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病気の百貨店のようなだんな様。今度は、右の耳が急に聴こえにくくなったという。突発性難聴やと、初期の処置が大切やからと、耳鼻科に行きはった。突発性難聴ではなかったけど、軽い急性低音障害型難聴やということで、薬をいっぱいもろてきた。そのなかに、メニレット70%ゼリーというのがあった。ものすごく苦い味の寒天ゼリーなんやそうや。この薬のおかげで、1週間もせずに聴こえるようになってよかった。11月に、ブランジュリーパリの空の下で食べた物いろいろ。サンドイッチは、豚厚切り豚肉のサンドイッチ 600円、牛外脛肉の低温ロースト 650円、生ハムアルザシエンヌ 650円、きのこのピザ 600円、豚タンのバゲットサンド 650円、穴子とジャガイモのピザ 650円、トンタンタンブル 500円、豚こめかみのブロシェット 650円、アグー豚のフロマージュ・ド・テッド 750円、イカ墨のキッシュ 700円、フィユテ フロマージュ 350円、フィユテ トマトとフロマージュ 350円、ブリオッシュ・ヴァンディエンヌ 500円お菓子は、岩国栗のフイユテ・シャティーニュ 1000円、タルト・ポンム 500円、岩国栗とナンチャって?のフイユテ・シャティーニュ 1000円、ジャムパン(フレーズ センガセンガナ) 550円、りんごのシブースト 700円、もりやま園の王林 1個150円、江戸前ペイザンヌ 400円。写真にはないけど、りんごの数十種類の甘い香りのコンフィチュール 1200円、これ大好き。11月で特に印象に残ってるのは、フイユテ・シャティーニュ。普通の店の栗のパイの3倍はある。今年は岩国栗不作やったそうやけど、食べることができてうれしかった。フィユテ トマトとフロマージュもおいしかったなあ。シェフが沖縄に行ってきはったんで、後半には沖縄シリーズも登場。イカ墨のキッシュは濃厚で、今までのキッシュの中で一番おいしかった。1日1回のクリックで、募金ができます♪
2012年11月30日
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チャナッカレのコリンホテル(KOLIN HOTEL)にチェックインしたとこまで書いた、15日間のエジプト・トルコ大周遊モニターツアーの3日目、6月22日。ホテルの目の前に、大型スーパーマーケットKipaがある。ホテルへの飲食物持ちこみ禁止ということやので、スーパーの袋を下げてホテルに戻るのはまずいやろうと、大きめのバッグを手にスーパーへ向かうた。現地ガイドのアリさんによると、、この地方の特産品は羊のチーズとさくらんぼやそうや。買うたのは、山羊のチーズ 256g 3.05TL(約144円)さくらんぼ 774g 4.09TL(約193円)桃 1個114g 0.19TL(約11円)アプリコット 1個124g 0.23TL(約11円)アイラン 0.45TL(約21円)合計 8.01TL(約378円)山羊のチーズはとってもおいしかった。それに安くてええなあ。フルーツは、安いけど味は普通やった。15日間のエジプト・トルコ大周遊モニターツアーの旅、続く。(旅行当時のレート、1トルコリラ(TL)47.2円)1日1回のクリックで、募金ができます♪
2012年11月29日
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フェリーでダーダネルス海峡を渡ったとこまで書いた、15日間のエジプト・トルコ大周遊モニターツアーの3日目、6月22日。ラプセキ(Lapseki) 港からチャナッカレ(Çanakkale)に向かって35分ほど走り、6時15分にコリンホテル(KOLIN HOTEL)に着いた。チャナッカレの中心から少し南に行ったとこにあるホテルで、マルマラ海に面してる。この日の日没が20時45分で、20時半ごろに夕焼けがきれいやと現地ガイドのアリさんが教えてくれた。それと、このホテルでは食べ物や飲み物の持ち込みを禁止してて、チェックされるという。目の前にスーパーがあるので、買ってきて持ちこみ人が多いんやろうなあ。吹き抜けのロビーが開放的な雰囲気の、きれいなホテル。バスルームにはドライヤーもついてた。7時からホテルのレストランで夕食。その前に急いでスーパーへ買い物に行った。15日間のエジプト・トルコ大周遊モニターツアーの旅、続く。(旅行当時のレート、1トルコリラ(TL)47.2円)1日1回のクリックで、募金ができます♪
2012年11月28日
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エディルネの橋を眺めたとこまで書いた、15日間のエジプト・トルコ大周遊モニターツアーの3日目、6月22日。バスは、ダーダネルス海峡を渡るフェリー乗り場へ向かう。チャナッカレまで約225kmある。2時間ほど走って、3時40分から4時まで、TROIA AGORAというレストランや免税店が入ったきれいなショッピングセンターで休憩。売ってるものはどれも観光客向けのようで、高級そうな皮製品やスカーフ、オリーブオイルやスパイス、雑貨などの店が並んでた。カフェではエスプレッソが売られ、トルコというより地中海地方という感じ。気温も36度もある。ゲリボル半島に入ると、右側が地中海、左がダーダネルス海峡。4時半にゲリボル(Gelibolu)のフェリーターミナルに到着。バスや車が並んで順番を待ってる。そこに、山盛りのピスタチオを手押し車に積んだ屋台のおじさんが、売りに来てた。紙袋に3、5、10って書いてあったから、目方によって150円から500円ぐらいみたいや。バスから降りるわけにいかへんので、買われへんかったけど。20分ぐらいで私たちのバスのフェリーに乗り込むことができ、バスからおりてデッキに上がる。5時にフェリーは出航。ダーダネルス海峡は、キラキラと光りどこまでも青くきれいやった。潮風が気持ちええ。35分ほどで、対岸のラプセキ(Lapseki) 港に着いた。これからホテルへ向かう。15日間のエジプト・トルコ大周遊モニターツアーの旅、続く。(旅行当時のレート、1トルコリラ(TL)47.2円)1日1回のクリックで、募金ができます♪
2012年11月27日
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だんな様について病院に行ったとき売店で見かけたので買うてみた。新橋にある中国糖質制限料理 梅花さんが作ってはる、糖質制限の中華弁当。この日のメニューは、フスマパン豚肉、玉子の炒めもの白身魚の牡蠣油炒めイカ・岩海苔ソース蟹と寒天和えキャベツと塩昆布和え鶏桃肉のロースト青ザーサイお値段は980円、糖質は8g以下でカロリーも400Kcalぐらいやったと思う。しっかりした味付けで、本格的な中華で、量も種類もあり、満足感が高い。ごはんが欲しくなったけど。ついてた説明書によると、「カロリーを持つのは三大栄養素(タンパク質、脂質、炭水化物)のみ。鉄分、ビタミンなど他の栄養素にはカロリーがありません。炭水化物は食物繊維と糖質の集合体です。食物繊維は消化されずにそのまま排出されます。よって炭水化物=糖質と考えます。そして三大栄養素の中で血糖値を上げるのは糖質だけです。糖質は身体にとって必要な愛要素です。血液中から糖質が不足すると「低血糖」と言い意識障害や、最悪生命を脅かします。ですが、多すぎる状態(高血糖)が続くと血管をボロボロにします。血液が、途中で詰まったり流れない状態になるとその先は酸素が供給されず部分的に壊死します。壊死した部分が心臓であれば心筋梗塞、狭心症。脳であれば脳梗塞。眼球では白内障、緑内障が発症します。手や足の先端が冷たいを通り越して痛い状態になれば壊死の可能性だって出てきます。微々たるものですが、どんな食物にも糖質は含まれています。あえて糖質の塊である炭水化物を摂取する必要はありません。つまり糖質は必須栄養素ではないというのが糖質制限の主張です。」甘味は、砂糖の代わりに羅漢果から作るラカントという甘味料を使ってはるみたいや。炭水化物のない生活は、今の私にはとても考えられへんけど。中国糖質制限料理 梅花近所の歯科で、健保の歯科検診を受けた。特に問題がなくてよかった。1日1回のクリックで、募金ができます♪
