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ありがとうございます。お世話になりました。本当に感謝しています。本当に助かりました。この言葉を今日何度、何人の人の前で言い、笑顔で頭を下げたことだろう。そんな私の涙ぐましい(大袈裟な!)努力など、知ったこっちゃない人の施設 ⇒ 新施設 への引き渡しで、朝からテンション高く駆け回る。夏に入所したリハビリ施設での生活も、気づけば契約の3か月を迎え、今後の彼女の暮らしを、どういう方向に進めればいいかばかり結局1か月以上も前から、夫婦で専門家の意見やアドバイスを聞きながら何度も何度も話し合い、悩み、そしてまた話し、時には施設の見学にも行きこれでも『姑にとって何が一番幸せか?』を、自分たちの幸せになる方法と同じくらい真剣に考えてきたつもり。そして導き出した私達夫婦の答えは、『新しい施設に入所してもらう』という選択だった。そして無理かも?と思っていたところに、好い報せが届き、私達の思ってた以上のスピードで新しい展開へと時が流れて・・・・・・今までお世話になった所も、近いしとても安心できるサービスで名残惜しさもあるけれど、既にもう本人に慣れや甘えが出てきており、リハビリを怠けようとしたり、努力しないで人を使う悪い癖が始まったりで、担当者も手を焼き始めていたところだった。これでは延長して暮らし続けても、誰にとってもよろしくない。そんなことも転所を本気で考える決め手となり、進む道がわかればもう真っ直ぐに行くだけ、って感じで。お世話になったスタッフ、入居仲間の顔なじみのご婦人達・・・皆に別れの挨拶をするために彼女に同行し、ふと気づいたのだが。頭を下げるのは私ばかりで、前に立つ彼女は片手で杖をつきまるでどこかの国の女王にでもなったかのように、辺りを見まわし突っ立っている。一番お気に入りの介護士さんには、ニヤリと笑い何かを言ってはいたけど意味不明できっと本人も何が言いたいのか、わからないまま勢いで喋ってる。だからハグしてその場を収める介護士さん。グッジョブ。最後の最後まで彼女は、一度も『ありがとう』や『お世話になりました』を言わないで済ませた。全部嫁の私が隣で、コメツキバッタと化してても。そんな彼女だから、次の施設へ向かう車中でも、到着後入所手続きを待つ間も私を一言も労うことなく(どうでもいい事は口にするのに)、ぬぼーーっとしたマヌケ顔でお飾りみたいに座ってる。しかも手続きが真面目に行われる間ずっと、目を閉じて寝てしまってるし(呆)。最初の施設に入ってからリハビリの甲斐もあり、表情も言葉も随分出るようになった。家で私達を相手に八つ当たりしたり、下町のお爺さんみたいにおどけたり、そういう威勢のよさはなくなってしまったけど、それでもそこそこ安定して見えてた。だけど彼女のアレは、変わらない。この人、いつ、どんな時も、人に対して感謝や謝罪の言葉を口にしない。前に口論になった時、そして施設に入る直前にも「家族はともかくせめて他人の為に必死に良くなるようにと頑張ってお世話してくれる人達には、言葉で思いを伝えて。その一言に救われるんだ」、と忠告したのに、どうも身に付かない。そりゃそうだ。これは彼女が認知症初期だとか、そういう問題じゃない。だって私は、もっと酷い認知のお婆さんが、拝みながら感謝してるのを間近で見たりしたことがあるから。だからこれは、人柄・人格の問題。子供の頃からいかに周りに気を配り、周りがあっての自分だということをわかったうえで、生きてきたかどうか。それが全て、だと思う。自分の命を預け、大事に3か月、仕事とはいえ懸命に尽くしてくれた人達に『ありがとう』の一言も言えない人の、家族であることがかなり恥ずかしい。今年春、足の手術後のリハビリまでの3か月お世話になった病院での最後の日でも味わった恥ずかしさが、また今日蘇ってきた。