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秋の空、榛名連峰輝きて 寝湯に沈みし我が身を燃やす爽やかな秋風そよぐこの空を分けてあげたいウクライナにも冬間近やっと秋晴れ訪れて子鴨の群れが水音立てる作:五林寺隆下記バナーをクリックすると、このブログのランキングが分かりますよ。またこのブログ記事が面白いと感じた方も、是非クリックお願い致します。にほんブログ村
2022.12.27
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まずは、都都逸名作を一読あれ、~雨の降るほど噂はあれど ただの一度も濡れはせぬ~~うちの亭主とこたつの柱 なくてならぬがあって邪魔~~こうしてこうすりゃこうなるものと 知りつつこうしてこうなった~~面白いときゃお前とふたり 苦労するときゃわしゃひとり~ いやあ、都都逸名作には味があって洒落があって、思わずくすりときますなあ、とてもその域には届きませぬが拙者もまね事を、、 ~ぶるぶる寒い 凍えそうだね 薄くなってく 年金財布~~寒い朝だよ 蒲団を出れぬ 猫と婆さん 相炬燵~~食った飲んだぞ 糖尿親父 すぐに気にする へもくろびん~~寒風干しの 女房の下着 女臭凍てつく 冬の空~ 作:マイナス温度の朝頻尿増してる 朽木一空下記バナーをクリックすると、このブログのランキングが分かりますよ。またこのブログ記事が面白いと感じた方も、是非クリックお願い致します。にほんブログ村
2022.12.23
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自分で言うのも何だが、俺は身長185cmの長身でスポーツ万能。さらに石原裕次郎ばりの甘いマスクのためか、女に不自由したことがない。だが俺に夢中になる女たちはちょっと足りない女ばかりだ。だから話をしていても退屈だし、慣れてくると図々ししい尻軽女が多かった。だからと言って銀行員や公務員などの知的な女性たちは、俺が高卒だと知るとすぐに冷たくなり離れてしまうのだ。 そんなことが続いたせいか、俺はだんだん女性に対する興味を失いかけていた。そんなとき悪友の神谷がダブルデートをしないかと言い出し、彼の彼女とその友人である酒井優子と渋谷で逢うことになった。その優子は美人でもブスでもなく、中肉中背で大人しくて地味な女という印象だった。 俺がいままで付き合った女たちは派手好きな女が多かったため、はじめは余り気乗りしなかった。だがいろいろ話をしているうちに、知的なうえに聞き上手で優しさが漂う優子とは、波長がピタリと合うことが分かったのである。 この日を境に俺と優子は付き合うことになった。当然もう4人でダブルデートすることもなく、二人だけのデートがしばらく続いた。優子はいままで付き合った女たちのようにデート費用をたかることもなく、金のない俺を気遣って共通の財布を持つことを提案してくれた。つまりこの財布には毎月二人がそれぞれ同額をいれるので、デート費用はすべて割り勘だし無駄な出費もしなくてよくなったのである。 ただ口には出さないが、彼女は俺との結婚を前提にして付き合っているように見えた。俺も彼女の清楚な優しさに惹かれていたのだが、どうしても納得できないことが二つある。それは彼女の目が細いということと、そして自分より一つ年上だというつまらないこだわりだった。それに何といっても、当時まだ23歳だった俺に結婚という現実は重過ぎたのかもしれない……。 そして俺はだんだん優子と逢うのが負担になり始めていた。それで自分からは彼女に連絡することもせず、彼女からの電話にものらりくらりと応対するようになり、彼女と逢うことを避けるようになってしまったのだ。そんなことが何度か続くといつの間にか、彼女からの連絡も途絶えてしまった。 その間俺は渋谷駅近くでハントした女たちと遊び歩いていた。その女たちはお目々パッチリでミニスカートが似合う俺好みの派手な女たちなのだが、デート費用は全額俺持ちだし、低俗な会話しかできない馬鹿女ばかりであった。