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http://ymoonlight.exblog.jp/6528145/わたしも母も、祖母も大阪で育ちました。特に大阪の船場育ちの祖母は、今は大阪の人でもほとんど話すことのない美しい船場言葉で話す人でした。わたしの曽祖父母です。時代は大正の中頃だと思います。曽祖父は 白洲商店の総支配人をしていました。白洲商店とは白洲次郎さんのお父さんが経営されていた綿貿易会社です。白洲家の伊丹の屋敷は、大工さんが住んでいるほどの大邸宅だったそうです。綿貿易で大成功した文平氏は自動車もお好きだったようで、曽祖父も自動車倶楽部で、一緒にドライブを楽しんだようです。右から曾祖母、曽祖父の妹、祖母、二人の女性は女中さんです。抱かれている赤ちゃんは祖母の弟。この人は後に東京美術学校で日本画を専攻しました。東京では白洲次郎さんの屋敷に下宿しており芸術に理解の深かった夫妻とずっと懇意にしていました。結婚式の写真に白洲夫妻の素敵なショットが残っています。祖母一家は大阪・船場のど真ん中の順慶町(じゅんけまち)に住んでいました。白洲商店の支配人だった方のご遺族の回想です ジローさんの車好きは親父譲り それから北浜の店を切り盛りしていたのは 文平さん 本人ということがわかりますそれから ジローさんが 下宿屋をしていたのは 武相荘時代でしょうか田舎ですが 食糧 治安 学生にはいいとこです だとすると もう一棟ぐらい当時はあったんでしょうか
2009年02月22日
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http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%A6%8F%E6%A3%AE%E9%9B%85%E6%AD%A6福森 雅武(ふくもり まさたけ、1944年(昭和19)-)は、陶芸家。三重県伊賀市出身。伊賀焼を代表する窯元土楽窯の七代目当主。昭和19年2月13日、伊賀丸柱に生まれる。16歳の時に父親を亡くし、25歳にて土楽窯七代目当主として継承。20代の頃は、茶器を扱い「裏千家の秘蔵っ子」と呼ばれる。裏千家やその家元にまつわる生臭い話は 小説 裏千家に書かれたものばかりではない しかしそれが活字になることはほとんどない 事情を知る人も 裏千家は皇室との関係もあるし 話題にしずらいと口を閉ざす裏千家ウオッチャーとして知られるあるジャーナリストは 裏千家についてこう語った 京都には寺の土地にからむようなドス黒い話がいくつもある そこでは坊主はもちろん 政治家 財界人 学者 同和団体 さらに暴力団などが 複雑に絡み合いながら蠢いている さながら日本の一断面だ その中にあって 時には調停役になり ときにはコーデイネーターとなって浮上するのが裏千家だ だから下手にさわるとやけどする京都に蠢く懲りない面々 講談社α文庫よりようするに家元さまは税金をまけてもらえればなんでもいい 怪しい面々はやんごとなきところに 面倒くさいことをしても食い込みたいということですジローさんは 京都によくいっていたようですが なにをしていたんでしょうかまた 周囲には 裏千家と縁の深い人も多く かの大谷貴義先生は 産経新聞とも縁が深いですこうしてみると 正子サンの動きが ジローさんの活動の目くらましになっているようにも見えますね 意図したものか どうかは知りませんが
2009年02月16日
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ジローさん本には あまり名前はでてきませんが 小寺謙吉という方がいました 後には破産しましたが 満州に渡り 大豆から油などを作る 小寺洋行という会社で一山を当てましたがそういえば ジローさんも日本水産での表向きの仕事の一つが 鯨油の輸出でしたがこの時期に 油 油脂の関係する会社を合併させ 名をあげたのが ロバート コーエンという方で ちなみにこの方は ロイヤル ダッチとシェルを合併させ ロイヤル ダッチ シェルをつくった方ですシェルの母体のサミュエル商会の本社が 関東大震災後 日本では神戸にあったことがあり このへんも興味深いものがありますジローさんが 後年 石油業界に影響力を持つのも 義兄の嫁が 業界のドンという点もありますが 場合によっては 祖父の時代から築かれた 赤い盾との交流によるもののようで ジローさん自身も赤い盾の奥まで入り込めるようですがローゼン閣下には どうも伝えていないようにもみえますが いかがでしょうか
2009年02月15日
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http://kokkai.ndl.go.jp/SENTAKU/syugiin/007/0488/00703080488013c.html○猪俣委員 お尋ねする案件は、法務府の特審局ですでにお調べになつたということなので、吉河政府委員にお尋ねするのであります。それは都不動産株式会社という会社があつて、これは税金のかわりに不動産を納める、いわゆる物納不動産を大蔵省から拂下げを受けて、修理しておる大蔵省指定の会社である。この会社の現社長が、田村秀吉という人である。そこで第一にお尋ねすることは、こういう大蔵省の指定会社の社長に、追放該当者が就任することができるかどうか。田村秀吉氏は、戰時内閣時代の大蔵参與官であつて、追放該当者になつておるのでありますが、この人がこの大蔵省指定の会社の社長であるということは、追放政令に違反する点があるかないか、まずこの点をお聞きいたしたいと思います。