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夏休みの釣り計画を練ろうと、釣友Sちゃんと後輩S君とで作戦会議を開く。 意見の分かれ目は、宿泊地周辺が「自然に囲まれている」(Sちゃん)か、「場末の飲食店がある」(僕)かである。ただ、Sちゃんは聞く耳を持たない。 一方、目的地は、概ね新潟方面に的をしぼっている。この時期に、宿泊施設の予約はきびしいので、「地震の被災地支援というスローガンでどうよ?」という議案が上程される。こちらの方は、意見も分かれずに満場一致で採択された。Sちゃんも珍しく、聞く耳を持ってくれた。 3人でしこたま飲んで、店を出る。店の前の小路に、女性数人が僕らを待ち構えていた。 異国から、遥々来日した面々である。とりあえず、日ごろの労をねぎらい「ご苦労様です」とあいさつ。しかしながら、僕らはみんな夜の異国情緒に趣を感じないタチ。直ちに小路を通り過ぎようとすると、背後から、複雑にアレンジされた日本語が追いかけてきた。 「オニサン、シャシンダメヨ。ミセデトルハOKヨ。オニサン、キイテルカ?」 僕らは全員Sちゃんに変身。聞く耳を持たなかった。
2007.07.31
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週末の「信州プロレス」のリングでデビュー試合をすることになった後輩K君は、今日も道場に行って選手にもまれている。試合の流れを覚えるために、練習風景をビデオ撮影して研究する熱の入れようだ。試合ばかりでなく、会場の盛り上げにも気を遣っている。 「かっちゃんさん、花束嬢の準備は大丈夫っすか?」 「もう3人決めてあるから心配いらないぞ。で、花束も生花じゃつまらないから、造花にしようと思っている」 「造花っすか!」 「そう。葬儀屋さんの菊の造花。花束のラッピングよりも新聞紙で包んだ方が受けると思うんだよね」 なんて準備も進んでいる。たった10分間の試合なのに、K君は一生一度の晴れの舞台に向けてラストスパートをかけている。おかげで、本業のクリーニング店にも影響が出始め、店に帰ると洗濯物が小高い山となって待ち構えているらしい。K君は、プロレスラーと洗濯物の山にもまれながら、人生に新たな1ページを刻もうとしているのだ。 「あとはリングネームですね。かっちゃんさん、そろそろ考えてくれないと困りますよ。あっ、それとコスチューム。観客の心をキャッチするには欠かせないツールですから」 わかっている。もうちょっと考えさせてくれ。それにしても世話の焼けるヤツだ。 居酒屋Sでの作戦会議で、こんなツマミを食べた。 「焼き枝豆」である。女将に「かっちゃん、これ初めての味だと思うよ!」と出されたお勧め品である。焼かれた殻を破って飛び出す枝豆は、ホクホク感が強くて風味も楽しめる。枝豆って茹でるものだとばかり思っていたけど、こんな食べ方もあるんだな。 で、この際、プロレスラーK君の世話も、きちんと焼いてやろうと決める。「焼き枝豆」のように既成の殻を破るのだ。ホクホク感のある試合を目指すのだ。
2007.07.30
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AM5時半に、後輩S君の電話で起こされる。寝ぼけたアタマで、今朝4時半に集合との約束を思い出す。寝坊常習犯は、「今から自宅を出ます」と慌てている。僕はほどなく、自分が寝坊したことに気がついた。 今日は、昨日の鮎釣りと趣を変え、後輩S君と大ヤマメを釣りに行く計画だった。が、予定より1時間程度の遅れは、僕の寝坊を考慮して、この際不問に処すことにしよう。 川に到着。ほどなくS君が「来ましたー!」。水面下をあちこちに走られ、何度も手中に収めそこないながらも、ようやくキャッチして「やったー!」。おお、33cm。よく釣った。 僕はと言うと、20cm前後が釣れるだけ。少し上流へ移動して重いアタリ。おお、30cm。 今日は、限られた時間の中で、色々な場所に移動した。こんな所も歩いた。 映画「スタンド・バイ・ミー」のような鉄路をゆく。後輩S君が怪しい英語で「スタンバイミィー」と歌っている。寝坊常習犯の僕らは時間には追われても、電車に追われることはなかった。
2007.07.29
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今年3回目の鮎釣りは、いつも通り後輩S君の朝寝坊から始まる。で、釣り始めても鮎が掛からない。鮎まで朝寝坊している。 2時間やって2匹。「さて、もう帰ろうか」と思い始めたら、ポツポツ釣れ始めた。 「さて、生ビールでも飲みに行こう」と昼前に終了。実に淡白な鮎釣りだ。後輩S君は、「いやあ、かなり釣れましたよ。始めて師匠に勝ったかも」とか言ってはしゃいでいる。 数えてみよう。 「1、2、3...」 「どうっすか?いっぱい釣れたでしょ!」 「...12、13匹だ。頑張ったな!じゃあ、僕のを数えてみよう!」 「1、2、3...あれ?僕より師匠の方が多いかも?」 「まさか弟子に負けるわけにはいかないだろう。ウッシッシ」 「...8、9、10、9、8...」 「ちゃんと数えろよ!」ってことで、師匠16匹。危ない、危ない。負けるかと思った。 釣れた鮎を、そば屋T庵に持っていく。この店には井戸があって、イケスになっている。冷たい井戸水を若旦那のT君に入れてもらい、僕らが釣った鮎は元気良く泳ぎ始めた。釣った魚を水族館で見ているようで、うれしい。 T君が、「さっそくお店のお客さんに出します」という。で、僕らも焼いてもらった。釣ったばかりの鮎は実に美味しい。鮎に井戸水。僕に生ビールだ。 さて、このT庵のイケスは、本日より僕らが自由に使えるようになった。鮎釣りシーズンに重宝するぞ。
2007.07.28
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浅間山の登山口・Y君の宿に、昼間ふらっと出かけてきた。蒸し暑い下界と違い、標高1400mの山麓に吹く風は別世界の匂いがする。 Y君の奥さんに、マスタケを料理してもらった。Y君によると、マスのような色をしているところからこの名が付いたらしい。とても山のものとは思えない生き物の色を放っている。これを、フライにして食べさせてもらった。 キノコの断面は、本物の魚のような肉の層と色。食べてみると、これまたサケのフライを思わせる食感だ。後からフワッとキノコの香りがする。魔法にかけられたような、生まれて初めての味だった。 で、昼食はキノコと山菜づくし。夏でも鍋が食べられるのは、山の特権だ。 鍋にはタマゴダケが入っているが、ほかのキノコと繊細で複雑な出汁を作り出していて、バツグンの美味しさを与えてくれる。化学調味料では再現できないキノコの魔法だ。 今年は、今のところキノコの生育状況は良好とのこと。色々な魔法が楽しめるぞ。
