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=なにかと話題の荒川区=アテネ五輪では北島選手の大活躍で全国にちょっと知られた荒川区。そのとき名誉応援団長の肩書きでアテネ見物に出かけたのが藤沢志光区長。今度は荒川区のトップとナンバー2がアベックで捕まってしまった荒川区。 藤沢区長は10年前くらいに荒川区会議員から都議会議員へと見事ランクアップに成功しました。 それが、前区長が任期満了での引退表明に伴い、都議会議員の実績を引っさげて区長へ立候補し、見事に初当選しました。というより、めぼしい対立候補がいなかった感じでした。 前区長は助役出身で、どちらかといえば実務肌の地味な人でした。以前に荒川国際交流協会のイベントで何度かお会いして、個人的には好感を持っていました。 でも藤沢区長は議員出身で前区長と比べると派手でパフォーマンスのが好きな人だなと感じました。きっと区長の後は国会議員を目指すだろうから、こんなものなんだろうと思っていました。それが、収賄容疑とはねえ。 ちょっと前の6月には高橋祥三助役も逮捕されています。つまり荒川区のトップとナンバー2がアベックで捕まってしまったのです。高橋さんは社会教育課長だったとき国際交流協会の事務局長をやっていました。気さくで感じのいい人だという印象を受けたました。その後、教育長になり、助役になったのです。このままいけば藤沢区長の後をねらえるなと思っていたのですが・・・ いったい私たちの区はどうなってるの?というのがいまの荒川区民の気持ちです。そして北島選手は大変な人に応援されていたものだ、ものすごく迷惑なことになっちゃった、可哀想!という気持ちです。こんなことでどうか北島メンチカツの売上げが落ちませんように。
2004年09月26日
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わが家の朝はパン食です普段は紅茶にトーストですが、これにプラスアルファを付けたいときによく作るのが「簡単スープ」です。調理時間は10分でとても簡単です(以下分量は3人分です)***********************************片手鍋に水を200ccくらい入れ、同時に「味の素固形コンソメを半分」(1つ入れると私には塩辛いから)入れ、細火にかけるありあわせの野菜を刻む今朝はニンジン1/2本、玉ネギ半個、キャベツの葉2~3枚これらを5mm角くらいのサイコロにきざんで鍋に放り込むここで強火にするこの大きさなら早く煮える、5~7分で煮える(この他、私が使う野菜は、あればピーマン、ブロッコリ、セロリ、ジャガイモなど)ここまでが基本コースここから味付け編:ここで味付けを決める(1)ポタージュ系にする場合 煮えたら、さらに牛乳を1カップ加えて煮立つ寸前で火を止める そのときにクノールコーンスープの素を1袋加える ⇒出来上がり(2)ミネステローネっぽくするとき 煮えたら、トマト1個を刻んでここに加えて水を半カップ足す ⇒出来上がり もっとミネステローネにしたらかったら、さらにトマトを1個きざんで入れる または缶詰のトマト水煮を利用するととっても簡単※注意:(1)(2)の両方を一緒にはできない 牛乳とトマトをあわせると、牛乳が分離するからオプション(1)これだけではボリュームが少ないと感じるときはウィンナソーセージを入れる(私の場合は一人1本)そのままでもいいし、5mmの輪切りにしてもいいソーセージが好きなら、これは美味しい組み合わせです牛・豚・鶏の肉を使うよりも効果的ですオプション(2)スープだけでお腹一杯にしたいとき冷凍ごはんをチンしてアツアツにする食べる寸前に、ご飯を鍋に入れて洋風雑炊にするこのときのご飯の量は一人当たり茶碗半分まで入れすぎて残るとふやけてしまい、後では絶対に食べられないからご飯のかわりにウドン、スパゲティでもOKだけどこちらも残したら食べられないのは同じ***********************************というものです今朝はポタージュ系スープにウィンナを入れたものを作りました
2004年09月23日
