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東京にも雪が積もった。2月はベニエとクレープシュゼットの季節。ベニエ 500円今年のベニエは、タヒチ産のヴァニラをメインに使うてはった。ヴァニーユブルボンとヴァニーユタイティの食べ比べセットも出てた。アンチョビとエメンタールチーズのフーガス 400円このフーガス大好き!チーズとセミドライトマトや4種のチーズなどのバージョンもある。鯖ロティサンド 380円?ローストした鯖を使うてる。サンドイッチでは、他にも鯖の冷燻、ホタテを使うたシェルブールの雨傘、七面鳥などもあった。シュゼット 400円電子レンジで軽く温めて食べると、とろけたソースが香る。ミュロのシュゼット 550円生クリームを使ったシュゼットはパリではミュロにしかなくて、このシャンティはクレーム・レジェ・オ・ムスリーヌ・ロランジェというそうや。アリュメットポンム 400円今期の紅玉を使うたお菓子は最終という日に登場。このお店で2009年の秋に出会い、一番最初にすごいと感じた思い出のお菓子。シーブフトを食べられなかったのが残念。グルマンディーズ・オ・フレーズ 650円うるう年やからと特別に登場したいちごのエクレール。gourmandiseは大食漢っていう意味かな。はちきれんばかりに、シャンティとパテシエールとイチゴが詰まってる。でも、さらっと食べられてしまう。コンポットゥ・ド・ラ・ヴィル・ローズ 1800円おいしいものがいろいろあった中でも、最高やと思うたのが、このスミレの香りのコンフィチュール。紅玉とカシス、アプリコが入ってて、つなぎに生クリームを使ってるそうや。ものすごく濃厚でおいしい。スプーン一匙で、華やかなパリへ飛んで行ける。ロートレックの描くムーラン・ルージュの世界のような。1日1回のクリックで、募金ができます♪
2012年02月29日
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ケロアン(カイルアン)のホテル アミーナに泊まったとこまで書いたチュニジアツアーの3日目。モーニングコールが6時、スーツケースを部屋の前に出すのが6時45分、朝食は6時から、ロビー集合が7時半というのが前の晩に伝えられたスケジュール。5時ごろ目が覚め、荷物をまとめて、6時に昨晩と同じホテルアミーナのレストランへ。このツアーの参加者は年配の方が多いので、朝が早い。半分ぐらいの人が、6時ごろから食べに来てはった。前日を同じビュッフェのサラダ、ハム、チーズ、ヨーグルト、パンなど。コーヒーもあった。写真に写ってるのは、お連れさんの朝ごはん。私は、パンとチーズとコーヒーだけにした。食後、昨晩行ったホテル前の商店にまた行ってみた。通勤や通学前の人たちでお店は賑わってた。気になってた、アーモンドを瓶から出して適当にビニール袋に入れてもろた。150gぐらいで3.5ディナール(約186円)。マルコナ種のアーモンドみたいで、甘くておいしかった。7時半に集合して、ボルボのバスで出発。5分ほどで、最初の観光場所、アグラブ朝の貯水池に到着。古都ケロアン(カイルアン)は、世界遺産として登録されてる。紀元前814年にフェニキア人が今のレバノンからやって来てカルタゴができた。紀元前146年第3次ポエニ戦争でローマに敗北、カルタゴは滅亡。ローマの植民市として、ローマ帝国第3の都市にまで成長するが、ローマ帝国の衰退で、ビザンチン帝国の支配下にあった。メッカでイスラム教が生まれると、その布教のために勢力を広げていったアラブ軍が、今のチュニジアを攻略する。670年ごろアラブ化の目的でケロアン(カイルアン)の町が造られた。今もイスラム世界の聖地として、メッカ、メディナ、イスラエルに次いで4番目に重要な聖都。9世紀アグラブ朝の時代に水不足を解消するために造られたのが、遠く離れた丘の上から水道を引いてきたこの貯水池。8時半から開場するようやけどガイドさんが事前に連絡してはったのか、7時半過ぎに入ることができた。ツアーの料金には含まれてるけど、ケロアンの6か所の施設が見学できる共通券8ディナール(約424円)。写真を撮るためには別に1ディナール(約53円)必要。現在は4つの貯水池が再建されて残ってるけど、当時は14もあったそうや。一番大きいのは、直径128m、深さ5m、容積5万平方。ガイドブックを見ると、今も使われてると書いてあるけど、ガイドのアハレムさんは今は使ってへんと言うてはった。貯水池を見るための塔の上から朝日が拝めた。2階のお土産物屋さんでは、肌にええというアルガンオイルの石けんを買うてはる人が多かった。大きめのが1つ10ディナール(約530円)から8ディナール(約424円)。1階では兵士の人形を売ってた。これは7ディナール(約371円)やて。交渉するともっと安くなるんやろうなあ。バスに乗ってケロアン観光を続ける。チュニジアの旅、続く。(当時のレートは、1ディナール約53円)1日1回のクリックで、募金ができます♪
2012年02月28日
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バルドー博物館を見学したとこまで書いたチュニジアツアーの2日目。バルドー博物館にいたのは、3:20から4:30までの1時間10分ほどやった。駐車場の横にあるお土産物やさんの建物でトイレを済ませ、ボルボのツアーバスへ。トイレの前にはおばさんが座ってるので、1ディナール(約52円)のチップがいる。現地ガイドのアハレムさんが、みんなにチュニジアの地図とペットボトルのお水1本をプレゼントしてくれはった。チュニジアでの注意事項をアハレムさんから聞きながら、バスは高速の有料道路へ。チュニスからスースまで約150km。道の両側にはブドウ畑が続いてる。途中、標高700mのラサス山があった。ラサスとは船のことやそうや。夕暮れがきれいやった。チュニジアの国土はほとんどが平地。アルジェリアとの国境近くにあるシャンビ山が1544mでチュニジア最高峰。6時過ぎに高速を出て、ケロアンへ向かう。ケロアンはフランス語、英語での呼び方で、アラビア語やとカイルアン(KAIROUAN)。ケロアン(カイルアン)の市内に入ると、人が騒いでる。何事かと心配してたら、ちょうどナイジェリアとのサッカーの試合に勝ったばっかりだったようや。車もクラクションを鳴らして祝福しる。バスのドライバー、シュアイブさんクラクションを鳴らして応えてはった。チュニジアの国技はサッカーやそうで、人気が高い。7時ごろ、町はずれにあるホテル・アミーナに到着。ハニーレモンのようなウェルカムドリンクを飲んで、部屋へ。ツインルームで、ベッドの上にはバスタオルを使って飾りが、洗面台にはフェイスタオルを白鳥のようにして置いてあった。調度品は古いけど、バスタブもあって、お湯も出たので一安心。7時半からホテルのレストランで晩ごはん。この日宿泊してるのは、私たちツアーの一行だけのようや。お連れさんが、チュニジア産のMAGONワインを注文してくれたので、それで乾杯。飲みやすくしっかりした味。イスラムの国でお酒は原則飲まないはずやのに、フランス領やったのでワインの生産が盛ん。古代カルタゴの紀元前2世紀以前?に農学者で醸造学者だったマゴン(Magon)が著した「マゴンの農業書」がローマに渡って、ヨーロッパの農業やブドウの栽培と醸造に貢献したそうやから、ワインの恩人の名前なんやなあ。食事のときの飲み物は有料。ホテルやレストランによって値段が違い、食事の後でウェイターさんがお金を取りにくる。ここでは、ビールが5ディナール(約265円)、ワインのハーフボトルが12(約636円)、、フルボトルが17(約901円)、水とソーダが2.5(133円)やった。料理はビュッフェ形式で、鶏のグリル、牛レバーのソテー、キャベツ炒め、トマト味のピラフ、ジャガイモのソテー。サラダバーは、セロリ、ジャガイモ、キャベツのコールスローのようなの、細かく切った野菜をオリーブオイルと塩であえたサラダ・チュニジアン、唐辛子のペースト ハリッサ、パン。チュニジアのスープ、ショルバは鶏と大麦の入ったトマト味。オレンジとデーツ(ナツメヤシ)、マクロード(Mokroud)というデーツを使うたお菓子もあった。チュニジアに来て初めての食事は、もひとつやったなあ。もっとも、これは阪急トラピックさんの戦略で、ホテルにしても食事にしても後半だんだんと盛り上げていきはる。女性だけで夜で歩くのは避けたほうがいいということやったので、添乗員の大塚さんにお願いして一緒に向かいの商店に行ってもろた。地元の人が買い物に来る店で、値段も定価制でお手頃やった。お連れさんは、お土産用のせっけんを買うてはった。私は、お店の男の子がかわいいので写真を撮らせてもろた。翌朝は7:30出発やので、お風呂に入って早めに休んだ。7時ごろ、ホテルに到着。チュニジアの旅、続く。(当時のレートは、1ディナール約53円)1日1回のクリックで、募金ができます♪
2012年02月27日
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ディオニュソスの凱旋やアポロンとヤモリなどのモザイクをバルドー博物館(Musee national du Bardo)で観てるとこまで書いたチュニジアツアーの2日目。2階(日本式3階)の続き。チュニジアの中西部にあるTh?lepteの遺跡で見つかった4世紀のモザイクはクマ同士の決闘の場面。ライオンと戦う闘獣士(Bestiarii)のモザイクは、とってもリアルで、血が流れてる。アコーラ(Acholla)のトラヤヌス浴場で見つかったモザイクは、ポルキュースとケトーとトリトン(Phorcys Ceto et Triton)かな。左の若い神はトリトンかタウマース(Thaumas)やろか。ロブスターのような角が生やし、錨のようなのを持ってる。真ん中のはポルキュースで、赤い肌でロブスターの角とハサミのような脚、腕や胸には棘が生えてる。右手に松明、左手に取っ手のついた箱を持ち、海藻でできたネックレスのようなのをかけてる。ポルキュースの背に乗ってるのは、彼の妹で妻でもあるケトーかな。頭に角とロブスター(カニ)の爪をつけ、長い髭の海神オケアノス(Oc?an)のようなモザイクもあった。展示室の奥に扉があって、ノブを回すと開いたので入ってみた。そこは、工事中のカルタゴの間(galerie de Carthage)やった。バルドー博物館のイタリアンスタイルの有名な大ホール。ツアーの他のお客さんと一緒に写真を撮ってると、チップを要求してきた工事関係のお兄ちゃんがやってきた。チップを払うた別のお客さんに工事中の部屋を見せてたようや。そのお兄ちゃんが、工事中やから邪魔や、入るなとみんなを追い出した。工事が全部完了したら、今度はツアーやなくゆっくりと時間をとってバルドー博物館を再訪したいなあ。ギリシヤやローマの神話を勉強していったら、もっと楽しめそう。9回にもわたって紹介したバルドー博物館のことは、やっと終了。なかなか詳しい資料がなくて、書くのに苦労した。チュニジアの旅、続く。1日1回のクリックで、募金ができます♪
