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http://kokkai.ndl.go.jp/SENTAKU/syugiin/002/1332/00204141332015c.html中野(四)委員 ちよつと附言することを忘れておりましたが、ただいま鳩山さんは、証人と兒玉譽士夫との関係は全然ないと言われました。これは証人の仰せの通りだろうと思う。しかしながら山本幸七というものを御存じかどうか。山本幸七が海軍の高浜倉庫の主任であり、同時に兒玉機関の一端を背負い、同時に山本幸七のもつておる金あるいは支出した金が、いかなる経路をたどつていつたかということはおよそ想像がつくことであります。山本幸七と御交遊があるか、山本幸七より何分かの寄附を受けておるかどうか、この点をお聽きしたいと思います。○鳩山證人 山本幸七から私個人なり自由党員なり自由党本部なりに寄附があつたということは全然ありません。しかし山本幸七君は自由党の候補者になりました。それでどういう人物か私は少しも知らないのでありますが、私どもに対しては何らの交渉はなく、私と共同のポスターなどをつくつて、当時私の選挙に骨を折つてくれた連中は非常に迷惑を実は受けたのであります。そういう関係以外に何もないのであります。○中野(四)委員 ちよつとこれは鳩山さんのお言葉としてはどうかと思うのです、私は少くとも山本君が無断であなたの名前を使い、あるいは交渉なくして選挙をやつたとは考えておりません。考えないのみならば、私はいささかどうかと思う。金銭上の御関係がなくとも、少くとも物資をあなたの所へ運んだか、あるいは選挙に相当な應援あるいは支援をしておるというような事実がないということは言い得ないと思うが、いかがでしようか。○鳩山證人 断じてないのです。それは私の運動員が非常に迷惑したのです。私は御承知の通り東京におらぬことが多うございまして、帰つてくると山本君の運動員が私の事務所に暴れこんできたりいろいろしまして、非常に困つたのです。あなたの想像はいかなる根拠に基くか知りませんけれども、表面はあなたが考えるようにできておるのかもしれません。しかし実質におきましてはまつたくあなたの御観察は反対なのであります。非常に困つたのです。http://kokkai.ndl.go.jp/SENTAKU/syugiin/002/1332/00204131332014c.html○武藤委員長 辻という人は政界においてどういう人であるか、あなたの考えておるところを述べてください。○加藤証人 政界ということはどうかしらぬが、とにかく私は当代に稀な良風美俗の維持者だと考えております。方々から金を集める人だということも聞いておつたが、よく人にも散らすというので、当代に珍らしい良風美俗の維持者なり、こういうふうに考えておりました。○武藤委員長 金を集めるというのは、とこから集めるのですか。○加藤証人 それは私よく存じておりませんが、そういうことをよく聞かされております。○武藤委員長 相当多くの金を集める手腕のある人ですか。○加藤証人 そういうふうに聞いておりました。新聞等の爭議なんかでも、あの老人には何らの対抗もしない。老人が出れば納まるというようなことも聞いておりましたが、結構な人だと聞いておりました。○武藤委員長 ずいぶん多くの人に金を散らすということは、やはり選挙のときか何かですか。○加藤証人 それは選挙ばかりじやないらしい。私の知つている今は亡くなりました山本幸七などという人は、ほとんどあの人の金で請負をされておつたということを、本人から聞いておりました。相当莫大な金をその人にはやつて、仕事をさしておりました。○武藤委員長 選挙のときにも相当多勢の人にたくさんの金を渡してやるということもお聞きですか。○加藤証人 そういうようなことも考えられます。私が行つたときに、どうだ、君も田舍の顏役ばかりになつておらぬで、東京の方へ出ないかというような話もしておつた。そんなときの話などによりますと、おれは自由党だなんて人は言うけれども、自由党ばかりじやない、社会党の諸君だろうが、民主党の諸君だろうが、ずいぶんそういうような人の出入りがあるよというような話も、その折にされたことがある。