新しい施設も、担当の方々どなたも愛情の深いプロフェッショナルで、彼女のような世間知らずで躾のなっていない人を、世話してもらうのは心苦しいけれど・・・せっかくの好いご縁を、無駄にすることのないよう、今度こそ彼女には目を覚ましてもらって、慈悲深い人人の愛に包まれて、感謝する心を育ててほしい。今さらムリだとわかってる。それでも、おそらく終の棲家となるこの場所で、「人はひとりでは生きていけない。皆があってこその自分」と、最後の最期でいい、いつか必ず気づいてほしい。★ ★ ★ ★ ★今日のひとこと。「今年選んだボジョレーは大当たり。当日味覚障害起こしてるし」
2016.11.21
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昨日までの寒さが嘘のように、穏やかで暖かい一日。リビングいっぱいに降り注ぐ陽射しのおかげで、暖房に頼らず過ごせるのがいい。この時間まさに夕暮れを迎え、期間限定で今、右手の奥まで空が見渡せるから一気に強まるオレンジの光に照らされながら、陽だまりの猫の気分を満喫中。朝からダンナが出かけているので、久しぶりにマイワールドに浸る。お気に入りのコスパ最高コーヒーの香りを相棒に、PRINCEのアルバム二枚(『THE VAULT』『HIT&RUN phase two』)を立て続けにやや大きめのボリュームで。行楽日和だからか、今日はなんだか外もマンション内も実に静かだ。数日前から体調が急に下降気味なのだが、精神的に安定してるのか音がやけに素直に耳に入ってくる。買って何度か聴いたけれど、家事の合間にさらっと聴いてしまっておりふたつの作品の奥深さに、今さらながら驚いている。彼が急逝してから早7か月。いまだにあのPRINCEが、まさかあの素晴らしくチャーミングな天才がこの世界のどこにも居ないのだということが、信じられない。ペイズリーパークに籠って音作りに没頭してるか、どこかの国でライブをしてるんじゃないかと、気楽に思っていたい。けど彼はもう、この世に居ない。彼の音楽はこんなにも、間近で息づかいを感じられる程、熱く強く脈打っているのに。米国の大統領選が、とんでもない結果になり、多くの若者が街で声をあげ、時に暴れ、もがいてる。人種の差別や争いも、インコみたいなおじさんの一声にのせられ一層闇を増している。そんな母国の悲しい現実を見たらきっと、彼はひどく悲しみながら強くて優しい歌をたくさん生み出していただろう。彼が生きていたら、どんな想いが聴けただろう・・・そんなことを、「Baltimore」を聴きながらぼんやり考え日が暮れる。★ ★ ★ ★ ★今日のひとこと。「明日はスーパームーン。」
2016.11.13
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自宅でのケアマネ&現施設責任者との担当者会議をしてから、間もなく1か月。今度は夫婦そろって施設に来てほしいと言われ、ふたりして深夜まで仕事した翌日の、疲れた体を奮い立たせ、彼女の居るリハビリ施設へ。ダンナや義弟は、わざわざ少しの時間を見つけては、せっせせっせと通い続けてる。そんな生活も間もなく3か月。私は姑を入所させる時に本人に付き添い、引き渡しに行ったあの日から一度も面会に行っていないから、この日が約3か月ぶりの再会。ちなみに、実父の介護の件で姑に腹を立てて以来、距離を置いて近づこうとしない義妹は介護にノータッチ。私だって義妹とほぼ同じような理由で、姑に腹が立って仕方ないが、これでも一応長男の嫁なので・・・気が進まないけど、今後の彼女の進路(家で暮らすか施設で暮らすか)を確認する大事な面談の為、言いたいことはもう一度言っておかなくては!と心に決めて。