2026
2025
2024
2023
2022
2021
2020
全8件 (8件中 1-8件目)
1

今回、オクラとホウセンカの種まきをする。オクラの種は、前回の授業でオクラの種を観察したためか、2種類の種を配ったとたん「ホウセンカの種は小さい」と声を上げる。そこで、オクラとホウセンカの種の違いをグループで話し合わせる。「色が違う。」「よく見ると、形が違うよ。」「こないだは分からなかったけれど、オクタの種には模様があるよ。」「他にも違いはないか」と問い、違いに着目しながらそれぞれの種をスケッチするよう指示する。そして、種まきをして授業を終えるつもりであった。しかし、最後に次のような子どものつぶやきに気づき、思わず取り上げる。「どうして、種の大きさが違うのだろう。」だれも答えることができない。沈黙ととまどいの中で、中途半端のまま授業を終えてしまった・・・。
2007.04.23
コメント(0)

オクラとホウセンカの種まきの準備をする。今回、「大きめのポット」に種まきする。教科書には、花壇やプランターでの栽培(種まき)が紹介されているが、私がポットを使用する「よさ」として、次の3点があげられる。(1)子どもたち一人一人が栽培できる。(2)持ち運びが簡単であり、教室の机の上に持ち込んで観察できる。(3)からだのつくり(根・茎・葉)を観察するとき、根を掘りおこしやすい。そして、今回使用するのは「大きめのポット」。少しでも成長しやすいようにと考えたのだが、思いがけないトラブルが起こる。野菜パーク(学校農園)にいき、一人に2個のポットに土を入れる。ところが、大きすぎて子どもたちは一度に2個のポットを持てないのである。注意するようにと声をかけても、玄関や階段でぼろぼろと土をこぼしてしまう。まだ、種まきをしたわけではないが、今後観察するたびに「運び方」に気をつけなければならない・・・。
2007.04.18
コメント(0)
今回、「授業リフレクション」に取り組んだ。もちろん、これまでもビデオを見て振り返ることはあったのだが、その「目的」が異なる。鹿毛先生の「リフレクションシート」の説明を後回しにしているのだが、この「授業リフレクション」について、千々布敏弥氏(国立教育政策研究所)の「日本の教師再生戦略」の中に分かりやすい記述があったので紹介する。 ・・・・・ 静岡大学教育学部附属浜松小学校では、授業のビデオ記録を活用した授業の振り返り(リフレクション)を実践している。授業者は授業のビデオ記録を視聴しながら、自分で気になる場面があったらその場をストップし、そのときの自分の考えや感情、とった行為を説明する。事後的な反省ではなく、その場での自分の内面に忠実に報告する。 授業の振り返りを行う際には、仲間を一人同伴させる。仲間は、授業者の説明を聞きながら、授業者が自分の内面に注意を向けるように促す。授業リフレクションの場合は、ビデオまたは音声テープで記録し、場合によっては文字記録に起こす。文字記録を作成する際には、自分が知覚した場面、その場における自分の解釈、感情、自分の判断、行為を分けて記述する。このような授業リフレクションを通じ、教師は子どもの見方を再構築し、さらには自分自身についての見方も再構築していく(藤岡 1999)。 ・・・・・つまり、授業リフレクションとは、「ああすればよかった」という単なる反省ではない。授業の中で、「子どもと教師が何を経験したのか」を忠実に明らかにしていくことであろう。そのことにより「子どもの見方」と「自分自身についての見方」を再構築することをめざすものである。
2007.04.17
コメント(2)
「オクラをそだてよう~その1」の授業を振り返って、次のようなことが「見えて」きた。○ 子どもたちの興味・関心は、高ければ高いほど次々と移り変わる。 今回の授業の中で、子どもの様子を大きくとらえ違いをしていた場面が2つあった。「オクラの実を配るとき」と「オクラの実を切らせたとき」である。 まず、「オクラの実を配るとき」である。まだ、全部のグループに配り終える前に、いきなり長さを測りはじめたグループが目に止まる。私は「どうして、いきなり『長さ』なんか測定するのか」ととまどうとともに、「『長さ』を測るなんてすごいね」と声をかけてしまう。しかし、そのときのビデオを見てみると、その子どもたちがいきなり長さを測ったわけではなかった。