○吉河政府委員 覚書該当者が就職を禁じられている会社は、公職指定になつておる会社でありまして、本件の、大蔵省指定会社である都不動産株式会社は、この勅令一号による公職指定会社ではございませんので、こういう会社に就職されること自体は、勅令一号の違反にはならないと考えるのでありますが、しかしこういう会社の社長という責任のある地位におつきになること自体が、勅令一号違反をなすおそれのきわめてある地位であると思料せざるを得ないのであります。私どもといたしましては、かような会社に覚書該当者が社長として就任されておる場合には、その違反の容疑につきまして、十分それを日常観察せざるを得ないのでありまして、その点御了承願いたいと思います。○猪俣委員 次にお尋ねいたしますることは、追放該当者が――田村秀吉氏は大蔵省の参與官をやつておつたのでありまするが、自分の勤めておりましたこういう省に出入することは、禁止されているのじやないかと思うのでありますが、そういう意味におきまして、この田村秀吉氏が大蔵省へ出入りしておつたとするならば、これは追放令違反になるのであるかどうか、その点お聞かせ願います。○吉河政府委員 覚書該当者が出入りを禁止せられております場所は、追放の原因となつた地位が、その官庁の地位であつた、あるいは追放当時に在職した地位が、その官庁の地位であつたというような場合におきましては、当該官庁に対する出入りを禁止されておるのでありまするが、しかし正当な事由のある場合は、もちろんさしつかえないことになつております。しかしながら一般に覚書該当の方々が、官庁に漫然と出入りされるということにつきましては、それ自体が勅令一号の違反にはならない場合におきましても、メモランダムの趣旨から好ましからざる事態でありまするので、先般来特別審査局におきましては、各官庁の長に対しまして、かような好ましからざる事態をできるだけ排除するように警告を発しておるような次第でございまして、田村秀吉氏が追放になりました原因は、大蔵省の参與官であつたという理由ではないように承知しております。また追放当時、大蔵省の参與官ではなかつたのではないかと考えられるのでありますが、しかし覚書該当者であることにはかわりありませんので、正当の理由なくしてかような大蔵省に出入りするということは、好ましくない事態であると大体考えております。○猪俣委員 田村秀吉氏は、いわゆる勅令違反の嫌疑をもつて、特審局で調べられたそうでありまするが、いかなる行動がそれに該当せられたのであるか、お聞かせ願いたいと思うのであります。○吉河政府委員 田村秀吉氏につきましては、政府の財務関係当局に対しまして、諸般の事項につき折衝または意見具申をいたしまして、その結果政府の施策に関與し、政治上の活動をなしたという容疑に基きまして調査いたしました。○猪俣委員 実は私がこの質問をするに至りましたことは、この都不動産株式会社は、もと都住宅株式会社という名前であつて、当時田村氏はその顧問をしておられ、大蔵省に働きかけまして、要するに物納不動産の処分の指定会社に相なつた。そうしますると今度顧問でありました田村氏が、みずから社長の地位について、その社名も都不動産株式会社というふうにかえると同時に、古い昔の社長、常務、その他の重役をみな馘首いたしまして、ほとんど株主総会も開かず、すべての経理も田村氏一人でやつておつて、全然これが明瞭を欠いておる。そこでその首切られました原田とか井上とかいう人たち五名で連署連判をしまして、私に陳情書を提出して来たのであります。そこでこの点をお尋ねしておるのでありまするが、その陳情書の内容によりますると、今私が御質問申し上げましたような追放者の政治活動ということと、及び大蔵省上級官僚に対しまして饗応をやつておるということが、事こまかに具申されておるのであります。この大蔵官僚の饗応関係につきましても、特審局においては取調べをなされて、私に陳情をして来た人たちも、みな調べられたそうであります。そこでそういう事実があつたかどうかについて、あなたにお尋ねしたいのであります。これは近来諸般のことに関して、大蔵の上級官僚が腐敗しているということが、われわれの耳に響いておるのでありまするが、これはその一つの例になるのではないかというふうに考えるのであります。そこでこれに陳情に見えておりますところの大蔵官僚は、現大蔵省の銀行局長、あるいは前に東京財務局国有財産部長でありまして、今福岡の国税局長をやつている中出氏、あるいはその他東京財務部の部長あるいは次長、名前を言いますならば、井上という部長、それから佐藤、加納という次長、それから今札幌市の財務部長になつておる、当時東京財務部次長であつた日野という人、小田という東京業務課長、こういう人たちがあるいはマージャン会とか、書画鑑賞会とか、野球試合の会というようなことで多数招待を受けて、隅田川のもとにある隅田別館、あるいは中野のモナミというようなところ、あるいは横浜支部の財務部の連中は万栄楼という支那料理屋、それから千葉の財務部の人たちは千葉の某料亭にみな招待された。こういうふうなことが事こまかに上申されているのであります。これはみな田村氏がこういう人たちを招待して、飲食の饗応をしたということに相なつておるのでありますが、かようなことにつきましては、特審局においてもお調べがあつたとのことでありますが、その点いかがでございましようか、お伺いしたいのであります。ジローさんと西武 鹿島 前田建設 三浦義一と三井建設の関連が いま一つ 見えていないのですが ひとつ気がついたことがあります戦後の大蔵省のなかで どさくさに動いていた面々の一人ですが その中から 田村秀吉という人を調べてみました 財産税や 財閥解体の裏面でいろいろあったのでしょうし 皇室 皇族財産の処分や 建設会社の動きにも 影響があったのでしょうか郵政の民有化もにたようなもんですな
