ポポイ!アンフラマンス・ホウ!のブログ
2026
2025
2024
2023
2022
2021
2020
2019
2018
2017
2016
2015
2014
1月
2月
3月
4月
5月
6月
7月
8月
9月
10月
11月
12月
全1件 (1件中 1-1件目)
1
2026 サフランモドキ236前回の中古レコードの話のつづきだけど、あの後、メールで送られてきた査定結果を見て、ちょっと意外な感じを覚えた。トータルの買取り金額はだいたいこちらの予想どおりだったが、1枚だけ予想と全然違う結果が出たのだ。それはあのバナナジャケットの『ベルベット・アンダーグラウンド&ニコ』だった。いかに名盤とはいえ、ジャケットの一部はハゲているし、帯もついてないとなれば、よくて¥100くらいの値しかつかないのではないかと思っていたレコードである。それが何と、¥2,500 (30%UPキャンペーン中のため実質の買取額は¥3,250)の査定額になっているではないか。なんでそうなるの?である。答えは簡単。スミスのところでも書いたけど、要は需給のバランスに過ぎない。それを欲しがる人が異様に多いのに、供給量が極端に少ない。今回のケースもそれに該当するようだ。調べてみた結果、わしが持っていたレコードの型番MV2060は、国内盤としては初版(オリジナルプレス)にあたるという。これは後年の再発盤(リイシュー)に比べて流通量が圧倒的に少なく、コレクターズアイテムとしての希少価値が非常に高いレア盤らしい。仮にジャケットの傷みもなく、帯も付いていたらどのくらいの額で取り引きされるのか。試しに調べてみると、こうなった。メルカリ ¥66,800 Sold Outヤフオク ¥40,500 落札なるほどね。この型番のレコードは、現在では市場に出回ること自体が稀ということみたいだから、わしが持っていたあのレコードだって、¥10,000くらいの値をつけて出しても即売れてしまうのかもしれない。やっぱり、コアなファンはあのシール仕様のバナナジャケットを部屋に飾った上で、オリジナルプレスの音をじっくり聴き分けてみたいのだろう。237レコードの次は本の整理でもするか。まずは手始めにと、スマホを使っての査定をしている最中に、ボードリヤールの『消滅の技法』に手が伸びた。パラパラとページをめくる。前半が写真論(40ページほどのテキスト)、後半が写真集(本人が世界各地で撮影した約100点のカラー写真)という体裁の本である。暇に任せて、写真だけを一通り眺めてみる。うーむ。これは売るわけにはいかんなあ。 笑他所ではめったにお目にかかれないような、まあ、言うなれば、わしのタイプみたいな写真がわんさか収めてある。他の人がどう思うかは知らん。けど、わしにはけっこう刺さる。まるで、ロラン・バルトの「プンクトゥム」やな。 笑参考までに、いくつかお見せしよう。Patagonie 1995海岸なのか、川岸なのかはわからないが、流木の廃物感が素晴らしい。近頃はアクアリウムやインテリアの素材として流木が利用されたりしているが、この写真に写っている流木はもうこれ以上は使えないというほどに廃れきっている感じがしてグッとくる。 笑また、その枯れ木の質感と水の色合いがとてもよくマッチしているのも見逃せない。Bogota 1996これは一体何なのか。一見、建物の壁面のように見えるが、左隅に写っているバッグのような物との関係がうまく掴めない。こんなふうに、ボードリヤールは「意味を持たない物や風景の写真」を多く残した。この人は何故こんなものを撮ったんだろうと思わせながらも、光と影、あるいは色彩や形態が際立っているために、それらは見る者の目を釘付けにする。「モノそのもの」の純粋な姿がこちらに迫ってくる感じ、とでも言えばいいのかな。Floride 1986これはパッと見、何だか変なフレーミングのような気がする。音楽で言うと、オフビートや変拍子みたいな感じかな。なんか、リズムがふつうと違うんだよね。けど、慣れてくると、逆にそれがよくなってくるから不思議。この写真に関して言えば、壁面の浅葱色と電柱(あるいは幹)の黒褐色と車の白という色彩のコンポジションが独特なリズム感を生んでいるのかもしれない。New York 1993これも何だかよくわからない。が、ドラム缶を積み上げただけのゴミ捨て場にしては、ちょっとカッコ良すぎではないだろうか。ドラム缶自体が白いペンキでグラフィック仕立てにしてあるし、それらにワイヤーを通したり巻いたりして一個の巨大なオブジェのように見せているって感じ。これ、ひょっとしてジャンクアートみたいなモノじゃないかな。大竹伸朗みたいなアーティストがニューヨークにはごろごろいて、広大な自宅の敷地を作品置き場にしていたりもするのではないか。 笑まあ、とにかく、この写真はカッコ良すぎるって。以上。本当は上にあげた写真を手がかりにボードリヤールの写真論を手際よく紹介してみたかったのだが、そういう芸当はやはりハナから無理だった。笑かわりと言っては何だけど、またしてもAIにまとめてもらってお茶を濁すことにする。「ボードリヤールの写真は、現実をコントロールしようとする人間の主体性を消滅させ、人間的な意味や記号にまみれた世界から、事物そのものの純粋な存在感を引き剥がそうとする試み(消滅の技法)であったと言えます。」
2026.10.02
コメント(0)