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=少子化対策はホームドラマから=(後半) どうせやるなら大々的にやろうではないか。まず内閣が首相をトップに置き、官房長官が事務局長になって懸賞金を設け、ホームドラマを公募する。「日本ホームドラマ大賞」として賞金を1億円以上にすれば、世界中から質の良い脚本が応募してくるだろう。テーマから考えて国連事務総長の後援も取りたい。 当選作は世界中の話題になり、ドラマは地球的規模で作製される。世界同時放映も視野にはいってくるだろう。 この「世界公募のドラマ」イベントを内閣府主催で毎年行うのである。この賞はノーベル文学賞に匹敵するかそれ以上のところに位置づけたい。毎年1億円とちょっとの予算が必要である。しかしこれで子供が増えるのであれば、保育園への援助や育児手当を増額するよりもずっと安くつくはずだ。 海外の放送局へは出来上がったドラマを実費分くらいで配布する。それでテレビ効果が出て先進国の出生率が上がれば、他国からは国連の常任理事国になるよりずっと賞賛されるのではないだろうか。 いつのころからかテレビドラマでは普通の家族構成はマンネリだと避けられるようになり、家族構成にひとひねりするのが当たり前になってしまった。その結果、両親と子供で構成される「平凡な家庭の幸せ」というテーマが消えてしまった。 いまではホームドラマは死滅状態にある。もっぱら男女の出会いの面白さとスリリングな展開だけで見せるものばかりになってしまっている。これらはただ見ているだけなら面白いだろうが、あまりに非現実的なのである。見終わったあと、まったく何も残らない。私たちが生活する上でのモデルケースにはならないのである。 このあたりでまた振り出しに戻り、ごく平凡な家族を描いたドラマが復活してもいいのではないか。だれもがとっつきやすいホームドラマ。大きく感動することもないが、ドラマを見た者が結婚を望み、子供を持つことが当たり前のことなのだと思うようになれるドラマの登場をぜひにと願う。 いまではホームドラマは死滅状態にあり、もっぱら男女の出会いの面白さとスリリングな展開だけで見せるドラマばかりになってしまっている。これらはただ見ているだけなら面白いだろうが、あまりに非現実的なのである。見終わったあと、ほとんど何も残らない。私たちが生活する上でのモデルケースにはならないのである。 このあたりでまた振り出しに戻り、ごく平凡な家族を描いたドラマが復活してもいいのではないか。だれもがとっつきやすいホームドラマ。大きく感動することもないが、ドラマを見た者が結婚を望み、子供を持つことが当たり前のことなのだと思うようになれるドラマの登場をぜひにと思う。(了)
2004年09月21日
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=少子化対策はホームドラマから= 我が家にテレビが入ったのは私が小学4年生くらいのころだったと思う。そのころに見て、いまでも鮮明に憶えている番組は「パパは何でも知っている」であり「うちのママは世界一」「パパ大好き」などのアメリカ製ホームドラマだった。日本版ホームドラマは「ちょっときてママ」「七人の孫」「ただいま11人」などがあった。あのころのテレビは他にもいろいろなドラマがあったが、ホームドラマが主流だったように思う。 どのホームドラマにもやさしい父親ときれいな母親がおり、元気な子供たちがいた。テレビの中の家庭がいつしか私たちのモデルになり、理想になっていった。番組の中で繰り広げられる物語は所詮、絵空ごとである。それが分かっていてもドラマを見れば心が温かくなり、気持ちがやわらいだのである。 (私が将来家庭を持つとしたらこんな家庭がいいな)と子供ながらに思った。このとき私は「大人になったら結婚をし、家庭を持つ」ことにまったく疑いを持たなかった。私はいつか結婚するだろう、結婚したら子供を持つだろうと思い続けてきた。やがて結婚しこどもを持った。 子供のときの「自分が将来築きたい家庭」というイメージの要素は、子供のころに親の許で暮らした経験がもっとも大きいだろう。それに次いで、子供のころに見たホームドラマがとても大きく影響していると思う。 あのころテレビでホームドラマ漬けになった者は、それぞれに将来自分が築く家庭を一度ならず想い描いたと思う。その家庭は夫婦2人きりでなく、かならず子供たちのいる家庭だったはずだ。 少子高齢化が叫ばれてから久しい。出生率は毎年どんどん下がっている。政府も学者もいろいろな対策を練っているが、彼らはそれらの対策が有効だと思っているのだろうか。