びかけた勇気には頭が下がる。 そうそう、ATOKで「学校へ行こう」と入力しようとすると、「学校閉校」になってしまうことがあって閉口したもんだ。楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へ クチコミblogランキング TREview
2008.09.02
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やっと畑に行ける天気になったので、朝、行ってみた。涼しくなったためか、ナスはあまり大きくならないようだ。 そんなことを思いながらナスを見ていると、どうもいつもと様子が違う。 葉の裏に、何かフサフサしたものが見える。 何だろうと思って葉をひっくり返してみてびっくり。 写真に写っている毛虫がたくさんいる。 どのナスにもいっぱいついている。葉の裏側にいるので見つけにくいが、しゃがんで、下から見ると、たくさんいるのがわかる。 見るからに毒がありそうだ。 油断して半袖Tシャツで行ってしまったのだが、そのままにしておく訳にはいかないので、軍手をはめて、バケツを下に置いて、虫のついている葉を切り落とす。 すぐにバケツいっぱいになるほど葉を切り落とした。 よく見ると、枝豆の葉にもホオズキの葉にもついている。 百匹以上いたのではないか。 穴を掘って埋め、強く踏みつけた。 茄子の収穫もしたが、毛虫の毛がついていると困るので、帰宅してから、大きなバケツに入れて、水道の水を流しっぱなしにしてよく洗った。 軍手は捨てた。 二、三時間様子を見たが、腕がかゆくなることはない。 毒はなかったようだ。 丸一日たったが、異常なし。 しかし、今日もまた、朝行って数匹発見。楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へ クチコミblogランキング TREview
2008.09.01
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