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授業ビデオとともに、撮影した写真にタイトルやコメントかき込ませたものをもとに、振り返ってみると、子どもたちのかげに対する見方や考え方に次のようなものがあることが分かった。○ かげをもののシルエットとしてとらえていない。模様までうつる。・ミッキーマウスの耳はできるが、ぼうしはうつらない?・グローブのかげ(模様)ができない?・横にしたフォークとスプーンのかげは同じ形になると思っていた。・けん玉は十字にならない?○ かげをぼんやりしたもののとらえている。・モヤットボールのデコボコもうつる?・かざぐるまのかげは丸くなる?(つづく)
2007.10.01
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授業も終わりに近づいたころ、次のような出来事が起こる。デジカメで撮影するが、ディスプレイで確認するとかげだけが消えるのである。「かげが消えた?」「また、真っ白だ。」子どもたちは何度も撮影するが、どうしてもかげが写らない。明るくて私も気づかなかったのだが、よく見てみるとフラッシュが光っている。フラッシュをたくと、かげが消えるのである。また、ビデオの最後には、他の班の次のような出来事が残されていた。一人の子どもが、かさのかげを撮影した。しかし、かげが大きく、白い紙からはみ出してしまう。撮影した映像を見て、その子どもは、次のようにつぶやいた。「あっ、真っ黒だ。」その映像には、かさのかげ全体が写されているものの、紙の部分しか見ていなかったのである。身近なものを持ち寄ってかげをつくり、デジカメで撮影する。かんたんに進むかと思いきや、いろいろな出来事が起こった。その一つ一つがかげの性質に関係するものであり、これから授業を進めていく上で、子どもたちに葛藤を起こさせるヒントになりそうである。単元の終わりには、もっとスムーズに撮影会ができるはずである・・・。
2007.10.01
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次は、Mさんの番である。Mさんがもってきたものは、クリップと巻き貝。どちらも紙の上に横に(寝せて)置いて悩んでいる。Nくん「一番長いやつがいいんじゃない?」Nくん「クリップを使って、縦にしたらおもしろいよ。」そのアドバイス(?)を聞き、巻き貝を立ててかげをつくろうとする。しかし、また自分のかげが邪魔をして、上手くかげをつくることができない。Nくん「太陽の反対からやればいいと思うよ。」そこにIさんが手伝おうとするが、またまたIさんのかげが邪魔をする。Nくんは「こっちから、こっちから」と紙の西側に移動させる。すると、Mさんは、「あっ、そうか」とつぶやいた。この様子から、Nくんは「太陽の反対側にかげができる」ことに気づくことができなのではないかと考えられる。また、MさんもNくんとかかわる中で、「あっ、そうか」と何かを見いだしたように見えた。最後に、Iさんが持ってきた「切り絵で筒をつくったもの」である。その切り絵は、花火があがる様子を細かく表現してあり、とてもきれいながらである。少し持ちあげてななめにしてみると、そのがらの一部だけがかげとして現れた。Iさん「こんな感じで持っていてくれない?」Nくん「もっと本格的にしたいから・・・。」切り絵のがらを、全部写そうと思ったのだろう。しかし、角度を変えても、上手くいかない。Nくん「あれっ?」Iさん「置いたらいいんじゃないの。」Nくん「(ちょっとイライラした様子で)置いたらこうなるでしょ。」Iさん「さっきのでいいんだけど・・・。」Nくん「ちょっと、この辺がかくれているもんね。」結局は、はじめにIさんが持ちあげたときと同じようにかげをつくり撮影した。この切り絵は、筒状になっていて、上面にある「穴」を太陽の光を通しても、下の面で遮られてしまったのである。(つづく)
2007.10.01
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Nくん、Mさん、Iさん、Tくんの4人のグループ。家から持ってきたものを、1つずつ白い紙に置きながらデジカメで撮影する。まずは「ざる」である。Nくんが、ざるを紙の上にたてて「ざる、おもしろい」とつぶやく。Nくんは、ざるを紙の上に置き、デジカメの準備をする。すると、「こっちのほうがいいよ」と、そのざるをひっくり返した。しかし、ざるを逆さにすると、かげがあまりできなくなってしまい、すぐに元に戻した。その後も、ざるを立てたりといろいろ試みてみるが、なかなか上手くいかない様子である。Nくんがデジカメをおいて近寄り、「これがじゃましているから」とざるの角度を変える。