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ドライブをしていて、道路コースの設計者から‘’ここで素晴らしい景色を運転手に見て欲しい‘’との想いをメッセージとして感じることが度々ある。‘’地道に‘’道路用の土地を地権者との粘り強い交渉で購入、造成と進めて行く訳ですが、目立たない仕事の中で「美しい景色」の醍醐味を建設魂に降り注いでいるのに感心する。そんなお薦めのドライブコース、を道路設計者に敬意を払いながら述べておこう。 建設した時には有料道路で開通したが、建設費の償還を終え、現在は無料で運転できるコ-スから列挙してみる。 *九州 :『宮崎日南海岸』:1960年代から新婚旅行のメッカとして、宮崎交通などの 観光バスが、熱々ムードのカップルを乗せて日南海岸の亜熱帯の木フェニックス (不死鳥)の並木道を走ったものだ。海岸側の椅子に新婦を乗せ新郎が海岸と反対 側に座り、海の方を見ながら仲睦まじく旅していた。一方が太平洋の海岸なの で、新婦も海側から外野の面々に見られることなく、二人シートのほのかな園が 前後約20シート、約40名のバスを満席にしたものだ。現在訪れる新婚カップ ルは、マイカーが主流だが、サボテン公園初め日南海岸の美しさは、新婚旅行ム ードを盛り上げるには最適のドライブコースだ。日本の初回新婚旅行は、薩摩藩 の招待で、坂本龍馬とおりょうさんが霧島神宮や霧島高原など温泉を楽しんだ旅 となっている。宮崎日南海岸もその流れで、宮崎空港や美しい日南海岸ドライブ コースを整備して新婚旅行向けに売り出したのが大ヒットしたと言われている。 *近畿:『奈良大台ケ原ドライブウェイ』 :10月中旬頃の紅葉のシーズンがベストだ が、新緑、深緑の時期も素晴らしい。山歩きの好きな方は、夏季も涼しくてお薦 めだ。桃の木小屋~大杉谷へ行く登山コースは現在通行止めとなっているが、大 台ケ原山頂付近の散策でも日本一多雨の山の良さを十分満喫できる。ドライブコ ースからの大峰山系の眺望が抜群だ。 帰路約30分後、左手に見える山小屋ド ライブインを越えた後に、「子処温泉」に下りる左折の狭い車道がある。‘07 に道路再舗装を完了している。対向車に気をつけて、麓の子処温泉で鄙びた山奥 の温泉を味わえば尚更良い。 *信州:『白樺湖、車山高原、美ヶ原高原のビーナスライン』: 車山高原から白樺湖を 見下ろしながら、霧ケ峰、富士見峠を越えて、美ケ原高原前の八島が原湿原まで のドライブコースが素晴らしい。 最初から有料道路でなく、眺望の良い国道として整備された道路としては、下記が挙げられる。 *近畿: 琵琶湖東湖岸道路「さざなみ街道」: 有料道路「琵琶湖大橋」に‘’琵琶湖 周航歌‘’のメロディーが窓を開けてドライブすると鳴る仕組みとなっている。 そのメロディーを聴き終えた後、琵琶湖沿いに近江八幡までの湖岸道路が美し い。並木道越しに琵琶湖を望みながら、途中、‘’鮎の郷‘’レストランで土産 物購入がてら休息し、近江八幡の‘‘ 日牟禮八幡宮境内の「たねや本店」和菓 子か、「クラブハリエ」のバームクーヘンなどの洋菓子がお薦めだ。近江商人の 発祥の地の散策も雰囲気があって良い。 *四国: 愛媛県『瓶ケ森~石槌山 UFOドライブウェイ』 : 西日本最高峰で日 本百名山の霊峰「石槌山」(1982m) に連なる1、800mクラスの伊予富 士、瓶ケ森山、などに沿って約1,700mの高さを走る 瓶ケ森林道が魅力的 だ。名前もUFOラインと呼ぶ。ベストは9月初め頃の石槌山頂上の紅葉時期に 合わせ、石槌山登山を兼ねて「石槌山国民宿舎」か頂上の山荘に1泊されること をお薦めする。コースとしては、松山自動車道「いよ西条IC」 から国道旧1 1号線で、日明を左折、194号線寒風山トンネル越えた後、左折「瓶ケ森林 道」へ抜ければ良い。登山後、石槌山ドライブウェイ(現在は無料)を下りると 面河渓に到着する。5月16日付け日経日曜版 「渓谷ベストテン」の6位にラ ンクされている散策お薦めの渓谷だ。 時間があれば、松山の道後温泉本館の湯 を堪能すれば、坂の上の雲、坊ちゃんの雰囲気を味わえる。 *北海道 :帯広の『十勝北西部広域農道』や網走~知床間の「斜里国道224号線、 『斜網広域農道』、334号線」:アメリカのネバダ州・アリゾナ州、ラスベガス ~フェニックス間の大平原直線道路等を彷彿とさせる道が、北海道にもある。帯 広の十勝北西部広域農道や斜網広域農道等だ。 広い場所であることを実感させ る直線道路だ。遠隔無線で自動運転が出来そうな直線道路である。景色は単調で はなく、牧歌的で本州、九州、四国とは違った趣で、やはり酪農に最適な土地 だと感じさせる。 高速道路の感心すること頻りの設計を挙げておこう。 *四国: 『備讃瀬戸大橋の四国坂出側料金所』: 瀬戸大橋を渡った後、まっすぐ真前 に‘’讃岐富士‘’が鎮座している。 これこそ設計者がドライブコースを、決 めたぞと言わんばかりの意気込みを感じる。この設計には充分に遊び心が感じら れ、ドライバーを楽しませたい想いがプンプンしている。敬意を表したい。 *四国: 『尾道~今治 しまなみ海道の各橋近辺』:穏やかな瀬戸内海国立公園の島々 を眺めながらの楽しいドライブが請け合いだ。国立公園の美しい景色を存分に取 り入れてドライバーを楽しませてくれる。 渚ドライブウェイもドライブの楽しみの一つだ。但し、塩で車が傷むので、新車は避け、渚から上がれば直ぐに洗車しておこう。 *石川県:能登半島『千里浜渚ドライブウェイ』:能登道路「粟生」「柳田」から *千葉県:『九十九里浜渚ドライブウェイ』:
2010.05.31
