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ここ数日で、こんなにお酒の頂き物をした。 フランスワイン2本、国内ワイナリーのハーフボトル、茨城県の地酒だ。ありがたい贈り物であること、この上ない。誕生日でもないのに、親戚でもないのに申し訳ない。 僕は、お酒は自分で飲むために買うので、贈り物に用立てることはない。マネのできない皆様の心遣いに感謝しつつ、言葉だけでは伝えられないこの喜びを、五臓六腑で反すうしたいと思っている。
2007.10.31
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数年前まで頻繁に使っていたビデオカメラを、最近とんと使っていなかったことに気がついた。 釣りに行ったり、旅行に行く時には絶えず小脇に抱えていたのに、いつの頃からか持ち運びさえ面倒な道具になってしまったのだ。どちらかというとデジカメの方が携帯しやすいし、いかにも「撮ってます」という構えが気恥ずかしくなった。せいぜい、運動会で我が子を撮影するお父さんにでもならなければ、この道具が重宝することもなさそうだな。 あれ?ふと見渡してみるとビデオカメラばかりじゃないぞ。 あれほど大騒ぎして買ったハンディーカラオケとか、お風呂で使えるCDプレーヤーもそうだ。 なければ寂しいけど、なくても済んでしまう電化製品て、ずいぶんと悲しい運命だな。たまには、風呂場でCDに合わせてカラオケでもして、そのザマをビデオカメラで撮影してもらおうか。
2007.10.30
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新潟に行く用事ができたので、空き時間に魚釣りをした。 同行者によると、色々釣れたのは「潮のおかげっすよ」とのこと。干満の差があって、その時間帯も良かったらしい。実際、同行者S君も、念願のシーバスをようやく釣ることができたのだ。シーバスというよりは小(ちい)バスだが、潮によるありがたいプレゼントであることには違いない。 ところで、後輩の1人がちょっとした悪徳詐欺に引っかかった。貯金を担保に、銀行から借り入れて送金したという。 おいおい、そんな話に釣られるなよ。あれほど止めろと言ったのに。たぶん、彼の場合は「潮」が悪かったのだろう。人生の喜怒哀楽の干満差が、思いの外激しかったのかもしれないな。
2007.10.29
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標高1400mの山はすっかり色付き、東京から遊びに来た友人を誘うには絶好の色景色になった。浅間山登山口のY君の宿へ、少し遅めの昼食に出かけた。 Y君の宿は、付近の山で採れるキノコを料理してくれるので、ナメコ一つとってもその表情が違う。スーパーで出回っているものを数倍大きくしたものが本来のナメコなので、友人は「これってシイタケじゃないの?」と首を傾げていた。いい歳して本来のナメコを知らないなんて、反省しなさい。 ここで、Y君が「今年最大の逸品」を出してくれた。名前は後で紹介しよう。味噌で包み焼きにしてある。シャキシャキ感とほろ苦さ、肉厚な歯ごたえが日本酒に最高に合う。 普段、ジャンクフードで胃袋を満たしている友人たちは、怠惰な食生活に反省しきり。マツタケの土瓶蒸しも用意してもらったので、「こんな贅沢を家族にさせてあげたい」と喜んでいた。贅沢ばかりが家族サービスではないだろうが、まあ、美味しいキノコを食べて反省したまえ。 で、先程の包み焼きのキノコの名前は...。とりあえず「とにかく美味しいキノコ」としておこう。美味しさに感心して、名前を忘れてしまった。反省します。
2007.10.28
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東京で暮らしていた頃の仲間が、台風の大雨の中、僕の家に遊びに来た。15年ぶりに会う仲間もいる。久しぶりの再会なので、喜びを分かち合うためにハシゴツアーを慣行する。 そば処T庵→一膳めしA屋→割烹H→焼き鳥S家→スナックOの5軒コースは、それぞれアルコール1種類、肴は2品で渡り歩く。行く店ごとに「わざわざ東京から来てくれた」と、裏メニューなどでサービスしてもらい、仲間は「信州の人はいい人だ」と感心、恐縮していた。 スナックに着いた頃には、すっかりいい感じに出来上がっていて、怒涛のカラオケ大会が始まる。4人で歌うのは久しぶりだ。 ギターを弾き、頭から水をかぶり、ほかのお客さんたちと握手をして歌い歩く。アンコールを終えて店を出たのは深夜1時だった。 思い起こせば、みんなでいっしょに飲み歩いていた頃もこんな感じだった。歳はとっても、頭と肝臓の状態は昔のままなのだ。僕らの一生は、こんな感じで暮れていくのだろう。
