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ひろし君の小学校の給食費は月360円だ。ラーメンが35円の時代だからほぼラーメン10杯分。安いと言えば安いかもしれないが、この給食の不味いこと。牛乳はまだ普及せず、生暖かい脱脂粉乳のミルクに、コッペパンまたは食パン二切れ、それに吐きそうになるくらい不味い野菜スープがアルミの食器に盛られて出てくるのだ。 しかしながら脱脂粉乳のミルクがどんなに不味くとも、残すと先生に叱られるので、ひろし君は目をつむって思い切り一気飲みしていた。女の子の中には、どうしても口に合わず吐いたり、絶対に飲まないと泣き叫ぶ子もいたくらいだ。 もちろんミルクだけではなく、野菜スープはもっと不味いし、固くなった食パンも、とても人が食べるものとは思えない。だからひろし君は、スープは一滴も食せずにそのままアルミのバケツに戻していた。またパンは捨てられないのでとりあえず家に持ち帰ったが、そのまま二階の窓から投げ捨てていたのである。 ここまで書くと、いかにもひろし君は好き嫌いの激しい少年のように見えるだろう。もちろん彼の好き嫌いは尋常ではなかった。そしてそれはおばあちゃん子の時代に形成されてしまったのかもしれない。 だが給食が不味かったことは事実であり、父兄会で出された給食を完食できる父兄はほとんどいなかったらしい。それも通常の給食よりも上等な「特別仕様」であったにも拘わらずだ。それほど当時の給食は不味かったのである。 さてこの話には後日談がある。ひろし君が毎日のように二階の窓から投げ捨てていたパンが、燐家の庭の隅に山のように盛り重なってしまったのだ。それだけではなく、そこに何匹ものドブネズミが集まったため、隣家では大騒ぎとなった。 それで親が隣家から文句を言われたため、もう二階の窓からパンを捨てることは出来なくなってしまったのである。だからと言ってひろし君は、相変わらず不味い給食パンを食べる気にはならない。それで考えたのは、通学途上にある家のゴミ箱にパンを捨てていくという方法であった。そして同じ家に捨てると目立つので、毎日別の家のゴミ箱に捨てることにしたのである。 なぜ最初からこうしなかったのだろうか。やはり当初はもったいないという気持ちもあり、とりあえず家の中まで持ち込んだのであろう。こうして給食パン投げ捨て事件は、別の問題を残したものの一応一件落着したのである。作:五林寺隆※下記バナーをクリックすると、このブログのランキングが分かりますよ。またこのブログ記事が面白いと感じた方も、是非クリックお願い致します。にほんブログ村
2016.01.30
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しあわせは見栄えじゃなかったとさ、、、 宵の刻、宗兵衛長屋の入り口にある、自身番屋にやってきたのは、年の頃、五十を過ぎた中間風情の男だった。「ここの宗兵衛長屋にお菊さんという方がいらっしゃると聞いたものですが、、、、」「お菊なら、いるが、あんたいってえ誰でぃ、なん用事だいっ」「はい、直参旗本梶井文左衛門の家の者で吾助と申します。実がお菊様のお父様、つまり、梶井文左衛門様が昨夜お亡くなりになりまして、お嬢様にお伝えしに来たのでございます。そりゃあ、探しました、探しました、昨日から、眠らず食わず、なんとしてもお嬢様にお伝えしなくては、、」 疲れ切った表情でそれだけ言うと、ぐたっと、倒れこんだ。宗兵衛が白湯を飲ませた。「お菊が旗本のお嬢様だって??そういえば、ここに来たときにはいい身なりをしてたし、言葉も江戸のもんじゃなかったなあ」「おいっ、へいの字を呼んで、この方をお菊のところへ案内しろ」「お菊お嬢様、吾助でございます、お久しぶりで、それにしても、このようなみすぼらしい狭いところで、御可哀そうに、さぞ、御苦労されたことでございましょう」「吾助、私は幸せに暮らしているんですよ、心配しなくていいんですよ、生きるってことは見栄えじゃないのよ、」「お嬢様、じつは旦那様が長い患いの上昨夜お亡くなりになりました、それをお伝えしたくて、探しました。嫁ぎ先の日本橋の茶問屋駿河屋甚右衛門のところへ行きましたが、なんと、駿河屋は石原町の三味線の師匠のお鈴という女に騙されて、身上を潰して駿河の国へ裸同然で逃げるようにして帰ったというではありませんか、ええっ、お鈴という女の後ろには京都の宇治茶問屋の吉本屋という悪徳商人が付いていて、後ろで糸を引いていたそうな、綺麗な花には棘があるっていいますからね、まあ、それはともかく、駿河屋から三行半を貰って出たお菊さんの行方はぷつんっと糸が切れたように消えてしまいまして、ようやく貸し便屋お菊の間というのが、本所深川で流行っているというのを聞き、もしかしたら、お嬢様は小さいころから頻便だったので、、、ところが、その貸し雪隠も取り潰しになり、まあ、なんとかここへたどり着いたのでございます。さあ、お嬢様、こんな汚らしい所から出て、お屋敷に帰りましょう、明日は父上の御葬儀でございますので」「わかった、吾助、私はここに戻るけど、父上の御葬儀にはでるわ」 駿河台は懐かしい街並みだった。深川に足を踏み入れた時には別世界のようであったが、深川から駿河台に来てみると、やはり、別世界のように清閑とした街並みであった。 木々が繁り、道幅も広く、整っていて、歩いている人も背骨をぴんと伸ばし、、ゆったりとしていて、せかせかしていない、物売りでさえ、深川とは違ってきれいな形をしていた。同じ江戸の町とは思えない静けさだった。品があるといえばそうだが、今のお菊にはなじめない空気のように感じられた。 屋敷では奉公人や寺の坊主が忙しく動き、葬儀の準備が進めれれていた。お菊は古着の木綿の着物を着たままだったので、皆から異様な目で見られていた。下女の手伝いよりもみすぼらしく見えたのかもしれなかった。 吾助がいなければ門前払いだったかもしれない。奥の間で、父は布団に寝ていた、痩せていた、逞しかった父の面影は消えていた。 兄の覚之助と美雪、母のお房が顔を突き合わせて、なにやら相談していた。お菊を見ても、「何しに来たのだ」というような、目を向けただけで、すぐにひそひそ話を始めた。