2007.07.27
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信州でこの5月に旗揚げしたばかりのプロレス団体「信州プロレス」は、社会人が「プロレスごっこ」をする団体。「仕事の都合により、出場できない選手もいます」という熱の入れようで、安全第一、ガチンコ厳禁という正統派エンターテイメントを目指している。その注目の団体が、僕の住むまちで興行を行うことになった。 で、信州プロレス側から「できれば、地元の人を試合に出したらどうでしょう?」との無謀な打診があった。「その方が盛り上がる」という。「じゃ、後輩K君やってみたら?」と冗談で推挙したところ、なんとそれが実現することになってしまった。K君は、「マジッすか?僕でいいんすか?」と遠慮していたように見えたが、そのうち「かっちゃんさん、僕のリングコスチューム考えてください」なんてすっかりその気になってしまった。K君の試合の打ち合わせを兼ねて、信州プロレスの道場に見学に行く。 オーナーのグレート無茶選手が言うには、「いやあ、Kさんはいいキャラしてますよ」と褒めてくれるが、団体の選手に混じってリング上で柔軟体操をしているK君は、どう見ても小学生だ。受身の練習をする度に、K君は苦痛でゆがんだ顔を僕に向け、「マジできついっす」と打ち明けている。 興行当日、K君はタッグマッチに出場することになっている。出場選手4人で、入念な打ち合わせに入る。あまり具体的なところまでは発表できないが、K君はリング上で逃げたり、相手選手にちょっかいを出したりした末に、美味しい所を持っていく役になる、はずである。 練習中のK君の様子をカメラに収めてみた。覆面レスラーの下で「ふんぎゃー」と悲鳴を上げているのが、後輩K君である。 こんなんで、大丈夫だろうか。当の本人は、「リングネームとコスチュームがポイントっすね」と、スポットライトに照らされた自らの雄姿だけを思い描いている。
2007.07.26
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アメリカから輸入された食用ガエルは、この辺ではウシガエルと称されている。ウシ並みに「モー、モー」と鳴く。身体もウシ並みに大きい。ヘビとかザリガニなんかも食べちゃうらしい。それを食用にする人間の貪欲さが、「ウシガエル」の呼称に込められている。 同年G君と後輩S君の3人で、居酒屋Hに行く。薬用ニンジンとかタニシ、スズメなどが並ぶこの店に、「カエル」のメニューは当然ある。S君はカエルを食べたことがないという。 「じゃあ、カエル食べよう。結構美味いぜ」 「えっ?どうやってカエル食べるんすか?」 「刺身」 「うわぁ、そりゃ無理っすわ」 からかいついでに、店員さんに「カエルの刺身ちょうだい」とG君が注文。店員さんは、「刺身はちょっと...」と驚いていた。カエルはこうやって調理される。 鶏肉のような食感。臭みは塩コショウで完全に消されている。 で、S君どうよ? 「んっ!モー最高っすわ」と、S君はウシ並みに反すうしていた。
2007.07.25
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そば芽は、そばの実を水栽培で育てて、2週間ほどで収穫する。そばの実がなるずっと前に収穫してしまうけど、ルチンとかビタミンC、ミネラル分が豊富で、血圧を下げたりする効果があるのだ。栄養価だけではなく、味だっていい。お爺さんたちに囲まれた宴会で、このそば芽のお浸しが先付けとして出された。 シャキシャキした歯応えが楽しめる。が、そば芽の上に乗っている大量の物体が、数秒後に僕をのた打ち回らせた。ワサビだった。せっかく血圧を下げる効果に優れたそば芽なのに、一気に血圧が上がる思いがした。 同席したG君と、宴会場の目の前にある居酒屋に逃げ込む。ワサビの辛味を抑制するためには、大量の日本酒が必要だ。 ひとしきり飲み上げて、店を出る。ふと、店の扉に視線を感じる。この居酒屋の看板娘Yちゃんの子どもだった。 手を振って僕を見送ってくれている。おかげさまで溜飲と血圧が下がる。
2007.07.24
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東京・南青山は、2時間前に出発した信州よりも気温で10度、不快指数で20パーセントは高く感じる。後輩S君を従え、表参道駅に立つ。とあるイベント関係者になってしまったため、遙々こんな所まで来てしまったのだ。打ち合わせをする事務所にたどり着くまでの10分間、僕らは全身汗だくになってしまった。まるで、「実は僕たち、田舎から出てきました」とPRしていたようなものだ。 とっとと用事を済ませ、一路上野駅に向かう。10数年ぶりに、かつての仕事仲間Kちゃんと飲むためだ。Kちゃんは、多少の年輪を表情に浮かべてはいたが、思い出の黄色い三日月型タンバリンを持参して、「チャカチャカッ」と再会の喜びを表現してくれた。●登場人物紹介・Kちゃん 僕より1つ年下。茨城県在住。趣味はタンバリンとカラオケ。甲斐バンドが好きで、ここ最近は毎年E・YAZAWAの武道館ライブに足しげく通っているらしい。僕と仕事をいっしょにした後、アパレル会社に8カ月勤務し、現在は新宿の出版会社の片隅で「給料が少ない」とボヤいている。結婚する前から、すでに父親になっていた。DNA主導型だが、「そのうち後悔」型。4年前に死んだという愛犬コボちゃんの写真を持ち歩く。 上野の居酒屋で1時間ほど過ごし、一路浅草へ向かう。神谷バーで「電気ブラン」を飲むためである。戦後間もない酒不足の頃、ワインやブランデーをミックスしたこのチャンポンアルコールは、電気のようにのど元を駆け落ちて行く。大学生の頃から入り浸った店なので、僕にとっては「思い出の味」なのだ。 そんなところに、かつての同僚Sさんから電話が入り、これまた10数年ぶりに再会。もんじゃ焼きを食べに行く。●登場人物紹介・Sさん 僕よりずいぶん年上。東京の下町・荒川区出身だが、今ではマンションを購入して埼玉県川口市に移り住んでいる。学生時代は関西にいたので、江戸っ子のくせに頼んでもいない関西弁を振舞う。長年、音楽業界にいるが、「この前なぁ、仕事で初めてイターリア行ってきたでぇ」と自慢している。奥さんは、かつて僕が加入した保険会社の外交員だった。彼は、保険に加入せずに奥さんを口説き落とした。趣味のギターよりも口の方がうまい。 新幹線の終電まで、4時間飲み続ける。店を出てからというもの、Kちゃんはタンバリンを打ち鳴らしながら道行く女性に近づいたが、ことごとく無視される。駅構内でも「かっちゃん、またね!」とタンバリンを大音響で打ち鳴らし、しばしの別れを「チャカチャカチャカッ」と惜しんでくれた。後輩S君も僕も、とても恥ずかしかった。