このときの様子をビデオで見てみると、Nくんが、太陽の位置を意識しているように見えた。「これいいかも」「なるべく、腕でじゃましないでね」「ざるもおもしろかったね」とIさんに話しかけながら撮影していた。 その後、Tくんがもってきたものでかげをつくりはじめる。最初に、小さなガラスの置物とネジを置く。ガラスの置物は、サイコロぐらいの大きさであり、あまりかげができない。また、ネジも立てずに横に置いたため「おもしろくない」と次のものを取り出し、ガラスの置物とネジを袋の中にもどした。次に取り出したのはステーキ用のナイフ。Tくんは、そのナイフも横にして(寝せて)紙の上に置く。それを見て、Iさんが立てようとするものの、Tくんは「あー、無理だな」といって、また袋の中をのぞき込んだ。「次は何にしよう」と考えているのだろう。その間、IさんとNくんは、何とか形をつくろうと、試行錯誤していた。しかし、Tくんはためらいもなくナイフをペットボトルに置き変える。Nくん「あっ、これいいね。」Tくん「おー、おもしろい形になった。」ふたりとも、あっさりナイフでかげをつくることを断念してしまった。(つづく)
2007.10.01
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今回は、雲もなく「かげをつくる」のに絶好の天気である。子どもたちは、いろいろなものを家から持って来ていた、授業がはじまる前も、教室の太陽の光が差し込むところでかげをつくる子どももいた。子どもたちが家から持ってきていたのは、主に次のようなものである。○スプーン ○フォーク ○ナイフ ○ボール ○モヤットボール ○歯ブラシ ○バネ ○ペットボトル ○けん玉 ○ぬいぐるみ ○ざる ○かざぐるま ○トイレットペーパーの芯 ○ダンス用のボンボン ○赤いガラス製のコップ ○テープカッター ○プラスティック制の穴あきのふた ○バトミントンラケットつくったかげはデジカメで撮影することを伝え、ベランダに移動する。子どもたちは、白い紙の上にどんどんもってきたものを置く。すぐにデジカメで撮影しはじめるだろうと思っていたのだが、子どもたちの意識は、そのデジカメには向かない。「かげをつくる」ことがおもしろいのである。1つずつ紙の上に置き、写真を撮影するように促す。(写真を撮影する間にも、一人黙々と別の場所で「かげをつくる」子どももいた。)そん中、あるグループでは、次のようなかかわり合いが生まれていた。Nくん、Mさん、Iさん、Tくんの4人のグループである。Nくんが、自分がもってきたものをどんどん白い紙の上に置く。Nくん「(手鏡をおいて)やっぱり普通だ。」Mさん「(その手鏡を取り上げて自分でもやってみて)・・・・。」Nくん「モヤットボールおもしろいよ。」Mさん「・・・・。」この「おもしろいよ」に反応し、TくんとIさんが近づいてのぞき込むが、自分たちのかげでつくったかげが見えなくなる。それを見てNくんは「かげが、かげが」と退かす。しかし、もともと邪魔にならない場所にいたMさんが、少し離れた場所ではあるものの、太陽の方に移動してしまう。 そのとき、次のような出来事が起こった。Mさんが、かげをつくっているモヤットボールを見て次のようにつぶやいた。「今、かげがないような気がする。」太陽の方から、モヤットボールを見たため、その反対側にできたかげが見えなくなったのである。「おやっ」と思い、その後モヤットボールに近づくものの、自分のかげで、また見えなくなる。その後、Mさんは「かげが見えなくなった」ことに疑問を感じながらも、自分のもってきたもので「かげをつくる」ことに夢中になっていった。意外な場面にも、かげと太陽の関係に気づかせるチャンスがある。(つづく)
2007.10.01
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2校時終了後、本実践をスタートさせようとしたときのことである。ベランダに10名近くの子どもたちがならび、空に向かって次のように叫ぶ姿が見られた。「太陽,出てこい。」理科を予定していたのは3校時、週末に配った時間割には「かげをつくろう」と書かれている。しかし、朝は晴天だったにもかかわらず、2校時の終わりにはどんよりとくもり。かげができない状況になってしまったのである。「太陽出てこい」と大声を出す子どもたち。子どもたちの「かげをつくる」ことに対する興味・関心の高さを示すものあろう。このとき、「太陽によって影ができる」ことは教えていない。この「太陽出てこい」という言葉は、「太陽が出ていないと,影ができない」という子どもたちの考えから生まれたものである。しかし、よく考えてみると「『太陽が出ていないと影ができない』から『太陽出てこい』と大声で叫ぶ」ということには、いくつかの子どもたちのまちがったとらえ方(もちろん,叫ぶことで太陽が動くとは子どもたち自身も思っていないのだが)が表れている。