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昨年11月末に買ったスマホの1月分の使用料(請求額)が記載されたハガキを見て驚きました。10数年使ってきたなかで一番の高額17,900円でした。是までの最高額は1万円をちょっと超えたくらい。今回はカミさんが亡くなった関係でいろいろなところに電話をしたためと思われるが、わけがわからぬままダウンロードしたものもあるかも知れません。あと暫く使用してみてそれでも高額ならガラケーに戻ろうと思っています。ところで周囲の皆さんの中にはスマホからガラケーに戻っている人が増えてきているようです。使い勝手がその人にとって不都合な点があるということがあるかも知れません。私の知人が勤める会社では会社で使っていた全てのスマホをガラケーに戻したそうです。スマホは確かに便利ですが私にはわからないところがたくさんあって困惑しています。ところで今朝の朝食はなんと朝から「ちりめんじゃこ」とチーズと粉山椒のピザでした。生地は自家製で冷凍庫で冷蔵しています。
2014.01.31

今夜の晩ご飯のオカズで一番美味しかったのは是でした。自家製の切り干し大根と同じく干した人参をお湯で戻して小さなイカと煮て薄口醤油、酒、砂糖で味をつけたもの。こういうのが一番の好物です。年をとったからでしょうか。外は鯖の塩焼きと白菜と豚バラ肉の重ね煮です。一人住まいの長男に私が用事があり来てもらったついでに夕食を勧めたところ喜んで食べて行きました。
2014.01.30
午前中は平成25年分の所得税の確定申告作業をして医療費控除だけが残ってしまいました。外は天気が悪いのですが、家の中に一人で居るのはとても淋しく今からちょっと街中へ出かけようと思っています。もし、立ち飲みで一杯ひっかけることになると帰宅してから夕食の料理をしようという、意欲がどこかへ失せてしまいます。そこで昼過ぎから料理を始めて先程ほほ出来上がりました。今夜のメニューは「切り干し大根と干し人参とイカの煮物」、「白菜と豚バラ肉の重ね煮」、「鯖の塩焼き」、「トマトとキュウリ」です。鯖は活きのいいものを1匹590円で購入、これを3枚に下ろし終わり、あとは帰宅してから焼くばかり。さて、今から出かけると4時過ぎから飲むことになります。「飲み過ぎたらダメよ」とカミさんから小言とも言われなくなってしまいました。是もまた淋しい、グシュン。
2014.01.30
窓を開けるとベランダの手すりをやや激しい雨が叩いています。一週間くらい前にも雨が降りましたがそれ以来の久しぶりの雨です。今朝は気温が結構高いのでやや強い雨となるかも知れません。久しぶりの雨で気になっているのが畑の雑草、これがこの雨でまた大きく生長するのではないかと思っています。あと、グリーンピース、絹さや、スナップエンドウなどもずいぶん大きくなっていますが蔓が地面に這ったままで支柱を立ててネットに這わせるという作業が出来ていません。この蔓性の野菜たちもこの雨でグーンと大きくなるでしょうから早く手入れをしないといけないなと、気になっているところです。そして、カミさんの四十九日法要までに済ませたい垣根と庭木の剪定。あと、大根の収穫。大根は食べきれない量で市場へ出荷しても1本10円と安いため出荷せず綺麗に洗って支柱を立てて干そうかと思っています。今日は雨なので実家へ帰るつもりはありませんが四十九日法要まで何度か帰って5、6日間頑張らないといけないなと思っています。明日くらいに帰るとこの雨で生椎茸がたくさん生えてきていないかな、是は楽しみです。
2014.01.30