2007.10.27
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久しぶりに、塾講師Mちゃん、オモチャ屋のYちゃんと飲むことになった。雨がそぼ降る秋の夜、こともあろうに彼女たちはスナックOに行きたいという。 スナックOは、チマタではちょいと有名な「肝試し」の店である。繁華街のビルの細い階段を、コツコツと足音を響かせながら3階まで登ったところに肝試しのスナックはある。厚い扉を「ギギーッ」と開けると、暗闇の中から黒い人影がスーッと現れる。ドスの利いた低音のしわがれ声が、「あーら、いらっしゃーい」と出迎える。戦慄の異空間へいざなうのは、店のママ・Yちゃんである。 怪しくキラッと光るのは、獲物を狙うコウモリのような目と、青白く塗りたくった顔に浮かぶラメである。Yちゃんが隣に座ろうものなら、背筋に寒いものが押し寄せ、足はガクガクし、にぎったコップの氷が細かな振動を響かせる。恐怖、恐怖、また恐怖なのだ。僕はこの店で1度も酔ったことはない。もしも酔いつぶれてしまったなら、僕の首筋にガブリと噛み付き、全身の血を吸い取られてしまいそうだからだ。 夜でもこんなに怖い形相を誇るYちゃんだが、僕は昼間の、しかもスッピンのYちゃんを目撃したこともある。化粧を落として「お宅、誰でしたっけ?」というようなYちゃんではなかった。誰がどう見てもYちゃんだった。だがしかし、金縛りにあった僕は、声すら掛けられなかった。 さて、3人で店に入ったら、不思議なことに恐怖感が薄れている。おかしいなと思ったら、案の定、Yちゃんはこれから出勤なのだそうだ。この隙に逃げようと思った瞬間、今夜は店の入り口から「あーら、いらっしゃーい」のしわがれ声が聞こえた。で、出た。 今夜のYちゃんは着物姿である。洋服の時は、バイオリンの超高温がBGMだが、今夜のBGMはドロロロロという太鼓とヒューという笛の音。同行の2人は、手を叩いて喜んでいる。 で、せっかくだから記念写真を撮ってみた。真ん中で、怪しくはだけているのがYちゃんである。背後霊か何かが写っているかもしれないので、要注意。心の準備はよろしいだろうか。それでは、「あーら、いらっしゃーい!」
2007.10.26
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夕方、友人N君の娘(5歳)から電話がかかってきた。 「あのね、釣りをするには何が必要なの?」 「へえ、キミ釣りをするんだ。で、何が釣りたいのかな?」 「マグロ!」 「ずいぶん大きなお魚さんを釣るんだねぇ。マグロが大好きなんだね」 「うん。でもね、釣ったマグロは食べないの」 「どうしてかな?」 「ザリガニにあげるから」 「はぁ?ザリガニさんにあげちゃうんだ!」 「そう。2匹飼ってるの」 「そのザリガニさん、マグロに食べられちゃうんじゃない?」 「...」 「いやいや、ザリガニさんはきっと喜ぶと思うよ」 「うん」 「それでね、マグロを釣るにはね、まずは竿が必要だな」 「顔?」 「違う違う。竿だよ。サオ」 「違う顔?」 電話相談は、ここで終了した。 彼女が餌にあげるというザリガニに成り代わって、後輩S君を誘い寿司屋でマグロの刺身を食べる。 大好物を、大切なザリガニにあげたいという彼女気持ちを噛みしめた。ザリガニの餌は、ことのほか美味しかった。
2007.10.25
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これは、最近僕が頻繁に使用しているエギだ。こんなものに抱きついてくるアオリイカには、それほど美味しそうに見えるのだろうか。釣っている時でも、時折不思議になってしまう。イカの気が知れない。 で、これは先ほどのエギよりも1サイズ上のもの。見た目は同じだが、並べてみると... こんなに違う。もしもこれがエビフライだったら、この大きさの差は時価数百円はあるだろう。多くの人は、大きい方のエビフライに飛びつくはずだ。 そんなことを考えていたら、エギがエビに見えてきて、「エギフライ」の姿形を想像してしまった。 けっこう美味そう。 悪ノリで遊んでいたが、ふと我に返り、とても恥ずかしくなった。墨をはいて逃げ出したくなった。
2007.10.23