そういう諸君も大分私は知つております。また來ておつたようなことをほかからも聞いております。○武藤委員長 來ているというのは、來て金をもらつている……。○加藤証人 もらつたか、もらわないか、約束したか、それは私は想像では申し上げられない。ただそういうような話を聞いているという程度です。○武藤委員長 金を集めるのもうまいし、散らすのもうまいというのは、そういう意味でうか。○加藤証人 そういう意味です。○武藤委員長 何か代護士になるとか、大臣になるとか、そういう政界の表面に出てこないのですね、辻氏は……。○加藤証人 それはそうでしよう。隠居と言われて、名実さもに隠居らしいようですから……○武藤委員長 何か委員諸君の方で御質問がありますか。○古島委員 加藤さんに伺います。加藤さんに大分長いこと辻氏のところに出入りしたということですが、ちようど病氣後に加藤さんが辻氏を訪問して、ただいまの見舞金をもらつた際に、今だれが帰つたあとだというようなことを言われて、ああそうか、あれも來ているのかというようなことを感じたと私は聞いておりますが、だれが來たと言われましたか。○加藤証人 それは私が聞いた話では、芦田さんは來ないが、手紙は來ておつたというようなことは聞いたことがありますし、おれは加藤君、きみらの方ではどんな考え方をしておるか知らぬが、決して自由党なんかにこだわつてはおらぬ。おれの所に出入りし、おれがいろいろ懇談するのは社会党の諸君だろうが、民主党の諸君だろうが、そういう諸君が常に行つたり來たりしておるし、社会党や民主党でも今の芦田さんの話の出たこともありますし、それから西尾さんなんかのお話だつて出たこともあつたように思つておりますが、私に東京に來て住んでおれば、君らもどうにか田舍の顏役でなくて東京の顏役になれるのだという話のときにそういうことが出ました。○古島委員 そうするとただいまの西尾君が訪問をしたというお話ですが……。○加藤証人 それは正確に聽いておりませんが、そういう話も出ておる。おそらくそんなふうなことではないかと思います。○古島委員 來たという話ではなかつたのですか。○加藤証人 來たというまでにはいかぬが、そういうふうな話の例として……。○古島委員 交際しておるというのですか。○加藤証人 むろんおいでになつただろうと私自身は想像しております。○武藤委員長 ほかにございませんか。それでは済みました。御苦労さんでした。編注高浜倉庫 三菱高浜倉庫で いまはありませんが 場所は神戸にありました山本幸七 運輸業というソースがネットにありますが 会議録を読んでみますと どちらかというと 紙一重の方でしょうか 児玉機関と辻嘉六の関係が 実際は かなり深かったことが伺えます
2009年11月29日
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http://www.lib.kobe-u.ac.jp/das/ContentViewServlet?METAID=00867470&TYPE=HTML_FILE&POS=1&LANG=JAそこで関税利権とは関税法という法網をくぐり、或は種々な運動によって法網そのものを改廃することによって、ボロイ儲けを稼ごうとする利権であると定義を下すことが出来よう、これから順を追って右三項の関税利権のカラクリを展開せせることにする。 コソドロ的利権 先ず法網くぐりのコソドロ的脱税利権の話から始める浜口ライオン君の発案によって大正十三年七月二十一日から所謂贅沢品関税が実施されて以来、我経済界に不可解な謎の経済□象が生じた。と謂うのは贅沢関税が実施されても、宝石の値段が一向に高くならないことである。贅沢関税実施前のダイヤモンドの輸入税率は従価五分であった。この上に九割五分の高い関税障害が新設されたのである。従って経済常識から考えて、贅沢関税実施後、ダイヤモンドの値段は二倍と迄は行かなくとも、少くとも五六割位は昂騰すべきが当然である、所が昂騰したという話を聞かない。これこそ経済原則上に投げられた一つの謎である。この謎を解くにはダイヤモンド専門の脱税利権の介在を知らなければならない。