2009年02月13日
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このミヨシ油脂の資本の約40パーセントは大洋漁業が握っており 下山事件直前の5月には 中島弥団次が監査役に就任した 中島弥団次は浜口雄幸の首相秘書官 鉄道参与官 大蔵政務次官などを歴任し 戦後 幣原内閣組閣の時には 組閣参謀 次田大三郎よりも 一足先に 首相官邸に入っている 幣原内閣当時 衆議院予算委員長に就任したが 公職追放を受けた帝銀 下山事件ほか 佐藤正新生出版15の補足です
2009年02月12日
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ジャパンラインが児玉へ支払われなかったツケは これだけで終わらなかった 児玉は昭和石油と子会社の日本精鑞をめぐる紛争の調停で ジャパンラインを利用するこの時 児玉は73年11月16日に 謝礼として矢飼督之日本精鑞社長から得た2千万円も脱税に問われている冒頭陳述によると 昭和石油の永山時雄社長と昭和石油の専務だった矢飼日本精鑞社長が対立 矢飼は昭和石油が持っていた日本精鑞株を他社へ売却させ 昭和石油の支配から脱却することを計画した矢飼は平和生命の武元忠義社長を介して 児玉に永山との交渉を依頼した児玉はこれを引き受け 太刀川(児玉の秘書)が交渉に当たった 74年8月 太刀川が昭和石油の日本精鑞株を買い取らさせた相手がジャパンラインであった児玉誉士夫のダイヤモンド 立石勝規永山のけつもちはジローさんでしたが ジローさんが 女ネタで 総会屋筋から脅されたのも この時期なんでしょうか女ネタはともかく そのお手当はどこからとくれば ジローさんの場合は うしろめたいことやまほどですから三浦義一先生が死ぬと 影響力の低下もあったのでしょうか日本精鑞というのは 元は満州鉄道の関連会社だったようですが 一時期 昭和石油の関連会社だった時期もあります この仲裁人の武元と言う方は 大蔵省の財務局にいた方で その間に裏事情はあったんだろうとおもうのですがちなみに この児玉の秘書の太刀川は大勲位のところにいたこともあり ジローさんの遺言を 大勲位が異様に気にしたのも いろいろあるとはおもうんですが このさいのことかもしれません
2009年02月11日
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http://www.nhk.or.jp/drama/shirasujirou/html_shirasu_midokoro.html「ドラマにならないと思います」への挑戦チーフプロデューサー:鈴木圭のことば 「ドラマにならないと思います」 今から2年前、白洲次郎さん正子さんの長女・桂子さんに、ドラマ化をお願いに行った時のお返事でした。粘りに粘ってようやくOKをいただき制作を開始したものの、やがて私たちは桂子さんの言葉の重みをヒシヒシと感じる事になりました。近衛文麿、吉田茂の側近として、かなりの事をしていたはずの次郎さんですが、一次資料はほとんど残っておらず、台本作りは難航を極めました。世に知られたGHQとの勇ましい戦いぶりや、通産省設立時の活躍など「カッコいい」次郎さんの「その先」に突っ込んでいこうとすると、大きなグレーゾーンが待っています。 「白洲次郎って一体何者なんだ?」「何をしたんだ?」 追い討ちをかけるように、桂子さんからの言葉 「いわゆるホームドラマにはしないで下さい」 例えば最初の台本では、<家に帰ってきた母正子に娘の桂子が「お茶入れるわね」>とありましたが、桂子さん曰く「こういう事はやりません」。決して冷たい関係だったわけではなく、次郎さんが子煩悩だったエピソードはたくさん残されているし、お互いに思いやっている家族ではあるのですが、要するに、お涙頂戴の愁嘆場や分かり易い愛情表現では駄目で、一人ひとりの人格を尊重した、毅然とした個人主義。そんな現代にも通用する新しい家族像、独特の距離感が、桂子さんのお話をうかがううちに、浮かび上がってきました。 迷走の長いトンネルを抜けることが出来たのは、「白洲次郎という大いなるフィクションを作ればいいんだ」と、覚悟できた時でした。次郎さんの「実像」を再現するドラマではなく、取材の中から魅力的な「虚像」を創造し、そこから次郎さんの「息吹」や「ダンディズム」の一端を感じ取ってもらえれば、それで大成功なんだ、と。リサーチに次ぐリサーチ、それを全部捨てて、想像の翼を広げ、また捨てて、また創り、、、最後に残った上澄みを凝縮して、最後に残るものは何か、という真剣勝負。これはドラマでもドキュメンタリーでもない、「白洲次郎」という作品です。私たちの挑戦を、どうぞご覧ください。王様は裸だということで もっともらしいことを言う人は嘘つきということですか わかります辻井喬こと 堤清二が 白洲を描こうとして たぶん ろくに一次資料が残っていない(だれかさんが消しちゃった)ので 断念したという噺もあるくらいで そこの部分がドラマ化でも ネックになったようですが フィクションとはっきりいった点には好感は持てますが ある面 なんでそれにつきあわないといけないのか 人 それぞれでいいのではないのか そんな気にさせられます世にある 白洲像はフィクション わたしらが追い求めた白洲像は できるだけ ソースをはっきりさせたノンフィクション 勝るものでもあり 劣らぬものと思いますね
2009年02月10日