いくら対策を立て、出産を奨励したところで本人たちがその気にならなければ、まったく無駄なのである。仮に出産手当金を倍にし、育児手当をたっぷり支給したとしても最後は当人たちの気持ち次第だ。いくら保育園を充実させようと、独身者が結婚を疎んじ、若いカップルは2人きりの生活を楽しみたいと思ったらなんの効果もない。 少子化対策は、まず若者の内側から改革することをお奨めしたい。若者たちに家族の良さ、育児の楽しさを分かってもらうことから始めたい。それには楽しい家庭生活を具体的に描いて若者の前に示すことである。「楽しい家庭、育児の喜び」をイメージしてもらうことである。楽しいホームドラマを放映して若者を啓蒙するキャンペーンを行うのである。 どうせやるなら大々的にやろうではないか。まず内閣が首相をトップに置き、官房長官が事務局長になって懸賞金を設け、ホームドラマを公募する。「日本ホームドラマ大賞」として賞金を1億円以上にすれば、世界中から質の良い脚本が応募してくるだろう。テーマから考えて国連事務総長の後援も取りたい。当選作は世界中の話題になり、ドラマは地球的規模で作製される。世界同時放映も視野にはいってくるだろう。(つづく)
2004年09月20日
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=ヒヤリ・ハットの「背後」を想う= 交通安全教育や製造現場の安全管理の話の中で、「ハインリッヒの法則」というのを聞くことがあります。「1つの重症事故の背景には同じような29の軽症事故が潜んでいる。そしてさらにその後ろにはヒヤッとしたりハッとしたりする300の障害のない事故が潜んでいる」という法則です。ヒヤッとしたり、ハッとしたりするので通称「ヒヤリ・ハットの法則」と呼ばれています。 1:29:300という数字に注目すると、この法則は見方によっていろいろな解釈ができます。 例えば、私の運転免許の更新を考えます。私の免許更新はいつも3年ごとに行っており、3年間無事故無違反の者がもらえる5年期限のゴールドカードを貰ったためしがありません。いつもあと一歩のところで違反をしています。それもすべて駐車違反です。更新まであと2~3ヶ月というところで駐車違反で捕まります。そしてゴールドカードをふいにしています。 でも本当にたった1回の違反なのか。いえいえ、たまたま捕まったのが1回だけなのであり、実際はあちこちで絶えず駐車違反を繰り返しています。職安や社会保険事務所が不便なところにあるのに、駐車場がないのがいけない。などと言ってみても、違反であることは変わりません。いつも違反をしているから捕まっても仕方ないのです。 私の駐車違反は30回目あたりに大きな事故につながるのか、駐車違反だからと安心していてはいけないわけです。それとも1回捕まるまでに300の違反をしていると解釈するか。とにかく、駐車をすればそのうち半分くらいが違反場所であることは事実です。 三菱自動車のリコール隠しは、その後じつは数十のリコール隠しがあったことが分かりました。ということはその後ろに300の小さな異常があると推測されてしまいます。 北海道警察や神奈川県警の裏金つくり、自民党橋本派の献金隠しも同様に「ハインリッヒの法則で推測していきますと、なにを信用したらいいのかと思ってしまいます。 良いことに視点を変えますと、1つの成功には29の試行錯誤があり、300の努力の積み重ねが必要となる、という解釈ができます。成功とは不断の努力があってはじめて得られるものだという結論になるのですがどうでしょう。
2004年09月18日
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=街は愛車で軽快に(その2)= たったひとつ困っているのは御茶ノ水周辺に自転車屋さんがないこと。今の自転車は自宅近くの自転車屋さんで買って事務所へ持ち込んだものだが、そのとき以来怖れていたことが先日起った。愛車が画鋲を踏んでパンクしてしまったのである。 仕方なくパンク修理セットを買ってきた。タイヤを外してチューブを取り出し、洗面器に水を張り、そこにチューブを入れてアナをさがす。アブクが出たところに修理用ゴムを貼って再びチューブをタイヤに収め、タイヤをはめ込んで修理を終えた。 こうして書くと簡単なようだが、実際はタイヤを外すのとはめるので悪戦苦闘した。それなのに1時間後にはまた空気が抜けてしまった。