由来この種の利権を営むものは猶太人と相場が極って居るそうである、何時であったかフランス人がこの種の利権を稼いだので神戸税関で捕ったと謂う報道が各新聞紙によって伝えられたことがあるが、これに対して神戸在留のフランス人から、彼は国籍はフランスにあるが種は猶太系であるという抗弁的広告を出したことがある。これなどは猶太人の脱税利権者としての相場を裏書する好例である。そしてまた彼等の脱税方法たるや実に巧妙を極めたものである。先ず根城を上海、大連辺りに構えて、宝石の世界的マーケットたる白耳義はアントワープから品物を仕入れ、司法権の手の届かない漂渺たる海上の外国船内で自由自在に活躍するそうである。そしてこういう品物が税関吏の眼を巧に逃れて、神戸に上陸して内密に同じ穴の利権屋の手に移り、それからそれへと転々して市場に姿を現わす、ダイヤモンドに限らず、脱税利権は神戸税関が一番多いそうである。 脱税のセンター 従って神戸は脱税利権屋のセンターであり宝石薬品等の値段は必ず神戸方面から崩される。こういう無税品がこっそりと輸入されるのだから、如何に高い関税の牆壁を設けても、一向効目がない筈でただ真面目に税金を納める商人が馬鹿を見るだけである。またこれが完全に取締れない限り、政府が贅沢品関税によって予期しただけの増収が得られなかったのも、当然の帰結であるかも知れない。戦前から 税金の関係で 上海からダイヤモンドを密輸するとおいしいおもいができたという話なんですが ネタはいつもの神戸大学のデータベースですが 密輸品は装飾用なのか 工業用なのか気になりますが ダイヤモンドの裏の流通ルートが戦前にあったということが 気になります
2009年11月28日
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http://kokkai.ndl.go.jp/SENTAKU/syugiin/002/1332/00204131332014c.html○武藤委員長 杉山嘉市さんですか。○杉山証人 そうです。○武藤委員長 辻嘉六という人を御存じですか。○杉山証人 知つております。○武藤委員長 どういう関係の方ですか。○杉山証人 辻さんとは昭和十二、三年ごろから岩田さんという方の紹介で非常に御懇意に願つて、私ども仕事の関係でいろいろ御面倒を見ていただきました。注 岩田さん たぶん 岩田幸雄のこと 児玉機関の大幹部 上海から 終戦時にダイヤを運んだひとり○武藤委員長 仕事というのは……。○杉山証人 旭工機株式会社というのであります。○武藤委員長 何をつくるのですか。○杉山証人 工具をつくつております。○武藤委員長 どういう工具ですか。○杉山証人 切削工具です。○武藤委員長 戰爭中は何をつくつておりましたか。○杉山証人 戰爭中も切削工具をつくつておりました。現在も同じです。注 切削工具 工作機械のこと 当然 ダイヤが不可欠○武藤委員長 仕事の関係で辻氏に世話になるというのは、どういうことで世話になるのですか。○杉山証人 東京の赤坂に私、事務所をもつておりまして、辻さんの事務所もすぐ側にありまして、商賣上の取引や何かの関係、材料の御心配をしていただいたような関係で、辻さんの会計をやつておつた笹本繁太さん、その方と常に交渉しておりまして、いろいろ仕事の面の御心配をしていただいたのであります。○武藤委員長 材料をとることについい……。○杉山証人 材料をとることについてもいろいろ……。○武藤委員長 それから品物を納めることについて……。○杉山証人 それから得意先を紹介してもらつたり……。○武藤委員長 何か役所の方に品物を納めることについて心配してもらつておりますか。○杉山証人 役所の方は大しておりませんでした。あるのはありますけれども、役所の方はあまり辻さんとの関係はないようです。○武藤委員長 材料は配給か何か受けるのですか。○杉山証人 配給を受ける。○武藤委員長 そういうことについて世話になつていますか。○杉山証人 配給を受けるに関してはほとんどうちの庶務の方でやつております。○武藤委員長 それは世話にならない。○杉山証人 ええ。