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夜は焼き鳥屋、昼は観光客相手の飲食業を営むTさんは、通称「T坊」で親しまれている。店主ではあるが、遠慮なくいっしょに飲んでくれる気軽さがちまたで受けている。 病み上がりの身体を引きずり、昼間のTさんの店に行ったのは、自慢の手打ち蕎麦を食べようと思ったからだ。店に入ると、さっそく山のキノコに大根おろしを沿えて2皿、マコモダケの炒め物を1皿いただいた。 本来であれば、「ここで熱燗一丁!」と行くところだけど、病み上がりの身体だけにことさら大事をとらなければならない。 さて、自慢の手打ち蕎麦は... 1・蕎麦汁だけで食べる 2・蕎麦汁に生卵を入れて食べる 3・2の蕎麦汁にトロロイモを混ぜて食べる 4・タヌキ蕎麦にして食べる ...の4色喰いを敢行。途中、あまりの美味しさにざる蕎麦をもう1枚追加。写真を撮るのも忘れて食べ尽くす。ここまで食べられる身体なのだから、熱燗の1本ぐらいやっつけられたなと反省する。ああ、だからカゼは嫌だ。トホホ。 帰り際、病み上がりの僕の身体に気遣ったのか、食欲旺盛な僕を哀れんだのか、Tさんは生蕎麦を持ち帰り用に包んでくれた。ゆうに3人前はある。よーし、これもペロリと平らげて、熱燗もペロリと飲みあげて、カゼを吹き飛ばしてやろう。心なしか、カゼをひく前よりも元気になっている自分に気が付く。今度カゼをひいた時は、蕎麦の前に熱燗を飲もうと決意する。
2007.10.22
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標高1000mを超える高原は、紅葉が盛りになっているらしい。地元の公園は標高700m程度なので、紅葉が始まるのはもう少し先のようだ。 今年は暑い日が続いたので、紅葉の出来映えに加えて菊の咲き具合も遅れている。この時期には満開になっている菊の花を集めた「菊花展」の会場に行ってみたけど、咲いている菊はほんのわずかで、「菊蕾展」の様相である。 この会場で、毎年注目を浴びているのが菊の花で作り上げる力士象。ところが、今年の力士はまだまだ若い。というか貧困である。 猛暑の影響か、はたまた角界騒動の影響か。稽古に励んで、大輪の花を咲かせてほしい。
2007.10.21
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天気予報では「晴れ」だったのに、いざ行ってみたら「雨」というのはよくある話。天気をアテにする方に問題があるので、気象庁に罪はないにしろ、せめて「最近の的中率」を公表する程度のプロ根性がほしい。 なぜって、今回も天気予報がそうだったからだ。「雨後曇り」が「晴れ時々曇り」だったことまではガマンできる。が、問題は風速。予報では「2m」とのことだったが、実際は風速計が壊滅するぐらいの突風に予報ごと飛ばされてしまったからだ。 これじゃ釣りはできない。堤防にぶつかる波しぶきを頭から浴び、ヒーヒー言いながら車に避難する。時間が経過し、海のうねりは引いたものの、僕は結局カゼをひいてしまった。症状は、「くしゃみ時々鼻水」。健康の週間予報は「頭から押し寄せる大寒波で、全身大崩れになるでしょう」。
2007.10.20
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人の立ち振る舞いは、その場の雰囲気を大きく変えてしまうほど重要だ。例え言葉を発しなくても、無言のうちに伝わるモノは多い。では、人の姿を真似たカカシはどうか? りんご畑で目撃したこのカカシは、まるでりんご泥棒のような勢いで木によじ登っている。作者ならびに設置者は、カラスなどの被害を受けないように工夫したのだろうが、見方によっては「リンゴ泥棒の実態」みたいなタイトルが付きそうな光景を作り上げている。 初めてこのカカシを見た時、僕は運転中だったが、思わず急ブレーキを踏みそうなショックに襲われた。目撃した時間帯が夕闇迫る頃だったので、本当に泥棒に見えたのだ。 いずれにせよ、僕が確認したところ、一帯のリンゴには被害は出ていない模様。リンゴにとっては、アカマル急上昇の立ち振る舞いが証明されたのである。
2007.10.19