だから彼女たちと逢えば、即ホテル直行というワンパターンに染まり、だんだん退屈感が募ってくるのだ。こんなことを続けていても金欠病になるばかりでちっとも楽しくない。 外見は劣るけど、やっぱり優子は良かったな……。恥ずかしながら俺は、今頃になってしみじみと優子の素晴らしさに気付いたのである。彼女と連絡がなくなって半年ほど経ってしまったが、正式に別れたわけではない。今更だと思ったが、決死の思いを込めて彼女の家に電話をかけてみた。 「はい、酒井です」電話に出たのは、彼女の母親のようだ。 「もしもし、佐川と言いますが、優子さんはいますか?」 「・・・・・・・・・・・・」しばらく沈黙が続いたあとに、思いがけない返答があった。 「佐川さんでしたよね、なぜ今頃になって電話をしてきたのですか。半年前に優子はあなたからの連絡が途絶えて、毎日泣きはらしていたのですよ。だから無理やり私たちがお見合いをさせて、来月結婚式を挙げる段取りになっています。申し訳ありませんが、もう優子にはかまわないでくれませんか」 「・・・・・・・・・・・・」今度は俺が沈黙する番だった。 「失礼しました。もうご迷惑はおかけしません」俺は静かに受話器を置くしかなかった。全ては俺が悪いのだ、いや馬鹿だったとしか言いようがない。 遅かったのかい 君のことを 好きになるのが 遅かったのかい 今は幸せかい 君と彼は 甘い口づけは 君を酔わせるかい 遅かったのかい 悔んでみても 遅かったのかい 君はもういない さみしい、寂しい、淋しい、淋しくってたまらない。こんなさみしい夜は生まれて初めてだ。俺は一晩中涙が止まらなかった。 作:河村 道玄下記バナーをクリックすると、このブログのランキングが分かりますよ。またこのブログ記事が面白いと感じた方も、是非クリックお願い致します。にほんブログ村
2022.12.18
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~どこか優しい仲間たち 新宿みなと町~ 昭和の景色溢れる小路、焼き鳥屋の煙と演歌が混ざりあい千鳥足の酔っぱらいが電信柱に立小便している。昭和前編の景色溢れる小路、新宿西口裏通り小便横丁、マッチ箱のような店が並んだどん詰まりにあるバラック建ての酒場「よしこ」。五六人も客が入れば満席のカウンターだけの小さな店があたいの馴染みの店だ。 夜八時頃ごろまで残業で、会社帰りに立ち寄り熱燗二本と料理をつまんで帰るのが日課になっていた。あたいは、新宿にある「丸味堂」という珍味を降ろす小さな会社の事務員であった。社長と、営業マンが5人の小さな会社だ。 あたいは経理から総務、在庫管理、電話の取次ぎから見積書の作成まで任されていた。社長の愛人も、営業員の小林君が日曜ごとに会社の営業車で房総に釣りに行くことも、山本君は昼飯の領収書を紛れ込ませて請求していたし、珍味の在庫が合わないのは吉田君が現物値引きでお得意先を確保しようとして持ち出していることも知っていた。 こんな小さな会社で真面目一筋という社員は少なかったが、仕事はみんなよくやっていた。がむしゃらに働く猛烈社員が当たり前で、残業は当然、「24時間戦えますか!」なんてコマーシャルが受けていた時代だったのだ。 太っ腹な社長は売上、利益を上げている社員の少々の不正には目を瞑っていた。むしろ、社長が許せないのは真面目一筋で万年赤字営業の渡部と高橋だった。 営業から帰ってきた社員の伝票と、集金してきた金勘定の付け合わせをしてから、事務所を閉めるので、どうしても帰り時間が8時を過ぎてしまうのだった。 たしかにあたい、別嬪とは程遠い面をして、ばりばり仕事するものだから、やっかみで、”行かず後家のおかちめんこ”と裏で誹謗されてるのは知っていた。三十半ばを過ぎて男欲しそうに見られるのが嫌で化粧も洋服にも気を使っていない振りはしていたが、あたいだって女を捨てたわけじゃなかった。 そんなあたいが、唯一ホッとできるところが、新宿西口小便横丁の酒場よしこの店だったのだ。