○武藤委員長 一昨年から昨年にかけて辻氏に百万円くらい献金といいますか金を出したことがありますか。○杉山証人 あります。○武藤委員長 それは一回ですか、数回ですか。○杉山証人 数回、取引の関係もだいぶありましたし、私の事務所も燒けましたし、辻さんの事務所も燒けまして、お見舞という場合もありましたし、またいろいろ笹本さんからあらゆる面において心配していただいたので、謝礼というのもありました。たぶん終戰前後にわたつていると思います。○武藤委員長 これはどういう性質の金ですか、百万円出したのは。○杉山証人 それは今申しました通り、お見舞の金もありましたし、また謝礼の金もありましたし、取引の金もありました。いろいろ含めて……。○武藤委員長 百万円というと相当の額だと思いますけれども、何かのほかにわけがあるのではないですか。○杉山証人 別に深いわけというのは……。私としては、いろいろお世話になつたという謝礼以外に深いわけはありません。あとはお見舞と、それから取引の関係……。○武藤委員長 取引の関係といいましても、支拂金ではないのでしよう。○杉山証人 支拂金も含まつております。○武藤委員長 それではそれは献金ではないのでありませんか。○杉山証人 献カということは私あまり考えておりませ。そういう意味でやつた憶えはありません。謝礼とお見舞と取引の関係……。○武藤委員長 取引の金というのはそのうちどのくらいですか。○杉山証人 帳簿をみな燒いてしまつてはつきり憶えませんが、大体終戰前と終戰後にわたつております。終戰前のがどのくらいになつておるか、一切は笹本さんがやつておりましたものですから、東京事務所の方は女の子一人置いただけで、会社の人が出張したあとは笹本さんに一切委任してあつたために、はつきり憶えておりませんが、取引の関係は少ない……○武藤委員長 非常に少ない……。○杉山証人 ええ、三分の一……。○武藤委員長 取引というのは何の取引ですか。○杉山証人 機械の世話をしてもらつたり、何かの関係です。○武藤委員長 取引というのは、辻氏に物を賣つて金をもらうとか、辻氏から物を買つて金を拂うとかそういうことだと思うのでうが、世話してもらつたというのとはまた違いますね。○杉山証人 私どものところにはいらぬ機械を世話してもらつたり、それはみな笹本さんの方を経て取引をやりましたものですから……。○武藤委員長 そうすると結局お礼みたいなものですか、代金ではない。○杉山証人 代金も含まれております。○武藤委員長 あなたもりつぱな会社をやつておられるのだから、経理関係についてはお見舞の金か、手数料みたいなお礼の金か、取引の代金かということについては十分お考えがあるはずですから、はつきり言つてもらいたい。○杉山証人 はつきり申し上げます。それは取引の関係といつても材料の関係とかあるいは機械の関係とか、謝礼といえば謝礼となるかもしれませんが、まあ手数料といえば手数料になる。そういう意味合になつております。○武藤委員長 どうも御言葉がぐらぐらしていますからはつきり答えとください。これは一番初めにも御注意しましたけれども、間違つておりますと偽証の制裁がありますから……、辻さんが役所か何かに納めるときに、口をきいてやるとか何とかいうことで、取引が成立したというための御礼ですか。○杉山証人 そういう紹介はしてもらつたことはありますが、それに対しては、ただある人を紹介してもらつただけで深い関係はございません。注 ここ意外に重要です 戦前のなんとか機関というのが ほとんど裏金捻出をしていたことがみえてきます○武藤委員長 どういう人を紹介してもらいましたか。○杉山証人 ちよつと名前を忘れましたが、陸軍省の……。○武藤委員長 役人ですか。○杉山証人 役人です。その関係は鉱山の関係でしたものですから、とうとう最後までものにならずして、話中に終戰になつてしまつたものですから……。注 児玉機関で 鉱山を所有していたということは 有名な話で これの貸し賃が 収入として 計上されておらず あとで大問題になったようです○武藤委員長 今まで辻氏に何回もこのほかに金をやつておりますか。○杉山証人 このほかに大してございません。○武藤委員長 どのくらいありますか、いつごろ……。