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http://d.hatena.ne.jp/jun-jun1965/20090119 田中が送ってきた論文というのは、白洲正子を批判した「男から生まれた女」(井上章一編『性欲の文化史2』講談社選書メチエ)である。なるほど白洲正子は学問的に見るといい加減である。だがエッセイストが学問的にいい加減でも批判しないというのが学者社会のお約束である。しかしそのお約束は、そのエッセイストがあまりに影響力が大きい時は破ってもよいはずである。 さて田中は、白洲の『両性具有の美』の新潮文庫に付せられた大塚さんの解説に触れ、そのような白洲批判の嚆矢として評価しつつ批判する。その田中文中には、白洲が佐伯順子の『遊女の文化史』を高く評価した文章も引かれているのだが、田中はここで、佐伯著が学問としてどうか、という問題に触れるのを避けてしまっている。むろん本心では、非学問の最たるものと思っているに違いないのだが、白洲のこの文章が載ったのは『文化会議』という、同名の雑誌がいくつかある中で、保守的東大系文化人が作っていた薄い雑誌(今は廃刊)の1991年6月号だが、この号には佐伯の「女性の時代を問う」も載っており、さながら佐伯順子特集の観を呈しており、後に発見して私は嫉妬に苦しんだものである。 その後、佐伯さんが白洲正子について書いていたのは、『鳩よ!』だったか・・・。中瀬ゆかりの紹介で白洲に会ったことがあり、自分が『美少年づくし』を書いたので白洲は触発されて『両性具有の美』を書いたのではないか、などと書いていたが、今回田中によって、1950年代から男色に関心があったことが指摘されており、佐伯の自惚れだったことが分かるわけで、田中は密かに佐伯さんを撃っている。あの当時の白洲人気といったら凄いもので、だから私は密かに白洲に批判的だったので、大塚さんから白洲批判を聞いた時は、同志を見つけたように思ったもので、それからほどなく、『両性具有の美』の文庫版解説を頼まれて、批判的でもいいと言われた、と聞いた時は、そりゃこそ、今川義元が休憩していると聞いた織田信長のように、やれやれ、とけしかけたわけである。 佐伯さんは、いわば「白洲正子的なもの」のミニチュアであるから、田中さんは白洲批判を通じて密かに佐伯さんをも撃つつもりなのであろう。えい、えい、おー! しかし、田中の大塚批判には、納得の行かないところもある。大塚が、「この人、夫以外の男とセックスしたことないんじゃないか」などと書いたのを、論拠がない井戸端会議的な方向へ行っているとしているあたりで、しかし私はこの文などは白洲の本質をよくつかまえていると感じたものである。私も、まあこれは伝記を調べた上でのことだが、夏目漱石は妻としかセックスしたことがないのではないかと思っている。-------------------------------------- 「ディレッタント」という言葉は、悪口として使われる。「知識は豊富だが学問として統一性がないアマチュア」という意味である。しかし、これを自卑のつもりで自分に使う人がいるけれど、悪口だから自卑に使えると思ったら大間違いである。知識豊富という意味も含むのだから。これはだから、悪口にしか使えない言葉であって、自称はできないものなのであるもてない男 小野谷敦の白洲正子批判でありますが アマゾンの書評を読んでみると 白洲正子の論がずいぶん問題があるらしいことがわかりますファンタジーとして読めばいいので みょうに畏まるのがおかしいようです愛人がいると分かっているのに いたら承知しませんでしたよとか 死んだら ジローさんはもういいから 西行に会いたいなんて噺をしていますが 実は西行は当時はフィクサーとしても知られたかたですまあなんですな いわゆる腐女子というか 貴腐人というか いきがっていても ジロさん命のツンデレなんですなこんな目で白洲正子を見る方が おもしろいように思えます
2009年02月08日
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http://blog.livedoor.jp/k_guncontrol/archives/50786455.html「内大臣だった木戸幸一の日記にも、朝霞(ゴルフ場)で 白洲(次郎)と一緒に回った、と書かれている。」(p195) ※海軍大将・樺山資紀を父に持つ樺山愛輔は薩摩閥。 一方、岳父に児玉源太郎(陸軍大将)を持つ木戸幸一は長州閥の人 木戸幸一は東条内閣成立に尽力した人物であり、近衛文麿に近い人物 でもあるが、牧野伸顕(薩摩閥)とは重ならない閥の人。 これまで多数のエントリを挙げてきましたが、木戸幸一は一度も出て来なかった名前です。この人物とジロさんは何のため接触を持ったのか。吉川重吉というお殿様がいまして その娘が3人いて それぞれ原田熊雄 和田小六 岩田豊雄と結婚しましたその和田小六の兄が 木戸幸一になります岩田豊雄は 岸田國士やジローさんの友人の川口松太郎の師匠の久保万太郎と文学座を作ったりするわけですが元は横浜のいいとこのおぼちゃん そういえば義一先生も演劇をしていましたが原田熊雄といえば 秘書をしていた西園寺公望の孫が 正子サンの初恋の君の公一ですが こんな噺がありますhttp://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8E%9F%E7%94%B0%E7%86%8A%E9%9B%84秘書としての報酬は西園寺からではなく、すべて住友財閥から支給されていた。住友本社の4階に部屋を設けられ、真偽は不明なるも、当時の金額で月額100万円が支給される待遇だったといわれる。やっぱり個人の活躍として描きたいわけですが ジローさんが当時の上流階級のサロンの中にいたことは間違いないようで それを無視しているということは 歴史ではないということだろうと思います
2009年02月08日
