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=テニスで築いた地元の輪(その4)= それにしても、メーリングリストがこんなに成功するとはまったく予想外のことだった。その原因はみなが適度に顔を合わせていることだ。メール発信者の顔をメンバー全員が知っていて、発信者は受け取る仲間の顔を全部知っているからだ。 このネットから別働隊が発生した。スクールの他に、ときどき自主的にコートを予約して数人で遊ぶ、名づけて「部活」が生まれた。さらにメンバーのJさんが毎週火曜の夜8時から1時間コートを予約し「お気軽に参加して」という「通う会」を企画している。週末の朝は6時に起きて7時からプレイをしようという「早起き会」にも根強いファンがいる。 どころで、Jさんは私たちの中で一番テニスがうまい。そこを見込まれてネット仲間でもっとも若いピチピチ3人娘から個人コーチ依頼の声がかかった。この依頼メールを読んで、他の男性軍がパソコンの前でうなった(と思う)。そこで私が代表して「とっても羨ましいぞ!」というメールを出した。Jさんはヌケヌケとして「いいでしょ!」という返信をあげた。 新たなサークルを立ち上げて区内の学校などの公共コートを借りようという計画がある。 春にお花見を開いたり、土曜や連休の夜などの飲み会も徐々に広がりつつある。 気が付くと私はいつのまにか地元で仲間づくりをしていた。 私は生まれも育ちも、結婚後も、ずっと同じところに住んでいる。だが顔を知る親の世代はほとんどいなくなり、小学校時代の同級生もどこか出て行ってほとんど顔を合わせることがない。たまに知る顔と会っても交わすことばがない。 このままだと地元にいながら知らない町になるという寂しさや不安がわきはじめていた。友人はべつに地元でなくてもいいではないかと思う半面、地元でソフトボールやテニスをしたりバーベキューをやったりして楽しく交流している友人の話を聞くと羨ましくもあった。 でも今は私も地元に立派な仲間の輪ができた。テニスという核があり、核のまわりでメーリングリストという手段が仲間同士の交流を加速させた結果だ。 この仲間の輪はこれから、いろいろな方向にすこしづつ枝を出していくだろう。枝は自然にまかせて伸びるのがいい。まったく伸びないでずっとテニスと飲み会だけでもいい。 何もいじらず成り行きにまかせ、みんなが好きなことをやって楽しむ輪でありたい。平均年齢が私より10歳以上は下がるであろうこの仲間をずっと大切にしたい。目下の目標はメール番号10,000番だ。(了)
2004年08月30日
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=テニスで築いた地元の輪(その3)= 年が明けた正月休み。私は改めてメーリングリストの立上げに奮闘した。それまで他人が立ち上げたメーリングリストにはいくつか参加していたが自分で立ち上げるのは初めてだった。 最初はメンバー登録がよく分からなくて、なかなかみんなをネットへ引き込めなかった。皆からもらったメールアドレスで、全員をネットへ引き入れることができたのは、1ヶ月くらいあとだったと思う。その後もレッスンのたびに声をかけて仲間を増やして行った。メンバー登録の要領が分かったあとは簡単だった。 このネットは現在20人ちょっとで、私の予想を遥かに超えて年間1000通以上のメールが飛び交っている。つい最近メール番号は2000を超えた。 話題の中心は当然テニスだ。練習後、すぐにその日の反省をあげ技術分析をする者がある。するとコーチがそれに解説を入れてくれたりする。格上の人と対戦したとき、ボレーが決まってスカッとした、嬉しかったとすなおな独白が入る。やられた方が次回は引き締めると返事したりする。 その他にいろいろなところへも飛んでいく。荒川区内のグルメマップ交換。お気に入りの居酒屋、レストラン、もんじゃ屋さん紹介。飲み会、カラオケへのおさそい。コーチをスーパーの日用品売り場で見かけたが何してるんだろうとか。料理の話、メンバーのひとりをイメージしての替え歌、最近お休みがちの人へのひと声、子育ての大変さ、千住花火大会を眺めるアナ場の情報・・・・・ テニスをテーマにしたTVアニメ「テニスの王子様」はほとんど話題にならなかった。しかし「エースをねらえ!」の話題は一時期ネットを完全に独占してしまった。どうやら原作のマンガが描かれたころ、仲間たちはちょうどこのマンガを読む年齢にあったようだ。しかし私は彼らより20歳くらい年上なので残念ながらこのマンガを読んでいないし番組も見てなくて、ちっとも話題に乗れなかった。(つづく)
2004年08月29日
