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231Traveloka よりSunset Sanato Phu Quoc よりここはベトナム、フーコック島の観光名所。ダリの絵から飛び出してきたような象のオブジェが見られる Sunset Sanato Beach Club という浜辺。 果たしてここは本当に3次元なんだろうか。ひょっとして、異次元の世界に紛れ込んだんじゃないだろうな。 そして、あなたは思う。俺はやっぱ、観光目的で地球にやって来た宇宙人にちげえねえ。 今あなたがいる世界は、さまざまな喜怒哀楽をゲーム感覚で体験できるアトラクション型の遊園地。これ、スピ系の人が大好きな世界観。 でも、ポジティブ疲れっていうのかな、そういう世界観に飽きてしまう人もいるのではないか。 飽きてしまった人は、その真反対みたいな世界を覗いてみてはどうかな。 「この世は牢獄(刑務所)」みたいな説は昔からいくらでもあるでよー。 笑232『牢獄』(7) 跳ね橋 ピラネージ版(第2版)国立西洋美術館蔵 ジャジャーン。廃墟好きな人は知ってるかもしれないけど、これは18世紀の版画家ピラネージの代表作『牢獄』の中の一枚である。 初版は14図、第2版は16図からなるこの作品の中では、たぶんこの第7図が一番有名なのではないだろうか。 ちなみに、澁澤龍彦も「螺旋について」(『胡桃の中の世界』に収録) というエッセイの中で、この第7番(初版)を掲載している。さて、今、この絵の中に突然放り込まれたとしたら、あなたはきっと途方にくれるだろう。 どこに向かって歩き出しても、終着点が見えてこないのだから。 「どこへ行っても、同じ廊下、同じ階段、同じ手すり、同じアーケードが無限に長く伸びているだけなのである。」 こうしたピラネージ空間、すなわち、悪夢チックなこの空想の牢獄で、わたしたちが味わわなければならないのは、まさに迷宮の感覚だ、と澁澤は言う。つまり、あなたは出口の見出せない空間をぐるぐる歩き続けるしかないってこと。 そして、この後に続く一節がベケット読みの心にひそかに響く。 「おそらくピラネージにとって、囚人であるということは、反復を強制されるということ、休憩もなく目的もなく、ひたすら歩かねばならないということだったにちがいない。いくら歩いても牢獄の外に出ることはできず、むしろ逆に、歩くことが牢獄そのものなのである。牢獄とは、したがって内部でも外部でもなく、ただ永遠の歩行なのである。」 あ、これは、なんちゅうか、次に控える『クワッド』への呼び水じゃなかろうか。233Quad ⅠQuad Ⅱ「歩くことが牢獄」とくれば、真っ先に思い浮かぶのが、これ。 サミュエル・ベケットが75歳の時に書いたTV用のマイム劇『クワッド』である。You Tube で簡単に見られるので、暇と興味がある人はまず、動画を見てもらうとして、そのどちらもない人のためには、その概要を以下でざっと説明しておくことにしよう。 と言っても、わしがまとめると要領を得ないので、ここは専門家である森尚也さんの文をまるまるお借りする。 「四人のプレーヤーと照明と打楽器のための小品」というこの作品は、すべてのベケット作品のなかで最もフォルマリスム的、幾何学的構成をもつ。台詞は一切ない。薄暗い光が正方形の枠を照らすなか、頭から足まですっぽりと衣に包まれた者が四人、入れ替わり、立ち替わり、すべての辺と対角線上を歩き回る。歩みに合わせて打楽器が鳴る。彼らは正方形の中心を回避しつつ、規則的な歩みを続ける。ソロ、デュオ、トリオ、さらにカルテット。次に一人ずつ抜けていき、先の逆。これが一つのシリーズで、四つのシリーズが繰り返される。だがこの20分ほどの時間が本当の始まりと終わりでないことが作品には暗示されている。 これで何となく雰囲気だけはつかめてもらえただろうか。まるでミニマルな構造だけがむき出しになったような作品ではある。それでいて、このメカニカルなパフォーマンスが思いっきり刺さる人だっているだろう。あのドゥルーズだって、この作品に魅了された者のひとりだったかもしれない。たしか「消尽」というタームを用いて、この作品を論じたのではなかったか。試しにAIにこの「消尽」について訊いてみたところ、こんな答えが返ってきた。「空間や可能性のすべてを反復によって完全に使い尽くす行為を指します。意味や物語を排した幾何学的な歩行の反復により、可能態をゼロにするプロセスです。」何言ってるのかイマイチようわからんけど、それでもやっぱり、さすがはベケットはんやな。 人だけではなく、空間や可能性までをもゼロに持っていこうとしているのか! そんなん、根こそぎやんか、ひどすぎるー。 