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退院5日目、まだ身体の動きは完全復調とは言えず、食材の買い物で外へ出るくらいで大人しくしています。楽しみと言えば、料理をするためにキッチンに立つ、それくらいですがそれでも作り終わった頃には疲れがどっと来ます。冷たいビールを飲みたい、そのつまみにと今夕作ったのがこちら。是は一人分です枝豆の左横は鯵のピカタ、右隣はエビとシラスのコロッケです。エビフライの右横はアスパラガスとエビのマヨネーズ和え。クリームチーズの味噌漬けもお昼に仕込んでいたのですが盛り付けるのを忘れました。これらのつまみでカミさんと二人で350mlの缶ビール2本を飲み、ほろ酔い気分となりました。以前の元気な頃よりアルコールに弱くなったような気がしています。
2013.06.30

熊本市の東部、通称、国体道路を自宅マンションから阿蘇方面に向かって片道約11キロ、車で約20分走ると収穫したばかりの新鮮な野菜などを売っている「きくちのまんま」があります。先ほどドライブを兼ねてそこへ出かけてみました。9時半頃、レジは長蛇の列、今朝もたくさんのお客さんでいっぱいでした。スイカ売り場。300円のものを購入。野菜を買うときにもビールのつまみになるメニューを作りたいために何を買おうかと考えています。今朝、買ったのはスイカ、アスパラガス、枝豆、ピーマン、きゅうり、万願寺唐辛子、トウモロコシ、青じそ、そして卵(300円)、締めて1,460円でした。今夜のビールのつまみ(9種類を予定)は今3つほど決まっています。
2013.06.30
病み上がり、体調がまだ万全でないため外出を極力控えている。外出するのはスーパーへ食材を買いにちょっと出るくらい。ということで昨日の午後は長男が出て行ったあとの部屋の片付けをした。長男は今年1月に「一人暮らしをしたい」と出て行ったが荷物がたくさん残っていたので早く片付けなさい、 全部持って行ってくれと言ってきたが一向に片付かない。休日、魚釣りに出かける時間はあるというのに。 長男が出て行ってもう5ヶ月が経ったが一向に片付かないので仕方なく、私が片付け始めた次第。「荷物の置き代金として一ヶ月あたり5千円徴収するぞ」と脅してきたにも係わらずボチボチとした片付け方。25,000円(五ヶ月分)の請求書を作って長男に請求してみようと思っている。払ってくれれば儲けものである。夕方、片付けがやっと終わって、めでたく引越し。昨晩からその部屋で寝ることにした。カミさんは是から私の鼾や寝言から開放されてゆっくりと眠れるに違いない。
2013.06.30

二ヶ月近い病院食でカレーが二度ほどお昼に出てきましたが、自分で作ったカレーを食べてみたいと、いつも出かけていたスーパーへ久しぶりに出かけてみました。開店前は相変わらずの長蛇の列。二男が中学校の部活で野球をしていたときの保護者(奥様)の方とバッタリ遭遇。「痩せましたね」と言われました。今日のランチは小さなイカとスイートコーンのカレー.スイートコーンの甘さを感じるカレーとなりました。作れる喜びを感じながらの久しぶりのカレー、申し訳ないのですが病院のカレーより自分で作ったカレーの方が美味しいかなと思いました。
2013.06.29

昨日、私へのお見舞いを親戚から預かっているのを届けるために義兄と姉が訪ねてきました。義兄の畑でとれたというトマト、茄子、きゅうりも持ってきてくれました。今年は3月からの体調不良、そして手術、入院で野菜の苗植え、種播きがちょうどの時期にできず、ガッカリ。4月~5月は昨年種を播いたソラ豆の収穫時期でしたがそれも口にすることできませんでした。そんなガッカリ感は義兄が作ったこの完熟トマトで少し薄められたようです。昨年の今頃、私の畑にはトマト、ピーマン、きゅうり、茄子、とうもろこしなどが収穫時期を迎えていましたが、今年は何もありません。今日の朝食「完熟トマトと茄子とハムのパスタ」今年の夏は自ら栽培したものを収穫、料理するという喜びを味わうことができません。ちょっと残念、寂しい夏を迎えています。
2013.06.29

