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コスモスは可憐な花に弱そな葉 地下に根を張る強さ隠して散りゆく葉 想いにふける夕暮れに心浮き立つロックのリズム作:成風下記バナーをクリックすると、このブログのランキングが分かりますよ。またこのブログ記事が面白いと感じた方も、是非クリックお願い致します。にほんブログ村
2022.10.25
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ふわりと立ってふわりと歩く秋日頃、秋の空は高く深く鰯雲が様々に姿を変えながら空を漂っている。暑くなく寒くなく足も軽やかに動く。 ~こんにちはぁ~ ~こんにちは、私の家には花屋さんの花は似合わないの~ 散歩で出会う菊枝さんは川沿いの古民家風の静かな佇まいで暮らし、野の花を楽しそうに摘みながら散歩している。道端に薄紫の野菊が小生のほうに顔を向けていた。 菊の花のような派手さと豪華さはない、質素に慎ましく咲いていた。野菊の花を見ると、どうしても「野菊の墓」の清純すぎる物語を思い出してしまう。清らかな女の子たちがこの本を読み、映画を見て感涙していたことを思い出す。初恋の甘い響きが無垢な少年時代の心に流れ込んできた本でもあった。 伊藤左千夫「野菊の墓」作者の左千夫という名前も好きだった。木下恵介監督の『野菊の如(ごと)き君なりき』の映画も見て、涙を隠していたことを思い出す。中学入学を控えた十五歳の政夫と、その従姉である十七歳の民子の悲恋の物語だった。初心で純潔で一途な主人公政夫が野菊の花を採ると、民子はそれに気づく。 政夫は可憐で優しい民子のことを、 「民さんはは野菊のような人だ」と言う、そして 「僕は野菊が好きだ」と続ける。 民子は竜胆(りんどう)の花を見つけ、 「正夫さんはりんどうのような人だわ」と、言う。 「民さんはりんどうが好きなの?」 「好きよ、大好きよ、」と民子は答えた。 ああ、なんと、純潔で一途な恋であろうか。だがこの恋は結ばれずに、民子は親に無理やり結婚させられ死んでしまったのだ。 てくてくてく、 秋風が心に染みる、ああ懐かしい思い出だ。拙宅へ帰えると、もうとっくに何処かへ純情を置き忘れてきた夫婦がいた。 「お前はどくだみ草のような女だな、、」「なによ、あんたなんか屁糞(へくそ)かづらのような男じゃないの、」 ああ、幽かなる純潔の泡は消えたり、、、、 ~遠い山から 吹いて来る 小寒い風に ゆれながら けだかくきよく 匂う花 きれいな野菊 うすむらさきよ~ 作:朽木一空下記バナーをクリックすると、このブログのランキングが分かりますよ。またこのブログ記事が面白いと感じた方も、是非クリックお願い致します。にほんブログ村
2022.10.19
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放光寺仁王二体で門守り 毘沙門天のオーラが光る古民家の縁に座りてひとごこち茅の香りと炭の臭いと作:五林寺隆下記バナーをクリックすると、このブログのランキングが分かりますよ。またこのブログ記事が面白いと感じた方も、是非クリックお願い致します。にほんブログ村
2022.10.12
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よいしょと、さあ、歩きましょう、散歩道の途中にある寺の境内に足を踏み入れる。落葉は桜の葉が一番早いとは聞いてはいたが、ふと、足元を見ると、まだ9月だというのにもう桜の葉が散り始めていた。 枯葉?落ち葉?朽葉?病葉(わくらば)? すっかり死に葉になって、ちらちら降ってくる葉、異常気象かい?夏バテかい?疲れているのかサクラ?どうしたんだいサクラ? 寅次郎兄ちゃんは心配でしょうがないよ。春になればまたきっと、散歩道に覆いかぶさるようにして桜は咲くんだろかね。 てくてくてくてく、、 キバナコスモスの鮮やかなオレンジ色の花が道際でひと際目立っていた。アゲハ蝶がキバナコスモスの蜜をおいしそうに吸っていた。角の家の主は風流人で、庭いじりが好きで、四季折々いろんな花を咲かせて楽しませてくれる。今年は道際に、ほうずきの実がたくさん実らせていた。 ~ひとつ、いただけませんか?~ 枯落ち葉にさえ不安がる怯懦な小生が声を掛けられるはずもなく、ほうずきの赤を横目で覗いて通り過ぎていく。 ~朽ち落葉 風に追われて 彷徨える~ ~ほうずきの赤 皴になっても 味になり~ ~山は暮れて野は黄昏の薄かな~ 与謝野蕪村 作:朽木一空下記バナーをクリックすると、このブログのランキングが分かりますよ。またこのブログ記事が面白いと感じた方も、是非クリックお願い致します。にほんブログ村
2022.10.08