笑ところで、今、「人」って言ったけど、果たしてこの4人のプレーヤーたちは人間なのだろうか。 ベケットの登場人物にしては、あまりにも動きが正確無比すぎて、まるで機械仕掛けのように思われるのだが。どうやら彼らはポストヒューマンというか、人類後に現れるヒューマノイドロボットの進化形、あるいはサイボーグみたいなものだと考える方がしっくりくるのではないか。それは『クワッドⅡ』という続編を見るとよくわかる。 こちらは第1部の動きをさらに減衰させ、モノクロームと足音のみで反復する無機質な終末的空間になっている。 そして、ベケットはこの世界を「第1部から10万年後」というふうに設定していたらしい。つまり、あの4体のプレーヤーたちは10万年かけてもまだ終わらない罰ゲームを延々と続けていることになる。えっ、これ、罰ゲームなの?そう考えた方がベケットは喜ぶと思うよ。 実を言うと、彼は今流行りの反出生主義の代表格みたいな作家なんだよね。まずはそれを忘れてはならない。人が生まれること自体が罪であり、その人生は一種の罰ゲーム。 この世は牢獄みたいなものだから、できれば早く死んだ方がまし。 というか、そもそも生まれないことが一番いい。 そんな感じの徹底したペシミストなので、ポストヒューマン的な存在ですら『クワッド』のようなスーパーエントロピー的なシステムの中に閉じ込めて、容赦のない罰ゲームを課してしまう。 ふふふ、緩めまへんでえ。おそらく、これはベケットにとって、ほんのささやかな気晴らしだったのではないかと思う。
2026.08.27
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10日ほど前だったかな。我が家に久しぶりの新入りがやって来た。パッと見はサボテンのように見えるかもしれないが、これはユーフォルビアという多肉植物の仲間。世間では「ホワイトゴースト」という名前で通っている。ちょっと地球離れしたユニークな外見から、ついつい「ユーフォルビア星からやって来た白い幽霊くん」というSFファンタジーふうのイメージを抱いてしまう。では、何故こんな姿をしているのか?バンザイしてるようなこの独特なフォルムは、もともとユーフォルビア・ラクテアから引き継いだもの。この種族の特徴の一つと言える。ホワイトゴーストはラクテアの突然変異種で、葉緑素(クロロフィル)がほとんどないために、こんなふうに白っぽく見えるのだという。要するに、こいつはインテリアのアクセントとして、屋内で人に見られてナンボの植物ではないかと思われる。会計の際に、店の人から「直射日光には当てないで下さい」と言われたが、それは色素が少ないために光合成の機能が弱く、強い光を浴びると葉焼けを起こしてしまうからだそうだ。また、寒さにも弱いらしい。耐寒温度は5〜10度くらいみたいなので、冬場は必ず室内に置いてあげなくてはならない。そのかわり、乾燥にはすこぶる強く、少々の水切れにはびくともしない。逆に、水のやり過ぎによる根腐れには注意しなければならない。以上のことさえわきまえていれば、育てるのは割と簡単な部類に入るらしい。まあ、サボテンを枯らす人でない限りは大丈夫じゃないかな。でも、ウチの冬の寒さには耐えられるだろうか。暖房の風に当ててはいけないとか、日照不足にならないようにとか、風通しのいい場所を選んで、など他にも色々と細かい注文がついてきたりする。日に何度か置き場所を変えて対応するしかないのだろうか。今から心配しても始まらないので、冬になったらまたその都度考えよう。うわっ!これ、なかなかエグイわー。この標本は石にあまり興味のない人にも、ちょっとしたインパクトを与えうるのではないか。あたかもキュービック型のフローライトを突き破ってクォーツの結晶が外に出て来た、みたいな感じに見えるからである。おそらく、石沼に深くはまりこんでいる人たちの間でも、この造形美は高く評価されるのではないか。「おたく、珍しいもの持ってまんなあ」珍しいのは、フローライトとクォーツの組み合わせということではない。要は、その両者のくっつき方とかプロポーションの妙が、市場であまり目にすることのない類いのものだということである。では、こういう形というのはどうやって形成されたのか。AIの助けを借りて、ちょっと素人なりに推測してみよう。まずは、フローライト。これは主に地下の岩石の裂け目や空隙の中で、フッ素とカルシウムを豊富に含む熱水が冷えて結晶化することで形成される。そうやって長い時間をかけて一旦キュービック状に出来上がったフローライトの一部が、やがてなんらかの衝撃を受けて欠損する。