昨日は昨年5月1日に手術した箇所の検診で7ヶ月ぶりに病院を訪れました。病院での受付時刻は8時13分。会計を済ませたのが4時過ぎ。病院滞在時間は約8時間、あまりにも患者を待たせ過ぎです。私は早く行けば早く済むかと思ったのですがその考えは甘かった。血液検査、エコー、レントゲンなどの検査を済ませ担当医師の診察時刻は予約制で12時30分。1時には全部が済み、病院を出られると思っていました。でもそれは甘かった、診察が始まったのは3時過ぎでした。とても待たせ過ぎです。予約した意味がありません。実は前回もそうだったのです。病院に居る間に具合が悪くなってしまう人も出てくるのではないかと思ってしまいます。「患者の待ち時間をなるべく短くする、長時間待たせない」、そのようなことを病院側は真剣に考え取り組んでいるのだろうかと思わさせられた昨日でした。とは言いながらも丁寧に診てもらうことに異議はありませんが・・・・・・
2014.01.29
毎朝、5時半過ぎに目が覚め、まず米を研ぎ、ネタがあればブログを更新。6時頃、炊飯器のスイッチを入れる。そして、朝食の準備。何を作ろうかと冷蔵庫内の食材を物色しすぐにメニューが決まる。朝食の出来上がりは7時前、7時から二男が食事をするのでいつもこの時間となる。テレビでニュースを見ながら食事をして熱いお茶で一服。8時、洗濯をするため二男のYシャツをぬるま湯に浸ける。このYシャツの襟と袖口の汚れを落とすのが面倒だが福岡市にお住まいの方から贈ってもらったブラシが活躍している。洗濯機のスイッチを入れたあと食器の後片付けにかかる。食器の後片付けを済ませ弔問客がいつあるかわからないので掃除にかかる。掃除が終わって暫くすると洗濯機が「洗濯がおわったよぉー」と知らせる音が鳴る。洗濯を干し終えるのが9時過ぎ。そして前日干していた二男のYシャツと私のカジュアルシャツにアイロンをかけて午前中の日課を終了。時計を見ると9時半近く。9時半から10時かけて毎日の家事が終わる。実家の畑に農作業に出かけないときは毎日がこんな感じ。カミさんが亡くなったので私が健康な状態ならばずっと続く家事。息子にさせればいいじゃないと思われるかも知れないが、仕事からの帰りが遅いため、毎日家事をさせることは難しいだろうと思う。それでも今から徐々に教育して、せめて休日には私に代わって家事を自主的にする男にしたいと思っているが果たしてどうだろう、思いどおりになるだろうか。それにしても世の女性の皆様は毎日のように家事をそれも長い年月やって来られている。私なんてまだ序の口だなぁと思う。
2014.01.27
カミさんが亡くなり、どのようにして調べたのか仏壇店、ギフトショップ、小料理店、そして不用品を処分する便利屋さんなどからいろいろなカタログ、チラシがポストに大量に送られてきました。初七日が終わった日には三つのお店から電話もかかってきました。電話番号にいたっては電話帳掲載略、104での番号案内もしないようにしているにも関わらず電話がかかってきたのです。どうやって調べたのか不思議でなりません。私はこういう類のものは嫌いなほうで送ってきたところ、電話をかけたてきたところのお店は利用しないことにしています。
2014.01.27

カミさんが緩和ケア病棟に入院して病状が深刻になってきて、長男が一言、「もうお母さんの料理は食べられないのかぁ」と、ボソッとか細い声で言いました。おふくろの味を幼い頃から食べてきた息子たち。私が作る料理より断然、母親の味を気に入っていました。料理は確かに上手だったカミさん、独身時代は、ある施設で料理関係の仕事をしていました。そして私の料理の師でもありました。でも、もうあの味を味わうことはできません。今、息子のために毎朝、毎夕、料理を作っていますが、義務的に作らなければならない料理は楽しくありません。それでも、栄養のバランスも考えて作った一昨日の夕食はこんなメニューとなりました。「お父さんが作る料理は量が多いんだよ」と、同居している二男からいつも言われていますが、今回も肉じゃが風のものを作り過ぎてしまったので一人住まいをしている長男に食べに来てくれないかと頼む始末。電話に出た長男からは「食べに行っていいの」と、一食助かったわという感じの明るい声が返ってきました。
2014.01.26