2007.07.23
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生まれてこのかた、生きたウナギに触れた人って、どの位の割合でいるんだろう?僕でさえ触れたのは大人になってからだったし、信州には天然ウナギがいないから、一生触れない人だっているはずだ。 僕の住む町内の役員さんから、「子どもが面白がるイベント、何かないですか?」と聞かれた時、僕はすかさず「ウナギのつかみ取り」と答えた。そんな無責任な提案が通り、町内の子どもを対象にした「ウナギつかみ取り大会」が、ここ数年続いている。 今日はそのイベント当日。会場は町内を流れる川だ。普段、この川には子どもの姿はない。ふるさとの川で遊ぶ経験も、このウナギたちが誘導してくれる。 で、僕はウナギを放流する係。川に入った子どもに向かって「じゃあ、ウナギを放すよ!」と呼びかける。子どもが一斉にウナギをつかみにかかる。親も熱狂し、「今夜のおかず」の居場所を大声で指示している。 ウナギはそう易々とは捕まらない。僕は、それでいいと思っている。ヌルッとした感触に出会うだけで、このイベントは50%成功しているのだ。 このイベントのもう一つのポイントは、子どもの見ている前でウナギをさばくことである。ウナギの卸業をしている後輩T君が、それを担当してくれる。僕が子どもの頃は、命を絶たれる生物を見ると、みんな目に手をあてて怖がった。でも、今の子どもたちは、それを直視する経験が少ないらしい。案の定、興味深々で覗きこんでいる。成功、成功。 生き物は尊い。ウナギも尊い。いっしょに遊んで、命をもらって、美味しく食べる。料理屋でできあがった蒲焼に、この経過は体験できないのだ。 さて、僕もそろそろ蒲焼をいただこう。労せずして食べられるのは、全身びしょ濡れになって働いた子どもたちのおかげだ。僕の企画の到達点は、実はここにもあるのだ。みんなご苦労。では、いただきます。
2007.07.22
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台風の後、天気がスッキリしない。鮎を釣るにはちょっと水が多い状態が続いている。なので、久しぶりにヤマメ釣りに出かけてみようと思う。今日は1人なので、いつもよりジックリ探ってみよう。 自宅から15分の湯川。水が多い。若干濁っている。こういう時は、川に立ち込んでもあまり影響ない。手前から順に対岸に向けて釣っていけば、必ず釣れるぞ。 天気予報は「曇り時々雨」だったのに、現場は「曇り時々晴れ」。徐々に暑くなってきて、僕の「暑さの不愉快指数」が90を超える。こうなると、短期決戦だ。 約1時間で、集中力が切れる。25~27cmのヤマメ3匹、20cm1匹。ヤマメもだんだん太ってきて、夏バテもせずにパワーアップしていた。それに引き換え、僕はバテバテ。川の中で転びそうになること数回。「早くおうちに帰りたいよう」と連発した独り言を、橋の上から見物していたお爺さんに盗み聞きされる。
2007.07.21
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信州に東京キー局の放送が入るようになったのは、ここ10年ほどの浅い歴史だ。僕が子どもの頃は地元民放局が2局しかなかったので、全国放送されてから何年かして、ようやく放映されている番組も少なくない。 良い子向けのアニメ「マッハGoGoGo」もそうだった。 スーパーカー・マッハ号に乗った主人公が、世界を舞台に活躍する番組だ。幼稚園の頃に初めて観て、「なんてカッコいいスポーツカーなんだ」と心躍らせたことを覚えている。立体感のある曲線や、突き抜けるような直線。今もって高品質なデザインだと思う。 で、とあるオモチャ屋さんで購入し、僕の宝物になっているマッハ号をご紹介しよう。 幼稚園の時に出会ったマッハ号は、今でもマッハのスピードで再び幼稚園時代に連れて行ってくれる。この車を眺める時、僕は当時覚えた主題歌を、不明な歌詞だけハミングして口ずさんでいる。
2007.07.20
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花や木を愛する人は、その写真もとても美しい。いかにその花を愛しているのかが、写真を通じて伝わってくる。僕もいつか、あんな写真を撮ってみたいと思うけど、僕の家はこれといった花や木がない。そこで、慣れ親しんでいる雑草を撮ってみた。 我が家の庭の東南部を中心に生息しているスギナ。根こそぎ抜こうとしても、クキの部分でポキッと折れてしまう。根が残ればそこから触手を伸ばし、地下組織を形成する。実にやっかいな雑草である。石板の隙間から顔を出した様は、アッカンベエをされているようである。 名も知らぬ雑草。これは根が浅いので、簡単に束ねて抜去できるが、知らぬ間にあちこちで群れを成している。ちょっと油断すると、植木の下をじゅうたんのように埋め尽くす。我が家の南西部を中心に生息。 これはナズナである。「七草」なんて祀り上げられているが、こいつもやっかいな雑草だ。地上に出ている葉を上手にまとめ、そっと引き抜こうとすると、数十cm離れた辺りのナズナとつながっている。葉が美味しいらしく、食事中の虫と出くわすことも度々。我が家の西部で、たくましく根付いている。 で、撮影した写真を確認したけど、やはり愛情を傾けていない様子が伝わっていると思う。雑草は撮る対象ではなく、取るものなのだ。草むしり後の庭の写真を撮る方が、スジであろう。
2007.07.19
