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エジプト考古学博物館(カイロ博物館)に圧倒されたとこまで書いた15日間のエジプト・トルコ大周遊モニターツアーの2日目、6月21日。9時に入館して、11時15分まで見学してた。もっと観てたかったけど、ツアーやとこれぐらいが限度やろうなあ。そうそう博物館の中では、現地ガイドのハマちゃんが説明してくれる声が聞こえるイヤホン・ガイドもあって便利やった。博物館の日本語のカタログを2000円で販売してはった。バスに乗り込み、空港へ向かう。車内でお弁当が配られた。エジプトの国民食ともいえるコシャリとターメイヤ。マカロニと短く切ったスパゲッティ、エジプト米を炊いたものに、ヒヨコ豆、レンズ豆を茹でたもの、揚げた玉ねぎとトマトソースをかけたのがコシャリ。それに、そら豆のコロッケ「ターメイヤ」がのってる。これ、食べてみたかったのでうれしい。焼きそばとご飯を炒めた日本のそばめしにちょっと似てる。食べても食べてもなかなかなくならへんかった。12時にカイロ国際空港の第3ターミナルに到着。滞在時間7時間と慌しいけど濃厚やったカイロともガイドのハマちゃんともしばらくお別れ。12時20分にチェックイン。時間があったので、プライオリティ・パスが使えるEラウンジへ行ってみた。お菓子とプラムとリンゴ、コーヒーを食べた。1時20分G05ゲートへ。2時20分にエジプト航空のB737が出発。2時50分に機内食が出た。カイロ-イスタンブール間の機内食は、ビーフとチキン。チキンは、野菜との炒め煮にターメリックライス。ビーフは、ボソボソしたインディカ米、ビーフソテー。両方とも、キュウリ、ピーマン、オリーブのサラダとチョコレートケーキがついた。飲物は、マンゴージュース。2時間ほどでイスタンブールのアタテュルク国際空港に到着した。15日間のエジプト・トルコ大周遊モニターツアーの旅、続く。1日1回のクリックで、募金ができます♪
2012年07月31日
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エジプト考古学博物館(カイロ博物館)のマリオット氏の像の前で、カメラを預けたとこまで書いた、15日間のエジプト・トルコ大周遊モニターツアーの2日目、6月21日。館内は撮影禁止。1人ずつ入館のチケットをもらい、ゲートを通過する。入口には足場が組まれて、改修してるようやった。いよいよ館内へ入る。現地ガイドのハマちゃんについて、ホールの手前を右手に進み階段を上って、まずはツタンカーメン(トゥトアンクアムン)のお宝がある2階へ。上がったところにミイラ室の入場券売り場があるので、希望者は別途お金を払って観ることができると説明してくれる。黄金のマスクにたどり着くまでにも、ツタンカーメンの遺物が山ほどある。ツタンカーメン王墓の玄室入口の左右に向かい合って置かれていたという、ツタンカーメンの等身大の2対の立像、舟の模型がある水槽、黒檀と象牙でできたゲーム盤、王のミイラが身につけていた金の帯状冠、アラバスター製のライオン型香油容器、木製の箱の表面に薄く漆喰が塗られ狩猟や戦闘の場面が彩色画で描かれている櫃、象牙の枕、黄金の玉座、アヌビス神の厨子、ハトホルの牝牛の装飾のある寝台、ツタンカーメンの妻アンケセナーメンが置いたヤグルマギク、革のサンダル、扇、ミイラの内臓を納めた黄金製カノプス小型棺、厨子型カノプス櫃、カノプス厨子と天蓋などなど。ツタンカーメンの特別室では、第2・第3の棺、黄金のマスク、ホルス神のペンダント、スカラベの胸飾り、ブレスレット、鉄の短剣などなど。貴金属・宝飾品の部屋でも、ホルス神の頭部像やアクセサリー類に目がくらむ。踊り場のパピルス文書を見ながら1階に下りて、ホトハル女神の礼拝堂、ハトシェプスト女王の頭部、32号室でセネブと家族の像、ラーヘテプとネフェルトの像、42号室で書記像、カ・アペル像、クフ王座像を観たところでまでガイドさんと一緒。ここから1時間ほど自由時間。まずは100エジプト£(約1316円)払って、2階のミイラ室(マミールーム)へ。セケエンラー(セケネンラー・タア2世)、トトメス1世、トトメス2世、トトメス3世、ハトシェプスト女王、セティ1世、そしてあのラメセス2世、メルエンプタハもあったと思う。3500年前に亡くなった王族が目の前にいる不思議。おどろおどろしさよりも、静けさを感じる部屋やった。それから大急ぎで、館内をまわる。中王国時代の副葬品である、家畜の頭数調査や大工仕事、織物作業、漁をする人たちなどの木のミニチュア模型や供物を運ぶ女性の像。ワニやネコなど動物のミイラなど観て、また1階へ。アメンエムハト3世のキャップ・ストーン、アマルナ王宮の装飾画やアクエンアテン王と王女のキスする像を観たぐらいで集合時間になってしもた。エジプトの歴史をもっと勉強してから、丸一日かけてじっくりと観てまわりたいなあ。エジプト考古学博物館(カイロ博物館)の老朽化と展示スペース不足を解消するため、ギザで新考古学博物館(大エジプト博物館 Grand Egyptian Museum)の建設が進められてて、2015年8月の完成予定やそうや。このプロジェクトには、日本の国際協力機構(JICA)がかかわってて、総工費約630億円のうち半分にあたる348億円を円借款で供与してて、収蔵品の修復といった技術面でも協力してるそうや。ツタンカーメン王の黄金マスク、ラムセス2世のミイラなども新博物館に移るらしい。こういう支援は、日本人として誇らしいなあ。新博物館ができたら、ぜひ行ってみたい。大エジプト博物館保存修復センタープロジェクト15日間のエジプト・トルコ大周遊モニターツアーの旅、続く。1日1回のクリックで、募金ができます♪
2012年07月30日
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ターブル・オギノのランチが食べたくなってだんな様とおでかけ。祐天寺を通ってて、思い出したのが5月にできたジェラート専門店「アクオリーナ」。ドアについてる真鍮製のロゴがかっこええ。開店時間を12時を待って、一番乗り。ジェラートはカップ2種盛りで540円、3種盛りで590円。3種盛りの、リコッタ・ブルーベリーと河内晩柑とピスタチオにした。それぞれおいしい。味のハーモニーという選択ではなかったな。一番気に入ったのは、ピスタチオ。今度は、ナッツ3種とかもえかも。このお店のユニークなのは、営業時間が平日も土日も23時までやということ。帰り道にこんなお店があったら、毎日寄りたくなる。ジェラテリア アクオリーナターブル・オギノのPlat du Jour(本日のプレート)は週替りで1260円。このときは、牛肩ロースのパートブリック包み焼き・マスタードソースがメイン。ちょうど、お肉が食べたかった。ミディアムレアの焼き具合も、うれしい。ここのスープも手間がかかってる。この日は、キュウリの冷製スープキスのエスカベッシュサラダ?もついてる。フォカッチャか白米か玄米が選べて、ドリンクまでついてこのお値段。申し訳なくなるぐらい。ベルギービール入りのスイートポテトの犬くんもいた。とぼけた顔がかわいい。甘さ控えめで、お酒にも合いそう。フロマージュ・ド・テットを買うて帰った。ターブル・オギノ1日1回のクリックで、募金ができます♪
2012年07月29日
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7月に、ブランジュリーパリの空の下で食べた物いろいろ。7月9日から23日まで、フランスへ仕入れと休暇を兼ねて行ってきはったので、営業日が少なかったはずやのに、食べた物は多かった。お菓子はエクレール・キャフェ 550円、タルトミルティーユ 500円、九州の白桃シーブスト 650円、すみれとカシスのパルフェ・タムールのションソン 500円、ヴィエノワ・ショコラ・イボワール・アブリコ 250円、南フランスの桃ペーシュ・サンギーヌのタルト 450円、杏子のペイザンヌ 500円、ルーロ・キャフェ 300円サンドイッチは天然えびのモロッコ風サンドイッチ 700円、クロワッサン ドゥーミルシィス 450円、鰻のサンドイッチ 1000円、ジャンボン・クリュのサンドイッチ 500円、パリ土産のオーベルニュのサラミのサンドイッチ 700円、エスパドンポアレ・ソースピストゥー 600円、夏野菜のバリグールサンドイッチ 400円、豚ドゥミセルのピザ 600円ほかに、浜焼イタヤ貝のサンドイッチ600円、ひなげしとアナナスのシュトゥルーデル550円、メディチ家のコンフィチュール1800円なども。もちろんどれもおいしいけど、特に印象に残ってるのは、パリ土産のオーベルニュのサラミのサンドイッチ。このサラミのおいしいこと。たっぷり入ってるので、2、3枚は冷たい白ワインと一緒に食べて、それからサンドイッチをほおばった。それと、エスパドンポアレ・ソースピストゥーも。カジキのポアレにのサンドイッチはソースピストゥー。ソースのニンニクの効きが半端やなく痛いぐらい。ポアレは良く焼いた物と半生の物と2種類あって、最後に一個残ってたのはよく焼い方のやった。お菓子では、すみれとカシスのパルフェ・タムールの濃厚な華やかさも、白桃シーブストのみずみずしさも、エクレール・キャフェのパンチの効いたキャフェも、それぞれの香りが今でもよみがえってくる。1日1回のクリックで、募金ができます♪
2012年07月28日
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カイロ市街を通ってエジプト考古学博物館(カイロ博物館)に到着したとこまで書いた、15日間のエジプト・トルコ大周遊モニターツアーの2日目、6月21日。8時過ぎに着いたんやけど、博物館が開くのは9時。しばらくバスの中で待ってた。バスや個人や団体さんがどんどん集まってくるので、私たちも8時15分ごろバスを降りて並んでた。8時25分に門が開いて、手荷物のチェックを受けてから庭園へ。この時点では、カメラを持っててもええ。お庭にもお宝がいくつも無造作に置かれてる。一対のスフィンクスもいるし、オベリスクの上やピラミッドの頂上に置かれるベンベン石(Benben stone)も無造作に置いてある。前庭の池には上エジプトの象徴であるロータス(スイレン)の花と、下エジプトの象徴であるパピルスが植えられてて、スイレンがちょうどかわいい白い花を開いてた。エジプトに限らず、昔の人にとってそれ以前の時代の遺跡は、柱にしても、壁にしても、装飾品や、宝石、なんでもかんでも便利な素材の宝庫やったんやろう。それらを利用して新しい神殿や王宮、墓などを造っていく。イスラム王朝、オスマン帝国に支配されてた時代には、古代エジプトの遺物は海外の富裕層のコレクションになっていたようや。ナポレオンのフランス軍が、1798年から1801年までエジプトへと遠征。このとき1799年に、有名なロゼッタ・ストーンが発見されてる。このロゼッタ・ストーンは、フランス軍が英国とオスマン帝国の連合軍に敗れ、1801年英国に接収された。1802年から今日に至るまで、ロゼッタ・ストーンは大英博物館の名物の一つになってるけど、2003年からエジプトが返還を求めてるそうや。ロゼッタ・ストーンのヒエログリフをジャン=フランソワ・シャンポリオンが解読したのが1822年。そのころからヨーロッパでのエジプト美術への関心はますます高まり、どんどん遺物が海外に流出するようになる。それを、シャンポリオンをはじめ多くの有識者がこの状況を憂慮し、エジプト政府へ進言して、1834年イズベキーヤ公園近くの小さな建物が博物館として使われるようになった。