おまけに、この修理はしゃがんでやるため、しゃがんだままちょっと身体をひねったときカクッときた。忘れていた腰痛が顔を出してしまった。 腰痛と失望感で修理する気力をなくし2~3日放っておいた。でも事務所で自転車を使うことの軽快さを知ってしまうと、自転車が使えないのはとても不便だ。そこで再び修理に挑戦した。ふたたび洗面器に水を汲んでチューブの穴を探したのだが、どこからもアブクは出ない。空気の逆流を防いでいる虫ゴム(というのだそうだ)を取り替えたりその他いろいろやってはみたが、どうやっても1時間後に空気は抜けてしまう。考えられるすべてをやったのにお手上げだった。 しかしどうしても自転車に乗りたい。意を決して荒川区にある自宅近くの自転車屋さんに持ち込むことにした。空気を入れれば30分は走れるので、空気入れを買い物カゴに積み、自宅までの1時間ツアーを挙行した。帰宅ツアーは途中で一度空気を入れ、無事に家までたどりついた。 自転車屋さんに持ち込むと、自転車屋さんはタイヤからチューブを取り出して思い切り空気を入れる。すると見事にアブクが出た。私はアナを探すレベルまでの空気をいれてなかったのだ。「この違いか!」と思った。アナの場所は私が貼った修理用ゴムの縁だった。私の貼った箇所がずれていたのだ。 今回のパンクに端を発して、忘れていた腰痛が出てしまった。痛みが取れるまで1ヶ月もかかった。これを機会に腰痛の原因を徹底的に調べようとMRI撮影をしてもらった。写真には患部がハッキリ写っていた。「これは一生直らない」と医師から宣告された。この宣告以後、それまでいい加減にやったりやらなかったりしていた腰痛体操を真面目にやるようになった。これはパンクから得た収穫である。 パンク修理をおぼえた満足感もある。何度もタイヤを外したりはめたりしたので、取外し・はめ込みのコツが分かり、いまでは手間取らずにできるようになっている。これで今度パンクしても怖くない。ただし腰には気をつけよう。 どうやら秋になった。走ることが気持ち良い時候になりつつある。またあちこちでちいさな驚きと発見ができそうだ。
2004年09月13日
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=街中は愛車で軽快に(その1)= 御茶ノ水の事務所から近場へ出かけるときは、雨が降らないかぎり買い物自転車を愛用している。自分の足でこぎながら進むという道具を気に入っている。 東は浅草の「駒方どじょう」のそばまでお客様を訪問する。南は日本橋高島屋あたりまでフラリフラリと走る。北は根岸にある上野社会保険事務所を訪れる。途中で上野公園の中を通って鶯谷へ抜けるが、このときはじつに気分爽快だ。西へは靖国神社の横を抜けて麹町の労働基準協会まで行ったことがある。坂が多くてちょっとくたびれたが、千鳥が淵あたりや北の丸公園を走ると気持ちが広がる。 自転車での行き先はだいたい決まっており、その目的地にいたるルートはいろいろある。例えば浅草へ行くには、ほぼ北東へ向かうことになる。まず東へ向かって浅草橋経由にするか、または北へ向かって上野経由をとるかの二通りがある。 「お茶の水」-「浅草橋」-「浅草」-「上野」で囲まれた四角形の中は道路がほぼ碁盤の目に走っているから、階段を登る感じで右と左へ交互に曲がる限り、どこを通っても遠回りにはならない。そこで、信号が青なら直進し、赤なら曲がることを繰り返して行くといろいろな道を通ることになる。用事を終えての帰り道は束の間のフリーになるから、まだ走ったことのない道へ入ったりする。するといろいろな発見があってとても楽しいものになる。 浅草からの帰り道には御徒町のアメ横や、ディスカウントストアの多慶屋に立ち寄って日用品の買出しもする。こういうツアーは地理にくわしくなっていくので車で走るときにも役立つ。 でもいいことばかりではない。今夏は猛暑だったので、梅雨が明けた頃からの都会は熱風のコンクリートジャングルとなった。信号で止まればサウナ風呂だ。日焼けもすごい。このため夏にはツバの長いキャップをかぶり、信号で止まるときには懸命に日陰をさがす。 冬は帽子にマフラーと手袋、キルティングのコートという装備で走る。寒いのは嫌いじゃないから、どんなに寒くてもどんどん走っている。でもたまに雪が降った翌日などは、路面がツルツル滑って危ないので、このときだけは自転車をあきらめる。 東京はちょっと広い通りだと歩道を走ることになり、これがじつに走りにくい。それでも電車に乗るよりはずっと軽快で快適だ。 たったひとつ困っているのは御茶ノ水周辺に自転車屋さんがないこと。今の自転車は自宅近くの自転車屋さんで買って事務所へ持ち込んだものだが、そのとき以来怖れていたことが先日起った。愛車が画鋲を踏んでパンクしてしまったのである。(つづく)-----------------------------------------