2012年11月26日
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東京芸術大学大学美術館で「尊厳の芸術展 -The Art of Gaman-」を観た後、東京国立博物館へ。本館特別5・4室で11月25日まで、特別展「出雲-聖地の至宝-」を開催。一番インパクトがあったのは、2000年に出雲大社の境内から出土した宇豆柱(うづばしら)。直径1.3メートル、高さ約1.3メートル、推定重量1.5トンの杉柱を3本束ねて、直径約3メートルの1本の柱として、鎌倉時代の大社本殿を支えてたそうや。柱のまわりには大きな石がぎっしりと詰められてる。平安時代の出雲大社の本殿の10分の1の復元模型もすごい。高さは約48mで、当時の奈良の大仏殿よりも高かったといわれてるそうや。荒神谷遺跡と加茂岩倉遺跡から出土した国宝の青銅器や銅鐸もようけあった。青銅器って青緑色やと思うてたけど、復元模造品は新しい十円玉のような赤銅色。元々はこんな色やったんや。摩多羅神坐像、比売神坐像などの神像も展示されてた。いつもと違う展示場所なので、ちょっと変な感じやった。本館も見ごたえのあるものが多かった。愛染明王坐像は、廃仏毀釈により廃寺となった奈良の内山永久奈良にあったもの。本体の彩色、光背・台座・天蓋、厨子まで鎌倉末期の造像当初のものが残ってる。ガラス製の装飾にうっとり。国宝室は、狩野秀頼の「観楓図屏風(かんぷうずびょうぶ)」。高雄の清滝川のほとりで、それぞれが思い思いに紅葉狩りをしてる。担い茶具で一服一銭の茶の立て売りをする様子が興味深い。菱川師宣の「歌舞伎図屏風(かぶきず びょうぶ)」は、の中村座の様子が細かく描かれてる。285名もの人が登場してるそうや。芝居小屋の表には櫓があがり、「浦島太郎」「太平楽大踊り」などの外題が読める。着付けをしたり、髪を結ったり、化粧をしたりと楽屋で準備する役者さんたちの姿もおもしろい。円山応挙の「芦雁図襖(ろがんずふすま)」、池 大雅の「林逋帰亭図屏風(りんぽきていずびょうぶ)」、酒井抱一の「流水四季草花図屏風」も印象に残った。4つも展覧会を観てくたくたになった。1日1回のクリックで、募金ができます♪
2012年11月25日
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。ベランダの四季咲きイチゴが花盛り。小さな実がついてるのもある。ちゃんと大きく赤くなるかなあ。楽しみや。お昼は、だんな様のリクエストで五本木のクレープ&ガレット専門店「POPHOT(ポポット)へ。シェフのおまかせコース 2500円を2人分。撮影禁止やので、写真はないけど。最初に、シードルかりんごジュース。前菜は大きなコロッケというかクロケット。メインのガレットはハムといろんなチーズに卵を割り入れて焼いてある。二人で大きいのが一枚。別にグリーンサラダがたっぷり。デザートはフランボワーズとクリームチーズのクレープ。すごく大きなバターの固まりと生クリーム、バニラアイスが添えてあってびっくり。もう1つは、パンプディング。メインはデザートやないかと思うてしまう。このお店がおもしろいのは、喫煙可、店内まで犬連れ可、小さな子ども不可なこと。なんかパリみたいや。隣のテーブルに座った人が、ちょっと大きめの犬を連れてきてはったんやけど、犬はちゃんとテーブルの下でおとなしくいい子にしてた。そのお客さんが出た後、お店のスタッフがテーブルの下の床をきれいに拭いてはった。愛犬家にはとってもうれしいお店やろうな。1日1回のクリックで、募金ができます♪
2012年11月24日
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キャンセルがあったそうで、急遽オギノのランチを食べられることになった。だんな様はランチコース2,500円、私はシェフおまかせコース4,000円。グラスワインは、2005 シャトーヌフ・デュ・パプ クロ・デ・ブルスキエール(Châteauneuf-du-Pape Clos des Brusquieres) ランチコースは前菜、スープ、主菜、デザート、飲物を一品ずつ選べる。カンパチのカルパッチョ レモンとナンプラーのジュレ添え 有機野菜カリフラワー(?たぶん)のスープ アンドゥイエットと豚肉のソテー洋ナシの赤ワインコンポート 煮汁のジュレと牛乳アイス にしはった。私のコースは、北海道産 蝦夷鹿のテリーヌ レーズンと豚の血入り メダイのベーコン巻きロースト サフランのリゾット バルサミコソース 牧草飼育牛(バリバリ赤身)ロースのステーキ 黒胡椒とコニャックのソースりんごのタルトカルパッチョにナンプラーの組み合わせがぴったりやった。蝦夷鹿のテリーヌは濃厚で、ワインによう合う。メダイの火の通し加減が絶妙、どれもおいしかった。でも、やっぱりディナーのほうがええなあ。帰りに、世田谷パン祭りをのぞいてみた。小雨の中長い行列ができてた。ちょっと見て、何も買わずに帰ってきた。1日1回のクリックで、募金ができます♪
2012年11月23日
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目黒区美術館で「もうひとつの川村清雄展」を観た後、上野へ。東京芸術大学大学美術館で「尊厳の芸術展 -The Art of Gaman-」を、12月9日まで開催。太平洋戦争が始まり、「日系アメリカ人が、アメリカに対して危機をおよぼすのでないか?」という疑いがアメリカ国内に広がった。大統領令が発令され、1942年アメリカ西海岸やハワイの一部に住んでいた日系アメリカ人12万人が強制的に立ち退きを命じられ、手荷物1つで「戦時転住所」と呼ばれる全米10ヶ所の強制収用所に連行された。カリフォルニア在住で日系3世のデルフィン・ヒラスナさんが、2000年に母親の遺品から強制収容所で作られた木製の鳥型ブローチを見つけたことをきっかけに、同様の作品を集めて展覧会を企画しはったそうや。砂漠地帯や人里から離れた荒地に作られ収容所内で、乏しい道具でコツコツと作られた品々に、心揺さぶられる。ナイフやハサミはくず鉄を溶かして作ってる。素材は、クレープペーパー、ワイヤー、藁、玉ねぎを入れる袋で作った紐、くずの木材、くず鉄、サボテン、鉄製の下水道菅、ヤシの葉、マンタザニの木、皮、小石、貝殻、豆、ひまわりの種、白樺の皮、パイプクリーナー、ガラス製のマヨネーズ容器、爪楊枝など。たくさんの杖が立てられてた。それは、収容所の歯科医師やった西長徳さんに贈られた杖やった。アメリカ陸軍に加わっていた西さんの息子が戦死したことが知らされ、悲しみにくれて出歩くこともしなくなった西さんへ、友人や患者さんが手作りの杖を贈ったものなんやそうや。洗濯板やそろばんなど、生活に必要な物も作ってはるけど、引出や籠、花器など苦しい生活のなかでも、少しでも豊かに暮らせるようにと工夫した物がほとんどのように感じた。ピンブローチやコサージュ、ペンダントなどのアクセサリー、おもちゃの汽車や動物などの置物など、飾ることもそうやけど、それ以上に作ることが喜びであり、人間としての尊厳を保つ方法やったんやろうなあ。仏壇や子ども用の剣道着、硯、日本人形なども手作りされてた。収容所の生活を記録するための、絵画や版画もあった。収容所で作ったさまざまなものが、50年以上経った今もこれだけきれいに残ってるということにも感慨深いものがある。重い、強い、深い、年月やったんやろう。この展覧会の立派なカラーのガイドブックも作られてて、無料で配られてた。多くの人に観てもらいたい。東京の後、巡回する。福島展 平成25年2月9日(土)~3月11日(月) こむこむ館仙台展 平成25年5月5日(日・祝)~5月18日(土) せんだいメディアテーク沖縄展 平成25年6月1日(土)~6月30日(日) 浦添市美術館広島展 平成25年7月20日(土)~9月1日(日) 広島県立美術館 尊厳の藝術展―The Art of Gaman―3階では、「退任記念展 中島千波 人物図鑑」も開催してた。次は、東京国立博物館へ行った。1日1回のクリックで、募金ができます♪
