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大泉洋主演「アフタースクール」見てきた。仕掛けの凝ったなかなか面白い映画であった。どんでん返しがあるというのは映画の番宣などで語られていたので、その心積もりを十分して見たつもりなのだが、それが別の方向に発揮されてしまい、「ボヤっとしてるとダマされちゃいますよ」という映画のキャッチコピー通り、まんまんと翻弄されてしまった(笑)母校の中学校で教師をしている神野のもとに、同級生だったという謎の男が尋ねてくる。やはり同級生だった木村という男を捜しているという。驚く神野。というのも、実は木村は神野の中学時代からの親友で、今朝も木村と会ったばかりだったからだ。物語の前半はよくある感じで進んでいく。所謂「クライムストーリー」か?と思って呑気に構えていると、中盤でいきなり全てが覆されて、「えぇぇぇ!?」と頭が真っ白になってしまう瞬間がある。そんな期待を裏切られる感がなんとも気持いい。ゆったりと進む物語の前半とは打って代わり、その瞬間を境に物語ジェットコースタームービーと様相を変えるのだ。一見ストーリーは複雑で振り落とされそうになるのだが、よく考えると結末は非常にシンプル。先入観や思い込みを取っ払うと、ものすごくピュアで単純な愛のストーリーだったりする。この落差が非常に面白いし心地よい。「お前が面白くないのはお前自身の責任だ」物語ラスト近くで語られるこの台詞。なんでも知ったか振りをして、なんでも斜に構えて、カッコのいい振りをして格好つけて、私たちはどれほどの充実感や幸せや幸福を失ってきたことか。深い、深すぎる。
2008.05.28
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旅行記は小休止して、今日は違う話題で。実は、娘のクラスのクラス代表になってしまった(笑)もともと整備委員というのを希望していたのだが、人数が多すぎるので全員でじゃんけんをして負けた人ふたりが整備委員がクラス委員に移動することになった。じゃんけんは基本的に結構強い性質なのだが、この日はどういうワケか負けてクラス委員へ移動。クラス委員のグループに移った途端、「クラス委員代表を選びます」と言われ、ワケがわらかないうちにアミダクジに参加することに。ここでクジを引いてしまってこれまたワケのわかんないうちにクラス代表になってしまった。クラス代表になったもうひとりの人も、整備委員でじゃんけんに負けた人だったという(笑)。こんなモチベーションの低い二人組みにクラス代表なんてさせていいワケがない。クラス代表くらい、「クラス委員として働いてもいい」と覚悟のできているような志のある人たちに任せるべきだと思うのだが(笑)。うちの娘曰く、「カオちゃんたちだって、役を選ぶときは選挙をするよ。ママたちがじゃんけんで選ぶなんて信じられない」と。それはまさに正論だ。で、本日はそのクラス代表の方たちが集まっての学年行事の打ち合せだった。3年前に、保育園で卒園アルバム委員をやったときも思ったことだが、PTA活動を積極的に行う保護者に悪い人は少ないと思う。よくドラマなんかでは悪役に仕立てられるけれどね。現実では、面倒臭く損な役回りを不平ひとつ言わず、自分の子供のため、引いてはみんなのために骨身を惜しまず働く良い人が多いのだ。まぁ、あいも変わらずどこでも浮きまくる私なんだけど(笑)。出来る限りがんばろうと思う。
2008.05.19
