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場末の王道を行く食道Oに、ほぼ1年ぶりに入店した。 従業員は、店主のオヤジさん。ウエイトレスは奥さん。2人とも、この時期になると十二単のように重ね着をするので、冬眠を前にしたミノムシを想像してしまう。店はそれほど寒くはないが、この2人の重ね着に寒々しい思いをするのは僕だけではあるまい。 店内は、決して清潔とはいえない。が、壁に張り出した新聞の切り抜きやポスター、作者不明の絵画、雑誌、ティッシュ箱1つとっても配置は変わらず、妙な安心感があるのが不思議だ。 メニューも変わらない。 これが定番人気メニューの「ミックスフライ定食」である。 味も変わらなければ量も変わらず、値段も変わらない。この「かわらなさ」が、よく「わからない」。
2011.11.25
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昨日、今日と、昼食にカレーを食したのでご報告したい。 まず、昨日のカレー。 500円というだけあって、見事に具がない。ちなみに、具は刻み込んではないカレーで、同行のA君は「ルーの味が利いてますね」とコメントした。 次の今日のカレー。 昨日の一件があったので、あえてカツを入れた。 が、それ以外の具がない。 英語で言うと、味も中身も「NO具ッド」である。
2011.11.22
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ご案内の通り、車のキー紛失で僕は1ヵ月で都合3回、山形県鶴岡市を往復することになったのだが、今回の1件は実に奥深い出来事として僕の人生に残ることになった。 まずは、イモビライザーキーという難解なカギのおかげで車を旅先の漁港に1週間も駐車するハメになったこと。次に、地元の人々のおかげで現地のディーラーまで「格安」で車を移動できたこと。新たにキーを作ることになったのだが、タイの大洪水で製造が遅れ、「長野と山形間で発生したトラブル」が、「国際的なトラブル」に発展してしまったことなどが挙げられる。 が、ついに現地ディーラーから「お車のカギがようやく届きました」との連絡が入り、1ヵ月ぶりの対面が叶うことになった。 といっても、車を回収するだけでは味気ないので、現地までの運転手S君と釣りをした。 魚の回収には至らなかったが、今回の一件ではS君に2度も山形まで付き合ってもらった。感謝。やはり、持つべきものは運転手である。 ディーラーで新しいキーを受け取った。感激。 久々の対面を果たしたマイカーと感動の記念写真。 これで、無事に車の回収完了。残るは... 先日の釜山旅行で美味しい焼肉が食べられなかったことから、今回は「焼肉による舌鼓の回収」もテーマにした。 S君は、「やっぱり日本の焼肉は美味い。焼肉の本場は日本ですな」と目を潤ませていた。僕も同感。あまりの美味しさに、正面にいるはずのS君の顔が、やけににじんでいた。
2011.11.19
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本格的な冬が近くなると、美味しくなるといわれるものが多い。 鍋、熱燗、脂の乗った魚...。いずれも文句の付けようが無い。 が、あえて言わせていただくと、僕は「ポン酢」の美味しい季節だと思っている。 湯豆腐だって、ちょっとした海鮮ものだって、ポン酢がなければ始まらない。ポン酢様様である。 この白子ポン酢も、その代表格だ。 居酒屋Sに同行した同級生M君は、「こんなの食べたの生まれて初めて」と興奮。器に袖が触れ、中身を若干こぼしてしまった。 スーツに染みたポン酢の臭いは、最低だった。ポン酢は、白子を引き立てることはできても、スーツに染みると黒子役にはなれないことが判明した。
2011.11.15
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釜山最終日の朝は、午前4時に起床。本来であれば2時間前には起きる予定だったが、せっかくセットしたアラームはS君のイビキにかき消されたらしい。 まずはホテルから10分ほどの場所にあるチャガルチ市場周辺を目指す。早朝の市場は、せりで活気づいている。おそらく、日本のそれと同様の様相で、せり人の掛け声も極似。「…ウォン!」「…ウォン!!」。浪花節でも歌いそうな声質が泣かせる。 ところが、市場内はどこへ行っても卸業者のテントが続き、直線距離10mもない海まで渡れない。 仕方なく、タクシーに乗って場所を移動しようと決意。S君と僕の手持ちは3000ウォンほど。運転手のおじさんに「3000ウォン、フィッシング、OK?」と、S君が交渉。日本語が通じない。仕方なくまずは乗り込んで、「ブリッジ、ブリッジ、ターンライト…3000ウォンOK?」などと説明する。 タクシーが停まったのは、希望通り橋の下の湾岸部だった。 が、3000ウォンを渡そうとすると5000ウォンくれという。「ブリッジまでは3000ウォン、ここまでは5000ウォン!」と主張する。 日本円にしてわずか140円程度のことで、ケンカするのも芸がない。が、日本人としての意地もある。3500ウォンほど渡して車を出るも、「あれ?あのおじさん日本語しゃべれるじゃんか」と気付く。なかなかのウォンおじさんだ。 