2004年09月12日
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=人生100年の衝撃=「定年後の人生設計」をメインテーマにしている月刊誌「日経マスターズ」9月号に、こんなタイトルの記事が載っていました。とても興味深いので、以下に抜粋して紹介します。 2040年に平均寿命は男女とも90歳を超す。現在の50代、60代の男性は、約6割が80歳を、2割以上が90歳を超えて生き永らえる。「人生80年」はもう過去のものだ。60歳以降の30年、40年をどう生きるか。今から十分に思い描いておかないと、長い老後に思い悩むことになりかねない。 国立社会保障・人口問題研究所が2003年12月に発表した日本人の平均寿命は、男性が78.32歳で女性が85.23歳。「人生80年」という言葉が現在では当たり前のように使われているが、これからは「人生80年」では短すぎる時代がやってくる。 日本大学人口研究所の試算によると、2020年には男性の平均寿命は86歳、女性は90歳に達し、2040年には男性も90歳になる可能性がある。 この試算では、2000年に60歳だった男性(1940年=昭和15年生まれ、現在64歳)のうち、61%が80歳を超え、22%が90歳を超えて生きるという結果となった。さすがに100歳過ぎまで生きる人は約2%に過ぎないが、その人数は約2万人にも上る。1940年生まれの人だけで、現在の100歳以上の全人口とほぼ同じ人数になる。 2000年に50歳だった男性(1950年=昭和25年生まれ、現在54歳)も同様で、59%が80歳を超え、22%が90歳を超えて生きる。<「人生80年」では短すぎる、「第三の人生」まで考えておくべき> だが「人生90年」「人生100年」を前提にすると、たとえ70歳まで働いたとしても、その後の人生は20~30年にもなる。60歳で働くのをやめれば、余生はなおさら長い。 日大の小川教授は「団塊の世代の場合は100歳まで生きる人が大量に出てくるでしょう。そのことを知っているか知らないかでは、長生きしたときに大な違いが出る」という。 今後も多くの人が60歳や65歳で仕事をやめると考えると、社会が負担に耐え切れなくなる可能性も高い。日大人口研究所の推計では、2025年に65歳以上の高齢者人口は全体の31.5%に達する。 こうした試算を踏まえ、小川教授は「これからの高齢者は教育水準も高く、ビジネスでの経験も豊富な人が増える。高齢者をマイナス資産ではなく、有効活用すべきプラス資産とみるべきだ」という。 55歳定年だったころ、50歳で独立起業し、79歳まで経営に携わった千田さんは80歳を超えて「何もすることがない」と悩む。そしてこう助言する。「人生80年の計画では短すぎます。定年後の生活は定年前から準備することが大切ですが、たいていの人が80歳ごろまでしか想定していない。けれど80歳までを第二の人生、80歳以降を第三の人生とし、第三の人生まで考えておくべきなのでしょう。」
2004年09月08日
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=カレーヤキソバを試す= スーパーへ買出しに行きました。そこで「マルちゃん・カレーヤキソバ」の新発売?キャンペーンをやっていました。(カレーヤキソバ?・・・うん、いけそうだ)早速一袋を買い物カゴへ入れました。 家で早速作ってみました。作り方はいつもと同じで、先に中華鍋へ具を入れて炒め、次にソバをほぐして入れ、最後に粉末カレーソースをまぶし、混ぜ合わせてて出来上がり。 それで味はどうだったか? そうですね、★三つが満点の[★1つ半] いままでのソース味は、明星、しまだや、日清食品、すべて特別に美味しいとも、まずいこともない、標準的おいしさと思っていました。(そういえばマルちゃんのソースヤキソバってあったっけ?)