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旅行4日目、カンボジア2日目の朝。宿泊しているホテルのロビーで旅行会社から派遣された運転手兼ガイドさんと待ち合わせをしていた。日本からガイドを予約した経験など一度もない。しかし、今回の旅行はカンポジアという未体験で未だ情勢が安定していないと思われている国であり、さらに娘と初の2人旅行だったので、周囲の助言を聞き入れて安全策を選択した結果、日本で信頼できる現地旅行会社でガイドを手配をしたのであった。ホテルのモーニングバイキングを終えロビーを抜けて自室に戻ろうとしていたところ、受付のスタッフに呼び止められ、ガイドさんが待っていることを告げられた。私たちに向かって小柄なカンボジアの青年が人懐こい笑顔を浮かべて近寄ってくる。依頼してあった旅行会社から派遣されたガイド兼運転手であった。「約束では待ち合わせは9時では?」と言うと、「いや、8時30分と聞いています」というお返事。海外ではよくあることである。とにかく、ひとまず自室で用意をするので待ってちょうだいとお願いして、大急ぎで外出の用意をした。シェムリアップではタクシーがまだ一般的ではない。観光客の主な足となるのは、トクトクと呼ばれるオートバイに客用のシートを牽引させる乗り物かオートバイということになる。どちらの乗り物もトラブルが耐えないらしい。中には深刻な事件に発展したケースもあると、ネットや旅行ガイドに記されている。8歳の愛娘連れの私としては、トラブルは出来る限り避けたかった。用意されていた車は空調が効き乗り心地も良い立派なセダン。まず、現地の旅行会社に行って契約を確認し、遺跡見物に出発した。話は違うが、その現地旅行社では日本語が話せるか英語のみかでガイド料金がかなり違っていた。ケチな私は(笑)、英語で十分と判断し、日本語スキルのないガイドさんをオーダーしたのであった。というのも、ガイドとしての能力はほとんど期待しておらず、安全な運転手であれば十分満足というのが正直な気持だったからだ。しかしのちのち、これは大きな間違いであったことを痛感することになった(笑)ツアーのスタート直後から、この年若く陽気で親切なガイドさんは、大変多弁な方で、英語でベラベラ私に話しかけてきた。ズバリ、私の英語力は多めに見積もっても旅行に必要な最低限のことが理解できる程度。少し話題が深まると、途端、理解できなくなってしまう。なのにこの青年ガイドさんは、とにかく一生懸命話しかけてきてくれるのである(笑)。彼の話を聞き、理解することだけに私の意識と脳はフル回転することとなった。こんな状況を1時間続けただけで、頭のあちらこちらから今まで感じたことがない疲れを覚え始めたのである(笑)。脳の中でもあまり使ったことのない部位を使いすぎると人は大変疲れるらしい。とにかく、ツアー初日は午前中はアンコールトム周辺、午後はアンコール・ワットに行くことになった。
2008.05.16
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ホーチミンからカンボジアのシェムリアップまでは飛行機でおよそ1時間ぐらいかかる。すっかり元気を取り戻した娘は、機内で軽食を食べたりジュースを飲んだり写真を撮ったりと、すっかり機嫌が直っていた。一方、私は出入国カードを書いたりカンポジアのビザ申請書を書いたりと忙しく過ごした。カンポジアは短期観光でも今のところビザが必要。もちろん日本でもビザは取れるが、なんせ航空券が取れたのが出発の一昨日前なので、ビザを現地で取ることにした。観光ガイドを眺めつつ、ビザ申請書に書き込んでいく作業は結構大変。申請書に、親と同一パスポートの場合、子供のビザ申請書は扶養と書かれており、娘と私は同一パスポートではなかったが、面倒臭いので(笑)娘の分の申請書は書かなかった。さて、飛行時間がそろそろ1時間を越えようかという頃、娘が、「デジカメ、デジカメ」と雄叫んだ。眼下にはカンボジアの大地が広がっていた。赤茶けた大地と木々が広がるカンボジア。感無量な一瞬だった。さて、1時間後いよいよシェムリアップ空港に到着。およそ空港らしくない異国情緒溢れる空港内に足を踏み入れ、ビザ申請カウンターに並んだ。私たちの番になり、無常にもオフィサーから、「娘さんの分の申請書も書いてね」と一言(笑)。