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=テニスで築いた地元の輪=(その2) テニス教室は年に4回開かれるとのことだった。次のテニス教室を指折りかぞえて待った。そして参加した。またどこにもつながらなかった。でも今回はクラブ紹介をほとんど期待していなかった。方針を変えて顔をつなごうと決めていた。持久戦である。 その次のテニス教室を待って参加した。参加する人たちの中に、すこしづつ顔なじみができるようになった。 初参加から1年が過ぎたころ、テニス教室で教えてくれているプロコーチが、テニス教室とは別に、月に2~3回区営コートでレッスンを開いてくれるようになった。私と一緒に教室の仲間数人がこちらへも参加するようになった。 レッスンは週末の夜が多かった。冬でもウェアの下は汗をかいているので、早く帰って風呂へ入りたかった。そこで終わると皆さっさと帰ることになる。それやこれやで、テニスを離れたところでの談笑はほとんどなかった。 明くる年もコーチ主催のスクールへ頻繁に参加した。私たちは練習中にすこしづつ言葉を交わすようになった。年に4回開かれるテニス教室へもしっかり参加した。 秋になった。私は顔なじみになったFさんに「メールアドレスを持っている?」と声をかけた。「持っている」との返事をもらったので、他の人にも声をかけてメーリングリストを作らないかと提案した。そしてメーリングリスト立上げの仲間が9人そろった。 その年の暮れにコーチが音頭をとって初めての忘年会が開かれた。私たちは初めてテニスコート以外の場所に集まった。おたがいに少しぎこちなさを感じながらも、コーチのリードでだんだん会話にはずみがついてくる。話題はテニスのことばかりだったが、普段皆が何を思ってテニスをしているのかを知ることができた。ようやくしっかりした仲間意識が芽生えたようだった。メーリングリストが役に立つと思った。(つづく)
2004年08月28日
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=テニスで築いた地元の輪= 50を過ぎたころあらためてテニスをやりたいと思った。腕前は掛値なしで下手なのだが、やりたくなった。まったく身体を動かしてないので、なにか運動をしなければいけないと思った。 ある日、新聞に折り込まれてくる荒川区報をながめていると「テニス教室開催」という文字が目の前に大きく浮かび上がった。区営コートで、荒川テニス連盟主催、水曜から土曜までの4日間、夜7時から9時の日程だ。 事務所からの帰宅に30分、着替えと支度に10分、家から自転車で公園まで10分、公園内をコートまで歩いて5分。つまり仕事を6時に切り上げれば間に合う。「これは躊躇していちゃ駄目だ、これしかない!」ビビーンと響くものを強く感じ、すぐに申し込んだ。 テニス教室でラケットを握るのは約20年ぶりだ。ラケットの振り方を完全に忘れていた。私が初めてラケットを持ったときは水平に振るようにと教わったと思うが、教室では下から上へ振り上げるようにと教えられた。振り方が変わっていた。 20年ぶりに、たった4日間のテニスでは昔のレベルまでも戻るはずがない。それは当然のことだから気にしなかった。むしろ20年ぶりに思う存分ラケットを振る機会を得たことの喜びの方が大きかった。それにも増して今回参加の目的はもうひとつあった。 この教室は荒川テニス連盟主催だから、ここからテニス連盟に所属するクラブにつながると思った。つながることを期待した。だが4日目、最終日は「ご苦労様でした」という挨拶で締めくくられ、テニス教室は解散した。ひそかに期待していたクラブ紹介はなかった。そうかと言って、私からクラブを紹介してほしいとは言えなかった。募集してもいないクラブへ割り込んで、まわりに迷惑をかけるほどの強心臓はない。自分の未熟さを嘆きつつも、もの足りなさをおぼえながら皆と別れた。私の中の風船が少ししぼんだ。
2004年08月26日
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昨日(今日)は0時から女子マラソンを見てしまった。野口みずきが金メダルを取ってくれたので見た甲斐はあったが30キロ過ぎからはハラハラのし通しだった。マラソンでの14秒差はそうそう縮まるものではないとわかっていてもTV画面であれだけ近づいたヌデレバを映されると落ち着いてはいられない。彼女の優勝を確信したのは競技場のトラックに入ったときでも(まだ手を振るのは早いよ)と思ったりしながらも最後のホームストレッチに入り、優勝テープを切ったのを見届けた「ヤッター!!」と拍手しながらもホッと一安心おかげで就寝は3時今朝はせめて7時半まで寝ていようと思ったのに何かの物音で6時半に目が覚めてしまいここでトイレに行ったらもう眠れないやっぱりブルーマンデー出勤になった