「だから、二千石の旗本とはいってもね、札差しにはもう来年の切米手形分まで借りてるし、あちこちの商人に借金だらけで、首がまわらないのよ、百両なんてあるはずもなく、それに私はもう梶井家を出た人間で、今は早乙女家なのよ無理よ無理無理、」「そうか、早乙女家も火の車か、旗本御家人などと威張ってはいても、みな貧乏侍だ、ああっ、借金棒引き令でもでもなけりゃあ、、武士はみんな共倒れだ。」「何を情けない、かりにも一千石直参旗本ですよ、恥をかかぬよう立派な葬儀をださなければ、名家の名折れよ、父上が御他界されたというのに」「でも、母上、どこの商人も高利貸しさえ、逃げ口上ばかりで、相手にしてくれません、まさか、刀や鎧も質に入れなくてはならない、そんなことはできないでしょう、いざ鎌倉となったら、直参が徳川を守るのだ、そのための旗本なんだから、もし、刀や槍や鎧を質に入れて葬儀代金をひねり出したらなんてことが、こんなことが知れたら、間違いなく、この家は取り潰しになる」「ああっ、八方塞がりだ。吾助、なんとかいい案はないものか」 覚之助は頭を抱えて髷を乱した。お菊はじっとそのやりとりを聞いていた。美しかった姉は苦労したのか、げっそりとやせて頬骨が出て、美人の影もなくとげとげしい、兄の幸太郎も険悪な表情で切羽詰まった表情を隠せなかった。「弟の直次郎は無宿となっていまだに行くかたしれず、お菊はその形で貧乏丸出しで当てにはならぬ、藁にでもすがりたい気持ちなんだが、まあ、直次郎やお菊に相談してみたところでどうにもならんがな」 兄は今でもお菊のことをへちゃむくれで不幸な女だと思っているらしい。「母上、兄上、姉上、いろいろご心配かけましたけれど、お菊は今、幸せに暮らしています、父上にもそうご報告したくて参りました。おへちゃで汚なくとも、幸せは見栄えじゃないわ、幸せになれるかどうかは心持だって、いつか母上がいつか言ってくれましたもの、今、私は幸せに暮らしています。産んでくれた母上にも感謝しています。」「しあわせ?その格好でですか?貧乏丸出しではないですか、武家出としての面子も、誇りも捨ててしまってですか、みっともない。そんな恰好で屋敷内をうろうろされては梶家の恥ですわ。まったく、お菊は小さいころから汚かったから」 姉の美雪は葬儀の工面ができぬ悔しさをお菊にぶつけるように言い放った。「いいえ、お菊は今、私たち以上に幸せなのかもしれない、しがらみやら、面子やら、容貌やら、お金やら、なんでもかんでも他人と比較しなくては生きていけない私たちより、、そんな事とは無縁に暮らしている様子ですから、私たちよりよっぽど心が穏やかに見えるわ」 母のお房は、お菊の言葉に思わず涙がこぼれそうになって、やっとそれを抑えた。自分たちがこだわっているつまらないことに縛られずに、お菊が強がりではなく、本当に幸せに暮らしているように思えた。お菊は、腰に巻いた風呂敷を広げて、「差し出がましいでしょうが、ここに百両ございます。父の香典としてお持ちいたしました。よければこれをお使いください」と、母、兄、姉の前に差し出した。「お菊、そなた、その金子どうしたのだ?富くじでも当たったのか?」一同は驚いて顔を見合わせた。「いいえ、貸し便屋で稼いだ金子でございますが、安心してください、臭いは致しませんから、」「お菊、そんな身なりで、この金を出してしまって、明日から暮らしていけるのですか?」「はいっ、金は天下の廻りものでございます。それに、深川あたりでは、江戸っ子のなりそこない金をため、なんて言われちゃいますから」 水無月、蒸し暑い夜であった。涼を求めて、柳の下で川端での夕涼みをする手合いも多かったが、ちょいと景気のいい者が、今宵も遊び船を繰り出し、ちんちんちゃらちゃら三味を鳴らし、賑やかな灯りが揺ら揺ら行き交う賑やかな大川の屋根船の間を、『貸し便船、お菊の間』という幟を立てた、平船が忙しそうに動いていた。「ちょいと、はやくきてきて、漏れそうだよ!!」「あっいよ、小便三文、大は六文だよ、さっぱりしなせえ!!」(おわり)作:朽木一空※下記バナーをクリックすると、このブログのランキングが分かりますよ。またこのブログ記事が面白いと感じた方も、是非クリックお願い致します。にほんブログ村
2016.01.26
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北町奉行遠山左衛門尉影元はお菊と尻毛の桔梗の両名をお白州に座らせてた。「お前たちが営業している、貸し雪隠は町民から町役人を通して苦情が多数寄せられている。掘割が汚れて、これでは、泥鰌も食えぬ、洗い物もできぬ、とな、、」「お奉行様、私ども、お菊の間では糞尿は地虫の熊五郎に頼んで、回収しておりまして、堀を汚すことはしておりません。汚しているのは垂れ流しの桔梗の間でございます」「いいえ、お菊の間では糞壺をくみ取っていると申しますが、ぴしゃぴしゃこぼして、堀に流れる量も見過ごすことのできぬ量でございます、それに私どももすでに、葛西の権四郎様にお願いして糞尿の回収の手筈もつけておりますゆえ、もうしばらくの御猶予をいただきますよう、お願いします。」 お菊も尻毛の桔梗もひるまず、異議申し立てをする。「両名の者、よく聞け、江戸市中に貸し便屋の幟があちこちに立ってはみっともない、他国の大名にも笑われている始末だ。糞尿は自宅で済まし、街中を歩くときには尻の中を空にして歩くのが常道というものだ、いつでもどこでも気軽に排便できるなどということは、人民がだらしなく、ふしだらになり、尻の穴がますます緩くなり、始末に負えぬこととなる。そのような風潮は正さねばならぬ。それに、堀の上とはいえ、そこは町の所有物であり、町が管理しているところである、つまり、不法占拠である。その町役人から苦情がきておるのだ。したがって、貸し便お菊の間も桔梗の間もとり潰し、早急に撤去せい」「しかし、お奉行様、それでは町の人がお困りではないでしょうか」「うむっ、そうじゃのう、そちたちが尻の穴を緩める手伝いをしてしまったからのう、だが、掛け茶屋の元締めには必ず厠を用意すること、茶店や神社にも無料で厠を貸すという、厠を用意していない店は営業まかりならぬ、という、触れを出すことにした。つまり、これからは、町中でもようしても、困らぬ江戸にするということだ」 お菊も尻毛の桔梗も御上の裁定には逆らえない、渋々ながら承諾するしか仕方がなかった。これにて一件落着!!べんべんべん、「貸し便お菊もおしめえだってよ、お菊の尻穴、菊模様の肛門様も見納だいっ!」 