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堤康次郎の時代に コクドの前身の会社が 社債が償還できなくて こげついたので 必然的に 倒産ということになったのですが メインバンクの神田銀行から 国策銀行の日本興業銀行に 後処理が替わったさいに 康次郎が 国会議員という特権から 介入して 倒産から逃げきったということがあります白洲商店の倒産処理の内容がよくわかりませんが 十五銀行の白洲商店の債権は 三井銀行が受けたはずなんですが 三井のドンの池田成彬は文平サンの友人 十五銀行の裏の噺はやまほど知っている(実際 北一輝が 十五銀行に脅迫を仕掛けたなんて噺もありました) 十五銀行の処理に走り回っていた 樺山伯の娘とジロさんができちゃった 財産隠しのテクをいろいろ考えたのですが 結局 文平さんが 上記にあげた点を利用して 処理にうまく介入して なんとか誤魔化したというのが 本質だったとおもいますねこのへんを たぶんご存じの青山二郎あたりにしてみると 正子が親孝行ー 何いっているんだいということでしょうなんかアンナパパと樺山伯はよく似ていますね
2009年02月06日
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どこまで進展するか はかり知られぬ深さと広さを持つ赤色ギャング一味の行動はその後 今泉 石井等の取り調べによってさらに新事実が提供された 即ちこの一派は資金獲得の一策として兜町その他の株式街まで 魔手を伸ばしかねてシンパで株式街に出入りする男に2千余円を交付し東株その他を買わせた事実ありこれはまんまと失敗したが さらに一時は右翼団体内に積極的にフラクションを植え付けようとしたこともわかった その橋渡しとして選ばれたのはさる4月9日突如として赤坂区表町2ー16虎屋菓子店黒川光景氏方の煙突男を操り虎屋を恐喝せんとした黒幕の人物渋谷区大和田町63大亜義盟主元政友会代議士三浦数郎氏長男義一で 同人はすでに石井の関係から準党員に抱き込まれており 元密輸団の手先となった例の伊藤定一も党員として加盟していた そしてこれから糸をたぐって右翼の某有力団体内に支部の設置を図っていたが極左極右の接近を企てていたのが特に注目される なおこれがためには相当巨額の資金をばらまいたものと見られこれまで現れたものの他に有力なシンパが伏在する見込みでさらに追究中である10月24日付き 東京朝日新聞 戦後の黒幕三浦義一の若き日の姿である 三浦義一は 事業第二部から白羽の矢をたてられて 一時期準党員扱いだった昭和史最大のスパイM 小林竣一 鈴木隆一著 wac 清玄センセイの後の時代に 義一先生が 共産党の準党員だったという噺 触れている人があまりありませんが あげてみました 戦後の早い段階で 義一センセイが動けたのは この人脈がいきていたんでしょうかそれにしても右翼人の評伝というのは もれが多いもんです
2009年02月05日
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堤清二とジローさんの関係ですが 水野成夫という線も可ですが 別の接点もあったようです西武の名義株問題に火をつけた方で 中嶋康雄さんという方がいます サーベラスが西武鉄道を再上場させるさいに この問題がネックになるので 堤清二を抱き込もうとして 取締役になってもらおうとした件があったんですが その記事のなかで 自称 堤清二の友人の元コクドの社員としてもコメントしています清二が理事長を勤めるセゾン文化財団の中のひとたちとの関係も気になりますが この人の 前職が三幸建設工業の会長で ジローさんとも縁の深いはずの四元センセイから 引き継いだ形になっていますネットでみると かなり大きそうな不動産ファンドの代表者と同姓同名ですが 同じ人でしょうかこの康雄さんのお父さんが 上海領事で戦後は 康次郎の弁護士で 一種の裏総務的な役目をしてきた方で 中嶋忠三郎という方です ジローさんも上海いっていたよなーというところですがこの人が 義明の代で切られ 身をよせていたのが 防共挺身隊とか 防共新聞で 名義株問題で絡もうとした ピサに縁のある事件屋って 小早川茂でしょうかこのラインで なんで三幸建設工業かなーと考えたら 中の人 みーんな菱の代紋なんですね 瀬島に宅見を紹介したのも 四元センセイですからスルーして適当な エピソードで誤魔化したい噺ばかりですねまあ ここが面白いところなんですがね
2009年02月04日
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http://kokkai.ndl.go.jp/SENTAKU/syugiin/002/1332/00208021332046c.html大体栗栖氏に関係するかと思われる事件――事件に発展するかどうか、今後活躍していただきたいのですが――を発見したわけです。それは林兼商店の重役である中部謙吉氏の財産税の物納にかかわる問題であります。この問題は、林兼商店の重役である中部謙吉氏が八百万円の財産税を納めなければならないことになつた。それにつきまして、世田谷税務署においてこの納税告知書を発行したわけでありますが、本人から延納並びに物納の申請が出まして、その物納も林兼商店所有の國債をもつて充てることを許していただきたいという申請が出たそうであります。税法によりますと、解散前の法人の持分をもつて個人の財産税の物納に充てることはできないことになつているそうでありますが、世田谷税務署はこれを同人はほかに財産がないということと、林兼はいわめる制限会社として近く解散しなければならない会社であるから、そういう事情も勘案して、この物納を許可しようという意向をもつて、本省に禀請したそうであります。