高度専門医療のS病院で手術を受けたのが5月1日。緊急入院だったためカジュアルな服装のままの入院でした。術後の数日間はICU集中治療室に居て、そのあと一般病棟へ移されました。10日くらいはぼんやりとした感じで何もできず。そして喉に入れられたいろいろなもので声はほとんど出ず。5月21日にK病院へ転院。5月末あたりから声も少しずつ出るようになってきて、本を読む気になったのもその頃から。友人のS氏が持って来てくれたのがこちら京都に住む姉は、近代熊本の人物像を紹介するこの本を。登場する人物は知らない人が殆どでした。パブのマスターと女将さんは宮部みゆきの「蒲生邸事件」と池波正太郎の「食卓の情景」と「味と映画の歳時記」を持ってきてくれました。我が家から宮本輝「真夏の犬」、夏目漱石「草枕」、佐川光信「おれのおばさん」、田辺聖子「源氏物語」、藤沢周平は「驟り雨」と「夜消える」。そして浅田次郎の「姫椿」をカミさんが持ってきました。退屈な毎日、病室での有り余る時間のおかげで読書三昧となりましたが、草枕と源氏物語の二つは途中で止まっています。草枕は「絢爛豊富な語彙と多彩な文章を駆使して(以下略)・・・・」とカバーで紹介されていましたが難読難解小説の部類に入ると思います。ところで私は活字は好きなほう、是からは週に一冊のペースでいろいろな本を読んでみたいと思っています。
2013.06.28

夕食途中、近くで夜市の開催を知らせる爆竹が鳴りました。食事を済ませ散歩がてらに出かけてみるとボチボチのお客さん。二ヶ月近く外の景色をゆっくりと見る機会がありませんでしたからホッとする癒される風景でした。屋台を前にした背中には夕暮れの中に咲く真っ白な芙蓉。白い芙蓉、なかなかのものです。そこに携帯へ着信あり。いきなり「お帰りなさい」の声。同じマンションに住み、同じ時期に管理組合の理事長、理事を務め、角打ち店での飲み仲間でもある私より遥かに若いKさんからでした。「今から走りに行くところです」とのこと。多分、ウォーミングアップ中に私の姿を見かけたのでしょう。入院中は2回もお見舞いに来てもらいました。夜市の灯り、白い芙蓉の花、そして「お帰りなさい」の言葉は退院したことを実感させてくれるものとなりました。
2013.06.27

今朝は4時半に目が覚めてしまいました。朝食までの時間はタップリあるということで退院後初めてキッチンに立ってみました。カミさんは熟睡中。今朝はこんなメニューとなりました。 卵焼きの横は鶏ささみの味噌漬けでカミさんが数日前に仕込んでいたもの。是に味噌汁があれば申し分なしだったのですが・・・・・。久々のキッチンは新鮮な気分でした。入院中買った料理テキストは熟読、借りた池波正太郎の「食卓の情景」に出てくるいろいろなメニューも是からトライしてみようと楽しみにしています。
2013.06.27
昨日の夕方、玄関のチャイムが鳴りました。カミさんはちょうど風呂の掃除をしていたので私が玄関のドアを開けました。立っていたのはダスキンのお姉さん。「ちょっと待って下さいね」と言ってカミさんと交代。応対を済ませたカミさんが「ダスキンの方がご主人痩せられたね、痩せさせては駄目よと言って行かれたよ」と教えてくれました。私が応対した時間はほんの数秒なのに痩せたことに気付かれたようです。今回の病気で体重は激減、72キロあったものが現在58キロ。病気と病院食で痩せた14キロ、ウェストは10センチ以上も細くなりズボンはブカブカ、ベルトの穴も役に立たず、ベルトを短く切らないといけません。きつい目に遭って痩せたこの体重、果たして今後も維持できるかどうかは今後の飲食次第にかかっているようです。
2013.06.27

