ポポイ!アンフラマンス・ホウ!のブログ
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フジのつる昨年末より、ワシの頭の中ではずっとアベコボフェアが続いている。きっかけは「デンドロカカリヤ」を読んでみようと思いたったことかな。それが契機で、2024年が安部公房の生誕100年に当たっていることを知った。首都圏では各種イベントなども開催されていたようだが、それらは遠く離れた田舎のじじいにはもちろん縁なきこと。でも、商魂たくましい新潮社(※)の手にかかれば、そんな老いぼれ爺さんですらわけなく踊らされてしまう。この際、ローカルに埋もれている往年のアベコボファンのろうそくの如き購買欲にまで火をつけて、一切合財すべてかっさらっていこうという魂胆である。 笑企みの第一歩は新潮文庫のカバーデザインをすべてリニューアルすることから始まった。アベコボ自身が撮影した写真をフィーチャーしたそのデザインはとにかく「カッケー」の一言。たぶん真正のファンなら、ぜひコンプリートしたいと思うだろう。参考までにワシが昨年末に買った『水中都市・デンドロカカリヤ』の表紙を載せておこう。ビビッときた人は他のものも眺めてほしい。そして第二弾は文芸誌「新潮」による「安部公房生誕100年」と銘打たれた特集。さらに、同じ3月に「芸術新潮」の方も生誕100年記念特集を組んできた。ところが、いかんせん、こちとら情報難民なので、年の瀬になるまでこれらのことをぜーんぜん知らんかったもんね。まあ、でも、ギリギリとはいえ、なんとか間に合った。とっつきやすい感じがしたので、「芸術新潮」の方を取り寄せて、一応2024年のうちにアベコボ生誕100年祭をひっそりと祝うことに相成ったというわけ。この表紙の写真は、なんと、あの「決定的瞬間」で有名なアンリ・カルティエ=ブレッソンがアベコボのスタジオ(劇団の稽古場)にやって来て「居合い抜き」のように撮ったものだそうだ。こういう瞬間を撮られたとはアベコボ自身、送られてきたプリントを見るまで気づかなかったらしい。そんなふうにいつシャッターを押したのかわからないように撮ってもこの完成度。達人ともなると、やはり次元が違うなあ。他にもこの雑誌には興味深い写真がたくさん掲載されている。アベコボが被写体の写真のみならず、彼自身が以前「芸術新潮」にて連載していたフォト&エッセイの中からも幾つか再録されている。セミプロ級と評されるその写真は、やはり並の写真とは一味も二味も違うって感じ。『箱男』を読んだ人なら、あの本の中に挿入された8枚の写真から、アベコボがどういうモノに関心を持っているかがわかると思う。本人の言葉を引用すれば、「『箱男』におさめられた八枚の写真も、それぞれなんらかの意味で、廃物、もしくは廃人のイメージである。」(「シャボン玉の皮」より)ということになる。要するに、アベコボはゴミのようなものを見るといつも写真を撮りたくなったのだそうだ。 笑相当面白い感覚の人だったんだろうな。そう言えば、昨年製作決定から27年を経て映画『箱男』を完成させた石井岳龍監督がインタビューでアベコボの印象を問われ、いろんなことを喋った後で最後にこんなことを言っていた。「靴下がちぐはぐだったのを強烈に憶えています。ご本人はまったく気にされていないようでしたが。」これ、笑えるなあ。ひょっとして、わざとちぐはぐな靴下をはいていたのかもしれない。理系脳の持ち主で、めっちゃ頭のいい人だったみたいだけれど、感覚は「あべこべワールド」の住人と同じだったのではないか。「あべこべワールド」とは、アベコボの小説のように因果が逆転したり、内外、表裏がひっくり返っているような世界のこと。ちなみに、アベコボは実際に仲間たちから「あべこべ」と呼ばれていたらしい。 笑そんな「あべこべワールド」を堪能するには、『砂の女』より前の短編小説を読む方がいいかもしれない。中でもお勧めなのは、『壁』である。ああ、高校生の時、国語の教科書で読んだ「赤い繭」が懐かしい!今回約50年ぶりに読み返してみたけど、やっぱり「S・カルマ氏の犯罪」と、「赤い繭」は抜群にええなあ。いずれもイメージが鮮明なので後々まで印象に残りやすいのはたしか。殊に前者はアベコボ自身が「ルイス・キャロルに影響を受けて書いた」と言っているとおり、『不思議の国のアリス』を髣髴とさせるものがあり、シュールとか不条理とかノンセンスが好きな人にはたまらないかもしれない。ワシ的には、名前をなくした「ぼく」が病院の待合室で、スペインの絵入雑誌の中の写真に魅了される場面が一番好きやなあ。曠野の写真を見ているうちにいつの間にかその荒れはてた草原の中に入りこんでいる「ぼく」。と思いきや、ふと我にかえると、今度はその曠野の風景をバキュームのように胸の中に吸いこんでいた。もうこうなると、2次元も3次元も関係ないのだー! 笑あ、それからもう一つ。50年前には気づかなかったことを一つ付け加えておこう。プラタナスの並木の下、真白いカンバスに向かい浮浪児とともにたたずむ画家に「ぼく」は問いかける。「何故お描きにならないんです?」「待っているんです。」「何をお待ちになっているんですか?」「何を待っているか、それが分るくらいなら、誰も待ったりはしません。」うわっ!これ、もろベケットじゃん。実際、この場面をベケットへのオマージュと受け取っている読者もいるみたい。気になったので、ちょっくら調べてみる。すると、『壁』の刊行は1951年。対して、『ゴドーを待ちながら』の方は初版が1952年、初演が1953年なのである。ということは、アベコボは独自にベケットと同じような発想やセンスを持ち合わせていたってことか。そう言えば、両者には意外と共通点が多いなあ。◉ どちらも小説家としてのみならず、劇作家としても有名。でも、根っこは両者とも詩人。◉ どちらもアヴァンギャルドな作風で、国際的に評価が高かった。急死しなければアベコボもノーベル文学賞を受賞していただろうと言われているが、これは噂ではなく、選考委員のひとりが実際に語ったこと。◉ どちらもメカいじりが大好き。二人とも世間に普及する前から自家用車を乗り回していた。また、アベコボはシンセサイザーやワープロの先駆的使用者としても有名。◉ どちらも数学が好きで、なおかつ得意。特にアベコボは若い頃、数学の天才と言われていたらしい。◉ どちらも盟友と呼べそうな妻がいながら、長年愛人と不倫を続けていた。 笑他にもまだあるかもしれないが、このへんでやめとこう。ワシ以外の人にとってはどーでもいい情報には違いないからな。 笑まあ、自分用の備忘録くらいにはなるかと思って列挙してはみたけど、こんなこと忘れてしまっても全然困らんよなあ。 笑というわけで、今年も相変わらず、こんな感じの暇つぶしをして遊んでみようかと思っている。※ 2024年度における新潮社最大の企画は、G・ガルシア=マルケスの『百年の孤独』の文庫化だろう。日本語版の初版が1972年なので、なんと52年後の文庫化ということになる。何故こんなに時間がかかったかと言えば、もちろん、文庫にしなくても単行本が売れたからである。この本はそれくらいのレベルの世界的ロングセラーなのである。それを物語るかのように、文庫本も発売から2か月で29万部を売り切ったそうだ。やれ、活字離れだとか、今時純文学なんて誰も読まないなんて話は単なる都市伝説だったのね。 笑
2025.01.14
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