遺物の収集や作品の流出防止のためのカタログの作成を始めたけど、エジプト政府自体が友好国への贈り物として遺物を使うことも多く、量としてはわずかなものやったそうや。1850年、フランスのルーヴル美術館のスタッフとしてマリエットが派遣される。サッカラでセラペウム(地下墳墓)を発掘したマリエットは、1855年に6000点近い遺物をフランスへ持ち帰り、ルーヴル美術館に展示し、ルーヴルのエジプト部門副部長にまでなる。1857年、エジプト総督はマリエットの腕を見込んで美術品の発掘を依頼し、設立を予定していた新博物館の管理者への就任を要請、1863年に現在の博物館の前身となるブーラーク博物館が開館する。マリエットはエジプト文化財管理官(後の考古局総長)に任命され、出土品を厳重に管理し、海外流出を厳しく取り締まる。ナポレオン3世の皇后からの要求も、断固として拒否したそうや。1881年にマリエットが亡くなると、遺体はブーラーク博物館の前庭に葬られた。あとを継いで就任したフランスの考古学者マスペロも積極的に発掘を進め、現在の博物館が1902年に開館した。前庭の西の端に、マリエットの銅像が立ち、その像の前の墓標の下には、マリエットの遺骸がブーラークから移されて安置されてる。オペラ アイーダの原案者もマリエットなんやそうや。マリオットの像の後ろに、黒くすすけた建物が見える。1月25日エジプト革命の時に、デモ隊の一部が火を放ったムバラク政権与党やった国民民主党事務所の建物みたいや。すぐ横やから、博物館も危ないとこやったんやなあ。多くのデモ参加者が博物館のまわりを手をつないで囲み、延焼や略奪から守ったそうや。でも、1月28日には暴徒が博物館に侵入し、展示品が荒らされたり、ミイラが壊されたりしたらしい。エジプトの、そして世界の宝やのになあ。8時45分にそのマリエットの像のところに集合して、カメラをまとめて預けた。館内は撮影禁止。いよいよ館内へ入る。15日間のエジプト・トルコ大周遊モニターツアーの旅、続く。1日1回のクリックで、募金ができます♪
2012年07月27日
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ジビエや熟成肉の料理が得意なラ・ブーシェリー・デュ・ブッパのシェフが手がけるシャルキュトリ(肉加工品)屋さんがあるというので前の週末に行ってみた。首都高大橋JCT近くの、住宅街のなかにある。平日は900円のセットがあるみたいやけど、土曜日やったので単品で。自家製ホットドック 480円は、自家製じゃが芋パンに自家製フランクフルトソーセージとトマトソースコールスローがはさまってる。すごいボリューム。自家製ハムサンド 480円も、自家製じゃが芋パンにこれでもかというぐらいの自家製ジャンボン ド パリにトマト、レタス。じゃが芋パンって甘いのかと思うたけど、もちもち、しっとり、しっかりしててサンドイッチにぴったり。サンドイッチを買うと、1つにつきサラダ100g1つがどれでも150円になるという。キャロット・ラペとオーガニックインゲンとクルミのサラダも頼んだ。このサラダもすごくおいしい。本格的なオニオングラタンスープもハーフで280円。FDK特製ジビエ・コロッケ 250円や、ソーシス・ド・ストラスブール(ストラスブルグソーセージ)と豚肉の粗挽きソーセージ、自家製燻製卵もついでに。だんな様は、このボリュームに大満足。私には、ちょっと塩がきつかったかな。シャルキュトリ盛り合わせをワイン飲みながらちょびちょび食べるのがむいてるのかも。ネット通販もしてはる。ラ・ブーシェリー・デュ・ブッパフレンチデリカテッセン カミヤ1日1回のクリックで、募金ができます♪
2012年07月26日
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エジプトのことを調べてて、図書館で見つけた本。紀元前1214年ラメセス2世の時代に古代エジプト人が書いたガイドブックという形をとってる、すごく変わった本。古代エジプト王国トラベルガイド シャーロット・ブース著 月森左知訳日本でいうと、縄文時代の人が書いた旧石器時代の遺跡の、中国でいうと、殷の時代の人が書いた夏や黄河時代の遺跡のガイドブックということになる。ヒッタイト人やシリア、クレタ島からのギリシア人が観光しにエジプトへ来るのかな。「第1章 エジプトって、どんな国?」では、歴史、政治、宗教、家族と女性の役割、教育と仕事、農場と産業、エジプト軍について説明がある。「第2章 古都テーベ」は、エジプト旅行のハイライトであるテーベ(現在のルクソール近郊)の観光案内に。カルナック神殿、ルクソール神殿、トトメス3世神殿とメンチュヘテプ2世神殿、アメンヘテプ3世神殿、マルカタ王宮、ラメセス2世葬祭殿、白い王妃の礼拝堂、王家の谷、王妃の谷、墓の壁画、ナイル沿岸が登場する。もちろん、今のようにエジプトや海外の博物館に運ばれる以前の状態が書かれてる。今は入場料を払えばいろんなとこに入れるけど、昔は王族しか入れない場所のほうが多いかも。それも門番にお金をつかませたり「賄賂」を使えば見られることもあると書かれてるのは、今も変わらんかもしれん。「第3章 テーベ以外の観光スポット」では、王都ペル・ラメセス、古都メンフィス、ヘリオポリスの太陽神殿、サッカラのピラミッド群、クフ王の大ピラミッド、ヘルモポリス、ベニ・ハッサン、アビドス、コプトス、メダムド、ヌビアが採りあげられてる。「第4章 エンターテイメント」では、祭り、ウォーター・スポーツ、競技スポーツ、ハンティング、ボードゲーム、音楽と歌、ダンス、公共の広場、セックスと売春について。「第5章 旅の基本情報」は、アクセス、町を見てまわる、宿泊、マナーと習慣、ファッション、食事と飲み物、通貨、ショッピング、医療、犯罪と法律、仕事と学習。「第6章 基礎知識」は、歴代王朝と主な王たち、おすすめの文学作品、便利なヒエログリフ小辞典、旅に役立つ単語とフレーズ集。中くらいの品質の亜麻布のチュニックが銅5デベンぐらい、サンダルは銅3デベン、ファイアンスのネックレスが5デベンから、ラピスラズリのネックレスだと8デベンから、金のネックレスは36デベンで若いロバ1頭と同じ価値で、パンは10個2デベン、アンフォラに入ったビールが2デベン、ワインが4デベンやそうや。ヤギ1頭がデベンから3デベンに相当するので、交換用にヤギを2、3頭連れて歩くか、パピルスが4デベンになるので、それを持ち運ぶとええそうや。「死者の書」の注文の仕方も書いてある。健康でいるために、目のまわりにたくさんのタール(化粧墨)を塗ると、日光やホコリ、ハエから目を守ってくれるそうや。古代ローマ帝国トラベルガイドっていう本も出てる。1日1回のクリックで、募金ができます♪
2012年07月25日
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新猿之助襲名披露の2か月目。「将軍江戸を去る」は、團十郎さんの慶喜がよかった。真山青果の台詞が、わざとらしくなく聞こえたのは、初めて。中車さんの山岡鉄太郎も熱演。声がかすれてきてるのは、力みすぎて喉を痛めはったんかな。「口上」も2か月目なので、和やかな雰囲気。御三方以外に團十郎さんと海老蔵さん。お二人とも心温まる口上。揃いの柿色の裃袴に鉞銀杏の髷で市川家ならでは。新・猿之助さんは、澤瀉屋の発祥からを話してはった。中車さんは、正座やお辞儀をする姿勢がほかの人たちと違うて、ぺたっとしてはる。このあたりが、年月の差で現れるのかなあ。今までは、当然のように見てきたお辞儀やけど、奥が深いもんやと思うた。團子くんは、立派立派。「黒塚」は、途中眠くなる。猿弥さんの強力が、印象に残ってる。「楼門五三桐」は、10分ほどなんやけどすごかった。新・猿翁さん8年ぶりの舞台復帰。新・猿翁さんがお元気なころの舞台を生で観たことはない。今でも、目力がすごい。カーテンコールもあって、猿翁さんの黒衣を務めた中車さんも紹介されてはった。澤瀉屋さんらしい、2か月間の襲名披露公演やった。新橋演舞場「七月大歌舞伎」二代目市川猿翁、四代目市川猿之助、九代目市川中車 襲名披露五代目市川團子初舞台【夜の部】一 将軍江戸を去る 徳川慶喜:團十郎 山岡鉄太郎:中車 間宮金八郎:猿弥 吉崎角之助:月乃助 天野八郎:右近 高橋伊勢守:海老蔵二 口上 亀治郎改め猿之助 中車 團子 團十郎 海老蔵三 猿翁十種の内 黒塚 老女岩手、実は安達原鬼女:亀治郎改め猿之助 山伏大和坊:門之助 山伏讃岐坊:右近 強力太郎吾:猿弥 阿闍梨祐慶:團十郎四 楼門五三桐 真柴久吉:猿之助改め猿翁 左枝利家:段四郎 石川五右衛門:海老蔵1日1回のクリックで、募金ができます♪
2012年07月24日
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森美術館の「アラブ・エクスプレス展」特別鑑賞会へ行く前に、出光美術館でも観てきた。「祭」っていうタイトルで、どうしようか迷うたんやけど、行って大正解。これもすごくおもしろかった。7月22日まで開催の、出光美術館 「日本の美・発見VII 祭 MATSURI ― 遊楽・祭礼・名所」展。会場の設えからして、お祭ムードいっぱい。入口では、柿右衛門の50cmほどの華やかな色絵狛犬二匹がお出迎え。第1章 の前夜-神が舞い降りる名所「歌舞伎・花鳥図屏風」阿国の踊った「茶屋遊び」を真似た遊女歌舞伎と若衆歌舞伎が左右の隻に描かれてる。まだ野外で行われていたころで、囃子方も3人だけで、三味線はいない。 若衆歌舞伎のほうがかっこええ。それに見物客の前に豪華なお膳が運ばれてて、これがおいしそう。「阿国歌舞伎図屏風」は、桃山時代のと江戸寛永期の2つ。阿国が慶長8年(1603)初めて北野神社境内でかぶき踊演じてる場面。道化役の猿若と「茶屋のおかか」もいる。桃山の阿国さん扮する「かぶき者」は、頭に白い鉢巻きをつけ、刀を肩にかけて凛々しい。寛永のは、覆面をして腕を組んで立ってはる。桃山時代の「祇園祭礼図屏風」は、祇園祭のみを描いた屏風絵では現存最古のものなんやそうや。右隻は旧暦6月7日の山鉾巡行、左隻は旧暦6月14日の神輿渡御の場面。祇園祭は宵山や山鉾巡行が有名やけど、今も7月1日から31日まで1か月にわたって行われるお祭り。山鉾巡行は四条烏丸のほうから鴨川のほうを見てる。今も7月24日に行われる神輿渡御の還幸祭。母衣武者(ほろむしゃ)のパラシュートのような母衣指物(ほろさしもの)、変わり兜(かぶと)、飾り刀など、とっても華やか。いつか見に行きたいなあ。第2章 が都市をつくる-京都 vs 江戸京都のコーナーには祇園祭の提灯。江戸・元和期の「洛中洛外図屏風」の右隻は、四条と五条の間から寺町通(東京極大路)を見てる。五条の橋の下では、裸で泳ぐ人たち。いちゃついてるカップルもいる。左隻は、二条城の前の堀川通を進む神輿の様子。お祭りの様子だけやなく、当時の風俗が垣間見えるのも楽しい。元禄期の祇園祭札図屏風は、現存する最も豪華なものやそうや。後期やったので左隻の展示。これは、三条通りの北から南方向を見てるようや。次は三社祭。こちらも提灯が迎えてくれる。寛永期の江戸名所図屏風では、3月18日の浅草神社(三社権現)舟祭礼と、9月16日の神田明神の神事能「加茂」が一緒に登場。他にも、木挽町周辺で人形浄瑠璃や歌舞伎の芝居小屋、湯女小屋などが描かれてる。寛文から元禄期の江戸風俗図屏風は後期で左隻の展示。夏から秋の様子で、隅田川の花火も見られる。舟の上で手持ちの花火を楽しんでるようや。第3章 の名残-遊楽の庭園寛永期の邸内遊楽図屏風では、ほつれ髪の遊女が色っぽい。菱川師宣の江戸風俗図巻は下巻の展示。土手八丁の日本堤、吉原の大門から揚屋(上屋)町、格子見世、局見世、座敷遊びまで描かれてて、興味深い。台所の様子、そして座敷の大寄(おおよせ)で人々が思いのままに楽しむ光景が描かれている。菱川師平の春秋遊楽図屏風は、右隻が上野寛永寺のお花見、左隻は吉原遊郭の秋模様。寛永期の別の邸内遊楽図屏風では、橋の上に洋犬と遊女もいる。第4章 遊楽prison-閉ざされた遊び伝菱川師宣の浄瑠璃芝居看板絵屏風では、右隻が延宝年間江戸堺町で興行した虎屋小源太夫の「塩屋谷小次郎夜討対決」の場面やそうや。宝暦から明和期の中村座歌舞伎図屏風は、堺町中村座の木戸前を描いてる。かかっているのは「吉例今川状」。でも名前の出てる初代中村松江と中村仲蔵が共演した記録はないので、想像上のものなんやそうや。奥村政信の中村座歌舞伎芝居図屏風はおもしろい。享保16年正月の「傾城福引名護屋」がかかってる。初代瀬川菊之丞の葛城をめぐって菊恋の鞘当を演じてるのは、初代沢村宗十郎の子どもと二代目 團十郎の子ども。江戸後期の化粧道具なども展示されてた。鏡は今でもちゃんと映ってた。期せずして、祇園祭を楽しませてもらうことができた。1日1回のクリックで、募金ができます♪