2012年11月22日
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美術館を4つもまわった。まずは、目黒へ。松岡美術館で、12月19日まで開催の「カラフル COLORFUL」展の後期。ロビーに、作者不詳1870年(イギリス)のブロンズの鹿が2頭いた。さりげなくクリスマスの首飾りをかけ、バラの花びらが散らしてあり、かわいらしかった。2階の中国陶磁の展示室は、「カラフルチャイナ」というテーマ。明清時代の色絵磁器を中心に、カラフルな装飾技法の施された中国陶磁が展示されてる。「青花胭脂紅双鳳文扁壷」とか「粉彩詩文花卉文方瓶」「豆彩龍鳳文大盤」「五彩花籠図瓶」とか鮮やかやけど、私の好みはシンプルな青花とか青磁やなあ。展示室5と6は「四季の色彩」。あんまり印象に残る作品はなかった。1階のガンダーラやインド、クメール、中国の古代彫刻はいつみてもええ。エトルリアの青銅や古代ギリシアの壺もおもしろかった。歩いて、目黒区美術館へ。「もうひとつの川村清雄展 加島虎吉と青木藤作-二つのコレクション」展を12月16日まで開催。江戸東京博物館で同じ時期に「川村清雄展」が開催されているので、「もうひとつの川村清雄展」っていうタイトルをつけたみたいや。江戸博のには行かんかったけど、目黒のもすごくおもしろかった。川村清雄は、嘉永5年(1852年)に幕臣の子として江戸に生まれ、明治時代に活躍した洋画家。明治4年(1871)勝海舟の後押しもあって徳川家派遣留学生としてアメリカへ渡航、画才を見出され、その後もパリ、ヴェネツィアで計10年あまりの留学生活を送り、油彩画を学ぶ。海舟は帰国した清雄のために自邸内に画室を建てて、その画業を支援したそうや。同時期の黒田清輝らの活躍とは対象的に、次第に忘れられた存在となってしもたらしい。でも今観ても、日本画と洋画をうまくミックスしてこれぞ日本の油彩画と膝を打つ作品が多かった。展示1は、「加島虎吉と川村清雄」。加島虎吉は、日本橋に出版業の至誠堂書店を創業した人で、川村清雄を支援してた。遺族から目黒区美術館に寄贈された加島コレクションを中心にした展示。チラシにも使われてる「村上彦四郎(村上義光-錦御旗奪還図)」が入ってすぐのところにある。吉野が舞台やので、葛の葉と花が額縁のような周囲に描かれてて、それが中央の絵と重なり、重ねられしてる。すごくインパクトがある。「ベネチア風景」は、板に油彩と水彩絵具の両方で描かれてる。透明感があっていい。「瀑布(滝)」は、絹に油彩と金箔で、迫力がすごい。「梅に雀」は、板の木目を生かした油彩が大胆。黒繻子の帯にも油彩で、繊細な王朝風俗のようなものが描かれてる。「石榴」は皿に油彩、「朝顔につるべとられて貰い水」「太田道灌」は黒漆塗の角盆に油彩。「袱紗包(海老)」は、加島虎吉の長女の婚礼で、引き出物を包むために、川村の原画をもとに日本橋高島屋東京が製造したもの。「沙羅に薬袋(みない)」は、板に油彩。「鸚鵡」は、朱の漆塗の板に、黄色いバラと蝶に驚くオウムが油彩で。今描かれたかのようにみずみずしい。展示2は、「青木藤作と川村清雄」青木藤作は栃木県氏家町出身の肥料商を営んでいた資産家で、浮世絵や川村清雄の作品のコレクションがある。遺族が寄贈した青木コレクションの公開を目的として、馬頭広重美術館が開館した。その青木コレクションから50点ほどが来てて、前期後期で入れ替えながら展示されてる。晩年の作品がメインのようやった。「こい・なこそ」は、画室の前に掛けられてたもので、片面に「こい」、もう片面に「なこ曽」と書かれてて、「来い」「来るな」という意味みたいや。昭和初期に描かれた「ヴェネツィア」も好き。これは色紙で、絹に油彩で銀箔も使われてる。展示3は「川村清雄の装幀意匠」幸田露伴「洗心廣録」のデザインが、大胆。展示4は「滞欧作品 その他」とっても興味深い企画展やった。目黒駅で、20周年復刻塗装(観光バス初代カラー)の東急バスに出会うた。東急バスは創立20周年これから、上野に向かう。1日1回のクリックで、募金ができます♪
2012年11月21日
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明治座で猿之助さんの十一月花形歌舞伎。傾城反魂香は「近江国高嶋館の場」「館外竹藪の場」がついてて、これは初見。「吃又」で、虎はどこから来たのか、銀杏の前は誰で、どうしてとらわれてるんやろかと思うてたけど、ようわかった。笑野さんの銀杏の前は六角左京太夫の姫で、門之助さんの狩野四郎二郎元信に気がある。土佐将監の娘と結婚の約束をしてる元信は、銀杏の前の申し出を断る。でも銀杏の前のほうがずっと上手で、腰元に扮して元信をだまし、杯を交わしてしまう。お家騒動がからんでて、元信は猿四郎さんの家老不破入道道犬らに捕えられ、縛られてしまう。元信は自分の肩に噛みついて、その肩先の血汐で襖に虎の絵を描くと、虎が絵から抜け出して、縄を食いちぎり元信を救ってくれる。この虎が迫力と愛嬌があって、かわいかった。竹藪の場では、悪人たちに館を追われた銀杏の前を、猿弥さんの狩野雅楽之助が助けようとするけど、銀杏の前は連れ去られてしまう。そして、いつもの「土佐将監閑居の場」。最初に出てくる虎は、元信が血汐で描いた虎やったんや。猿紫さんの修理之助のが、虎に向かって「龍」の字を書くと、龍が虎をやっつけて虎が消える。又平とおとくは、右近さんと笑也さん。土佐将監は土佐光信がモデル、又平は岩佐又兵衛がモデルやそうや。手水鉢に描いた自画像が、裃姿やった。他の人のときもそうやたかなあ?北の方の猿三郎は、やさしそうやった。又平が着替えをする場面が好き。おとくは、かわいらしいええ奥さんぶりやった。「蜘蛛絲梓弦(くものいとあずさのゆみはり)」は、猿之助さんが六変化する舞踊。病に伏せっている門之助さんの源頼光を、四天王の碓井貞光(男女蔵さん)と坂田金時(亀鶴さん)が宿直(とのい)の役目で守っていると女郎蜘蛛の精が現れる。最初は、おかっぱ頭の少女のような少年のような童熨斗丸の姿で。これが妖しかわいくて、二人と凧で遊んだりする。次は、常盤津の見台から薬売り彦作。天井から、大きな薬箱が空から下りてきて、それを担いで花道に消えたと思うたら、番頭新造が現われ巻き文を持ち出す。座頭亀市は、花道から出ると思わせておいて、仕掛けのある正面階段から登場。盲目を装って軽妙に踊ってみせ、浄瑠璃を語る(ふり)。火鉢の中に消えたのにはびっくり。なかなかうまくいかないからか、今度は傾城薄雲になって、直接頼光に妖艶に迫る。頼光に悟られると、蜘蛛の糸を投げて逃げていく。頼光たちが蜘蛛の精を追って行き、対決。右近さんの平井保昌の押し戻し。楽しかった。昼の部一、傾城反魂香 序 幕 近江国高嶋館の場 同 館外竹藪の場 二幕目 土佐将監閑居の場浮世又平後に土佐又平光起:市川 右近 女房おとく:市川 笑也 土佐将監光信:市川 寿猿狩野雅楽之助:市川 猿弥 狩野四郎二郎元信:市川 門之助二、蜘蛛絲梓弦 市川猿之助六変化相勤め申し候童熨斗丸/薬売り彦作/番頭新造八重里/座頭亀市/傾城薄雲実は女郎蜘蛛の精:市川 猿之助平井保昌:市川 右近 渡辺綱:市川 猿弥 卜部季武:中村 米吉 坂田金時:中村 亀鶴碓井貞光:市川 男女蔵 源頼光:市川 門之明治座から日本橋まで歩いて、三井記念美術館の「琵琶湖をめぐる 近江路の神と仏 名宝展」を再訪。野洲、聖衆来迎寺の薬師如来立像がやっぱり好き。同じ聖衆来迎寺の国宝六道絵は、等活地獄図を観ることができた。何回も行きたくなる展覧会やった。1日1回のクリックで、募金ができます♪
2012年11月20日