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色付きスプレーで体に模様を描くことを、僕は「スプレータトゥー」と言うものとばかり思っていたが、正確には「ボディーアート」と言うらしい。確かに、描いたスプレーアートは洗えば消えるし、ゴッツイおじさんたちよりも少年少女が楽しむ傾向があるから、「タトゥー」とは違った方向に位置するものなのだ。僕の年代は、ものごとを「タトゥー」のように彫り込んで決め付けつけてしまうクセがあるので要注意だ。 普段、スポーツクラブで水泳の先生をしているMちゃんは、プールから這い上がると、お茶の先生をしている働き者だ。で、このボディーアーティストもやってしまう。8月に開く子ども向けのイベントで、彼女がボディーアートのコーナーを受け持ってくれることになった。 肩の厚みは、長年水泳をして鍛えた証拠だ。女性を見ると褒めるクセがある僕は、思わず「いい肩してますね」と口走ってしまった。彼女は気分を害することもなく、「水泳は、足も太くなるんですよ」と笑顔で答えてくれた。 ボディーアートは、動物や植物などの型枠にスプレーをして、様々な色を塗っていく。花びらは微妙なグラデーションを施すことで、単なる模様に生命が吹きつけられる。 僕にとってのボディーアートは、小学生の頃の忘れ物防止対策として、手のひらにメモ書きをした程度。せっかくだから、イベント当日は何か描いてもらおうと思っている。 ところで、Mちゃんは30代、独身。「Mちゃんも、『花婿募集中』って書いたらどう?」と提案したが、「それはちょっと...」と不採択。彼女は気分を害したのか、100m自由形並みのスピードで、スイスイと立ち去った。
2007.07.18
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夜も10時をまわってから何かを食べようとすると、居酒屋でさえ残り時間が少なくなる。僕の住むまちでは、焼肉屋か場末の赤ちょうちん、やたらに濃い洋食屋さん程度になってしまうので、適当な飲食店を探すのに苦労する。 そんな折、「新装開店したS寿司がまだ営業しています」と、夜のしじまに先発調査に出ていた後輩K君から連絡が入る。寿司が大好きなG君らと、真新しい木目が香るS寿司に入った。 この店は、それほど上等な魚は揃えていないけど、客の回転がいいのでネタが適当に安定している。「まずは生ビール」→「刺身を適当に」→「日本酒適当に」→「お寿司を適当に」というのがいつものパターンだ。「適当」な刺身が来た。 お皿の上にある青い植物を見て、一瞬みんなの会話が止まる。お酒が脳に回り始めて、ようやく正体がアジサイだと判明。新装開店ならではの気遣いか。「飾りつけも適当にしてくれないと、身構えちゃうじゃないか!」と、風情とは縁のない僕らを緊張させる。 メニューを見ると、新装開店前と変化なし。常連客にしてみれば、いきなりメニューを変えてもらっては困る。「じゃ、適当にクジラさんなんかどうよ?」とG君が注文。「何人前にしましょう?」と聞く店員のお兄さんに、「適当、適当」とお願いしたので、お兄さんは首を傾げながら「大将、クジラ刺し、適当にだそうでーす」と、声を張り上げた。 後輩K君は、クジラ初心者。「へえ、クジラって刺身で食うんすね?」と失礼なことを言っている。で、食べてみた感想は?「うーん、馬刺しとマグロを足して2で割った感じっすね」。うーん、まったく適当なヤツだ。
2007.07.17
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日本酒好きな僕にとっては、「日本酒は一升瓶」という固定観念がある。瓶を握りしめて「トックン、トックン」と注げば、誰がどう見たって酒を飲んでいるとしか考えられない。一升瓶と日本酒は、切っても切れない縁があるし、絵でもあるのだ。 ところが、最近は紙パック容器が主流になりつつあるらしい。軽いし、割れないし、品質も劣化しにくいそうな。で、中には一升=1.8リットルじゃなくて、1パック=2リットルというのもある。 なんだか味気ない。瓶が重いのは「ありがたみ」の重さだし、瓶が割れるのは「だからこそ尊い」し、品質劣化だって、「劣化する前に飲んじゃえばいい」のだ。 日本酒が切れたのでお店に向かう。棚を一通りチェックした後、僕はこともあろうに2リットル紙パック酒を買ってしまった。なぜか。「生活便利グッズが付いています」という景品広告に目が行ってしまったのだ。付いてきたグッズがこれ。 縦5cmほどの「超ミニノート」。本物にそっくりなところが、男心をくすぐる。 でもこれ、使い道がない。すなわち、「生活便利グッズ」ではない。まるで、紙パックの便利さを逆手に取ったようなウリ文句に、僕は敗れてしまったのだ。これじゃ、ヤケ酒になってしまう。 やはり、日本酒は一升瓶だと思う。二度と浅はかな日本酒買いはするまい。こうなったら、日本酒は一生「瓶」と、心に決める。
2007.07.16
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以前、東京でいっしょに仕事をしたことがあるKちゃんは、何かにつけて騙されやすい性格で、いたずら好きの僕にとっては重要無形文化財保持者だった。 出張先の北海道に、「Kちゃん、アタシ。今札幌の駅前のAという店にいるの。すぐに来てくれる?」と仲間の女の子に電話をさせて彼を寝不足に陥らせたり、外出中のデスクに花を置き「あの世」の人にしたり、仕事中に「飲酒中です」と書いた紙切れを背中に貼り付けたりと、飽きもせず、毎日のようにいたずらをさせてもらった。 彼とは毎晩のように飲みに行っては、池袋とか新宿の公園に流れ、灯りを避けて集まってきたカップルや酔っ払いを前に、「ヒーロー」という歌をいっしょに熱唱した。ギター演奏がない代わりに、彼は黄色い三日月型をしたタンバリンをなぜか持っていて、これに合わせて歌うのだ。愛をささやき合うカップルに、ヒドイいたずらをしたものだと思う。 「かっちゃん、元気?僕だよーん」という電話は、何年ぶりかで聞くKちゃんの声だった。1時間近く話している中で、近いうちに仲間と遊びに来るという話が膨らんでいた。さて、その時はどんないたずらをしてやろう。 で、「とりあえず、僕のブログアドレスを教えて進ぜよう」と、彼の携帯にメールで伝えた。ほどなく、こんなメールが返ってきた。 Kちゃん、これはいたずらではない。それにしても、彼の中で「いたずら好きなかっちゃん」は、まだまだ健在だったんだ。彼とはもう10年以上も会っていないのに。