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夜遅く、仲間3人で居酒屋Yに行く。生ビールが恋しくなるような季節ではないので、瓶ビールで乾杯し、即熱燗へ移行する。 この店は、どこから見ても和風の居酒屋だが、店主が「中華の達人」のもとで修行をした経歴を持つ。なので、通常の居酒屋メニューよりも中華系のツマミがいい。エビチリやギョウザの美味いこと。 かつて、クリーニング屋のK君が、この店主の師匠である「中華の達人」の店で食事をした。有名店の味を期待したのに、思いのほか不味くて「あんなの中華料理じゃないっすよ」と憮然。ところが、ここの店でツマミを食べた時、「これが本当の中華っすわ」とテーブルを叩いて感動した秘話が残っている。K君の舌をどこまで信用して良いのかは別として、中華が美味しい居酒屋というのは、「次の店どこにする?」という会話を削除してくれるのでありがたい。 今夜の締めは、ラーメン系が良いと判断。メニューにある「タンメン」を、特別に「チャーシュータンメン」にしてもらう。 お腹一杯。もう食べられない。なので、熱燗を追加して中華の余韻を楽しむ。ハシゴをしないで済むぶん、アルコール摂取量は確実に増えていたことに、翌朝目覚めた瞬間に気がついた。
2007.10.18
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おかしな宗教団体のおかげで、僕の住むまちはTV局のみなさんでにぎわっている。警察署なんか一般客が駐車できない状態になっていて、報道専用駐車場と化した。 事件の真相は明らかになってはいないが、僕の友人は「思わぬ経済効果」を受けている。 蕎麦屋のT君の店をはじめ、食堂のYちゃん、特に弁当屋のMちゃんには取材陣から大量の注文があったそうな。みんな「事件のイメージは悪いけど、バカにならないっすよ」と驚いていた。 ただ、床屋のH君のところにはその余波が届かない。TV局も新聞社も週刊誌も来ていないという。この際、平穏な暮らしを脅かしている各方面の関係者には、ぜひH君のところで頭を丸めて反省ほしい。
2007.10.17
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浅間山登山口のY君の宿で「マツタケの土瓶蒸し」を食べたS特派員から、衝撃の画像が届いた。本来ならばモザイクを入れてご紹介したいところだが、今回は特別ノーカットでご覧いただきたい。 昨夜の宴会で、僕が無理矢理お茶漬けにした料亭の土瓶蒸しとは大きく異なるスタイルだ。ここではその具体的内容物などについて記しておきたい。 まず、Y君の宿の土瓶蒸しは、ご覧の通りマツタケのみ。「これだけで充分でしょ?」というタイトルができそう。要するに、マツタケが「主役」だということを強調している。 一方の料亭版はどうか。マツタケもあるにはあったが、エビや三つ葉、カマボコも入り、「飲むよりも、つついて食べる」ことに重点が置かれているようである。即ち、「B級オールスター共演」の舞台なのだ。 さて、この衝撃の画像が撮影された浅間山登山口付近のマツタケは、Y君によると「絶好調収穫中」とのこと。「一気に顔を出し始めたので、回りきれないジレンマを抱えている」とも。ジレンマに悩むY君を、一刻も早く救出しなければならない。
2007.10.16
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秋の宴会料理に、マツタケが出ることは珍しくない。が、国産のマツタケが出ることは珍しい。今夜の宴会で出された「マツタケの土瓶蒸し」も、おそらく外国産のマツタケが使われている。が、こんな時こそ、真面目にマツタケを味わうのではなく、不真面目な食べ方で味わいたくなる。でないと、国産に申し訳がたたない。 「さあさ、温かいうちにどうぞお召し上がりください」と勧められた土瓶蒸しにはすぐに手をつけず、料理屋の女将さんにあえて「ご飯を1杯ください」とお願いし、僕は仮称「マツタケ茶漬け」を作ってみた。 それなりにイケる。いっしょに食べた後輩A君は、「N園のお吸い物の方が合いそう」と、庶民の本音をもらしていた。 しかし、味は2の次なのだ。マツタケの土瓶蒸しを使ったところにこのお茶漬けの価値がある。ちょっぴり贅沢をした記憶の方が、味よりも深く刻まれる時もあるのだ。 で、僕らはその後、女将さんに「鮭茶漬け」をお願いし、「これこれ、これが本道」とサクサクッといただいた。
2007.10.15