2004年08月23日
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アテネオリンピックは誰も予想しなかった金メダルラッシュが続いていますが、今回、金メダルを期待され、その期待に見事応えたのが柔道の谷選手と水泳の北島選手です。私は荒川区に住んでいますが、その北島選手が荒川区民だと知ったのは水泳の世界選手権で優勝した頃からです。北島選手の自宅は、宮地交差点と西日暮里を結ぶ道灌山通り沿いのお肉屋さんだと地元のテニス仲間から聞きました。「私は彼と同級生だった」という仲間の40代女性に「嘘つくな!」と言いましたが、実家はすぐ近所だったりで、当地では北島選手の話題に事欠きません。彼が2つも金メダルを取ったのだから、荒川区の商店街は祝勝セールをやりたいでしょうが、どんなになるかなと思っています。昨日テニス仲間に「北島メンチカツ食べたことある?」と聞いたら、まだだれも食べたことないそうです。でも、いまは日本橋「三越」で毎日限定ですがメンチカツを売っているとの噂を聞きました。うーん、じつに親孝行な息子だ。私もメンチカツは好きなので、ぜひ一度コッペパンに挟んで食べようと思います。
2004年08月20日
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私は社会保険労務士です。 今週発売中の「週間ポスト」に[年金イッパツCD-ROM]が付いていて興味を覚えました。データを入れれば一発で年金見込額が分かるというふれ込みです。これを試してみました。結論から言えば、ふれこみ通りに答えは出ない。そう簡単にはいかない。なぜなら年金予想額を出すためのデータとして、厚生年金期間 *ヶ月 平均給与 ○○○円国民年金期間 *ヶ月を入れてください、と求められますが、それらがわかってれば苦労はしない。ちょっとやそっとじゃ分からないから大変なんです。特に平均給与については、社会人になってからいままでの平均給与を求められています。そんなもの記録として持っていて即座に答えられる人は皆無のはず。でもこれらの煩わしさは年金見込額を知りたければ絶対必要なデータですから、要求されるのは当り前です。つまりこのソフトは一見して年金見込額が出そうで出ない、年金計算オモチャソフトと思えばいい。このソフトを使うと、かならずデータ不足で行き詰まるでしょう。このときはじめて年金見込額を求めるためにはなにが足りないかが分かります。そんなときは年金手帳を持って社会保険事務所へ行けば、これらのデータをたちどころに出してくれます。社会保険事務所からデータをもらったら、このデータを入れてあれこれいじってみるといいです。そういう位置づけでのツールにはなると思います。なにしろ価格は350円で「週間ポスト付」ですから、つまらないと思ってすてても後悔しない額なのがいい。コーヒーを1杯飲んだつもりで350円を投資する価値はあると思います。そして、すこしでも年金に興味を持つきっかけになればいいのではないでしょうか。ところで、週間ポストのメイン購読者は50代なんだと分かったことでもありました。
2004年08月13日
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日曜の朝、暑いながらもすこし風があるので、南側の窓を開けて網戸にしました。部屋の中で新聞を読んでいると蝉の声が聞こえます。 ついこの間、今年は例年になく暑いのに、なかなか蝉が鳴かないと家内と話していたのですが、8月に入ってわが家にも蝉の声が聞こえるようになりました。やっぱり夏はこうでなくちゃ。 それにしても今日の蝉は鳴き声が一段と大きいなと思っていたら、蝉はなんと網戸に止まって鳴いているではないですか、どうりで大きいはずです。 いつもは向かいの桜の木で鳴いているのに、なぜ網戸になんかとまっているのかな。蝉もまともに戸外で鳴くにはあまりに暑いのかな。 じつは、網戸の向こうにヨシズを張ってあるのです。 今の時期、家の中に直接に陽はあたらないのですが、それでもまぶしいのと、花にも日中は日陰を作ってあげたほうがいいだろうということでヨシズを張りました。 ヨシズを張ってみると、なんとなく部屋が広くなったような錯覚に陥ります。 窓辺からヨシズまでは外でもなく家の中でもない、それでいて家が広くなったような感じがします。ちょっと子供のころに作った秘密基地を思い出す、花いっぱいの楽しいスペースです。このスペースへ、蝉はヨシズの脇から入り網戸に引越してきたというわけです。 でも、実際に網戸で鳴いていると分かってみると、今度は俄然鳴き声が気になり始めました。そして、うるさいという気持ちになるから勝手なもの。でも追い払うほどのことでもないので、そのままにしておいたら、10分くらい鳴いてまたどこかへ飛んでいきました。やれやれ。 やっぱり蝉は家の上の方から降るように鳴くのが正当な盛夏の蝉なのです。