同一パスポートではない私と娘。やはりダメだったか…とひとりごちて、仕方がないのでカウンターの脇で娘の分のビザ申請書に書き込む。申請料も20ドル×2分徴収された(笑)イミグレーションは、入国者一人ひとりをカメラで撮影する厳重さであった。無邪気な娘は、イミグレーションの役人やカメラをデジカメで撮影し(笑)、注意されてしまった。シェムリアップの空港はこじんまりとしている。イミグレーションを抜けるとすぐにチャンジマネーのカウンターがひとつだけあった。そこで、10ドル分のみカンボジア貨幣のリエルに交換した。空港の出入り口にはタクシークーポンを購入するカウンターがあった。シェムリアップもベトナムのホーチミンと同様にリムジンバスは運行されておらず、さらに街の中心部に向かうバスの便もない。ほとんどの観光客はツアーが用意した送迎バスやらホテルの送迎バスやらで街の中心部を目指す。そのどちらでもない私たちは素直にタクシークーポンを5ドルで購入し、タクシーに乗車した。タクシーの運転手は流暢な英語でフランクに話しかけてくる。正直、ベトナム人は英語の発音が訛っていて外国人には聞き取りにくい。しかし、この後にも感じたが、カンボジア人の英語の発音は非常にキレイで聞き取りやすい。カンボジアに足を踏み入れ、手続きがスムーズなシェムリアップの公務員やら英語が流暢なタクシー運転者に対して、共産圏であるベトナム・インの私はかなりのとまどいを覚えた(笑)15円~20程度で予約を取っていた「アンコール・リビエラ」ホテルに到着。ベトナムでの苦労がまさに嘘のように、ノープロググレムで空港からホテルに到着することができた。ホテルのカウンターで予約シートを見せると、ロビーのシートに座って待ってくださいと言われ、娘と旅の疲れを癒していると、スタッフがオレンジジュースとおしぼりなどを持ってきてくれた(笑)。ベトナムも暑かったがカンボジアはもっと暑く、まだ環境適応ができていなかった私たちは喜び勇んでこのジュースとおしぼりを使った。娘はおやじのように(笑)、おしぼりで顔を拭いていた(笑)ホテルチェックイン後、ポーターに部屋まで案内される。角部屋のなかなか良いお部屋で、ベトナムと違い今どきのカードキーであった(笑)カンボジアに着いたのは夕刻。到着後一服すると、既に街は夕闇の中に融けていたが、とにかく街に繰り出すことにする。しかし、旅行前のリサーチで、「カンボジアは夜8時以降は現地人でも外を出歩かない」という情報を収集していたので、結構おっかなびっくりであった(笑) 確かに、ベトナムと違って日の落ちた後の街は全体的に薄暗く、怖い雰囲気である。ホテル前の端を渡って数分歩いたところで、娘もゴネ始めたのでホテルにユーターンした(笑)カンボジアのリサーチ不足も手伝い、カンボジア初日の夕食はホテルで取ることに決定! 娘も私もスパゲティやらサンドイッチやら、無難や洋食をオーダーしてその日は早々に部屋に引きこもる。さて、翌日はいよいよ念願のアンコール・ワット観光である。
2008.05.12
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旅行3日目、ついに念願のカンボジアに発つ日である。飛行機の出発時間は午後なので、午前中は昨日に引き続きホーチミンの街散策を楽しむことにする。実は、ベトナムと言えば「メコンデルタ巡り」がハズせない観光スポットなハズなのだが、今回の旅行ではこの地に行くことができなかった。というのもベトナムに到着した初日にこのツアーの予約をしなければならなかったのにできなかったからなのだ。ホテルにチェックインした後、有名な旅行会社に電話をしたところ、電話では予約が取れないので直接店頭に来いと言われたのだが、疲れ果てていた娘はもうどこにも行きたくないとダダをこねたので、諦めることにした。というわけで、今回のベトナム旅行は街散策のみということになってしまったのだった。