2007.07.15
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街はずれのため池に、ハスの花が咲いていた。台風が近づく空は、雲の動きが忙しい。立ち込める灰色の空気を、それ以上にどんよりと濁った池の水面が映し出している。そのためか濃緑色の葉から覗くハスの花の鮮やかなピンクが、池の上空に浮き立って見える。 何と言う縁起の良さだ。だって、ハスでしょ?ハスと言えばバス。バスと言えば僕が2回挑戦して1匹も釣っていない魚だ。今日こそは、ブラックバスの花を咲かせるぞ。 ブラックバスは、外国から来た魚である。これまで、イワナとかヤマメ、鮎とばかり遊んできた僕は、この魚には縁がなかった。湖に住むフナとかワカサギなど日本固有の魚を食べちゃうという悪評は聞いていたけど、それ以上のことは知らない。なぜか。釣ったことがないからである。 後輩S君と、「どうせ鮎は無理だから、ブラックバスをねらおう」と、小雨の中をバス釣りにやってきたのだ。 最初の池では、指導者のS君がほどなくバスを釣り上げた。相変わらずいまいましいヤツだ。続けざまに釣ったブラックバスも、わざわざ僕のいる所まで運んで来て見せ付けた。こんな指導者を持つ僕があまりに可哀想だ。場所を代えようと車で移動したのが、ハスの花咲くこの池だったのである。 気を取り直して第1投。手元に不穏な気配が伝わる。と、水面を切り上げてブラックバスがジャンプ。やった!釣れた! 釣り上げたバスを持ち上げ、僕はうれしくなって走り回った。バスは25cmくらいで、S君によると「この池のアベレージサイズっすわ」とのこと。 続いて第2投。今度はカリカリッというアタリ。ブルーギル。初対面である。この魚もブラックバス同様、指名手配犯並みの扱いを受けている。 ほどなく、2匹目のバスを釣る。寄せる際、生い茂る水草に引っかかり、草に吊るされてブラブラしている。哀れ。S君が救出。 さて、初めて釣ったブラックバスの感想は、渓流魚や鮎に比べて繊細さがないぶん、大らかな許容量を感じた。女性や子どもたちに指示されているのもわからくはないし、これがバスの繁殖力を支えているのかも。 当然のことながら今回はルアーロッドで釣ったので、次回挑戦する時は、日本古来の竹竿で釣ってみようと思っている。ブラックバスに着いて回る問題を、竹竿の先で考察してみよう。
2007.07.14
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僕の住むまちは信州なのに、ここで商売をする人たちは、信州にない名前を借りて日銭を稼いでいる。 例えば「江戸前」。信州には海がないから、ネタはわざわざ江戸前から取り寄せている...なんて信じるヤツがいるわけない。「江戸前」よりも「信州前」な姿勢で臨んでほしい。 「名古屋風お好み焼き」とか、「山形牛の食える店」とか、日本各地から押し寄せてきた地名が軒を並べている。国内だけならまだしも、「韓国風焼肉」とか、「タイ風マッサージ」なんてのもある。 ラーメン屋さんとて同様である。「本場喜多方」なんて看板を見れば、「ここは福島県?」と錯覚するではないか。「北海道ラーメン」だの、「台湾ラーメン」だの、さながらアイデンティティを喪失した景色である。 でも、僕はラーメンが大好きだ。クリーニング屋のK君に案内され、初めて「京風ラーメン」を食べに行く。 客は1人もいない。K君は、「俺はラーメンいらないっすよ。ギョーザとビールで充分す」と言う。それじゃ親父さん、僕だけラーメンちょうだい! 京風というのは、どういう意味なのだろう。味は、通常のラーメンを数ランク不味くした感じ。さしづめ、器の中に散りばめた万能ネギが「嵐山」、薄く濁ったスープが「桂川」か。これでは京都が可哀相だ。 不穏な視線を感じ、視線の主を探ると、それはK君だった。「かっちゃんさん、それ美味いっすか?」と哀れむ表情で、無言で僕に問いかけている。K君がラーメンを注文しなかった理由が、これで理解できた。口に入れた麺が、なかなか喉を通らない。ガラス窓に映る僕の顔は、口から汚物を流す化け物のようだ。これは「京風」ではない。「恐怖ラーメン」として後世に語り継ごう。
2007.07.13
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某経済団体に務めるKさんは、僕よりも1回り年上のノッポさんだ。 毎朝決まった時間に職場に来る。タバコの煙が大嫌いで、上司の吐き出した煙でさえ両手うちわで蹴散らかす。アクビを何回か繰り返した頃にお昼になる。片道徒歩5分の自宅に戻り、午後1時数十秒前には自席に戻る。午後の仕事は忙しい。デスクの上にある右側の書類を左に、左側の書類を右に並べ替え、必要性の薄い電話を何本か入れると5時になる。と同時に職場から飛び出す。 こんなに規則正しい生活をしているのに、何年か前に痛風という病に見舞われた。以来、規則正しく痛風にやさしいお薬を飲んでいる。で、もう1つ、規則正しく飲んでいるのがお酒付きカラオケである。ひょんなことから、「かっちゃんさん、どう?たまには飲みにいかない?」と誘われた。収容人員10人の居酒屋に連行される。 職場のグチを一通り聞かされた後、引き続き聞かされるのはKさんの歌声である。覚悟はしていた。 「かっちゃん、はしだのりひこって知ってる?」 「少しは知ってますよ。『花嫁』とか...」 「あっ、ママさん、『花嫁』入れてくれる!」 歌うのは僕ではない。独り占めにしたマイクは、決してKさんから離れることはない。こんな流れも覚悟していた。 「かっちゃん、さっきの『花嫁』だけどさ、夜汽車に乗ってどこに嫁いだんだろ?」 「そうだなぁ?京都とか...」 「あっ、ママさん、『京都慕情』入れてくれる?」 こんな繰り返しが、壊れたレコードみたいに延々と続く。しかも、歌う曲はどれも1970年代の歌ばかり。かすかな記憶に残っている歌を、「いっしに歌おうよ」としつこい。かれこれ2時間。もう帰りたい。 「かっちゃん、加藤和彦って知ってる?」 「わかってるよKさん、どうせ『あの素晴らしい愛をもう1度』歌いたいんでしょ!」 ニヤリとしたKさんが、「してやったり」と歌いだす。まあ、いいや。ようやくこの1曲で帰れるぞ。と思った時、KさんがモニターTVから突然僕の方に顔を返し、一際大きな声で歌いあげる。 「あのー、すばーらしい歌をもーおーいーちーどー」...