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琵琶湖南側でお薦めの日帰り温泉が「十二坊温泉ゆらら」だ。名神栗東ICから国道1号線新バイパス経由して約13km、「湖国十二坊の森」の湖南三山国宝善水寺、摩崖仏の間にある。十二坊とは岩根山の別名で、山の麓に十二の宿坊があった為この名がついた。兵庫・有馬温泉にも「御所坊」「奥の坊」「中の坊」等、坊の名のつく温泉旅館が多い。鎌倉時代に仁西上人が平家の落ち武者を連れて有馬に移住した。熊野権現のお告げで温泉を掘り、薬師如来の十二神を表す十二坊舎を建てて浴舎とした。この縁から有馬温泉の旅館には坊の名が多いと言われている。湖南の「十二坊温泉」の命名も、この有馬の薬師如来十二神からの命名と関係がありそうだ。 「十二坊温泉ゆらら」は単純弱放射能泉で、4月26日にリニューアルOPENしたばかりだ。男女別の露天も一つずつあるが、水着を着用すれば露天混浴もある。狭いながらもサウナが完備されている。脱衣所床や畳待合室も新調されていて居心地が良い。和食のレストランの食事とセットの温泉100円割引を活用すると便利だ。レストランの雰囲気も良く和食に高級感がありお薦めだ。 琵琶湖湖東、湖南には紅葉名所が沢山ある。湖東三山の「百済時」「金剛輪寺」「西明寺」と高源寺が有名だが、最近湖南三山「常楽時」「長寿寺」とゆららの近くの「善水寺」を新紅葉名所として紹介初めている。飛鳥、奈良時代の開山で、織田信長の比叡山焼き討ちの際、仏像や建物を地域で守り、国宝として今日にいたっている。 また湖南は、伊賀と並ぶ忍者の里「甲賀」(真田、猿飛佐助等)の地域でもある。武士の時代に、土豪が群雄割拠する中で、「昨日の敵は今日の友」「敵の敵は味方」など、敵方を探るスパイ活動は盛んだったと思われる。この近くに飛鳥時代に紫香楽宮遷都が行われ、渡来人も多く、その時に孫子の兵法「用間篇」(スパイ活動指南書)が伝えられた。これに吉野や熊野の修験道や真言密教、比叡山の千日回峰行等の修行が取り入れられ、諜報活動が完成したのではと言われている。湖南三山の国宝を守った手法も、諜報活動の賜物とも言える。 紅葉時期に合わせて近江八幡や湖南三山を巡り、最後の善水寺を参拝した後、「十二坊温泉ゆらら」を堪能すれば、想い出深い’’湖国巡り’’となること請け合いだ。
2010.05.26
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微笑みの国タイが騒乱状態を脱し、一応平静さを取り戻した。だが予断を許さない状態が続いている。アジア主要国の中で、このタイと日本が唯二植民地化されるのを避けることが出来た国と言ってよい。象徴天皇制の日本と、立憲君主制のタイと、歴史の中で、天皇や国王を中心にまとまって国内の内乱を避け、独立を守ることが出来たのはよく似通っている。どうも在位64年目のプミポン国王が82歳でご高齢であることが、解決を遅くしている理由の一つでもあるようだ。 4月10日、ロイター通信日本支局のカメラマン、村本博之(43歳)さんが、バンコクで騒乱取材中に凶弾に倒れた。先に07年9月、日本人ジャ-ナリスト長井健司さんが、ビルマ(ミャンマー)の民主化要求デモの取材中に軍隊に射殺されたのに続く惨事だ。冥福を祈りたい。ベトナム戦争時の報道写真家の岡村昭彦さんなど、戦争や騒乱報道に関わる日本人ジャーナリスト達のお陰で最新の正確な海外ニュースが伝わってくる。これらの報道関係者のご努力に、その国の動きを出来るだけ把握することで、報いたいと思う。 日経新聞5月16日朝刊コラム「風見鶏」で、日本の小沢一郎民主党幹事長と、タイの赤シャツ(反独裁民主同盟=UDO)反政府デモのバックにいるタクシン元首相が、類似している点を‘’小沢・タクシン現象‘’として述べている。(1)強い個性、(2)皇室・王室に対する姿勢、(3)離米、親中路線、(4)農村重視などだ。タイはこの10年で、途上国から新興国へ脱皮しつつある。農村部より都市部へより多くの富が流れ、地域格差が広がる。都市と農村との対立や摩擦が激しくなる。政治学者の白石隆氏は、アジア諸国での都市人口は、現在38%だが2030年には60%前後になり、「農村のアジアから都市のアジアに変わっていく」とみる。都市人口が増えれば、中間層が増える。耐久消費財の需要が増え、政治面では農村重視型の指導者は支持を減らす。日本の民主党も正面から農村型政策を掲げ、一方自民党は都市との格差を止めることが出来ず「農民の反乱」が政権交代の一つの理由となった。タイの農村と都市の争点を大枠で良く捉えていると思う。 それにしても農村にも絶大な人気を誇った故田中角栄元首相が、1973年タイを訪問した際、日系企業の大量進出に反対する反日デモで、一時立ち往生し、タイ滞在を短縮したことがあった。皮肉にも小沢民主党幹事長は、故田中角栄氏の秘蔵っ子でもあり、農村重視派、日本ではタクシン元首相のようなスタイルと似通っていると述べられている説もあるので、なにかの因縁かもしれない。 タイが東南アジアの中でも植民地化されないで異色の存在でいられたのも、文化度・成熟度が高いことも一つの理由ではないだろうか。例えば5月24日第63回仏カンヌ映画祭で、タイの気鋭のアピチャポン・ウイーラセタイン監督が、「プンミおじさん」で最高賞のパルムドールを受賞した。北野武監督の「アウトレ―ジ」は残念ながら受賞を逃した。タイの映画界も世界に通用する地位を固めつつあるということだ。政治の成熟度も、民主化運動が軍部のクーデターとの軋轢を繰り返しながらも、軍隊の全面的な台頭を抑える形が軌道に乗りつつある。今回の騒乱の底流には、元はと言えば、タクシン首相の外遊中に、軍部がタクシン首相の国外脱出を余儀なくさせ、アピシット民主党現政権の樹立に、バックで動いた経緯がある。今回の騒乱では、赤シャツ派内にも狙撃された軍少将など一部が同調している節があるので、軍部も一枚岩では行動をとれない可能性もある。 タクシン元首相も、カンボジア政府の肝入りで、カンボジアに入国し、アピシット政権に揺さ振りを画するなど、騒乱の最終局面で赤シャツ強硬派の抑えが効かないと言われたが、あの手この手で国外からリモートコントロールすることを続けると思う。したたかな人物とみた。いずれにせよ、軍部クーデターが大手を振って罷り通ることはなくなり、度重なった民主化運動が成熟し、個が確立しつつある。騒乱があったとて基本的には‘’微笑みの国‘’であることに変わりはない。 タイの国歌は2つあってどちらが本当か戸惑うことがある。最初にできたのは、各種式典や映画上映前にプミポン国王の肖像画を前に起立して聞く、スローバラードの国王賛歌(第2国歌)だ。1870年頃に、オランダのヘーウッドセーン作曲により、タイ古典曲を加味して完成させた。次に1939年、国名がシャムからタイへ変更された際、リズミカルな国歌が制定された。国連など国際機関にはこちらの方が登録されている。駅や学校などで、朝8時と夕方6時に聞くことが出来る。国際大会の表彰式にはこの国歌が使われる。リズミカル版とバラードを状況に応じてうまく使い分けている面白い国だ。(この項 青春出版社「世界で一番気になる地図帳」を参照。)