大体この二十二年三月十五日が法定納期になつておりますので、その三月十五日以降にそういう禀請を本省に向けて世田谷税務署は出したそうであります。内諾を当時税務署長は與えておつたのではないかと思いますが、後になつて本省からそれは法律に違反するからいけない、その禀請は承認しないという否認の通知を、世田谷税務署に宛ててしたそうでありますので、世田谷税務署ではこれを取消しまして、早速いわめる納税請求書を出したそうであります。そうしたならば、中部謙吉氏は林兼商店の顧問をやつておりまして現在公職追放になつております中島彌團次氏を動かしまして、本省に種々画策をしたそうであります。私も中島彌團次氏の関係したこの陳情書なるものを見ましたが、その中には確かに本社顧問中島彌團次氏を動かして種々努力しておるということが謳つてあります。そういうわけで中島彌團次氏が動きまして、それからその陳情書の中には、長崎と下ノ関でこういつた未解散の法人の持分をもつて物納しておる例があるじやないか、現に自分の兄貴でありましたか、弟でありましたか、兄弟がそういうふうな税金を納めておるというようなことを謳つてありました。そういうような陳情書を出しまして、中島氏は本省を動かしたような形跡があります。その結果遂に成功いたしまして、この施行規則を改正いたしております。それは六月九日附の藏税一八二〇号をもつて世田谷税務署向けに施行規則を変えたから、その扱いについては從來とは変るという通知が來ておりまして、それに基いてこの中部謙吉氏は林兼の所有の國債をもつて個人の税金の物納をいたしております。ここでわれわれが特に問題にいたしておりますのは、いわゆる公職追放者なるものが役所に出入りして、遂に施行規則を改正したような形跡があるということ、それからこの中部謙吉氏のために規則を変える前に、すでに下ノ関と長崎でこういつた物納を許可しておる。これはたしか栗栖前藏相の時代ではなかつたかとわれわれは考えているわけです。世田谷の税務署は長崎と下ノ関の税務署の照会を出しまして、事実お前のところでこういつた許可を與えたことがあるか。そのときは何年の何月であるかという照会を出してあるそうでありますが、未だに返事が來ないようであります。われわれといたしましては、公職追放者が役所に出入りをして、施行規則を変えさせたような形跡のあること及び追放者の意思によつて政令を改正したことは、勅令の第一号に違反するのではないかというようなこと、それからその次に下ノ関、長崎において許可したことは、税法違反でないか、政府みずからが税法を違反しておるじやないかというようなことを、われわれは問題にいたしております高橋(英)委員 証人にもう一つ伺います。終戰処理費の支出の放漫という問題ですが、これは石橋大藏大臣のときには、終戰処理費の問題、すなわち進駐軍の土木工事の問題について、非常に大きな問題があつて、土建業者の請求をそのまま大藏省は認めるわけにはいかないというので、関係方面との間にもいろいろな問題が起つて、たいへんその要求を削減したという事実がある。巷間傳えるところによると、そういうことも石橋氏のパージの一つの原因になつたと聞いております。眞僞はともかくでありますが……。そういうふうに相当終戰処理費に対しては嚴格に石橋大藏大臣の時代にはやつておつたにもかかわらず、栗栖大藏大臣になつてからは、土建業者に非常に甘くなつて、土建業者に対する協力が目にあまるというようなことになつたと私どもは聞いておりますが、そういうふうなお感じはなかつたのですか。○梶川委員 この問題とは別ですが、小野君の証言要求中に、証人の方から大藏省内外において追放官僚がなお相当な発言力をもつておるということを言われた。これは相当重大な問題です。一体どういう人たちか具体的に申していただきたい。さらにまたどういう人をどう動かしたのか、それとだれがやつたか、実例並びに具体的な氏名をぜひともお聽かせを願いたい。○島川證人 実例をおつしやいましたが、そういうことを聞いておるということで、聞いた人は申し上げても結構ですが、ただ出入りしておる人を具体的に申し上げても結構です。それは青木一男、石渡莊太郎、入間野武雄、植木庚子郎、久保文藏、田中豊、鹿食清一、小笠原三九郎、津島壽一、松隈秀雄、松田令輔、山際正道、田村秀吉、大体これだけ調べてあります。○梶川委員 これがどういうことをやつておるのですか。○島川證人 これはタバコとか酒とかの配給を受けております。○梶川委員 そうでなくて人事上等において相当左右しておると言われたが、これは重大な問題ですから……。○島川證人 相談を受けている。○梶川委員 相談を受けたというのは迫水久常ですね。○島川證人 そうです。○梶川委員 迫水がどうしたというのですか。○島川證人 人事について相談を受けている。○梶川委員 だれからですか。○島川證人 大藏省からです。○梶川委員 大藏省というても廣いから、だれから相談を受けたのですか。○島川證人 その辺はわからない。○梶川委員 わからないことを流説を飛ばしては困る。○石田(博)委員 今迫水久常氏が大藏省の人事に干渉しておるという事実は、先ほどのあなたの御証言だと、迫水がおれは相談を受けたということをだれかに言うたということをあなたが聞かれたというのですね。○島川證人 そうです。○石田(博)委員 あなたはだれから聞かれたのですか。○島川證人 それは迫水氏がタツチしております内外新聞の社員です。○石田(博)委員 内外新聞社の社員に水が漏らしたというのですね。○島川證人 ええ。○石田(博)委員 内外新聞は迫水が初めいろいろ参画しておつたことは事実ですから、それはあると思いますが、内外新聞社の何という社員ですか。○島川證人 杉浦泰二です。○石田(博)委員 杉浦泰二からあなたがお聞きになつたわけですね。