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研究発表会の午後、全体会のシンポジウムの中で、講師の内田伸子先生(お茶の水女子大学)に私の授業を取り上げていただいたコメントのつづきである。・・・・・葛藤解決に向けての整理をしてあげることも教師の役割である。授業の中で、葛藤の第2の層「自覚化・対象化」が起こるようなきっかけを与えてる。葛藤の第3の層「他の人からもたらされた混沌とした葛藤」を教師が何とかうまくまとまらせるような方向付けを与える、子どもたちの発話を聞き逃さず整理している。例えば「バクテリアがアンモニアを分解して『硝酸塩』ができる」ということで、子どもたちには、「硝酸塩」に対して「?」がいっぱいでてくる。このとき、教師は次のように発話した。「水草に吸収されていることは確かのようですね」この発話が、やがて子どもたちが「『硝酸塩』は無害なんじゃないか」「もしかすると栄養や肥料なんじゃないか」というようなあちこちから出てくるといった展開につながった。教師の都合のよい発話だけとりあげるのではなく、子どもたちの学びの流れの中に教師が上手に葛藤を解決するような、揺さぶりをかけたり整理をしたり、オーガナイズしてあげたり、ばらばらなものが何とかまとまるような方向づけをちょっと与えてあげる。余すところなく説明してしまうのではなく、差し向ける。そのためには深い専門性が必要。子どもの頭の中で起こっていることを見抜くことが必要。その場その場でデザインを修正できることが必要。・・・・・本当によく授業を見ていただき、子どもたちの様子、発言をひろっていただいた。その中に、私が気づかなかった発言もたくさんある。大学の先生であるが、私よりも「子どもの事実から学ぶ」ことができる方なのであろう。私も、子どものそんな言葉をひろうことができるようになりたい。
2007.02.19
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研究発表会の午後、全体会のシンポジウムの中で、講師の内田伸子先生(お茶の水女子大学)に私の授業を取り上げていただいた。授業を見ていただいていたということは分かっていたのだが、正直驚いた。内田先生のコメントは、次の通りである。・・・・・生活概念から科学的概念へ。授業では、バクテリアについて話題になる。子どもたちは必ずしもバクテリアの分解の深い意味は理解できていないが、少なくとも「硝酸塩」の下の矢印が水草の根に行っていることから「どうも害がないのかもしれない」「栄養なのかもしれない」「いや、肥料かもしれない」というふうに展開していった。一つ一つ振り返りをしながら、子どもたちにもどしながら「見えることを大切に確かな概念(見えないもののメカニズムやルール)にしていく」ことが進行していく。子どものこだわり・視点の多様性を大事にしている。子どもたちは、みんな他の子どもたちの言うことの自分の考えていることとの違いに気がついていく。立ち止まって、もどすということがすごく大事だ。ここで「わかり直し」ができ、質的に深まっていくという授業の展開を見ることができた。分科会の中で、参加者の質問に対して「気になる子どもに焦点化する」という答えがあった。「そういう子どもたちのこだわりから、おもしろい発見が出てくるということにこの1年間の実践を通して気がついてきた」とのこと。授業後、「硝酸塩」にこだわった子どもが、同じ班の子どもに次のように話していた。「私、授業をかきまぜちゃったかな?」硝酸塩にすごくこだわって、みんなを混乱させたかもしれないと心配しての発話である。それを聞いた子どもが、次のように話した。「あなたは”なぜ”を大切にしたから、とってもよかったよ。」いい関係ができているなと感動した。このように多様な子どもがいるということが認知的な葛藤から「わかり直し」が起こり、そして、質的に深まっていく。このことは、まさに探求者としての姿勢である。・・・・・このblogでも、何度も内田先生の本から引用しているように、内田先生には、どうしても話をお聞きしたいと以前から思っていたので、授業を見ていただき、このようなコメントを頂いたことを素直に喜びたい。(つづく)
2007.02.15