2010.05.25
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FIFAサッカーW杯南アフリカ大会が6月11日から開幕となります。日本代表も、19歳の酒井高徳選手や21歳の香川真司選手ら‘14ブラジルW杯以降を目指す4名の若手サポーターを帯同し、いよいよスイス合宿地へと出発となった。サッカーは、野球と比べても遥かに全世界の老若男女に普及している。ゴールキーパー(GK)以外は手を使わないでボールを蹴るシンプルな競技の最高峰の場、夏季五輪に優るとも劣らないスーパーイベントのW杯が楽しみだ。年齢制限の無い大会なので、ゴルフの石川遼選手や宮里藍選手のように、10代後半から20歳前後の世界的若鮎スターが現れるかもしれない。そこで、出場国の将来に於いての若手選手輩出に絡めて、各国の少子化対策について触れておきます。 少子化の傾向を掴む数字として良く使われる「合計特殊出生率」(女性が一生(一般的には15歳~49歳)に出産する子供の数)を、国連の2008年版に230カ国・地域から集計した2005年~2010年の数字を引用させて貰います。同出生率(以下「出生率」)『2.08』が自然減と自然増の境界と言われています。世界1位はニジェールの7.19、2位に驚くなかれアフガニスタンが7.07で続いている。230番目はマカオ1.00、229番目は香港1.02、228番目が台湾1.10となっている。人口大国の中国は1.76(170位)、インドは2.81(85位)となっている。 先ず、前回の2006年W杯ドイツ大会からレビューしてみます。優勝のイタリア:1.37(208位)、2位のフランス:1.96(148位) 、特にフランスは、‘05年から 先進国の中では、珍しく出生率1.9レベルに改善し、少子化に歯止めを打っている。他活躍が目立ったアフリカ勢のトーゴ4.30(40位)、や、中南米のエクアドル2.58(98位)、アルゼンチン2.30(115位)、メキシコ 2.18(130位)は、軒並みに2.08を超えており、ブラジル1.94(152位)もそれに近い。決勝トーナメントに勝ち上がってきたポルトガルは1.34(214位)で、PIGS(ポルトガル、イタリア、ギリシャ、スペイン)の財政再建の影響が潜在化していたのかも知れない。日本1.34(213位)、韓国1.25(225位)と出生率は下がる一方です。中南米はカソリックの方が多く、大らかな出生感を持っていることが影響されていると推測される。 試合を想い出してみると、イタリアは鉄壁の守りに和が垣間見られた。フランスはジダンを軸にチームが繋がっていた。準々決勝のフランス対ブラジル戦では、ブラジルが各位の自由プレーを尊重する余り、和の連携プレーが出来ていなかった。スペイン「バルセロナ」所属ロナウジーニョに代表されるスター選手が既に大富豪者となりハングリー精神不足で、チームを結集するリーダー牽引役としては(勿論本来のMFプレーが見られなかったことも事実)機能していなかった。他のポルトガルやトーゴ等勝ち上がったチームにはメンバーの顔に和みが感じられた。 日本代表の場合は、チームの和はクロアチア戦では結実していたが、オーストラリア戦後半では和みが崩壊し緊張感が失われていた。 次に、今回の南アW杯ですが、一次リーグの8組(A組~H組) 合計32国の出生率は下記の通りです。 A組:南ア 2.58(97位)、 メキシコ2.18、 ウルグアイ2.02(141位)、 仏 1.96 B組:アルゼンチン2.30、ナイジェリア5.70(15位)、韓国1.25、ギリシャ1.42(176位) C組:英1.90(158位)、USA2.11(133位)、アルジェリア2.38(109位)、スロベニア138(206位) D組:独1.37(210位)、豪1.93(153位)、セルビア1.38(205位)、ガーナ4.31(41位) E組:蘭1.72(174位)、デンマーク1.85(163位)、日本1.34、カメルーン4.67(36位) F組:伊1.37、パラグァイ3.12(75位)、NZ2.20(124位)、スロバキア1.25(222位) G組:ブラジル1.94、北朝鮮1.96(149位)、コートジボアール4.67(35位)、ポルトガル1.34(214位) H組:スペイン1.40(201位)、スイス1.48(191位)、ホンジュラス3.30(68位)、チリ1.88(162位) 先進国の出場国で2.08を超えているのは、米国、NZ、近い所がフランスとなる。PIGS以外の欧州勢も1.5近辺なので、サッカーの予備軍としては少数精鋭にならざるを得ず、高度な地域ぐるみの若手育成に的を絞って行くと思われる。アフリカ勢は、出生率が総じて高く、スポーツ予備軍の増員間違いなく、今後も20歳前後から欧州有力クラブへの進出が著しいと読む。中南米はブラジル以外は2.08を軒並み超えている。当面若手が活躍出来る場所は、欧州有力クラブとなるが、ブラジルがBRICS新興国としての経済成長を遂げた後は、南米のスポーツ市場が大きく成長し、欧州から一部回帰が進むものと思われる。 出場国の出生率の状況はここらへんで止めておいて、日本の少子化対策を考察してみることにしよう。日本もグローバル化で 東アジアからは今迄同様、中国人の観光入国を規制緩和すると共に、フィリピン、インドネシア等からも介護士、英会話教師等働き手の入国を積極的に受け入れれば良い。若い頃から有望候補者を少数精鋭で育成する事も止む無しと考える。スポーツ英才教育で、スポーツ分野を成長させることで、子供に夢を与えて、自然に少子化の歯止めをする打開策はあると思う。 