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昨夜遅くに帰宅してから、怒涛の睡眠。なのに、まさかまた海に向かうとは我ながら信じられない行動だった。おそらく、就寝前にTVでみた「ど根性ガエル」が影響しているに違いない。シャツに張り付いたぴょん吉の、「根性、根性、ど根性」という掛け声が、睡眠学習効果となって僕を車に飛び乗らせたのだ。 こんな時は、初めての港に行ってみよう。 昨日はアオリイカがまったく釣れなかったけど、ここはひとつ僕の「ど根性」を見せてやろう。ほーら来たぞ! 結構重かったけど、眠気を吹き飛ばし「ど根性」で寄せた。今シーズンで1番大きなアオリイカだった。昨日釣れなかったぶん、喜びもひとしお。 夕陽が沈むまであっという間。ずいぶんと日が短くなったな。つるべ落としが、音を立てて水平線に沈んでいく。 もう少し釣っていたいのに、暗くなるのもあっという間。お天道様には、もう少し「ど根性」でねばってほしい。
2007.10.14
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ビギナーズラックというのは、得てして初心者ではない同行者が揃って振るわない時に起こる。G君がやってくれた。 豆アジ40匹。しかもG君は魚を調理できるので、包丁も使わずにハラワタを取り除き、初心者ではない僕らを驚かせた。 そもそも、酒を飲んでいるか獣の肉を食べていることが日常の大半を占めているG君が、魚釣りをすること自体がアジもビックリなのであった。 僕やN君、後輩S君はまったく振るわず、飲食にしか楽しみを見出せなかっただけに、豆アジのから揚げはありがたい一品だった。 で、アジを揚げた油がもったいなくなって、例の切り餅を揚げてみた。正真正銘の「磯辺揚げ」である。 さて、ビキナーズラックがあれば、ベテランズアンラックもある。N君は、釣り始めていきなり僕に帽子を釣られ海にキャストされるわ、買ったばかりの高級ルアーをたった3投で海中に置き忘れるわ、挙句の果てに携帯電話を海に落とすわで、オカリナの音色が聞こえそうな悲しい物語を演じていた。
2007.10.13
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夜からの釣りに備え、G君とN君と後輩S君とで、地元のスーパーへ買出しに行く。徹夜で釣りをするには、それを支えるそれなりの食事が必要なのだ。アルコールは缶ビールと缶チューハイなど。牛肉と豚肉、ベーコンブロックなど高カロリーな動物性タンパク質を仕入れる。 しかし、カロリーは充分だけど、精神的な満足感を得るには何かが足りない。その時、G君が「これどうよ?」と指差したのは、切り餅だった。満場一致で承認。 秋の夜の海辺は肌寒い。腹ごしらえをして、体力を高めておかねばならない。妖艶な炎をにじませる炭火の上で、牛肉と豚肉が「ジュージュー」と焼きあがる。S君が仕入れた「ガーリック風味の塩」や、「七味ネギ塩」を振りかけていただく。笑えるぐらい美味しい。 さあ、ここで大トリの登場といこう。膨らみ始めた餅に醤油をかけると、「チュン」という効果音が生まれる。香ばしい煙が上がったら、あえて「熱っ」という、当たり前ではあるがお決まりの言葉を述べていただこう。 肉、野菜、魚介類が幅を利かせるバーベキューだけど、日本人は餅を忘れてはならない。餅は日本人の力の源なのだ。僕らはここに、「力バーベキュー」の推進並びに消費拡大及び斡旋勧誘の野望を、焼けた餅並みに膨らませるのであった。
2007.10.12
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陸上競技で使う砲丸って、7.25kgもあるとは知らなかった。何も知らない人が持ったら、ギックリ腰になっても不思議じゃない。砲丸投げの選手の多くは「いい体格してるわ」と万人をうならせるが、あれぐらいの支えがなければ20mも投げられるワケないのだ。 「知らなかった」ついでに、オリンピックで使用されている砲丸は数カ国から取り寄せるが、日本製品が最も評価が高い。前回大会では、何と決勝進出者全員が日本製の砲丸を選んで投げたんだって。たまたま召集がかかった講演会で、そんな話を聞いてビックリした。 これを作っているのが埼玉県の小さな工場。社長さんはどこにでもいる感じの「お父さん」だけど、砲丸は... おっと、これもどこにでもある感じか。だがしかし、重心のバランスや肌触り、何よりも「お父さん」の心意気が違うのだ。 で、来年の北京にも納品要請が出ているらしいけど、「反日デモをする国には収めない。職人魂が許さない」と、このお父さんは断言していた。砲丸を投げる時の、選手の顔にも似た赤さと厳しさだった。
2007.10.11