入院中は元気になるにつれてとても退屈なものとなってきました。そこで日記を付けることにしました。 手術前日から数日間は記憶を辿って書きました。1日に何件も書いた日もあり、2冊の小さなノートには70件近くとなりました。その中からの抜粋です。(病名については詳細な記述を省略しています) 4月30日・・・・「紹介状を持って」 4月8日からある総合病院で体調不良(微熱、頻脈、体重減少、息切れ)の原因を探るべくお世話になっていたが依然として原因は分からず。4月30日は病院へ来るように言われて予約していた日でした。 血液検査の結果、CRPの値の改善はやや見られたものの白血球数は12,000と異常値で横ばいのまま。造影剤による検査もしたがそれでも原因は判明せず。 12時前にエコー室に入るように言われ検査してもらうと、その結果、循環器内科の医師から「今から紹介状を書くのでそれを持って大至急S病院の救急外来へ行って下さい。向こうの病院へは連絡してありますから」との指示を受ける。 「自家用車では行かず、タクシーで行って下さい。自分で運転されて途中で何か起きたら病院として責任がありますから」と念を推され、たいへんなことが判ったのだと思った。 そのとおり、私の今回の体調不良の重大な兆候が分かった時だった。それは後日わかったことだが、この日に判明していなければ私の命はどのようになっていただろう。 医師と看護士の方が病院の玄関まで送ってくれた。私はずっと内科へ掛かっていた。どこへ掛かるといいのか判らなかったから内科に掛かっていたのである。 S病院に到着。救急外来で受付を済ませて長椅子に座って呼ばれるのを待った。これから多分入院することになるだろうと思いブログを閉鎖し、コメントも返せなくなるだろうという思いでコメントの受付も閉鎖することにした。 30分ほどして呼ばれいろいろな検査を受けた。「ご家族は来ていらっしゃらないのですか、ご家族をすぐに呼んで下さい」と言われ電話をした。暫くしてカミさんと大型連休中の長男が駆けつけてくれた。 「明日、手術をします」と言われ、カミさんと長男には別室にて詳しい話があった模様。そのことは手術後、数日してその内容をカミさんから聞いた。5月1日・・・・「手術」「手術は午後からになると思います」と集中治療室で告げられた。1時頃、透明なマスクを当てられて意識を失った。5月2日・・・・「生きていた、そして不思議な物」 意識が戻ったのは翌日だった。目覚めたのは医師か看護士かそれとも家族から声をかけられたかはっきりと覚えていない。 とにかく生きていた。開胸手術を受けたところも全く痛くない。手術中は麻酔のおかげで全く記憶がない。 カミさんと長男と二男が帰っていたあとはただただ天井を見つめ時間が経つのを待つだけだった。口には酸素マスク。 天井を見つめていると何やら物体らしきものが動いて回った。形は葡萄の房、色は藤の花。これが私の視野の中を上下左右に飛んで動いた。是が幻覚というものではないかと思った。この葡萄の房・藤の花の色は翌日には消えた。5月3日・・・・「縛られていた」 口元には酸素マスクと何かが装着されているらしかったがはっきりと覚えていない。覚えているのは口元が苦しかったことと喉が渇いてどうしようもなかったこと。口元に付けられていたものを無意識のうちに取り外そうとしらたしく、両手首はベッドに縛りつけられていた。5月4日・・・・「ひとかけらの氷」 術後何日経ったのだろう、まだ意識が朦朧としていてはっきりとわからなかった。口にいろいろなものが突っ込まれているのためか喉は乾き、唇はカサカサ。「水を飲みたい」と看護士へ懇願したが医師からの了解が出ていないという。 術後、多分4日目だったと思うのだが医師からの許可が出たのだろう、ひとかけらの氷を口に入れてもらった。久しぶりに口で感じた水分、ジュワーッと口の中で溶けていく。60有余年、生きてきた中で一番嬉しい液体ではなかっただろうか。是が本当に生き返った気分、目尻から涙がこぼれているのが分かった。 「ひとかけらの氷」が持つ力、普段は全く感じないものだ。5月4日・・・・「カミさんの心配」 カミさんと家族、私の兄弟たちは手術の模様を術中モニター室という部屋でリアルタイムで見ていたという。「オヤジの心臓の色は悪かった」(二男)、カミさんは「この人、死ぬのじゃないかな。生きていても寝たきりになるのではないか。寝たきりになれば私も具合が悪いので看病できるだろうか」と心配したと教えてくれた。こちらはそんなことは全く知らず。そうだったのかとその内容を黙って聞くだけだった。 ベッドに縛られていた手首の紐は外され、すべて筆談となった。5月5日・・・・「流動食」 流動食とやらが出てきた。お粥、深緑色、赤い色のものと出てきたが見た目からして食欲が湧かなかった。口にしても全く美味しさを感じなかった。お粥をスプーンで2口ほど食べて止める。流動食が何回出てきたか記憶にないが、このときにさらに体重が減少したと思う。 看護士に形があるものを食べたいと無理を言った。5月8日・・・「歯ぎしり」 ICU集中治療室から一般病棟にやっと移った。何曜日なのか全くわからない。前日に長男と二男に「大型連休を無茶苦茶にして済まなかった」と詫びたことを思い出す。 一般病棟での初めての夜、同室の患者さんに歯ぎしりの激しい人がいることがわかった。 歯ぎしりの主は70歳半ばくらいに見える方だった。歯ぎしりをする人は若い人が多いのではないかという先入観を持っていたが、このような年代の方も歯ぎしりをする人がいるんだなと思い、歯ぎしりをさせるようなストレスはどんなことなのだろう考えるとさらに眠れなくなった。 5月10日・・・・「声が出ない」 緊急な入院だったためカジュアルな服装に入っていた財布、携帯などカミさんが全て持って行ったままでメールにも電話にも出ることができなかった。術後10日も経とうというのに声が出ないので喋ろうとするときつい。携帯があったとしても喋れなかった。カミさんに携帯を持ってきてもらうと「飲んでいるから出てきませんか」という誘いや「ブログが閉鎖されているけど何かあったの」という留守電が入っていた。5月14日・・・・「出会い」 病室は4人部屋、退院していく人、入院してくる人、個室へ移っていく人と入れ替わりが激しい。そんな中ではるばる宮崎県からの患者Fさんと出会う。私より3歳年上、にこやかに話しかけてくる。Fさんはまだ30歳代だった弟さんを病気で早く亡くしてしまったこと、自らの病気のことなどについて詳しく話してくれた。携帯の番号とメールアドレスを交換、そして名刺も頂いた。お互い軽いとはいえない病気で出会えた二人だがこれも何かの縁である。Fさんの病状からするとアルコール類は控えたほうが良いと思ったが「私は退院したら飲みますよ」と少し気合の入った言葉が返ってきた。5月15日・・・・「料理番組」 入院中、病室内では本を読む、新聞を読む、テレビを見るくらいでとても退屈だ。料理をすることが好きなことから自然と料理番組を見てしまう。でも入院中の料理番組は目に毒である。私の場合、病院食はカロリー制限があって仕方ないと諦めてもいたが、それでも頭の中はあれも食べたい是も食べたいとその思いで一杯。 野菜中心の制限された食事のおかげでスリムな身体になったが病院食にはもう飽いてしまった。 退院して初めて口にするメニューは何にするか、退院はずっと先なのにもう考えている。 (今回はここで終わります。5月8日以前は当日書けなくて後日回想して書いたものです。続きはこの下にUPします)
2013.06.26