狭い店のカウンターの横の棚には、ドフトエフスキーの罪と罰、スタンダールの赤と黒、カミユの異邦人、カフカの変身、サルトルの嘔吐、ボーボワールの第二の性などの本が置かれていた。本の背表紙は煙草の脂だろうか茶色く煤けていた。「よしこママは、こんな難しい本を読むのか?」「お客さんが勝手に置いていったもんだよ、ネズミの穴塞ぎに置いてるだけのつもりだったけど、いつの間にか店の主(ぬし)みたいになっちゃって、捨てられなくなったの」 酒場よしこの客筋には売れない劇団員、作家志望の都の職員や、漫画家を目指している店員やカメラマンの卵、恋に破れた男や女、仕事に疲れた男、夢を失いかけた男、悲しい過去を引きずる男、淋しい男が止まり木に止まるように、うらぶれた男たちが寄る酒場だったのかもしれない。なぜだか、人生に芽がでそうもない人たちのいる店は、ぼそぼそと会話をしていて、明るくはしゃぐのが似合わない店だった。 ~誰もさみしさが苦いのだろう 俺に似てるやつばかり 新宿港町~ もともと華やかさとは縁遠いあたいは、そんな静かな酒場が性に合っていたのかもしれない。たまにギターを抱えた流しの演歌師のお兄さんが店に入ってくるが「一曲だけよ、」と、よしこママは千円を渡して演歌の一番だけ歌わせて返してしまう。 でも、夜も更けると、だれからともなく静かに歌いだすのがよしこの店だった。カスバの女、リンゴ追分、星の流れに、別れのブルース、酒は涙かためいきか、そして、ぶんちゃんの十八番(おはこ)は新宿港町だった。 ~新宿はみなとまち、はぐれ者たちが 生きる辛さ忘れて酒をくみかわす町 人を押しのけて生きてゆくより安い酒に酔いたいね 新宿港町~ ぶんちゃんはいつもカウンターの角の席で長めの髪の毛を救い上げるようにして猫背の恰好で座り、本を読んでいることが多い知的な臭いのする男だった。二枚目ではないけれど、「こんばんは、」とあいさつすると、はにかんだような、照れを潰したようなゆがんだ笑顔を見せる。酔えば、今はサラリーマンだがいつか脚本家になりたいのだと夢を語っていた。 ~心焼き尽し 背中まるめ 見果てぬ夢を語りつぐ町、新宿港町~ 新宿裏通り小便横丁の小路には森進一のしわがれ声の新宿港町が流れ、あたいの心を揺さぶっていた。 ~誰もさみしさが苦いのだろう 俺に似てるやつばかり、新宿港町~ その日は、会社の忘年会だった。あたいは”行かず後家のおかちめんこ”と社員には陰口を叩かれてはいるが、萎れていても紅一点のあたいは忘年会にでもなれば華で、社員に持ち上げられ、「女副社長、深田みつこさんのお陰で会社は持っている」煽てられれば、単純なあたいは気持ち良くなり調子に乗り、しこたま日本酒を飲んでしまった。 男たちは、キャバレーの二次会に繰り出し、あたいは一人二次会で火照った体を鎮めるかのように新宿西口裏通り酒場よしこの店の扉を押した。カウンターの角にはぶんさんが座り、ちびりちびりやりながら本に目を落としていた。いつもはおとなしいぶんさんが、 「僕は不安でしょうがないんだ」と、頭を掻きむしって、泣いているように見えた。「どうしたのぶんさん? 飲もうよぶんさん、不安なこと忘れるために飲むんだもの、さあ、飲もう、、」 たまたま横に座っただけだったけど、その夜は妙にぶんさんと話が噛み合った。酔いすぎたあたいと悩んでいたぶんさんは時間を忘れ終電車を過ごしてしまった。「僕は立川なので、帰れない、神風タクシーは怖いし、一万円を超すだろうな、深夜喫茶で朝まで粘るか、寒いだろうけど、ふうてんに混ざって地下道で野宿しようかな」「ぶんさん、奥さんいるの?」 「いまはひとり、」「じゃあ、あたしんち泊めてあげるわ」 えええっ?、あたしたちそしてどうなるの、三丁目の夕陽に出てくるような路地の突き当りの小滝橋にある、神田川を見下ろせる木造アパートのあたいの六畳の部屋へ、ぶんさんとあたいはもつれるようにして入った。 まだあたいのアパートには三種の神器と言われた洗濯機も冷蔵庫もテレビもなかった。歌謡曲を奏でるラジオがあるだけ、深夜放送をかけながら眠るのがあたいの寂しい夜だった。「僕は何もしないから、、」ぶんさんは部屋の隅で膝を抱えて毛布被って蓑虫のように丸くなってる。 