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テレビで見た京都大学こころの未来研究センターのカール・ベッカー教授の話が興味深くて、図書館で借りてきた。愛する者の死とどう向き合うか 悲嘆の癒し(こころの未来叢書) カール・ベッカー編著 山本佳世子訳 この本は、アメリカで生と死の問題に関して先駆的な研究を行ってきた6名の研究者を2005年、2006年京都大学に招待し、公開講演会やシンポジウムを行った際の記録やそうや。第1部は「家族の死別を癒す」、第2部は「死別の悲しみとどう向き合うか」、第3部は「理論篇」。第1部にある、ファミリー・グリーフセラピストのジャニス・ナドーさんの「『喪失』とは傷つくことであり、『悲嘆』はそれを癒す方法」という言葉が印象に残った。「悲嘆は喪失から立ち直るための、天に与えられた先天的な方法」なんやそうや。飛騨千光寺住職の大下大圓さんの葬式仏教からの脱皮も興味深い。四十九日の間、7日ごとに遺族のところへ訪問し、家族の人それぞれの思いを話してもらうと、悲しみということから家族をが再構築されていくそうや。葬儀のなかで焼香の後、亡くなった人の遺体があるところで、遺族が故人に対する別れの言葉を伝え、遺族の思いを出すことも、グリーフワークに大きな影響をもたらすことなんやそうや。こんなお坊さんと生前からお付き合いができるとええなあ。第2部では、メンフィス大学サイコセラピー教授のロバート・ニーマヤーさんの解説がわかりやすかった。日本語に訳された本も出てる。〈大切なもの〉を失ったあなたに 喪失をのりこえるガイド配偶者を亡くした人の悲嘆経験を調査したアメリカの結果が掲載されてる。11%: 抑うつや苦悩の度合いが著しく増し、数カ月過ぎると徐々に減少して、1年半ほどを経てベースラインに戻るパターン。46%:「立ち直る力がある」パターン 最初は苦悩の度合いもかなり低い 喪失後、間もない数週間から6カ月の間いくらかの苦悩を味わい、また苦悩の度合いは低くなり、うまく対処できるようになる。16%:専門家の介入を必要とするパターン。始めは苦悩のレベルが低くても、あることがきっかけで抑うつがはっきり表面化し、4年たっても高いレベルの悲嘆の症候を示しつづける。8~10%:慢性的な抑うつを抱えるグループ。喪失の前から抑うつに苦しんでいた人たち10%:抑うつ改善型グループ。伴侶が亡くなる前から高い抑うつ状態にあったのが、伴侶が亡くなることでその悩みから解放される。(結婚がうまくいってなかった人や虐待を受けていた人、介護する側だった人など)悲嘆の道筋は、最も単純な否認から始まり、一種の受容や回復の段階で終わる流れだけではない。死別体験者は、心臓血管や心臓の病気、心筋梗塞や心臓発作、うっ血性心臓疾患、免疫機能障害、がんにリスクが高くなる。アルコールに走ることで、肝硬変にもつながる夫に先立たれた女性の死別後2週間以内の自死率は、夫のいる女性より10倍上がり、男性は66倍にもなるそうや。コロンビア大学のキャサリン・シアKatherine Shear博士(当時はピッツバーグ大学教授)の複雑性悲嘆の認知行動療法(Complicated Grief Treatment, CGT)についても触れてる。大切な人の死の物語を語ってもらい、セラピストが傾聴し、その話をテープに録音し、悲嘆者自身に喪失についての自分の語りを聞いてもらうことを続けるという方法やそうや。第3部の理論篇は、死の現状-ホスピスから「生と死の教育」へ/生と死の教育の歴史、役割、価値/意味の崩壊と再構築)。ちょっと専門的やけど、アメリカ西海岸の仏教系ホスピスの実状もなども採りあげられてる。死別体験に対する「意味再構築」アプローチの3つの包括的原理も書かれてた。1.悲嘆には、喪失によって揺るがされた意味の世界を肯定、あるいは定義しなおすことが含まれる。意味の再構築を促す明白な方法は「会話」。意味形成は人の内面だけでなく、人と人との間で展開するプロセスだから。2.死別体験への適応には、故人との間に続く絆を放棄するよりも、定義しなおす方が重要である。3.物語的方法は、喪失によって乱された自伝的な一貫性の意味を語りなおし、回復する。おわりに代えてで、欧米が日本から学び取った死の叡智が述べられてる。1.ストレスやうつに対する瞑想の効果「瞑想」のなかでも、何も考えないようにする瞑想よりは、唱えごとを繰り返すマントラ(忘我行)こそが身を守ってくれることが証明されつつある。ご霊前・お仏壇の前で木魚を叩きながら、お念仏、御題目、般若心経などを声に出して繰り返し唱えることが、うつ予防・ストレス予防になる。2.患者と遺族を取り巻くカウンセリング日本の仏教では、初七日、二十一日、四十九日、三ケ月、初盆、回忌、法事など遺族が繰り返し集まり、故人の話をすることで精神的な安定を得たり、「タタリ」(すなわち死なれてからの不幸)から逃れられることを経験的に知っていた。3.他界した先祖との連絡を取り続ける先祖の霊を大切に思うものの方が、先祖の存在を感じず、先祖と話さないという者より精神的に健康なんやそうや。4.臨死体験を重視し、他界のイメージを肯定する今の自分には、すごく興味深い本やった。自分であれ、家族であれ、いつかは死を迎えるわけやから、こういう分野の話も知っておいたほうがいいと思うようになった。1日1回のクリックで、募金ができます♪
2012年11月19日
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毎年一度は食べてる上海ガニ。上野毛の吉華で、オスの上海ガニを食べた。オスは初めてかも。白子がねっとりしてておいしかった。お店で食べて一匹2000円は安いと思う。帰りに、今年2月に三宿にできたアップルパイのお店「GRANNY SMITH(グラニー・スミス)」 へ。11月いっぱいまで期間限定販売の青りんごの品種グラニー・スミスのアップルパイ 450円を買うてみた。コンセプト通り、おばあちゃんの味やった。なんとこのお店、もう楽天に出店してはる。1日1回のクリックで、募金ができます♪
2012年11月18日
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新橋演舞場の顔見世を観る前に、お連れさんが天麩羅 なかがわでお昼をご馳走してくれはった。中川さんが「みかわ」のお昼に揚げてはるのを、何度も食べたことがある。独立したお店は始めて。「みかわ」の早乙女さんの薫陶よろしく、陶器にも凝ってはる。カウンターは青磁の陶板やった。壁には浅野陽氏の陶画がかかり、味のある器が並ぶ。海老、海老の頭、キス、イカ、穴子、椎茸、万願寺唐辛子、ナス。小柱のかき揚げは、「天丼」、「天茶」、「白飯&かき揚げ」から選べる。しじみの赤出汁と香の物。肉厚で濃厚な味の椎茸は、お友達が特別に作ってくれてはるものなんやそうや。じっくりと育てるのと、促成栽培では味がまったく違うそうや。でも市場に出すと同じぐらいの値段にしかならんので、なかなか出回らへんという。おいしかった。演舞場の開演時間までまだ間があるのでぶらぶら歩いてると、うおがし銘茶 築地新店の前へ。この日(11月15日)は茶の実倶楽部の15周年誕生日会やという。500円払うて、さっそく参加。5階では、ボジョレー・ヌーボーの解禁日やということで、ヌーボーとおつまみの大きな干しぶどうがふるまわれる。奥では、お茶当てクイズ。100g1500円のお茶はどれかを、4種類の茶葉の外観だけで判断する。当たって賞品「しゃん」のお試しサイズをもろた。壁には、スタッフさんの15年前の写真と今の写真が貼ってあったりして楽しい。4階では、5階でクイズになってたお茶とお茶菓子。3階では、おしのぎの麦ごはんと松露の玉子焼き、奈良漬け、ほうじ茶「はいから」。2階では、月島のケーキ屋さん(たぶんPatisserie HATT)のイチゴのショートケーキと「しゃん」。1階で最後に「蔵出し茶」を飲ませてもろた。茶の実倶楽部のおじさんに、お昼はなかがわの天ぷらで、おやつはここの誕生会、これから歌舞伎見物を話すと、うらやましがってくれはった。お連れさんのおかげで、元気が出る一日になった。茶の実倶楽部では、12月にクリスマスパーティもある。12月17日(月)〜12月25日(火)10:00〜 毎日先着30名様お一人様 700円今年も日本茶でクリスマスパーティ!1日1回のクリックで、募金ができます♪