2012年07月23日
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図書館で借りて読んだ本。ぼくはお金を使わずに生きることにした マーク・ボイル著 吉田 奈緒子訳アイルランドに生まれ、ブリストルに暮らす29歳の著者が、2008年の「国際無買デー(11月29日)」から1年間お金を一切使わずに暮らした様子がつづられてる。彼はアイルランドの大学で経営学と経済学を学び、イギリスに渡りオーガニック食品業界で6年間働いてる。ビーガン(Vegan 乳製品や卵も食べない純粋菜食主義者)で、フリーガン(Freegan 反資本主義・反消費社会のスタンスから、賞味期限が切れる・売れ残るなどして路上に捨てられたものから、食べ物を得る人々)、パーマカルチャー(Permaculture 農業を軸とした、持続可能なライフスタイル)の信奉者でもある。フリーガン不用品交換サイトで入手したトレーラーハウスを、ブリストル近郊のラドフォードミル農場の片隅に置かせてもらって住居とする。その農場で1日9時間、週3日働くことで、タダで駐車させてもらう。農場で採れたカラス麦やライ麦などの穀物、豆などは、バーターでもらうこともでき、敷地内には無線LANが設置されているので、これも利用できる。トイレは、穴を掘って埋めていくコンポスト方式。廃材を利用して作られた薪ストーブと太陽光発電のソーラーパネル、ソーラーシャワー(厚手の黒いビニール袋の底にホースがついてるだけのもの)は、事前に安く購入。調理用のロケットストーブ(業務用のオリーブ缶2つと送気管で手作り)も無償で譲ってもらえた。交通手段は、リヤカー付きの自転車。食料は、自然界からの採集やスキッピング(ゴミあさり)で入手する。キノコで紙とインクを作ったり、歯磨きは、野生のフェンネルシードと浜に打ち上げられたイカの甲をひいて粉にしたものを使ったり。歯ブラシは友だちがスーパーのゴミ箱からが拾ってきたパッケージに水濡れがある70本入りのパック。石けんは、地元の閉店したエコグッズ屋から「採集」してくたソープナッツ(ムクロジ)を煮詰めて作る。夜には30キロ離れた街での会合にも自転車で出かける。クリスマスに実家のあるアイルランドに帰省するときは、現地テレビ局の取材を受け、飛行機は断りフェリーのチケットだけをもらい、後はヒッチハイクで。冬はトレーラーハウスに住み着いたハツカネズミの巣作りのため、寝不足に。こんな生活をしてれば、やせ細りそうやけど、1年で12キロも体重が増加したそうや。ある夏の食事は、朝食採集したイラクサとヤエムグラのお茶、または栽培したミントティー。農場とのバーターで入手したオートミールに、採集したブラックベリー、ラズベリー、ヘーゼルナッツ。ブランチ栽培したリンゴ、ブドウ、レモンバーベナ茶、廃物利用(ゴミ箱から回収)のバナナ・スムージー昼食全粒ライ麦パン(バーターした麦粒を手回しミルで粉にして窯焼き)または廃物利用の全粒小麦パン、廃物利用のマーガリン、もやし(バーターした穀物や豆類を自家発芽させたもの)、栽培したルッコラ、レタス、トマト、ビーツの葉、からし菜、ラディッシュ、チャード、さやいんげん、さやえんどう、玉ねぎ、紫ブロッコリー、ワケギ、ピーマン、きゅうりなど夕食じゃがいも・とうもろこし・ズッキーニ・ブロッコリー・ニンジン・ビーツ・パセリなど(栽培してロケットストーブでゆでたり蒸したもの)、ライ麦(バーターしたものを米のように炊く)、廃物利用の豆腐を炒めたもの、廃物利用のレンズ豆デザート地元のカフェの残り物のビーガン・チョコレートケーキドリンク栽培・自家製のリンゴ酒、エルダーフラワー・シャンペン(採集および廃物利用の材料で自家製)、自家製リンゴジュース、栽培したペパーミント茶、ビール(採集および廃物利用の自家製)秋には、キノコや木の実なども採集してる。1年間で具合が悪くなったのは、食中毒を起こした5月初めの時。数日トレーラーハウスに置いてあったパンに黒カビが生えているのに気づかず食べ、3日間苦しんだそうや。1年間の実験は無事終了するが、著者が悩んだのはその後どうするのかということ。このままカネなし生活を続けるのか、元の生活に戻るのか、それとも・・・。この本の出版契約をすませていたため、印税が入ることになっていた。著者は、彼の主宰するフリーエコノミー・コミュニティ(お金を介在せずに、技術、道具、空間を分かち合い、環境負荷の少ない、地域社会の中での自給をめざした暮らし)のモデルビレッジを現実に築く土地を購入するため、信託基金を設立する道を選ぶ。フリーエコノミー・コミュニティーのウェブサイト(justfortheloveofit.org)によると、167カ国41,386人が参加し、510,446種類のスキルと、105,034個の道具と 643箇所の空間をシェアしているそうや(2012年7月30日現在)。the freeconomy community私の価値観が古いのかもしれんけど、スキッピング(ゴミあさり)で物を入手しながら、理想を追うというのは、なんだか現実に寄生してるように感じる。無駄に捨てられて廃棄コストがかかるよりは、必要とする人が利用したほうが社会的にええとは思うけどでも、1人の実際の行動が、多くの人を動かす様子は興味深い。この本は、10の言語に翻訳され、14か国で刊行が決まってるそうや。印税がいっぱい入ったかな。1日1回のクリックで、募金ができます♪
2012年07月22日
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5月始めに蒔いた種から、育ちつつある新顔2つ。フランスのイチゴの種 DES 4 SAISONSは、以前いただいたもの。すごく香りがいいイチゴができるみたいで楽しみ。月桃は、昨年12月に行った西伊豆のかいとく丸でもろてきた種。東京でもちゃんと発芽するんやなあ。これもどこまで育つか楽しみ。1日1回のクリックで、募金ができます♪
2012年07月21日
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エジプト帰りの私には、とっても興味深い展覧会の、青い日記帳×森美術館「アラブ・エクスプレス展」特別鑑賞会。日本で初めてアラブの現代美術に焦点を当てた企画で、アラブ諸国のアーティスト34組を紹介、男女比はほぼ半々。掲載ルールを守れば、写真撮影も可能。セクション1:日々の生活と環境アラブの日常生活を垣間見ることができる。モアタッズ・ナスル 「カイロ・ウォーク」エジプトのアレキサンドリア生まれ、カイロ在住の作家。カイロの猥雑で活気ある日常の1コマ撮った作品。アマール・ケナーウィ 「羊たちの沈黙」カイロの路上を10数人が羊のように四つん這いになって群れをなし練り歩くパフォーマンスの記録映像。カイロ生まれ、在住の作家本人(女性)も羊飼いの役で参加し、おじさんに、「これがアートなのか」「市民への侮辱だ」ととがめられてる場面も映ってる。彼女は治安を乱したと数日警察に拘束され、その約1年後にエジプトで民主化運動が始まった。カイロで現地ガイドのハマちゃんが、選挙前までは言いたいことも言えなかったたっていうてたから、これだけのことをするのはすごいことやなあ。ルラ・ハラワーニ 「親密さ」エルサレムでパレスチナ人家庭に生まれ、エルサレムに在住する女性。パレスチナ人は、カランディヤの街から職場や学校があるエルサレムへ行くたびにカランディヤの検問所を通過するため長い行列に並ばされ、イスラエル兵士に身分証明書、持ち物を調べられ、ボディチェックを受ける。それが日常やとは、せつない。リーム・アル・ガイス 「ドバイ:その地には何が残されているのか?」アラブ首長国連邦ドバイ生まれ、在住の女性。経済発展によって急速に変化し続けるドバイをテーマにした作品。アトファール・アハダース 「私をここに連れて行って:想い出を作りたいから」レバノンのベイルートで結成された男性3人のグループ。レバノンでは、特殊効果を施す写真スタジオが人気なんやて。ここまでされると、映ってる人間まで作り物に見えてしまう。マハ・ムスタファ 「ブラック・ファウンテン」イラクのバグダード生まれ、カナダ/スウェーデン在住。高さ2メートル以上ある黒い水の噴水の向こうに、東京の夜景が浮かぶ。1991年の湾岸戦争時、クウェートの油田地帯が爆破され、燃え上がる炎と煙が近隣諸国に「黒い雨」を降らせ、作家はイラクでそれを浴びたそうや。ムハンマド・カーゼム 「ウィンドウ 2003?2005」 ドバイ生まれ、在住の作家。ドバイに建てられた超高層ホテルのビルができるまでの写真や映像。ドバイの人口の7割は移民が占めるそうや。建設に従事する出稼ぎ労働者たちの姿や、ビルが高さを増していく様子、できあがったホテルとそのスタッフなど、さまざまな角度の写真。数字は、ホテルの緯度・経度と撮影が終了した際の日時やそう。セクション2:「アラブ」というイメージ:外からの視線、内からの声アラブに対するステレオタイプな見方を考えさせられる。アハマド・マーテル 「マグネティズム」サウジアラビアのタブーク生まれ、アブハ在住で、医者とアーティストを兼業するイスラム教徒の作家。立方体の磁石とそれに引きつけられる無数の鉄粉の写真は、イスラム教の最高の聖地であるメッカのカアバ神殿への巡礼の様子を思わせる。ジャナーン・アル・アーニ 「シャドウ・サイトI」イラク生まれ、イギリス在住の作家。砂漠を空撮した映像が続く。砂漠といえば空白地帯だという先入観があるけど、まるで遺跡のように見える基地が点在してる。ファイサル・サムラ 「壁の向こう側の他者」バーレーン生まれ、サウジアラビア国籍。バーレーン、サウジアラビア、パリ在住作家。壁に穴が開き、作家自身が演じるアラブ人らしき人物が浮かびあがる。顔を鏡で覆っているので、顔を見ようとしてもカメラのレンズが写るだけ。アラブ人に対するステレオタイプな見方を拒否してるようや。シャリーフ・ワーキド 「次回へ続く」パレスチナ人の両親のもと、ナザレで生まれ、パレスチナとイスラエル在住の作家。銃を前にした男が語り続ける映像は自爆テロ遂行直前の犯行声明のよう。でも、語り手は有名なパレスチナ人俳優で、読みあげているのは古典文学「千夜一夜物語」。オライブ・トゥーカーン 「(より)新しい中東」米国ボストン生まれ、ニューヨーク在住の作家。中東地域の地図が分解され、各国の形をした白い小片が並んでる。それをパズルのように並び変えて、新しい地図をつくろうという作品。ただし、パレスチナの領土だけは壁に固定されてる。各国の境界図には、ラルフ・ピーターズ氏が提案する「新国境」が重ね合わされてる。