ここに女がいるのに、熟れた女がいるのに、どうして?どうして? 触れないあの? ぶんさんほんとに眠ったのかしら、あたいだってドキドキしてて眠れやしない。もしかして男の人、朝立ちっいうのがあるのを聞いたことがあるから、朝にくるのかしら?……でも、何もなかった。 まだ、薄暗いうちにぶんさん「お世話になりました」とひとこと言ってアパートを出て行った。ただそれだけのこと、なんでもなかったわ?それでもあたいにとっては人生の大事件だった。 新宿西口裏通り小便横丁、その日は反戦デモがあったみたいで、居酒屋の二階から学生ががなるワルシャワ労働歌が小路にも聞こえた。酒場よしこにぶんさんは来てなかった。水曜日、木曜日、月曜日、木曜日、ぶんさんとはなかなか会えなかった。「みっこさん、ぶんさんね、赤ちゃんが生まれたんだってさ。新しい生命の誕生に僕は相応しいのか?と、悩んでいたらしいわ、それからね、みつ子さんにね、お世話になった、とてもいい夜だったと伝えてといわれたわ、隅に置けないわね、うふふふ、」「何もないのよママ、もうぶんさんに会えないかしらね、」「そんなことないわ、ここは新宿港町ですもの、また、そのうちふらっと帰ってくるでしょうよ、、」 新宿にはいつだって人が溢れていた。街頭テレビでは力道山、若乃花に栃錦、少年ジェットに月光仮面、夜になれば巨人対阪神戦のナイターに人だかり、戦争反対のデモがあれば、ここら辺まで催涙弾の臭いをさせたやつが逃げてきた。満員電車はぎゅうぎゅう詰めの通勤地獄で、押し屋(乗客尻押し係)までいたほどで電車内には痴漢がうようよいたものだ。 ~旅に出たやつも 流れ者も 生きて行くことは上手くなくても いつかはふらり舞いもどる町 新宿港町~ 新宿西口裏通り小便横丁の小路には森進一のしわがれ声の新宿港町が流れていた。淋しくなんかないわ、猛烈社員ですもの、明日も仕事仕事! 作:深田みつこ下記バナーをクリックすると、このブログのランキングが分かりますよ。またこのブログ記事が面白いと感じた方も、是非クリックお願い致します。にほんブログ村
2022.12.14
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初めて株主優待券で映画を観たのは、もう50年以上昔のことである。当時母が「松竹」の株式を所有していて、優待券は丸ごと全て私に渡してくれた。そのお陰で松竹直営の映画館によく足を運んだものだ。今でも鮮明に記憶に残っているのは、新宿ピカデリーで観た『天使の誘惑』と、東銀座の松竹セントラルで観た『猿の惑星』である。 どちらも親友の朽木君と一緒に観たという不思議なめぐり合わせだ。『天使の誘惑』は、黛ジュンの歌謡映画である。当時はヒット曲が出るとすぐに映画化されたものである。彼女は俳優としてはド素人なのだが、その割には演技はなかなか様になっていた。映画のほうは、彼女が自慢の超ミニとビキニ姿を披露しながら、ヒット曲を歌いながら恋をするという楽しい作品だった。 またチャールトン・ヘストン主演の『猿の惑星』では、その繊細な猿のメーキャップに驚かされたり、衝撃のラストシーンにショックを受けたものである。もちろん今観れば、さほど驚愕するほどの映画ではないのだが、当時の映画としては最高級の賛辞を送ってもよいだろう。 さてなぜ冒頭にこのような大昔の話をしたかと言うと、50歳を超えた頃になって急に目覚めたように映画会社の株を買い始めたからである。それはきっとこの若かりし日の記憶が、私の体の隅々まで染みついていたからかもしれない。 具体的には「東宝」「松竹」「日活」「東映」「東京テアトル」「武蔵野興業」「東急レクリエーション」「スバル興業」「カドカワ」などである。これだけの映画会社から株主優待券が届くのだから、とても一人では消化できない。それでときどき友人知人や親族にも、優待券を使ってもらった。だが根が映画好きなので、一時は週3回以上は会社帰りに映画館に通ったものである。 ただ「日活」は倒産したし、「スバル興業」の有楽町スバル座も閉館、「東急レクリエーション」の新宿ミラノ座も閉館、などの影響もあり、長期間保有し続けたのは「松竹」「東京テアトル」「武蔵野興業」の三株式である。