2012年11月17日
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また歌舞伎。国立劇場11月歌舞伎公演 浮世柄比翼稲妻 を11月8日はあわただしかったので、2度目。2回観ると、ようわかるようになる。両花道を堪能した。福助さんが右手?の指に包帯を巻いてはったのが気になった。どうしはったんやろう。その前に、ニューオータニ美術館へ行った。11月25日まで「大正・昭和のグラフィックデザイン 小村雪岱展」を開催。小村雪岱(こむら せったい)は、大正から昭和初期にかけて活躍した日本画家。私の好きな鈴木春信の影響も強く受けてて、「昭和の春信」とも称されたそうや。鏑木清方とも縁があるから、国芳つながりともいえるかもしれん。今回の企画展では、装幀本、挿絵下図や舞台装置の原画など約200件の展示。第1章は「泉鏡花との出会い-花咲く才能」明治20年に川越で生まれ、日本橋で育った雪岱は、画家を志し、東京美術学校で下村観山に師事する。在学中に泉鏡花にめぐり合い、「雪岱」の雅号は後に鏡花から贈られたものなんやそうや。泉鏡花の「日本橋」が、装幀家としてのデビュー作。「遊里集」「愛染集」「由縁文庫」「粧蝶集」「紅梅集」「鴛鴦帳」「芍薬の歌」「雨談集」「新柳集」「蜻蛉集」「龍蜂集」「斧琴菊」「薄紅梅」など、どれも優美で愛らしい装幀。鏑木清方、久保万太郎、里見とん、水上瀧太郎、三宅正太郎の装幀本もあった。「星祭り」と「茄子」の絹本は、金子國義氏蔵。金子さん、お好きそう。「星祭り」は盥の水に映った星をながめる女性を描いてる。手描きの「紅梅図着物」「紅梅図帯」も。第2章は「舞台とのかかわり-戯曲本と舞台装置原画」。雪岱が初めて舞台装置の仕事をしたのは、13代守田勘彌の依頼による菊池寛「忠直卿行状記」やったそうや。六代目菊五郎初演、長谷川伸作「一本刀土俵入」の歌舞伎座舞台装置原画も展示されてた。序幕第一場「取手の宿・我孫子屋の前」、第二場「利根の渡し」、大詰第一場「布施の川べり」、第二場「お蔦の家」。原画を観ただけで、それぞれのお芝居の場面が思い浮かぶ。真山青果の「椀屋九兵衛」、岡本綺堂の「半七捕物帳人形つかひ」の舞台装置原画も。表紙絵を描いた演芸画報も10冊ほど並んでた。第3章は「挿絵-共鳴する画文」。昭和8年9月から東京朝日新聞に連載された邦枝完二「おせん」の挿絵が大評判になり、挿絵画家としても活躍する。「お伝地獄」、下母澤寛「突っかけ侍」などの挿絵下図が展示されてた。「特集-装幀の妙」のコーナーには、70冊以上の書籍や雑誌が並んでた。いろんな作家さんと関わってはったんやなあ。最後に「資料/その他」のコーナー。その他にするにはもったいない作品がいろいろ。「わかもと本舗うちは」の「初雪」「夕涼み」「そよ風」「蛍狩り」「浜辺」。この販促用のうちわええなあ。木版の「雪の朝」「青柳」「おせん」「見立て寒山拾得」「深見草」「筑波」「夜雨」「蛍」も。小村雪岱の魅力に、うっとりした。大正・昭和のグラフィックデザイン 小村雪岱展 1日1回のクリックで、募金ができます♪
2012年11月16日
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新橋演舞場の顔見世、夜の部はいつもの一番安い3000円のお席。ここで観るほうが慣れてて落ち着くかも。「熊谷陣屋」は、仁左衛門さんが病気休演で松緑さんの代演。松緑さんは熊谷が初役やったそうで、大変やったろうなあ。最近ちょっと痩せはったかもしれん。 初役とは思えんほど、ようがんばってはった。左團次さんの弥陀六、梅玉さんの義経はぴったりや。「汐汲」では、半分うとうと。「四千両小判梅葉」は初めて。江戸時代の牢屋のなかの様子がわかってすごくおもしろかった。いろいろと経緯があったうえで、江戸城の御金蔵から四千両を奪い取った咎で、菊五郎さんの富蔵と梅玉さんの藤十郎は伝馬町の大牢に入ってる。西大牢の牢名主、左團次さん松島奥五郎は、畳を十畳以上積んだ上に鎮座してはる。役付の囚人は畳の上に座れるみたいや。菊五郎さんの富蔵は、大罪やので大物扱いの二番役。牢名主の補佐をしてる。新入りの審査をする場面。昔の軍隊ややくざさんのように、厳然たる身分制度やしきたりがある。新入りは1人ずつ、素性と罪状を述べ、蔓(入牢持参金)を差し出す。それによって、牢内での待遇が変わってくる。お金は、穴の隠居(金庫番)が管理するみたいや。お金は、衿など着物に縫い込んだり、髪の中に隠したりして持ってくる。お金のない菊之助さんの寺島無宿長太郎は、按摩ができますと言って、牢名主さんにさっそく気に入られてた。お金もなく態度も悪い者は、「きめ板」で打ち据えるられる。差し入れがあっても、それがだれの物になるかは牢名主次第。差し入れがあると、牢内での待遇もよくなるんやろうなあ。明日、富蔵が仕置きを受けると伝えられる。牢名主から仕立て下ろしの唐桟の着物と博多帯が贈られる。家橘さんの隅の隠居からは、紙縒り(こより)で作った数珠が。しきたりは厳しいけど、仲間のきずなも強い。「牢屋敷言渡しの場」は、翌日のこと。仕立て下ろしの着物を着た富蔵、東の牢からは藤十郎が閻魔堂前に引き出されてくる。二人は、引き回しのうえ磔の刑に処すると言い渡される。牢内の仲間がお念仏を唱えるなか、二人は堂々と仕置き場へ向っていく。歌舞伎はええなあ。まったく違うお芝居の世界に連れ込んでくれるので、元気になれる。吉例顔見世大歌舞伎 夜の部一、 一谷嫩軍記 熊谷陣屋(くまがいじんや) 熊谷直実:松緑(←仁左衛門) 白毫弥陀六:左團次 相模:魁春 堤軍次:亀寿 亀井六郎:松也 片岡八郎:萬太郎 伊勢三郎:右近 藤の方:秀太郎 源義経:梅玉中幕 汐汲(しおくみ) 蜑女苅藻:藤十郎 此兵衛:翫雀二、 四千両小判梅葉(しせんりょうこばんのうめのは) 四谷見附 より 牢内言渡しまで 野州無宿富蔵:菊五郎 女房おさよ:時蔵 浅草無宿才次郎:松緑 寺島無宿長太郎:菊之助 黒川隼人:松江 頭:亀三郎 三番役:亀寿 伊丹屋徳太郎:松也 下谷無宿九郎蔵:萬太郎 田舎役者萬九郎:桂三 穴の隠居:由次郎 数見役:権十郎 石出帯刀:秀調 隅の隠居:家橘 生馬の眼八:團蔵 うどん屋六兵衛:東蔵 浜田左内:彦三郎 牢名主 松島奥五郎:左團次 藤岡藤十郎:梅玉1日1回のクリックで、募金ができます♪
2012年11月15日
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渋谷の松濤美術館に行ったこと、書くの忘れてた。最前列で文七元結などを観た帰りに行ってきた。すごく素敵な展覧会やった。 目白駅に近い下落合で古道具店を営む坂田和實(さかた かずみ)さんが、かかわってきた品々を集めて134点展示してる。坂田さんは1945年福岡県生れ。上智大学卒業後、商社勤務を経て、1973年、「古道具坂田」を開き、以来年に数回、海外へ仕入の旅に出かけ、ヨーロッパ、アフリカ、朝鮮、日本、南米など、さまざまな国の品物を扱うてはるそうや。松濤美術館は小さいけど個性的な空間。地下1階から吹き抜けになった1階部分までの高い天井の扇形の空間が第1会場。ブルキナファソの石像や日本の野良着、ペルーの11から15世紀の木製人形、スペインの17世紀の木製戸棚、コンゴの大きな鉄の通貨、フランスの鉄製風見、フランスの蜂集め籠、マリのドゴン族ドアなどが、元からそこにあったかのように置かれてる。「奈良朝土管」は白洲正子氏旧蔵、「フランス、リモージュ鍍金七宝十字架」「イギリス革製ジャグ」や「朝鮮李朝 床板」は村上隆氏蔵やそうや。特に気に入ったのが、フランス17世紀の螺旋階段用鉄製ガードとイヌイットの骨製お守り。2階の第2会場には、革張りのソファがあってサロン・ミューゼという喫茶スペースも兼ねてる。そこには、使い込まれたコーヒー用ネル布、雑巾、ドラム缶の蓋、魚焼き網、水中メガネ、江戸末期から明治の質屋の包み紙、果物保護金網、洗濯用カゴ、MONDAINE(モンディーン)とSwatch(スウォッチ)のシンプルな腕時計、AIR FRANCE機内食用フォーク、スプーン、ナイフ、履き古したCAMPER( カンペール)の紺の革靴まで。「おじいちゃんの封筒」にもびっくり。元大工の棟梁だったおじいちゃんが現役引退後の80歳から95歳まで「手を動かすために」と制作し続けた封筒コレクション。ミニストップという文字が透ける紙や、薬局の薬袋、カレンダーなど、身近にある様々な紙が使われてる。この封筒有名みたいで、お孫さんが書いた本も出てる。おじいちゃんの封筒 紙の仕事 藤井咲子著どの品にも物語がありそう。とっても刺激的な展覧会やった。11月25日まで。坂田さんは、1994年千葉県長生郡長南町に美術館as it isも開館してはる。古道具坂田いつか行ってみたいなあ。図書館で坂田さんの本「ひとりよがりのものさし」も借りて読んでみた。坂田さんが選んだ生地に好みの色を特染した布貼り、豪華オールカラーの愛蔵版。「芸術新潮」に連載してはったエッセイをまとめたもの。文章もいい。この本欲しいなあ。ひとりよがりのものさし 坂田和實著1日1回のクリックで、募金ができます♪