さて、旅行3日目、ホテルの朝食バイキングで私はまたまたフォーを食べて(娘は洋食)、ペンタイン市場近くにあるサイゴンセンタービルへ。このビルの2階にあるセレクトスーパーの品揃えは豊かでメイドインアメリカ印の不味いお菓子などがたくさん売られている(笑)。お茶などもいろいろあるので、お土産を探すのに便利なお店だ。ただし、入店する前に鞄を受付で預けなければならないのが結構不便。万引き対策だと思うのだが、こういうところがいかにも“共産圏”という感じがする。昼食は同じビル内1階にある「カフェ・テラス」に行った。カフェという名前が付いているが食事メニューも豊富で、洋食、ベトナム系料理のどちらも楽しめる。娘はピザを、私はベトナム定食をオーダー。どちらの料理もとても美味しく、娘など大きなピザをほとんど1枚食べ尽くしていた。1時ごろ、ホテルに預けていた荷物を受け取り、そのままタクシーで空港に急ぐ。ホーチミン中心地から空港までおよそ30分程度。ちなみにこのときのタクシー運賃は8万ドン、つまり5ドル程度であった。行きは9ドルだったのでおよそ半分の価格で同じ距離を走ってもらえたということになる。このタクシーの運転手は実に実直で親切な良い方であった。ベトナムの運転手の中にも良い人はたくさんいる。タクシークーポン券を購入しても空港から市内まで7ドルくらいかかるので、実直なタクシーに巡り合えればという但し書きがつくものの、流しのタクシーを利用するのが空港に安く行く方法である。ちなみに、各ホテルでは空港からホテルまでの送迎を行っているが、これは有料で10ドル前後かかるようだ。市内バスなら一律3000ドンとものすごくお安いが、スーツケースを抱えた人には向かない選択肢だろう。しかも、主要バスが集まるペンタイン市場付近のバスターミナルで目的のバスを探すのは指南の技だ。さて、話は違うが、空港に着く間に娘が車酔いをしてしまった。空港に着いても青い顔でソファにグッタリしている。にしても30分少々乗っただけなのですぐ治るだろうとタカをくくっていたら、ホーチミン空港のど真ん中でいきなり娘が吐いた!ゲロゲロ第一弾はエチケット袋が間に合わず私の手の上にたくさんのピザの残骸が・・・(T.T) 第二弾は間に合ってエチケット袋にキャッチすることができた。とにかく、ひとまずトイレに走り込んで娘の手やら顔やら私の手を洗い、エチケット袋の中身を捨てて、トイレ掃除のお姉さんに「アイムソーリー」と謝り(笑)、娘が吐いたものを掃除しようと空港のロビーに戻ったら、おじさんたちがキレイに掃除してくれていた(す、すいません)。ここでも、「アイムソウソーリー」と謝って、とにかく飛行機のチェックインを済ませる。吐いた当人はすっかり気分が治ったらしく元気になっていて安心するやら脱力するやら。こんな風に想定外のことが起こるから子連れ旅行は気が抜けない。そしてこれは重要なところなんだけど、トイレのお姉さんたちもおじさんたちもイヤな顔ひとつしないで黙々と娘の吐いたものをキレイに掃除してくださった。良い方たちであった。吐き騒動も一段落して飛行機を待つ間、空港内のお店などをひやかしながら楽しんだ。娘がチョコレートが欲しいというのでひとつ購入したところ、50セント分のおつりがなかったらしく、小さなチョコレートをおつり代わりに渡される。こういうところは、さすがベトナムである(笑)。とにかく、こうやってなんとか無事にベトナムを発ち、私と娘はカンボジアのシェムリアップに一路向かったのである。
2008.05.11