オクラをもらった瞬間、毛が生えていることに気づき、「鉛筆の形に似ている」などつぶやいている。その後、定規を取り出し「長さ」を測っていたのだ。しかも、私が「長さ」を取り上げることにより、いきなり「長さ」を測りだす子どもが出てきてしまったのである。 また、「オクラに実を切っていいよ」と指示を出したときである。オクラを輪切りにしたり、みじん切りにしたりする子どもの姿ばかり見ていたのである。ここでもビデオを見てみると、実は、この子どもたちも切ってすぐにその切り口の形やねばねばすること、そして、中に白い粒がたくさん入っていることを、次々につぶやいていたのである。そして、その「みじん切り」でも、輪切りにしたときの形(次々と五角形ができること)や、「ねばねば感」を楽しんでいたのである。しかし、私が見たのは、その子どもたちの「みじん切り」にしているところだけであった。 このように振り返ってみると、「いきなり『長さ』を測定するなんて、オクラの実に興味をもっていない」「オクラの実を『みじん切り』にして遊んでいるだけで、集中して観察していない」ととらえていた子どもたちが、実は、オクラの実に対して、興味・関心がものすごく高いのである。そして、その興味・関心も、次々と移り変わっていくのである。今回、はじめて鹿毛雅治先生(慶応義塾大学)の「リフレクションシート」を用いた授業リフレクションに取り組んだ。(この「リフレクションシート」については、後日説明をupする。)同僚の先生といっしょにビデオを見ながら授業を振り返ったのだが、これまで見えていなかったことが、たくさん見えてきた。このblogの「書き方」もだいぶ変わったような気がする。もしかしたら、読みにくいかもしれないが、しばらくは「リフレクションシート」を用いて授業を振り返ったときには、このような形で「語って」いきたいと思う。
2007.04.16
コメント(0)
子どもたちに、オクラの「種」から「実」になるまでの成長の過程を予想させた。最後に「これから(オクラをそだてていく中で)楽しみなこと」「よく観察したい(見てみたい)こと」を発表させる。すると、次のようなことを発表する。「花からどうやって実になるのか。」「花がかれてから、どのようにこんな太いオクラが出てくるのか分からない。」(授業前は、もっと「子葉」や「葉」にも着目すると思っていたが、ほとんどの子どもが、「花から実」の過程に関心をもつ。)そんな中、「分かる、たぶん」という声が聞こえてきた。「ナスを育てたとき、花の中から実が出てきた。」すると、他の子どもも次のように続けて発言する。「ナスの実は、花の中から出てきたのかな?」「ナスの先に花が付いていたね。」「オクラのそうなのかな?」オクラも「『花から実』になるときを気をつけて観察しよう」と一段落ついたときに、ある子どもが次のようにつぶやく。「オクラの中にある種みたいなのが、どのように中に入っていくのか知りたい。」この発言は、私にとって「思いがけない発言」だった。他の子どもからは「後から中に入っていたんじゃないよ」という声が上がる反面、「白い粒は、種なのかな」というつぶやきも聞こえる。最後に「オクラの中にあった『白い粒』は種なのか」と問う。「種だ」と言い張る子どもがいる中、一人の子どもが次のように発表した。「最初に見た種と、色と大きさが違う。」このことは、だれも説明することができない。「この『白い粒』は種なのか、この『白い粒』はどのように変わっていくのかよく見ていこう」とまとめ、授業を終える。授業前に予想していた「こだわり」とは異なるが、なんとか「成長の過程」に関心をもたせることができたようである。
2007.04.13
コメント(0)