今年も確定申告の時期がやってまいります。一昨年と同じ、昨年分も源泉徴収された所得税が医療費控除などで還付され、追加納付はないだろうと思っています。確定申告に必要な、生命保険、地震保険、公的年金、雑所得、健康保険などの書類が揃っているか確認したところ全部で9枚、是に医療費控除分を加えて申告準備が整いました。一昨年分はe-taxで、昨年は申告書をパソコンで作成して税務署に提出しましたが、今年はまたe-taxでの申告に戻ろうかなと思っています。e-taxのほうが還付されるまでの期日が若干早いこと、持参、郵送するなどの手間が省けるからです。全国でのe-taxの利用者数、利用率は如何ほどなのか少し興味があります。
2014.01.24

カミさんが亡くなって多くの方からお悔やみやの言葉や励ましの電話、手紙を頂きました。先週の土曜日からはたくさんの方にお出で頂きました。福岡単身赴任時代の元同僚とその友達、熊本で退職前に働いていた会社の元同僚のご夫婦、生まれ故郷で1歳年上で通った高校が同じで、そして社会人となって会社でも一緒に仕事をした先輩。お出で頂いていろいろな話題となり、そのときは少し元気となりますが、皆さんが帰られたあとの静まりかえった部屋ではやっぱり淋しい、とても淋しくなります。でも、周囲には皆さんがいらっしゃるんだと思えるのは嬉しい限りです。カミさんの入院中に買ったチマサンチュ、パセリ、サラダ菜、イタリアンパセリは私の悲しみとは関係なくベランダでスクスクと育っています。今日は久しぶりに実家へ野菜の手入れに帰省する予定です。
2014.01.23

新年早々カミさんに先立たれるという悲しみのどん底にありますが、遺された者には毎日の暮らしが待っています。長男は熊本市内で転勤となり朝の通勤がアパート住まいの場所から1時間かかるとボヤいています。二男は熊本県内では1台しか走っていないという外車(そんなに高価ではない)の新車を購入。オンボロ車とはおさらばしましたが「2台も車を持って(1台は火の車)どうするんだい」と、私から批判されています。私はというとカミさんの手続き(健康保険組合脱会、年金受給資格廃止、保険解約)などに追われています。そんな中、一昨日久しぶりに気分転換にパウンドケーキを焼いてみました。 左から抹茶と甘納豆、クランベリー、金柑の甘露煮(甘露煮も手作り)です。 今回のこの3本はカミさんが入院していた緩和ケア病棟へお世話になった看護士の皆さんで食べて頂くためのもの。カミさんが入院して間もないころ二度ほど持参したところ喜んでもらいました。干物作りや燻製、パン、そば打ちなどで寂しさを紛らしたいと思っています。
2014.01.16

カミさんの容態「年を越すのは難しいかも知れません」と担当医師から言われていました。そんな状態でしたので年賀状を書けませんでした。今年もたくさん頂いた年賀状でしたが早く返信しなければと思っていました。その返信を10日にどうにか出しました。返信の内容は年賀状を出せなかった理由、カミさんが亡くなったことを書きました。その返信が届いたのでしょう、昨日、霊前に線香を上げさせて下さいと多くの方にお出で頂きました。単身赴任のときの博多の行きつけの料理店の店主は新幹線で、そしてそこで知り合った女性のお客さんも。私とカミさんの結婚のきっかけを作ってくれた中学校時代の友人のご家族。長男の高校時代の友人ご一家はお兄さん、そしてお父さんまで。同じマンションの奥様は新聞の訃報欄で知り驚いてまいりました、と。電話もたくさんの方から頂きました。この人のおかげで勤め上げることができたなと感謝しきれない同じ会社で働いた大先輩。新規就農支援研修の同級生。20年以上も前、鹿児島県に転勤していたときの同じ社宅で仲良しだったご夫婦。いろいろな人にお世話になってきたんだなとしみじみと思いました。今日、二男は仕事で7時過ぎに出かけました。朝食は何しようかと迷ったあげく残っていた冷ご飯でターサイがたっぷり入った炒飯。そしてコーンクリームスープにレタスとスィートスプリング。今日もお出でいただくかも知れないお客さん、今から食器の片付け、洗濯、そして掃除です。
2014.01.13