貸し便屋取り潰しの瓦版が江戸の町に舞い、江戸っ子はさらっとして笑い飛ばした。暫くして、江戸の町から貸し便屋は姿を消した。 やることがなくなったお菊とへの字は、宗兵衛長屋で、ぽかんっと口を開けて暇していたが、日暮れがやってきて、空虚な気持ちを紛らわそうと、徳利をぶら下げて、大川の土手へ出た。暮れ六つをすぎて、提灯や行燈をぶら下げた船が行き交い、船の中から賑やかに三味や唄が聞こえ漏れてきていた。「いいねえ、船遊びは、そうだ、長屋の連中で船遊びしようよ、なあ、へいの字、貸し便屋で稼いだ金がむずむずしてるんだもん」 お菊は佐賀町の船宿から屋根船を借りて、長屋の連中、もちろん、大家の宗兵衛に見廻り同心真壁平四朗と、手習い師匠の柳井文吾も招待し、大川を両国橋から、花川戸の方まで、船を走らせた。棹捌きのいい若い船頭の着流しの裾が川風に翻るがえり、長屋のおかみさんはきゃっきゃっと、はしゃいでいた。 三味線と小唄の深川芸者が花を添え、上や下えのどんちゃん騒ぎは浮世の垢を忘れさせてくれた。お菊の鬱屈していた気持ちも川風で流れていくようで気持ちがよかった。長屋の者も大はしゃぎ、料理も酒もたらふく飲んで食べ、唄い踊って、船が舳先を変えて、佐賀町へ引き帰そうとした頃、誰もが尿意で下腹部を膨らませていた。男どもは船の障子を開けて、気持ちよさそうに川へ流れしょんべんでいいが、女はそうはいかない。「ああ、おしっこが漏れそうだ、もうどうにもとまらない、」「船べりからしやがれ、誰も腐れ毛饅頭なんか覗きやしねえよ」「ちゃんと簾を下げといてよ、覗いちゃいやあーん」 あれっ、お菊にも久々頻便がやってきた。船には厠がないっ、あれっ、困った。私のは腐れ毛饅頭じゃない。誰にも見せるわけはいかない。その経験から、お菊はあることを思いついていた。「おいっ、への字、また忙しくなるからな」(つづく)作:朽木一空※下記バナーをクリックすると、このブログのランキングが分かりますよ。またこのブログ記事が面白いと感じた方も、是非クリックお願い致します。にほんブログ村
2016.01.21
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尻の穴、緩めすぎちゃいけねえな、、、、 本所深川の堀をまたぐように、深川八幡宮、州崎弁天、回向院、両国橋の袂、常磐町、六間堀に『貸し雪隠、お菊の間』の幟が立ち、庶民はもちろん、芝居見物や物見遊山のお内儀、武家の奥方に奥女中、寺社参拝のお姫様、中には大名や旗本の行列も利用する、便利このうえない貸し便屋は瞬く間に江戸の人気の場所になった。 駕篭屋には「お江戸貸し雪隠一覧」という地図さえ配った。みんなの悩みだったのである。もう、食べたくもない団子や蕎麦を食べて、ついでのふりをして厠を借りる必要もなくなった。江戸の皆から支持されて貸し便屋は大当たりだったのである。 貸し便屋の厠番には熊五郎の手下を借りて雇った。一回六文、糞は一桶二十五文で熊五郎が買い取った。お菊は毎日、への字を連れて町々の貸し便屋を廻っては銭を回収した。うはうはであった。「への字、上野、浅草、両国橋、日本橋、神田明神、柳橋、湯島天神、芝増上寺、猿若町、にも出したいねえ」 だが、好事魔多しとはよくいったもので、話はとんとん拍子とはいかなかった。貸し便屋の噂を南町奉行鳥居耀蔵に密告したのが、遊女の尻を撫ぜて、熊五郎に金玉を切り落とされた金なしの音次である。鳥居耀蔵にとっても地虫の熊五郎は縁戚の早乙女角二郎を切った極悪人であり、おから村を潰そうとして、痛い目にあった憎き男であった。「そうか、貸し便屋に熊五郎が一枚噛んでいたとはな、あの糞野郎がな、」「へいっ、あちこちの貸し便屋の厠番は熊五郎の手下が雇われています。もちろんその糞も熊五郎が回収してます」「うむむむっ、よし、音次、たしかおめえのいい仲になってる、尻毛の桔梗という女がいたな、ほんとに尻毛が生えてるのか?」「へいっ、尻毛は確かに生えてますが、桔梗ほどの美人でもありませんが、、」「よしっ、その尻毛の桔梗に貸し便屋をやらせろ、いいか、向こうが六文なら、こっちは五文だ、それにな、浅草紙もつけろ、臭い消しの香も焚け、」 そう言って、鳥居耀蔵は手文庫から、支度金として、三十両を金無しの音次に渡した「頼むぞ、ドジを踏むな、お菊の間の隣にことごとく作れ、そして、必ずお菊の間を潰せ!!」「ようござんす、面白くなってきそうで、、尻がむずむずしてきやした、、、」 間もなく、音次の手配で、尻毛の桔梗という女が「貸し便屋 桔梗」を開業した。「貸し便屋桔梗」は、茶室風の建物にし、臭い消しに香炉を漂わせて、浅草紙つきでおひとり様一回五文である。「貸し便屋お菊の間」にとってはとんでもない、商売敵の登場である。とても勝負にならない。 お客はみなお菊の間から桔梗へと流れてしまって、お菊の間には閑古鳥が鳴いていた。だが、尻毛の桔梗の間の方にも問題があった。糞が垂れ流しだったので、鯉や泥鰌は喜んだが、うんこの身投げで、どぼんという音がし、ぱちゃんとおつりがきて、着物を汚すこともあった。 次第に、お客の評判も二手に分かれ、お菊の間も桔梗もそれぞれにお客が入っていた。南町奉行鳥居耀蔵は音次を呼びつけて、「なにをもたもたしておる、銭がかかっているのだぞ、お主の貸し便屋はわしのお墨付きだ、早く、お菊の間を潰さぬか!」 と、発破をかけた。金無しの音次は、手下の者を朝一番にお菊の間へ入れ、夕方まで厠でしゃがみこませ、客が入れぬように邪魔をしたが、夕方厠から出てきた手下は、ことごとく膝が曲がらぬようになって、そのままひっくり返って、この作戦は失敗した。 貸し便屋を利用する者はそんな裏事情もしらずに、便利になったと喜んでいたが、町の人々は憤慨していた。堀にうんこがぷかぷか浮いている、嫌な臭いが堀から湧いてくる。「これじゃあ、鯉も泥鰌も鰻も蜆だって、臭くて食えねえよ!」「死ぬのに綺麗も穢ねもありゃあしねえが、うんこが浮いてちゃ身投げもできねえやぃ!」「こりゃあたまらねえ、町役人さんなんとかしてくれねえと、とにかく、この堀じゃ洗い物もできやしねえ」 掘の近くに住む住民から抗議の声が町役人に寄せられ、町名主は連名で、奉行所に訴えた。堀の管理清掃は各町の管轄場所だった。訴えは老中の耳にも届き、水野忠邦は、またも糞騒動に巻き込まれた南北奉行所の処置に頭を痛めていた。