日本の少子化の理由は、親の子一人当たり教育費負担が高過ぎる想いとか、育児に夫側の協力が得られないとか、乳児保育所が少ないとか、男女の結婚相手を見つける機会が格段に少なくなったとか、日本での子供の将来に明るい展望が描けないとか等々挙げられるが、‘'子供は元来動物のように独りでに育つ力を持っている‘'の認識に立帰り、親自身が周りの子供との比較をしなくなればストレスも少なくなると想う。 独W杯の準優勝国フランスやサッカー大国中南米に多いカソリックの方々に近い出産感持てば、少子化改善策は見出せそうな気がします。 特に助産師の資格を持つ保健師、看護師の方が、出産等で活躍されるのを、若い頃見ていた経験から、病院内の産婦人科助産師施設の拡充等で、安心して子供が産める出産環境の、特に過疎地域の整備だけは早急に図る必要があると思います。 次に 高齢者の介護分野ではフィリピン人等外国人にも協力頼み、同じ方達がヒアリング英語も教え、女性の方が職場で働いていても子育て要員としても兼務できるような体制を作りながら、子育て支援を強力にサポートして貰い一つの少子化対策とする。 職場も‘06年頃から、男性が子育て時期はSOHO等で職場へ出勤しなくても在宅勤務で妻への育児サポートが可能な企業が増えているし、傾向としては企業社会は徐々にではあるが子育て支援の在宅勤務を可能とする時代に進みつつある。女性への育児支援の環境整備は社会全体で取り組みつつある。 最後に和み(なごみ)の話ですが、聖徳太子が約1400年前に唱えた‘'和を以って尊し‘'とする知恵のある手法を実践し、和みのある世の中へ雰囲気を変えれば21世紀の展望は明るいと考えている。お札に載っている日本人含め歴史上の傑物偉人はやはり聖徳太子でしょう。確かに聖徳太子は数人の優れた人を合わせた空想の人物だと言う説もあるが、ここではそれは横に置いておいて話しましょう。朝鮮半島の戦争に関与することが得策でないこと、将来に渡り半島進出が近隣外交上で不適当であることを、この時代に既に洞察していたこと、朝廷の後ろ楯となる氏等の争いの中で大乗仏教を精神的骨格(バックボーン)として定着根づかせたこと、等々である。 東アジアの中での日本が、地政学的な位置から難しい局面にさらされている今日との対比では、太子の洞察力には感嘆するものがあります。紙幣に登場する明治維新以降の方々で、樋口一葉、夏目漱石、新渡戸稲造等は文句無いですが、日韓併合推進を容認した方々が、このギクシャクしそうな東アジアの今日に、何故お札に載っているのか不思議に想う今日この頃です。これからも‘'生きてみようかな‘'という気持ちにさせるものはなんと言っても‘'和み(なごみ)‘'でしょう。 少子化対策も、若い人たちが温かい和みで‘'明るい未来を切り開く為に生きてみませんか‘'と明るい夢を与えることで、日本は大丈夫の感じがします。
2010.05.20
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‘’ボーダレスというキーワードでお節介をする米国‘’の自由きままさと、‘’成長著しい新興国中国‘’の影響力が高まっているので、ここらへんで両国について日本がどのように対処したらよいのかを述べてみます。 まず米国ですが、為替、英語、(禿げ鷹)ファンド、IT含めた米国Makerの規格を世界標準化に強制、がん保険等にどのように対処したら良いのだろうか。冷静に事態を把握することを常々しておけば、中国・インド等が米国対処策を見つけつつある中で、日本も策は見つかるのではないかと思う。 米国一つ目はUS$為替で、一昔金本位制であったのがいつの間にか世界の実態がUS$本位になっている。ユーロ(Euro)が対抗軸として頑張っていたが、先のギリシャ危機からPIGS(ポルトガル、イタリア、(ギリシャ)、スペイン)につながる財政赤字で、通貨シェア―拡大は小休止となった。残念ながら円は対抗軸には為り得ていない。早い話、米が1US$=125円時代に1億US$(125億円)借金して、色々な方法で1US$=80円の円高に誘導すれば、返済する際、日本は1億US$(80億円)+金利の回収となり、損をする。しかし米国は為替差益差損で一喜一憂することはない。アジア圏でEuroのような、日本円には固執しない共通通貨圏を作ることである。その為には先ず近隣東アジア経済地域を作ることだと思う。最近の欧米側中国人民元切り上げ要求に対する、あの手この手の中国為替対応策は一種のお手本とも言えます。 米国二つ目は英国も関係しますが英語で、ご存知の通り今やパソコン、学術文献、海外特許申請などで英語を駆使しなければ通用しない状態になっている。各国の文化としても、各国の言語は今後も残る。EUでEuroの通貨統合がされても、各国言語は共通化しないことや、カナダのケベック州はフランス語・英語の公用語化とフランス語教育が脈々と続いていること等からもそれが窺える。英語に替わる共通語は現れていない。エスペラント語の普及が遅々として進まないことがそれを証明している。英米アングロサクソンの植民地・覇権主義が英語を普及させたというのも事実だが、英語の優れた簡略性、訴求力が共通語の地位を得たという解釈が穏当なところだろう。 「国家の品格」を書かれた藤原正彦お茶の水女子大教授(お父さんが新田次郎)の言われる通り、''まず青少年期に日本語をしっかり身につけ、日本語で思索・思考法を確実なものにしておけば、後から学ぶ英語も確実に習得できる''というのが正論だろう。この理屈では、小学校からの英語教育は時期早尚となるが、今迄と違って中国などの観光客もうなぎ昇りに増え、インターネットなどによる海外との世代を超えた交流も一挙に拡大すると思う。明治維新以降の142年間とは異なるボーダレスな展開が見え隠れしている。そこで、文法偏重型の英語教育から、若い頃から英会話も取り入れた親しみやすい英語習得も取り入れても良いのではないかと考えている。 米国三つ目はファンド対策だが、例えば宮崎のシーガイヤ、米国リップルウッドファンドが、建設費の10分の1で買い叩いて、買収後再建し直ぐに利益を上げ、自国へ利益が還流した。残ったのは宮崎県民負担の借金700億円相当だけと言われている。