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旅行二日目、本格的にホーチミン観光開始。朝食はホテルでモーニングバイキングをいただく。このモーニングバイキングが結構イケた。洋食とベトナム料理の折衷ラインナップ。この日は娘も私も洋食系をトライ。中華文化圏の国では、中華系料理は美味しいけれどその他の料理はマズいという場合が多いが、先日の夕食といい、ベトナムは洋食も美味しい。そういえば、タイのバンコクも洋食が結構美味しかった記憶がある。料理の件に関わらず、ベトナム人はフレキシブルで良いと思ったものは他国のものでも躊躇なく自国の文化に取り込む傾向があるようだ。ここらあたりは実に日本人と似ているという気がした。食事後、ホーチミンの街中に繰り出そうとしていたところ、宿泊していたホテルのドアマンに呼び止められる。「観光ならタクシーをチャーターしたらどうか?」と。その辺で流しのタクシーを捕まえようと思っていたのでお言葉に甘えることにした。が、4つほどの観光名所を回って20ドルとか言われた(笑)。高すぎると思ったのでディスカウントの交渉。最終的に10ドルで落ち着く。この価格、未だに適正価格だったのかどうかよくわからないので、今、検証してみよう(笑)。ホーチミンのタクシー初乗り料金は12000~15000ドンである。10分~15分程度タクシーに乗って23000ドンだった。10ドルはおよそ160000ドンぐらいだったので、2時間~3時間のタクシーチャーターで10ドるは、まあまあ悪くない価格という気がする。しかし、実はホーチミンでタクシーに乗るのはお金持ちか外国人ぐらいで、庶民は市バスやオートバイに乗ることが多い。そう考えると、実はもっとディスカウントが出来たのではないか?という気もしてくる(笑)。まぁ、そうボラれたワケでもなさそうなのでよしとしようか。ちなみに、このホテルのドアマンはタクシーの運転手からマージンをもらったようである。タクシー運転手とドアマンがベトナム語で会話していた様子でなんとなくわかった。このときのドアマンの目端の利いたといえば聞こえがいいが抜け目なさそうな表情が今でも忘れられない。で、この日はタクシーをチャーターして、統一会堂→戦争証跡博物館→美術博物館(ランチタイムで見学できず)→中央郵便局→ペンタイン市場とまわる。統一会堂は旧大統領官邸。革命以前、ベトナムは資本主義社会だったんだなぁと実感。今はこの旧大統領官邸は観光地であるだけでなく、広告写真のロケ地としても利用されているらしく、私たちが訪問した日もモデルを使った結婚式用の広告写真(?)が撮影されていた。戦争証跡博物館はベトナム戦争の歴史を綴る博物館。建物内ではベトナム戦争時の写真や戦争遺物、枯葉剤で奇形になってしまって命を落としたホルマリン漬けになった胎児や新生児も展示されていて、結構衝撃的な内容であった。建物の外にはベトナム戦争で実際に使用されていた戦車や航空機なども陳列されている。さて、ベトナムは結構な猛暑なので喉が渇く。娘がジュースを飲みたいというので、博物館内の飲み物売り場に行くと、おばさんがジュースやお水を売っていた。観光客にまじって、2万ドンでスポーツ飲料を購入して喉を潤す。同じ価格で他の外国人観光客も商品を買っていた。で、その後の中央郵便局に行って置いてある自販機を見たところ、同じスポーツ飲料水が5000ドンで売っていた。恐るべし、ベトナム。午前中の観光が終わり、ペンタイン市場近くにある有名なフォー専門的で美味しいフォーをいただいていたところ、英語が堪能な学生とおぼしき若い接客係が娘のスポーツ飲料を見て、「この商品はいくらで買ったの」と聞かれたので正直に答えると、苦笑い付きで「お気の毒に」という表情をされた。市価の4倍の価格で購入したワケで、そりゃあ同情もされるだろうよ(笑)朝食後はペンタイン市場や国営百貨店でお店を覗いて娘にぬいぐるみを買ったりしたあと、流しのタクシーを捕まえて、動・植物公園に行く。私はこんなところまるで興味がないが(笑)、娘が好きなので家族サービスである。動物園を期待して行ったのだが、たいした動物はいなくて、植物園としての方が充実した内容であった。