「幕府がご政道の改革を進めねばならぬ時に、こんな下らぬことで足踏みしおって、、、、遠山、貸し便屋はすべて取り潰せ、喧嘩両成敗にせよ、あとあとしこりの残らぬように、しかるべき裁定をせよ、よいな」 北町奉行遠山左衛門尉影元は苦虫を潰していた。囲碁狂いの見廻り同心真壁平四朗が役宅に呼ばれていた。「お主も知っていようが、お菊とかいう女と尻毛の桔梗とかいう女が貸し雪隠をやっているようだが、奉行所に苦情が来ておる。堀にぷかぷかうんこが浮いては町の者も堪らんだろう。なんとか取り締まれぬのか?」「はっ、お菊の間のほうには熊五郎が一枚噛んでいるようで、糞の始末は熊五郎の手で始末してるらいいのですが、、尻毛の桔梗は金無しの音次の色でして、裏では鳥居様が指図しているようで、迂闊に手出しはできそうにもなく、かといって、糞を始末しているお菊の方だけを取り潰しにするのも道理に適わぬことでございまして、、」「ふっーん、そうけえ、尻毛の桔梗の方には南町が絡んでいたのか、こいつはまた面倒なことになりそうだ」(つづく)作:朽木一空※下記バナーをクリックすると、このブログのランキングが分かりますよ。またこのブログ記事が面白いと感じた方も、是非クリックお願い致します。にほんブログ村
2016.01.17
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美人が罪だとは、お釈迦様でも知るめえよ、、、、、 豆腐のしぼり汁、滓、いらぬ者、捨てる物、おから村という名をつけたのは北町奉行の遠山影元である。そのおから村へ渡るには、霊岸島の突先の板を並べただけの橋を渡る、地面がぐにゃぐにゃと揺れて足元がおぼつかない。 その橋を渡るとおから村と呼ばれている地虫の熊五郎が支配する無法地帯があった。でくに案内されて板橋を渡ると、異様な臭い、生臭い腐臭が体の中に染み込んでくるような気持ち悪さで、お菊はごぼっごぼっとむせ返った。「おっ、お菊さん、だ、だから言わなこっちゃねえ、でっ、でいじょうぶかえ」「んっ、大丈夫、なんだこんな臭いぐらい」 お菊は強がりを言って着物の裾で鼻を隠しておから村の中へ足を進めた。掘立小屋が互いに支えあってやっと建っていて、いつ崩れてもおかしくはないあばら屋の狭間を歩く。日焼けなのか、酒焼けなのか、どの顔も浅黒く、裸同然の男たちがにやにやしながらお菊の躰をぎらぎらした卑猥な視線で嘗め回す。 鼻や耳がそぎ落とされた男、片腕、片足の男、二の腕に二本線の入れ墨をした男、どうみてもまともな男たちとは遠い存在の人間たちだった。女もいたが、汚れた継ぎはぎの着物を着て、それでも首だけは白く塗ってまるで夜鷹の化け物に近かった。異様な人間たちの集まりのように見えたが、それにしてはやけにみんな明るい表情をしていた。にやにや、けたけた笑っていて、悩みなんぞとは無用の世界であるようだ。「ねえちゃん、いいケツしてるねえ、たまらねえな」「二十文でどうだい、一発やらせろや」」 此処には、おへちゃもでぶもなかった。お菊を女とみて発情してる男たちがいる。お菊は多分初めて色欲の対象としてなめるような視線を感じて体がうずいた。卑猥で、がやがや、うるさそうな男の間をぬけて、でくと一緒に地虫の熊五郎親分のいる掘立小屋へへ案内された。「でく、そのお方はどこの誰でえぃ」頬から顎まで髭面で頬に刀傷をつけた大男の熊五郎がどすの利いた声ででくに尋ねた。「へいっ、熊井町の宗兵衛長屋のおひとで、真壁平四朗様さまの許しをいただきまして」「そうけい、真壁様がねえ、ところで御人、この島で見たこと聞いたことは決して他所では話しちゃならねえよ、それがこの島の掟よ、そいつだけは守ってもらうよ、よう、ござんすね」熊五郎の横には、このおから村には似合わない涼しい顔をした女がいた。「さ、逆らうと、きっ、金の玉を切り落とされちまう、ち、ちん切のお吉さんだよ、あっ、お菊さんには はっ、はじめから、きっ金の玉が、なっ、ないんだね」「でく、馬鹿なことをおいいでないよ!、あっち行ってな」 お吉は黙ってどぶろくを口にし、長煙管から煙をぷかぷかと出しながら、頬を膨らませて、笑みを浮かべていた。お菊の心の中で「まさか!」という思いがよぎった。弟の直次郎が金玉を切られ、その切った女がちん切のお吉であったことは忘れても忘れられない。その苦労で、父は倒れたのだ。だが、熊五郎もお吉もまさか直次郎がお菊の弟だとは感ずいてはいない。お菊が武家の出であることなど想像もつかない汚れた木綿の古着を着た 格好の今のお菊であったからだ。お菊もそのことには触れないでおこうと思った。今日は熊五郎に貸し便屋に協力してもらうことが大事な要件だった。 お菊は地虫の熊五郎に勧められるまま、甘酸っぱい味のするどぶろくらしき酒を口にしながら、熊五郎に貸し便屋のことを話した。「面白れえ話だな姉さん、まあ、姉さん一杯やりな、これもおから村の名物料理だ食え食え、蝮の金玉を馬の腸で煮詰めた精力剤だ、股の下がうずうずしてくるで、ぐひゃあははは、ぐひゃあああ」 横ではその得体のしれない煮込みの鍋がぐつぐつ煮えていて、腐ったような饐えたような、臭いが鼻の奥まで染みこんできた。そんなお菊の表情を熊五郎が面白がって見ていた。「みんな、臭い仕事してるから、気になんねえ、こういう臭いをいつも嗅いでなけりゃ、昼間の仕事ができねえよ。」 おから村の住人は昼間は下掃除人として町屋の厠で糞汲みの仕事を生業としていたのだった。そんな場所で、頼みごとをしている自分が、落ちるところまで落ちたのだとお菊はしみじみ感じていた。どうせ世を捨てた人間だ、こういう場所の方が私にはふさわしいんだと、居直っている自分もいた。 ここなら、醜女もでぶもないおへちゃもない、こんな私でも歓迎してくてるじゃないの、だいたい、美女だ醜女だと、いうことは誰かと比べただけのことである。比べてなんぼの問題なんだ、そもそも美人が罪なのである、美人がいなけりゃ醜女もいない、だから、此処にはそんなものはない、私も落ちなくてもよかった。いや、こういう人たちが生活していることを知らなかった。「ようし、一桶二十五文で手を打とう、どうだ、」「ようござんす、よろしくおねがいします」 話はできた。これで何処でも江戸の人の集まるところで、貸し便屋が開業できる。お菊は熊五郎の恐ろしさよりも、貸し便屋ができるうれしさことへの希望に胸が高鳴った。(つづく)作:朽木一空※下記バナーをクリックすると、このブログのランキングが分かりますよ。またこのブログ記事が面白いと感じた方も、是非クリックお願い致します。にほんブログ村
