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我が庭に忽然と現れたオレンジ色のグラジオラス227これは先日、Google ニュースをスクロールしている時に拾った写真である。見ての通り、ニュースにしては扇情的な要素を全く感じさせない、どちらか言えば癒やし系の写真である。記事の内容を簡単に説明しておくと、ある会社の趣味グッズブランドがこの度、上のような植物ぬいぐるみクッションを販売することになったという、まことに平和過ぎて欠伸が出るようなニュースではある。 笑こんなもん、買う奴おるんかい?この世に植物なんて存在しないかのように生活している無骨な人なら、きっとそう思うのではないか。でも、植物に少しでも関心がある人なら、これがけっこう売れそうだと直感的にわかるのではないだろうか。まず、大前提として、ぬいぐるみやクッションが大好きという人間が世の中にいかに多いかを忘れてはならない。次に、インテリアとして部屋に観葉植物や多肉植物を飾っている人の数が、一般に想像されている以上に多いということも覚えておいた方がいい。加えて、現在、ビザールプランツが空前のブームを迎えているという世情を押さえると、上のような植物ぬいぐるみの類いが売れないわけがないのである。また、居住環境や仕事の都合など様々な事情から現状では植物を育てることが困難ながら、潜在的には植物好きという人だってかなりいると思われる。さらに、さらに、である。そういう人も含めて、世の中に遍く存在する植物愛好家たちへのユーモア溢れるギフトとしても、これらのぬいぐるみは重宝がられるのではないか。因みに、この植物ぬいぐるみ、お値段の方はいかほどなものか。左から順に紹介すると、アンスリウム・クリスタリナム ¥7800パキポディウム・グラキリス ¥8800ビカクシダ・リドレイ ¥8800パキポディウム・グラキリスとかビカクシダ・リドレイは今や大人気の品種みたいだけど、育てるとなると、かなり難易度が高いような気がする。もちろん、実物は値段ももっと高いだろう。でも、ビカクシダのまるで鹿の角のような「胞子葉」なんて、写真で見るだけでもめっちゃカッコイイよなあ。そう思っている人には¥8800のぬいぐるみがちょうどお手頃に感じられるかもしれない。ビカクシダ・リドレイ メルカリより228この2枚の写真はどちらもXにポストされていたものである。上は小野塚謙太さん、下はmiho(@rhodoritemee)さんのポスト。ただし、最初の写真はイラストとのカップリングで、描かれた女性の足元には「2023 non」というサインが入っている。どうやら、この絵はXにアカウントを持つnonさん(@nonnon4410)という女性が描いたものらしい。さて、小野塚さん、nonさん、mihoさんの関係は?というより、画像的には、鉱物、女性の絵、手織りのマフラーの関係は?というべきか。勘のいい人なら、この三者の色合いから、すぐさま何らかの関係性を嗅ぎとることができるかもしれないね。もう一度、一枚目の写真に戻ろう。この鉱物は、小野塚謙太さんの『美しい共生鉱物の図鑑』という本に掲載されている標本で、頁の頭には「リチア電気石、リチア雲母、水晶」と記されている。英語名で言うと、「エルバイト(トルマリンの一種)、レピドライト、クォーツ」ということになる。トルマリンの産地として名高いブラジルのミナス・ジェライス産らしいきらびやかな石である。その華やかさを小野塚さんはこう表現しておられる。この標本は内部が赤で外側が緑。「ウォーターメロン」と呼ばれているものだが、さらに全体をリチア雲母で飾り、根元には水晶をつけて、舞踏会の夜にドレスアップの魔法でもかけられたような姿をしている。この「舞踏会の夜にドレスアップの魔法でもかけられたような姿」を見事に具体化してみせたのが、nonさんのイラストではないか。ご本人がこの石を見て描いたと言っておられるように、イメージがドンピシャなんだよね。描かれた女性はまさにこの石の化身、いや、この石の精というしかない。と、ここまで説明すれば、手織りのマフラーの方も自ずと察しがつくだろう。miho さんも例の図鑑の熱烈な読者であり、この本に収めてある石の色合いに配色のヒントをもらってマフラーを編んでおられるらしい。2枚目にあげた写真は、nonさんと同様、「リチア電気、リチア雲母、水晶」から着想を得て編んだマフラーだそうだ。エルバイトの緑とレピドライトの赤紫を基調にしながらも、よく見ると、多彩な色合いの糸を微妙に織り交ぜて編んでおられるのがわかる。それでいて、モチーフとなった石のイメージが損なわれることなく、高い抽象度を保ちながら表現されているのはさすがと言うしかない。なんだかどっかの評論家のモノマネみたいな調子になってきたなあ。ちょっと恥ずかしい気分になってきたので、そろそろお終いにしようか。まとめると、鉱物というのは、それ自体が天然アートであるばかりではなく、別の新たなイメージを生み出す源にもなり得るというのが今回の話の骨子かな。それとも、nonさんやmiho さんみたいに指先を器用に使う趣味を持っている人は羨ましいなっていう話だったのかな。 笑
2026.07.23