2012年02月26日
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バルドー博物館(Musee national du Bardo)のイノシシ狩りとサイコロ賭博のモザイクを観たとこまで書いたチュニジアツアーの2日目。スースの階段を上がって2階(日本式3階)へ。狩の女神ディアナ(Diane)の間では、牡鹿に乗った狩の女神ディアナが、シカ、ガゼル、カモシカ、ダチョウ、ウマなどいろんな動物たちと一緒に描かれてる。幾何学的なデザインが取り入れられ、装飾性が強い。続いて、アコーラ(Acholla)の間へ。アコーラはチュニジアの中東部海沿い、今のRass Bou Tria という場所。チュニジア第二の都市スファックス(Sfax)から北へ40kmほどのところにある。2世紀、ハドリアヌス帝の時に造られたトラヤヌスの浴場(Thermes de Trajan)のフリギダリウム(古代ローマの公衆浴場の冷浴室)で見つかったモザイクのはアフリカで最も古い「ディオニュソスの凱旋(Triomphe de Dionysos)」の場面を描いた物なんやそうや。2頭のケンタウロスの牽く戦車(シノリス)に乗ったディオニュソス(バッカス)は、霊杖テュルソスと葡萄酒を飲むための黄金の杯カンタロスを持ってる。その両サイドには、春と冬を象徴する女性の胸像がメダリオンの中に描かれ、まわりにはたくさんのサテュロス(半人半獣の自然の精霊)とマイナス(ディオニュソスの女性信奉者)やイルカに乗った天使などがいる。なんだか不思議な雰囲気がある。アポロンとヤモリ(Apollon au gecko)では、アポロン紐でしばったヤモリを持ってる。どんな意味があるんやろう。まわりは円形闘技場なんか、クマやイノシシやコブウシ(ゼブー)などの動物同士が戦ってる。チュニジアのモザイクは、まだ続く。1日1回のクリックで、募金ができます♪
2012年02月25日
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バルドー博物館(Musee national du Bardo)のヴィーナスの間 のモザイクを観たとこまで書いたチュニジアツアーの2日目。次は、カルタゴのパサージュへ。当時の狩猟の様子がわかるモザイクもある。4世紀始めにカルタゴでつくられたイノシシ狩り(Chasse au sanglier)。イノシシは豚のご先祖様で、イスラムでは今でも食べるのはご法度。モザイクの下の部分はなくなってるけど、真ん中では猟犬を追い立てて、網を張った囲いの罠にイノシシを追い詰めてる場面。上には、捕獲したイノシシを棒にしばりつけて持ち帰ってるとこが描かれてる。犬もうれしそう。華やかな孔雀のモザイクや2世紀につくられたアポロンの像も。天井から差し込む自然光でモザイクを眺められるし、白い壁やガラスの柵もモザイクの微妙な色合いを損なわない。とっても素敵な空間。エル・ジェム(El Jem)から出土した9人のミューズ(Les Neuf Muses)のモザイクもあった。アップの写真のミューズは、喜劇をつかさどる女神のタレイア (Thalia)かな。喜劇の仮面と羊飼いの杖を手にしてる。食堂用のモザイクも3世紀のエル・ジェムのもので、16枚のモザイクが合わさってる。左の上から右へイチジク ウサギ ターキー 洋梨キジ 魚 鹿 ガチョウアザミ(アーティチョーク) 孔雀 ? オレンジパン 瓶(アンフォーラ)に入ったワイン 鶏 豆?キュウリ?蛇?鳩 サイコロ賭博 ウズラ ロブスターと魚ヒョウ ライオン 雄牛 熊動物や野菜の名前は私がそうかなと思うたもの。どうしてこんな中に入ってるんやろうというサイコロ賭博の場面では、イカサマが行われているようや。左の2人が目配せしてるから、右の人がターゲットなのかな。こういう当時の生活がうかがえるモザイクは、興味深い。チュニジアのモザイクは、まだ続く。1日1回のクリックで、募金ができます♪
2012年02月24日
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四代目 中村 雀右衛門(なかむら じゃくえもん)さんが肺炎で亡くなりはった。大正9年(1920年)のお生まれで、享年91歳。舞台で2度拝見してる。2008年1月の壽初春大歌舞伎での、けいせい浜真砂と松本白鸚追善二月大歌舞伎の口上。ご冥福をお祈りいたします。チュニジア旅行の続き。バルドー博物館(Musee national du Bardo)のユリシーズの間で、オデュッセウス(ユリシーズ)やディオニソス(バッカス)などのモザイクを観たとこまで書いたチュニジアツアーの2日目。次は、ビーナスの間へ。カルタゴで発見された、4世紀のものやそうや。女ケンタウロスに戴冠されるヴィーナス(V?nus couronn?e par des centauresses)のヴィーナスは、どこかエキゾチックなお顔立ち。右手にバラの花を持ち、素敵な耳飾とチョーカー、ティアラを身につけ、肩からマントのようなのをかけただけの裸体。イスラムの国でこんなのを展示しても大丈夫やねんなあ。右側の女ケンタウロスの目のまわりには、眼鏡のような丸い円のコール(kohl)と呼ばれる化粧がほどこされてる。大きな冠の上には、「POLYSTEFANUS / RATIONIS EST / ARCHEUS」の碑文が見える。クアドリガという4頭戦車競争の勝利の記念のモザイクなんかなあ。ヴィーナスの戴冠(Le couronnement de V?nus)では、ヴィーナスは王座に腰掛けてる。2艘の帆船には、踊ったり音楽を演奏してる子どものような人が3人ずつ乗ってて、まわりの海には魚が泳いでる。ツアーの人たちから離れて、モザイクをじっくり観てると、改築工事をしてるお兄さんが手招きする。付いて行くと、作業現場との仕切りのベニヤ板をずらして入っていく。作業途中なのか、作業は終わってるのか、工事中で見られない場所プティ・パレに連れて行ってくれたようや。オスマン帝国支配時代のベイ(統治者)の宮殿やった部分のようやった。写真を撮ってるとチップを要求されたので、逃げて帰ってきた。こんなことやってるからか、やるためにか、工事がなかなか終わらないんとちゃうかなあ。チュニジアのモザイクは、まだ続く。1日1回のクリックで、募金ができます♪
2012年02月23日
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バルドー博物館(Musee national du Bardo)のドゥッガの間で、ネプチューンの勝利などすばらしいモザイクを観たとこまで書いたチュニジアツアーの2日目。続いて、ユリシーズの間へ。有名なユリシーズ(オデュッセウス)とセイレーン(Ulysse et les Sir?nes)のモザイクが目の前にある。ガリエヌス皇帝時代の3世紀に、ドゥッガ(Dougga)でつくられたものやそうや。セイレーンは上半身が女性で、下半身が怪鳥の三姉妹。鳥の翼と脚がついてる。その美しい歌声を耳にした船乗りは、魅了され、岩に船を衝突、沈没させてしまう。オデッセウスは、4人の船乗りたちの耳に蝋を詰めて、歌声が聞こえないようにし、自分は体をマストに縛りつけた。モザイクでは、船乗りの4人は大きなロブスターを釣り上げた左側の船のほうを見てるけど、オデッセウスだけは右側の岩礁にいるセイレーンのほうを向いてる。左端のセイレーンは、二本笛を吹き、右端のセイレーンは竪琴(リラ)を奏で、真ん中のセイレーンは歌うてるのかな。波のようなギザギザがセイレーンの歌声のようや。スターバックスのロゴに使われてるのは、このセイレーン。その左にあるモザイクは、ディオニソスとイルカになった海賊(Dionysos et les pirates)。これも、ドゥッガで同じころつくられたそうや。美しい青年ディオニソス(バッカス)を船乗りたちが誘拐し船に乗せる。船の上で突然に豹(パンサー)がほえ叫ぶと、おびえた海賊たちは海に飛び込む。すると海水に触れたとたんに、体がイルカに変わってしまったという場面。ガレー船の上の、左から2人目がディオニソス、その右隣がサテュロスとシレノス、左端は1人だけディオニソスを助けようとした海賊かなあ。そんな大変な場面やねんけど、右の船は大漁のようで、大きなタコをヤスのようなもので突き刺そうとしてる。海の生き物たちのモザイクも、上の二つと同じ部屋で見つかってる。カニ、クラゲとウナギのようなのなど4尾の魚が描かれてる。どれも活き活きとしてておいしそう。次は、ヴィーナスの間や。チュニジアの旅 続く。1日1回のクリックで、募金ができます♪
2012年02月22日