2004年08月09日
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=プランター日記= 気合が入ると土いじりをします。気合を入れるのは春先。この3年間、気は向くけれど出遅れて開始のタイミングを逃していました。 毎年春分が近づくと、そろそろ始めようと思い、春分になると(来週には手をつけよう、種を買いに行こう)と考え、でもすぐに4月になり5月になってしまう。ゴールデンウィークのころはすでに出遅れを感じ、やる気が失せています。3年くらいこれを繰り返し、いつも雑草が伸びきったプランターを横目で見ては自分のグズに腹を立てていました。 今年は春早々に心の準備を始め“今年は絶対やるぞ!”と気合を入れました。春分の日に種を買いに行きました。プランターの土を掘り返し、土の中に残っている根を取り除き、1週間くらい土を混ぜ返しては日に当て、サラサラに戻します。今年はこれらの準備を予定通り実行し、4月早々に種を蒔きました。 私の好みはゼラニウム、ペチュニア、ベゴニア、マリーゴールド、松葉ボタンなど、安くて丈夫でにぎやかな花ばかりです。ゼラニウムだけは花壇で巨大に野草化しているものから先の方だけを切って小分けして土に挿し、ふたたび低く小さくそろえました。でもゼラニウムが高く巨大に伸びるのは野草化ではなく本来の姿なのでしょう。それをわざわざ小さく可愛らしくするのは私の都合です。 ところで、買ってきた種の発芽率は芳しくありませんでした。期待通りに発芽したのはサラダ菜、マリーゴールド、松葉ボタンだけ。桔梗はちょぼちょぼ。ラディッシュはひとつだけ。ペチュニアは1ヶ月じっと見守ったのに皆無。 そこで5月の連休にペチュニアの苗を購入しました。苗から植えると手がかからず育て甲斐がありませんが、種は全滅だから仕方なし。10本くらい買ってプランターに植え替えました。毎朝水をやるとグングン育ちます。どんどん枝分かれをするように、5cmくらい伸びるとそこで先端を切り取り、Y字に枝分かれするように仕向けます。これを2~3回繰り返すと、苗は全体的にこんもり広がりました。 松葉ボタンは初めにじっとよく見ないと分からないほど小さな双葉が顔を出します。これが徐々に大きくなり、あるときから一斉に勢いよく伸び始め、枝分かれしていきます。ひとつ花が咲くと後から後から咲いて、延々と咲き続けます。咲いた後に種ができます。この種を放っておくとどんどん下にこぼれて翌年はあちこちから松葉ボタンが出現します。きれいなのですが足の踏み場に困って始末に終えないことになるので、できた種を毎日せっせと摘み取り、来年に備えます。 マリーゴールドは花が終わった後にたっぷり種子を含んだ袋が頭を折っています。袋をつまんで種子を取り保管します。こちらは飛散しないから始末いいです。ペチュニアやベゴニアは伸びすぎた茎の先を7~8cmほど切り育成用ビニールポットに挿すと新しい苗に育ちます。私流クローン栽培。ペチュニアの種はまだ取れません。 育成ポットは今年2籠(約40ポット)用意しましたが、必ずしも全部育つわけではなく、半分は失敗しています。原因は、園芸テキストを読まず我流でヒョイヒョイと苗を挿しているかを見ていました。私も今度は冷静でした。ここでまた追い出したとしても、すでに苗がやられてしまっている状態はもとに戻りません。これはやられたポットにまた新しい苗を挿すしかないと思ったら、腹が立たなくなりました。 カエル君は朝、よくベゴニアの下でうずくまっています。ゼラニウムの下にいることもあります。土を掘って体を半分埋めているときもあります。でもこれらの場所はいまのところこれと言った被害もないので放っています。 最近重点的にやっている作業は通路の柵に咲く朝顔のツル巻きです。放っておくと上にばかり伸びるので、水平方向へ這うように巻き直す作業です。 これらの世話は蚊との闘いでもあります。作業前になるべくツナギに着替え、顔と手首足首以外は出さないよう防備します。それでもブーンブーンとうるさくて、パチンパチン叩きながらの作業になります。闘いは9月まで続きます。
2004年08月01日
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