これがカレー味に代わったわけです。 麺のカレー南蛮とかカレーパンなど、カレーそのものを使う料理はカレーライスでなくてもそれなりに美味しいです。でもカレー味をカレー以外の食べ物に付けようとするとかなり難しいです。 たとえばオムライスの中身のケチャップライスをカレーピラフで出す店がありますが、私はおいしいとは思いません。オムライスはやっぱりケチャップライスでないと味がもの足りないと思います。 このカレーピラフ自体ものすごくむずかしい。私は何度か挑戦しましたが、具を入れた炒めご飯を塩・コショウとカレーパウダーだけで味付けすると、うまみが出ません。それで結局ケチャップを加えて誤魔化してしまいます。どうやったらケチャップで誤魔化さずにうまみを出せるか、それが問題です。 横道にそれますと、カレーケチャップ味はいけます。ドイツではカレーケチャップというひとつの製品としてクラフトから売り出されているくらいカレーケチャップは認知されています。 カレーライスはなぜおいしいか、既製品のカレールウの中にすでにいろいろな調味料が入っていることもありますが、カレーを作るときにはいろいろな具を入れることで、それぞれの具からの旨味やコクが出て、これらがカレーをおいしくしているからです。 つまりカレー味はケチャップ+カレーパウダーでなら使えますが、カレーパウダーだけでだけで美味しくつくるのはとてもむずかしいのです。 今回のマルちゃんカレーヤキソバはカレーパウダーと塩・胡椒を入れただけ、という感じです。これだけではもの足りないから、マルちゃんはまだまだ味を工夫する必要があると思います。
2004年09月06日
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=それでもQB(クイック・バーバー)に行ってみませんか= 東京にはQBという1000円でカットだけという散髪チェーンがあります。私は月に一度通っています。この店のキャッチ「コピーは「10分間、1000円の身だしなみ」だったかな?剃刀はいっさい使わず、バリカンと鋏とクシだけで髪をカットするので、理髪というより散髪という方がぴったりします。 去年だったと思いますが、理髪業界の常識を破って新分野を拓いたというこで、経済界から表彰されました。 一歩店に入ると、理髪店にデーンとあるはずの散髪台がありません。質素な椅子が並んでいます。踏み台に乗ってからデーンと腰を下ろすのではなく、床に並んでいる椅子にちょこんと座る感じです。座り心地は決して良くありません。 料金の1000円は現金で支払うのではなく、まず1000円札を発券機に入れて調髪カードを買います。この発券機は1000円札しか受け入れませんが、1000円札を持ってない場合でも店内では両替をしません。初めての場合1000円札がないととても困ります。 椅子の前にある鏡は幅が狭くて自分の姿しか映りません。その上椅子はお鮨を斜めに並べたように並んでいるので、慣れないとなんとも奇妙な心地です。 常識を破って新分野を開拓するというのはこういうことなのか、というひとつの答えなのでしょうか。 普通の理髪店に通っていたころ、洗髪のときは(もっとゴシゴシ洗ってよ)と思い、顔剃りではいつも(肌を切られないか)という恐怖感を持ち、ドライヤーを使っての整髪は(どうせこちらの思うようには整えてくれない)という思いからいつも断っていました。これらの不満が重なり、以前から理髪は洗髪も顔剃りもセットもいらない、カットだけでいいと思っていました。 QB最大の魅力はなんといっても料金の安さです。加えてカット時間10分という速さです。料金の安さはカットだけに加えて、これ以上はないという簡素な散髪椅子と鏡、まさにこれは既成理髪店に対する価格破壊とシステム革命です。 その上QBは理髪店にはない新兵器を持っています。それは「バキューム髪片掃除機」。散髪が終わると電気掃除機の吸い込み口で頭部から首にかけてなでまわしてくれます。最初はびっくりしましたが、おかげで散髪後のチクチクがなくなりました。 私が乗り降りする町屋駅の前にあるQBはいつのぞいても子供から大人まで順番を待つ人がたくさん並んで座っています。女性客も並んでいていつも混んでいます。そこで私は事務所近くの淡路町にあるQBに通っています。ここは大通りからちょっと引っ込んだところにあるので客が少ないのです。いちおうビジネス街なので土曜はガラガラになります。