カロリーを制限された病院食、二ヶ月近く食べれば飽きてしまい、退院したらあれも食べたい是も食べたいと頭の中は、いろいろなメニューで一杯となっていました。例えば、寿司に天麩羅にステーキ、そして、鰻や焼き鳥、焼肉などなど。今日は退院祝いということで、近くの居酒屋で焼き鳥などを肴にささやかに乾杯。久々の焼き鳥は美味しゅうございましたが、残念なことにビールは美味しいとは感じませんでした。カミさんと二人で中瓶1本、それでアルコールは終わり。まあ、退院したばかりの日から激しく飲むわけには行きませんので1本で止めておきました。今回の病気、深酒は禁物とのこと。ある友人から「お酒を飲めない身体になったのですか?」と入院中にメールが来ました。
2013.06.26
ブログの更新を58日間に亘って休んでおりました。58日間に亘って更新するのを怠っていた(できなかった)のは不覚にも大病、4月30日に緊急手術を要するとのことで翌日は手術となったからです。そして本日、退院いたしました。体調を崩していた結果はたいへんなことになりましたが、是からの残された時間はおまけの人生(ちょっと命拾いしたので)と思っています。病状が回復するにつれ病室では退屈な毎日でした。退屈な毎日は5月下旬頃から読書三昧、じっくりといろいろな本を読ませてもらいました。それでも退屈、そんな中、お見舞いに多くの方にお出で頂き、たいへん元気づけられました。60有余年の過ごしてきた人生を振り返り、瞑想、妄想に耽るときもありました。今、医師、看護士の皆さんをはじめ病院の皆さん、働いていた元会社の同僚、友人、知人、同級生、親戚、そして家族のおかげで日常生活に戻れたことを嬉しく思っています。ところで今日、病院からタクシーで自宅マンション前に降り立つと管理人さんとバッタリ。お会いすればいつも立ち話をする仲で、近頃私の顔を見ないとのことで心配されていたらしくカミさんが入院していることを話してしまったそうです。降りるなり、私の顔を見て「今日退院ですか、よかったよかった」との言葉を頂きました。
2013.06.26
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