その後、熱水の温度や化学組成が変化し、シリカ(二酸化珪素)を豊富に含む流体が供給されるような環境へと移行する。そこで、フローライトの欠損部分を基盤として、今度はシリカが結晶化してクォーツが成長していく。たぶん、こういう流れで、上のような共生鉱物が出来上がったのではないか。ちなみに、この石の持ち主である hal さんは、他にも数々の珍奇鉱物をX上で惜しげもなく披露しておられる。そればかりではない。様々な空模様をバックにした、鉱物×空のフォトブック ( 『MINERAL SKY 』) を近々リリースされるらしい。その中に入っているかどうかはわからないが、次の一枚は、わしがX上で目にしたシリーズの中で、特に印象に残ったものである。こちらは鉱物どうしのコラボではなく、鉱物と光による共演である。夕焼けの光がクォーツの内部を透過することで、これほどまでにデリケートな図柄が描かれるとは!まさに天然のアート。これぞ自然が刻むリズム。ここで、ふとクレーの抽象画のイメージが頭に浮かぶ人もいるのではないか。参考までにあげると、「高速道路と小道」とか、「パルナッソス山へ」などの雰囲気に近い。今日のオマケはこれ。「わん」さんがX上にあげておられたクォーツ&アナテースの写真。青みがかった金属光沢を放つ両錐形(八面体)の結晶がアナテース。これはチタンの酸化鉱物で、ルチルやブルッカイトとは「同質異像」の関係にある。「同質異像」とは、同じ化学組成を持ちながら、結晶構造は異なる鉱物どうしのことらしい。そして、アナテースというのは、幾つかあるそうした「同質異像」の鉱物の中でも、かなりレアな部類に入るという。小野塚さんの本の中にも、上の石とよく似た標本が載せてあったが、それはノルウェー産ということだった。なので、おそらくこちらも同じ産地ではないかと思われる。ついでにその小野塚さんの文章を引用すると、「当地のアルプス型脈で採れた鋭錐石(アナテース)と水晶の共生標本には、土地の冷気がこごったような趣きがある。」ということらしい。なるほど。上の写真でもたしかに「土地の冷気がこごったような」質感が感じられるなあ。同時に、これは未来派の料理とか、分子ガストロノミーなんかで出てくるデザートの氷菓を思わせるところもある。調子に乗って、「北極圏でフリークアウト」なんて料理名でもつけてあげようか。 笑
2026.08.14
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ひょっとして初登場か? ワインレッドのグラジオラス229あれはたしか7月24日だったかな。夕食後に食器を洗った後、風呂に入って、歯磨きも済ませて、さて、ニュースでも見るかとTVをつけたら、何やら変てこなおっさんが変拍子のリズムにのせて、酔っ払いの独り言みたいな歌詞をアップテンポのポエトリーリーディングみたいな調子でまくし立てていた。🎵 ボールにいっぱいのポテトサラダが食いてえなんか、そんな歌だった。「報道ステーション」の前の番組であるMステがまだ終わってなくて、その日のトリを務めるゲストが熱演中だったのだ。サイドスーパーにはたしか、「ポテトサラダ('12) ZAZEN BOYS 」「唯一無二のバンドがMステ初登場」という文字が並んでいたような気がする。何じゃ、こりゃ。日本のバンドにしては、あまりにオルタナ過ぎるんとちゃうか?呆気にとられて見惚れていると、ノリまくったおっさん(向井秀徳)はやがてカニ歩きみたいなパフォーマンスをおっ始めた。あっ!これ、デヴィッド・バーンのタコ踊りと同じノリじゃん。そう言えば、ファンキーで複雑なリズムといい、エキセントリックなボーカルスタイルといい、なんとなくトーキング・ヘッズっぽいところが他にもたくさんあるよなあ。そう思って、番組が終わってから、早速AIに尋ねてみた。「ZAZEN BOYS とTALKING HEADS は何か関係があるか? 」すると、こんな答えが返ってきた。ZAZEN BOYS(ザゼン・ボーイズ)とTALKING HEADS (トーキング・ヘッズ)は、ミニマルでファンキーな反復ビートや、緊張感のあるギターリフを多用する音楽性において、しばしば深い音楽的リンクや影響関係が語られる組み合わせです。そして、この後、「ZAZEN BOYSのフロントマンである向井秀徳は、かねてよりトーキング・ヘッズの大ファンであることを公言しており、…」と続いていく。やっぱり、そうか。これを読んで、一時期トーキング・ヘッズにかぶれた経験のあるポポイさんは、 ZAZEN BOYS に対して急に親近感が湧いてきた。それで、他の曲もいくつか聴いてみたりした後で、さらに、このバンドのファンが書いた記事などにも目を通してみた。