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「『バランスドアクアリウム』の中の生き物は、どのようにつながっているのだろうか。」授業の最後に「アカヒレ」「水草」「バクテリア」の関係を図で表す。子どもたちからは、次のような感想が聞かれる。「1学期に書いた食物連鎖マップでは、食べたり食べられたりするだけで終わりと思っていたけれど、バクテリアを入れるとつながっているということが分かって、前の見方が変わりました。」「食物連鎖も、ぐるぐる回っていて、どの生き物もつながっているということが分かりました。」「次、食物連鎖マップをつくるときは、バクテリアも入れてつくりたい。」「食べるられより、食べる方がいいと思っていたけれど違うと思った。」「これまで食物連鎖は強い動物が弱い生き物を食べるという一方方向だったけれど、本当は全部つながっているってはじめて気づきました。」「自然の沼とか池の中でも、自然に循環しているということが分かりました。」次時は、自分がつくる「バランスドアクアリウム」の「設計図」を書く。
2007.02.14
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「『バランスドアクアリウム』の中の生き物は、どのようにつながっているのだろうか。」前時(研究発表会での授業)に「バクテリア」のはたらきについて話し合い、「硝酸塩」にこだわり、立ち止まって考えることによって、このことが少しずつ明らかになりつつある。今回も、前時の話し合いを、それぞれのグループで続ける。「前回の学習で『硝酸塩』は水草に吸収されているっていたけれど、植物は自分で養分をつくっているから、やっぱり『硝酸塩』はいらないんじゃないかな。」「でも、矢印は確かに水草に向いているよ。」「肥料になるんじゃないの?」「光合成でつくる養分は最低限のもので、肥料は成長を手助けしてるんじゃないのかな。」「肥料がないと、最低限の成長しかできないんだよ。」そんな中、あるグループから「『養分と肥料は同じなのか』ということがはっきりしない」ということが発表される。そこで、「養分」と「肥料」について、国語辞典で調べる。すると、「養分」は「生物体の成長に必要な成分」、「肥料」は「土壌をこやし、植物の生育に役立って増収をもたらす効果をもつ土壌・植物に施す物質」と書かれている。「やっぱり、『硝酸塩』は水草の根から吸収される肥料だ。」子どもたちは、5年で「肥料」について、6年の1学期に「養分」について学習している。今回、ある子どもの「硝酸塩」にこだわりに寄り添い、立ち止まったことにより「わかり直す」ことができたということであろう。(つづく)
2007.02.14
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「どのこだわりを取り上げるのか。」「多様な子どもたちの考えを、どのようにまとめるのか。」研究発表会での授業後の分科会で質問されたことである。この質問について、次のように答えた。「どのようなこだわりを取り上げるのか。」本年度、研究がスタートしたときには、すべての子どものこだわりを取り上げるという気持ちだった。その気持ちは、今も変わっていないが、その中で「気になる子ども」に注意をはらい、その子どもたちのこだわりやつまずきの原因を洞察するようにしている。教師にと手、都合のよい発言だけを取り上げるのではない。反対に、あえて教師にとっても思いがけない発言を取り上げることが、次のステップに進むためのヒントにつながることが多い。思いがけない発言により、他の子どもたちの「わかり直し」が促され、バラバラだった知識がつながり、きまりやしくみ、意味が了解されていく。「多様な子どもたちの考えを、どのようにまとめるのか。」これは、3年前に協同的な学びをテーマと掲げたときからの課題であった。多様化させるのはよいが、その考えをまとめようとすればするほどまとまらない。かえって、一人の子どものこだわりやつまずきに、みんなで立ち止まって寄り添うことによって「何だそうだったのか」「そういうことだったのか」と他の子どもたちが解決することが案外多かった。「まとめる」というよりも「一人の子どものこだわりやつまずきに立ち止まる」という教師の意識が大切だと考えるようになった。前回のblogでも書いたが、来年は、この今年明らかになったことと「教師の成長」をあわせて主張していかなければならないと考えている。質疑・協議の時間が45分と短い分科会であったが、今年1年の取り組みを振り返る、よいきっかけとなった。
2007.02.13