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横浜美術館で松井冬子展を観てから、中華街へ向かうた。「あかいくつ」は、横浜市交通局が運営してて、20分間隔で横浜の観光名所をまわってくれる。運賃が100円なのもうれしい。観光周遊バス「あかいくつ」中華街の金陵へ行こうと思うたけど、残念ながら月曜は定休日やった。金陵安記でモツ皿700円と白粥500円を注文。前回は、モツ粥700円で塩からかったので。モツは牛のハチノス(第2胃袋)。モツ皿はまったく臭みはなく、滋味に富んだ味わい。ほんまに絶品や。お粥はやっぱりちょっと塩からかった。次は、ラーメンにしてみようかなあ。焼物が欲しかったんやけど、金陵にふられたので、同發本店の売店へ。爽脆豬耳(豚耳の鹵水漬け)と金錢牛肚(牛ハチノスの鹵水漬け)と五香鶏什(鶏砂肝の鹵水漬け)を混ぜて1000円分ほどもろた。鹵水(ロースイ)っていうのは、様々な香辛料と紹興酒、醤油などを煮込んで仕上げた同發秘伝の特製漬けタレのことやそうや。五香粉のきいたちょっと甘めであっさりとした味付けで、どれもおいしかった。特に豚耳のコリコリとコラーゲンが合わさった肉厚なのがよかった。帰りに渋谷のBunkamura ザ・ミュージアムへ。昨年7月から、Bunkamura 全体が施設改修工事のために休館してて、12月23日にリニューアル・オープンした。改修後初めての展覧会が、3月14日まで開催の「フェルメールからのラブレター展 コミュニケーション:17世紀オランダ絵画から読み解く人々のメッセージ」。フェルメールの作品が3点来てる。3点のどれもに「手紙」がからんでるので、今回の企画テーマが人間の絆、「コミュニケーション」で、全部で40点の展示。「人々のやりとり-しぐさ、視線、表情」では、ヘラルト・テル・ボルフの「眠る兵士とワインを飲む女」がドラマの一場面を観てるよう。飲みすぎたのか疲れてるのかテーブルでうつぶせになって寝る若い兵士の横で、赤い椅子に腰掛けて右手にデキャンターを持ち、左手でグラスのワインをあおるように飲む女性が描かれてる。兵士との関係を続けようかどうしようか思案してるようにも、兵士に振られてヤケ酒を呑んでるようにも見える。次の「家族の絆、家族の空間」では、デ・ホーホの「室内の女と子供」の解説が興味深かった。召使のような女性が男の子に渡そうとしてる陶器の水差しの中身は、おそらくビールなんやそうや。。当時のオランダでは生水は飲めないので、子どもにもビールを与えてたそうや。ヘンドリック・マルテンスゾーン・ソルフ 「ヤーコプ・ビーレンスとその家族」は、結婚15周年記念で描かれたものやそうや。母親がリンゴの皮をむき、娘が鳩の羽をむしって、食事の準備をしているところへ、父親のヤーコプさんと息子が魚を持って帰ってくる場面。手前には縮緬キャベツが転がってて、息子はチェロのような楽器を弾いてる。これからどんなお料理ができるんやろう。アンドリース・ファン・ボホーフェンの「テーブルに集うファン・ボホーフェンの家族」に登場する食べ物はちっともおいしそうじゃない。ワイン、パン、ゆで卵、チーズ、鶏の丸焼きなどを前に、家族11人で食前の祈りを捧げてるのかな。どの人の顔の表情も個性的。ヤーコブ・ヘリツゾーン・ファン・ハッセルトの「画家の妹の婚礼の宴」に出てくるお料理も、おいしくなさそう。当時からオランダ人の食事は、楽しむためものではなく、空腹を満たすためのものやったんかもしれん。次が「手紙を通したコミュニケーション」で、深紅のドレープカーテンをバックに、いよいよフェルメールの作品が登場する。「手紙を書く女」は、ワシントン・ナショナル・ギャラリーの所蔵で、1999年東京都美術館の「ワシントン・ナショナル・ギャラリー展」の時にたぶん観てる。アーミン(白豹)毛皮で縁飾られた黄色い上着を身につけ、髪にはサテンのリボンを結び、真珠の耳飾りをつけた女性が、手紙を書きながら、ふとこちらに目を向けた場面が描かれてる。テーブルの上には、銀で飾られた象嵌の箱と真珠の首飾りが置かれてる。「手紙を書く女と召使い」はアイルランド・ナショナル・ギャラリーの所蔵で、2008年 東京都美術館の「フェルメール展 光の天才画家とデルフトの巨匠たち」で観てる。よく見ると、手前の床に赤い封蝋を剥がした手紙が投げ捨てられてる。女性の表情は穏やか出手紙を書くことに夢中にみえるけど、後ろの召使さんは「あれまあ」という表情をしてる。ステンドグラスの窓からの光がきれい。「手紙を読む青衣の女」はアムステルダム国立美術館の所蔵で、日本初公開。最近修復されたそうで、ラピスラズリの青が鮮やか。上品な静かさが魅力的。後ろの壁にかかってるのは、ネーデルラントの地図やそうや。ほかに、エドワールト・コリエルの「レター・ラック」では、シーリングスタンプやワックス、レターオープナー、撥ねペンなど、当時の手紙にかかわる道具が描かれてて、興味深い。最後のコーナーは「職業上の、あるいは学術的コミュニケーション」。弁護士が3人出てくる絵が3点もあった。当時は悪徳弁護士が多かったようや。フェルメールの37作品(35点ともいわれてる)のうち、20点ぐらいは観てることになる。6月からの東京都美術館のリニューアル後初の展覧会「マウリッツハイス美術館展 オランダ・フランドル絵画の至宝」で「真珠の耳飾りの少女(青いターバンの少女)」が、同じ6月国立西洋美術館の「ベルリン国立美術館展」にも「真珠の首飾りの少女」が来る。マウリッツハイス美術館展ベルリン国立美術館展楽しみやなあ。1日1回のクリックで、募金ができます♪
2012年02月21日
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初めて朝マックした。ホットケーキのバリューセットが440円。ホットケーキ3枚にシロップとバター、ハッシュポテトとドリンクがつく。ハッシュポテトはあんまり好きやなかった。10時の開館を待って、横浜美術館へ。3月18日まで、「松井冬子展」-世界中の子と友達になれる- を開催してる。美人やし順風満帆に来た人かと思うてた。女子美の短大で油絵を学び、一度就職。昼間働きながら予備校に通って、5度目の受験で東京藝大に入りはった。日本画を専攻し、卒業制作の作品が展覧会のタイトルにもなってる「世界中の子と友達になれる」。静岡県磐田市行興寺には、謡曲「熊野(ゆや)」で知られる「熊野御前」が植えたという樹齢800年の「熊野の長藤」がある。それを写生していたとき、通りがかった女の子にモデルになってくれるよう懇願したんやそうや。磐田市にある竜洋昆虫自然観察公園や駆除会社の協力を得てスズメバチの研究、観察、写生を重ねて完成した作品で、藤の房の下のほうは、スズメバチが密集してる。藝大で日本画専攻の女性としては初の博士号も取ってはる。日本におけるロレックスのイメージキャラクターも務め、今回の展覧会の協賛会社もロレックス。成山画廊が松井冬子さんを戦略的に売り出してはるんやろうな。日本画というものに、関心が集まることは喜ばしいけど。興味を持ったのは、落款。署名は、松井冬子・冬子・松井冬子筆・冬子筆・冬子画の5種類。落款のみで署名がないのもあった。印章は5種類あるんやろう。「呼鈴」と「絶え間なく断片の衝突は失敗する」には「松井冬子筆」と署名されたうえに、5つの印章が捺されてた。松井冬子 「Narcissus」松井冬子展-世界中の子と友達になれる- 横浜美術館コレクション展の「ダリとシュルレアリスムの部屋」が好きや。楕円形の空間の中央に、サルバドール・ダリ「ニュートンを讃えて」というブロンズ像。正面の壁面には、同じくダリの「幻想的風景 暁、英雄的正午、夕べ」という大きな3部作。その右には、ダリの「ガラの測地学的肖像」、アンドレ・マッソンの「ナルキッソス」、マックス・エルンストの「少女が見た湖の夢」「子供のミネルヴァ」「毛皮のマント」と続く。左には、ポール・デルヴォーの「階段」、ルネ・マグリットの「青春の泉」「王様の美術館」、ロベルト・マッタ「コンポジション」など、豪華な顔ぶれ。背後には、ジョアン・ミロの版画が6点展示されてる。美術情報センターに図書コーナーがある。そこで、雑誌「美術の窓」の2012.02-No.341号を見てると、「今年の展覧会ベスト200」が巻頭特集になってた。千葉市美術館で4月10日から始まる「蕭白ショック!! 曾我蕭白と京の画家たち」展や「白隠展」や12月からのBunkamuraザ・ミュージアムの「白隠展」もおもしろそうや。蕭白ショック!! 曾我蕭白と京の画家たち白隠展お昼を食べに、観光周遊バス「あかいくつ」に乗って中華街へ向かうた。1日1回のクリックで、募金ができます♪
2012年02月20日
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だんな様がスマートフォンに替えはった。AQUOS PHONE 103SHのブルーブラック。iPhoneは、契約形態がややこしくていらんそうや。防水で、軽くて薄くて、シンプルなのというとこれになった。最初は手こずってはったけど、慣れると便利そうや。Androidスマートフォンやからか、カレンダー機能を使うためにはGoogleアカウントを設定せんとあかんかった。私の携帯も7月で丸2年になる。私はどうしようかなあ。海外でWiFiが使えるのは便利そうやけど。今も電話とメールとカレンダーぐらいしか使わへんし、ケータイWi-Fiができるけど携帯でネットもそんなに見ないし。海外でWiFiが使える、スマートフォンやない普通の携帯電話はないんかなあ。、1日1回のクリックで、募金ができます♪
2012年02月19日
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。だんな様お気に入りの六本木にある祥瑞(しょんずい)で晩ごはん。今回は、オープンキッチンの奥にあるこじんまりとした部屋で、落ち着ける。お勧めの赤ワインをグラスでもらうことにした。このお店は勝山晋作さんがやってはるワインバーで、自然派のビオワインを中心に品揃えしてはる。セ・ル・プランタン(C'est Le Printemps)がグラスで900円。La Coul?e d'Ambrosia Les Joues Rouges がグラスで1300円。両方おいしかったけど、赤いほっぺ( Les Joues Rouges)のほうがおもしろい。ロワール地方のボーリュー・シュール・レイヨン(Beaulieu sur Layon)で、Jean-Fran?oisさんがカベルネ・フランを使って、マセラシオン・カルボニック(炭酸ガス浸潤法で)造りはったワインのようや。フルーティーで炭酸が残ってて飲みやすいけど、しっかりもしてる。9月には、700グラムのサーロインと格闘して大変やったので、今回は280グラムのランプ肉のステーキにした。それにあわせて2品。ブッラータとトマトのサラダ 1800円ブッラータ(Burrata)は、南イタリアのプーリア州で作られてるフレッシュタイプのチーズ。モッツァレラチーズと生クリームが合わさったようなの。4つ切りにしたフルーツトマトにブッラータをのせて、バジル入りのオリーブオイルをかけただけなんやけど、すごくおいしい。店員さんによると、オリーブオイルは高級なのでなく普通のを使うのがコツなんやとか。トマトとチーズを一緒に食べて、最後に残ったトマト果汁とチーズとオイルのミックスがまた抜群な味。カンパーニュにつけて残らずいただく。次は、肉屋さんの一皿 ハーフ?で1500円。普通のが1800円やから、ハーフと言えるんかなあ。スペイン産、イタリア産、自家製と3種類のサラミ、岩手牛の自家製パテ、真ん中のは赤カブの酢漬け。これもすごくおいしい。特に自家製のサラミの脂身のところ。そして、メインの十勝池田牛のランプのステーキ280g 3300円炭のように黒くこげた物体に見えるけど、ナイフを入れるとレア。は一見黒く焦げた肉の塊!ところがどっこいナイフを入れると完全にレア!カリカリの香ばしいまわりと、ジューシーな赤身の味わいは、さすが茂野シェフ。この日は、かかってた音楽もお気に入り。ブラジルのトロンボーン奏者Raul de Souza(ハウル・ジ・ソウザ)のDon't Ask My Neighbors っていうアルバムやて、教えてもろた。ほんとに楽しいおいしい夜やった。チャージが1人500円で、合計 9700円。素敵なお店や。桜の木が覆いかぶさる龍土町の階段を上がると、「Mercedes-Benz Connection(メルセデス・ベンツ コネクション)」の横に出る。1F「DOWNSTAIRS COFFEE」で、ラテ380円を飲んだ。2008年ラテアート世界大会チャンピオンの澤田洋史さんが監修してるお店やそうで、ハート型のラテアートがきれいやった。1日1回のクリックで、募金ができます♪