店にとってヒマになるのは困ることでしょうが、私はいつも待つことなく10分で終わるので助かっています。 でも困ることも2~3あります。店員が固定でないこと。腕のいい人や私の好みに仕上げてくれる人に出遭っても、数ヶ月後には代わってしまうことが多いのです。そういうローテーション・システムなのでしょう。たまに明らかな新人に当たってしまうこともあります。でもこの安さなのだから仕方のないことでしょう。 もうひとつは、FM放送をガンガンかけていること。理髪店もガンガンではないけれど、野球中継を聞いていたりしますが、これは仕方ないと思っていました。でもこのFMの音はほんとにうるさい。これがなければいいのにと思いますが、これがないと逆にひっそりしてしまうのかな? こんなところですが、まだQBを利用したことのない方、新分野開拓の成功例を見学するつもりでご利用なさるのも悪くないと思います。まだ発展途上のいまが旬です。万が一、気に入らない頭にされたとしても、2週間もたてば修正可能になりますから。「1000円で新業態見学を!」
2004年09月04日
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=極秘書類の行方= 私は社会保険労務士です。仕事の1つに助成金の代行申請があります。今回は、助成金の申請に際して思うことを述べます。(以下、文体を「である」調に変えます) 雇用保険関連の助成金の申請をする際に、受付窓口となる厚生労働省の外郭団体から、添付書類として半年分の総勘定元帳や仕入・支払伝票、預金通帳などのコピーを求められる助成金がある。 法人は3期分の決算報告書を求められる。個人事業の場合は決算報告書の代わりに税金の確定申告書が求められる。 本来どれも出したくないものばかりだ。その上、この書類を用意すると、たいてい1cm前後の厚さになるという代物だ。 これらの書類が必要であることを申請者に説明すると、けっして嬉しい顔はされない。何故?と問われる。申請者が確かに事業をやっていることを見るのだと思います。どうして?という質問が続く。事業実体のない企業が申請していないかどうかを確認するのだと思います。 でも本当にこんなにたくさんの書類が必要なのだろうか、本当にチェックしているのだろうか。税務監査と同じく、書類の一部をサッと見て、おかしくなければすべて良しとするのではないだろうか。しかしそのために全書類をコピーしろというのは、あまりに非効率である。 申請が2回に分かれる時は、同じ書類を再び添付するようにと要求される。これは、受付側が前回提出した書類をさがすのが面倒だから、としか考えられない。 最も気になるのは、用済となった書類をどう処理しているか、ということだ。1cm厚の書類をすべてシュレッダーにかけるとは到底信じられない。本当にどうしているのだろう。 これは極秘書類の返還請求をすべきだという結論に達した。そして申請に際して返還嘆願書を付け加えた。口頭での申入れだと審査部門や上層部にまで伝わらないだろうと判断し、書面での嘆願にした。 受付担当に手渡そうとすると「受理した書類は返却しないのが原則で、前例がない」と言って嘆願書を受け取ろうとしない。あくまで「お願い」だけだから審査へ渡してくださいと強引に嘆願書を押し付けた。受付担当は責任とれませんよと念を押し、しぶしぶ受け取った。 これで書類が返還されるとは思わない。嘆願書はまず握りつぶされるだろう。だがいまの段階では書類返還嘆願書を提出し、嘆願の実績を作ることが第一だ。厚生労働省側の、気軽に極秘書類を要求してくる感覚に対して、少しでもクギを刺せればいい。そして最終的には書類返還を実現させたい。 年初来、厚生労働省傘下の社会保険庁に対して、マスコミの追求の結果、国民の厳しい視線が注がれている。社会保険事務所の窓口が昼休中も書類を受付けるようになったのは、こうしたマスコミと世間の厳しい批判の結果である。 いま雇用保険関連外郭団体のこうした怠慢に、私たちが積極的に変革の風を送らなくてはならない。皆が声をそろえて書類を返せ!と叫び続けることだ。 だが私たちの声量には限界がある。ここでもマスコミを巻き込んで叫ぶことができれば、より一層の効果が出ると思うのだが・・・
2004年09月01日
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