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何とか研究発表会も終わり、ホッとしているところだが(3連休は、本当にゆっくりすることができた)、「やりっぱなし」ではなく、授業、提案ともにしっかりと振り返らなければならない。(授業については、単元終了後に振り返る。)そこで、授業後の分科会で話題になったことを取り上げる。いろいろな質問があったが、その中で「授業デザイン」関する次の4つの質問に対して「どう答えたか」を書き留める。(1)「どうして、子どもたちはよく話し合うのか。」(2)「どうして、子どもたちはよく書くのか。」(3)「どのこだわりを取り上げるのか。」(4)「多様な子どもたちの考えを、どのようにまとめるのか。」まず、(1)についてである。あわせて「子どもたちの『学び方』の指導をどのようにしているのか」という質問もあった。(2)にも関係するが、最初に「一般的に『学習訓練』といわれるものは行っていない」と答える。続けて、「ただし、理科だけでなく、すべての教科、授業で、ほんの少しの時間でも、どんなに簡単な問題でもペア、もしくは4人グループで話し合わせる」、「例えば、算数の練習問題でも、すぐに答え合わせをするのではなく、1分でもそれぞれの答えを確認させる」と説明した。(2)についても、特別に何もしていない。しかし「ほとんどの単元で『説明活動』を取り入れていて、その『根拠』にさせたのがノートであり、ノートにしっかり書いておかなければならない必然性は、どの子どもも感じている」と答えた。この2つの質問に対し、昨年の研究発表会ではうまく答えることができなかった。私自身、「学習訓練」が必要だと感じていた部分もあったのだろう。今年は、何とか答えることができたのは、この1年間「よい授業」のブラックボックスに焦点化してきた成果であろう。ただし、今後、その中での「教師の成長」をあわせて主張していかないといけないと考えている。(つづく)
2007.02.13
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「『硝酸塩』って、どんなものかわからない。資料を読めば読むほどわからなくなる。」ある子どもの「こだわり」である。このことに、あまり疑問を感じていないグループもあったのだが、あらためて話題に上げると、うまく説明することができない。「アンモニアがバクテリアに分解されて硝酸塩になる」ということを「知り」、「わかったつもり」になっているたのである。しばらくすると、バクテリアのはたらきを表した図を写し出したスクリーンの前に、数人の子どもたちが集まって首をかしげている。硝酸塩という言葉の下に書かれている矢印の意味がわからないという。その「議論」の中味を発表させる。「『硝酸塩』って何に使われるのかなと思ったら、矢印が書いてあって、硝酸塩が植物の養分になるんじゃないかなて思いました。」「『硝酸塩』って、植物に必要なのかなって話し合っていました。」すると、他のグループの子どもたちが、続けて次のように発言した。「前調べたとき、アンモニアをバクテリアが分解して、植物の栄養にするって書いてあったよ。」「ぼくが調べたものには、植物は、栄養として『硝酸塩』を吸収しているとも書いてありました。」そこで、「水草に吸収されていることは確かのようですね」と確認し、もう一度グループで話し合わせる。「根の方に向かっているから、やっぱり水草に吸収されているのかな。」「毒じゃないのかな。」「無害なのかな。」「栄養じゃないの?」「でも、植物は、光合成して養分を作っているんじゃなかったかな。」「5年生でインゲンマメを育てたとき、肥料が必要だったよ。」「それじゃあ、水草の肥料なのかもしれない。」「根から吸収されていることも関係あるかもしれない。」「肥料だった説明しやすいかも。」「水草が取り入れて、くり返されている?回ってる?」ここで、時間切れである。最後に感想を発表させる。「『硝酸塩』って全くわからなかったけれど、友だちと話し合って、どんどん役割がわかってきた。」「『硝酸塩』のことには、あまり注目していなかったけれど、『硝酸塩』にすごい役割がありそうだと思った。」またまた、解決できなかったわけだが、アクアリウム内の「つながり」について「わかり直し」を促し、認識を深めることができたと考えている。
2007.02.09
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研究発表会での授業だが、今回はバクテリアのはたらきを確認するところからはじめる。メダカ用のエサを水の中で腐らせたものに、熱帯魚用に市販されているバクテリアを入れたものと入れなかったものを事前に用意し、水質検査用の試験紙(亜硝酸塩に反応しピンク色になる)でその結果を比べる。これは、3日前に子どもといっしょに用意したものであるが、そのときは腐ったメダカのエサでピンク色に変化したものの、今回は、どちらもあまり反応しなかった。数班に、なんとかその「差」が表れたため、それを取り上げてバクテリアのはたらきを確認する。(いわゆる、実験失敗である。)「魚の糞や食べ残しの中にアンモニアというものが含まれていて、バクテリアが分解し、その有害なアンモニアを有害でない他の物質に変える。」まだ、納得していない子どももいたようであるが、ここで「『バランスドアクアリウム』の中の生き物には、どのようなつながりがあるのだろうか」と問う。