2007.07.12
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その昔、山形県の各地方は、何人もの領主が入れ替わり立ち替わり治めていたので、商人をはじめとした庶民の力が図太く育ったらしい。建造物や風習ばかりでなく、それは食文化という血管にも熱い血を流し込んでいる。佐藤錦のようなブランドさくらんぼ、肥沃な土地が搾り出す日本酒が有名だけど、僕は「だだちゃ豆」が大好きだ。 一見、普通の枝豆のような感じ。だがしかし、1粒かみ締めると、怒涛のような風味が広がる。素朴で地味な特産品の、色鮮やかな味わいのトリコになってしまうのだ。 だだちゃ豆は、生産されている地域が限られている。生で売るには全国展開するだけのカロリーが乏しい。そこで、こんな製品が売られるようになった。 スナック菓子に加工されても、だだちゃ豆の風味が残っていて、なかなかの逸品である。だだちゃ豆自体は生ビールにが合うけど、この菓子も右に同じだ。 先輩のYさんは50代。味の違いに敏感なお年頃だ。この菓子を食べてもらった反応は、おおよそ想像通りだった。「さっそくメーカーに問い合わせて、フリーズドライのだだちゃ豆を送ってもらうことにしたの」。いい歳してキャッキャとはしゃいでいた。 毎年、僕は山形に鮎釣りに出かける。今年の夏、鮎の代わりに持ち帰るお土産が、もう1品増えそうだな。
2007.07.11
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スナックを経営しているYちゃんは、僕よりも1つお姉さんである。旦那さんや妹と、いつも仲良く店を切り盛りしている。 このところ、夜遅くまでの会議が続いているので、Yちゃんのスナックに来る機会が多くなっている。それに、大きい声では言えないが、もう1つの理由が僕をこの店、というよりYちゃんに引き合わせようとしているのだ。 風鈴とか打ち水とか、日本人は様々な涼の取り方をこしらえたけど、我を忘れて涼感を得るには、やはり肝試しがいい。冷たいビールを飲んでいても汗がにじむ夜には、不快指数を一気に下げてくれるYちゃんが必要なのだ。Yちゃんは、後ろから見れば普通の女性だが、「前から見ると、肝試し大会のトリ」と、僕に評されている。僕は容姿のことを言っているのではない。僕の五感がフルに寒気を覚えるのだ。 薄暗いYちゃんの店に入ると、「あーら、かっちゃん、いらっしゃーい」と、浪花節のような音階でYちゃんが迎え入れる。この段階から、足元から冷風が吹き上げてくるのだ。この前なんか、店のドアを開けた途端に寒気を感じ、「あっ、すみません。店間違えました!」と言って逃亡を図ったことさえある。蒸し暑かった今夜は、Yちゃんに会いに行くしかないだろう。 草木も眠る丑三つ時、店のドアを「ギギギッ」と開けると、いつも通りの「あーら、かっちゃーん」という浪花節声が僕の体を金縛りにしてくれた。幸い、薄暗い店の奥から、聞きなれた仲間たちの声が僕を手招きしている。 短いタイトスカートをはいたYちゃんが、僕の隣に座って急速冷房を放ち始めた。で、なんかブツブツ言っている。 「かっちゃんたらサ、アタシの顔見ると身震いするんだよ。失礼しちゃうわよねぇ!」 Yちゃんは、ギョロリと目玉を回転させながら、僕の仲間に同意を求める。しかし、みんなは無言でうつむいたままだ。その時、僕はなぜ今夜、仲間がYちゃんの店に集結したのかをようやく理解できた。 「なーんだ、肝試しに来たのは僕だけじゃなかったのか」 「あーら、失礼しちゃうわよね!このー」ペシッ!
2007.07.10
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朝食をとらない半日は辛い。定期的に補給されていた栄養物資が中断されれば、お腹が鳴いて怒るのも無理はない。胃袋を縮小させながらも、「お昼は何を食べよう」なんて考える楽しみだけは膨らんでいく。こういう時は、何を食べても美味しく感じるので、思わぬ量を食べてしまうから危険だ。 後輩A君が、「今朝は何も食べていないんですよ。たまにはドカッと食べませんか?そうだな、大盛りの定食系なんかどうですかね」。 奇遇である。こういう時こそ、本当に用心しないといけない。すきっ腹に大量の食物を詰め込む→苦しくなって動けなくなる→眠気を催す→イビキをかいて寝る→体力を消耗する→お腹が減る...という悪循環の扉が、得てして開くのだ。A君のお勧めの食堂Oに入る。 メニューを見ると、胃袋が勝手に騒ぐ。「小食にしてください」と懇願する頭との格闘が始まっている。ただ、ここまでの半日間、辛い思いをしていたのは胃袋である。僕は、胃袋のみかたになろうと決意する。 数分後、テーブルの上に置かれたのは山盛りの「しょうが焼き」だった。しかも、ロース肉の2枚重ね。シメジとエノキとタマネギを炒めたものが、肉の上に茂っている。うっひゃー。こんなに量が多いとは思わなかった。 必至になって食べる。「よくもまあ、そんなに食べますね」とA君があきれている。あきれているのは、僕の胃袋も同様で、8分目を越えた辺りから受け付けなくなる。「ご飯のお替りどうですか?」というおばさんの声が、悪魔の笑い声に聞こえた。 昼食を終えて、もうすぐ2時間が経つ。いまだに、胃袋が鳴いている。苦しくて、眠気も起きない午後である。
2007.07.09
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知り合いに試供品の頭痛薬をいただいた。僕の場合、頭痛とはあまり縁がない。せいぜい二日酔いの朝の数時間程度の付き合いだ。 なので、いただいた頭痛薬は、釣りの道具ケースに放り込んである「かっちゃん薬箱」に保管することにした。以前、釣りをしている最中にケガをしたことがあって、それ以来の付き合いである。 ところが、頭痛薬を入れようとしても、既に薬が窒息状態で入らない。薬箱を、ほとんど使ったことがないからか。得てして「万が一」のために準備してあるものは、「万が一」程度の使用確率なのだ。でなければ、未使用の薬がこれほどあるわけがない。 気を取り直して、収納品の面々を紹介しよう。まずはバンソウコウや包帯、湿布薬類。スリ傷、切り傷、捻挫などは釣りに付きもの。だが、バンソウコウや湿布薬は粘着力が失せ、純白だった包帯も若干日焼けしている。うがい薬にいたっては、1度使用しているので、「開封後はなるべく早くお召し上がり」しないといけない。これでうがいなんかしたら、何年も寝かせた醤油で喉を洗うようなものだ。下痢止めも年季が入っているぞ。全国的に、20世紀だった頃の品だ。これじゃ、とっさの下痢も止まるまい。ムヒやリップクリームなどは1度も使ってないけど、肌荒れは目に見えている。しかし、賞味期限切れがこんなにあっても、僕はあわてない。胃腸薬だけは賞味期限内のものを欠かさないでいるからだ。万が一、これらの薬を服用しても、賞味期限内の胃腸薬さえあれば何とかなると思っている。この薬箱の整理は頭の痛い問題だが、今日いただいた頭痛薬で、これもまた何とかなるさ。