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ガマズミの花 4/28撮影この写真を初めて見る人は、「これ、アートみたいなもの?」と思うかもしれない。でも、商標らしきロゴが入っているし、ちょっと違うかも。UNITED COLORS OF BENETTON .これを見て、「お!ベネトンか、懐かしいなあ。」と思える人はたぶんわしと同じくらいの世代ではないだろうか。一方、若い人にとっては、「ベネトンなんて言われてもなあ」かもしれない。念のため言っておくと、1990年代頃に一世を風靡したイタリアのファッションブランドである。恥ずかしながら、今では貧相な身なりのポポイさんも、当時はアルマーニのスーツにベネトンのネクタイを合わせたりしていたのだった。( えー、うそー。) 笑というわけで、上の写真はそのベネトン社の広告ディレクターだったオリビエロ・トスカーニによって撮影された一枚である。見てのとおり、この人の広告写真には商品など一切写っていない。写っているのは、当時の通念からすれば、かなりラディカルなイメージのものばかり。「広告はまやかしの幸福を描くのではなく、企業の社会的姿勢を示すものであるべきだ」という自らのポリシーに従って、彼は人権をはじめとする様々な社会問題をテーマにした一連のキャンペーン広告を展開していたのだった。その結果、彼が手がけた写真の多くはあちこちで物議を醸すこととなり、今日でもその手の広告写真の代表例として、さまざまなメディアで取り沙汰されている。上の写真も、最初はたぶんファッション系の雑誌などに掲載されていたのではないかと思われるが、わしが最初に見たのは、港千尋の『考える皮膚 触覚文化論』という書物の中でだった。この本を読んだのはもう30年くらい前のことなので、内容自体はもうほとんど覚えていない。ところが、どうしたことか、最近、TVでマイケル・ジャクソンの映画の宣伝を見ていた時、ふとこの本のことを思い出した。正確に言えば、「色素政治学」という章の中で、マイケル・ジャクソンの整形手術のことが話題になっていたのを思い出したと言うべきか。けっこう面白い話だったので、この部分は覚えていたのだと思う。それを今回もう一度読み返している時、数ページ前に掲載されていた例の広告写真(白黒)に再会し、何故かしら、こちらの方に妙に惹かれてしまった。思うに、マイケル・ジャクソンはきっかけにすぎず、宇宙が見せたかったのはどうもこちらのようだ。その後、ネット上でこの写真の原型であるカラーヴァージョンを目にして、改めてその魅力を再認識してしまった。好き嫌いを超越して、これは何故か記憶に残るイメージなんだよなあ。まあ、何というか、ヴィジュアルジョッキータイプの感覚を妙にくすぐるとでも言えばいいのかな…もちろん、この写真を見て、何を感じるかはその人の自由である。中には「肌の色が違っていても、私たち、こうして仲良くなれるんだよね」みたいなメッセージを、この写真から受け取る人もいるかもしれない。けど、仮にそう見るとすれば、ちょっと気になることがあるのもたしか。左の女児は微笑んでいるのに、右の女児は何故笑ってないのだろう。「君は笑っちゃいけないよ」とカメラマンのおじさんから指示が出されていたのだろうか。たぶんそれもあっただろう。カメラマンのおじさんに、初めから仕掛けを施す意図があったとすれば。もちろん、黒い肌の女児の髪型だって、そうした仕掛けの一つと考えられるだろう。そして、その仕掛けに気づいた評論家みたいな人たち、あるいは謎解きが大好きな人たちによって、ある一定の見方が提示される。ここで、似通った代表的なコメントを二つ紹介しよう。◉ ヨーロッパ系のこどもをエンジェル、アフリカ系のこどもをデビルと見立て、金髪で青い目のエンジェルのステレオタイプなイメージを皮肉っている。( 「クロ箱index 」というサイトより)◉ 白人と黒人の少女が肩を抱き合っている。問題はメーキャップで、白人は金色の巻き毛であるのに対して、黒人の少女は左右に編み上げた髪が二本の角になっている。明らかに白人天使と黒人悪魔の図である。 ( 港千尋のコメント)西洋の絵画に描かれた天使像を思い起こすと、確かに金髪の巻き毛、白い肌、青い目を持った幼児に羽が生えたイメージが圧倒的に多い。対して、悪魔には二本の角が生えているというのも図像学的には正しい。よって、上のような見方が成立するのも十分納得できる。 しかしながら、にもかかわらず、である。この写真を撮ったトスカーニ自身は、是非そのように見て欲しいとは一言も言ってないのである。(誘導はしているかもしれないが)この写真のタイトルとして流布している Angel and Devil にしても、それはあくまで誰か他の人がつけた通称であって、本人は言語による説明など一切していない。私たちの目の前には、ただ一枚の魅力的な写真があるだけなのだ。言うまでもなく、それをどう見るかはこちらの自由ということになる。例えば、頭の中でデビルちゃんにこんな吹き出しをつけてみても、もちろんOKなのである。「ねえ、みんな知ってる?エンジェルちゃんって、見かけによらずめちゃくちゃ意地悪なの。いつだって意地悪されてるのはわたしの方で、だから、デビル、今ほんとに困ってるの。」 笑
2026.07.11
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