資本主義の市場論理だから、日本の企業が危機に瀕したシーガイヤを再生できなかったのだから、文句は言えまいと言えばその通りだが。米国が経済活動に国境は無いと国外には強圧的だが、実際は移転価格税制による海外企業への税務面での締め付けとか、北朝鮮マカオ口座のマネーロンダリング名目の資金凍結策等の国外での金融支配、特定分野で過半数の株保有は認めないとか等々、結構横やり入れている節が見える。モンロー主義のお国柄で、国益優先の法律運用を行っている。やはりこちらからも強気の法律運用で、対ファンドへの対処は可能と考えます。 米国四つ目は、中国にも言えることですが、核を持っている国が何の権限で、何故核を持たない国を封じ込めたり、脅したりするのだろうか。日本は理屈に合った非核3原則、核拡散防止のリーダーとして、途上国から共感得て、尊敬に値する国の地位が得られると思う。オバマ大統領の掲げる核廃絶の流れに、最大限の支援協力を行い、核の脅威を実質形骸化させるのはそんなに難しくない話だと思う。 米国五つ目は、米国が日本の第2次大戦後の占領政策は成功し、イラク中近東では何故失敗しているのかと良く言われる。天皇制維持により、日本が旧ソ連と自由主義国の代理戦争に陥りそうな大混乱(北海道を旧ソ連が占領とか)を防ぎ止めたと言える。米国はイランでパーレビ王政をバックアップし、その王政がイスラム原理主義に打倒された。その後、近隣中東ではサウジ王国(アルカイダリーダー ビンラディンの出身国)、ヨルダン王国(イラク・フセイン元大統領が提携)、クエート王国(イラクの侵攻により湾岸戦争勃発)等も綻びが出ていた。米国側から見て日本の占領政策が成功した。しかし日本は米国の協力を得て‘’知恵と根っからの勤勉で、更に言えば和辻哲郎の「風土」で言うウエットな気候‘’で復興をもたらしたとも言える。中東の場合、イラクのみの平和成就は難しく、イランの核爆弾開発阻止と、シリアーイスラエルの和平などセットで安定を築くことが求められている。産油国に関与したい米国、特に石油メジャ-の性急さがイラク占領の混乱に拍車をかけたと言える。英国は、イラク・フセイン政権打倒の開戦責任の落とし前を、労働党政権の下野で付けている。米国も、ブッシュう共和党からオバマ民主党政権への交代で、イラク開戦の反省は世界に示した。その反省の上で、アラブ原理主義の台頭踏まえ、アラブ主要王国のイランに続く転覆連鎖懸念と民主化転換が円滑に進展しなかったこと等から、折り合いをどこで測るかを見極めながら一度仕切り直しするしかないのではと思う。 米国の占領政策で、日本の戦後復興を日本の基本的な自立力を抜きに、イラク占領政策の手本と言われても参考にはならない。日本はそれ位の気構えで、沖縄普天間基地返還問題も、もう少し米国へ沖縄県以外の200km超える地域への訓練地の県外移設や沖縄海域の環境破壊を軽減する方式の飛行場建設等を、粘り腰で交渉しても良いのではないかと思う。 次に中国だが、20年~30年前中国の生活水準は本当に低かった。印象に残るのは、その頃の中国指導者、国営企業含めた企業経営者、中間管理層等に「身の丈に合った生活をし、借金までして贅沢するな」「本当に必要なものしか購入するな、次の世代に残す借金までして支払い購入資金の用意はするな」の考えが隅々までいきわたっていた事だ。?小平副主任の改革開放政策導入後もその精神は残されていた。東欧や中南米等で借金債務棒引き(リスケジュールの略:リスケ)が闊歩していたことがあった。最近でも中国から大幅値引きの話は良く聞くが、それは契約交渉としてどこの国でも良くある話だが、購入代金等の借金踏み倒し(リスケ)の話は余り聞かれない。この中国の考え方は、我が国がギリシャのようにならない為にも、心して胆に銘じておくに値する。 中国の要人が、故田中角栄元首相が訴訟中で、角栄邸に訪れる人影が少なかった頃に訪日した際、日中国交回復に尽力した田中角栄邸を度々訪れた話は有名だ。「井戸を掘った人を忘れない」の精神だ。最近、米国でのトヨタ車のリコール問題で、トヨタの豊田社長が米国議会へ召喚された後、中国に招聘され講演で喝采を浴びたことがあった。中国の米国を意識した外交上手と言えばそれまでだが、今後中国が繰り出す色々なシグナルを、冷静に分析して大人の対応をすれば、あまり大きな事態にはならないと踏んでいる。 例えば、河北省餃子工場の農薬入り冷凍餃子中毒事件だが、2年経過した上海万博開幕前に、中国政府として、工場の派遣従業員個人の犯罪による農薬混入を公式に認めた。新聞報道からしか述べていないが、その発表後、日本の調査機関が梱包袋を再調査した結果、針の跡が発見されたということである。 日本の消費者が、中国製冷凍餃子の購入を止めた結果、中国政府は止むにやまれず、餃子輸出再開の為、頃合いを見計らって公表した節がある。 商売の理屈で、危険があれば買わなくなる。買って貰う為には、中国政府の面子もかなぐり捨てて、日本の消費者が再度購入出来そうな理由を付けて公表することになる。 中国と日本の関係が、小泉元首相の靖国公式参拝で冷え切った時期、「政冷経熱」と表現され、なんとか経済関係は良好な関係のまま持ちこたえた。‘08年後半のリーマンショックで日本の輸出依存の経済が一時低迷した際に、この「経熱」の関係が日本の経済を早目に立ち直らせてくれた。つまり、政治が一時期関係悪化しても、経済は生き物なので、互いのメリットを再確認しながら大人の解決をして、関係を持続させることが重要だということである。 今後も東シナ海大陸棚ガス田開発とか、海上防衛の境界線近辺で中国の艦載ヘリがサ海上自衛隊の護衛艦に異常接近などの事件(4月8日)が起こっている。互いの手の内を探り合うようなジャブの応酬の段階だが、米国も巻き込んだ日中の緊急連絡などのルール作りが必要な時期にきている。
2010.05.19