○杉山証人 ほとんどないと言つてもいいと思います。常にお世話になつておりますから、つかい物や何かをもつていつたことはございます。金としてはほとんどございません。○武藤委員長 何かこの金をやつて、あといい衆事を世話してもらうというようなわけじやないのですか。○杉山証人 そういうことも全然ございませんでした。○武藤委員長 辻さんの所へはあなたのような方が、ほかにも百万、二百万というような金をもつていくという人があるということを御存知ですか。○杉山証人 多くの人が出はいりをしていることは聞いておりますが、お金のことは聞いておりません。○武藤委員長 もらう方が來るか、くれる方が來るかは知らないですか。○杉山証人 それは知りません。○武藤委員長 この金は何に使われたか知りませんか。○杉山証人 それも全然知りませんが、やはり家の経費に使つたと私は信じています。○武藤委員長 何か政党とか政治家、選挙などの場合に、これを出してやるというというふうな金に使うということは聞きませんか。○杉山証人 私政治の方には無関心で、そういうことは聞いておりません。○武藤委員長 あなたは政治の方と全熱関係ないですか。○杉山証人 関係ありません。○武藤委員長 何か辻氏の方から今度金が要るから少々もつてこないかというふうな話があつたことはないですか。○杉山証人 そういうことはありません。私どもの方で品物をもらつたりなんかしたことはずいぶんあります。東京事務所に対しましては事務所の調度品やなんか辻さんから皆いただいたのでございます。そういう謝礼も担当に含まれておるわけであります。夜遅いとき東京事務所に迫るのに、夜具やなんかまで心配してもらいました。○武藤委員長 何がございますか。○田中(角)委員 証人にちよつとお尋ねいたします。辻嘉六さんの支配人の笹本さんがあなたの事業を援助しておられたということを御証言になりましたが、その笹本さんは兒玉機関との御関係があることは御存じでございますか。○杉山証人 全然知りません。兒玉さんのお話は聞いておりますが、関係があるかどうか、それはお話を聞いただけで、私兒玉さんに会つたこともございませんし、笹本さんとどういう関係にありましたか、それは知りません。○田中(角)委員 あなたの会社が戰時中と戰後において、笹本氏の援助を得て事業をやつてきたということであれば、事業の内容田、あなたが戰前から戰後を通じてずつと現在まで継続されておるのでありますから、どういう方面に御援助をしていただいたということは、御明言できるはずだと思いますが、できないのは、いわゆる兒玉機関の資産処理という問題に関連をもつているから、御明言できないのではありませんか。○杉山証人 そういうことはございません。兒玉さんのことついてはお話は承つてけれども、一度もお会いしたことはございませんし、その関係は私は全然存じません。○田中(角)委員 緑産業とあなたの会社との間には関係がございませんか。注 緑産業 旧児玉機関東京本部のこと ○杉山証人 緑産業とは関係ございません。○田中(角)委員 芝浦方面に、あなたの方と、終戰前から終戰後に続く事業関係はございませんでしたか。注 芝浦方面 たぶん 住吉の阿部重作親分のこと ○杉山証人 ございません。児玉資金については いろんなことがいわれていますが ほとんどいわゆる児玉本の丸写しで それ以外のことがかかれていないのですが もっと面白い話があったようです
2009年11月15日
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http://www.orcaland.gr.jp/~morris/nikki/0808dry.htm群狼の舞 満州国演義3】船戸与一 いよいよ3冊目にしてやっと満州国が成立した(^_^;) 400p超える本だからこれはかなりの大河小説になりそうだ。Morris.もやっとストーリーに乗れるようになってきた気がする。 敷島家の四兄弟の役割分担と、この4人の登場場面ごとの舞台転換のめまぐるしさにいらいらさせられるところは相変わらずだし、登場人物の多さは、Morris.