湾岸部には、大きな工業船が停泊中。釣る場所がない。仕方なく、今来た道を徒歩で戻り、観光船の船着場を発見。ここでルアーを投げる。 当たりはあっても魚は釣れない。ほぼ予想通りの展開を噛み締める。一向に食いつかないアジの姿を確認し、ホテルへ帰ることにする。あれほどスッタモンダした道のりだったが、釣り場からホテルまでは歩いて10分もしなかった。 ホテル前で、今回の旅行主宰者のS社長が出迎え。いっしょに、ホテル裏にある釜山タワーを見に行く。タワー前のベンチで、釜山出身の有名女優が僕を待っていた。 さすがに有名人。いっしょに写真撮影をしても、「5000ウォン!」とは言わなかった。 遥か眼下、オレンジ色に明けてくる街から犬の遠吠えが聞こえる。心なしか「ウォーン!」と言っている気がした。
2011.11.12
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釜山2日目は、ヒュンダイ自動車の工場見学からスタート。 カーマニアではないけど、「このブランドの車には乗りたくないな」と思う。が、工場見学担当者のお姉さんはとても美人で、日本語もお上手。新宿で2年ほど生活していたという。 工場の次は、世界遺産になっている仏国寺へ。 600年も昔、文禄の役で日本との戦にさらされたという史実よりも、再建して世界的な観光名所に仕立てた人々の努力が尊い。 昼食は、「典型的な郷土料理」を出す森浦という店。 「郷土食」の響きに対する嫌な予感は見事に当たり、僕が食べられるものは皆無だった。 さすがにお腹が減ってくる。釜山に戻る頃にはクラクラし始める。昨日から、お腹いっぱい食べた記憶がない。これはピンチだ。栄養失調になりそうだ。 意を決して、現地ガイドさんに「ハンバーガーが食べたい」とおねだり。すると、「はい、わかりました。わたしがご案内いたしましょう」と、ロッテリアまで手を引いて連れて行ってくれた。 ハンバーガーが、こんなに美味しいと思ったのは生まれて初めてである。ハンバーガーさん、ありがとう。ガイドさん、ありがとう。あなた方は命の恩人だ。 スタミナ回復を果たしたので、地元の屋台へ出向く。通訳いらずのI君のご指導で、僕でも食べられそうなツマミと焼酎をいただく。 夕食は、チャガルチ市場で魚料理。これなら何とかなりそう。 生簀で泳いでいた魚を料理する店なのだが、やはり活け締めの魚には及ばない。この国にはそうした技術がないのか。それでも、技術を要さない韓国海苔とウニの一品はなかなかいけた。 就寝前、ロッテリアで買った夜食用ハンバーガーを食べる。隣のベッドで僕の手元を凝視するS君を哀れに思い、半分あげる。S君は、「今回の旅で一番美味しい食事だと思います」と告白した。
2011.11.11
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今や毎日テレビを賑わせる韓国という国は、個人的にはあまり興味のない国だ。俳優の名前はほとんど知らない。料理の名前と間違えるくらいだ。 知っているのは、日本の植民地だったことや、そのために年配者が日本語教育を受けていたこと。飛行機で2時間という場にありながら、学生時代はまだ戒厳令が敷かれていたことぐらいか。 日常生活でも縁遠い。キムチは嫌いだし、韓国料理というものを心底美味しいと思ったこともない。韓国のお姉さんとお付き合いをしたことさえないのだ。 それが突如、仲間14人と釜山旅行に行くことになった。2泊3日の行程を不安視するのは、僕よりもむしろ身近なお友だちだ。本日より3日間は、「釜山旅行顛末」と題してお送りしたい。 初日の日程は、昼頃に成田を出てから釜山に入り、焼肉を食べてから自由行動ということになっている。 成田までのバスで、今回の旅で唯一のマッコリを飲み、韓国気分を味わった。この後、僕は帰国するまで「美味しいお酒」にはありつけなかったのだが...。お酌してくれているのは、先日30歳になったばかりの独身添乗員Uさんである。 夕方、ホテル近くで焼肉を食べる。 僕の住むまちで営業する韓国人Cさんの焼肉の方が美味しいと思った。 真ん中の女性は、小学生の子どもがいる30代半ばの韓国人ガイドのSさん。とても地味な女性なのだが、僕にとってマリアお母様のような存在になろうとは、この時点で知る由もなかった。 今回、釜山を満喫するために釣竿を持参した。食事の後でガイドさんにその旨伝えたところ、会社の上司Cさんに釣り場まで案内させるという。仲間4人でCさんの車に乗り込み、「ここは釣れますでございますよ」というポイントへ。 「釣れますでございますよ」のポイントは、あいにくの強風。「これじゃ、釣れないでございますよ」と思いながらもルアーを準備。 おかげさまで、釣りデビューのY君が小魚を掛けることができた。 早々にホテルへ帰り、飲みに行くことにした。道路にはみ出したテーブルに座り、出てくる料理と焼酎を飲む。 反日感情の高さかからか、はたまた僕の味覚とのミスマッチか、種類は多いが美味しいと思えるものが少ない。 思いを伝えようにも日本語、英語、フランス語、信州弁が通じないのでもどかしい。 異国風土を体験するには、避けては通れない道とあきらめつつも、明日からの食生活に若干の不安がよぎる釜山の夜。韓国焼酎が、思いのほか鼻につく。
2011.11.10