2007.07.08
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1週間ぶりの鮎釣りは、前の晩遅くまで飲んでいた酒が残ってしまい、迎えに来た後輩S君を1時間待ちぼうけさせてしまった。 川に着いても酒が消えず、なかなか鮎が掛からない。と、S君が最初の1匹を釣り上げて「うっしっし、鮎っすわ」と喜んでいる。生意気なヤツだ。と、思っていた矢先、S君が足を滑らせて等身大の水しぶきを上げる。早朝から水浴びとは大したヤツだ。うっしっし。 今日は春一番並みの風が吹き、竿がひん曲がるほどの悪コンディション。後から聞いた話だが、S君は早朝に水浴びした身体が、この風で冷えてしまい、お腹の調子を著しく悪化させたらしい。そういえば釣りの最中、上流にいたS君がおかしな行動をとっていた。鮎もいないような川の隅で、彼は石の陰でうずくまっていたっけ。ということは、もしかしてお前? 「うっしっし、川でやっちまいましたわ。水洗トイレですわ。イヤイヤ、かっちゃんさんの方には流れていかなかったので、大丈夫、大丈夫。うっしっし」 お昼を回り、僕は30匹、S君は20匹を釣り上げて終了。帰宅後、僕はS君の後姿を思い出しながら、いつもより念入りに釣具を洗った。汗が止まらなかった。昼近くまで残っていた酒は、知らぬ間に抜けていた。
2007.07.07
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ご注文の品、持ってきましたぜ、かっちゃんの旦那。おっと、ご心配なく。誰にも見られちゃいませんや。こんなモノ見つかれば、警察が黙っちゃいねえ。職務質問されて、即刻連行されちゃいますからね。 それにしても、旦那がこんなブツを欲しがっていたなんてね。いやなに、私も色々なブツを闇から闇に流しましたがね、こんなブツは初めてで。じゃあ、これ。確かにお渡ししましたぜ。 何でも、このブツは舶来品だそうで。これだけの大きさだ。きっと、物凄い薬を打つんでしょうね。旦那の腕の注射針の跡を見れば一目瞭然ですよ。へへへ。 何?勘違いしてるって?じゃあ、このブツは一体何に使うんですかい?ほう、毒虫に刺された毒を抜くんですか。防虫剤とか殺虫剤は知ってますがね、刺された毒を抜くってのは初めて聞きましたよ。「ポイズンリムーバー」って、ずいぶん洒落た名前ですねぇ。何?「毒虫との共存共栄の未来が見える」?私はゴメンですよ、そういうの。だって刺されることが前提なんでしょ。 はぁ?その腕の赤みは注射針じゃなくて、わざわざ蚊に刺された跡だって?このブツの効果を試すための臨床実験がしたかったんですか?ダメだこりゃ、とっても付き合ってられねぇや。蚊の毒が、もうとっくにアタマに回ってやがる。つける薬もないな、こりゃ。えっ?つける薬は不要だって?はいはい。
2007.07.06
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犬にしてもネコにしても、子どもの頃は愛らしい魅力を身にまとっている。まるで、「私はこんなに可愛いからイジメないでね」と、か弱い身を守っている、さしづめ小さなヨロイのようだ。 千曲川のほとりにある温泉宿Nに立ち寄る。この宿には小動物がたくさんいて、この時期になると新しい命がざわめきだす。正面玄関前の崖で、おっぱいをはち切れんばかりに膨らませたヤギが、自分の分身のような子ヤギの面倒を見ている。母親のヤギもかつては可愛かったが、今では当時まとっていたヨロイを子ヤギに手渡している。 玄関の脇で、ダンボール箱がうごめいている。そっと覗いてみると、アイガモのヒナが数羽たわむれていた。 黙っていればいいのに、ピーピーうるさい。色違いとか、身体の大小とか、一律でないところが愛らしい。食べてしまいたいぐらいだ。ネギを背負わせてやろうかとも思ったが、お客さんの目もあるので止めた。 以前、この宿で飲んでいる時、女将のY子さんが生まれたばかりのヒナを連れて来たことがあった。ピーピーうるさいので、杯に入った少々温めの酒を差し出したところ、カモは天を仰ぎながらピチピチ飲んだ。みんなで喜んで1杯、2杯と杯を重ねていったところ、徐々に酔いが回ったらしく、突然走り出したりひっくり返って、酒癖の悪さを露呈していた。Y子さんから悲しい報せが届いたのは、その翌日だった。 そんな出来事を思い出し、僕はダンボール箱の中のヒナを直視できなかった。おまえたちは、絶対に酒に手を出してはいけない。どうせ飲むなら、もっと大きくなってからにしよう。その時は、ネギを背負ってくるように、な。
2007.07.05
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友人から聞かされていた居酒屋Nの評価は、「薄汚くて女性客の姿を見たことがない」「メニューは書き出してあるが肝心な品がない」「窓に並んでいるボトルは、店主の目を盗んで飲むことができる」...といった具合。いずれのコメントも、僕を入店させるには充分な誘い水になった。 いっしょに探検に出向いたのは、同年代のI君と、後輩K君。「たまに閉まっている時があるんで、僕ちょっと見てきます」と、過去何度か入店しているK君が先に走っていった。50mぐらい前方の路地から、「おー!K君、久しぶりー」という大きな声が聞こえてきた。I君はその大声を聞いた時、既に嫌な予感を感じたらしく、微笑みとも苦笑いともとれない表情で頭をかいていた。 店は山小屋のトイレのような規模で、広さは4畳半ほど。カウンターに不ぞろいのイスが4脚、ゴザを敷いた小上がりには縁台のようなテーブルが2つ置いてある。仕舞いそびれたガスストーブに、遠めで見ても厚さがわかるホコリが積もっている。 先ほど大声を張り上げた店主は、作務衣の下に汗のにじんだTシャツを着ている。ヒゲの中に目と鼻を付けたような、いわゆる「どちらのキコリさん?」のような風貌である。日本酒を注文すると、カウンター下の、まるでネコの勝手口のような扉を足で押し開けて這い出して来た。 お通しは、生ハムを巻いたキュウリ。たっぷりとマヨネーズが脇に盛ってある。日本酒との不釣合いな味わいは、この冒険がまずまずの出足であることを裏付けている。 さて、メニューが書かれている紙は、たぶん折込チラシの裏面だろう。チャーシュー、イカ丸焼き、トマトチーズ、焼き鳥、焼き魚...、10種類ほどの工夫知らずのメニューが並んでいる。K君が注文する。 「焼き鳥!」 「ごめーん、今切らしちゃった」 「じゃあ、焼き魚!」 「ごめーん、それ終わっちゃった」 微妙な空気が漂いだした時、「じゃあ何ができるの?」とI君がたずねる。 「チャーシューと合鴨なら。ごめーん今すぐ」 どこかで食べた記憶があった。舌と頭の記憶を紐解いて、行き着いたのはスーパーマーケットの惣菜コーナーだった。 僕らはめげずに日本酒を飲む。3回目の「熱燗ねー」の注文に、店主は後頭部を撫でながら僕らに打ち明けた。 「ごめーん、日本酒切らしちゃった」 「...」僕らは声も出ない。 「ごめーん、隣のスナックに行って借りて来るから」 「...」 「ごめーん...」 噂通りの迷店を後にした。僕は「面白いから、また来ようぜ」と2人に提案するも、2人とも苦虫を潰した顔をしている。「はぁ?もう、ごめーん」。