2012年02月18日
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虎?(こゆう)のフィギュアを買うた美術館めぐりの日の続き。上野の東京国立博物館で、再度「北京故宮博物院200選」に挑戦。清明上河図の展示期間が終わってるので空いてるかと思うたら、大違い。入場制限こそないものの、大賑わいやった。黄庭堅(こうていけん)の草書諸上座帖巻(そうしょしょじょうざじょうかん)は、やっぱりワクワクする。趙孟?(ちょうもうふ)の水村図巻(すいそんずかん)も、しみじみとしてええなあ。張択端(ちょうたくたん)の清明上河図(せいめいじょうかず)は、レプリカの展示になってた。レプリカで観てもすごい。前回、ちらっとでも実物を拝むことができてよかった。玉?(おうき)等の康熙帝南巡図巻(こうきていなんじゅんずかん) の第11巻、12巻もじっくりと観ることができた。これも人々が細かく、色鮮やかに描写されてて、楽しい。全部で12巻あって、そのうちの9巻が現存してるそうや。5、6、8巻が行方不明。2と4はパリのギメ美術館、3と7がアメリカのメトロポリタン美術館で、残りが北京の故宮博物院の所蔵やそうや。商周時代の青銅器は、泉屋博物館所蔵のほうがすごいと思うた。総合文化展(常設展)も観なあかん。仁阿弥道八の黒楽鶴亀文茶碗が気に入った。内側には亀がいる。与謝蕪村の山野行楽図屏風(さんやこうらくずびょうぶ) も楽しいなあ。写真は左隻の一番左側。右隻では馬に揺られながら、のんびりと左に向かって山を登る3人の人物。空には有明月が浮かんでる。左隻には、10人の人々が左から右へと細い山道を登って行く。先頭の若者が老人を引っ張ってる。続く5人の集団は、老人2人を若者と子どもが支えたり、押したり。最後の3人はまだ渓流の中。若者に背負われた老人と後ろにつく若者。水が清らかで気持ちよさそう。この人たちは、いったいいつになったら山の上にたどりつくんやろう。たどりつくことより、道中を楽しんでる様子が伝わってくる。山野行楽図屏風尾形光琳の竹梅図屏風は、金地に墨で描かれてて、案外小振り。浮世絵のコーナーでは、鈴木春信の新後選・俊成があった。「色に就き 匂いに愛ずる 心とも 梅が枝よりや 移り染めけむ」って読むのかな。黒い闇に、梅の花が香ってくるよう。女性とともに梅の香りまで男性が部屋にいざなう。江戸時代文化10(1813)年の化粧指南本「都風俗化粧伝」もあった。この本、200年近く経つ今も、平凡社の東洋文庫から出版されてて、楽天でも買うことができる。すごいベストセラーやなあ。 【送料無料】都風俗化粧伝ついでに、2月14日の文楽と歌舞伎の間に行った、展覧会のことも。ブリヂストン美術館開館60周年記念の パリへ渡った「石橋コレクション」1962年、春 を3月18日まで開催してる。ブリヂストン美術館は、1952年1月8日東京の京橋に開館した。開館2年目の1954年11月には、当時のルーヴル美術館館長ジョルジュ・サールと美術史家ベルナール・ドリヴァルが初めてブリヂストン美術館を訪れ、1960年には、アンドレ・マルロー(当時フランス文化相)も来館したそうや。1961年10月、ベルナール・ドリヴァル(当時パリ国立近代美術館副館長)がブリヂストン美術館を再訪した際、パリで「石橋コレクション」の展覧会を開催したいという依頼をしたそうや。それが実現し、1962年5月4日から6月24日まで、「東京石橋コレクション-コローからブラックに至るフランス絵画展」が、当時パレ・ド・トーキョー(Palais de Tokyo)の西翼にあったパリ国立近代美術館(Mus?e National d'Art Moderne)で開催される。パリ国立近代美術館は、1977年ポンピドゥー・センターができたときに移ってきてる。この展覧会は、大きな反響を呼んだそうや。そのときにパリに渡った近代絵画50点のうち45点が展示されてる。残りの5点は、今はここの所蔵やなかったり、所在不明やそうで、パネルでの展示やった。何度も観てる作品がほとんどなんやけど、パリに渡った絵なんやと思って観るとまた感慨深い。いつもは現代絵画を展示してる第2室が「資料編」というコーナーになってた。約10分間の記録映画「石橋コレクション展 パリ」がおもしろかった。ジェラルミンケースに入れて厳重に梱包され、飛行機で輸送する場面もあった。石橋 正二郎氏の奥さん昌子さんが、肝っ玉母さんのようで迫力があってかっこよかった。パリへ渡った「石橋コレクション」1962年、春1日1回のクリックで、募金ができます♪
2012年02月17日
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美術館めぐりの日。まず、泉屋博古館分館。開館10周年の「神秘のデザイン-中国青銅芸術の粋- 」展を、2月26日まで開催。住友の中国青銅器コレクションは素晴らしいので、楽しみにしてた。昨年の「中国青銅鏡展」もよかったし。青銅器が本格的に製作され始めた、商(殷 紀元前17世紀頃 ~ 紀元前1046年)時代の祭祀用具が16点も展示されてる。日本は縄文時代、ギリシアではミケーネ文明から古代ギリシア時代、また古代エジプト文明が最も栄えたころ。青銅は英語ではブロンズで、銅と錫の合金。饕餮文(とうてつもん)と呼ばれる、左右対称な眼、耳、角、口、鼻、足、尾がある怪獣の顔の文様が特徴。ほかに、龍(神の使い)、鳥、鴟?(しきょう ミミズク)、蝉(再生の象徴)、亀(長寿の象徴)、虎(百獣の王で神聖な霊獣)、象、蛇などのモチーフもある。鴟?尊(しきょうそん)は、商後期 前12世紀のもので、ミミズクの形の酒器。翼は龍の模様になってる。鴟?尊戈?(かゆう)も商後期 前12世紀のもので、これはミミズクが2羽、背中合わせになってる酒器。象文??(ぞうもんじこう)は、商後期 前11世紀の酒器で、怪獣ミクラスのようなのが蓋になってて、取っ手のとこにはミミズク、首のあたりには、鳥、龍、ウサギ、ゾウなどもいて楽しい。象文??犠首方尊(ぎしゅほうそん)は、商後期 前12世紀の大きめの花瓶のような形の酒器。肩のところに9個動物の首のようなものが飾られてる。豚のような顔もあっておもしろい。犠首方尊虎?(こゆう)は、西周前期 前11世紀の取っ手のついた酒器。虎の口の中には、横を向いた人間が入ってるような、抱きかかえられてるような、しがみついてるような。蓋になる部分には鹿のようなのものってて、すご過ぎる。虎?虎?(こはく)は、西周中期 前10世紀の釣鐘。中央には大きな饕餮文(とうてつもん)が彫られ、横には2匹の下を向く虎の飾りがついてる。5蛙蛇文盤(あだもんばん)は、時代を下って春秋前期 前7世紀の、手を清める際に水を受けるためのたらいのような器。内側の中央にカエルが一匹気持ちよさそうに泳いでて、でもまわりには蛇がとぐろを巻いてる。蛙蛇文盤?侯旨鼎(えんこうしてい)は、西周時代前期 前11~10世紀の三本足の鍋。これも大きな饕餮文がついてるんやけど、興味深いのは内側に彫られた21文字の銘。このころは金文という文字が使われてて、漢字の元みたいやから、「?侯旨初見事于宗周」となんとなく読むことができる。?は西周諸侯国「燕」のことで、燕侯である旨が、初めて周の宗室に朝見したことが書かれてるそうや。?侯旨鼎第1展示室には、前漢以降の青銅器が展示されてた。紀元前10世紀以降のものは、繊細でかつダイナミックな魅力が失せていき、よく言えば上品に、単純でシンプルになっていくようや。青銅鏡のときも、そう感じた。なんでやろうなあ。受付で、ミニチュアのフィギュアを売ってた。鴟?尊と虎?と虎?の3種類あって、迷った末、虎?を買うた。ちゃんと青銅製で1000円。今回で3代目で、前回は中国製、今回は日本製なんやそうや。京都の鹿ヶ谷の泉屋博古館では、3月17日から5月20日まで、常設展「中国青銅器の時代」展を開催する。中国青銅器の時代京都の泉屋博古館でも、いつか観てみたい。ホールでは、「住友家の正月飾り」も展示されてた。最高品位の銅鉱石「小(金白)(こばく)」、燃料の「吹炭(ふきすみ)」、別子鉱山で採掘された最初の鉱石から作った製品である「床尻銅(とこじりどう)」を、それぞれ白木の三宝にのせて飾ってある。これも、毎年楽しみ。コレクション続いて、大倉集古館の特別展 「蒐めて愉しむ 鼻煙壺 ―沖正一郎コレクション―/大倉コレクション 中国明・清時代の美術」へ。3月25日まで開催してる。.沖正一郎氏は、ファミリーマート初代社長を務めた人。もともと陶器がお好きで、伊藤忠商事時代に駐在先の香港で「鼻煙壺」二出会い、コレクションを始められたそうや。2008年に、鼻煙壺のコレクション1200点を大阪市立東洋陶磁美術館に寄贈してはる。東洋陶磁美術館が改修中やから、それが東京に来たのかと思うたんやけど、それとは別に手元に残してはったお気に入りの品々を展示してるそうや。陶磁器、象牙、木、珊瑚、貝、竹、玉や貴石などいろんな素材のものがあったけど、私が好きなのはやっぱりガラス。2階では、大倉コレクションの中国明・清時代の美術も展示されてた。伝仇英筆「清明上河図」というのもあった。蒐めて愉しむ 鼻煙壺 1日1回のクリックで、募金ができます♪
2012年02月16日