まず、太陽の光が教室まで届かない原因が、雲ではなく太陽だと考えていること。そして、雲のかげによって、他のかげがぼんやりしている現象を「かげができない」ととらえていることである。 内田伸子氏(お茶の水女子大)は、「影の概念は幼児期には成立しない。乳幼児からモノの同一性の概念が制約を与えて,”影は見えなくても有り続ける”と思いこんでいるからである。」という。子どもたちは,今、影に対する見方や考え方をもっていて、どのように科学的なものにつくりかえていくのだろうか。なお、帰りの会のときに、明日「かげをつくる」ことを説明し、それぞれでかげをつくりたいものをもってくるように伝えた。
2007.10.01
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今週、なんとか昆虫模型を入れる「すみか」が完成した。図鑑で昆虫の生活を調べ、「林」「草むら」「花畑」「川のそば」などを完成さた。幼虫と成虫で生活する場所が異なる場合は、「成虫のくらし」で納得したようだ。最後にみんなで調べた「すみか」を表にまとめる。すると、「植物」をすみかにし、その植物を「食べ物」にしている昆虫が多いこと気づき、一人の子どもが次のような声を挙げる。「人間だったらお菓子の家だ。」教師がつくってしまった「家」と「すみか」のギャップを、自分たちで埋めることができたようだ・・・。
2007.10.01
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次の単元「太陽の動きを調べよう」の授業構想である。まだ、単なるメモであるが、「主題」「ねがい」「活動」「学習内容」をノートに順に(思いつくままに)かき込んでいく。藤岡完治氏の「マンダラ」と比べると、まだまだである・・・。
2007.10.01
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今回は、「花がかれたあと」のオクラを観察する。(つぼみと形が似ていて、前回の観察ではつぼみとまちがっていた子どももいたのだが・・・。)子どもたちは、その不思議な形を観察しながら、次のようなことを話し合っていた。「このギザギザしているの何ていうの?」「葉っぱじゃないよね。」「成長するにつれて、外れていく?」「大きくなればなるほど外れていくんじゃないの。」「実を守っているんだよ。」「真ん中のはオクラの実?」「これから大きくなっていく?」「花の中を見ると五角形だから、この中にこれが入っていたんだよ。」「花も5枚だよ。」「花の中にこれが入っていたんだよ。それが出てる、おかしい・・・。」「これが、まだ子どもだし、枯れていないし、ちっちゃい・・・、花もとれていない。」子どもたちは、「ギザギザしたもの」が何なのか、オクラの実はどこにあったのかなどの疑問をもったようである。そこで、オクラの花を「分解」し、くわしく観察する。すると、「ギザギザしたものが、花びらの外についていること」「花びらをはがすとめしべの根もとに小さなオクラの実があること」を発見する。「花の中にオクラの子どもがいる!」「後付け」ではあるが、なんとか子どもたちは「花から、どうやって実になるのか」という疑問(単元の導入ではもっていた)を解決することができたようである。
2007.10.01
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夏休みにそれぞれの家庭に持ってかえったオクラとホウセンカ。学校でもプランターに植えかえて育てていたのですが、猛暑のせいか上手く育たず、途中で枯れてしまった。(やはり、地植えでないとなかなか上手く育たない。)そこで、今週は、農園に育てていたオクラを観察する。農園で育てていたオクラは、最初から畑に種をまいていたこともあり、大きく成長していた。子どもたちも、自分たちの身長と同じぐらいの高さまで大きくなったオクラを見て、驚いていた様子である。(一人一人の育てていたオクラも、しばらくの間ポットで育てていたため、ほとんどが、50cm以上にはならなかった。)葉の大きさも、手のひらの2倍以上。また、子どもたちは花や実を見つけ、次のようなことをつぶやいていた。「オクラのはなって、きれいだね。」「思っていたより大きい。」「花の下に実がなっているね。」「つぼみみたいなものもたくさんついているよ。」しかし、多くの子どもが、どのように花から実になったのか疑問を感じていない。夏休み中の観察、そして、栽培が十分ではなかったのだろう・・・。
2007.10.01