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人は長い人生の内ほぼ1/3は寝ている。赤ちゃんの頃は80%位は寝ているし、お年を召した頃は寝たきり含め半分以上は寝ている。少年期、青年期、壮年期、熟年期は1日24時間の内1/3は学ぶことや仕事に、6~7時間半が睡眠、8時間半~10時間が食事をする時間や通勤通学、趣味、着替え、掃除、調理洗濯、雑用などで、赤ちゃんの時と老年期の睡眠時間を長い人生に換算すると、平均毎日8時間つまり1/3ということになる。 1/3も寝ているのだから、どのようにすれば快眠が取れるのかを考えてみよう。いろいろな資料をひも解くと、日本の平均男女の4割がベッド、6割が畳か床の上に布団を敷いて寝ているらしい。若い人達にもっとベッド派が多いと見ていたが、実はそうでもないらしい。若い人達は本当はベッドを好むが、狭い住宅事情でそれを許さないと推察する。しかし快眠に関しては、畳だから、ベッドだから快眠とは一概に言えないようだ。割合がそれを表している。 次に寝返りの回数だが、男性は一晩平均58回程、女性は19回程、健康な方が入院した際、麻酔をかけた時や、寝たきりの方などは、寝返りが打てないため、床ずれを起こさせないように定期的に体の向きを変えてあげる必要がある。水を入れたマット布団などで床ずれ防止敷布団なども出来ているが、まだまだ完璧とは言えないので、介護の方が力を余り使わなくて済む楽技の寝返り補助が有効である。快眠は寝返りをふんだんに打てることかもしれない。と考えると、畳・床の方が満足に寝返りを打てる気がする。 いびきの問題は家族にとっては長期間にわたる騒音問題なので、部屋を分けるとか、いびき止めの治療を促すとか、黙って我慢するのではなく面白可笑しく笑いながら提案して、家族お互いの快眠策として解決することがべストでしょう。 枕も重要です。最近はテンピョールなどの低反発素材枕が流行っている。最近成功している企業の一つに生活用品量販店「ニトリ」があるが、寝装具コーナーを見て驚いた。低反発素材枕や敷き布団低反発素材マット、極めて軽い羽毛等上布団等々快眠グッヅを次々品ぞろえして、’快眠’への取り組みを格安で提案し、売上げを伸ばしている。皆が関心を持つ’快眠’に焦点を当てて寝装具コーナーに消費者を呼び込んでいる。ニトリの似鳥社長は、今後日本の生活品市場は少子化の流れで大きくは伸びないもの、寝装具中心の小規模店を地方や都市部近郊へ大量に出店する成長戦略を描いているようだ。機会があった時で良いので、寝装具コーナーを覗いてみることをお薦めします。ニトリは中国の工場関係者を日本の地方観光へ誘致し、日本への海外観光客増大へ色々アイデア話題を提供している。 春真っ盛りですが、春と言えば漢詩’’春眠暁を覚えず、処処(しょしょ)諦鳥(ていちょう)を聞く’’を想い起こす。眠気を朝起きた後も少し引きずるのは気持ち好いものです。それと同じように昔は暑い夏等は昼寝をして体調を整えていました。この昼寝はなかなか良い知恵で、今でも中近東や中南米、中国・台湾の地方等では残っており、昼ご飯を終えた後1時間ぐらい后睡を取り、皆さん穏やかな表情で午後の仕事をしている。ある程度年を召されたら、この暑い時の昼寝も快眠には打ってつけです。 日本でも近い内に欧米で実施されているサマータイムが始まると思う。本来おてんとうさま(御天道様)が上がっている明るい昼間に働き、暗い内は休む生活スタイルが最適であることは言うまでもありません。照明エネルギー消費等も少なくて済み、なにより睡眠は早寝早起きのリズムが最適で、鶏が「コケコッコー」と鳴く頃に起きれば良いわけです。その他に温泉宿に行けば風呂上がりで熟睡出来た経験があると思いますが、家庭でもぬるま湯が熟睡する為に良いので、体を適度に温めることをお薦めします。 眠りの関係で気になるのは不眠症と無呼吸症候群ですが、一概には言えませんが、肉体を使う作業をしていれば、不眠症にはなりにくいのではないかと。無呼吸症候群は身近な人が早目に気付いてあげれば大事に至らないで済むので、どんな症状かを知っておき、優秀なドクターへ早目に送り込むことが肝要と思う。 なにしろ人生の1/3を共にする「眠り」ですので、'快眠’を目指して気張りましょう。
2010.05.18
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久しぶりにグリーンジャンボ宝くじを300円X10枚購入した。抽せん日に年甲斐もなく気分が高揚し、数字をチェックしながら3桁数字の最後の1桁台の1数字だけ違っていた場合など心臓が高鳴り、少し血圧が上がったのではないかと心配するぐらいドキンドキンを感じることが出来た。残念ながら300円1枚のみの当たりだったが、昔のドキドキわくわくを思い出し、若返りを感じた次第です。
2010.05.09
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限られた資源を有効に使って豊かな精神生活を享受するにはエネルギーを使わないのがベストと考えています。近代三大発明の一つ「グーテンベルクの活版印刷」も木材を伐採、紙は浪費するし、本屋さん経由の書籍配置配達コスト削減ままならず電気通信技術の記憶媒体・印刷無しに置き換わろうとしています。 蓄積サーバーからテレビ・パソコン画面で小説漫画本広告パンフレット等を仮想めくりしながら読む、新聞は配達少年ではなくテレビ画面で視聴拝読する方向に急速に向かうと思います。テレビゲーム含め映像画面はここ20~58年間でお茶の間や職場に入り込み、パソコンで皆の視力が一挙に衰え‘’近視‘’‘’ドライアイ‘’が増えメガネ屋さん大繁盛です。 この近視が増える事態は、眼科の付け焼き刃対応が一部可能としても、‘’近視眼‘’で物を見る是正にはなっていない。「切れる」子供達を「切れ」させないで、「忍耐力」を低めている携帯、パソコンが「忍耐力」を低めていくのを「穏やかに」させるのは、やはり親が視聴時間、ゲーム時間短縮の強権発動しつつ、魅力あるスポーツ、野外活動等を発掘し、屋外で遊ばせるのがべストの解決策でしょう。勿論大人も電子書籍KindleやiPadの普及含めパソコン、テレビ、携帯等接触時間を少なくするに越したことは有りません。 中国の華南や上海内陸部の玩具,家電、携帯電話、IT機器など労働集約型の工場を映像などで拝見してびっくりするのは‘’ああ野麦峠‘’の女工哀史ではなくラジオを聞きながら、楽しく組み立て作業をしていることです。