このうち「松竹」は映画だけではなく、別途歌舞伎座や新橋演舞場の観賞もできるため、ずいぶんと楽しませてもらった。ただ株価が高額なため、ある時期に処分してしまったのが悔やまれる。 また「東京テアトル」は株価が安い割には優待回数が多く、コスパの良い株式だったのだが、会社経営の行き詰まりから、昔からあった著名な直営館を次々に売却してしまったのだ。そんなこともありだんだんコスパも悪くなったので、ある時期頃合いを見計らって処分してしまった。 そしてとうとう新宿武蔵野館を経営する「武蔵野興業」だけが最後に残った。だが突然新型コロナが流行し、あっという間に業績不振に陥ってしまう。そんなとき、大昔に「日活」が倒産したことが脳裏をかすめ、怖くなって処分してしまったのだ。ただこれだけは少し判断を急ぎ過ぎたかなと、今更ながら少し後悔している。 と言うことで、今現在は一枚の優待券もない。ただ優待券があったとしても、今はもう殆ど使わないだろう。それは地元にもシネコンがあるし、安いシニア料金で映画が観れるため、わざわざ高い電車賃を使って都心の映画館に行くメリットが薄れてしまったからである。 ただ10年以上に亘って株主優待を使って映画三昧だったあの頃のいろいろな思い出が、まるで走馬灯のように脳裏を駆け巡り、懐かしくてたまらない今日この頃なのだ。 作:蔵研人下記バナーをクリックすると、このブログのランキングが分かりますよ。またこのブログ記事が面白いと感じた方も、是非クリックお願い致します。にほんブログ村
2022.12.10
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~真実を 求めた道の 傍らで 野の草風に 身をまかせ~ うんとこどっぽ、独り歩きに出かけるとするか、国木田独歩は彼女を連れて散歩しながら武蔵野という作品を書いたと云われている。 ~なあんだ、独歩じゃなかったんだ。~ 国木田独歩は他にも、孤島生、鏡面生、鉄斧生、九天生、田舎漢、独歩吟客、独歩生という洒落た筆名を使っていたという。 ~鳥の羽音、囀(さえずる)声、風のそよぐ音、叢(くさむらの)蔭、林の中ですだく虫の音、林を巡り、坂を下り、野路を横ぎる荷車の響き、馬の蹄(ひづめ)で落葉を蹶散けちらす音~ 武蔵野の雑木林 の情景が洗練された文章で書かれていて遠い昔の武蔵野を思い起こされる。だが、今の武蔵野には萱原も、桑の木畑も、雑木林も、大根畑や麦畑も消えてしまった。小生が息をしている、奥武蔵野と呼ばれている里山には、独歩が心奪われた武蔵野の面影がいくらかは残されているような気がする。 その山里を、、、 てくてくてくてく、 小生は独歩する。彼女はいなくて独り散歩だ。どっちへ行こうか、あっちへ行こうか、風の吹くまま、気の向くまま、体力と相談しながら歩いている。 ~ 道に迷うことを苦にしてはならない。どの路でも足の向く方へゆけば、必ずそこに見るべく、聞くべく、感ずべき獲物がある。~ 独歩 そうですね、国木田独歩さんの言う通り、ずんずん歩きます。 秋が過ぎ落ち葉を踏んで歩いていくと山茶花の白い花が目に入った。~山茶花は 寒い花だね 冬の空~~山茶花の 夕暮れ寒き 独歩かな~ 作:朽木一空下記バナーをクリックすると、このブログのランキングが分かりますよ。またこのブログ記事が面白いと感じた方も、是非クリックお願い致します。にほんブログ村
2022.12.06
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仄暗き蜜柑湯ひとり瞑想し黄色き皮をそっと撫でやる海を見る小さき湯舟に寝ころべば水平線の漁船が眩し作:五林寺隆下記バナーをクリックすると、このブログのランキングが分かりますよ。またこのブログ記事が面白いと感じた方も、是非クリックお願い致します。にほんブログ村
2022.12.01
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