2016.01.14
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女の尻の穴から御馳走が降ってきたぞぅ、、、「への字、いつまでくしゃくしゃ食べてるんだい、早くしないと、おまんま口の中で糞になっちまうよ、早飯早糞芸の内ってんだい、さっさとおしな、天気がいいや、今日も忙しいよ!」 お菊のお姫様言葉も、長屋に住んで二月もたつと、すっかりお江戸のべらんめえ調が板についてきていた。暗く閉じこもった娘時代、駿河屋甚衛門との夫婦生活で、すっかり明るさを無くしていたが、もともと、お菊はちゃきちゃき、さばさばしたおてんば娘だった。お菊にあの明るいおてんば娘が目覚めたともいえた。「へいっ、糞にならねえうちに食べますでぃ」 平次ことへの字は蜆の味噌汁と飯を交互に腹に流し込んでいた。貸し便屋を始めてから、平次はお菊の手下となって働いていた。なにしろお菊は財布の中身の心配がないので、気前が良かった。 昼飯はたいてい蕎麦かうどん、たまに鰻、夕飯は料理屋で、酒も一合ついてきた。お菊もいつもにこにこして働くへの字が気に入っていた。世話を焼いてもらっているお礼のつもりもあったのだろうが、長屋に帰るときには饅頭や煎餅、団子や飴などの土産を買ってきて、長屋のおかみさんに配ったので、長屋での評判も上々だった。 弥生、雛祭りを終えると、桜の花見の本番である。向島の隅田川堤の桜も満開で、花見客でごった返していた。 八代将軍徳川吉宗公が「質素・倹約ばかりじゃ庶民もつまらぬだろう、何か楽しみもなくちゃ面白くねえ」ということで、墨田堤に、飛鳥山、御殿山に桜を植えたのがお花見の始まりで、今では桜も大きくなり、江戸庶民はこぞって花見に出かけるのを楽しみにしていた。 だがねえ、花見客が墨田川の土手を踏んで固めてくるのが吉宗公の本当の狙いだったとはたまげたねえ。蕾が膨らんで、花が咲き、すぐに散ってしまうのが桜、またその華やかさと空しさ、潔さよさが江戸っ子の心を掴んでいた。 パッと咲いてパッと散る、人間もこういう生き様じゃなきゃ粋とはいえねええなと、八十を過ぎた老人が後悔してる。天気も小春日和、隅田川の土手には、ぞろぞろぞろぞろ、花見客がやってきた。 ところが、普段は土手には葦や萱が茂っており、その中にしゃがんで、誰憚ることなく、用を足せるのだが、花見となれば、押すな押すなの人込みで、立小便でも気が引けるのに、着飾った娘や、おつにすました娘子が大便をもよおしたら、それは地獄なのである。脂汗を流して、もじもじ股を擦りあわせて、えいっ、それでも我慢の限界、恥も外聞もない、出物腫物所嫌わずだが、群衆の中では尻は捲れない。葦の原に駆け込んで、着物を捲り、ぶりっと、人目も草もいとわずに野糞たれの女の野雪隠。「やいやい、今年の花見はお土産つきよ、粋な姉ちゃんのうんこたれ!!」と、悪餓鬼や、破落戸どころか、誰でも女子のうんち姿は覗いてみたいのである。どこぞの大名の奥方ならば、おつきの人が周りをぐるっと囲んで、隠すが、それでも、ぷーんといい匂いは隠せない。そこで、頻便のお菊が考えた商売が貸し雪隠である。 両国橋から、水戸様の下屋敷を過ぎれば向島、隅田川の土手には葦簀掛けの茶屋に見世物小屋が所狭しとずらりと並んで、客引きをしていた。てんぷら蕎麦、醤油の匂いが香ばしい焼き団子、江戸鮨、鰻の蒲焼、変わり飴玉、金平糖、食べ物だけではない、楊枝に箸売り、盆栽、、藁細工、かざ車、風鈴、などの物売りもここが商売だとばかりに軒を連ねる。 それに見世物小屋、人魚姫、猫女、ちょいとした空き地ではへびつかいに猿回し、居合抜きに蝦蟇の油売り、両国の広小路が引っ越してきたような賑わいだ。わっしょいわっしょいの商売繁盛である。 桜堤の真ん中あたりに、大きな幟が二本風に揺れている。『貸し雪隠、お菊の間、、一回六文』と書かれている。着飾った女がおつにすまして列を作って、行列は途切れることがない。次々と女が並ぶ。そこだけが、桜の花に負けないくらい艶やかな空気が漂っていた。 花見の客がそこで渋滞する。押すな押すなの大盛況である。隅田川に杭を打ち込んだ葦簀張りの貸し雪隠の小屋が三つ並んでいた。下が大川なので、大便小便は垂れ流し、ぽちゃんとやれば、雪隠の下には鯉や鮒が集まって、ぱくっぱくと口を開けて、女の尻穴を覗いていた。『貸し雪隠、お菊の間』は大当たりだったのである。 だが、桜の花は命短し、十日も過ぎれば終わってしまう、終われば向島も閑散として、貸し便屋も終いである。「へいの字、また、貸し便屋をやりたいねえ」「お菊さん、あちこち人が集まるところはあるんですがねえ」 花のお江戸にははしょっちゅうお祭りごとがある、浅草三社祭り、神田祭り、あちこちの八幡宮にお稲荷様のお祭り、それに相撲に花火、どこかで祭りごとがないことのほうが少ない。人が集まることが大好きなのが江戸っ子である。 なんとか、移動する厠で一年中商売ができないものか。だが、貸し便屋をするには川がなくては垂れ流せない。狭くて流れの弱い堀では糞尿が貯まって、いざこざのもとになりかねない。 江戸では「水は三尺流れて清し」と云われ、すぐ川下では、米を洗い、野菜を洗い、顔を洗うのだった。お菊はなんとか上手い方法がないものかと思案していた。 お菊が長屋でへの字に爪を切らせているとぷーんと、糞甕(くそかめ)を掻き回す臭いが漂ってきた。「おや、きょうは汲み取りの日だったね、へいの字、障子を閉めな」 きょうは、十日に一度、宗兵衛長屋の糞汲に、下掃除人の『でく』が来る日だった。長屋の連中は、「さっさとたのむよ、でくのぼう」などど悪態をついて、長屋から一時避難するか、油障子をぴたっと閉めて臭いを遮断する。「そうだ、!!」 お菊の頭がひらめいた。でくが大家の宗兵衛に挨拶をして、肥桶を担いで、よっこらしょっと、長屋の木戸を潜ったところで、「ちょいと、でくさん、話があるんだけどさあ」といって、懐から金平糖を一掴み出してでくの手のひらに乗せた。「こっこっ、こんぺいとう、おっ、おらあ、食べたことねえんだ、きっ、きっれいで、たっ、食べるのもっもっもったいねえ」「いいからお食べ、でくさん、ちょいと聞くがね、その肥桶いっぱいで糞代はいくらになるんだい」「いっ、一年分、まっまとめて、おっ、親分から、あっ、預かってくるから、よっよくわからねえがにっ、二十文くらいには、なっ、なるんじゃなええかな」「でくちゃん、その親分のところへ私をつれてっておくれ、ほら、金平糖」「でっ、でも、親分のいるところは怖いところだよ、おっ、おから村とと呼ばれていて、そっ、外からは誰もこないところだよ」「おから村ねえ、でも大丈夫、ねっ、つれてって」 お菊はまた金平糖をでくの掌の上に乗せた。(つづく)作:朽木一空※下記バナーをクリックすると、このブログのランキングが分かりますよ。またこのブログ記事が面白いと感じた方も、是非クリックお願い致します。にほんブログ村