メガネをかけている女工さんは殆どいなくて、常に遠くを見れるような内陸部で育ち、視力がもともと良いのでしょう。斯く言う吾輩も、田舎育ちであったので昔から視力1.5~1.8でした。しかしパソコンを業務に使いだして1年と経たない内に急速に視力が落ち、メガネが必要になりました。これに似通った話は吾輩の周りでも聞くようになっています。 それでは視力低下を防ぐにはどうすれば良いかですが、簡単です。iPaDのような電子書籍の閲覧を少なくして、古本屋で図書館でも良いので、出来る限り流行る電子書籍に抵抗して活字の本を読む割合を落とさないことです。またパソコン・携帯画面を見る時間を長時間継続しないよう、大枠で映像画面の視聴時間を短くすることです。山紫水明の美しい日本の景色を遠くから見ることです。やはりお子さんにはTVゲームなどの視聴時間を抑えるように見守るしかないように思います。 発展途上国含めコミュニケーション手段は簡便でエネルギー消費の少ない光ファイバー等電気通信駆使した電子メールに置き換わって行き、〒(郵便)のラブレターによる遠距離恋愛も少なくなって行くのが実情でしょう。世界の大手新聞メディアが購読者を減らし、金融情報や映像報道メディアを軸に再編が進んでいるのがそれを証明しています。 勿論日本語会話や文学執筆はメール交信を見たらわかる通り当然固有の文化として残ります。〒郵便局の民営化は地方過疎を進ませる等の論議以前に交信手段として〒の役割が低くなっていくと思います。 紙媒体から電子媒体への移行でシンボリックなものは、マイクロソフトのEncyclopediaのような電子CD百科辞典や検索エンジンWikipediaが特筆されます。昔はステータスシンボルとして奥座敷本棚に百科辞典20冊~30冊と収容していたのが、今やはるか昔の話となりました。確かに置くスペースと厖大な印刷製本・輸送・保管などを考えれば仕方のない流れと思います。 欧米アジアの人達は、携帯使用時会話が圧倒的に多いのですが、日本では会話料金が定額制で安くなってもはにかみ屋が多いのか電話よりもメールが多い傾向に有ります。メールがトレンドであると割り切って異なる世代とメールのやり取りを行い、互いの気持ちを少しでも理解すると言う時代になっています。決して‘気が滅入る’(メール)等と言わない様に!
2010.05.08
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温泉大国に火山が多いのはもっともな話だが、火山が多いからと言って地震大国とは必ずしも言えなさそうだ。地震は地球の表面(プレート)の大陸プレートや海洋プレートなどプレート同士の境界でズレやきしみの調整から発生すると言われている。活断層の存在も大きく関係しているようで、日本含め、中国、台湾、フィリピン、インドネシア、アフガニスタン、イラン、トルコ、ギリシャ、イタリア、アメリカ西海岸、ニュージランドなどに活断層が多く、地震発生頻度も高い。火山性地震は上記のプレート性地震とは異なるが、一般的に規模は小さい。 5月15日付け日経新聞の夕刊1面コラム「活断層帯の筍(たけのこ)」で、尾池和夫国際高等研究所所長が述べられているのを引用すると、「全国に知られる京都の筍産地は、京都盆地を囲む山麓だが、竹林はいずれも交野断層など活断層の破砕帯に沿っている。活断層の運動で隆起した山地から土砂が流れ出て、豊かな地下水を蓄える堆積層の京都盆地が形づくられた。竹は活断層の破砕帯を補強するために植えられた。」とのこと。京都では余り大きな地震は発生していないので、地震は個々のプレート境界や活断層の活動状況に影響されているのではと思う。今の季節を感じさせる筍が活断層帯で収穫されているのは興味深い。 最近の日本を除く大きな地震は、中国青海省玉樹チベット族自治区、四川省、チリなどが挙げられる。火山とは関係が少ないようである。 地震に備えて建物を建てるという観点から述べてみよう。世界の金融センターがあるニューヨークのマンハッタンや、香港では、40年前には地震が発生したら大丈夫かなという高層建築物があった。岩盤の上に立地しているので耐震、免震基準は相当緩やかだったと思われる。特に香港は、果たして地震の時大丈夫なのかと、心配しながら街を歩いた記憶がある。大英帝国がアヘン戦争を仕掛けてまで、なんで香港を植民地化したのか。推測ですが、大英帝国の地震学者達は、香港の地盤を米マンハッタン地区岩盤と同じく、高層ビル建築問題無しのお墨付きを与えていた可能性があります。1997年の香港返還後13周年になろうとしていますが、植民地化した段階で200年、300年のレンジで都市計画を考えており、さながら今の中国隆盛を予見して、交易港なら岩盤で海深のある港建設が容易な香港がベストとして選択されていた節があります。 日本においても西国33カ寺巡礼の全寺院建設地が微妙に活断層を外しており、阪神淡路大震災の際も神戸生田神社等はダメージ受けたが、何故か33カ寺はこの1200年~最近まで、火災は別として震災は免れている。姫路城、松本城等に代表される天下の名城も地盤強固な場所に築城されており、大過なく今日に至っている。風林火山の武田信玄や上杉謙信の居城は地震の無い堅固な場所に築城されており、中越地震等の場所を微妙に外している。全国の宮大工や建築職人が地震被災データを古文書・口頭伝承等で蓄積した知恵を殿様や管長・大僧正から普請依頼受けた時に、熟考して建設場所を決め耐震対策をしていたとしか考えられない。法隆寺程長期間とは言わないまでも、香港の大英帝国地質学者と同じく職人の意地であろう。 では地盤に弱い所は住居場所としては耐震策必要だが、救い難いかと言えばそうでない面もある。コシヒカリが生まれたのは新潟県魚沼郡中心だが、中越地震で被災した活断層が走っている地域でもある。コシヒカリの源種「農林X号」が確固とした地盤の旧来の田植え保水地では育たず、埋め立て開墾地の弱い地盤の魚沼郡で試作したからこそ日の目を見た経緯があるようだ。京都の美味しい筍名産地が、活断層の破砕帯補強で生まれた竹林からだという話と似通っている。
2010.05.08