の記憶力ではとても付いていけないところがあるが、まあ兄弟の名前が太郎、次郎、三郎、四郎なので彼らの弁別だけは容易である(^_^;) 本巻では、ゲーテのファウストに出てくる言葉「国家を創りあげるのは、男の最高の浪漫だ」がそのまま主題になってしまったようだ。 確かに良く資料を読んで、細かいところまで臨場感を持たせているし、壮大なロマンを描こうという作者の意思と意図はよくわかる。それでも何か歴史の参考書読んでるような気分になるところも少なくない。 傑作「砂のクロニクル」「蝦夷地別件」のような濃密でスリリングな世界とはかなり隔たりがあるとおもうぞ。それでも、Morris.がこれを読みたいのは、やはり満州への関心が強いためだろう。 先日学生青年センターの飛田さんが彼の地を訪れ、そのときのデジカメ画像を見せてもらっただけに、一度行ってみたい思いが募るのだが、なかなか果たせそうに無い。 、本書でも「手をこまねく」表現が2箇所あった。一箇所は漢字「拱く」のルビ、もう一箇所ははじめからひらがなで「こまねく」とあった。すでにこれは許容表記になってるのかもしれないが、Morris.は断固糾弾したい。「それにしても、わたしには理解できない。なぜ頭山満がこれだけ軍人や政治家に強力な影響を与えるかが」 「大アジア主義だよ」 「え?」 「維新での攘夷論は明治に入って大アジア主義へと変貌していった。しかし、この大アジア主義というのは具体的な内実を伴っていない。漠たるスローガンとして拡散していった。つまり大アジア主義は人によってその内容が異なるんだよ。西洋文明に抗するというだけが共通の概念だからな。つまり大アジア主義は尖鋭化するほどの結束力を持っていない。それが政府公認のイデオロギーとなった理由だよ。大川周明ほどの明晰な頭脳をもってしても論理化できず、幕僚将校たちに国家改造を焚きつけるだけだ。大アジア主義と国家改造論を結びつけるものは具体的には何も見つからん。あまりにも漠としていて、梵鐘ぐらいにしか使えんからだろう。それでも、軍人たちは感心して聞き入ってるんだがね。この大アジア主義の象徴が頭山満だと言っていいだろう。軍人も政治家もそのことを知り抜いてる。象徴を傷つけたら何が飛び出して来るか知れたもんじゃないと漠然と思ってるだろう。そのことに気づいているのかどうか判断できんが、頭山満は大アジア主義の内実についてただの一度も論じたことがない。信奉者に求められて、ただ敬天愛人という西郷隆盛の言葉を揮毫するだけだ。まさに明治維新以降の歴史の底流を代表する存在としか言いようがない」 新聞記者香月の太郎への説明だが、この大アジア主義めいたものは、21世紀の現在でも、生き延びているようだ。どうも頭山満について うまくまとめた評がないのですが 人それぞれということですね http://tanizoko2.hp.infoseek.co.jp/kuwahara_rennkei_si.html頭山満の書について面白い話がありました。桑原さんが新聞記者をやっていた戦後すぐの頃です。当時新宿マーケットを開き、戦後の闇市を支配していた関東尾津組の尾津喜之助という日本一の大親分がいました。この親分が「金の鍋ですき焼きを食わせるらしい」と聞いた桑原さんは、「記事にするから、すき焼きを食わせてほしい」とノコノコ出かけて行ったそうです。そしたら、直接喜之助親分が直接出てきて、大き目のどんぶり位の金の鍋を袱紗から取り出し、自分ですき焼きを作り始めたのですが、どう見ても親分は怒ってる。 「おれは日本一と自他共に認める大親分なのに、この若い新聞記者はどういう了見だ。ただじゃおかねぇ。」ってのが、ひしひしと伝わってくる。 すき焼きを作ってる最中に親分が「桑原さん、あんたどこの生まれだい。」と聞いてきたので「福岡です。」と答えたら「じゃぁ、玄洋社はしってるかい。」との事。「えぇ、まぁ。進藤先生とは懇意にしてもらってます。」という感じで答えたそうです。 そしたら、尾津親分の雰囲気が突然変わって、切々と身の上話を始められました。 ?「自分は若い頃、故あって人を殺めて刑務所に入った。5年7ヶ月の刑期で一生懸命真面目に勤めたが一日もまけてもらえなかった。出所のときは風呂敷包みひとつで、行くあてもない。刑務所の看守が「お前行くあてはあるのか。」