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近所の畑に植えてあった蕎麦の実が、いい感じで頭を垂れてきた。 気が付けば、もう新蕎麦の季節。もうすぐ街中に「新そば」の旗がひらめく時期になった。 僕はそれほどの蕎麦好きではないけど、昼間から飲める店は蕎麦屋ぐらいしかないので、飲むことも飲むけど、食べる機会も多い。一応、蕎麦処なので「二八」とか「七三」とか「十割蕎麦」も食べるけど、恥ずかしながら味の差はよくわからない。どちらかというと酒のツマミとしての存在が第一なので、蕎麦粉の配合は漬け物で言えば「塩小さじ1杯」程度の問題なのだ。だから、「そば通」とか「そばっ喰い」とか言う称号を持つ人を立派だと思うし、うらやましくなる時もある。 で、大きな声では言えないけど、実は駅の立ち食い蕎麦が僕は大好きだ。構内や道端に広がる出汁の香りが好きなのだ。蕎麦汁だったら、「二八」だの「七三」だの、香りの判別ができるんだけどな。
2007.10.10
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栗の町・小布施で買った「モンブラン」を食べる。 栗とケーキの合作は、僕にとって甘いことこの上ない。後方にそびえる栗のシュークリームも、僕の命を脅かすほどの甘さだった。 もともと、甘いものは苦手で、最中やあんまん、砂糖菓子なんかは受け付けない身体にできている。万が一、間違って食べたとしても1口でお腹が一杯になってしまうのだ。 そもそも、多くの人に「小布施町のモンブランは美味しい」と言われ、それなら1回ぐらい食べてみようか...と思ったのが間違いだった。甘いものはどこまでも甘いのである。 で、このモンブランは、山の形をまねて作られたそうな。「母の愛は海よりも深く、父の愛は山よりも高い」なんて言うけど、このモンブランは山よりも高い血糖値を招きそうで怖い。そもそも、伊仏国境にそびえる4810mの魔の山は、登山家にとっても、それほど甘くはないだろう。
2007.10.09
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信州小布施は、葛飾北斎や小林一茶ら文人墨客を引き寄せた北信濃の古い町で、最近はその昔の繁栄を蒸し返すような活気を発散している。栗菓子、酒造り、趣のある町並みといった先人の築いた遺産を、とても上手に生かしているのだ。 この町に行く用事ができた。が、せっかくなので、ちょいと足を延ばして日本海でイカ釣りをすることにした。栗よりもイカの方が好きなのだから仕方ない。使える時間は、上手に使おう。 新潟の海は雨。釣り人も少ない。それでも、雨の波紋でざわめく海の中で、僕の欲深い発信を受け止めてくれたのは、ずいぶん寸胴なアオリイカだった。と、思ったらコウイカだった。写真でしか見たことがなかったので、うれしいことこの上ない。同じイカでも、アオリイカと比べると「肝っ玉おっかさん」のような体形である。 さてさて、小布施町。商店や一般の民家の庭を拝見できる「オープンガーデン」を覗く。 使える空間は、上手に使う。そんな小布施の活気を垣間見る。できれば釣りもそういきたいな。釣れるものは上手に釣りたい。 小布施のまちかどで、栗の実がイガの中から顔を出していた。ありふれた風景さえ、観光を支える小道具にさえ思える。
2007.10.08
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年に1度開いている骨董市に出かける。同い年のG君と、数百mも続く市を見てまわる。 骨董品と言っても、ほとんどが古い民家から持ち出したような品物で、書画やら陶器やら古着も並び、ちょいとホコリっぽいフリーマーケットのよう。値段の付け方が非常に怪しくて、それが「骨董市」の楽しさに幅を与えている。品物じゃなくて、店主とのやりとりがこの市の真骨頂だ。 「おおっ、この大きな陶器いいねぇ」 「それ、もしかして便器じゃない?」 「肥しが染みた器だから、花も元気に育つかな」てな具合に歩いていると、古い蓄音機が目に止まる。 どう見ても、所々手直しがされている。だがしかし、なかなかシブイな。2万円ほどで売られているけど、交渉すれば1万円ぐらいには落とせるだろう。この店の、骨董品級のおじいさんと交渉しよう。 「おじさん、この蓄音機まだ動くの?」 「動きますよ。でも72回転のレコードじゃないと聴けないけどね」。そんなレコード持ってない。が、それが幸いした。危うく衝動買いするところだった。 去年、僕はこの骨董市で釣竿を衝動買いした。竹竿だった。実用的ではないことはわかってはいたけど、ついつい買ってしまったのだ。結局、この1年間は釣りに使うでもなくリビングの壁に吊るし、へんてな壁掛けにしていた。骨董品は、骨董品としてしか使いようがないのかな。僕の場合は。