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吾輩がこんなに好きな名泉が、日本の生い立ちとなんか関係があるのではと勝手に考えてみました。 卑弥呼が君臨した邪馬台国が九州にあったのか、奈良桜井市にあったのか歴史ロマンを空想しながら大宰府などや桜井山の辺の道・纒向(まきむく)遺跡などを散策するのはとても楽しいものです。平城遷都1300年祭にちなんで、知人から奈良の魅力をもっと教えてと言われるケースが多くなったので、京都観光に関心が向いている分を、少しは奈良へ揺り戻す絶好の機会ではないかと。そのチャンスが到来したと言うわけです。つまり全国の名泉、観光地はこの今迄地味と言われた奈良(シルクロードの終着点)の魅力を掘り起こすことで、鳥瞰図的に見えてくるのではないかと想うのです。 奈良桜井市の纒向(まきむく)遺跡に卑弥呼宮殿とおぼしき3世紀前半の大規模宮殿跡地発掘や卑弥呼の墓ではないか言われる最古の前方後円墳の箸墓古墳で、邪馬台国の奈良桜井説に信憑性が高まっている。かといって九州説の方も、俗説とは言え、大和朝廷が九州倭国平定後(520年頃)、その隆盛を跡形も無く消し去り(28年前に吉野ヶ里遺跡が発見されたものの)大和を中心に権威のある神宮を建設したとも考えられます。ここでは大和朝廷の時代前後から、温泉をひも解くことにしましょう。 仏教伝来が欽明天皇の頃552年として(吾輩の小中学校の頃は532年(仏ほっとけ’ゴミ屋’さんと言って覚えたもの)と言う説が一般的でした。)、最初のお寺「飛鳥寺」が建立されていますが、その後全国に国分寺など含め有名な寺院建立が続きます。余り門前町など近くに温泉があるケースは少ないようです。一方、伊勢神宮や熊野大社をはじめとした神社には、庶民が旅行資金を積み立てて数年に一回楽しく参拝できるシステムになっているのではないかと思うわけです。日本は火山国ですから、温泉があちこちにあり、源泉で約3万、約3千の温泉地があると言われています。山城を築城して防衛しなければならない見晴らしの良い場所とか、峡谷からしか訪れることが出来ないとか、こだわる必要はないわけです。しかし神宮建立の頃に海外からの防衛とか、大和朝廷の日本統一戦略と有力神社の立地が関係しているのではないかと。自然信仰・霊験あらたかな出来ごと由来などに加え、森林が鬱蒼としている場所がまず立地の第一条件になるのではと想います。出来れば多くの方に参拝・参詣して貰うのに、温泉があれば尚のこと、湯治を兼ねて満足されて神社を後にされるのではないかと都合良く想ってしまうわけです。 そこで、乱暴な推論ですが、大和朝廷時代から有名な神社の近くには結構名泉・露天風呂が有ることがわかります。 *東は‘蝦夷’対応で 鹿島神宮(茨城)、香取神宮(千葉) 手前に日本のほぼ中心に位置し、大和に近い伊勢市に伊勢神宮を置き、 (鳥羽志摩温泉、榊原温泉(津)、湯の山温泉など) *西は‘熊襲’対応で 高千穂神宮、霧島神宮、鵜土神宮(霧島温泉、九重温泉など) 手前に 箱崎宮、宇左八幡宮、英彦山神宮(別府温泉、湯布院温泉など) *北は‘朝鮮半島高句麗勢力など’防衛名目で 出雲大社、(玉造温泉、皆生温泉など) *南は‘太平洋水軍(海賊)’対応の 熊野大社など(世界遺産登録)です。(湯の峰温 泉、川湯温泉、那智勝浦温泉、白浜温泉など) 他の有名神社仏閣と名泉 *奥州は 平泉中尊寺、毛越寺 (中尊寺温泉、水沢温泉など) *信州は 諏訪大社 (上諏訪温泉など) *北陸は 気比神宮(敦賀) (芦原温泉など) *但馬丹波は 温泉寺(城崎)、出石神社 (城崎温泉など) *有馬六甲は 温泉寺(有馬)、中山寺 (有馬温泉など) *琵琶湖は 近江神宮 (雄琴温泉など) *淡路島は 伊将諾神宮(一宮)(洲本温泉など) *四国は 四国八十八個所 石手寺他(道後温泉など)(=額田王が万葉集’熱田津’) 空海上人(弘法大師)は‘’青い国‘’四国88箇寺を開設しますが、この巡礼シ ステムに松山の6ヶ寺近辺には道後温泉があります。それ以外の82寺近辺には1, 200年前には名泉が無いことなども理由に、巡礼普及が遅れます。‘お遍路の 父’と言われる大阪出身のフリーター「眞念」さんが、江戸時代前半1687年「四 国遍路道指南」(みちしるべ)を出版し、88カ寺に順番札付け、札巡り&一部温泉 加えた宿泊システム考案し普及させます。「眞念」さんは日本の‘’旅行代理店の 元祖‘’で、墓は高松市牟礼町にあります。 日本三大古泉と言われる有馬温泉、道後温泉、白浜温泉は、上に述べた通り近くに神社仏閣があります。枕草子三大名泉の 榊原温泉(津)、有馬温泉、玉造温泉も前述の通りです。 次に温泉からは脱線してしまいますが、昔の方が紀行文などにしたためた旅行地について述べてみます。 西行は、先に述べた邪馬台国九州説の一つですが、(九州)繁栄の影響を大和朝廷が消し去ることが出来なかった東北毛越寺、中尊寺などを参詣している。祝詞、能、田楽、の原型「延年の舞」が倭国九州と東北には密かに伝承され残っている。銅剣は大和朝廷近くから多く発掘、銅鐸は大和から同心円上に九州、関東東北で発掘されている。あたかも「延年の舞」のように。また西行は、朝廷内の争いに敗れた崇徳院が、保元の乱後流刑された讃岐白峰神社(坂出市)我拝師山(善通寺市)などを訪れている(1160年頃)。大和朝廷が完全消去できなかった地域や流刑地を訪れ名作の和歌紀行文を作っている。 その約600年後、松尾芭蕉は西行の後を辿り感動の俳句・紀行文を作っている。和歌俳句の題材足り得る場所の一部共通項として、例えば大和朝廷が倭国の繁栄証拠を消し去ろうとする動きに東北等は抗い乍ら、素晴しい文化遺産を継承したいとの意欲が、背景の自然遺産と重なり合って良い雰囲気を醸し出しているのではないかと思う。 現代では、白洲正子(吉田茂の懐刀 白洲次郎の夫人)が、西行の足跡を辿る中で独自の視点を編み出し、隠れ里や石仏群を発掘し探訪の場所として世に出すことに成功している。特に滋賀県奥琵琶菅浦や高野山近くの天野の里「丹生都比売神社」などは訪れるに値する所である。
2010.05.08
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