台湾から来た若者3人と一緒になって、バラバラの地図を元通りに戻してしもた。パズルって、バラバラにするよりカチッとはめ込んでいくほうがおもしろいんやもん。アーデル・アービディーン 「 アイム・ソーリー」イラクのバグダード生まれ、フィンランドのヘルシンキ在住の作家が、イラク戦争中の2003年に米国旅行時、彼がイラク人であることを知ると出会った人々が口々に「I’m Sorry」と声をかけたそうや。彼は、イラクへの米兵出兵の謝罪なのか、悲惨な状況に同情しているのか釈然としなかったという。「I’m Sorry」が派手に点滅する星条旗の3色で彩られ、明るく光ってた。その横には「I’m Sorry」金太郎飴が置いてあり自由に1個もらえる。マハ・マームーン 「ドメスティック・ツーリズム II」米国生まれ、エジプトのカイロ在住の作家。1950年代から2000年代のエジプト映画の中から、ピラミッドが登場するシーンだけを選んでまとめた映像。エジプト人にとってピラミッドはシンボルであるとともに、生活の一部ということを示したかったそうや。セクション3:記憶と記録、歴史と未来「記憶と記録」に焦点を絞った作品が展示されてる。アブドゥルナーセル・ガーレム 「道」サウジアラビアのハミース・ムシャイト生まれ、在住。1982年サウジアラビア南西部の村が豪雨に襲われ、村人たちは完成して間もない橋の上に避難したけど、橋もろ共に鉄砲水に流されてしまった。長年放置されたままの橋の残骸を見つけた作家は、この橋にアラビア文字で「道」という字を無数に書くパフォーマンスをし、報道されず封印されてたこの事件を掘り起こした。ハラーイル・サルキシアン 「処刑広場」シリアのダマスカス生まれ、ダマスカスとロンドン在住の作家。14枚の写真は、シリアのアレッポ、ラタキア、ダマスカスの三都市に現存する、実際に公開処刑が行われた広場を撮影したもの。公開処刑は明け方に執行されることが多く、撮影も同じ時間帯に行われたという。ジョアナ・ハッジトマス&ハリール・ジョレイジュ 「戦争の絵葉書(「ワンダー・ベイルート」シリーズより)」レバノンのベイルート生まれ、ベイルートとパリ在住の作家。ラックに、18種類の絵葉書が入れてある。中東のパリといわれる美しい町ベイルートを、1960年代にベイルートの写真家アブドゥッーラ・ファラハが撮影した写真は、おみやげ用の絵葉書に使われてた。1975年に勃発したレバノン内戦中、ファラハは自身が撮影した場所が爆撃されるたびにネガの該当部分を燃やし、戦後、作家の二人がこれを再び絵葉書にしたものを作品にした。好きな絵葉書を1枚持ち帰ることができる。ハリーム・アル・カリーム 「無題1(「都会の目撃者」シリーズより)」イラクのナジャフ生まれ、ドバイと米国デンバー在住。彼はフセイン政権を逃れ、3年間イラクの砂漠の洞窟に身を隠していた経験がある。口はふさがれていても、女性の目は強い眼差しで訴えかけてる。ゼーナ・エル・ハリール 「平和が惑星を導き、愛が星の舵をとる」ロンドン生まれ、レバノンのベイルート在住の女性。2006年のイスラエルによるレバノン侵攻時にイスラエル軍用機から投下されたビラをもとにしてる。ビラにはシリアのアサド大統領、パレスチナのハマームの指導者ハーリド・マシャアル、イランのアフマディーネジャード大統領、そして彼らに踊らされるレバノンのヒズブッラーの指導者ハサン・ナスルッラーが風刺的に描かれてた。彼女はビラと同じ人物構図を用いて、レバノンに混乱をもたらした政治家たちを、ビーズやスパンコール、羽や布で飾りつけられたポップな作風で、国民の夢を叶えるイメージに変化させてる。こういうメッセージの伝え方、好きやなあ。スハ・ショーマーン 「神の御名において止めよ」エルサレムでパレスチナ人家庭に生まれ、ヨルダンのアンマン在住の女性。ユダヤ教、キリスト教、イスラム教という3つの一神教が唱える「寛容さ」とは対照的な、紛争、テロ、暴力、死が延々と繰り返される悲劇的現実をモーツアルトのレクイエムをBGMにして描く。旧約聖書、新約聖書、コーランの言葉や祈りの場面も挿入されてる。ユダヤ教を起源とするキリスト教とイスラム教なんやから、兄弟みたいなもんやろうに。多神教の他人とは違うて兄弟やからこそ、けんかするんかなあ。エブティサーム・アブドゥルアジーズ 「リ・マッピング」アラブ首長国連邦シャルジャ生まれ、ドバイ在住の女性作家の立体作品。これもおもしろかった。まず、国名のアルファベットにA→1、B→2、・・・Z→26と、1から26の数字を対応させ、二つの数字を対にし、座標平面に一つの点としてプロットし、点と点をつなぎ、得られた図形を各々の国として配置し新地図とする。その国の美術館やギャラリーの数など美術の活況度によって各国の高さ決められてる。アハマド・バシオーニ 記録映像「30 日間同じ場所で走り続けて」カイロ生まれの作家は、2011年エジプト1月25日革命のとき、カイロのタハリール広場の反政府デモに参加中狙撃されて亡くなった。透明な部屋の中で、ビニール製の服を着た作家が1日1時間走る行為を30日間続ける。服にはセンサーがつけられ、データー化された発汗量や歩数がスクリーンに投影されてる。この間通ったあの広場で実際に亡くなったアーティストの作品を観るのは、つらい。「アラブ・ラウンジ」の床には「アラビア数字で見るアラブ」の円が貼られてる。それぞれの円の大きさは各国の人口に比例し、色の面積は各国の国旗に使われてる色の比率に基づいてるそうや。エジプト・アラブ共和国(エジプト)は、世界一高い墓 146m クフ王のピラミッドの高さ、189cm/138kg 初のエジプト人力士「大砂嵐」(2012年デビュー)の身長と体重、ナツメヤシ生産高の世界順位 1位、国土面積 日本の2.6倍 などの数字があった。アラブ関係の書籍もいろいろあって、楽しそう。おみやげの、「I’m Sorry」金太郎飴は甘くておいしかった。ベイルートの絵葉書は、レバノンの世界遺産バールベックをバックに水を運ぶ女性二人。2006年8月バールベックにある病院をイスラエル軍空挺部隊のヘリコプターが襲撃し、子ども4人を含む19人が死亡してる。この展覧会、多くの人、特に子どもや学生さんに観てもらえれるとええなあ。2012年6月16日から10月28日までアラブ・エクスプレス展:アラブ美術の今を知る帰りに、東京シティビューも駆け足で。東京タワーのライトアップが、ダイヤモンドヴェール「アクアブルー」やった。1日1回のクリックで、募金ができます♪
2012年07月20日
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ヤマトタケルを観た後、新橋演舞場からブリヂストン美術館まで歩いていった。「ドビュッシー、音楽と美術 ― 印象派と象徴派のあいだで」展を7月14日から10月14日まで開催してる。クロード・ドビュッシーの生誕150年を記念して、オルセー美術館、オランジュリー美術館との日仏共同企画で実現した展覧会。美術館で音声ガイドを使うことはめったにないんやけど、今回は音楽付きということやので500円で借りることにした。音声ガイドのプロローグで流れるのは、交響詩「海(La mer)」より 「海の夜明けから真昼まで(De l'aube a midi sur la mer)」(演奏: NBC交響楽団 指揮:アルトゥーロ・トスカニーニ(Arturo Toscanini) 録音:1 June 1950, New York)この曲を耳にすると、期待が高まっていく。第1章「ドビュッシー、音楽と美術」で、 ドビュッシーさんの写真や肖像画を拝見し、第2章「 《選ばれし乙女》の時代」へ。ドビュッシー初期の代表作「選ばれし乙女」は、画家でもあり詩人でもあったロセッティの詩「選ばれし乙女」に共感して作曲されたものやそうや。エドワード・バーン=ジョーンズ 「王女サブラ」にあわせて音声ガイドから流れるのは、「管弦楽のための夜想曲( Nocturnes) 」より「雲(Nuages)」(演奏:ボストン交響楽団 指揮:ピエール・モントゥー(Pierre Monteux) 録音:15 August 1955, Boston Symphony Hall)音源は、1900年代の古い音源を使用してるそうや。第3章は、「美術愛好家との交流-ルロール、ショーソン、フォンテーヌ」。アンリ・ルロールは画家、エルネスト・ショーソンは作曲家、アルチュール・フォンテーヌは高級官僚で、いずれも美術愛好家であり、ドビュッシーの支援者でもあったそうや。彼らとの交流を通じて、ドビュッシーは、ドガ、ピュヴィ・ド・シャヴァンヌ、カリエール、ヴュイヤール、ロダンらの作品に関心を抱くようになったという。チラシに使われてる作品、ピエール=オーギュスト・ルノワールの「ピアノに向かうイヴォンヌとクリスティーヌ・ルロール」で流れる曲は、「子供の領分(Children's Corner)」より「 グラドゥス・アド・パルナッスム博士(Doctor Gradus ad Parnassum)」(演奏:セルゲイ・ラフマニノフ(Sergei Rachmaninov) 録音:21 January 1921, Camden)第4章「 アール・ヌーヴォーとジャポニズム」では、ドビュッシーの愛蔵品も展示されてる。交際していたこともあるドカミーユ・クローデルの「ワルツ」は、ドビュッシーが終生ピアノのそばに置いていたそうや。ガレの「たまり水」の説明では、「ボードレール、マラルメ、メーテルリンクに影響を受けたガレは、ドビュッシーに似てる」と言ってたような。日本の木製の蛙の文鎮には、「ペレアス」に登場する目の不自由なアルケル王の名をつけ、旅行のときにも持っていくほど生涯愛用してたという。葛飾北斎の冨嶽三十六景「神奈川沖浪裏」や弥勒菩薩、僧座像も部屋に飾ってたそうや。第5章 「古代への回帰」では、エジプト新王朝時代の「カノーポスの壺」や古代ギリシアの「ピリティス」も展示。1892年にギリシャでデルフィの神殿や祭壇の発掘調査が始まり、その当時は古代ブームやったらしい。説明に流れる曲は、「牧神の午後への前奏曲(Prelude a l'apres midi d'un faune) 」 (演奏:コンセール・ラムルー管弦楽団 指揮:Paul 録音:1922, Paris)第6章「 《ペレアスとメリザンド》」では、ストーリー紹介で流れる曲が、歌劇「ペレアスとメリザンド(Pelleas et Melisande)」第3幕より「わたしの長い髪が(Mes longs cheveux)」。これはなんと1904年録音のドビュッシー自身のピアノ演奏で、歌はメアリー・ガーデン。第7章「《聖セバスチャンの殉教》《遊戯》」があって、第8章「美術と文学と音楽の親和性」では、私の大好きなルドンの作品が5点あった。ドビュッシーもルドンの大ファンやったそうや。第9章「霊感源としての自然-ノクターン、海景、風景」では、モネの「嵐、べリール」と「雨のべリール」にあわせて、「映像第1集(Images, Book 1)」より「水の反映(Reflets dans l'eau)」(ピアノ:アルトゥール・ルービンシュタイン(Arthur Rubinstein) 録音:11 January 1945, Hollywood)第10章「新しい世界」では、シニャック、マティス、ヴラマンク、モンドリアン、クレー、カンディンスキーの作品が展示されてた。コレクション展も2室あった。とっても興味深い展覧会やった。ドビュッシー、音楽と美術 Debussy ドビュッシー / Album Debussy-the Composer & His Performers1日1回のクリックで、募金ができます♪
2012年07月19日