爬虫類コーナーではエサであるハムスターがヘビのケージに投げ込まれて瀕死の状態でコロがっていたり、なかなかグロテスクな内容で(笑)、娘はショックを受けていた(笑)園内には見たこともないような樹木や植物が生茂っていて、植物園としてはなかなか興味深い内容。ホーチミンには一日中クラクションが鳴り止まない喧騒がすざまじい街なので、植物間内の静寂は一服の清涼剤になり、都会の中のオアシスという感じで、結構ステキな時間を経験することができた。観光後ホテルに戻り休養。夕食時にまた街に繰り出した。目指すは「クアン94」という海鮮レストラン。タクシーに乗ってこのレストランを目指す。一見、町の食堂という店構えだが、出された料理はかなり美味しかった。カニ料理専門らしい。エビとカニの春雨炒めやらを3品ほど頼んで24ドル。お安い。レストランを後にして少し散歩をすることに。ブラブラ歩いていたらなんとミニミニ遊園地を発見(笑)。狂喜する娘。入場料はかからず、乗り物ひとつ券5000ドンという低価格な遊園地で、4つほどの乗り物に乗って、しぶる娘引っ張ってタクシーを捕まえホテルに戻った(笑)
2008.05.10
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ホテルに着いて重い荷物から開放され、涼しい服装に着替えてやっとひと息つくことができた。娘を休養させて私はやっと「地球の歩き方」を熟読した(笑)とにかく夕飯を食べなければらない。ホーチミンにはたくさん美味しいレストランがあるらしいので、中心地まで徒歩で歩くことにする。夕暮れのホーチミンの交通量は半端ではない。それも自動車ではなく主力はオートバイ。道路一面、オートバイの山である。信号はあってなきが如し。自動車もオートバイもクラクションを鳴らしっぱなしで動いている。その騒音も並ではない。曲がりなりにも8歳の娘連れの私は、正直、この状況にビビって道路を横断することができなかった(笑)。今から15年前にタイのバンコクも今のホーチミンと似たような状況だったが、当時の私は躊躇しなかった。むしろ煩わしい信号が無視され、個人の責任に全てが委ねられているような国情が居心地よく感じられたものだが、娘連れだとはそこまで達観はできない。安全策をとりすぎるために道路を横断できず、仕方がないのでスイスイと自動車を交わしながら歩いている現地の方の後を付いてなんとか道路を横断した。15分ほど歩いたところで、娘が「暑過ぎる、もう歩けない」というので、「市民劇場」のまん前にあるレストランに入る。娘はハンバーガーセット、私はベトナム定食みたいなものをオーダー。ビールとジュースを含め、全部で13ドルとリーズナブルな価格なのにかなり美味しい料理で驚く。ホーチミンにはベトナム料理以外にも洋食、アジアンフード、日本食レストランなどがたくさんある。どのジャンルの料理も基本的に美味しい。中国文化圏の場合、中華料理は美味しいが他国料理は高い上に不味いということが多いが、ベトナムは別のようだ。この後もベトナムでいろいろなレストランに入ることになるが、基本的に不味い店は少なくどこもそれなりに美味しかった。グルメの国として香港や台湾などがあげられるが、私個人の感覚としては、ベトナムのホーチミンはグルメ街であると感じた。さて、食事を終え清算する際に清算書を見たらベトナム貨幣のドンとドルの両単位での価格が表示されていて、全くワケがわからなかった。実はベトナム滞在中、ドンかドルかで頭がこんごらがって結構苦労することになる。そう、ベトナムのホーチミンは、現地通貨のドンとドルが流通している不思議な国なのである。完全に外国人旅行者として行動すればドルだけ持っていれば問題ないが、逆もまたしかりである。しかし、私たちのように外国人旅行者とベトナム現地人の中間的な立ち位置で行動していると、どちらの貨幣も必要になり、しかも貨幣価値が全然違うのでものすごく混乱する。暗算の苦手な個人旅行者にとって、ベトナムのホーチミンは結構混乱する国なのであった。