2012年11月14日
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年に一度のレディースドックの日。基本検査にオプションで、乳がん検査(視触診、マンモグラフィ、乳腺エコー)、CT肺がん検診、骨密度検査、便潜血検査をつけて、健保の補助があって、5480円。きめ細かくてええんやけど、検査着が薄着やので寒くて風邪ひきそうになる。午前中で終わって、横浜浜中華街の金陵でお昼ごはん。皮付バラ肉を塩味で皮付焼豚と、豚ひき肉と鶏レバーを豚の腸につめた焼腸を丼にしてもろた。味付け卵と青菜がつき、スープと搾菜がセットで1000円。焼きたての焼豚が、皮がパリパリで、身はしっとりとしておいしい。焼腸もスパイシー。お土産に、皮付焼豚と豚足を買うた。でも、焼き立てをお店で食べるのが一番おいしいと思う。金陵横浜美術館へ移動し、「はじまりは国芳-江戸スピリットのゆくえ」展の前期へ。江戸末期の浮世絵師国芳をまじまりとして、その弟子の芳年たち、孫弟子の清方たちに江戸スピリットがどのように受け継がれていったかを見せる展覧会。結論から言うと、国芳の自由奔放で大胆で愛嬌のある江戸スピリッツはどんどん上品になるというか薄まってしまうようやった。国芳の作品が一番おもしろかった。森アーツセンターギャラリーの「没後150年 歌川国芳展」で観てるのもいくつかあった。第1章:歌川国芳と幕末明治の絵師たち(歌川国芳、歌川芳虎、歌川芳艶、歌川芳藤、落合芳幾ほか)「通俗水滸伝豪傑百八人之一個 九紋龍史進・跳潤虎陳達」「通俗水滸伝豪傑百八人之壱人 短冥次郎阮小吾」「本朝水滸伝豪傑八百人一個 早川鮎之介」「本朝水滸伝豪傑八百人一個 宮本無三四」。三枚続の「源頼光公館土蜘作妖怪図」「相馬の古内裏」「讃岐院眷属をして為朝をすくふ図」。金龍山浅草寺の奉納額「一ツ家」の大絵馬は、すごい迫力。第2章:歌川国芳と近代日本画の系譜(河鍋暁斎、月岡芳年、水野年方、鏑木清方、鰭崎英朋ほか)「雪月花 月」は月の影が窓の格子から差し込んでるのが不思議。「四季心女遊 秋」でも、隅田川に映る提灯の明かりがおもしろい。「勇国芳桐対模様」も出てる。「田家茶話六老之図」は、大蔵永常の奇説著聞集にある有名な「しわがよるほくろができる せはちぢむ あたまはははげる 毛は白くなる 手はふるふ足はよろつく 歯はぬける 耳はきこえず 目はうとくなる 身におふは頭巾えりまき杖眼鏡たんこ温石 しびん孫の手 くどくなる 気みじかになる 愚痴になる 心はひがむ 身は古くなる 聞きたがる死とふ ながる淋しがる 出しやばりたがる 世話をしたがる 又してもおなじ咄に 子をほめる達者 自慢に人はいやがる」を描いてる。「金魚づくし いかだのり」「ほふづきどくし 夕立」「かん信」もあった。「山海愛度図会 七 ヲゝいたい」にも猫が登場。芳年の「風俗三十二相」では、「いたさう」「けむさう」「めがさめさう」「すずしさう」「かわゆらしさう」「暗さう」が出てた。第3章:歌川国芳と洋風表現:五姓田芳柳とその一派(五姓田芳柳、五姓田義松、渡辺幽香ほか)いっぱいありすぎて疲れてきた。国芳の「近江の国の勇婦於兼」がここに。第4章:郷土会の画家たちと新版画運動(鏑木清方、寺島紫明、伊東深水、川瀬巴水、笠松紫浪ほか)清方の「寺子屋画帖」「註文帖」「春雨」「遊女」「春のななくさ」など。川瀬巴水「東京十二題」から「こま形河岸」「深川上の橋」「木場の夕暮」「雪の白ひげ」「雪に暮るる寺島村」「春のあたご山」などが出ていた。ポール・ジャクレーの「清馨さん」「朱塗の鏡、東京」「黒い蓮華、中国」「オウム貝、ヤップ島」も興味深かった。12月7日から展示替えされて後期になり、1月14日まで。はじまりは国芳-江戸スピリットのゆくえ展覧会の図録を楽天でも販売してる。1日1回のクリックで、募金ができます♪
2012年11月13日
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うちは天台宗やそうや。伝教大師って言われてもわからへん、最澄さんやないと。父の実家やった岡山の山の中のお寺は遠いので、葬儀社さんにお坊さんを頼んでもろた。比叡山に手伝いに行ってはる偉いお坊さんやったみたいや。父が使うてたお茶碗とお箸を持っていって、ご飯を山盛りよそって、一膳飯を供えた。出棺の時に、そのお茶碗を割って「この世にはもうあなたが使うお茶碗はありません。戻ってきてももうご飯は食べられませんよ。だからあの世へ安らかに旅立っていって下さいね。」という意味の方法もあれば、割らない方法もあるという。どちらにするか聞かれたので、割らないでと頼んだ。お盆のときには、お迎えするもんなあ。親戚の人たちと父の思い出話をするのも、父の供養になるだけやなく、遺族の私たちをも癒すものなんやっていう気がした。樒(しきみ)に水をつけ、それで死水をとったのはいつやったかなあ。お坊さんは、立派なお経をあげてくれはった。お坊さんが退場しはって最期のお別れ。父のまわりを供花でいっぱいにして、お坊さんがまいたお花(紙の蓮の花びら)も入れて、出棺。後でお坊さんに教えてもろたけど、日ごろから自分がお寺でいただいてきたお花をためておいて、自分が死んだ時に棺に入れるとええんやそうや。母が位牌を、私が遺影を持って棺に続いた。火葬場へ向かうハイヤーの運転手さんは、気配りが細かかった。お棺を乗せた霊柩車にわかるように、信号待ちの時に車体をずらして停まるとか、同行車を間に入れるとか。同乗してたお坊さんも、高槻市には斎園課があって、市直営の事業として市営葬儀を専門の市職員が行うことなどを教えてくれはった。箕面聖苑は、すごくきれいなとこやった。お棺を運搬する台車は電磁誘導方式による「無人搬送システム」で、儀式の流れに従って無人で動き、設定された火葬炉の前に自動で停まる。お坊さんが読経してくれてる間、全員が焼香して父と最期のお別れ。お棺は静かに自動で炉の中に入っていった。お坊さんはこれで帰られ、みんなで美々卯 箕面店へ。食事をしながら、父を偲んだ。予定の時間に箕面聖苑へ戻り、骨上げ。長さの違う竹製と木製の箸1本ずつを一組にして、足のほうから順番にみんなで骨壷に入れていく。最後に母がのど仏を拾った。これで、すべて終わった。家ですぐに父の供養ができるようにと、葬儀社の人がお線香立て、燭台、花立てなど一式を渡してくれはった。母が、葬儀社の担当してくれたスタッフに、私のときにもお願いねって言ってた。誠実に対応してくれはる人で、ほんまによかった。日ごろから、地元の葬儀社の人と接する機会があればいいのにと思うた。そしたら、安心してお任せすることができる。自分の葬儀についての希望なども事前に伝えておけるし。長かった一日が終わり、新幹線で東京に戻った。梅田の阪急百貨店がきれいにリニューアルされてた。1日1回のクリックで、募金ができます♪
2012年11月12日