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大病を患った米屋のM君は、このところ体の調子が赤丸急上昇中。去年の夏には炎天下でも、ももひき、ドテラ着だったのに、今夜はすっきりとした格好で「ようやく着るものも普通になりやした」と笑顔いっぱいだ。 食事の方も「まったく制限がなくなりやしたんで、ええ、何でも食べやす」という。かと言って、いきなり濃いものも食べられまいと、鍋物をつつくことしにた。 M君はアルコールアレルギーなので、病気になる前から禁酒しているが、ホットカルピスと熱燗での乾杯も、また悪くはない。 話題は、TPPである。米屋への影響は少なくない。M君は経済学部出身なので、島国の経済活動の行く末を憂いでいる。加入することにでもなれば、米一升どころか「一生こまりやす」。
2011.11.07
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おそらく、年間1度行くか行かないか程度の居酒屋チェーン店に入ることになってしまった。 居酒屋チェーンは嫌いだ。 メニューには絢爛豪華な写真が並び、一見バラエティーにとんでいるかのように錯覚するが、美味しいものはほとんどない。百歩譲ると、焼き物や揚げ物はまだ我慢できるが、刺身などの「技」はない。今夜のSだって、厚さ4mmもある「ヒラメの薄造り」の干からびた味に、「うーん」と唸らずにいられなかった。 居酒屋チェーンは嫌いだ。 メニューはおろか、店員の対応がマニュアル化されていて、味気がない。居酒屋なのかファミリーレストランなのかを疑いたくなるような接客が、飲食の味わいを台無しにするからだ。 今夜のSだって同様だ...と思っていたところ、僕らのテーブル担当だったTさんは、とても感じのいい店員さんだった。 居酒屋チェーンを、飲まず食べず嫌いだったかもしれないと思った。
2011.11.06
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居酒屋では、女性店員と記念写真を撮ることが多いのだが、半世紀前に誕生日を迎えたような女性陣は遠慮して、なるべく現役生産世代の方々を選ぶようにしている。 で、今夜の店員さんは何歳に見えますか?(1)16歳(2)26歳(3)36歳 答えは(1)である。お酌をしてもらった後で告白されたので、一気に酔いがさめた。 近頃の居酒屋では、現役生産世代の予備軍に当たってしまうこともあって、「犯罪」を意識せざるを得ない場面も少なからずある。だいたい、僕が酔っ払っていて、目じりや肌艶、言葉遣いなどをキチンとチェックしないことにも問題はあるのだが。 考えてみれば、熱燗を注文した時に、「コップはいくつお持ちしましょうか?」と聞かれたっけ。
2011.11.04
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北国街道というのは、徳川さんの時代に敷かれた道で、軽井沢で中山道から分岐して善光寺、上越方面に抜ける。この道中には宿場がいくつもあるが、平原宿から小諸宿、小諸城までを歩こうなどというイベントが企画されてしまった。 区間全長11km。お勉強の次にお散歩が苦手な僕にとっては、「地球何周ぶん?」くらいの距離である。だがしかし、売られたケンカは買わねばなるまいと、参加してしまった。 スタッフの面々からは、「あれ?本当に歩くの?リタイアコースは設定していないけど」と嫌味を言われつつも、若干の面影が残る街道をひたすらゆくのであった。体格は小さくても、パソコンはいじれなくても、江戸時代の人々はなかなか偉いと思った。 3時間ほどゆっくり歩いて、小諸城址懐古園にゴール。会場ではちょうど記念撮影会が催されていて、モデルのFさんと完歩記念写真を撮ることになった。 が、データに記されていた画像には、お友だちのHさんが思い切り邪魔なスペースを作っていた。北国街道を先人たちが行き来した江戸時代であれば、おそらく手討の行動である。
2011.11.03
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御代田町での宴会が終わったのが午後8時。僕のほかは年配のおじさん、おばさんだったので、盛り上がりが短くて助かった。 ところで、帰りの交通手段はどうしよう? この地域には、「しなの鉄道」という3セク電車が走っているのだが、僕はこれに1度も乗ったことがない。今夜のようなチャンスは滅多にないので、冒険気分で電車に揺られることにしよう。 御代田駅に入ると、無人駅のような風景が僕を待っていた。 ほかに、誰もいない。そのままホームに入ったのだが、あわててチケットを買いに戻り、30分に1本の割合で入ってくる電車を待つ。 車内には、高校生らしき若者が2人。あまりに静かだ。 この次の駅は平原。その次が終点の小諸である。230円の旅が始まる。 小諸駅に降り立ち、たった9分の旅が終わった。 そこそこの緊張感と感動のおかげで、アルコールはすっかり消えている。旅の充実感で気分最高、足取りも軽い。こんな夜は、まっすぐ家に帰ろう。駅前でタクシーに乗り、初乗料金700円で自宅に直帰した。
2011.11.01
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