2008.05.07
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航空券を取った翌々日に飛行機に乗り込むハメになったために、リサーチが十分にできなかった。仕方がないので成田、ベトナム・ホーチミン間の飛行時間中に「地球の歩き方」をじっくり読もうと思っていたら、食事時間以外は熟睡してしまった(笑)。気がつけば既にベトナムである。ホーチミン空港にはリムジンバスがないので、市内に入る交通手段は主にふたつ。市バスとタクシーだ。タクシーは、空港内で販売されているタクシークーポン(一律5ドル~7ドル)を購入してタクシーに乗り込むというのが正しいタクシーの利用の仕方であると「地球の歩き方」に書いてあった。しかし、旅行ガイド本も十分読めていない私は、このタクシークーポンを販売しているカウンターを見つけることができず、いきなり空港の外に出てしまったのであった。そこには、屍に群がるハゲワシのごとく、強欲なベトナムのタクシー運転手たちが手薬煉引いて待ち構えるデンジャラスゾーン(笑)。人の良い日本人なんて絶好のカモである。いつもの私であれば、タクシー運転手にボラれるなんてヘマはしないのだが(豪語)、この旅行は勝手が違っていた。とにかくリサーチ不足な上に娘を連れてというストレスも手伝って、ベトナムに着いたときから私は妙に浮き足立っていた。加えて、降り立ったホーチミン空港の暑いこと暑いこと。こちらの服装は日本の春仕様であり、たくさんの荷物が詰まったスーツケースと娘と山のような不安を抱えている。空港を一歩出た途端にタクシー運転手に捕まって、「25ドル」とふっかけられた(笑)なんぼリサーチ不足といっても25ドルはありえんわな。まぁ、言っている方もダメ元ぐらいの気持なんだろう。その後、暑い厚いベトナムの炎天下での果てしない料金交渉が始まった(笑)。私たちはついさっきベトナムに降り立ったばかりだというのに…。もちろん、重い荷物を抱え、別のタクシーを捜す不利なんかをすれば、たぶん7ドルくらいに交渉は可能だったと思う。が、私は何より暑かったし娘は隣でゴネてるし、日本から着ている熱い服装から真夏の服装に早く着替えたかったし、異国に着いたばかりで気持も気弱だった。で、9ドルで手を打つことになった(笑)。いや、本当は10ドルと言われたのだが、そこは粘って9ドルに負けさせたのだ。正直、もう9ドルも10ドルも日本人の私にとっては大差ないワケだが、これはこちらの意味のない意地である(笑)。タクシーのおじさんもこの1ドルですっかり不機嫌になっていた。つまりたった1ドルで、双方にとって非常に悪い状況となったわけだ。それでも、私はこのタクシーのこのタクシー運転手の言いなりにはなりたいという意地があった。9ドルという時点で既に勝負には負けているのだが(笑)、それでも相手を不愉快にするぐらいの意地は見せたかったのである。初めて訪れたベトナムは、以前行ったことのあるタイのバンコクに似ていた。アルファベットに似た文字もタイと同じ。交通法規を無視した道路事情も同じ(笑)。イヤ厳密に言うと15年前のタイをちょっとパワーアップしたような感じである。こうやって30分程度で予約していた「MAY HOTEL」に無事到着した。この「MAY HOTEL」は高級ホテルではないが、結構お勧めのホテルである。後々わかるのだが、ベトナム人の日本人への差別意識は結構激しい。そんな中で、「MAY HOTEL」スタッフの差別意識のないスマートな対応は、疲れた日本人旅行者にとってはありがたいものとなっていく。とにかく、こんな風に私と娘の珍道中であるベトナム・カンボジア旅行は始まった。しかし、私のベトナムの第一印象はこのタクシーの一件で非常に低いところからスタートすることになったのである(笑)。もともとベトナムにはさほど深い思い入れはなく、タイ経由が取れなかったからベトナムという安易な選択をしたばかりに。