杉浦泰二に迫水がおれは大藏省から人事の相談を未だに受けていると言つたことを杉浦氏からあなたが聞かれたわけですね。○島川證人 ええ。○石田(博)委員 そこまで経路がはつきりわかつているなら結構ですが、この種のうわさというものはよく出がちなうわさなんで、特にあなたのような内部におられる人からそれが言われると、非常に誤解というか、影響するところが多いので、そこまではつきりした素材をもつておつしやるならば、それは眞実であろうと思います。○島川證人 私はそれを聞いたというだけで、どういうふうに聞いたかそれは知りません。○石田(博)委員 その場合どういうふうに具体的に動かしておるかというところまでやはり確めないと、政令違反という一種の犯罪を構成する事実ですから、あなたがこういう席上でそれをおつしやつて、今度は反対の方でそういう事実がないということになつてくると、それこそ誣告罪にもなるし、あるいはあなた自身が妙なことにならぬとも限らぬから、念のためにお聞きしたわけでありますが、そこまではつきりしておれば結構です。それから先ほどビールと酒の配給を受けているという話ですが、これもそういう配給を一体どういう名目で間歇的に受けているのか、継続的に受けているのか、どういう程度に受けているのか、それをお伺いいたしたいと思います。○島川證人 タバコは月三十個受けている。○石田(博)委員 そうですか。受けている事実があるのですか。○島川證人 受けておるということを聞いております。○石田(博)委員 だれから聞いておりますか。○島川證人 祕書課に勤務しておる者から聞いております。○石田(博)委員 それは必要ある場合はその人の名前をあなたは明示できますね。○島川證人 できます。文芸春秋に出た 徳本レポートによる 林兼により 白洲次郎が買収されていたという風聞の背景の裏側には こういう事情があったものと思われますこれを エレノア ハードレーという方に察知され あやうく公職追放になりかけたのでしょうかね財閥解体と公職追放で どううまく動いたかが 戦後の顔役サンたちの特色なんですが 黒歴史になるので 意外にわかりにくいですね
2009年02月03日
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http://kokkai.ndl.go.jp/SENTAKU/syugiin/002/1332/00208021332046c.html大体栗栖氏に関係するかと思われる事件――事件に発展するかどうか、今後活躍していただきたいのですが――を発見したわけです。それは林兼商店の重役である中部謙吉氏の財産税の物納にかかわる問題であります。この問題は、林兼商店の重役である中部謙吉氏が八百万円の財産税を納めなければならないことになつた。それにつきまして、世田谷税務署においてこの納税告知書を発行したわけでありますが、本人から延納並びに物納の申請が出まして、その物納も林兼商店所有の國債をもつて充てることを許していただきたいという申請が出たそうであります。税法によりますと、解散前の法人の持分をもつて個人の財産税の物納に充てることはできないことになつているそうでありますが、世田谷税務署はこれを同人はほかに財産がないということと、林兼はいわめる制限会社として近く解散しなければならない会社であるから、そういう事情も勘案して、この物納を許可しようという意向をもつて、本省に禀請したそうであります。大体この二十二年三月十五日が法定納期になつておりますので、その三月十五日以降にそういう禀請を本省に向けて世田谷税務署は出したそうであります。内諾を当時税務署長は與えておつたのではないかと思いますが、後になつて本省からそれは法律に違反するからいけない、その禀請は承認しないという否認の通知を、世田谷税務署に宛ててしたそうでありますので、世田谷税務署ではこれを取消しまして、早速いわめる納税請求書を出したそうであります。そうしたならば、中部謙吉氏は林兼商店の顧問をやつておりまして現在公職追放になつております中島彌團次氏を動かしまして、本省に種々画策をしたそうであります。私も中島彌團次氏の関係したこの陳情書なるものを見ましたが、その中には確かに本社顧問中島彌團次氏を動かして種々努力しておるということが謳つてあります。そういうわけで中島彌團次氏が動きまして、それからその陳情書の中には、長崎と下ノ関でこういつた未解散の法人の持分をもつて物納しておる例があるじやないか、現に自分の兄貴でありましたか、弟でありましたか、兄弟がそういうふうな税金を納めておるというようなことを謳つてありました。そういうような陳情書を出しまして、中島氏は本省を動かしたような形跡があります。その結果遂に成功いたしまして、この施行規則を改正いたしております。それは六月九日附の藏税一八二〇号をもつて世田谷税務署向けに施行規則を変えたから、その扱いについては從來とは変るという通知が來ておりまして、それに基いてこの中部謙吉氏は林兼の所有の國債をもつて個人の税金の物納をいたしております。ここでわれわれが特に問題にいたしておりますのは、いわゆる公職追放者なるものが役所に出入りして、遂に施行規則を改正したような形跡があるということ、それからこの中部謙吉氏のために規則を変える前に、すでに下ノ関と長崎でこういつた物納を許可しておる。これはたしか栗栖前藏相の時代ではなかつたかとわれわれは考えているわけです。世田谷の税務署は長崎と下ノ関の税務署の照会を出しまして、事実お前のところでこういつた許可を與えたことがあるか。そのときは何年の何月であるかという照会を出してあるそうでありますが、未だに返事が來ないようであります。