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僕がプロレスに夢中になっていたのは20代のころだった。当時プロレス界はジャイアント馬場率いる全日本プロレスと、アントニオ猪木の新日本プロレスがしのぎを削っていた。そして当然のようにプロレスファンも、馬場派と猪木派に分裂していた。どちらかと言えば209cmの巨体を誇る馬場のほうが王道プロレスであり、来日外人たちもメジャーな選手ばかりだ。一方の猪木のほうは知名度のない三流外人しか呼べず、たえずマイナーなイメージが漂っていたものである。 負けず嫌いの猪木は、このコンプレックスをひっくり返すために、何度も馬場に挑戦状を送り続けた。当然だが有利な馬場は、これを完全無視し全く相手にしなかった。業を煮やした猪木は、国際プロレスのエースだったストロング小林と対決し、彼をジャーマンスープレックスホールドで葬り去り、大いに株を挙げることになる。 さらなる飛躍を狙う猪木は、格闘技世界一というキャッチフレーズを打ち出す。そしてウィレム・ルスカ、モハメド・アリ、アクラム・ペールワン、ザ・モンスターマンと次々に異種格闘技戦をこなしていくのだった。このあたりから猪木の人気は急上昇し、すでに馬場など眼中になくなっていた。野球選手に例えると王道を歩き常識人の馬場は王貞治で、派手好きで八方破れだが人気抜群の猪木は長嶋茂雄と言えるかもしれないね。 まだ若くて幼稚だった僕は、世界で一番強いのは、223cmで236kgもありながら、普通に動ける大巨人アンドレ・ザ・ジャイアントで、二番目が我らがアントニオ猪木なのだと本気で信じていたものである。ただレフリーのカウントの不自然さや、わざとらしい安易な技の掛け合い、頻繁な場外乱闘、コーナートップからのマンガ的な攻防、単純なロープからの反動などに疑問を感じていない訳ではなかった。またプロレスファンに対する世間の偏見や差別も、だんだん耐えられなくなりかけていた。 そんな折にインテリの村松友視が執筆した『私、プロレスの味方です』がベストセラーになり、それがきっかけで村松が直木賞を受賞したことにより、プロレスファンであることに自信を取り戻すことになる。なお村松は猪木のプロレスを「過激なプロレス」と評し、そんなプロレスに熱中するファンのことを「プロレス者」とネーミングしたものである。 ところがやがて暴露本の出版が多発し、プロレスの勝敗が事前に決められていると悟ったのだが、体力とスタミナがあり多種多様な技に長けているプロレスラーが本気で戦えば、やはり他の格闘家よりも断然強いのだと信じていた。……と言うよりもそう信じたかったのかもしれない……。少なくとも猪木派のプロレス者たちは皆そう思い込んでいたはずである。 そんなプロレス者たちを生み出し、プロレス人気を頂点まで盛り上げたのは、まさしくアントニオ猪木だったのだが、のちにその純なプロレス者たちのプロレス最強信仰をぶち壊したのも猪木自身だった。その発端が柔道世界一の小川直也をプロレスに引っ張り込んだこと、そして総合格闘技のPRIDEに傘下のプロレスラーを送り込んで、次々に敗北させてしまったことであろう。 そのためにプロレス最強論は吹き飛んでしまい、一時はプロレスそのものが消滅寸前に追い込まれてしまった。だが張本人の猪木は特に落ち込んだ気配も見せず、「1.2.3ダーッ!」や「元気ですかー!」を声高に叫びながら、今度はマーク・コールマン、ドン・フライ、ボブ・サップなどの格闘家たちをプロレスに逆輸入し、プロレス消滅の危機をなんとか凌いだのである。とにかく猪木とは、転んでもタダでは起きない不死鳥のような男だった。 また猪木寛至という本名の通り、寛大なこころの持ち主であり、長州力、前田日明、髙田延彦、佐山聡、藤原喜明、武藤敬司など一度脱退した弟子たちとも、数年後には拘りなく交流している懐の広い師匠なのだ。 間違いなく猪木とは近代プロレスの申し子であり、プロレスの神と言っても良い存在であろう。もちろんプロレスだけではなく政治家としても、「イラク人質解放」や「北朝鮮とのパイプ役」として活躍したことが過去にマスコミで語られていたことは万人の知るところである。 だが私の興味を引いたのは、彼のケタ外れの事業熱である。まずあのタバスコの輸入と普及にはじまり、ブラジルでサトウキビから精製したアルコールをエネルギーとして使う研究、さらにわずかな磁力で半永久的にエネルギーを生み出すという「永久電池」、そして近年では水プラズマで世界中のゴミをなくす研究なども手掛けていたと言う。 なんとその研究の数々は本来地球レベルで行わなくてはならないはずである。それを猪木個人が追い求めていたと言うのだから、何とも夢のような底なしのスケール感覚に脱帽するしかないだろう。 ただ残念ながらタバスコを除き、そのほとんどが失敗続きで借金の山だったようだ。そして困り果てた末に、自分が創り上げた新日本プロレスの株式やタバスコの権利を売り渡さざるを得なかった。 そして気が付くと、いつの間にか「全身性アミロイドーシス」という難病に憑りつかれ、入院・車椅子の闘病生活を送っていたのである。それでもくじけずにやせ細ってミイラの様にしなびてしまった体を晒しながらも、死ぬ直前まで「闘病ユーチューバー」を続けていたのだからまさに驚愕である。 だが残念ながら10月1日には、ついに闘魂燃え尽きて、心不全により波乱に満ちた79年間の生涯に最終ゴングが鳴ってしまったのである。もう一度元気になった姿を拝みたかったのだが、難病に苦しみ続けていたのも痛々しかったので仕方がなかったのかもしれない……。巨星墜つ、これで一つの時代が幕を閉じてしまった。 それにしても近年になって、大ファンでいつも気になっていたマンガ家の白土三平、芸能人の西郷輝彦、そしてアントニオ猪木が立て続けに亡くなり、他人ごとではないような嫌な気分に襲われている。「猪木!ボンバイエ!猪木!ボンバイエ!」「燃える闘魂よ永遠に」ご冥福をお祈り申し上げます。 作:五林寺隆下記バナーをクリックすると、このブログのランキングが分かりますよ。またこのブログ記事が面白いと感じた方も、是非クリックお願い致します。にほんブログ村
2022.10.04
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