2016.01.11
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住めば都とはいうけれど、お菊の今までの生活とは、天国と地獄のような差があった。隙間風はくる、雨漏りはする、隣の声は筒抜け、それに何より六畳一間の狭さ、、こんなところで生きていけるのだろうか。うとうとして眠れなかった不安な朝を迎えて、戸惑っていると、への字が早速やってきた。「ああ、朝飯だ、向かいのお勝さんが作ってくれたよ」 隣には裁縫をしてるお絹、向かいは船頭の女房のお勝、斜め前にはは大工の女房のおまん、金魚売りの茂平の女房のおきち、鍋・釜を修理する鋳掛屋(いかけや)の女房おたよ、長屋のかみさん連中は珍しさもあったのか、入れ代わり立ち代わりやってきては親切なのかおせっかいなのか区別のつかない世話を焼いた。もっともそれがなかったら、お菊は生活できなかった。 裏長屋の生活はさっぱりしていて、くよくよしない、明日は明日の風が吹くんだよと、お気楽そのもであった。宵越しの銭は持たねえ、銭を持つから厄介なことが増える、物が増えれば不安が増える、子供が産まれりゃ、心配事が増える、とか、いいながら、どこの家にも子供だけは三人五人とごろごろしていた。 火事と喧嘩が江戸の華では、家財道具は最小限がいいらしく、物をできる限り持たない、もっとも六畳一間の長屋では、置く場所もない。釜と茶碗と蒲団があればいい。どっちみちいつかはあの世へいく、その日暮らしで、身軽に暮らすのが、面白おかしく生きるコツというもんらしい。 断捨離なんざぁ、あたりきしゃりきのこんこんちきよ。貧乏なのに、そんなかけらも見せない。金は天下の廻りものとでも思っているのか気にも留めていない。それに、超のつく世話焼きで、困ったときはお互い様、遠慮はいらねえよ、長屋のみんなが家族のような付き合いだった。そうしなければ、貧乏所帯が寄り添って生きてはいけないのかもしれない。 甚右衛門のように何でもかんでも算盤勘定で物事を決めるのは江戸っ子の恥とでも言わんばかり、「てっやんでえ、江戸っ子の 生れそこない 金を溜め」と、金持ちが悪いことのように言い放し、世間の評判や上役のご機嫌ばかりをうかがって地位に齧りつき、体裁ばかりを気にして、食いたいものも我慢して、「武士は食わねど高楊枝」と威張る武士とは真逆で、食いたいものは女房質に入れても食べるという、威勢のいい、はちゃめちゃぶりが江戸っ子の気風だった。 お菊には、そんな江戸っ子の気風が清々しく感じられた。なんだが、こっちの世界でもやっていけそうな気がしていた。それに、裏長屋の女たちは誰も化粧っけなどなく、すっぴんで、お世辞にも美人とよべるような女は少なかった。みな、へちゃむりんのおへちゃであった。だが、そんなことを気にかけている女はいなかった。 おかちめんこでも、へちゃむくりんでもちゃんと所帯を持ち、亭主の尻を叩き、子供を産んで、くよくよしてる暇なんぞありゃあしねえ、わいわい楽しく忙しそうに生きていた。お菊はもう、自分がでぶでおへちゃであることなど気にも留めなくなっていた。「あれは、美人と比べるからいけないいんだわ」 お菊は、今までの着物を脱ぎ棄て、古着屋で買った洗いざらしの垢染みた木綿の古着を着て、への字に案内させて、深川八幡宮、州崎弁天、回向院、両国橋界隈を毎日のように歩いた。お菊には本所深川で見る物が珍しく、異国のように魅力的に満ちた町に思えた。江戸の庶民はせせっかしい、蕎麦はするするっとすすり、道を歩くのにも、「とっとっと、ごめんなさいよ!」「ちょいと、あぶねえよ!」と、忙しそうに動いていた。 お菊もへの字についてそろそろと歩くお嬢様歩きではついてはいけない。小さいころのおてんば娘が蘇ったように、たったったっと、江戸っ子並の早歩きになってきた。おかげで、ぶよぶよしていた尻も足も豚の足から鹿の足のように締まり、体重も減れり、身軽に動けるようになってきていた。「お菊姉さん、この頃躰がぐっと締まって、色気がでてきやしたぜい」「なにをいいやがるへの字、おだてたって、、出るのは屁ぐらいだよ!、」 心の中の汚れたものが落ちていくような快感さえ感じ、重たかった心が随分軽くなってきていた。だが、お菊の最大の悩みは頻便であった。原っぱなら、への字に見張らせて、落ち着かないが出すこともできたが、町中では、我慢をして、脂汗をかきながら、商家の厠を借りる、茶屋の裏を借りる、肩身の狭い思いをしなければならなかった。そこで、ふと、お菊は思いついた、この悩みは私ひとりじゃないはずだ、これは人助けにもなる。 よし、「貸し雪隠」をつくろう、貸し便屋をやろう。人混みの中で、気楽に大便が出せたら、こんない気持ちのいいことはない。ここからが私の出発だ。お菊の眼には見たこともないような明るさが輝いていた。(つづく)作:朽木一空※下記バナーをクリックすると、このブログのランキングが分かりますよ。またこのブログ記事が面白いと感じた方も、是非クリックお願い致します。にほんブログ村
2016.01.08