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国立劇場で彦山権現誓助剣を観て、夜は新橋演舞場。中村勘太郎改め六代目中村勘九郎襲名披露 二月大歌舞伎夜の部。鈴ヶ森は、南北の「浮世柄比翼稲妻」の一場面で、白井権八が幡随院長兵衛と出会うところ。2008年の三月大歌舞伎では、芝翫さんの白井権八、富十郎さんの幡随院長兵衛。歌舞伎座さよなら公演 九月大歌舞伎では、吉右衛門さんの長兵衛、梅玉さんの権八。そして今回は、吉右衛門さんと勘三郎さん。このお二人が同じ舞台に立つのは、久しぶりなんやそうや。勘三郎の前髪役がぴったり。品がよく、みずみずしく、それでいて存在感がある。吉右衛門さんの貫禄たっぷりの親分長兵衛と、いい意味での緊張感があふれてた。これからも、一緒にこういう舞台を見せて欲しいなあ。こんなに心のこもった口上(こうじょう)は初めてやった。この日の演目で一番感動したかも。勘三郎さんから始まり、我當さん、三津五郎さん、彌十郎さん、芝雀さん、秀太郎さん、上手の端は吉右衛門さん。続いて一番下手の仁左衛門さん。今年数えで93歳を迎える小山三さんのことと、2月に1歳になる勘九郎さんの長男 七緒八ちゃんのことに触れてはった。子どものころの勘九郎さんに、仁左衛門さんはウルトラマンのおじさんと呼ばれたそうや。東蔵さん、扇雀さん、錦之助さんと続いて、橋之助さん。橋之助さんがつけてる鬘は亡くなった芝翫さんのものやと勘三郎さんが紹介してはった。福助さん、七之助さん。七之助さんは、口上の背景の襖絵を父(勘三郎襲名口上)の時と同じ金子國義さんが描いてくれたと言うてはった。勘九郎さんの感謝の言葉、最後に勘三郎さんに戻って幕。春興鏡獅子((しゅんきょうかがみじし)では、まず小山三さんの老女飛鳥井に拍手喝采。鮮やかな緋色の着物がお似合いで、華があってかわいらしい。勘九郎さんの襲名をだれよりも喜んではるやろう。勘九郎さんの弥生は、ていねいで真摯で、勘九郎さんらしかった。裃後見を七之助さんが務めてはって、私はついそっちに目がいってしまう。仲がよく、お互いに信頼しあってる兄弟の姿が美しかった。胡蝶は玉太郎くんと宜生くん。玉太郎くんは、松江さんの長男で、東蔵の孫。宜生くんは、橋之助の三男。勘九郎さんの獅子は、スピード感にあふれて、勇壮やった。最後は、ぢいさんばあさん。さよなら歌舞伎のときに、仁左衛門さんと玉三郎さんで観てる。先代勘三郎さんの当たり役やったから、今回の演目にもなったんかな。三津五郎さんのぢいさん、福助さんのばあさん。あまり期待してへんかったんやけど、二人の37年後にちょっと胸が熱くなった。中村勘太郎改め六代目中村勘九郎襲名披露 二月大歌舞伎 夜の部一、御存 鈴ヶ森(すずがもり) 幡随院長兵衛:吉右衛門 雲助東海の勘蔵:彌十郎 雲助北海の熊六:錦之助 飛脚早助:家橘 白井権八:勘三郎 二、六代目中村勘九郎襲名披露 口上(こうじょう) 勘太郎改め勘九郎 幹部俳優出演三、新歌舞伎十八番の内 春興鏡獅子(しゅんきょうかがみじし) 弥生・獅子の精:勘太郎改め勘九郎 胡蝶の精:玉太郎 同:宜生 用人関口十太夫:亀蔵 家老渋井五左衛門:家橘 老女飛鳥井:小山三 局 吉野:歌女之丞四、ぢいさんばあさん 美濃部伊織:三津五郎 宮重久右衛門:扇雀 宮重久弥:巳之助 妻きく:新悟 戸谷主税:桂三 石井民之進:男女蔵 山田恵助:亀蔵 柳原小兵衛:秀調 下嶋甚右衛門:橋之助 伊織妻るん:福助 1日1回のクリックで、募金ができます♪
2012年02月15日
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国立劇場の2月文楽公演第一部は、彦山権現誓助剣(ひこさんごんげんちかいのすけだち)。毛谷村の段が有名な敵討もの。あぜくら会の会員になって初めて1500円の三等席を手に入れることができた。たった7席しかないプレミアム・チケット。今回は、微塵弾正が病気の老母への孝行のため御前試合に負けてくれと頼んで騙す、杉坂墓所から。これがあったので、毛谷村の段での六助の怒りの凄まじさがようわかった。咲甫さんの浄瑠璃が好き。勘彌さんの母お幸が、突然やってきて「親になろう」って言い出したり、和生さんの娘お園が急に甲斐甲斐しく女房気取りでふるまったり、品があって楽しい。弾正の企みが明らかになる場面では、咲さんの語りとともに、玉女さんの六助が、烈火のごとく怒る。弾正は、他人の親を自分の親と偽って六助を騙したうえに、その老女を役目が終わるとすぐむごたらしく殺したんやからなあ。立浪館仇討の段で、仇を討つ。轟伝五右衛門の文字栄さんは、声が聴きづらかった。幕間に、2階のお食事処「十八番」で2月の国立劇場開場45周年記念フラワーアート展示を見た。今回の作品名は、「祈り」。レンギョウ、 椿、 扇の形に広げた黒竹、根木を使うてはるそうや。平成24年2月文楽公演第一部 彦山権現誓助剣(ひこさんごんげんちかいのすけだち) 杉坂墓所の段 口 豊竹希大夫 豊澤龍爾 奥 豊竹英大夫 鶴澤清介 毛谷村の段 中 豊竹咲甫大夫 鶴澤清志郎 切 豊竹咲大夫 鶴澤燕三 立浪館仇討の段 六助 竹本三輪大夫 竹沢團吾 お園 竹本南都大夫 弾正 竹本津國大夫 伝五右衛門 竹本文字栄大夫〈人形〉毛谷村六助:吉田玉女 杣松兵衛:吉田玉勢 杣槙蔵:吉田玉翔杣樫六:玉誉微塵弾正実は京極内匠:吉田玉輝 斧右衛門の母:桐竹紋臣 若党佐五平:吉田勘市 一子弥三松:吉田簑紫郎 門脇儀平:吉田玉佳 山賊:桐竹紋吉弟子曽平次:吉田玉彦 弟子軍八:桐竹勘介 杣栗右衛門:桐竹紋秀 母お幸:吉田勘彌娘お園:吉田和生 杣斧右衛門:吉田文司 轟伝五右衛門 吉田清五郎1日1回のクリックで、募金ができます♪
2012年02月14日
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皇帝の間(Salle des empereur)で彫像を観たとこまで書いた、チュニジアのバルドー国立博物館 (バルドー美術館 Musee national du Bardo)の続き。3階建てのレベル1(日本式の2階)に上がる。まず、ドゥッガの間(Salle de Dougga)に圧倒された。天井の細かい花模様のペイントも美しい。5メートル四方ほどもある大きなモザイクは、「ネプチューンの勝利(Triomphe de Neptune)」。ドゥッガではなくチュニジア中部の東海岸Chebbaのヴァダ岬(今のカブジア岬)で、2世紀、アントニヌス帝の時代に造られたものやそうや。中央の円形の中に、4頭の海馬がひく戦車に乗った筋肉隆々のネプチューン。左手には三叉の矛、右手には小さなイルカ持ってる。向かって左に法螺貝を持ったトリトン(ネプチューンの息子)、右側には海のニンフ、ネレイスを従えている。四隅には、四季を象徴する春はバラ、夏は麦、秋は葡萄、冬はオリーブと共に、4人の若い女性が描かれてる。その横には、バラの花摘み、麦の収穫、ブドウ搾り、オリーブの収穫とそれぞれを象徴する農作業をする様子と動物が描かれてる。動物は、ライオン、ヒョウ、イノシシ、犬かな。近づいてみると、ほんまに細かくグラデーションをつけて表現されてる。戦車競争の勝利の御者(Aurige vainqueur)のモザイクは、4世紀終わりごろのもので、ドゥッガ遺跡のキャピトルと薬草商の家(ダル・エル・アアチェブ)の間の個人の住居にあったそうや。戦車の上に立ってる御者はエロス(EROS)という名で、右手に鞭と月桂樹?の冠を、左手には椰子の枝を持っている。左の横に、「EROS OMNIA PER TE 」と書かれてる。これは「エロス、すべてはあなたのために」という意味みたいや。3頭しかモザイクが残ってへんけど、馬は4頭立てで、そのうちの2頭には Amandus(愛されるもの)と Frunitus(陽気なもの)という名前が書かれてる。後ろには、競技場(ヒッポドローム)のゲートも描かれてる。酌人(?chansons)のモザイクは、3世紀後半のもの。大男の酌人がお客さんにお酒を注いでるシーン。肩のにのせた陶器の容器アンフォラには文字が書かれてる。左側の酌人のは「ZHCHC」昔のギリシャ語で、「あなたは生き続ける(長寿?)」。右の酌人のには「PIE」これも昔のギリシャ語で「飲む」と。右端には、バラの花を入れたかごを頭にのせ、月桂樹の枝を持った男性、左端には別の酒の容器アンフォラとナプキンを持った人もいる。お客さんを歓迎するという意味をこめたモザイクのようや。キュクロプス 巨人の鍛冶屋(Les cyclopes forgeant les foudres de Jupiter)のモザイクもあった。これも大きくて、縦が5メートルほどもある。3世紀後半の作品で、当時の公営売春宿の隣にあるキュクロプスの浴場で見つかったそうや。アルゲス (Arges ピュラクモンPyracmon ) 、ステロペース (Steropes) 、ブロンテース (Brontes) のキュクロプス(サイクロプス)三兄弟がジュピター(ゼウス)のために雷霆(ケラウノス)をつくってる場面やそうや。すごい迫力。まだまだすごいモザイクが待ってる。チュニジアの旅 続く。1日1回のクリックで、募金ができます♪
2012年02月13日
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ケリビアの洗礼水盤を観たとこまで書いた、チュニジアのバルドー国立博物館 (バルドー美術館 Musee national du Bardo)の続き。3階建てのレベル0(日本式の1階 地上階)には、ローマ時代のカルタゴの墓碑も展示されてた。石棺の上面や周囲をモザイクで飾ってたものやそうや。ラテン語みたいやので、なんとなく読むことができる。写真左下の墓碑をみてみる。BMCRIS PINAVIさんは、11歳8ヵ月24日6時間で亡くなったんかな。IN NOXやIN PACE は、「安らかに眠れ」、BONE MEMORIAE は「よき想い出に」っていうことやろう。遺族の思いが伝わってくる。階段の横には「皇帝の間(Salle des empereur)」という彫像を展示してある部屋があった。マルクス・アウレリウス・アントニヌス(Marc Aur?le)は、2世紀に活躍した第16代ローマ皇帝で、五賢帝の1人。ルキウス・ウェルス(Lucius Verus)の像は、ドゥッガ(Dougga)で見つかったもの。凛々しくてかっこええ。ローマ帝国ネルウァ=アントニヌス朝の共同皇帝の1人。ウェルスは、マルクス・アウレリウスに毒殺されたという説もあるそうや。他にも、ローマ皇帝の大理石像がいろいろ。カルタゴで見つかった黒い石に彫られた像は、黒人の頭部の形をしたヘルメー(herma)かな。2世紀中頃のものやそうや。階段を上がると、もっとすごいモザイクがようけあるんやて。チュニジアの旅 続く。1日1回のクリックで、募金ができます♪