カミさんを亡くしたという淋しさに耐えて遺された三人で新しい生活に入らなければなりません。一昨日までは虚脱状態で家事も手がつけられず料理も全くする気がしませんでした。家事は日常生活の基本、洗濯も掃除も料理も後片付けもしなければなりません。外食ばかりしていると体調もおかしくなってきます。そんな思いもあって、昨日姉たちが初七日のため私が実家で栽培している野菜を持ってきてくれたのでそれらを使った料理をしてみました。鯖のフライにターサイの茎、椎茸、人参、菜の花、春菊の天ぷらです鯖以外は全て自作のものです。一人暮らしなら料理の手を抜くだろうと思うのですが同居している息子のために作らなければなりません。「どう、これは美味しいかな」と感想を訊ける人が一人いなくなりました。淋しいかぎりです。
2014.01.12
カミさんが緩和ケア病棟に入院してまだ少し元気な間は実家へ農作業に帰ったりしていましたが12月の初め頃から病状が悪化してきて、いつ何が起きてもおかしくない状態となったので実家へ農作業をしに帰るのを止めました。病院は毎日3回から4回訪ねました。その度に思ったのはこの人は私と結婚して果たして幸せだったのだろうかということ。好き勝手に我が儘でしたい放題やってきた私、そんな私に対してたくさんの不満があったことでしょう。いい服も着たかった、そしていろいろなところへの旅行もしたかったことでしょう、それも叶えてやれませんでした。一緒に暮らした33年近くは長いようで短かったなと感じています。そして私に対して多くのことを我慢し耐えてくれたんだろうと思っています。今はただ、もっと優しく接すればよかった、大事なことをもっと話せばよかったと悔やんでいます。
2014.01.10
大きく肩で間隔が数秒しかない息が段々とか細くなり、カミさんが静かになりました。カミさんは1月5日午後9時、私と息子に見守られながらこの世に別れを告げました。10月7日から2泊3日で卵巣癌で溜まった腹水を抜いて有効なものだけをまた身体に戻すというCARTという処置で入院。しかし、また腹水が溜まり一週間後にある病院の緩和ケア病棟に入院しました。ステロイド剤による治療で一時期安定した状態となりましたが12月23日からの鎮静剤を投与してから段々と弱っていきました。そして1月5日を迎えました。平成19年9月、カミさんはあるスーパーでパートで働いていました。9月何日だったか記憶がありませんが突然体調を崩し1週間パートを休み寝込んでしまいました。その原因を調べるべく病院で診てもらうと乳癌と診断されました。さらにそのあと、卵巣癌も発覚。それから6年近く、抗癌剤治療、放射線治療などで頑張ってきましたが昨年の9月、パートで知り合った友人とランチを楽しんで帰ったその日、お腹が張るといって体調を崩しました。それは腹水が溜まり始まる前兆だったのです。今回、カミさんは覚悟しました「もう、抗癌剤治療はしません」、そして「延命治療もしません」と医師に言いました。それでいいのと私が問いかけた答えは「もういい、そろそろ人生を終わりにしたい」でした。緩和ケア病棟に入院したカミさんは1ヶ月ほどは元気でしたが、段々と食欲がなくなり、そして声も出なくなってきました。一滴の水分を摂ることができなくなって10日以上、それでもカミさんは頑張ってくれました。お通夜、葬儀は現実のものとは思いたくありませんでしたが、今、カミさんがいなくなった私は何かが欠けたような、そして心にはポッカリと穴が空いたような気持ちです。是から、息子(一人は一人住まい中)との二人暮らしとなりますが日に日に寂しさが募ってくるのではないかと思っています。料理をすることは苦にならない私ですが、毎日義務的にするとなるとそれは別、カミさんが入院してから二ヶ月半、「このような暮らしになるんだよ」と、それを教えてもらったような気がしています。カミさんの最期の言葉は息子を一人ずつ枕元に呼んで言った「生まれてきてくれてありがとう、幸せになってね」でした。
2014.01.10
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