と聞くので「ない」と答えると、東京の頭山満邸の住所を教えてくれ、「ここなら面倒を見てくれるから。」との事。 頭山邸にいくと、座敷に案内され頭山翁から「大変だったな。何もないが飯だけは好きなだけ食え。」といわれて、他の食客と一緒に大部屋で暮らした。昼は仕事に行き、夜は頭山邸に帰ってきて飯を食って寝ることが出来る。中央に銀シャリのいっぱいに炊いてある釜があり、ご飯はそこから好きなだけとって食べることができた。 しかし、飯を食う大部屋の床は3種に区切られていて、殺人強盗は土間、軽犯罪者は板の間、政治犯は畳の間であり、尾津親分はせめて板の間で飯が食える身分になりたいものだと、いつも思っていたとの事。 そのうち、頭山邸を離れることになったが、餞別として頭山翁から書をもらった。この書は手形(金券)代わりであって、都内に何箇所か書を五円で買い取ってくれる場所があった。(今もある「玄海」という水炊き屋などがそうで、この店の広間は頭山翁の掛け軸で一杯だった。)五円といえば当時なら女郎一人を泊まりで確保して2円なので、結構使いでがあった。自分は今いったように玄洋社と頭山先生には本当に世話になった。足を向けては寝られないといつも思っている。そうか、あなたは玄洋社の人か。なるほどたいした度胸だ。」と切々と真情を込めて語られたとのこと。桑原さんにしてみれば、世間知らずの若気の至りだったので、非常に恐縮したとの事ですが、玄洋社の力の源泉が、このような恩義によるネットワークであり、国が暗黙で認定している更生事業を行っていたというのは興味深い話でした。久作の著「近世快人伝」で奈良原が笑う「頭山の書」にも、実は意味があったわけで、個人的にも興味深かったです。 また、このような恩を受けた人たちが日本中にいて、いっぱしの親分になっていたため、戦後、進藤先生が玄洋社を胸に収めると知ってからは、各地でかってに玄洋社を名乗るのがいたら、ものすごい圧力がかけられて潰されていたようで「関西玄洋社」とかいった分派が発生する余地が無かったとの事でした。玄洋社も 時代によって変遷していますが 比較的 後期まで 上記にあげた機能をもっていたんだろうかと思います そのネットワークを基礎に 児玉誉士夫が 全国のセンセイ方から 先生といわれていったんでしょうか
2009年11月06日
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http://www.asyura2.com/0502/nametoroku3/msg/269.html玄洋社の社員名簿を転載したものより------------------------------------------寺田 栄 てらだ さかえ 3・14 鳩山一郎の岳父。福岡の変に参加。明治15年明治法律学校卒。司法官登用試験合格。大正6年衆議院書記官長。貴族院議員。大正15年1月13日没。年68。▼「寺田栄」『大日本人名辞書』▼「寺田栄」『東亜先覚志士記伝』下巻 ●著書など 国立国会図書館検索結果(著者・編者=「寺田栄」) 1. 最新心理学概論 / ウイリアム・ゼイムス[他]. -- 中央出版社, 大正7 寺田栄訳 2. 法律実用 / 寺田栄. -- 大日本新法典講習会, 〔 〕. -- (大日本新法典講習会第1回講義録) 出版年不明 メ モ2005/06/17 鳩山家の人々<鳩山会館 から関係系図を抄録。http://kotobank.jp/word/%E5%A4%9A%E8%B3%80%E5%8A%AA多賀努 たが‐つとむ?1819‐1887幕末-明治時代の武士、官吏。文政2年生まれ。鳩山春子の父。信濃(しなの)(長野県)松本藩士。京都所司代の命をうけ、京都で尊攘(そんじょう)派の偵察にあたる。維新後名を渡辺幸右衛門から多賀努とあらためて官吏となり、陸前登米(とめ)県(宮城県)大参事などをつとめた。明治20年12月死去。69歳。