2007.10.07
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先週、初のアオリイカに挑戦し、落胆して帰路に着いたN君が、「なんだか納得がイカなくて」と2週連続のイカ釣りに出向く意向を示した。僕は、「ご支援、ご協力並びに叱咤激励」をしなければならない。後輩S君と3人、新潟へ向かう。 秋晴れの海は、限りなく澄み切っている。この環境を満喫するため、僕は早朝から飲酒に励む。イイ感じのほろ酔い加減が、イカを招き入れた。 しかし、N君にはイカが寄らない。僕はというと、なぜかイカを連発。 「何で釣れるのですか?」 「それは人間性で釣っているから」と、いい加減なアドバイスをする。「アッ、ついに僕にも来ました!」と喜ぶ後輩S君だったが、イカではなくてタコだった。「釣りは人間性が問われる」という僕の哲学が証明される。 場所を代えても、大勢の釣り人の中でなぜか僕だけが釣れる。朝から飲み続けていたのと、優越感の混じる良好な精神状態に眠気が忍び寄る。そんな時だった。N君が初めてのアオリイカを釣り上げたのは。 実は、僕はこの瞬間を見ていない。というのも、「大の字になって大イビキで寝ていましたよ。周りにいた釣り人があきれてました。それにしても、すっげえイビキでしたわ」とのこと。確かに、あれほどいた釣り人が、姿を消している。 それにしても、高さ5mの堤防の上で、寝返りでもうったら大変なことになっていた。昼寝が永眠につながるところだった。寝相が良くて、ホントに良かった。釣り場の昼寝も、人間性が問われるんだな。 さて、秋の海辺は肌寒い。こんな時は、お酒もいいけど味噌汁もいい。漁港近くのコンビニで、後輩S君が仕入れた青海苔のカップ味噌汁。人間性を問わず、これは格別。
2007.10.06
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浅間山に、秋の気配が漂ってきた。うっすらと流れる噴煙も、冷えてきた山頂の空気をまとっているかのような色合いである。 全国の追分節の源流となっている「小室節」は、「小諸出てみろ浅間の山に今朝も3筋の煙立つ」と唄われている。しかし、僕はいつ見ても、「3筋」を確認できず、1筋ないしは2筋半程度までしか数え切れない。昔の方がその「筋」が多かったのかな。 この民謡は、古くはモンゴルから信州に来た遊牧民が、遥か故郷を思い唄った節だと言われている。モンゴルの台地に響く、あのホーミーのような神秘的なトーンが、この民謡には残されている。確かな記録は残らなくても、歌はごまかしようのない文化となって残ったのだ。 小室節はその後、越後追分や本荘追分、江差追分につながったとされている。3筋どころか幾筋もの民謡の源流になったとか。諸説あるらしいけど、「火のない所に煙りは立たない」と、3筋の煙を歌い上げる地元の民謡愛好家は、今朝も信じて疑わない。
2007.10.05
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僕が、海釣りに行く時のクツは、こんなタイプだった。 このタイプは蒸れないし、夏の海を楽しむにはさしたる問題もなかったけど、堤防の上やテトラポットではたまにツルッとくる。前回だって、足が滑ってしまい海に落ちそうな目にあった。これではイケナイと思い、今日こんなクツを買ってきた。 スポーツ店で色々と物色している中で見つけたバスケットシューズ。ランニングシューズでもトレッキングシューズでも良かったんだけど、結局このクツを選んだのは、足首までガードしてくれるし、一昔前よりも随分と軽くなっていて、形も奇妙。何よりもこのインパクトが引き金になった。 釣りのクツには滑り止めにスパイクを打ってあるのもあって、僕も鮎釣りなんかには使っているけど、海ではそれほど危険な場所には行かないので、これぐらいでちょうどいい。 さてさて、次回の海釣りは目にも止まらぬドリブルで食い込み、「キュキュッ」と相手を翻弄した末に、「ドカーン」とダンクシュートを決めるのだ。
2007.10.04