2007.07.04
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後輩A君は、一般的に言う「童顔」の部類に属している。当年とって31歳。昨年、晴れて2人目の子どもが生まれたのに、一向に童顔から抜け出せなくて困っている。そのため、童顔にまつわる苦労話がついて回り、涙なしでは語れないエピソードが多い。 コンビニエンスストアでお酒を買う時は身分証明書の提示を求められるし、小学校の校長先生に、「そこの中学生」と呼び止められたこともある。アメリカ旅行の時も「ヘイ、ボーイ」と、カジノでパスポート提示を求められたという生粋の苦労人である。 大人からの攻撃だけではない。道ですれ違った高校生からにらまれたことも少なくない。「このままじゃイケナイ」と考え、空手道場にも通い始めたが、後から入門した高校生にさえ、スパーリングでは子ども扱いされているらしい。 そんな彼は、ゲームセンターやデパートの片隅にあるUFOキャッチャー系ゲームが大好きだ。小さな子どもが群がっていても、この時ばかりは身長で勝る彼が有利。子どもを押しのけてニコニコとゲームに熱中する彼の姿を、僕は何回も目撃している。 いっしょに昼食を食べた後、「ちょっとだけ、やらせてください」と頭をペコリ下げた彼の視線の先に、UFOキャッチャーが鎮座していた。 「あの仮面ライダーがいいなぁ」と、ケースに顔をくっつけて頑張ったが、200円を投入した段階で小銭がなくなった。「通行人がジロジロ見ていくので、もう止めよう」と説得。うっすらと涙がにじんだ目でゲーム機をにらんだ末、彼は泣く泣くあきらめてくれた。UFOにキャッチされたのは、仮面ライダーではなくて後輩A君だったという事実が、僕を少し気まずくさせた。 帰り際、彼はポツリ、ポツリと話し出した。「あのう、ああいうゲーム機を見るとダメなんですよ。どうしても血が騒いじゃって...」。大人になり切れない、30歳の少年がそこにいた。「この前なんか、1万円もつぎ込んじゃった」と言う彼の言葉は、大人の恥じらいとは違う、しかし明確に自己主張する児童の高揚感を放っていた。
2007.07.03
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夏休みは、宿の手配が最優先だ。お楽しみの予約が決まらないことには、それに向けての意欲に暗い影を落とすことになる。 ここ数年の夏休みは、人ごみの中よりも、人が観光地に向かって離れていくような山村で、ほんの数日の夏休みを味わうことにしている。そんな山村の宿は、押し迫った予約にもじゅうぶん対応できるし、ひなびた環境がかえって面白みを増したりするからだ。 去年の夏休みは、新潟県の片隅にある温泉地に2泊した。「温泉街」とは言っても、ここ数年でカタツムリのように抜け殻だけを残して閉館した宿ばかり。お土産物屋兼駄菓子屋の小さな店が、まちかどの隅っこに佇んでいる閑散とした一帯だった。そんな店に限って、「越後屋文明堂本舗」みたいな、仰々しさの中に歴史とお家柄を示す的外れな店名がついていたりする。夕食後に飲みにいける店は、民家と直結するスナックと、暖簾の間から換気扇のように煙を噴出す焼き鳥屋だけ。そんな風情に、いつの頃からか、古い友だちのような親しみを感じるようになってしまった。 「今年はどこにする?」と、釣友Sちゃんに打診され、後輩S君を誘って打ち合わせ会議を開いた。Sちゃんは、新潟県と福島県の県境に行きたいと、プリントアウトした資料を持参した。どう見ても、宿の周囲には「山のレジャー」しかない。あきれんばかりの不毛地帯だった。 後輩S君が注文した「行者にんにく奴」を、しげしげと見ていたら、人里離れたそんな場所もいいな、と思った。 異論に出会わずに済んだSちゃんは上機嫌だ。店を移って「そばの芽のおひたし」を食べる。 いずれも、美味しい酒の肴だったが、Sちゃんが勧める山村の夏をイメージするかのようだった。 ところが、日程を詰める段階になって、どうしても3人の休みが合わない。再度資料を持ち帰り、仕事のパズルを解くことで合意。この分で行くと、例年通りギリギリの予約になりそうである。
2007.07.02
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書店に行く機会が、めっきり減った。新刊には事欠かないけど、最近の僕は新刊にはこだわらなくなっている。なので、郊外の古本屋ばかりうろつくようになってしまった。値段が安いということばかりが問題ではない。一般の書店で並ばなくなった本があるし、蔵書が多いことがミソなのだ。 この数週間、1日1冊のペースが定着していて、それが古本屋に行く回数を自然と増やしている。で、顔馴染みとまではいかないけど、古本屋のレギュラーメンバーを覚えることができた。 推理小説作家の文庫本にとり付かれている初老の男性は、ほぼ毎回顔を見る。たぶん、かなりの時間をこの店内で過ごしているのだろう。しゃがみ込んだり、立ち上がったりの繰り返しで、快適な読書環境の幅を広げている。店員が近くで作業していても、まったく動じない。細々とした読書方法ではあるが、完全に自分の世界を作り上げているのだ。図書館に行くことをお勧めしたいところだが、妙に店に溶け込んでいて、不自然さがない。この道のベテランに違いない。 コミックコーナーには、不登校と思われる中学生が居座っている。彼の場合、本棚に寄りかかったまま座り込んでいる。先日、店員に注意されていたが、コミックから視線を外さずに、返事もせずに立ち上がって読書を続行していた。一途な生き様から、人格形成環境の甘さを感じる。 さて、僕の場合は、10分程度で買い物を済ませる。あれこれ吟味せずに、サッと目に飛び込んだ本が、欲しい本になる。その代わりに見入っているのは、立ち読みや座り読みに熱中する彼らの姿で、これから先に待ち構えている未知の物語を、じっくりと読みたくてウズウズしているのだ。
2007.07.01
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