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新橋演舞場でヤマトタケルを観る前に、遅い朝ごはんというか早いお昼ご飯。よもだそば銀座店で、朝カレー定食380円、それに特大かき揚げ120円をお連れさんと半分ずつ。朝定食は11時まで食べることができる。本格インドカレーがスパイシーでびっくり。「よもだ」って、愛媛県松山地方の伊予弁で、親しみを込めて「しょうがないねぇ」「なんだか憎めない」という苦笑いのユーモアを交えて愛されている言葉なんやそうや。よもだそばそれから、前日にオープンした広島ブランドショップTAU(たう)へ。「たう」は広島弁で「届く」という意味やそうや。オープニングプレゼントの記念品をくれはった。熊野筆の携帯用リップブラシとキーボード用のブラシ、アルミの名刺ケース、冊子「パッチョ物語」。1階の特産品コーナーで、歌舞伎のおやつを物色。もみじ饅頭も「藤い屋」「やまだ屋」「にしき堂」、高津堂の「紅葉形焼饅頭」があったと思う。もみじ饅頭と因島はっさく屋の「はっさく大福」を買うてみた。この「はっさく大福」がすごくおいしかった。白あんのお大福の中に、生のはっさくの実がそのままゴロンと入ってる。甘酸っぱくてジューシー。これで130円なんやからうれしくなる。因島はっさく屋広島ブランドショップ tau1日1回のクリックで、募金ができます♪
2012年07月18日
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先月に続いて、今月もヤマトタケル。まったく同じ内容やとは聞いてたけど、再見。口上だけが少し違った。中車さんは、新猿之助さんを、父とし、師として精進していくと言うてはった。がんばりすぎて、声が少し枯れてはった。ヤマトタケルを観るのは3度目。熊襲兄弟タケルやヤイレポとヤイラム兄弟のほうが、ヤマトタケルよりなんか心惹かれる。熊襲の新宮での場面は、にぎやかで楽しい。ワカタケルの團子くんは、ますます存在感を増してた。笑也さんの兄橘姫が、素敵なお母様。笑三郎さんの倭姫も上品で魅力的。右近さんのタケヒコも月乃助さんの帝の使者もかっこええ。歌舞伎座のビルは、高層タワーの部分はもうだいたいできたのかな。この週の歌舞伎座工事の作業工程は、「地上躯体工事 地下躯体工事 諸機資材搬出入有、コンクリート打設」で、土曜日まで同じ。日曜日にも「トレーラーによる資材搬入、仮置」があって、先々月、先月と変わりなし。夜間作業工程は、「トレーラーによる資材搬入、仮置」で、日曜も同じに。歌舞伎座 建替え現場から七月大歌舞伎 昼の部スーパー歌舞伎 三代猿之助 四十八撰の内 ヤマトタケル 小碓命後にヤマトタケル/大碓命: 亀治郎改め猿之助 帝: 中車 タケヒコ: 右近 ワカタケル: 初舞台 團子 兄橘姫/みやず姫: 笑也 弟橘姫: 春猿 老大臣: 寿猿 ヘタルベ: 弘太郎 帝の使者: 月乃助 倭姫: 笑三郎 熊襲弟タケル/ヤイラム: 猿弥 尾張の国造: 竹三郎 皇后/姥神: 門之助 熊襲兄タケル/山神: 彌十郎1日1回のクリックで、募金ができます♪
2012年07月17日
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シタデルのムハンマド・アリ・モスクを外から見たとこまで書いた、15日間のエジプト・トルコ大周遊モニターツアーの2日目、6月21日。ツアーバスは、7:45にムハンマド・アリ・モスクを出発。カイロの市街地を通って、エジプト古代博物館へ向かう。世界最大級のイスラム建築であるガーマ・スルタン・ハサン(Mosque-Madrassa of Sultan Hassan)とその横に立つガーマ・リファーイー(Al-Rifa'i Mosque)。ムハンマド・アリ通りをイスラム芸術博物館(Museum of Islamic Art)まで行って左折。地下鉄ムハマドナギーブ(Cairo Metro Muhammad Naguib)駅を過ぎ、棚にたくさんのパンが並ぶパン屋さん。有名なタフリール広場とカイロの合同庁舎「モガンマア」。タフリール市内バス乗り場にもなってるアブドゥル・ムヌイム・リヤド(Abdul Munim Riad)広場の奥には、ラムセス・ヒルトンも見える。15分ほど、8時過ぎにエジプト古代博物館の前に到着した。15日間のエジプト・トルコ大周遊モニターツアーの旅、続く。1日1回のクリックで、募金ができます♪
2012年07月16日
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胃カメラで異常がないとわかると、途端に食欲増進。いつも通り、だんな様は4500円のヴァリエ、私は6500円セゾンのコース。飲物は、だんな様はカンパリソーダ890円、私は赤のグラス、ブルゴーニュ シャトー シサック 1320円。野菜のピクルスと自家製パンに豚肉のリエットはいつも通り。前菜は2品。1品目、だんな様は一口だけパテ・ド・カンパーニュ私は、ウニとホタテのタルタル グレープフルーツのジュレ 焼きカリフラワーのムース2品目、だんな様は自家製スモーク桜マス 北海道雪の下ジャガイモ添え ハーブドレッシング私はイワシとジャガイモのクレープ ベーコンのカプチーノ トリュフ風味だんな様の本日のスープは、焼とうもろこしの冷製スープ私の魚は、北海道産カスベ(エイ)のムニエル ツルムラサキ添え蜂蜜とレモンのグラニテで口直し。だんな様は魚で、真鯛のクミン風味ポワレ ハーブとトマトのソース私の肉料理は、黒毛和牛ランプ肉のステーキ エシャロットソースだんな様のデザートは、ペリカンマンゴーのテリーヌ私は、伝統菓子シリーズ 第5弾 ラム酒風味のサヴァラン飲物はコーヒーとカプチーノ全部で、13,870円。今回は魚と野菜を満喫した。カレー500円もわけてもろた。1日1回のクリックで、募金ができます♪
2012年07月15日
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ギザのカタラクト ピラミッズ リゾート (Cataract Pyramids Resort) で朝ごはんだけ食べた、15日間のエジプト・トルコ大周遊モニターツアーの2日目、6月21日。ツアーバスは7:15にホテルを出発。リング・ロードを通ってカイロ市内にあるムカッタムの丘へと向かう。古代エジプトの話はまた後にして、エジプトの近現代史を簡単におさらい。歴史は昔から苦手。記憶力がよくないので、人の名前、年代などがなかなか覚えられない。でも実際に海外を旅して、その遺跡を目にすると、当時のことをもっと知りたくなる。エジプトは、ペルシア、マケドニア(アレクサンダー大王)、ローマ帝国、東ローマ帝国(ビザンチン帝国)、イスラム帝国、オスマン帝国などに支配されてきた。1169年カイロにアイユーブ朝の政権を確立したサラディン(サラーフッディーン)が、1187年ハッティンの戦いで十字軍国家「エルサレム王国」を奪回したこともあった。1798年フランスのナポレオン・ボナパルトによるエジプト遠征が始まる。1801年にフランス軍が撤退し、混乱するエジプトをまとめて、近代国家への道を開き、オスマン朝からの独立を果たしたのが、ムハンマド・アリ。彼はエジプト人ではなく、オスマン帝国がエジプトに派遣したアルバニア人部隊の将校の一人。1805年にムハンマド・アリ朝が誕生する。1882年にはイギリスに支配され、第一次世界大戦中の1914年からはイギリスの植民地となるが、1922年にはエジプト革命によって独立が認められエジプト王国になる。1953年にナセル率いる「自由将校軍」によるクーデターで、エジプト人による国家、エジプト共和国が誕生する。1958年シリアとの合併でアラブ連合共和国となり、1961年にシリアが連合を離脱したものの、1971年まで連合共和国を名乗り、1971年に改称し、現在に至るのがエジプト・アラブ共和国(通称:エジプト)。共和政時代の大統領は、初代(1953年~1954年)ムハンマド・ナギーブ 第2代(1954年~1970年) ナセル(ガマール・アブドゥル=ナーセル)第3代(1970年~1981年) サダト(アンワル・アッ=サーダート) 1978年エルサレムを訪問し中東和平へ貢献したことで、当時のイスラエル首相ベギン氏と共にノーベル平和賞を受賞第4代(1981年~2011年) ムバラク( ホスニー・ムバーラク)第5代(2012年~) ムルシー(ムハンマド・ムルシー)ムカッタムの丘の麓は巨大な墓地なんやそうや。ムスリム(イスラム教徒)は、もちろん土葬。 20分ほどで、シタデルの観光バス用の駐車場(たぶん)に到着。ムカッタムの丘には、サラディン(サラーフッディーン)が対十字軍の拠点として1176年に建てたシタデル(The Citadal 城砦)が残ってる。今も残ってる城砦の塔は、ほとんどがサラディンの時代の12世紀のものやそうや。シタデル内に入れるのは8時。30分早いので、観光客はまだほとんどおらん。城砦越しに見るムハンマド・アリ・モスクは、イスタンブールのブルーモスクをモデルにムハマド・アリが1824年から造り始め、完成したのは50年後の1857年、息子の代やったそうや。ムハンマド・アリの時代まで、ここがカイロの政治の中心地で、城砦も実際に使われてたそうや。残念ながらこのツアーでは中に入ることはできず、その壮麗な姿を眺めるだけやった。軍事博物館は、1827年に建てられたモハメッド・アリの住居兼ハーレムやったところを利用してるみたいや。いつかシタデルの中にも入ってみたいなあ。駐車場周辺の売店が開店準備を始めてた。ニセパピルスや絵葉書などの土産物を売る人が、猛攻撃をかけてくる。買う気がない私には寄って来はらへんけど、ちょっとでも関心を示すと5個千円、10個千円とうるさい。粘ってるとどんどん安くしていく。反対側には、カイロ郊外の景色が広がってた。15日間のエジプト・トルコ大周遊モニターツアーの旅、続く。1日1回のクリックで、募金ができます♪
2012年07月14日
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エジプト・トルコの旅行から帰ってきた翌日、ちょっと気になってたので近所の胃腸器科を受診した。そしたら行ってきた国が国だけに、胃カメラの検査まですることに。抗生物質 シプロキサン状00mg 5日分整腸剤 ラックビー微粒N1% 5日分胃液の消化力から胃腸粘膜を保護する アルサルミン細粒 90% 14日分胃酸分泌を抑制する パリエット錠20mg 14日分を処方された。そして、今日が胃カメラ検査の日。ここでは以前にも胃カメラを飲んでて、痛みもなく楽やったので、安心して受けられる。薬が効いたのか、検査の結果は軽い胃炎だけでなんともなかった。下痢性大腸菌やカンピロバクターの検査でも陰性。たいしたことなくて、よかった。ちょうど、そろそろ胃カメラの検査をせなあかんなあと思うてた時期やったし。この先生は、水道水が飲めない国、緯度が20度以下の地域へは行きたくないそうや。今回の医療費、10,000円ほどかかったけど、クレジットカード付帯の海外旅行保険の対象になる。楽天プレミアムカードやと、保障内容 保険金額(傷害)死亡保険金 5,000万円(最高2,000万円)(傷害)後遺障害保険金 最高 5,000万円(最高2,000万円)傷害治療保険金 最高 200万円(同じ)疾病治療保険金 最高 200万円(同じ)賠償責任保険金 最高 2,000万円(同じ)携行品損害保険金 1旅行中 最高20万円(免責金額3,000円)(同じ) 救援者費用保険金 最高 200万円(同じ)( )内は一般カード保障内容は、プレミアムでも一般のカードでもあまり変わらへんねんなあ。一般カードの場合は、旅行代金をカード決済してないと、海外旅行傷害保険が付帯されない。もっとも、自宅から成田空港までの成田エクスプレスやリムジンバス、タクシーの代金だけをカード決済しても旅行代金とみなされ保険が付帯される。補償期間は、日本を出発してから3ヶ月後の午後12時までの旅行期間。プレミアムカードの場合、旅行をするだけで自動付帯となり、日本出国の前日から入国の翌日までの最長90日間補償される。疾病治療保険金は、旅行期間中に発病または原因が発生し旅行行程終了後72時間以内に医師の治療を受けたときに、 最初の治療日から180日以内に要した費用(実際に支出された金額で、病院までの交通費も含まれる)を、請求すれば支払ってくれる。書類書くのが、ちょっとめんどうやけど。1日1回のクリックで、募金ができます♪