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くよくよしてる暇なんぞあらやぁしねえよ、 お菊の堪忍袋の緒が切れたのはいうまでもない。手鏡を叩き付け、台所のふかし芋を三本食べ、箪笥から、持参金として持ってきた三十両を懐に入れて、駿河屋の店を飛び出した。 何処ぞといくあてもなかったのだが、何かを振り切るように江戸城を背にして歩いた。日本橋の町屋を抜け、八丁堀の同心屋敷を過ぎ、とにかく歩いた。大川に架かる大きな橋があり、人々が忙しそうに行きかっていた。永代橋であった。大川の向こう側には、まだ足を踏み入れたことがなかった。「渡ろう!渡ってしまおう!」渡れば何かが吹っ切れるそんな思いがした。 橋の一番高いところで躊躇いが足を止めた。橋からは江戸の町並みが見渡せた。江戸城の北側が旗本屋敷だろうか、そこに父上母上がいて、私のことを心配しているのだろうか。里心がおきた、が、もう、帰らない、私は、帰れない。 そして今までの自分と別れを告げるように、早足で橋を渡った。そこが深川という場所で、江戸の内ではあったが、お菊には今まで暮らした江戸とは別の世界のように見えた。これからどうしようという当てもなく、日が暮れて、西方から空が鼠色に暗く塗られてきたが、なぜか不安な気持ちにはならず、心は晴れ晴れとしてもいた。みんな捨てて、新しい自分になるんだという、希望のようなものが心を包んでいた。 あんなところに人が住んでいるのだろうかと思えるようなごみごみとして、屋根に石を乗せた長屋が橋の下に見えた。ここが深川というところなのか。お菊が産まれ育った駿河台あたりは、武家屋敷と寺と坂道で人影もまばら、まして盛り場の騒音も聞こえない。 大川には帆を上げて、船が行きかっていたし、海と川がぶつかるあたりには廻船が碇をおろし、小舟が忙しそうに行きかっていた。褌一丁で、ほっかぶり、褐色に日焼けして、筋肉隆々のたくましい男の裸の姿も初めて見る光景だった。こんな男は今まで見たことはなかった。私は籠の鳥だったんだわ。橋の下の船着き場にお穢船が係留されていて、そこへ、糞尿の入った肥桶が積み込まれていた。「まあ、あのうんちはどこへ運ばれるんでしょう」じっと、肥桶が船に積み込まれるのを見ていた。それがいけなかった。連鎖反応だろうか、頻便のお菊は急にもようしてきた。「あらっ、こんなときに、どうしましょう」だが。お菊の心配を無視するかのように、糞は胃から腸へどんどん下って肛門を開けようとしていた。こうなったらしかたがない、お菊は橋の下の葦の河原にしゃがみ込み、着物を捲って「ぶっー」と放ってから尻を下げた。「痛い!!!」折れた葦がしりに刺さった。出すものを出すと、その痛みに、もんどりうって転がった。しばらくそのまま動けない。しばらく唸っていると、葦の茂みを分けて、にゅきっと目玉がふたつ現れた。「どっ、どうした、だっ、だいじょうぶか」と、声をかけてきた。 慌てて。、着物の裾を直して、声のほうに目をやると、ぼそっーとして、半纏を広げて、越中褌をつけた若い男が立っていた。「そなた、私の大事なものを見たね、そなたは誰だ、名を名乗れ、うむっ、そなた臭うね、厠の臭いがする」「おっおら、でくというんだ、いっ、痛がってるから、こっ声をかけた」 日に焼けて、ぼんくらな顔をしていたが、悪そうな男には見えなかった。 行く当てもなく、尋ねる人もいない、今夜寝るところもない、地理もよくわからない。お菊はこの『でく』という男に今日のねぐらを頼んでみることにした。「あっ、あるよ、はっ、橋から見える、あっ、あそこの長屋なら空いてる家がある」 さっき眺めた、ごちゃごちゃして、屋根に石の積んである今にも崩れそうな長屋のことらしい。どうせ、今までの自分を捨てる覚悟をしていたんだ。この際、落ちるところまで落ちてみようと半ばやけくそになって、でくに連れられて、宗兵衛長屋の大家がいる自身番屋に着いた。自身番屋には大家の宗兵衛が茶を飲み、囲碁狂いの見廻り同心真壁平四朗と、手習い師匠の柳井文吾が囲碁を指していた。「訳ありのようだが、今日寝るところもないんじゃしょうがねえ、大工の弥助一家が引っ越していった部屋が空いてるだろう、そこでよかったら、当分の間そこで寝ればいいや、家賃は前金で550文、ほんとは600文だが、厠の横で臭うので50文おまけだ。」 頻便のお菊にとって厠の隣はは好都合であった。お菊は懐から一両小判をを出した。「なにもわかりません、よろしくおひきたてのほどお願いします」「うへええ、こんな銭久しく見たこともねえ、おめえさんお武家さんのお内儀かい?」 そこにいた、みんながあっけにとられていた。見廻り同心真壁平四朗と、手習い師匠の柳井文吾が顔を見合わせた。見廻り同心真壁平四朗はちと気にはなったが、縋るようなお菊の目に危険な臭いはないと思い、「まあ、宗兵衛、何か訳もあるんだろうが、ここは詮索せずに、その銭を預かって、おめえが請け人になって、いろいろ面倒見てやりな」「わかりやした、ちょうどいいや、への字、仕事もしねえでぶらぶらしてんだ、当分おめえが面倒見ろ、押しつぶされねえように気をつけな」「へいっ、合点承知の助でござんす、心配しねえで、おまかせくだせえ、姉さん」 への字と呼ばれた男は平次という名だが、仕事もせずにぶらぶらしていて、店賃も払えず大家の宗兵衛や長屋の連中に面倒をみてもらっている怠け者だある。だが、いつもにこにこしていて、喧嘩もしたことのないお人好しなのである。お人好し過ぎて世間と折り合いがつけなったのかもしれない。大家の宗兵衛はお菊が太った女だったので、これなら、厠にもたんまりと糞がたまりそうだと、にんまり笑った。(つづく)作:朽木一空※下記バナーをクリックすると、このブログのランキングが分かりますよ。またこのブログ記事が面白いと感じた方も、是非クリックお願い致します。にほんブログ村
2016.01.05
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だが、天は見捨てなかった。二十歳を過ぎ、いよいよ売れ残りという時に、父の用心である吾助の計らいで、日本橋の茶問屋の駿河屋甚右衛門から、ぜひお菊を貰いたいとの話があった。 駿河屋は甚右衛門が駿河の国から出てきて、丁稚から番頭にまで上り詰め、暖簾分けして店を持った苦労人であった。商売一筋で、商いの才覚にも長けた努力家で、店も、裏町から、今や日本橋の大通りに店を構えてていた。 前妻のお里は寝る間もなく働きずくめのまま、流行病で死んで、甚衛門は独り身だった。背は低く、もっこりとした体躯で、髪の毛も薄く、けっして伊達男の部類の人間ではなく、見栄えの悪い五十男だったが、なにしろ資産家である、結納金も期待できた。お菊の父母は、娘が売れ残っては困る、、渡りに船とばかりに、お菊にこの縁談を進めた。 もう何十回も断られ続けている縁談である。不承不承ながら、お菊は甚衛門に人生をかけてみることにした。この縁談を断れば、貝に蓋をしたまま、一生日の目を見ない気がしたのである。 