この前の自宅面談では、自分の口からあんなにも滑らかに次々と(彼女との同居がどれだけ困難かをこれまでの苦労話を例に挙げ)喋りまくるなんて考えてもいなかったけど、それだけ私も本当に専門の人達に解ってほしかったんだと思う。専門の人に聞いて貰って、私の感じた事が、私が、間違っているのかそうじゃないのか正しくジャッジしてほしい気持ちはあった。喋りすぎたけど、きちんと伝わってたようだ。それは今回会って話してみて、実感した。けれど・・・・・・向うは施設でリハビリをして自宅で暮らせるように戻す、というのが本来の仕事だから私達がこうして頑なに「(この手を付けられないトラブルメーカーと)もう家で共に暮らせない。介護を何度も献身的にしてきたが、もう自信も体力も気力もない。それに家では寝たきり廃人みたいに何もしなくなるのを見ると、施設で活き活き暮らす方が人間らしく幸せそう」と繰り返し訴えているが、理解を示しつつもやはり「次の施設に入るまでの間、自宅で面倒をみるというプランはないのか?」と、懲りずに何度も聞いてくる。それが一番いいのは、私だって鬼じゃないし彼女にそれなりの情はあるからよく解る。でもそんな事も既に夫婦の間で何度も何度も時には、夫婦の危機さえ感じる勢いで繰り返し悩み考え、ようやく辿り着いた答えが彼女を施設に入れて、人らしく余生を過ごしてもらうという願いなのに、どうもまるで私達が単に楽をしたいからなんじゃないかと疑われているような気分になってしまう。いや、もちろん向こうもそんな意地悪を言ってるんじゃなく、彼等の言い分は「老人ホームに入ってしまうともう・・・」と、後はもうそこで息絶えるまで静かに淡々と過ごしていくだけ・・・という事を心配してくれているのだ。それもよく解ってる。でも受け入れてくれると前向きに私達の話に耳を傾けてくれたホームの担当者は、そんなマイナスな考えではなかったし、実際に見学に行って見たスタッフや老人達はみな、とても活き活きしてたし穏やかな時間を楽しんでいる風に見えた。だからこそ余計に、この環境なら!と心に決めたのだ。だってココにもし縁があり無事入れたら、私達と暮らしているよりも絶対に本人には刺激があるはず。別に私達も邪魔だから彼女を追い出そうとしているわけではなく、彼女の暮らしそして私達の暮らし両方がうまくいく方法を精一杯考えた結果、この結論に辿り着いたのだ。そんな思いを熱く、またダンナの喋る暇もない程、私が語りまくってしまい、向こうのふたりには「ヒステリックで気難しい嫁だな」と、内心嫌がられたかもしれないが、そんな事はどうでもいい。本当に色々今まであれこれ夫婦で手を尽くし、散々彼女に遣えてきたけど限界だから、プロに助けてほしい、家族を幸せに導いてほしい、ただそれだけなのだ。「施設に入れた後、自分を責めたりしないでください」みたいな事を、リハビリ担当者は言った。そりゃ全然そんな気持ちがないと言ったら嘘になる。私にだって心はあるから、家でまだ暮らせる力があるかもしれない姑を、施設に入れる事に抵抗がないわけではない。ただ、彼女の場合は厄介だ。家族がそろって暮らしていても、全然幸せになれない空気を平気で撒き散らし、私達をヘトヘトになるまで、心が擦り減るまで、どんどんじゃんじゃん振り回す。それで一体誰が幸せになると?もういい加減、彼女に遣える家政婦みたいな暮らしはやめたい。私は私の、ダンナはダンナの、それぞれの人生を諦めないで過ごしたい。それがきっと、姑にとっても好い結果に繋がると思うから。今の施設の人達の心配やアドバイスはありがたいけど、彼女の犠牲になるのはもう終わりにしたいから・・・私達は絶対にもう後悔しない。そう思って、前を向き、正しいと思う方に進んでいく。★ ★ ★ ★ ★今日のひとこと。「Dフジオカと博多大吉が似てる!と思ったらもうそうにしか見えない。」
2016.11.09
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