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「昆虫のすみかをつくろう~その2」を振り返る。○子どもの発言の「背景」を大切にしていない私 今回の授業では、私自身が「すみか」を、昆虫一般で考えていたことに問題があるのだろう。グループの話し合いは、活発の行われているように「見えて」いた。しかし、前回のblogにも書いたように、子どもたちの会話はかみ合っていない。 そんな中で、「自由自在」や「昆虫には好みがある」という発言に飛びついている。その瞬間、多くの子どもたちに、その意味は理解されなかっただろう。一概に昆虫のすみかといっても、バッタのように卵から成虫まで同じ場所で生活するものもあれば、卵、幼虫、成虫で生活場所が異なる昆虫もいる。また、同じ成虫でも、飛び回るものとそうでないものもいる。 このような状況のなかで、「昆虫一般では」と問おうとしていること自体が「雑」なのである。授業のはじめに、せっかく一人の子どもが「コーカサスオオカブト」に焦点化してくれたにもかかわらず、「コーカサスオオカブト」のことすら解決しないまま、「一般的な昆虫は」どうかという話題に移っている。 3年生の子どもたちに、この一人一人の発言の「背景」まで聴けというのは、まだ無理である。一つ一つていねいに整理してやることこそ、教師の仕事である。
2007.10.01
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授業後、リフレクションするなかで、次のようなことが「見えて」きた。○子どもたちは、「何を通して」考えているのか、話しているのか。 今回の授業のなかで、一つのグループにビデオを固定し、話し合いの様子を撮影したのだが、「昆虫のすみか」について話すとき、4人が4人とも考える「基準になる昆虫」が違っていた。 Mさん:「草の種類が分からない。」「すみかって決まっていない。」 「はねがあって、どこにでも飛んでいける。」 「くさむらのどこにでもいる。」「水分とかも必要。」 →「バッタ」を基準に話している。 Kくん:「木がたくさんあって、密があって・・・。」 「めったに人の前にはあらわれない。」 「夜はライトがあればわかる。」「日本にはいない。」 →「カブトムシ」もしくは「コーカサスオオカブト」を基準に。 Hくん:「家なんかないのかな。」「どこにでもいる。」 「どこにでも行ける。」 →昆虫を一般化している。 Aさん:「人間も、おばあちゃんちに行ったりする。」 →人にたとえて考えている。 一見かかわっているように見えたのだが、何を通して(基準に)話しているのか、お互い理解していたのであろうか。いわゆる「メタファ」の問題であろう。多くの発言に「主語」がぬけている。おそらく、かみ合っていない部分も多いだろう・・・。(つづく)
2007.10.01
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「昆虫の『すみか』って何?」。子どもたちは「昆虫の家はいっぱいある」という発言から、「昆虫はどこへでもいける」「昆虫は自由自在」と話し合いを進めていった。しかし、そんな中、ある子どもが次のように発言する。「自由自在じゃない。敵がいる。」他の子どもも続けて次のように発言した。「好みがある。」そこで、「昆虫の『好み』って?」と尋ねた。「エサ。」「ホント、ホント、水分とか・・・。」「うまれたところとか。」「お母さんやお父さんがいる。」「たまご守るため。」グループでも話し合いが続く。「バッタは幼虫がない。」「セミは?」最後に、「すみか」について分かったかどうか尋ねる。「いろいろ調べないと分からない。」「いろいろ」とは、昆虫の生活のことであろう。しかし、最後に一人の子どもが次のように発表した。「トンボは、見ているときは『いつも』飛んでいる。」子どもたちの「生活知」である・・・。
2007.10.01
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「昆虫の『すみか』って何?」。あるグループでは、次のように子どもたちの話し合いが続いた。「すみかって決まっていないんでしょ?」「モンシロチョウは、キャベツ畑にいないときもある。」「めったに人の前にあらわれないからね。」「夜になれば、わかるけどね。ライトをあてたりして。」そんな中、一人の子どもが次のように発言した。「家って、どこの家か分からない。」他の子どもたちからは「あ~」という声があがる。「山のどっかの家」というつぶやきも聞こえた。そこで、「どこの家か分からないって、どういうこと?」と問い返す。「決まっていない。」「街中に飛んできたりして・・・。」「家が決まっていない。」「コーカサスオオカブトの家がいっぱいある。」ここで、グループの話し合いにもどす。すると「家がいっぱいある」ということについて話し合いはじめた。「どの木にいる?」「木がたくさんあって、密があって・・・。」「はねがあって、飛んでいく・・・。どこへでも行ける。」「家っていうイメージじゃないんだよね。」「家なんかないんじゃないかな。」「人間みたいに『ここに住んでます』って。」「どこでも行ける。」「でも、日本には・・・。遠い場所までは・・・。」「私もよくおばあちゃんちに行くよ。」「自由自在。」このグループでは「昆虫は自由自在」ということで話がまとまっていった。ただ「どこへでも行ける」という発言に対して疑問をもった子どもがいた。しかし、グループの中では、なぜか取り上げられなかった・・・。