われわれといたしましては、公職追放者が役所に出入りをして、施行規則を変えさせたような形跡のあること及び追放者の意思によつて政令を改正したことは、勅令の第一号に違反するのではないかというようなこと、それからその次に下ノ関、長崎において許可したことは、税法違反でないか、政府みずからが税法を違反しておるじやないかというようなことを、われわれは問題にいたしております高橋(英)委員 証人にもう一つ伺います。終戰処理費の支出の放漫という問題ですが、これは石橋大藏大臣のときには、終戰処理費の問題、すなわち進駐軍の土木工事の問題について、非常に大きな問題があつて、土建業者の請求をそのまま大藏省は認めるわけにはいかないというので、関係方面との間にもいろいろな問題が起つて、たいへんその要求を削減したという事実がある。巷間傳えるところによると、そういうことも石橋氏のパージの一つの原因になつたと聞いております。眞僞はともかくでありますが……。そういうふうに相当終戰処理費に対しては嚴格に石橋大藏大臣の時代にはやつておつたにもかかわらず、栗栖大藏大臣になつてからは、土建業者に非常に甘くなつて、土建業者に対する協力が目にあまるというようなことになつたと私どもは聞いておりますが、そういうふうなお感じはなかつたのですか。○梶川委員 この問題とは別ですが、小野君の証言要求中に、証人の方から大藏省内外において追放官僚がなお相当な発言力をもつておるということを言われた。これは相当重大な問題です。一体どういう人たちか具体的に申していただきたい。さらにまたどういう人をどう動かしたのか、それとだれがやつたか、実例並びに具体的な氏名をぜひともお聽かせを願いたい。○島川證人 実例をおつしやいましたが、そういうことを聞いておるということで、聞いた人は申し上げても結構ですが、ただ出入りしておる人を具体的に申し上げても結構です。それは青木一男、石渡莊太郎、入間野武雄、植木庚子郎、久保文藏、田中豊、鹿食清一、小笠原三九郎、津島壽一、松隈秀雄、松田令輔、山際正道、田村秀吉、大体これだけ調べてあります。○梶川委員 これがどういうことをやつておるのですか。○島川證人 これはタバコとか酒とかの配給を受けております。○梶川委員 そうでなくて人事上等において相当左右しておると言われたが、これは重大な問題ですから……。○島川證人 相談を受けている。○梶川委員 相談を受けたというのは迫水久常ですね。○島川證人 そうです。○梶川委員 迫水がどうしたというのですか。○島川證人 人事について相談を受けている。○梶川委員 だれからですか。○島川證人 大藏省からです。○梶川委員 大藏省というても廣いから、だれから相談を受けたのですか。○島川證人 その辺はわからない。○梶川委員 わからないことを流説を飛ばしては困る。○石田(博)委員 今迫水久常氏が大藏省の人事に干渉しておるという事実は、先ほどのあなたの御証言だと、迫水がおれは相談を受けたということをだれかに言うたということをあなたが聞かれたというのですね。○島川證人 そうです。○石田(博)委員 あなたはだれから聞かれたのですか。○島川證人 それは迫水氏がタツチしております内外新聞の社員です。○石田(博)委員 内外新聞社の社員に水が漏らしたというのですね。○島川證人 ええ。○石田(博)委員 内外新聞は迫水が初めいろいろ参画しておつたことは事実ですから、それはあると思いますが、内外新聞社の何という社員ですか。○島川證人 杉浦泰二です。○石田(博)委員 杉浦泰二からあなたがお聞きになつたわけですね。杉浦泰二に迫水がおれは大藏省から人事の相談を未だに受けていると言つたことを杉浦氏からあなたが聞かれたわけですね。○島川證人 ええ。○石田(博)委員 そこまで経路がはつきりわかつているなら結構ですが、この種のうわさというものはよく出がちなうわさなんで、特にあなたのような内部におられる人からそれが言われると、非常に誤解というか、影響するところが多いので、そこまではつきりした素材をもつておつしやるならば、それは眞実であろうと思います。○島川證人 私はそれを聞いたというだけで、どういうふうに聞いたかそれは知りません。○石田(博)委員 その場合どういうふうに具体的に動かしておるかというところまでやはり確めないと、政令違反という一種の犯罪を構成する事実ですから、あなたがこういう席上でそれをおつしやつて、今度は反対の方でそういう事実がないということになつてくると、それこそ誣告罪にもなるし、あるいはあなた自身が妙なことにならぬとも限らぬから、念のためにお聞きしたわけでありますが、そこまではつきりしておれば結構です。それから先ほどビールと酒の配給を受けているという話ですが、これもそういう配給を一体どういう名目で間歇的に受けているのか、継続的に受けているのか、どういう程度に受けているのか、それをお伺いいたしたいと思います。○島川證人 タバコは月三十個受けている。○石田(博)委員 そうですか。受けている事実があるのですか。○島川證人 受けておるということを聞いております。○石田(博)委員 だれから聞いておりますか。○島川證人 祕書課に勤務しておる者から聞いております。○石田(博)委員 それは必要ある場合はその人の名前をあなたは明示できますね。○島川證人 できます。文芸春秋に出た 徳本レポートによる 林兼により 白洲次郎が買収されていたという風聞の背景の裏側には こういう事情があったものと思われますこれを エレノア ハードレーという方に察知され あやうく公職追放になりかけたのでしょうかね財閥解体と公職追放で どううまく動いたかが 戦後の顔役サンたちの特色なんですが 黒歴史になるので 意外にわかりにくいですね
2009年02月03日
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