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父が亡くなった翌日は冷たい小雨やった。納棺は3時からやったので、朝から奈良の国立博物館へ行った。「第64回正倉院展」を開催。すごく並ぶかと思うたら、雨のおかげで60分待ちの表示やったのに20分並んだら入ることができた。今回は、64件の宝物が展示されてる。聖武天皇が愛用したとされる4弦の琵琶「螺鈿紫檀琵琶(らでんしたんのびわ)」や、すごろく盤「木画紫檀双六局(もくがしたんのすごろくきょく)」など興味深い。でも、私の一番の関心は、ガラス。「双六頭・双六子(すごろくとう・すごろくし)」は、すごろくのサイコロと駒。サイコロは象牙でできてて、6個あるうちの5つは、今と同じに表裏の合計が7になるように作られてるけど、一つだけは、1の裏が5、2の裏が6、3の裏が4になってるそうや。駒は、直径1.2cm~1.5cmの碁石のような形で、水晶、琥珀、黄瑠璃(ガラス)、藍色瑠璃、浅緑瑠璃、緑瑠璃でできてる。黄は鉄、浅緑と緑は銅を着色剤とする鉛ガラスで、藍色のはコバルトを着色剤とするアルカリ石灰ガラス(ソーダ石灰ガラス)。黒鉛を熱して丹(鉛丹)を造り、さらに白石を混合したものを溶融して鉛ガラスを作ってたそうや。18年ぶりに出陳された紺色のグラス「瑠璃坏(るりのつき)」は、コバルトを着色剤とするアルカリ石灰ガラス(ソーダ石灰ガラス)。すぐ近くで見るには行列に並ばなあかんので、人垣の向こうから拝見。色ガラスの捩玉・梔子玉の「雑色瑠璃」、緑ガラスのかざり玉「碧瑠璃」、色ガラスのトンボ玉「雑色瑠璃」など、見飽きへん。碧瑠璃小尺、黄瑠璃小尺というのはおもしろい。半透明の緑と黄色の色ガラスで作った小さなモノサシ形の腰かざり。長さ6cmちょっと、幅2cm弱で金泥、銀泥で目盛がつけられてる。銅でできた球形の香炉「銅薫炉(どうのくんろ)」もユニーク。なら仏像館 にも寄って、「珠玉の仏たち」に父の成仏をお願いしてきた。でも、なんで遺族は忌中、「穢れ」てるっていうんやろう。こういうときほど、神仏にお願いしたくなると思うんやけど。奈良名物の柿の葉寿司を買うて、父のいる葬儀会館へ向かうた。スタッフの人が父の旅支度を始める。経帷子、足袋、脚絆、手甲をつけ、数珠(じゅず)を合掌している両手の上に乗せる。棺に納めてから、私と妹が草履を足元に入れ、利き腕に杖を持たせ、頭陀袋(ずだぶくろ)にはいった六文銭をそっと置いた。ドライアイスを丁寧にあてなおしてくれる。最期に、父の愛用してた品々をお棺に入れた。一度も袖を通すことができなかった三つ揃いの千鳥格子のスーツにワイシャツ、気に入ってたネクタイ。びっしりと細かい字で書き込まれた手帳、車のカタログ、帽子、庭の花の写真、満州に旅行に行った時の写真、満州時代の知り合いの名簿など。ちょっと入れすぎたかな。前の晩、実家で何を入れたらええかと母と妹と3人でゴゾゴゾと探し回ってた。お葬式って漠然としたイメージしかなかったけど、こうやって徐々にお別れの準備をしていくと、安心できる面もある。自分が死んだ時には、どんなふうにしてもらいたいのかも考える機会になった。1日1回のクリックで、募金ができます♪
2012年11月11日
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点滴だけで、1週間以上何も口にしてない父。耳は聴こえてるかもしれないということやので、食べ物の話をしてあげることにした。「リンゴのパイやよ」「甘酸っぱいリンゴがおいしいね」「パイもサクサクや」「次は、かぼちゃのケーキ」「お父さんの好きやったコーヒーも飲もうね」「お母さんが炊いたかぼちゃの煮物」すると、父がすごく反応する。大きな口を開けて、もぐもぐと食べてるかのよう。表情も幸せそうに、ニコニコしてる。こちらは涙と鼻水が止まらへんけど、いい時間を過ごすことができた。母がこの日は私の誕生日やからと、ケーキを買うてきてくれた。妹と母と3人でケーキを食べる。実家の家族と一緒に誕生日を過ごすなんて何年ぶりのことやろう。これも、父のおかげや。「ありがとう」午後になって、血圧が計りにくくなってきた。体内の血中酸素飽和度を計るパルスオキシメーターの値の表示も出なくなってる。指先の色が変わって来て、末端まで血液が回ってへんようや。母と妹と3人で父の手を握り、「ありがとう」「ありがとう」と父に何度も伝える。とうとう呼吸が止まった。でも、まだ心臓は動いてる。「お父さん」と呼ぶと反応してくれたような気がする。それも3分ほどで止まった。医師が来て、4時25分に臨終を告げられた。静かな穏やかな最期やった。やっと楽になれたんかもしれん。20分ほど父と一緒にいて、病室の外に出た。看護婦さんたちが、父の身体を整えてくれはった。すぐに葬儀屋さんに連絡をした。6時半ごろ寝台車が来てくれることになった。葬儀の日取りを確認すると、実家のある豊中市立火葬場は予約がいっぱいやった。近くの箕面聖苑を予約してもろた。市民やと18,000円やけど、市民やないと54,000円やそうや。亡くなると、まず火葬場の予約をすることが必要なんやなあ。父はひげもそってもらい、新しいパジャマに着替えて、手を組んで横たわってた。医師から、死亡診断書と死亡届が1枚になった書類をもろた。寝台車が来たと連絡が入り、看護婦さん、医師、皆一緒に1階の遺体搬送用の出口に向かうた。途中に、イスラム教徒の人のためのハラール用のキッチンまであった。病院の方々に送っていただき、寝台車が出発した。とてもよく面倒をみていただき、この病院に入院できてよかったと思う。母の希望で、寝台車に自宅に寄ってもろた。父に「お父さんが建てた家やよ」と伝え、葬儀会館へ向かうた。葬儀会館の部屋へ父を運び入れ、ドライアイスで処置して、守り刀を胸の上に置きふとんに寝かせてくれた。お線香とロウソクも灯す。枕花として樒(しきび)も。葬儀社の人と、今後の打ち合わせをする。こじんまりとした家族葬でお願いした。1日1回のクリックで、募金ができます♪
2012年11月10日
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明治座で猿之助さんの11月花形歌舞伎夜の部 「天竺徳兵衛新噺」 を観にいく予定やった。なんとなく胸騒ぎがしたので昼前に母に電話すると、父が危ない、今からすぐ来ても間に合うかどうかわからへんとのこと。数日分の泊まる用意と喪服をバッグに詰めて、すぐに家を出た。落ち着いてるつもりやねんけど、膝がガクガクし、探し物もなかなかみつからへん。のぞみ37号に乗って、4時半ごろ病院に着いた。午後になって、容態が持ちなおしたそうで、一昨日来たときとそれほど変わらんような様子やった。母と妹は家に戻り、私が病室に泊まることにした。仮眠用のレンタルベッドと布団が1泊500円。夜中に別の患者さんも観察室に入って来はったので、父と個室に移った。父の呼吸の音を確認しながら、うつらうつら。看護婦さんが、体位交換や酸素マスク用の水の交換で何度か来てくれた。1日1回のクリックで、募金ができます♪
2012年11月09日
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父のことが心配ながらも、予定の入っていた国立劇場へ。ロビーには、「祝 文化功労者選任 松本幸四郎丈」の立て看板が出てた。「浮世柄比翼稲妻(うきよづかひよくのいなづま)」は、「鈴ヶ森」「浪宅」「鞘当」を観たことがある。今回は通し狂言として、「境木村」「初瀬寺」「本庄助太夫屋敷」「鈴ケ森」「山三浪宅」「鞘当」の上演。ほんまはもっと長いお芝居で、これでも前半部分なんやそうや。染五郎さんの休演で、山三を錦之助さん、権八を高麗蔵さんに振り替えられた。「初瀬寺」では、腰元岩橋を巡る山三と伴左衛門の恋模様が描かれる。両花道を使うて、豪華。芝のぶさんが「初瀬寺」の局柵(しがらみ)を、「浪宅」では花魁葛城の道中に同行する芸者さんを演じてはった。この日はちょうど、芝のぶさんのお誕生日やったみたいや。「助太夫屋敷」までが序幕やったんやけど、その前で立ち上がるお客さんがちらほら。権八が已む終えず伯父の助太夫を殺し、お尋ね者になる経緯がやっとわかった。そして、おなじみ「鈴ヶ森」。「山三浪宅」では、錦之助さんが能天気なような大物なような山三にぴったりやった。貧しい長屋へ、葛城太夫が豪華絢爛な花魁行列をしたててやってくるのが楽しい。最後の「鞘当(吉原仲ノ町)」も、両花道ならでは。福助さんは留め女のお近が一番よかった。国立劇場11月歌舞伎公演浮世柄比翼稲妻(うきよづかひよくのいなづま) 序 幕 東海道境木の場 鎌倉初瀬寺の場 同 本庄助太夫屋敷の場 二幕目 鈴ヶ森の場 三幕目 浅草鳥越山三浪宅の場 大 詰 吉原仲之町の場 -伊達競曲輪鞘当-長唄連中不破伴左衛門・幡随院長兵衛:幸四郎 腰元岩橋後ニ傾城葛城・山三の下女お国・長兵衛女房お近:福助名古屋山三:錦之助 白井権八:高麗蔵 振袖新造初風:新悟 振袖新造春里:隼人茶屋廻り鶴吉:廣太郎 茶屋廻り亀吉:廣松 山三の若党八内・飛脚早助:宗之助番頭新造花山:歌江 本庄助太夫:錦吾 石塚玄蕃・雲助北海の熊穴:市蔵 佐々木額五郎・雲助東海の勘蔵:右之助 伴左衛門の中間又平:彌十郎佐々木桂之助:友右衛門1日1回のクリックで、募金ができます♪