2012年07月13日
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ガイドのハマちゃんの話を興味深く聞いているうちに、5時45分ごろカタラクト ピラミッズ リゾート (Cataract Pyramids Resort) に到着した。15日間のエジプト・トルコ大周遊モニターツアーの2日目、6月21日。ここはツアー14日目に泊まるホテルで、この日は朝ごはんだけ食べに来た。ロビー棟には、フロントとお土産物やさんがあった。フロントで聞くと、ホテルのロビーではWi-Fi が無料で使えるそうや。PCもあるけど、今は故障してるとのこと。ロビー棟を抜けると、いかにもリゾートホテル。ブーゲンビリアが咲き、椰子の木が並ぶ広い敷地に、コテージや宿泊棟が点在してる。レストラン棟が朝ごはんの場所で、ビュッフェ形式。その場でコックさんが作ってくれるオムレツ、レッドキドニー(赤インゲン豆)の水煮、マカロナ(細切れスパゲティのトマト煮みたいなの)、ベークド・トマト、ジャガイモのロースと、チーズ、ハム、オリーブ、キュウリ、レタス、トマトなどのカット野菜、お粥、パン、パンケーキ、カットフルーツはメロン、グレープフルーツ、オレンジなど。添乗員さんから、くれぐれも生水、生野菜には注意するようにと言われてるので、食べられる物は限られてくる。パプリカ、玉ねぎ入りのオムレツを焼いてもろて、チーズ、オリーブ、豆の水煮、ベークド・トマト、ジャガイモのロースト、マカロナ、お粥を選んだ。お粥ってほんまに、白米を水煮したようなの。これはアジア客向けなんやろうか。プールサイドのテラスで優雅にお食事と思うたら、すぐにハエが飛んできた。食後に中の席で、紅茶を飲む。レストランのトイレは2つしかなく、そのうち1つは水が流れへん。早々にフロント棟へ戻って、出発時刻の7時15分まで日焼け止めをたっぷり塗ったり、虫よけスプレーを全身にかけたりしてゆっくりしてた。このホテルは、午前中にピラミッドや遺跡を見学、午後はのんびりとプールで泳いだり、部屋でくつろいだりと3、4日以上滞在する人にはええのかもしれん。でも、部屋の設備は古いし、まわりにはお店もなさそうやし、宿泊棟は迷路のようになってるし、荷物は自分で部屋まで運ぶのに段差は多いし、蚊はいるし、自分でお金払うのならあまり泊まりたくはない。エジプとの蚊は強烈で、刺されると1週間ほど腫れが続く人もおるそうや。昼の蚊なら痒いだけですむけど、夜の蚊はマラリアを媒介するハマダラカかもしれんので要注意。このあたりは住んでる人が少なそうやので、デモやテロなどのことを考えて安全を第一に選ばれてるのかもしれんけど。15日間のエジプト・トルコ大周遊モニターツアーの旅、続く。1日1回のクリックで、募金ができます♪
2012年07月12日
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朝5時にカイロ国際空港から、阪急さんが契約してる中国宇通客車製のブルースカイトラベルのツアーバスが出発した。ツアーに参加すると、現地のガイドさんの話が楽しみ。エジプトでのガイドは、アハメッドさん。現地の人の発音だとハムドゥに聞こえるので、通称ハマちゃん。日本語がぺらぺらで、敬語もちゃんとつかいこなして、笑顔が素敵で、駄洒落も豊富、ていねいでわかりやすい説明をしてくれる物知りなハマちゃん。ハマちゃんが担当で、ほんまによかった。みんなからハマちゃん、ハマちゃんと慕われてはった。ドラーバーはモシンさん、ガイドのアシスタント(見習いさん)はモハメッドさん、ツーリストポリスはデイアーさん。宇通のバスは一応トイレ付やけど、使ってないようやった。だだっ広い敷地の中に、カイロ国際空港の第1、第2、第3ターミナルがあって、エジプト航空とスターアライアンスメンバーの航空会社は2009年4月にできた第3ターミナル、それ以外の航空会社は第1、第2は改修中のようや。カイロ市内の渋滞はすごいそうで、カイロ外縁を結ぶ環状線(リング・ロード)を通ってギザへ向かう。6月21日のカイロの日の出は4:54、日没は18:59。リング・ロードから見るカイロ郊外が朝日に染まっていく様子が美しい。ハマちゃんがまず興奮気味に、実はこの日(6月21日)がエジプトの大統領選挙の決選投票の結果発表の日やったけど、両陣営から選挙違反の疑いの申し立てがあって発表が延期されたことを話してくれた。ハマちゃんによると、軍出身でムバラク前大統領に近いシャフィーク元首相は人気がない。ムスリム・ブラザーズ(ムスリム同胞団)のモルシー氏は人気がある。彼が51%の票を獲得しているので、万が一これがひっくりかえったら、エジプトは大変なことになると。それから、アラビア語で「おはよう」の挨拶を練習。「サバハルヘール」と言われたら「サバハルヌール」と返す。エジプト入国ビザ(15US$)2回分の30US$をアシスタントさんが集めてまわる。冷たい500mlのペットボトルの水も、3本2US$で売ってもらえる。これはドライバーさんのお小遣い?になるみたいや。ハマちゃんの話は、途切れることなく続く。この日の最高気温の予報は39℃。エジプトの人口は約8500万人、エジプトの国土の85%は砂漠地帯。カイロに2000万もの人が集まって住んでいる。エジプトの南の砂漠は砂が細かく、蜃気楼が現れる。黒砂漠と白砂漠とオアシスがある。左に見えるのが、新興の高級住宅街マアーディ地区(Maadi)でフランスのスーパー、カルフール(Carrefour)もある。右手に見えるのが、新市街ナセル・シティ(Nasr City)地区とモカッタム山 (ムカッタムの丘)。カイロの住宅は、屋上に鉄骨が出てる家が多い。これは新築中ではなく、住みながら上にどんどん増築していってること。スイカの値段は1個75円ぐらい。などといろんな話を聞いてるうちに、ナイル川に来た。母なる川のナイル。リング・ロードは中州の上を通ってる。ナイル川を渡るとピラミッドのあるギザ県になる。ラクダを積んだトラックにも出会った。リング・ロードを降りる間際に、ギザのピラミッドがちょっと見えた。ナイル川の支流、マリオテーヤ運河沿いのMariotia Rdを走る。運河とは言ってもゴミだらけでドブ川のよう。空港を出て40分ほどで、カタラクト ピラミッズ リゾート (Cataract Pyramids Resort) に到着した。15日間のエジプト・トルコ大周遊モニターツアーの旅、続く。1日1回のクリックで、募金ができます♪
2012年07月11日
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無事にエジプト航空MS965便は、カイロ国際空港に到着。エジプトでもサマータイム(夏時間制度)があるのかと思うてたら、今年はないそうや。エジプトの夏時間は本来、4月最後の金曜日未明から9月最後の金曜日未明まで。でも昨年エジプト政府は、夏時間制度を廃止する法案を承認したそうや。それがずっと続くことなのか一時的なことなのかはわからんみたいや。イスラム教徒の義務の一つである1か月間の断食月、ラマダンが関係してるという。ラマダンは1年が354日のイスラム暦に従うので、毎年11日ほど早まっていく。2008年からラマダンの時期が、夏時間の時期に重なってきた。ラマダンの間、ムスリムの人たちは日の出前に食事をとり、それから夕暮れの礼拝の時間まで一切飲食を絶つ。真夏に飲まず食わずの時間が長いとつらいので、負担軽減のために(1時間終了時間が早まる)決めたそうや。ここ8年間のエジプトとの夏時間とラマダンの時期をまとめてみた。2005年 ラマダン 10月4日~11月2日 夏時間 4月29日~9月30日2006年 ラマダン 9月23日~10月22日 夏時間 4月28日~9月29日2007年 ラマダン 9月13日~10月11日 夏時間 4月27日~9月28日2008年 ラマダン 9月1日~9月29日 夏時間 4月25日~8月29日 (本来は9月26日を前倒し終了)2009年 ラマダン 8月22日~9月20日 夏時間 4月24日~8月20日 (本来は9月25日を前倒し終了)2010年 ラマダン 8月11日~9月9日 夏時間 4月30日~8月6日 9月10日~9月24日 (ラマダン時期だけ冬時間)2011年 ラマダン 8月1日~8月29日 夏時間なし2012年 ラマダン 7月20日~8月18日 夏時間なし2011年に夏時間の廃止法案が決まったのは、2010年の「夏時間を採用し、ラマダン時期だけ冬時間」という時計を4回も変更せなあかんという煩雑さへの、市民の混乱と不満があったみたいや。イスラムの国では、イラクも2008年以降夏時間を実施してない。イランは一度やめたけど、また復活したそうや。トルコは政教分離の国やから、ラマダンを理由に夏時間をやめるわけにはいかんなあ。早朝3時のカイロ国際空港は、がらんとしてた。カイロのブルースカイトラベルの担当者がパスポートコントロールエリアの中まで入ってきてはって、各自にエジプトビザのシールを配ってくれる。これを自分でパスポートの空きページに貼って、入国する。エジプトでは、入出国するたびにカードも書いて出さなあかんかった。入国審査の場所へ行く前に、両替所が3か所あった。この日(6月21日)のレートは100円が、National Bank of Egypt(NBE) 7.6099LEBNPパリバ・エジプト 7.579LEBank of Alexandria(ALEX) 7.57171LEエジプトでは、考古学博物館のミイラ室に入る現金1人100エジプトポンド(LE)だけしか必要なさそう。一番レートのよかったナショナル・バンクでお連れさんと合わせて3000円分を両替。228エジプトポンド(LE)になった。1LEが約13.16円。レシートなどは何もくれなかった。入国審査は、それほど厳しくなかった。係りのおじさんは、ちょっと日本語も話してくれた。バゲージ・クレームのフロアーにも両替所があった。Banque Misrが7.6129LEでよかったけど、最低両替金額が5000円からだと言われた。Banque du Caireは7.4654LEになってた。これから最終日に宿泊するギザのホテルで朝食の予定なにやけど、レストランが6時からオープンやということで、空港の中で少し待機。コンビニのようなお店が開いてたので、のぞいたけど輸入菓子のようなのが多かった。ここではポーターさんがいないので、自分で荷物をツアーバスまで運んだ。5時に中国製宇通客車のバスが出発した。15日間のエジプト・トルコ大周遊モニターツアーの旅、続く。1日1回のクリックで、募金ができます♪
2012年07月10日