それらの中でピカイチだったのが、「音楽ナタリー」というサイトの「永井玲衣が語るZAZEN BOYS」。なかなか痺れるような言い回しを連発してくれているので、お暇な方は是非一度、全文をお読みいただきたい。まあ、でも、「あんたみたいな老人じゃあるまいし、そんな暇なんてねーんだよ」と言う人がほとんどだという気がするので、面倒くさいけど、めっちゃサービスして、ハイライトの部分(わしにとっての)を二箇所ほどピックアップしてさしあげよう。 (あんたがそうしたいだけだろう 笑)まずは、一箇所目。「Sabaku」という曲の中のフレーズ、「心臓に刺さってる赤くさびた釘を早くぬいて」を例にあげ、その詞に寺山修司の「血は立ったまま眠っている」という言葉を重ね合わせて、永井さんはこんなことを言っておられる。「なんでそんな言葉が出てくるのかまったくわからないけど、完璧だと感じてしまう。」これは人がアートに接して、たまに体験することを一言でまとめたもの。共感とか、理解できる、というレベルを超えた作品、説明不可能な強度を備えた作品に出会った時に感じること。つまり、「わけわからんけどカッコイイ」というあの感覚。あの感覚のことを永井さんは言っておられるようだ。二箇所目でも、言葉は違えど、同じようなことか、その延長みたいなことを言っておられる。当該箇所を、長くなるけど、そのまま抜き出してみよう。「私とはまったく関係がなく、わからない仕方で、ただ美しくそこにある」みたいなことに驚けるのが好きなんです。例えば、そこにある木も、私がみじめであろうが幸福であろうが、そんなこととは関係なくそこに生えている。そう考えると、「ああ、よかった」と思えるんですよね。世界って、まだこんなにもわからなくて、めちゃくちゃで、自分とは関係なく存在しているんだなと思える。ZAZEN BOYSのライブを観ていると、そういう気持ちになれるんです。つまり、ZAZEN BOYS って、めっちゃ変てこりんで意味不明なんだけど、何故かしらカッコよくて、そんなバンドが分かりやすさ優先の世の中にちゃんといてくれることが、私はとても嬉しい、というようなことを永井さんは言っておられるのではないか。「え?私、別にそんなことは言ってないんですけど…」と本人はおっしゃるかもしれないが、わしはそういうふうに受け取った。それとも、ここはあえて分かりにくくまとめた方がカッコいいのかな?同一性より多様性を!共感より不条理を!なんてどうだろう。こっちの方がZAZENっぽいのかな? 笑230この前、またBRUTUS を買ってしまった。しかも、2冊。一つは、「珍奇鉱物 HANDBOOK 3 」。もう一つは、「合本 珍奇植物 / 総まとめ」。この世界には、まだわしの知らない変わった石や植物がこんなにもワンサカ存在しているんだ、ということにただただ感心したいがためにこういう雑誌を買い求めているのかもしれない。できれば実物を購入したいのだが、超絶貧乏なので、それはままならない。仕方なく、ネットや雑誌で、カッコいい石や植物を漁りまくっているというわけ。漁りまくってどうするのかってか?気に入ったやつは、スマホにストックして、暇さえあれば、それらをボーっとながめるだけだ。これがわしの健康の秘訣ですたい。笑今回は、最近見つけたとびきりスタイリッシュな石と植物を二つずつ紹介しようと思っていたのだが、前の記事が予想外に長くなってしまったので、石の方はまたの機会に回すことにした。スティグマトドン リマエ BRUTUS のウェブサイトよりスティグマトドン ブラシコイデス BRUTUS のウェブサイトより上の二つは珍奇植物の中で、今わしが一番気に入っているスティグマトドンというブロメリア科の植物である。いずれもブラジルの断崖絶壁みたいな岩場に着生する希少な植物で、流通量は極めて少ないという。たぶんビザール好きな人なら羨望のため息が漏れ出てくるのではないか。いや、中には意味不明な鼻血を垂らす人だっているかも。 笑まあ、見てのとおり、それほど美しい、というか、反則的なまでにカッコいい。リマエの方は灰色がかった硬質肉厚な葉と全体のフォルムが抜群やね。ひょろっと伸びた花序の先には蕾がついているが、これらはやがてサルファーイエローの花を咲かせるらしい。一方、ブラシコイデスの方は内側にめくれまくった葉の色合いと質感がなんだかメタリックな感じがして、たまりまセブン。 笑結局、植物自体の魅力もさることながら、写真のクオリティが相当高いのかもしれない。
2026.08.01
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