駿河屋甚右衛門は実直そうな仮面の裏で算盤をはじく、なかなかの商売人である。すべては駆け引きだった。お旗本の娘を内儀にしたとなれば店にも箔がつき、格が上がるというものである。 それに、江戸は、老中水野様の天保の改革で、贅沢を廃し、質素倹約を進めよという号令が幕府全体にかかっている。お菊の父は一千石の直参旗本梶井文左衛門である。賄い方の番頭というお役目についている。質素倹約には、安くてうまい駿河屋のお茶こそがご時世にふさわしい、御改革に沿ったお茶である。大奥ご用達にまでなれば、年間二百両もの節約になる。と、梶井文左衛門に力説し、なんとか、江戸城御用達にしてもらおうという魂胆があった。 めでたく、婚儀がおわったものの、お菊にとって駿河屋の奥方は幸せな生活とはいえなかった。亭主の駿河屋甚右衛門は「すまんが、我慢してくれ」といって、あのときにも、顔に手ぬぐいを被せてまぐあうのだった。「ああ、店にはでなくていいよ、家の中のことをよく頼む」 お菊はお姫様で育ってきたのだ、店先でぺこぺこ頭を下げ、おべんちゃらをいうのは好きではなかったし、できそうになかった。だが、甚右衛門がお菊を店に出したくない理由は他にあった。お客は嫁に来た旗本の娘さんはどんなにか別嬪だろうかと顔を見たがるが、おへちゃで、でぶの奥方に店で対応され、嗤われて、茶まで不味く思われたら台無しだ。 家の中の仕事は掃除、洗濯、炊事、だが、自慢ではないが、お姫様として育ったお菊はやったことがなかった。「なんにもできない人だねえ」まめに働いた前妻のお里と比べると、月とすっぽん、甚右衛門は武家の子女に呆れていた。それでも、お菊は我慢して、そのうち子でも授かれば空気も変るだろうと思っていた。 ところが、嫁いで一年もしないうちに、弟の直次郎が深川の芸者お吉に股間を切断されるという前代未聞の不祥事を起こし、瓦版屋が面白がって、「ちん切のお吉が鬼瓦組の旗本の股間を切り捨てた!、さあ、てえへんだ~」と、書きたてたものだから、江戸中の者が知ることになり、旗本の仲間内でも嗤われた。 次男の直治朗は長男の覚之助より、頭も切れ、剣術も優れ、何より色男であったのだが、悲しいかな旗本の次男坊、家督を継げるわけでもなく、悶々とした生活を過ごすうちに、お決まりのようにぐれて、鬼瓦組の狼藉者と町を徘徊していた。 直次郎はいたたまれなくなって、出奔し、行くかたしれずの、無宿者になっていて、父の梶井文左衛門はそれを苦にしたのか、脳卒中で倒れ、よいよいになってしまった。家督は兄の覚之助に引き継げたものの、賄い方の番頭のお役目から外され、小普請組に入れられた。無役同然の身であった。 駿河屋のお茶を江戸城御用達にして貰うのが、お菊と所帯をもった目的だった駿河屋甚右衛門は、目算外れになった途端、お菊に冷たくなった。じめじめした北側の部屋をお菊にあてがい、下女と一緒に朝から晩まで、お茶の選別をやらされた。 おかみさんどころではない、ただの下働きの女中同然だった。みじめな奥方様、じっと耐えるだけの生活が続いていた。 駿河屋甚右衛門の方は寄合だ、商談だ、といってはよく店を開け、外泊することもしばしばだった。実は亭主の甚右衛門は本所の石原町に囲った若い妾に夢中になっていたのだった。 若いときには働いて働いて、女遊びも我慢して、ようやく日本橋の大店の主になった、苦労人にはよくあることだ。若いときに遊べなかった青春を取り戻そうとして女遊びに走る。別段、それほど珍しいことでもなかった。 お菊は腹もたったが、あくまでも本妻なのである。子が授かれば、そんなことは吹っ飛ぶと思っていた。ところが、毎日が十日置き、一月置き、三月置き、ついにはこの頃では夫婦生活も一切なくなった。 これでは子を儲けることなど不可能だ。まぐあうあことのない、仮面夫婦になっていた。 お菊はなすこともなく、また部屋に閉じこもり、ひがな、大好きな金平糖を齧っては、うつろな毎日を暮らしていた。そして、いつもの頻便、お菊は糞がここぼれぬように、尻を押さえて、慌てて雪隠へ行こうと、廊下を歩いていると、思わず「ぷっー」と、屁が漏れてしまった。「誰じゃ、雷さんでもあるまいし、臭う落し物の正体は!うっふっふ、お鈴かえ」甚右衛門の声、「あたしじゃありませんよ、ほっほっほっ、まあ、臭うこと、、、」若い女の声、甚右衛門の部屋から、甚右衛門と若い女の声が聞こえてきたのだ。 お菊は尻を押さえて、じっと障子に耳をあてた。あろうことか、甚右衛門は自分の部屋に妾の女をいれて乳繰り合っていたのだ。「家の奥で、豚を飼っている。その豚がよく肥えておる、」「あらっ、まあ、奥方でいらっしゃるのに」「なに、そのうちに追い出すさ、役にも立たぬ豚はすこぶるぜいたく品だ」 お菊は思わず障子に手をかけ、荒々しく開けた。甚右衛門と妾のお鈴はびっくり顔でその場を繕う。お菊は真っ赤に充血した眼で、甚右衛門と妾のお鈴を睨みつけた。「何を見ている、ここにいるのは石原町の三味線の師匠だ。お鈴さんというひとだ。きれいな人じゃろう。それに比べて、お菊、お前の顔、手鏡でよくみてごらん、ひどいものだよ、それでも貰ってやったご主人様を敬ってほしいね、わたしもね、男だからねえ、きれいな女がいいんだよ」 お鈴は確かに色気満々の優雅な顔立ちで、気品の高さも滲ませ、修羅場でも涼しい顔をしていた。並みの女ではない雰囲気がした。お菊はお鈴と張り合うのは諦めた。男はみんなきれいなものが好きなのだ。これから先、我慢していても、惨めな思いをするだけだと思った。「わたしがおへちゃで申し訳ございませんでした。旦那様、三行半(離縁状)を書いていただけますか」「おお、いつかそういう日が来ると思って、とっくに書いてあるよ」 これ幸いとばかりに、甚右衛門は箪笥の引き出しから三行半(みくだりはん)の書かれた半紙をお菊に手渡した。「そのほう事、この度離縁いたし候、しかる上は向後何方へ縁付き候とも差構えこれ無く候、どうぞご自由に!!」 お鈴はそのやりとりを横目で見ながら、赤い唇の端に笑みを浮かべた。(つづく)作:朽木一空※下記バナーをクリックすると、このブログのランキングが分かりますよ。またこのブログ記事が面白いと感じた方も、是非クリックお願い致します。にほんブログ村
2016.01.02
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