2007.10.01
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「昆虫のすみかをつくろう」。前回、この「昆虫のすみか」ということばのあいまいさから、子どもたちは「混沌」とした状態になっていた。まず、前回の授業で困ったことをグループで話し合う。「木の種類が分からない。」「カマキリにもたくさんの種類がある。」「『すみか』決まってないもんね。」「バッタでも、草の種類が分からない。」いろいろな「次元」で、悩んでいる様子であった。ここで、「困ったこと」を一人の子どもに発表させると、次のように発言した。「コーカサスオオカブトのすみかは見つかりません。本(図鑑)を見てものってません。」すると、数名の子どもたちが声を挙げる。「分かるよ。」「マレーシアのすみっこ。」「インドネシア?」「スマトラ島!」本当にカブトムシやクワガタムシに詳しい子どもたちである。(昆虫ブームの「おかげ」であろう。)ただ、「すみか」ではなく生息地域を答えただけである。「スマトラ島でいい?」と尋ねても「いい」という返事が返ってくる。そこで、「それじゃあ、スマトラ島の写真をはればいいんだね」と問う。すると、次のように子どもたちの発言が続いた。「森とか木がないと・・・。」「コーカサスが見ている景色じゃない。」「山の上にいるかもしれない。」「土の中の家?」少しずつであるが、昆虫の「生活の仕方」に着目しはじめているのだろう。
2007.10.01
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2学期の授業がはじまる。2学期はじめの単元は「昆虫のすみかをつろう」。1学期の「昆虫模型づくり」の続編である。一人一人に厚紙を配り、作り方を説明知る。厚紙で箱をつくり、そこに「すみか」の絵をかく。途中、「『すみか』って何」という質問があり「家みたいなもの」と答えたものの、この答えが、子どもたちに混乱を起こす。図書館に場所を移して調べ活動をはじめるものの、あるグループでは、「トンボ」と「テントウムシ」の「すみか」について、次のような発言が続く。「トンボは、飛んでいるところしか見たことがない。」「時々水辺に・・・。」「トンボの巣は見たことがない。」「河川敷の草がボーボーはえているところ。」「水たまりの上?」「トンボの幼虫は、ヤゴだよ。」「テントウムシは?」「土の中。」「ちがうよ!」「アブラムシとか食べているよ。」「物の下とか?」「花のちかくかな?」「キャベツとかナスビによくアブラムシがついているから、そういうところにいるんだよ。」「高いところから飛ぶから、高いところにいるんだよ。」子どもたちの中で、「すみか」の定義があやふやであると同時に、ばらばらなのである。解決したと思っていた「クワガタ」についても、次のように話し合う子どもの姿がビデオに映っていた。「クワガタは簡単だよね。」「木に中に住んでいる。」「住んでいるんじゃなくて、隠れているんだよ。」「幼虫の間は土の中、それまでがすみかでしょ。」「クワガタのすみかはないと思う・・・。」最初に説明した「家」のイメージがじゃまをしているのだろう・・・。
2007.10.01
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今年も「科学の祭典 熊本大会」に参加する。今回もクラスの子どもたちは「実験講師」役。3年生ということで、「多少」心配はあったものの、その心配も、やはり最初だけであった。どんどん「説明上手」になっていく。今回の実験は「昆虫模型をつくろう」。私の準備は、色画用紙に昆虫の「型」を印刷しただけ。あとは、子どもたちと保護者の方が、参加者の子どもたち(大人もいたのだが・・・)といっしょに切り取り、折って形をつくっていく。単純な作業だが、けっこう夢中になっている姿を見ることができた。また、子どもたちは作る最中にも「ここが頭で、足が6本で・・・・」と説明していた。今年も1日のみの参加であったが、子どもの成長を見ることができ、充実した1日になった。
2007.10.01
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