2012年02月12日
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バルドー国立博物館 (バルドー美術館 Musee national du Bardo)鑑賞の続き。3階建てのレベル0(日本式の1階 地上階)の目玉のひとつは、洗礼水盤。ボン岬のケリビア(Kelibia)は、ローマ時代にはクルピア(Clupea)という名やった。その近くの初期キリスト教建築のバシリカ(basilica)の址から発見されたそうや。おおよそ5世紀から6世紀ごろに造られたものらしい。洗礼所は、初期キリスト教時代の様式で、3.3メートル四方の正方形。そのなかに、直径2.1メートルの水盤がある。地面から10センチメートルほど高くなったところに、ギリシア十字の形の水盤が埋め込まれ、まわりには、ブドウの枝や葉のモザイクが飾られてる。全身を浸す洗礼の浸礼に用いる水盤で、さらに内部は3段になってる。四方には、文字が描かれてる。BEATISSIMO CYPRIANO EPISCOPO ANTISTECVM SCO ADELFIO PRESBITERO HVIVSCE VANITATISAQVINIVS ET JULIANA EIVS CVM VILLA ET DEOG RATIAS PROLIBVSTESELLV AEQVO RI PEREN NI POVS ERVNT「司教CYPRIANO氏と聖なるADELFIO氏に対して、AQVINIVSとJULIANA、子どものVILLAとDEOGは、永遠の水を保つために、このモザイクを捧げます」とでもいう意味かなあ。水盤の中には、イルカ、鳩、魚、無花果の木、オレンジかオリーブの木、椰子の木、百合の花、ロウソク、箱、などいろんなモザイクが飾られてる。底の真ん中には、ギリシア文字のΧ(キー)とΡ(ロー)を重ねたラバルム(Labarum)やキー・ローと呼ばれるシンボルの左右に、アルファαとオメガωの文字が入ったマークが描かれてる。このマークは、あちこちに散りばめられてる。ギリシア語ではキリストを「XPICTOC」と表記するので、その最初の2文字XとPの組文字で、キリストを表す。コンスタンティヌス1世により制定されたローマ帝国の紋章でもある。ギリシャ語のアルファベットの最初の文字がアルファ、最後がオメガ。万物の最初と最後を意味して、これもキリストを意味するそうや。素敵やねんけど、モザイクの細かさや配色などは、もう少し古いローマ時代の物のほうがきれい。なんでやろうなあ。チュニジアの旅 続く。1日1回のクリックで、募金ができます♪
2012年02月11日
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ツアーの2日目、チュニジアについてすぐに行った、バルドー国立博物館 (バルドー美術館 Musee national du Bardo)。オスマン帝国支配時代のベイ(統治者)の宮殿やった建物を使うてる。フランスの保護領になるという「バルドー条約」が1881年に調印されたのもこの宮殿やったそうや。1888年にアフリカ最古の博物館として、アラウィ博物館(Mus?e Alaoui)の名で開館、1956年フランスからの独立を機にバルドー博物館と名前を改められた。「チュニジアのルーブル」と呼ばれているほどで、ローマンモザイクのコレクションが特にすばらしい。 2008年4月ごろから増床改築工事をしてて、2012年1月末に行ったときにははまだ終わってなかった。ジャスミン革命があって、後半中断してたんやろうなあ。入場料8D、撮影料1Dやったようやけど、工事中で観られへんとこもあるので入場料4D、撮影料は取らんみたいや。入口も横側の裏口みたいな狭いとこ。床にまで発掘されたモザイクが貼り詰められ、ドーム天井にもイスラムの化粧漆喰が飾られてるれてる。3階建てのレベル0(日本式の1階 地上階)は、先史時代、古代カルタゴ、ポエニ時代のものがメインなんかな。先史時代と古代カルタゴのコーナーは工事中のようで、観られへんかった。黄道十二宮が彫られた大理石の石棺の一部もあった。紀元前から、ホロスコープは広まってたんやなあ。Matrone ? sa toilette(The Woman of Sidi Ghrib at her Toilet )というモザイクは、5世紀中頃のもの。チュニジア北部 Sidi Ghribのヴィラの浴室で見つかった物で、化粧室で身づくろいする婦人が描かれてる。2人いるメイドさんの1人は鏡を持ってる。まわりには、サンダル、ランドリーバスケット、ジュエリーの入ったバスケット、水差しなどが置かれてて楽しい。後の「化粧するヴィーナス(Venus at her Toilet)」系のモデルにもなってるそうや。博物館では壁に飾られてるけど、当時はどれも床面にあったものやそうや。モザイクは、大理石やテラコッタ片、自然石、ガラス、陶器、貝殻などの小片を組み合わせて作られてる。エル・ジェム( El Jem)遺跡から収集されたTriomphe de Bacchus(バッカスの勝利)も大きな作品。ブドウが実った枝に天使がぶら下がってたり、ライオンやトラ、鳥たちもいて、2頭のヒョウが牽く戦車に乗ったバッカス(ディオニュソス)の後ろにいるのはアリアドネかな。それぞれが生き生きと表現されてて、見飽きへん。チュニジアの旅 続く。1日1回のクリックで、募金ができます♪
2012年02月10日
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新橋演舞場で勘九郎さんの襲名披露公演を観た後、国立劇場へ。2月文楽公演第三部は、寺子屋。チュニジアから帰国して間がないのに、歌舞伎と文楽を続けて同じ日に取ったのが悪かった。歌舞伎より淡々と話が進むので、うつらうつらしてしもた。それが、日本振袖始になると目がパッチリ。清治さんの指揮のもと、5挺の三味線に胡弓、2面の出雲琴(八雲琴)、鼓、笛も加わりダイナミックな演奏。そこに、呂勢さん、咲甫さん、芳穂さん、靖さん、4人の浄瑠璃が合わさり、お見事やった。途中で、鼓の人が舞台の上で演奏する場面もあった。勘十郎さんの岩長姫は、とってもおいしそうに八つの壺のお酒を呑んでまわる。日本舞踊の尾上墨雪(おのえぼくせつ)さんの振付なんやそうや。国立劇場 トピックス大蛇に変身してからは、舞台の大蛇よりも床の演奏のほうから目が離せんくなった。舞台を見んでも、というか舞台よりも音からのほうが情景がありありと目に浮かぶ。2月公演の演目の中で、私の一番のお気に入りやった。毎回こんな演目をひとつぐらい入れてくれはったら、文楽ファンのすそ野拡大になるんやないかなあ。平成24年2月文楽公演第三部菅原伝授手習鑑 寺入りの段 豊竹睦大夫 鶴澤清馗 寺子屋の段 前 竹本津駒大夫 鶴澤寛治 切 豊竹嶋大夫 豊澤富助〈人形〉女房戸浪:桐竹勘壽 菅秀才:桐竹勘次郎 よだれくり:桐竹紋秀女房千代:吉田文雀 小太郎:吉田蓑次 下男三助:桐竹紋吉 武部源蔵:吉田和生 春藤玄蕃:吉田文司 松王丸:吉田玉女 御台所:桐竹亀次手習子:大ぜい 捕手:大ぜい 駕篭舁:大ぜい 百姓:大ぜい 日本振袖始 大蛇退治の段 岩長姫:豊竹呂勢大夫 鶴澤清治 稲田姫:豊竹咲甫大夫 鶴澤清志郎 素戔嗚尊: 豊竹芳穂大夫 鶴澤清丈` ツレ:豊竹靖大夫 豊澤龍爾 鶴澤清公〈人形〉稲田姫:吉田一翔 爺:吉田玉勢 岩長姫: 桐竹勘十郎 素戔嗚尊:吉田幸助 従者:大ぜい1日1回のクリックで、募金ができます♪
2012年02月09日
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住大夫さんが出はるので、ほぼ満席やった。2月文楽公演第二部は、義経千本桜のすしや。床のすぐ近くの、義太夫好きの私にとっては特等席。椎の木の段は、どんぐり拾いの場面がある。奥の松香大夫さんが病気療養休演で、咲甫大夫さんやった。咲甫さん、いがみの権太の憎たらしさがよう伝わってきた。小金吾討死の段では、権太の父弥左衛門が追っ手に討たれた小金吾の首を落として持ち帰る。そして、すしやの段。待ってました!住大夫さんの登場。勘十郎さんの憎たらしい権太が、泣きまねして母親からお金をせしめる。大きななりして、子どもやなあ。蓑助さんのお里は、愛らしく、一途でけなげ。源大夫さんの病気療養休演で、英大夫さんの代役が引き継ぐ。源大夫さんは、この日までずっと出てはらへんそうや。その後はどうやったんかなあ。お元気になってお声を聞かせて欲しい。英大夫さん、大変なお役目やったやろうけど、よかった。藤蔵さんも力強い熱演。後は、千歳大夫さん。こちらは熱演過ぎて、ちょっと興ざめ。手負いの権太のモドリは、もう少ししんみりと聴きたかったなあ。五十年忌歌念仏(ごじゅねんきうたねんぶつ)は、「お夏清十郎物」やそうや。東京での文楽公演は、観たくてもすぐ満席になってチケットを手にできない人がようけいるのに、大阪の文楽劇場はそうでもないみたいや。関西の人に、もっと文楽を楽しんで欲しいなあ。東京にはない、一幕見もできるんやし。橋下大阪市長さんの文楽協会への市の補助金カットの件を、ある意味チャンスやと受け止めて盛り上げていかなあかんと思う。特に住大夫さんのを今聴かへんなんて、この世でこんなもったいないことはおまへんで。平成24年2月文楽公演第二部義経千本桜(よしつねせんぼんざくら) 椎の木の段 口 豊竹芳穂大夫 鶴澤寛太郎 奥 豊竹咲甫大夫(豊竹松香大夫休演につき代演) 鶴澤清友 小金吾討死の段 竹本文字久太夫 野澤喜一朗 すしやの段 竹本住大夫 野澤錦糸 切 豊竹英大夫(竹本源大夫休演につき代演) 鶴澤藤蔵 後 竹本千歳大夫 竹澤團七(人形)権太倅善太:吉田玉誉 権太女房小仙:吉田蓑一郎 主馬小金吾武里:吉田玉志六代君:吉田玉翔 若葉の内侍:吉田文昇 いがみの権太:桐竹勘十郎猪熊大之進:吉田文哉 すしや弥左衛門:吉田玉也 娘お里:吉田蓑助弥左衛門女房:吉田蓑二郎 弥助実は平維盛:桐竹紋壽 梶原平三景時:吉田玉輝お夏 清十郎 五十年忌歌念仏(ごじゅうねんきうたねぶつ) 笠物狂の段 豊竹呂勢大夫 竹本相子大夫 豊竹咲寿大夫 竹本小住大夫 豊竹亘大夫 竹澤宗助 鶴澤清馗 鶴澤清丈` 鶴澤寛太郎 野澤錦吾(人形)旅の男:吉田文哉 旅の女:吉田蓑紫郎 おしゅん:吉田玉佳 おさん:桐竹紋臣飛脚:桐竹勘次郎 娘お夏:豊松清十郎 1日1回のクリックで、募金ができます♪
2012年02月08日