すると、目の前にある「バランスドアクアリウム」を見つめたり、図を使ったりしながら話し合いをはじめる。そんな中、あるグループで「硝酸塩」についての議論が盛り上がっている。一人の子どもが、インターネットで調べプリントアウトしたものを何枚も持ってきていて、その資料を見ながらグループの友だちに質問していた。「『硝酸塩』って、どんなものかわからない。資料を読めば読むほどわからなくなる。」「硝酸塩」。もちろん、小学校の内容ではないが、図書館の多くの資料に出てくる言葉である。前時で取り上げた図にも、たしかに「硝酸塩」と書かれている。そこで、この発言を取り上げ、他のグループにも次のように問いかける。「『硝酸塩』とは、何でしょうか。みんなの言葉で説明すると、どうでなるでしょうか。」最初の予定では、「アカヒレ」「水草」「バクテリア」の三者の関係について話し合う予定であったが、この「『硝酸塩』って何?」という「つまずき」そして「こだわり」に「もどり」、指導計画をリデザインする。(つづく)
2007.02.09
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今回は、「バランスドアクアリウム」の中の生き物と「養分」のかかわりについて、いくつか調べたことを整理する。まず、アカヒレの食べ物である。この「エサがほとんどいらない」ことが、子どもたちにとって「最大」の疑問である。子どもたちは、図書館の資料から「雑食性」ということを調べてきた。雑食性とは、何でも食べるということ。子どもたちは「水草や藻、こけを食べているのではないか」と、アクアリウムの中のアカヒレの様子を見てつぶやく。また、1学期の「動物に食べられる植物」で学習した「植物プランクトン」や「動物プランクトン」と発表する子どももいた。実際、どれも正解である。単元の導入に提示した「バランスドアクアリウム」の水は、少し緑色に濁っているし、水草の表面には、藻やコケのようなものがついている。子どもたちに、水草を入れて、しばらく置いておくと、自然に発生することを説明する。次に、アクアリウム中に発生する「アンモニア」である。「普通の水槽では、どうして水かえが必要か」を調べる中で、子どもたちが発見したものである。子どもたちが参考にした一つの図鑑を提示し、考えを整理する。まず、排泄物とは魚の糞であること。そして、その糞やエサの食べ残し、死がいなどが「腐って」アンモニアが発生することを伝える。子どもたちからは「わあ」と顔をしかめる。そのままにしておくとどうなるか尋ねると「魚が死ぬ」と答え「水かえが必要だ」と声を上げた。ここで、「どうして、バランスドアクアリウムは、水かえが不要なのか」と尋ねると、子どもたちは黙ってしまう。しかし、しばらくすると数名の子どもが「バクテリアがアンモニアを分解すると本に書いてあったよ」とつぶやきだす。他の子どもから「バクテリアって?」と疑問も出される。そこで、次時までにバクテリアについて調べておくように伝え、授業を終える。次時は、いよいよ研究発表会での授業であるが、今、子どもたちは「混沌」とした状態である。(もしかしたら、私自身も・・・。)ただし、今日の授業では、ほとんどの子どもが「マイ・アクアリウム」用のビンを家から持ってきていた。依然、意欲は高いままである。
2007.02.07
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前時の授業を振り返ってみて、子どもたちに「水に酸素とける」というイメージがないことに気づく。水槽のエアポンプを見て、目に見える「あわ」だけが酸素だととらえている子どもが多いのである。そこで、今回は前回あまりうまくいかなかった「石灰水」の実験を再度行うとともに、この「酸素が水にとける」という確認をする。2学期に学習した「えら」のはたらきを復習する。えらは、水にとけている酸素を体内(血管)に取り込む。ここで、酸素は水にとけ、水は酸素を「たくわえる(もしかしたら、あまり適当ではないかもしれないが)」ということを確認する。(前時でも、数名の子どもが「酸素をたくわえる」と発言していたものの、取り上げることができなかった。この「酸素をたくわえる」という発言があったときこそ「教育的瞬間」だったかもしれない。本時に行うことは、その教育的瞬間を逃さなければ解決していたであろう。)ここで、多くの子どもが前時の「夜の分の酸素を作っておけばいい」という発言の意図を理解する。子どもたちからは、次々と「水草をたくさん入れればいい」などの声が上がる。「魚の数と水草の数のバランスを考えなければならない」という発言も。「水草は、魚の夜の分の酸素まで作っている。」「単に水草の量を増やすだけでなく、魚の数とのバランスが大切だ。」「思いがけない発言」に、またまたとまどってしまったが、子どもたちの「わかり直し」を促すことができた。(最初、循環さえ気づけばよいと思っていたのだから、私自身が「わかったつもり」だったのだろう。)今回、取り上げるかどうか悩んでいるが、植物自身も呼吸をしていると知ったときの子どもたちは、さらに植物のすごさに驚くだろう。