2008.05.07
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事後報告になるけれど、今年の3月28日から4月5日まで、ベトナム・カンボジア旅行に行った。どちらも初訪問になる国であり、しかも、これまた初の娘と2人旅行だった。1993年に友人と韓国を訪れてから2004年に家族で台湾旅行に出かけるまで、私の海外旅行履歴は途絶えていた。この11年あまりの間に私は夫と出会い遠距離恋愛して結婚し、子供を産んで育てるという作業に没頭していたことになる。そんな子育てがひと段落した2004年に家族という新しい「仲間」を手に入れた私は、家族による海外旅行を復活させた。とはいうものの娘がまだ幼かったので、訪問するところは全て若い頃に訪ねたことのある国で占められていた。こんな中、結構ハードな内容だった中国の西安→敦煌旅行がうまく運び、「そろそろ未知の世界に挑戦してみしたい」と思っていた矢先、2008年春にベトナム・カンボジア旅行が実現したのである(笑)とはいうものの、初めから娘と2人でベトナム・カンボジアに行こうと考えたワケではない。夫と娘と3人でGWに海外旅行に行こうと思っていたところ、仕事が忙しい夫の参加がかなわず、それなら母と娘と3人でヨーロッパにでも行くかと思いついたが、母の都合がつかずこの計画も果たせなかった。独身時代、一緒に海外旅行に出かけていた友人を誘ったものの、これも都合がつかず断念。最後に残ったのが、「娘とふたり」というものだったのだ。ひとつの旅行で別の国をふたつ回るという経験もなかったし、何より子連れ2人旅という状況が怖いし、何より8歳の娘をカンボジアに連れて行くってどうよ?と思ったが、スケジュールも詰まっていたし、どうしても海外旅行がしたかった私は、いろいろ考える前にとにかく航空券を予約してしまったのだった(笑)こう見えても私は結構慎重派なので、何か物事を決定する際には頭の中でいろいろシュミレーションしてみて、「これはイケル」と納得しなければ行動には移さない。しかし、ほんのマレに、10年に1回ぐらいの割合で物事をよく考えずに結果だけに飛びついてしまうことがある。実は、結婚もそうやって決めた(笑)自分の想像力では限界がある、でも、実行したい、と思う場合、私は暴挙に出ることがあるらしい。今回の旅行のメインテーマは「アンコールワットを見ること」。今から20年ぐらい前に、池袋の西武デパートで「アンコールワット展」が開かれた。当時のカンボジアは国情不安で国中が荒れ果てて、カンボジア国境付近に難民が溢れているような状況。国中いたるところに地雷が埋められていて、その爾来の犠牲になる人々がたくさんいた。こんな状況だから、観光資源を守るなんてことは難しく、名だたるアンコールワットも人の手を入れることができず密林の緑に呑み込まれようとしていたのだ。そんな世界的な文化遺産であるアンコールワットを救済する目的でその展覧会は企画されていた。その展覧会ではじめて私は、「アンコール・ワット」を知ることになる。自然と遺跡が融合する壮絶な写真に圧倒された23歳の私は、「この遺跡を見たい」と猛烈に思ったのだった。この若かりし思いを果たすために、私はこの旅行を実行した。日本からカンボジアへの直行便は今のところ運行されていない。ポピュラーなのはタイ経由でカンボジアに入国する方法だが、時期は春休みにかかっていたのでいろいろ調べてみたものの航空券を手に入れることは難しかった。唯一予約が取れたのが、日本→ベトナムの往復航空券だった。割高になるが、ベトナムからカンボジアのシャムリアップへの航空券もなんとか手に入れることができた。航空券を取得したその2日後、私と娘は機上の人となっていたのである。
2008.05.06
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