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B777-300ERがエジプト航空 成田-カイロ線の使用機材。シート配列は、幅約46cm(18インチ)、シートピッチ約86cm(34インチ)、リクライニング角度約118°と、成田-ハワイ線の日系航空会社よりゆったりとしてるように感じた。10.6インチのパーソナルモニター、2席に一カ所のPC用コンセントもある。アメニティーは、紺色の小さな袋に入った、イヤホン、ソックス、アイマスク、歯ブラシと歯磨き。日本語対応の映画もファミリー・ツリー(The Descendants) センター・オブ・ジ・アース2 神秘の島(Journey 2: The Mysterious Island)ブラック&ホワイト(This Means War)君への誓い(The Vow)幸せへのキセキ( We Bought a Zoo)シャーロック・ホームズ シャドウ ゲーム(Sherlock Holmes: A Game of Shadows)ニューイヤーズ・イブ(My New Year's Eve)マスター・アンド・コマンダー2(Master and Commander 2)ヒックとドラゴン(How to Train Your Dragon)など邦画のキツツキと雨 (The Woodsman and the Rain)まである。座席同士でのチャットや免税品の購入もできる。日本人のアテンダントさんも2、3人乗ってた。エミレーツとまではいかんけど、想像してたよりずっとレベルが高かった。出発1時間後に夕食。ビーフとチキンから選べる。写真の右端に写ってるのは、お連れさんのチキンでショートパスタとチキンのトマトソース。ビーフは、牛肉のオイスターソース炒め。ヤングコーン、レタス、トマト、きゅうりのサラダ、パン、バター、チーズ、抹茶のムースがデザート。ソフトドリンクのマンゴージュースが濃くておいしい。こればっかり頼んでた。翌日のカイロ観光に備えて、睡眠導入剤マイスリーをのんで、顔に韓国パックを貼りつけて眠った。出発7時間後、新疆ウイグル自治区ウルムチの上空、で鮭のおにぎりとどら焼きのお夜食。出発10時間半後に、朝食。オムレツか魚(和食)を選べる。オムレツはフライドポテトとソーセージ、マッシュルームのソテー。私は和食で、サバの塩焼き、卵焼き、巾着揚げと椎茸とにんじんの煮物、俵ご飯。フルーツは、リンゴ、パイナップル、グレープフルーツ、ぶどう。パンとバター、ジャム、オレンジジュースもついてる。エジプト航空では、使用した枕と毛布は非常時に散乱すると脱出の妨げとなるので、着陸態勢に入ると背中の後ろに置くように指導される。出発後11時間ほどで、無事カイロ国際空港に着陸。カイロは朝の3時、気温26℃。成田からの飛行距離は、10,486kmやった。15日間のエジプト・トルコ大周遊モニターツアーの旅、続く。1日1回のクリックで、募金ができます♪
2012年07月09日
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エジプト航空は国内の動乱に伴って、2011年2月から運休。成田発が2012年の4月16日から再開された。8月31日までは成田発が月・水の週2便、9月1日からは月・水・土の週3便の運航。関空戦については再開未定やそうや。今回のツアーは、エジプト航空日本就航50周年、運航再開記念企画でお得な値段になってる。成田-カイロ間だけの運賃でも、燃油サーチャージを入れて格安で往復10万円は下らないやろうからなあ。お金は出してくれへんけど、やさしいだんな様が会社を早退して成田まで車で送ってくれはった。18時前に成田第1ターミナルに到着。阪急さんのカウンターだけでも、4色(青、紫、黄緑、ベージュ)に分かれてる。6:15に添乗員の綾さんからEチケットを受け取り、エジプト航空のFカウンターへ。6:45からチェックイン開始。なんと満席なんやそうや。日本人のツアー客ばっかりなんやろうなあ。この時点での預ける荷物の重さは、22kgぐらいやった。ペットボトルの水が重い。MS965便のエコノミー席の並びは、3-3-3。真ん中の列の右端をお連れさんと前後で取ってもろた。長時間で夜間のフライトやから窓から景色を見るより、ゆったりと座れて、トイレにも遠慮なく行け、並びのシートの人がトイレに行くときも立たなくてすむ席がええ。スターアライアンス加盟やので、ANAのマイレージにつけてもろた。この格安ツアーで、ANAマイルまで手に入るとはすごい。イスタンブールまでも含めて往復で11408マイル加算されてた。出国して、2011年10月からプライオリティ・パスの対象になったユナイテッド航空のビジネスクラスラウンジ「ユナイテッド・クラブ(UNITED Club)」に行った。和風とアメリカ風がミックスされた広々としたスペース。受付の人によると、昼間はここが芋の子を洗うぐらい混雑するそうや。軽食ブッフェカウンターがあって、アボカドサーモン巻き、明太子巻き、ツナ巻き、照り焼きチキン巻きなどの細巻き寿司が並んでる。写真の説明によると6種類あったようや。他に、クラッカー、おかき、枝豆、ミニロールケーキなども。ドリンクバーには、ソフトドリンク、ビール、ワイン、日本酒、などのアルコール各種、お茶のティーバッグなど。出発時刻が21:20から21:10に変更になって、8:30ごろ搭乗した。エジプト航空は機内でアルコールのサービスがないので、必要な人はゲート前の売店で買うてた。搭乗前に、手荷物を開けて確認、さらに身体チェックまであるのには、びっくりした。15日間のエジプト・トルコ大周遊モニターツアーの旅、続く。1日1回のクリックで、募金ができます♪
2012年07月08日
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今回の旅行で使うたお金を計算してみた。お連れさんがいたので、泊まったのは二人部屋。阪急トラピックス 成田発6月出発 燃油サーチャージ込み15日間のエジプト・トルコ大周遊 モニターツアー代金 159,800円。それに、成田空港施設使用料2,040円、旅客保安サービス料500円)、海外空港諸税3,300円プラスで、合計165,640円。エジプト入国のビザ15US$×2 (約2460円)エジプトで使った現金 1,500円トルコで使った現金 16,000円トルコで使ったクレジットカード分 約23,000円総合計 208,600円(+オプショナルツアー代30,000円)イスタンブールで初日にタクシーで食べに行った宮廷料理も、ヒルトンのスパで受けたマッサージも、追加で払った施設入場料、食事のときの飲物、買い物などすべて含んだ金額。だんな様は私のひとり旅には反対やから、ほとんどお金は出してくれへん。働いてたときの貯金を取り崩してる。同じ内容のツアーが、利用ホテルが少し変わって12月10日出発分まで、179,800~199,800円で出てる。時間があって、体力とお腹と腰に自信のある方には、ぜひお勧めしたい。今回の旅は、悠久の歴史をたどる旅でもあったので事前に少しお勉強して行った。この本だけは、amazonの中古本で96円、送料込みでも346円で買うた。カイロ・エジプト博物館 ルクソール美術館への招待 松本弥著以下の本は、図書館で借りたもの。エジプト美の起源 カイロ博物館入門 (ショトル・ミュージアム) 吉村作治文地球の歩き方 エジプト E 02(2011~2012年)タビトモ カイロ・ルクソ-ル・アブシンベル エジプト地球の歩き方 イスタンブールとトルコの大地 E 03(2012~2013年)地球の歩き方aruco トルコ改訂第2版地球の歩き方books イスタンブール路地裏さんぽはじめてのイスタンブール P-vine books 若山ゆりこ著旅の指さし会話帳 18 トルコ第2版 トルコ語これは、前から持ってた本。すごく役に立つ。1日1回のクリックで、募金ができます♪
2012年07月07日
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今回の15日間夏のエジプト・トルコツアーに持っていって便利やったものいろいろ、その2。水はもちろん現地でも買えるけど、観光地やと法外な値段をつけてたり、品質も怪しい物がある。ネットで買うと500mlのペットボトルが1本30円もしないので、5、6本は持っていく。行きは荷物が軽いので入れていって、飲んで空いたスペースに買った物を詰めていけばええ。使わんかったけど、長旅やからと一応持って行ったのが、尾西のアルファ米スタンドパック 赤飯。お湯やと20分、水でも60分でふっくらとしたお赤飯ができるそうや。種類もいろいろあるし、保存も5年ほどきくので、非常食としてもええなあ。価格交渉の時に役に立つのが、日本のお菓子。おせんべいや塩からいのより、シンプルな甘い物が世界共通で好まれると思う。今回は、スーパーでみつけた懐かしい飴玉を持って行った。ボンボンっていうて喜んでくれた。松屋製菓 マツヤのみぞれ玉 信州上田 飯島商店の みすず飴角袋も銀座三越で買うていった。ぶどう、三宝柑、梅、桃、杏、りんごの果汁を寒天、砂糖、水飴で固めたゼリー菓子。どうせなら日本が誇るおいしいものを持っていきたい。イスタンブールのトラム車内でむずかる女の子にあげて喜ばれたのが、ハローキティのお菓子。トルコでも、キティーちゃんは浸透してた。ただ、今考えるとマシュマロに使われるゼラチンは豚由来の可能性があるから、イスラムの国では避けたほうがよかったかもしれん、 ハローキティいちごマシュマロ(5連)お世話になったガイドさんなどへのプレゼントとして喜ばれるのが、和柄、美人画、花柄などの中巾サイズ(約47cm×約45cm)のレーヨンちりめんふろしき。 エジプトではボールペンをくれとも言われた。まだ、ボールペンがありがたがられるんやなあ。エジプト航空の国際線は、1人23kgまでの荷物2つまでが無料。大きすぎるスーツケース1つより、途中でサブバッグを追加して2つに分けたほうが安心。私の旅のお供は、いつもPatagoniaの FREEWHEELER 66リットル。バンバン入るし、丈夫やし、転がしやすい。123リットル入るPatagonia Freewheeler Maxも持ってるけど、これには二人分の荷物が入ってしまう。サブバッグは、こんなダッフルバッグ。荷物が多くなってきたら、トロリーの底に入れておいたこのバッグを出して、洋服や汚れ物などかさばって、壊れにくいものをどんどん移していく。何度もお世話になったのが、楽天プレミアムカードを持ってると無料でもらえるプライオリティパス。今回の旅では、成田のユナイテッドクラブラウンジ、カイロのFIAST CLASS LOUNGEは2回、イスタンブールのPRIMECLASS CIP LOUNGEと4回利用させてもろた。どこもゆったりとしてて、飲物や食べ物もあって、快適に待ち時間を過ごすことができた。1日1回のクリックで、募金ができます♪
2012年07月06日
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今回の15日間夏のエジプト・トルコツアーに持っていって便利やったものいろいろ。水がよくないのか、お腹をこわす人が続出。私も危ないかなと思ったときに飲んでよかったし、ツアーの人に差し上げても役に立ったのが、1300年前に役行者(役の小角)が作ったと伝えられる和漢胃腸薬の陀羅尼助丸(だらにすけがん)。効果は人によっても違うやろうけど、私はこれがお気に入り。大峯山 和漢胃腸薬 陀羅尼助丸(だらにすけがん) 60包 大峯山 陀羅尼助丸1200粒私は使わへんかったけど、添乗員さんの持参分がすべてなくなったのが、これ。ポカリスエットパウダーほんまは、下痢のときにはこっちのほうがええんやろうけど、重いもんなあ。OS-1 オーエスワンゼリー 経口補水液日焼け対策も重要。これはSPF50やのに、白浮しないし、つけごこちもサラサラで伸びもええので、しょっちゅう付け直してた。少しは焼けたけど、これぐらいで済んだのはこの日焼け止めのおかげ。ビオレ さらさらUV アクアリッチ ウォータリーエッセンス 50g喘息の持病があるので、埃っぽいギザのピラミッドの中、砂漠地帯やトルコのカイマルク地下都市では使い捨てマスクが役にたった。機内でも喉や鼻の乾燥を防いでくれる。機内では、韓国で買うてきたマスクシートも使うてる。飛行機の中やホテルの部屋は乾燥がひどいので、これをつけて眠ってる。その2に続く。1日1回のクリックで、募金ができます♪