2007.02.05
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「水草は、夜は光合成できないから酸素を補給できない。」授業の終盤で飛びだした「思いがけない発言」である。上のような図でまとめと終わりと思いきや、「この発言をどう思うか」と他の子どもたちに「もどす」と、「エアポンプの方がいいのかな」というつぶやきまで聞かれる。そんな中、ある子どもが「夜の分の酸素を作っておけばいい」と発言した。解決に向かう一言であるが、他の子どもからは意外な反応が返ってくる。「たくさん酸素を作るというのはいいけど、夜だけ貯えて、夜だけに酸素を出すのは難しいと思う。」ここで、時間切れである。次時は、この子どもたちの「事実」から授業をリデザインし、スタートする。
2007.02.03
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「バランスドアクアリウム」をつくるために、生息条件を図書館で調べた子どもたち。「エアポンプはいらない」という声も聞こえてくる。「どうしてエアポンプがいらないのか」と尋ねると、「水草が光合成をするから」と答えた。そこで、水草が光合成をするかどうか実験で確かめる。水(十分に息を吹き込んだ)と水草を入れた試験管、水だけを入れた試験管の2本を用意し、日光に当てる。あいにくくもりだったため投光器を使う。しばらくすると、水草から「あわ」が発生しはじめる。なかには、ゴム栓が外れるものもあり、子どもたちは「酸素が発生した」と驚いている。30分後、それぞれに石灰水を入れてみると、大きくは反応しなかったものの「水のみ」の方が白く濁った。「水草も光合成する。」このことをもとに「エアポンプがいらない理由」について話し合う。「動物が酸素を吸って二酸化炭素を出す。その二酸化炭素を植物が吸収して酸素をだす。」すんなりと意見が出そろい、子どもたちはノートに「循環」する図も示しながらまとめていった。私自身も、このこのは子どもたちにとって、そんなに難しくないと考えていた。最後に「エアポンプと水草の違いは」と問う。「二酸化炭素を吸収するので、水草がすぐれている」という答えを期待したのだ。もちろん、このような考えも発表される。しかし、ある子どもが、次のように発言する。「水草は、夜は光合成できないから酸素を補給できない。」他の子どもからは、「だったらエアポンプの方がいいのかな」とつぶやく声も。教師にとって「思いがけない発言」である。(つづく)
2007.02.02
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「バランスドアクアリウム」のひみつを探るために、まず、図書館で調べる。すぐ図書館やコンピュータ室に行きたがる子どもたちであるが「何を調べるか」尋ねる。「ビンについて(大きさ・形)」「アカヒレ(魚)について」「水草について」「エビやタニシについて」「小石について」など、アクアリウムの中に入れるものそのものに関することである。なかなか、アクアリウム内の生息条件(環境)については目が向かない。そこで、「普通の水槽には、なぜ、エアポンプや水かえが必要なのか」と問う。もちろん、5年生の「メダカ」の単元で、このことについては学習しているものの、今ひとつぴんとこない様子である。その後、なかなか結論が出ずに、このことについても調べる(復習する?)ことになった。図書館での子どもの姿が、おもしろい。単に、メモだけをしている子どもは少ない。友だちと「議論」しながら、図鑑や本に書かれていることを理解しようとしているのである。けっこう白熱しているグループもある。以前、このblogにも書いたが、最近まで理科には、このような調べ学習はあまり必要ないと思っていた。しかし、子どもたちにしっかりとした目的意識があれば、効果的であると考えるようになった。その後の観察・実験を焦点化することができる。また、目の前に「答え」が書かれていても、子どもたちが、本当に理解するとは限らない。けっこう「わかったつもり」の状態になることが多い。 1時間半ほどの調べ学習であったが、子どもたちは水草と微生物の存在に着目しつつある。
2007.02.01
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