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楽しみにしてた、六代目中村勘九郎襲名披露公演。入口横には、八海山の大入の積樽が飾られてた。1月の壽 初春大歌舞伎のと同じかと思うたら、初春は大関、今回は八海山のお酒やった。1階ロビーには、襲名を祝う飾り絵馬が。檜の一枚板に、芸紋を柿茶、文字を漆黒、和紙の白と中村座の定式幕に見立ててあるそうや。茨城県西の内和紙を和菓子の木型で型取った永田哲也さんの「和菓紙」は、鶴、打出の小槌、鯛の3種類。文字は勘亭流の荒井三鯉(橘右橘)。ロビーが華やかに変身。舞台には、フジテレビジョンからの襲名祝い幕。「鳴神」は、橋之助さんの鳴神、七之助さんの雲の絶間姫。この二人がぴったりで、エロチシズムもたっぷり。橋之助さんの飛び六方もかっこよかった。「土蜘」が、すごかった。新勘九郎さんの、気迫、凄み、キレ、存在感に圧倒された。どんな新しい勘九郎をつくっていきはるのか、とっても楽しみ。間狂言の番卒に、仁左衛門さん、吉右衛門さん、勘三郎さんというすごいご馳走配役。勘三郎さんが演舞場の舞台に立ちはるのは、歌舞伎座さよなら公演以降初めてやないかなあ。見ごたえがあった。「天衣紛上野初花 河内山」は、仁左衛門さんの河内山。仁左衛門さんが演じはると、お金はゆすっても、正義の味方のイメージが強くなる。最後の「馬鹿め」も、さすがの迫力。新勘九郎さんの松江候は、土蜘がすごすぎたせいか、あんまり印象に残らんかった。でも、ええ襲名興行で楽しませてもらた。帰りに、歌舞伎座の工事現場に寄った。歌舞伎座工事の作業工程は、「地上躯体工事 地下躯体工事 諸機資材搬出入有、コンクリート打設」で、土曜日まで同じ。日曜日にも「トレーラーによる資材搬入、仮置」がある。夜間作業工程は、「残土搬出、諸機資材搬出入有」で、日曜だけ全休。低層の正面部分はずいぶんとできてきたようや。地上29 階建てやそうやから、まだまだかかるなあ。新橋演舞場 中村勘太郎改め六代目中村勘九郎襲名披露 二月大歌舞伎昼の部一、歌舞伎十八番の内 鳴神(なるかみ) 鳴神上人:橋之助 所化白雲坊:亀蔵 所化黒雲坊:男女蔵 雲の絶間姫:七之助二、新古演劇十種の内 土蜘(つちぐも) 僧智籌実は土蜘の精:勘太郎改め勘九郎 源頼光:三津五郎 侍女胡蝶:福助 平井保昌:橋之助 渡辺綱:松江 坂田公時:巳之助 碓井貞光:児太郎 ト部季武:国生 太刀持音若:宜生 巫子榊:芝雀 番卒藤内:勘三郎 番卒次郎:仁左衛門 番卒太郎:吉右衛門三、天衣紛上野初花 河内山(くもにまごううえののはつはな こうちやま) 質見世より玄関先まで 河内山宗俊:仁左衛門 松江出雲守:勘太郎改め勘九郎 宮崎数馬:錦之助 腰元浪路:隼人 北村大膳:由次郎 高木小左衛門:東蔵 後家おまき:秀太郎 和泉屋清兵衛:我當 1日1回のクリックで、募金ができます♪
2012年02月07日
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チュニジアって、それほど知名度のある国ではないやろなあ。歴史好きの人には、将軍ハンニバルの国カルタゴのほうがわかりやすいかも。私が行ったことのある国でいうと、トルコ6割、カンボジア3割、フランス1割の合計のような印象やった。北アフリカにあるチュニジアは、北と東は地中海に面し、西はアトラス山脈の東端に、南の半分はサハラ砂漠という変化に富んだ自然と気候の国。北アフリカの先住民であるベルベル人(アマジグ)がいたところへ、フェニキア人が移住して紀元前9世紀ごろにはカルタゴが建国され、紀元前146年にスキピオ・アフリカヌスによってカルタゴが滅亡し、ローマ支配下のアフリカ属州となる。カルタゴは、ローマ、アレキサンドリアに次ぐローマ帝国第3の都市にまで成長するが、439年から1世紀ほどは、ヴァンダル族に支配されヴァンダル王国となる。533年、東ローマ帝国ユスティニアヌス1世によってヴァンダル王国が滅ぼされ、7世紀に入ると、アラブのウマイヤ朝に攻略され、イスラム化が始まる。1574年にはオスマン帝国の属州になり、1881年フランスの保護領へ、1956年フランスから独立、1957年には王制から共和制に移行し、ハビブ・ブルギバが初代大統領に就任。独裁体制となったブルビバに対し、1987年無血クーデターが起こり、ベン・アリ首相が大統領に就任。またもや独裁体制となったベン・アリに対し、2010年12月から始まるジャスミン革命が起こり、2011年1月15日フアド・メバザ氏が暫定大統領になった。チュニジアの国花にちなんでいわれる、ジャスミン革命。もっともチュニジアの国花はミモザやという話あるけど。2011年10月23日に、革命後初の制憲議会選挙が行われた。町中の壁に、数字の書かれたマス目があったので、ガイドさんに聞くと選挙ポスターを貼ってた跡なんやそうや。写真のボン岬にある町の壁のマス目は、54の番号まであった。首相には第1党となったイスラム穏健政党の「アンナハダ」のハマディ・ジェバリ事務局長が、大統領には第2党となった中道左派「共和国評議会(CPR)」のモンセフ・マルズーキ党首が、制憲議会議長には第3党の社会民主主義「エタカトル」のムスタファ・ベンジャファル党首が就任してる。現地ガイドさんは、革命があってよかったと思うと話してくれた。ベン・アリ(Ben Ali)時代は、新聞、テレビなどの既存メディアはベン・アリ関係の個人経営。ベン・アリに都合のええように情報操作されてたそうや。それが今は、やっとありのままの情報が流れるようになって、地方との貧富の差もオープンになり、まわりを気にせず自分の意見を言えるようになったという。ただ彼女は別れるときに、私はベン・アリが好きだとも言っていた。ベン・アリ政権の時代があったからこそ、経済発展や教育水準の向上などもあったんやと思う。23年もの長期政権は、独裁化につながりよくないけど。大学をつくり過ぎて、大学を出たけれど職がないということも、革命の理由の一つになってるのは皮肉なことや。大学を出た人の職場は、ほとんどが政府関係(公務員)なんやて。ガイドさんによると若者たちにも問題はあるという。チュニジアのカフェでは、昼間からたむろする若い男性をたくさん見かける。ベン・アリ時代に、政府の支援で農業への就労を勧めてたんそうや。でも、若者は汗水たらす農業を嫌い、働かない。それは、本人たちの責任でもあるとガイドさんは言う。悪いのは、ベン・アリやのうて、20歳年下の2番目の奥さんレリア(Leila)だという声もあるようや。フィリピンのイメルダ夫人みたいらしい。革命で、60歳定年が55歳になったそうや。若い人たちに、働くチャンスを与えるための政策として。もっとも、年金は現役時代の7割もらえるらしい。消費税にあたる付加価値税(VAT)は、標準が18%。公的な医療や教育などにかかわるものは6%、食料品や電気代などは10%、贅沢品は29%もする。電気代も安くないらしい。火力が7割、水力が2割、風力が1割の割合。フランスやイタリアに原子力発電があるので、万が一事故が起こった場合は地中海全体のリスクとなる。それならば、きちんと管理をした原子力発電を導入して、電気料金を安くしてはという意見が今でもあるそうや。ツアーで行く分には、チュニジアは危険な国やとは思わんかった。街で出会う人々も、愛想がいいし、親切。チュニジアの再出発のためにも、観光が盛んにならなあかんと思う。ガイドさんも、革命から9か月間仕事がなかったそうや。遺跡の発掘もまだ途中のところも多いみたいや。魅力がいっぱいのチュニジア。チュニジアのことは、この方のサイトに詳しい。チュニジアの素顔1日1回のクリックで、募金ができます♪
2012年02月06日
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チュニジア10日間のツアーで買うたもん。トズール(Tozeur)のホテルハフシ(Hafsi)の売店で、チュニジアの民族衣装風のジェッバ(Jebba?)、15ディナール(D)を交渉して10ディナール(約530円)にしてもろてを買うたことは前に書いた。ナブールの陶器工房「Poterie Artistique」では、電子レンジ使用可というマグカップ 2D(約106円)。チュニスのメディナにあるブスリミのミントティーグラス15D→7D(約371円)。チュニスのメディナのフータ 20D→10D(約530円)。フータは、ハマムという公衆浴場で使う大きなタオルのような布地。いろんな柄があるけど、チュニジアらしい色を選んだ。観光地のメディナでは、価格交渉するのは当たり前。半値ではまだまだ生ぬるそう。3分の1ぐらいになることもあるみたいや。でも、元の値段が日本と比べるとすごく安いので、半値ぐらいで、もうええかって思うてしまう。ミントティーグラスを買うたお店では、ミントティーをごちそうしてくれて、それがチュニジアで飲んだなかで一番おいしかったし。カルフールでのお買い物は、ガイドさんお勧めのCap Bonのハリッサ チューブ 70g 0.6D(約32円)ハリッサ 量り売り 115g 0.875D(約46円)無花果の蒸留酒 BOUKHA GOLD 100ml 4.75D(約252円)47果の蒸留酒 BOUKHA SOLEIL 100ml 2.95D(約156円)オレンジ・ウォーター 1L 1.79D(約95円)ローズ・ウォーター 1L 1.79D(約95円)アーモンド 400g 12.29D(約154円)シェーブルチーズ 70g 1.99D(約105円)チュニスのDeymaという高級なお店の木の箱に入ったデーツ菓子8粒 6D(約318円)か7D(約371円)。物価を考えるとすごく高いけどおいしかった。ガベスのスークで買うたオレンジ・ウォーター 2D(約106円)ガベスのスークで買うた お香 1D(約53円)アーモンドは、ケロアンの商店で150gぐらい 3.5D(約186円)マトマタのカフェで100gぐらい3D(約159円)サハラの砂漠の薔薇 水中の石膏(硫酸カルシウム)が、水分が蒸発することで結晶化したもののようや。左手前の小さいのは、ケロアンのお兄さんがくれたもの。それ以外のは、サハラ砂漠日の出鑑賞ツアーのとき、オング・エル・ジャメル(Ong El Jemel)のスターウォーズ モス・エスパ(Mos Espa)セットのところで買ったもの。全部で5D(約265円)ぐらい。どれも、買ったときのことが印象的で思い出深い。もっといろんなもの買うてきたらよかったなあ。特に食べ物。いつも旅から帰ると後悔する。1日1回のクリックで、募金ができます♪