http://sassasa1234.seesaa.net/article/121447626.html上記のページは 鳩山家の系図を見直したもの寺田栄 多賀努との関係が 予想以上に 深そうですhttp://www.geocities.jp/showahistory/history01/topics09c.html昭和の天一坊の詐欺全容判明昭和9年5/31に再収用となっていた昭和の天一坊こと福岡市馬場町の映画貸付販売の堀川辰吉郎(44)の予審が東京地裁で12/1に終結して、その詐欺事件の全容が報道された。堀川の詐欺によって乾新兵衛(73)は親族に準禁治産者にされてしまい、昭和8年6/29に麹町区富士見町の弁護士宅で脳溢血となり、昭和9年11/4午後9時45分に死去していた。堀川は鈴木喜三郎が国粋会名誉総裁時に宣伝部長をしており、堀川の姉が政友会の鳩山一郎前文相の岳父である寺田栄の弟にあたる房吉の夫人だった事もあり、堀川自身が何やら政友会に影響力があるかのように乾を幻惑したのである。神戸の金融業者の乾は渡辺倉庫乗っ取りに連座し、大正14年1月に東京地裁で懲役1年の判決を受けた。堀川は飛州木材専務の平野増吉を利用して乾に接近、昭和7年3/18には堂島の花屋旅館で乾夫妻と対面した。乾は庄川水力問題に数百万円、北海道土地問題に千数百万円の貸付をしており、政友会久原房之助にも貸付をしていた。それらを堀川はすべて解決すると豪語、乾に3万円を政友会鈴木喜三郎総裁に献金するように勧めて猫ばばしていた。五・一五事件が起こると、次の首相は鈴木だとして乾から2万円を詐取、しかし実際には斎藤実が首相になると、堀川は鈴木から斎藤首相に働きかけて乾の控訴判決を思い通りにするなどと6/1に乾からさらに3万円を引き出していた。http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9C%8B%E7%B2%B9%E4%BC%9A大日本国粋会大正8年(1919年)11月、河合徳三郎、梅津勘兵衛、倉持直吉、青山広吉、篠信太郎、西村伊三郎、中安信三郎が中心となり、原敬内閣の内務大臣(略称は内相)・床次竹二郎(政友会)を世話役に、右翼の頭山満を顧問に迎えて、結成された。大日本国粋会は、土建業者を含む博徒の全国的な右翼団体だった。超党派的純国家主義思想団体として、また、伝統の侠客道を根本信条として行動することを原則とした。創立当時、総裁は伯爵大木遠吉、会長は野村常右衛門、理事長は中安信三郎が務め、会員数60万と称した。大日本国粋会が 政友会の色が濃いのですが そこに なんで頭山満が なんで顧問にはいっているのかわかりにくい部分があったのですが 児玉が 鳩山一郎に ダイヤと現金をもっていったのはヤクザの上納金みたいなものなのかもしれません 実際 これにより 児玉センセイは 座布団の枚数が増えましたから 玄洋社との関係で すぐに右翼だ 軍国主義者だと騒ぐかたがいますが そこまではとおもいますが 一郎センセイの時代から 鳩山家というのは お上品なことだけしていたわけではないということが 人脈をみてもわかります
2009年11月06日
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話は余談になるが 故人の戸籍には一時期 もうひとりの女児が入籍されていたことがあるその後 抹消されていたことがある その後 抹消されたが その子は実は この萩原氏が柳橋の芸者に産ませた子で スキャンダルを恐れて故人の籍に入れてもらったのだと報道されたことがあるその点に関して萩原氏はその通り 私が相談すると 彼は黙って最初から自分の子供であるように母子手帳まで用意してくれました その娘も今は五十を過ぎて 孫もおりますがねま そのくらい 戸籍をよごすことなんか なんとも思わなかったのだ この故人は週刊新潮が報じた スキャンダル戦後史より児玉先生が 北炭の萩原吉太郎の娘の面倒をみていたという話で これだけでは 詳細がわかりませんが 娘の年齢から考えると 間違いなく戦前になります タニマチみたいな 兄貴分みたいな 児玉先生と萩原吉太郎との関係でしたが こんな貸しをつくれば 膨大な借りを作るはずなんですが さて どうなったかは また項を改めて
2009年11月04日
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