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信州の僕の家から、1番近い海となると新潟県になる。国の区分では「信越」という名称でひとくくりになっている。我が家から5分ほどのICに入れば、高速で1時間半も走ると日本海に着く。「信越地方」というひとくくりが、身近に感じる距離である。 ただ、いかんせん海の情報に疎いので、前もって釣れる場所とか魚の種類などの情報を仕入れることが大切だ。この場合、インターネットを利用するのが手軽なんだけれど、僕の場合は書物がないと不安になってしまう。そんな僕を支えてくれているのが、この本である。 書店を物色すると、得てしてマニア向けの雑誌や肩肘張ったガイドブックが我が物顔で売り場を占領しているけど、棚の隅に申し訳なさそうに顔をのぞかせていたのがこの本だ。ページを開けば「安全とマナー」、「新潟で釣れる魚たち」といったイラスト入りの解説が、小中学生に呼びかけるような文体でつづられている。「入門」という言葉に新鮮味さえ覚え、即購入。以来、僕の車の中で鎮座している。 「ファミリーフィッシング」という題名も泣かせる。文句のつけようのないありふれたネーミングが、1億2千万人さえも飲み込む許容量の大きさを物語っている。この際、正しい英語でなくても構わない。文法よりもそのノリに、僕は釣られてしまったのだから。1600円。新潟の新聞社より「大好評発売中!」。
2007.10.03
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古本屋さんで、日本酒をテーマにした本が目に止まった。表紙には、僕がこれまで飲んだことがある銘柄もいくつかあって、税込み105円の大枚を叩いて入手した。 お酒には、いくつもの物語が沈殿している。製造工程やら職人の技やら、お酒にまつわる話は尽きない。「この本をツマミに、秋の夜長を飲んでもいいな」なんて考えた。 家に帰り、ページをサラッとめくった時、しおり代わりに挟んであった新聞の切り抜きが落ちた。何だ? どうやら、この本の前オーナーのものらしい。新聞記事は、山梨県のネタなので、きっとこの本は山梨から流れてきたに違いない。 で、さっそく読み始めたのは、本ではなくて新聞記事だった。前オーナーは、なぜこの記事を切り抜いたのか?それをこの本に挟んだ理由は?なんだか、本を読むよりも面白そうだぞ。この切り抜きをツマミに、秋の夜長を飲んでもいいな。
2007.10.02
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同い年のG君は、20代の頃に頭のてっぺんに除草剤をまいて以来、不毛地帯と化した直射日光厳禁の頭皮と向かい合って生きている。他人にはあまり言わないけど、苦労話も数え切れない。 毎年秋になると思い出すのは、数年前にG君に起きた悲惨な事件だ。この一件は、今でも僕の頬に大粒の涙をつたわせる。 栗拾いは、木にしがみついている栗を落とす作業が同時進行する。竹の棒で枝をつつき、イガグリを地面に落とすのだ。 その日、G君は家族で栗拾いに出かけた。身体の大きなG君は、竹の棒で栗を落とす係に就任。「えいっ、やっ」と竹を振り回して、イガグリを落としていた。 と、その時、G君は頭のてっぺんで「サクッ」という音を聞いた。トゲトゲ鋭いイガグリが、事もあろうにG君の露出した頭に突き刺さったのだ。「痛てっ」と思ったその後で、G君の頭から鮮血が流れた。「あっ!畜生!こんな栗拾いやってられねぇや!俺、もう帰る!」と、怒り心頭に達したG君は自宅に帰り、手鏡を見ながら無防備な頭皮に刺さった栗のトゲを、トゲ抜きで1本1本抜いたのだった。 僕は「せっかく"髪の毛"が出来たのだから、抜くこともなかったのに」と忠告したが、G君はそんな余裕がなかったらしい。以来、僕はこの事件を「サクッ」事件1号と認定。事故の予防とヘルメットの装着を呼びかけている。 ところで、G君は食料品とプロパンガス屋である。食料品を取り扱っているので、魚をさばくこともできる。昨日後輩S君が釣ったコチと、僕が釣ったクロソイを刺身にしてもらいにG君の店に行く。包丁さばきは、竹の棒さばき以上にスムーズで美しい。さすが玄人である。 と、そこへG君のお母さんが現れる。「これ食べてみて」と僕にくれたのは、自宅の畑で拾った、あの「サクッ」事件の犯人だった。 僕は、事件の後にG君の頭に貼られていたバンソウコウを思い出してしまい、腹筋のケイレンを抑えるのに精一杯。美しくさばかれた刺身の断面は程よく輝き、G君の頭を見るかのようだったが、その光り輝く断面に、なぜか栗のトゲが見えた気がした。
2007.10.01
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