2012年02月05日
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チュニジアから帰る飛行機はエミレーツ。2月4日、チュニジア10日間モニターツアー10日目。行きも帰りも、ドバイで約4時間の乗換え待ち時間がある。2011年6月パリに行ったときにもエミレーツ航空に乗った。そのときは、ドバイ国際空港で4時間以上乗り継ぎ時間があると、無料のレストラン コートヤードカフェ(Courtyard Cafe)を使うことができたんやけど、今はなくなってる。その代わりに、ミール・バウチャーがもらえる。Thai Express(タイ料理)、COSI(International)、McDonald's(バーガー)から選ぶことができ、どこもメインとサイドディッシュと飲物がつく。行きの時にはThai Expressでチキンカレーを食べたけど、帰りはもらうたけど使わんかった。楽天プレミアムカードでもらえるプライオリティ・パスがあるので、ラウンジを利用した。DUBAI INTERNATIONAL BUSINESS CLASS LOUNGEがよかった。MARHABA LOUNGEより、食べる物の種類も多いし、日本語入力のできるPCもあって、通信速度もMARHABA LOUNGEより速かった。ドバイ-成田間のフライトでは、ヒンドゥー教徒食 (HNML)をリクエストしてた。これが辛くて本格的ですごくおいしかった。軽食は、チキンカレー。朝食は、ポーチドエッグとトマトソース、ポテトフライ、レンズ豆のカレー。辛いのが苦手の人はやめたほうがええけど。エミレーツBoeing 777-300ERのice Digital Widescreenで、1200以上のチャンネルから楽しむことができる。日本語吹き替えの映画を3本も観た。リアル・スティール(REAL STEEL)カウボーイ&エイリアン(COWBOYS & ALIENS)ウッディ・アレン.監督の最新作 ミッドナイト・イン・パリ(Midnight in Paris)Midnight in Parisどれも、ちょっと馬鹿げてておもしろかった。予定より30分早い16:50に成田空港に着陸。入国手続きを済ませ、17:30には荷物も出てきた。今回の添乗員、大塚不二馬さんには大変お世話になった。失礼な発言の数々、敬愛表現やと思うて、どうぞお許しください。日本語をきちんとていねいにお話になり、そこに豊富な歴史の知識と経験、綾小路きみまろ風の漫談と気配りが混じりあって、とってもチャーミングな方。食事の時には、持参したウエットティッシュやポン酢まで回してくれてはった。現地ガイドのアハレムさんを立てて、的確に訳して伝えてくださり、最高のコンビやった。大塚さんの添乗するツアーなら、また行きたいなあ。大塚さんのサイト 百聞一見そして温故知新お天気にも恵まれたし。成田には、だんな様がお迎えに来てくれてはった。ツアーの方々とも別れを惜しみ、とっても楽しかったチュニジアの旅は終わってしもた。チュニジアにはまた行きたいし、チュニジアを応援したくなった。イアイシュク(ありがとう)、ビッスラーマ(さようなら)、チュニジア!チュニジアの旅の細かいことは、またボチボチ書いていこう。1日1回のクリックで、募金ができます♪
2012年02月04日
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ビュッフェの朝ごはんに、アスィーダ・スグゥグゥ(assida zgougou)?があった。預言者ムハンマドの生誕祭(Mouled)にチュニジアで食べられる特別なデザートらしい。胡桃のお汁粉のような味やったけど、黒い松の実のようなので作るんかなあ。Assidat zgougou2月3日、チュニジア10日間モニターツアー9日目。食後にプライベート・ビーチに行って貝殻を拾うた。この日の昼には、チュニジアを離れる。7:50 チェックアウト8:00 出発8:25~8:30 ビュルサの丘 (Byrsa hill) サン・ルイ教会を外から8:30~9:30 カルタゴ博物館 (Carthage National Museum)カルタゴ博物館は、予定に入ってへんかったんやけど、時間があるし、入場の共通券で入れるからと、配慮してくれた。行きたかったとこだけに、とってもうれしい。9:40~9:55 トフェ (Tophet)9:58~10:05 古代カルタゴの軍港10:10~10:50 アントニヌスの共同浴場 (Antonin Baths) チュニジアとももうすぐお別れ。節分の日やったので、ガイドのアハレムさん、ドライバーのシュアイブさんさんと一緒に、世界遺産のアントニヌスの共同浴場で豆まきをした。お連れさんがいただきてくれた、浅草寺さんの福豆で。お豆の残りは、ラッキーアイテムとしてアハレムさんに進呈。11:00~12:00 シディ・ブ・サイド(Sidi Bou Said)のル・ピラット(Le Pirate)で昼食12:25 チュニス・カルタゴ国際空港に到着12:45 エミレーツ航空のカウンターでチェックイン13:00 空港内の郵便局へアハレムさんに連れて行ってもろたけど、すごい混みよう。お給料を引き出す人なんやそうや。アハレムさんが無理して割り込んで0.6ディナール(約32円)の切手を買うてくれた。絵葉書に貼って、そばのポストに投函。アハレムさんとハグして最後のお別れ。ほんまにいい人やった。13:10 出国13:45~14:00 空港内のVIPラウンジ14:05 搭乗ゲート54へ14:30 搭乗15:00 予定より30分遅れで、EK748便出発17:00 機内食(昼食)1日1回のクリックで、募金ができます♪
2012年02月03日
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5つ星ホテルだけあって、ビュッフェの朝ごはんはとってもおいしい。2月2日、チュニジア10日間モニターツアー8日目。ガマルト(Gammarth)のエル・ムラディ・ガマルト(El Mouradi Gammarth)には2連泊するので、朝も荷作りする必要がなくゆったりと過ごせる。8:00 ホテルを出発8:20 シディ・ブ・サイド(Sidi Bou Said)に到着8:30~8:40 カフェ・デ・ナット(Cafe des Nattes)でミント・ティー 8:40~9:30 シディ・ブ・サイド(Sidi Bou Said)を自由散策10:00~10:40 チュニスのメディナを自由散策10:45~10:55 グランド・モスクから迷路のようなスークを歩く11:05 出発11:55~12:05 高速道路のサービスエリアでトイレ休憩13:00~13:55 テブルスーク(Teboursouk)ノオテル・トゥッガ(Hotel Thugga)でイノシシ料理の昼食 14:10~16:00 ドゥッガ(Dougga)遺跡の観光18:30 ガマルト(Gammarth)のエル・ムラディ・ガマルト(El Mouradi Gammarth)に到着19:15~19:45 ホテルのタラソテラピー クレオパトラバス(アクアトニックプール)を体験(40ディナール 約2120円)海水を満たした大きなプールに、いろんな水流の部分やすごい勢いのジェット水流のところがあって、歩き回ったり、水圧を受けたり、浮かんでたり、すごく気持ちよかった。20:00~21:30 ホテルのレストランでビュッフェの夕食チュニジアには猫がいっぱい。犬はたまにしか見かけへんかった。それも、飼い犬のようなのだけ。牧羊犬もいたなあ。1日1回のクリックで、募金ができます♪
2012年02月02日
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スースのホテルのプライベートビーチから見る朝日もきれいやった。2月1日、チュニジア10日間モニターツアー7日目。7:30 スースのホテル マルハバ・ロイヤル・サレム(Marhaba Royal Salem)を出発8:35~9:13 ハマメット(Hammamet)のメディナ観光 希望者は別料金の入館料5ディナール、カメラ撮影代1ディナールの合計6ディナール(約318円)で要塞カスバへ。 ハマメットへは、パウル・クレー、フランク・ロイド・ライトなど芸術家たちが好んで訪れたそうや。 クレーはここの強烈な光に大きな影響を受け、1914年に「ハマメットのモスク」という作品を描いてる。 Hammamet mit der Moschee9:30~10:00 ナブールの陶器工房「Poterie Artistique」でナブール焼の製作工程見学、買い物 チュニジアでは、猫をよく見かける。この店では、猫たちが商品の陶器の上を悠々と歩き飛び回ってた。10:10~10:45 ナブールの旧市街散策12:10~13:10 ケルクアン(Kerkuane)の古代カルタゴ遺跡今回4か所ほど遺跡を観たけど、私はここが一番好きやった。13:40~14:45 エル・ハワリア(El Haouaria)のレストラン「ラ・ドラード」(Restaurant La Daurade)で昼食ボン岬(Cap Bon)の先端にあるレストラン。食後にローマ時代の石切り場グロット(Grotte)のほうまで行ってみたけど、以前上部が崩落したそうで閉鎖されたままやった。左手にはゼンブラ島、センブレッタ島が見え、右手には天気がいい日には145km先のシチリア島が見えるという。エル・ハワリアは、「風が強い」という意味やそうで、風力発電の風車がたくさん回ってた。17:00~18:00 カルフールでお買い物タイム2月4日はイスラム教の預言者ムハンマドの生誕祭で、チュニジアでは祝日。その際に食べるお菓子があるそうで、材料のアーモンドやナッツ類がようけ売られてた。18:35~19:40 Restaurant Victoire で夕食ここのお料理が今回一番おいしかった。20:10 ガマルトのエル・ムラディ・ガマルトにチェックインここは一応5つ星のホテル。でも別館のほうやったので、不便やし、壁は薄くて隣の声が筒抜けやし、夜中には熱いお湯が出んくなるし。阪急交通社さん、ホテルはだんだんグレードを上げていって最後にいい印象を持ってもらうようにする作戦。チュニジア大好きになったのに、旅も残り少なくなってきた。1日1回のクリックで、募金ができます♪
2012年02月01日
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