2012年07月05日
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15日間の格安ツアー旅行。いろいろあったけど、とっても楽しかった。こんなにてんこもりでいいのっていうほど、いろんな所に行くことができた。参加者の最高齢者はなんと85歳の女性が妹さんと。うちのグループの最高齢者は75歳の男性が、弟さん2人と3人で。トルコだけでもバスでの移動距離が3600kmという、ハードな旅。日本列島のおおよその長さの1.2倍、月の直径よりも長い距離。初日、2日目から団塊世代の男性を中心にお腹の調子が悪くなって、食事を取れない人が続出。病院へ行った人も何人かいたけど、最後まで無事に全員で帰ってくることができた。暑いのは暑かったけど、日本の梅雨のほうが暑くてじめじめしてて強烈かも。治安を心配してたカイロ周辺も、特に混乱してるようには見えへんかった。最初に入国した6月21日は、16、17日に行われたムバラク政権崩壊後、初の大統領選挙の決選投票の結果発表の日やったけど、両陣営から選挙違反の疑いの申し立てがあって発表が延期されてた。24日に、穏健派イスラム原理主義組織ムスリム同胞団の傘下にある自由公正党のモルシー党首が勝ったと発表された。これは多くのエジプトの人たちにとっては、待ち望んでた結果。軍出身でムバラク前大統領に近いシャフィーク元首相が勝ってたら、大変なことになってたかもしれん。シャフィーク元首相は、26日にエジプトを出国しドバイにいるみたいや。7月3日にカイロからギザへ行ったときは、6月2日のときよりどことなく街が落ち着いてるように感じた。歴史的に重要な時期にエジプトを訪れることができたのも、収穫の一つ。モルシー新大統領も、前途は多難やろうけど、エジプト国民のために世界平和のためにがんばって欲しい。心から応援したい。1日1回のクリックで、募金ができます♪
2012年07月04日
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15日間のエジプト・トルコ大周遊モニターツアー14日目の7月3日。前日の2時間遅れのエジプト航空のせいでクタクタなうえに、カタラクト ピラミッズ リゾート (Cataract Pyramids Resort) の迷路のような客室配置に疲れた。設備も古く、洗面台の配管からは水漏れするし、今回のホテルのなかで最悪やった。ホテルの宴会場のようなところで朝食。第一ピラミッド(クフ王の大ピラミッド)の内部へ行くのは、探検みたいですごかった。4500年も前にこんな精巧な建築が存在したことに、改めて感動した。内部の様子は、このサイトに載ってた。ギザの第一ピラミッド 特集この日のツアー工程は、7:55 ホテル出発7:55 第一ピラミッド(クフ王の大ピラミッド)前に到着8:00 ツアースタッフにそれぞれ100LE(約1316円)渡され、各自で一日に300人限定の第一ピラミッドの内部に入るチケットを購入8:30~9:10 カメラを添乗員さんに預けて、ピラミッド内部へ9:15~9:25 第二ピラミッド(カフラー王のピラミッド)9:30~9:40 パノラマビューポイント9:45 第三ピラミッド(メンカウラー王のピラミッド)9:55~10:45 スフィンクスとカフラー王のコンプレックス11:20~12:05 SAKKARAレストランで、ミックスグリルの昼食12:30~12:40 ダハシュールピラミッド群(スネフェルの赤ピラミッド、スネフェルの屈折ピラミッド、。赤のピラミッド、屈折ピラミッド、メイドムの崩れピラミッド?13:05~13:25 メンフィスの野外博物館(ラムセス2世像、アラバスタのスフィンクスなど)13:45~14:25 サッカラピラミッド群(階段ピラミッドなど)15:00~15:50 ギザの香水店 Shahinaz Perfume Palace でお買い物タイム16:00~16:30 ギザのパピルス工房 Giza Papyrus でお買い物タイム17:50~18:05 ギザのピラミッドの見えるレストランPeace Abouzeid で魚のイカフライの夕食19:00 カイロ国際空港に到着22:50 エジプト航空MS0964で成田へ(所要時間 約12時間10分)モニターツアー15日目の7月4日 17:00 成田国際空港に到着したけど、空港混雑のため機内待機18:30 無事に荷物を受け取り、添乗員さんやツアーの参加者とお別れ添乗員さんには、ほんまにいろいろお世話になった。おおきに。3日後にはカリフォルニアのツアーに添乗をするそうや。添乗員さんの大変さがようわかった。 1日1回のクリックで、募金ができます♪
2012年07月03日
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15日間のエジプト・トルコ大周遊モニターツアー13日目の7月2日。この日はゆっくりで10時半にホテルを出発する。ツアー参加のご夫婦を誘って4人でそれまでに、カーリエ博物館(Kariye M?zesi コーラ修道院)へ行ってきた。ホテルから近くて、タクシーで片道7~8TL(約323円~370円)。ホテルの朝ごはんが、もひとつやので8時ごろ出発し、開館前の時間に、地元の朝ごはんを食べる計画。うろうろ探検してると、素朴でかわいいパン屋さんがあった。チャイも出してもらえるので、4人でチーズパンやクッキーを適当に指差し、クッキーも摘んできて、チャイのお替りも2杯して5.5TL(約254円)。申し訳なくなる。9時前にカーリエ博物館の前に行くと、欧米人の団体さんがぞろぞろとお待ち。ここは日本人にはあまり知られてないけど、欧米人には人気の場所。入館料15TL(約693円)を払って、敷地内へ。ものすごく感動した。アヤソフィアよりいいかもしれん。のんびりと1時間ほど過ごして、タクシーでホテルに戻った。この日のツアー工程は、10:25 ホテル出発10:50 ガラタ橋を歩いて渡る11:00 世界一短く、世界で2番目に古い地下鉄トゥネル(Tunel )に乗車11:20~12:30 歩いてガラタ塔に到着 順番にガラタ塔の上まで上り、その後周辺をフリータイム13:10~14:05 旧市街のジャンクルタン(Cankurtaran)海沿いにある Sur Bal?kレストランでシシケバブの昼食14:30 アタチュルク国際空港に到着 18:35発カイロ行きの飛行機が2時間遅れることが判明15:30ごろ チェックイン開始17:00 プライオリティパスでPRIMECLASS CIP LOUNGEへ すごく豪華で食べ物もいろいろあって、ゆったりしてた20:05 搭乗20:35 MS0736 空路カイロへ(所要2時間10分)21:30 機内食が夕食21:30 カイロに到着(サマータイムによる時差1時間)22:30 バスが出発23:10 エジプト ギザのホテル カタラクト ピラミッズ リゾート (Cataract Pyramids Resort) に到着 1日1回のクリックで、募金ができます♪
2012年07月02日
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15日間のエジプト・トルコ大周遊モニターツアー12日目の7月1日。前の晩に添乗員さんにお願いして、この日は一日中ツアーを一時離団させてもらうことにした。この日のツアーは午前中は自由行動で、希望者はオプショナル・ツアー(OP)で「ボスフォラス海峡クルーズとリュステムパシャモスク観光」。そのあと、ホテルから来た人たちとエジプシャン・バザールで落ち合い、ドネルケバブの昼食、トプカプ宮殿、ブルーモスク、アヤソフィアを観て、夕食はシーフード料理。夜には、OPで「民族舞踊とベリーダンスショー鑑賞」もある。お連れさんは、クルーズのOPとツアーにそのまま参加。ガイドさんに無理を言って、トプカプ宮殿の私の分の団体入場券をもろて、8:50にホテルを出発。昨晩とは違うチャパ(?apa)駅まで歩いてトラム(Tramvay)に乗ろうと思うてたんやけど、タクシム広場行きのIETT(Belediye Otob?s? イスタンブール市営バス)が停まってたので、これに乗った。このバスには、ほんまはアクビルかICカード乗車券Istanbul Kart(イスタンブールカード)でないと乗れないんやけど、現金を出すと運転手さんが受け取って、それを別のお客さんに渡し、そのお客さんがIstanbul Kartで払ってくれはった。アヤソフィアのあるあたりで下車しようと思うてたんやけど83番のバスはTOPKAPI - TAKS?M hatt?を結ぶ快速バスのようで、15分後にはタクシム広場に着いてしもた。予定変更で、タクシム広場(TAKS?M hatt?)からお散歩開始。ツアーの人たちと行ったところは重なるけど、自分のペースでゆっくり観てまわれるのがうれしい。連絡線で行ったカドゥキョイ(Kad?k?y)は、楽しくて、おいしくて、安くて、すごく気に入った。この日の自由観光は、9:20 タクシム広場からイスティクラル通りを散策10:05 ガラタ塔下、カモンドの階段10:20 ガラタ橋10:40 リュステムパシャ・モスク(Rustempasa Camii) 11:00 イェニ・モスク(Yeni Camii)11:30 トプカプ宮殿(宝物館、メジディエの東屋、別途15TLでハレムなど)14:00 アヤソフィア(Ayasofya) 25TL15:15 遅い昼食を老舗のキョフテ屋さんスルタンアフメットキョフテジシ・セリム・ウスタ(Tarihi Sultanahmet Koftecisi Selim Usta)で15:50 ブルーモスク(Sultanahmet Camii) ここでツアーの人たちと偶然出会う17:00 トラムのスルタン・アフメット(Sultanahmet )駅からエミノニュ(Emin?n?)駅へ 2TL17:20 ?EH?R HATLARIのワプル(Vapuru 連絡船)に25分乗ってカドゥキョイ(Kad?k?y)へ 2TL 18:00 カドゥキョイのお菓子とパンの店 ベヤズ・フルン(Beyaz F?r?n)でマカロンとチャイでおやつタイム18:15 エタ・バル(Eta Bal)でヨーグルトに濃厚蜂蜜をかけたバルル・ヨーグルトを18:30 魚屋さんの店頭でムール貝のピラフ詰めミディエ・ドルマス(Midye Dolmas)を18:35 Niyazi Bey'in T?rk Kahvesiでトルココーヒーを18:50 ?EH?R HATLARIのワプル(Vapuru 連絡船)に20分乗ってエミノニュ(Emin?n?)へ 2TL 19:20 イスタンブールの路面電車トラム(Tramvay)にからチャパ(?apa)駅まで25分車 2TL20:05 アクギュン イスタンブール ホテル(AKGUN ISTANBUL HOTEL)に無事到着1日1回のクリックで、募金ができます♪
2012年07月01日
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