オクラの実を「楽しそう」に観察する子どもたち。後でビデオを見て分かったことだが、料理のようにオクラを切りきざむ子どもたちも、中から白い粒々が出てくると「種がでてきた」と声を上げている。この発言を、どうして取り上げることができなかったのだろうか。「オクラの実の表面がでこぼこしている」ことに対して「種が入っているからだ」と答えている子どもも。こんなつぶやきに気づかないまま「料理」が一段落すると、次の活動に移ってしまう。ノートの両端にオクラの「種」と「実」をかかせ、その間の成長の過程をグループで話し合わせる。すると、あるグループから「驚き」の声が聞こえる。そのときは、あるグループで次のようなやりとりがあった。(これも、後でビデオを見て分かったことだが。)まず、一人の男の子が自分のノートを見ながら、次のように説明する。「芽からつぼみが出る。」向かいにいた女の子が「えー?」と大きな声を上げる。そして、「芽からつぼみが出てくるの」と聞き返す。すると、その男の子は、教科書の「子葉」と「葉」が出てくるページを指しながら「芽がでて、つぼみが出るでしょ」と大きな声で説明する。しかし、この説明は、他の子どもには理解できない。女の子は、そのページを見ながら「つぼみは・・・」とつぶやき、さっきかいた自分のノートを消す。授業の最後には、同じグループの他の子どもが「芽から花のつぼみが出てくるのをみてみたい」と発表した。やはり小学3年生。グループの話し合いにかかわりながら、しっかりと「言葉」の整理をしてあげることが大切である。(つづく)
2007.04.13
コメント(0)

3年生での1回目の理科の授業である。子どもたちにとっては「初めての理科」である。「理科との出会い」を大切にしたい。子どもたちが学習するのは「植物の成長」である。オクラとホウセンカを育て、その共通点から規則性を見出していく。まず、子どもたちに「ひみつの種」を配る。「なんだろう」という反応を期待していたのだが、出だしからつまずく。多くの子どもたちが教科書を開け、種を配り終える前に「オクラだ」という声が上がる。そこで、いきなり授業ブランを修正する。オクラとホウセンカの種が載っているページを開かせ、「オクラ、ホウセンカ、どちらの種かな」と問う。しかし、もうこの時点で子どもたちの関心は「なんの種か」ということにはなく、「教科書を見ても、そういうふうに書いてあります」という発表だけで終わってしまう。(後でビデオを見て分かったことだが、「実物と教科書では色が違う」とつぶやいている子どももいた。)多くの子どもたちが、ホウセンカの種の写真をよく見ることもないまま、「これからオクラとホウセンカを育てます」と次の話題に移ってしまった。次に、オクラの実を配る。配っている途中に「長さ」を測っている子どもが目に止まる。私自身、いきなり「長さ」を測るなど予想もしていなかったことである。思わず「『長さ』を測るなんてすごいね」と声をかけてしまう。思っていたよりも、手触りや形に着目していないという感じであった。(これも、ビデオを見て分かったことだが、その子どもたちがいきなり長さを測ったわけではなかった。オクラをもらった瞬間、毛が生えていることに気づき、「鉛筆の形に似ている」などつぶやいている。その後、定規を取り出し「長さ」を測っていたのだ。)そんな中、一人の子どもが「とびだしている感じがする」とつぶやく。このつぶやきを他の子どもにもどし「中に何かはいっているのか」と問う。「種」という答えも聞かれ、はさみで切ってみることになる。しかし、ここでもうまくいかない。こどもたちは「切る」ことが楽しいのである。「種だ」という一言で、もう次の瞬間は「でこぼこしてる理由を探す」ということは忘れてしまっている。縦に切ったり横に切ったりみじん切りにしたり。まるで料理である。気づいて欲しいことに気づいてもらえない、着目して欲しいことに着目してもらえないというのが本音である。3月までのようにはいかない・・・。(つづく)
2007.04.13
コメント(0)
しばらくの間、さぼっていたこのblogを再開しようと思う。さぼっていた理由として、1.6年担任で卒業関係の仕事が忙しかったこと(感動の卒業式だった!)2.授業記録の「書き方」(厳密には「振り返り方」)を変えようと思ったことがある。とくに、2.については、鹿毛雅治先生(慶応義塾大学)の「リフレクションシート」を活用した「授業リフレクション」後に、blogをupしたいと考えている。(考えていた。)少し、blogの様子が変わるかもしれないが、新しい授業の「振り返り方」「記述の仕方」「語り方」が見えてくればと思っている。今年度は、3年生担任に。「学び合い」が生まれる瞬間に立ち会えればと願っている。(「バランスドアクアリウムをつくろう」の実践記録も、あと少し残っているが、後日upする予定である。)
2007.04.13
コメント(2)
全8件 (8件中 1-8件目)
1


![]()