2012年11月08日
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特養に入所してる父が、誤飲から肺炎になって入院し、容態が悪いと連絡を受け、大阪へ帰ってきた。新大様からタクシーでワンメーターの距離にある病院やったので、家を7時前に出て、10時半には着くことができた。今年9月に新築移転したばかりのきれいな病院。11月3日に、救急車でいくつか病院をまわったけどで受け入れてもらえず、父はやっとここに入院することができたそうや。父は病室やのうて、ナースセンターの隣にある観察室のベッドで眠ってた。延命治療は断っていたので、酸素マスクと点滴だけつけてる。前日の検査では、片方の肺はもう機能してないそうで、指先にはめて体内の血中酸素飽和度を計るパルスオキシメーターの値は50前後になってる。父は18年前に脳梗塞を起こし、パーキンソン病、認知症が徐々に重くなっていった。5年ほど前からは、見舞いに行っても娘だということもわかってないようやった。小さくなった体で、懸命に呼吸を続けてる。苦しそうな顔でないのが、せめてもの救い。母や妹と今後のことをいろいろ相談し、とりあえず夕方遅く東京に戻った。1日1回のクリックで、募金ができます♪
2012年11月07日
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工事中の歌舞伎座は、正面の破風屋根のところに青いネットがついたまま。この週の歌舞伎座工事の作業工程は、「地上躯体工事 地下躯体工事 仕上げ工事 コンクリート打設 諸機資材搬出入有」で、土曜日まで同じ。日曜日にも「トレーラーによる資材搬入、仮置」があって、夜間作業工程は、「仕上げ工事 トレーラーによる資材搬入、仮置」で、日曜は「トレーラーによる資材搬入、仮置」。「仕上げ工事」が加わってる。初めて1万5千円也を払うて、最前列中央のかぶりつきのお席を取った。仁左衛門さんの「引窓」を間近でと思うたんやけど、体調不良で梅玉さんに変更になった。でも、とっても楽しかった。梅玉さんも、菊五郎さんも、菊之助さんも、左團次さんも、松緑さんも、時蔵さんも、梅枝さんも、みんなかっこよかった。「双蝶々曲輪日記」は全9段の長編なんやけど、よくかかるのは二段目「角力場」と八段目「引窓」。今回は「引窓」以外に、3段目「井筒屋」と5段目「難波裏」 が上演される。「井筒屋」は東京では戦後初の上演やそうや。「引窓」で与兵衛の妻お早となっている都の遊女時代の様子がわかっておもしろかった。「難波裏」では、濡髪がお尋ね者になる経緯が描かれてる。これで「引窓」の背景がようわかった。「文七元結」は、菊五郎さんが流石の貫禄。時蔵さんとの夫婦喧嘩も、絶妙。松緑さんの息子さん、大河くんが酒屋丁稚三吉。大きくなったなあ。隣に座ってる方の着物がすばらしかった。黒地に絞り模様の着物に、ご自分で刺繍してはる。胸元には、桜と「一枝を伐らば一指を剪るべし」の制札。裾には、熊谷の出家道具(笠、杖、頭陀袋)。細かく刺繍した布を、着物に縫い付けてはるそうや。九州からいらしてて、ソワマチ(前日夜の部のソワレ+昼の部のマチネ)。もちろん、夜の部の熊谷陣屋に合わせてはる。すごいなあ。歌舞伎にはこういう楽しみかたもあるから、奥が深い。たまには、最前列での観劇もええなあ。新橋演舞場 吉例顔見世大歌舞伎昼の部一、 双蝶々曲輪日記(ふたつちょうちょうくるわにっき) 井筒屋 難波裏 引窓 南与兵衛 後に南方十次兵衛:梅玉(←仁左衛門) 藤屋都後に女房お早:時蔵 山崎屋与五郎:扇雀 平岡丹平:権十郎 三原伝造:亀三郎 藤屋吾妻:梅枝 母お幸:竹三郎 放駒長吉:翫雀 濡髪長五郎:左團次 二、 人情噺文七元結(にんじょうばなしぶんしちもっとい) 左官長兵衛:菊五郎 女房お兼:時蔵 手代文七:菊之助 娘お久:右近 酒屋丁稚三吉:藤間大河 角海老藤助:團蔵 鳶頭伊兵衛:松緑 和泉屋清兵衛:東蔵 角海老女将お駒:魁春1日1回のクリックで、募金ができます♪
2012年11月06日
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シシケバブのお昼ごはんをエディルネで食べたとこまで書いた、15日間のエジプト・トルコ大周遊モニターツアーの3日目、6月22日。バスに乗って昼食のレストランへ向かう。ツアーの最中、食事はさっさと済ませて、集合時間までレストランのまわりをお散歩することが多かった。すぐそばに、結婚式場があって、イスに白いカバーをかけて準備してた。エディルネの街には、ブルガリアから始まるメリチ川(Meriç Nehri マリッツァ川)とその支流トゥンジャ川(Tunca Nehri)が流れてて、ビザンチン・オスマン帝国時代に造られた歴史的な石橋がいくつか残ってる。レストランに来るとき遠回りしたのは、トゥンジャ川に架かる1615年に造られたトゥンジャ橋(tunca koprusu 正式名称 Ekmekcioglu Ahmet Pasha koprusu)、別名オールド・ブリッジをバスが通ったら罰金になるからみたいや。レストランのそばを流れるメリチ川を渡ろうとする馬車がいた。観光用の馬車なんかな。青と黄色のチュールレースできれいに飾られてる。メルチ川にかかるメルチ橋は、1847年にできたもので新橋(Yeni )と呼ばれてるそうや。大理石でできてて、長さ263メートル、幅7メートルある。ツアーバスに乗ってから、ガーズィ・ミハル橋(Gazi Mihal Bey koprusu)が車窓から見えた。この橋はオスマン時代の1420年に建設されたトゥンジャ川に架かる一番古い橋やけど、何度も改築されてるそうや。エディルネにはこのほかにも、有名な建築家ミマール・スィナンが造ったというサライ橋(Saray Kanuni koprusu)など、全部で8つの橋があるみたいや。今回のトルコの旅の中で、エディルネは一番気に入った街。いつか、エディルネにゆっくり何泊かして、他の橋も見てみたい。バスは、ダーダネス海峡に向かって走っていく。15日間のエジプト・トルコ大周遊モニターツアーの旅、続く。(旅行当時のレート、1トルコリラ(TL)47.2円)1日1回のクリックで、募金ができます♪
2012年11月05日
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エディルネのパン屋さんで、おいしいリング状の胡麻パン、シミット(Simit)を食べたとこまで書いた、15日間のエジプト・トルコ大周遊モニターツアーの3日目、6月22日。バスに乗って昼食のレストランへ向かう。メリチ川(Maric)の手前にあるシナールという食堂。トルコ語の店名「CINAR ET ve BALIK LOKANTASI」を訳すと「シナールの肉や魚食堂」になる。ツアーでは、食事のときの飲物は各自が現金で支払う。トルコビール エフェス Efes が10TL(約472円)、ソフトドリンクは5TL(約236円)。現地の物価から考えると異常に高いけど、この部分でレストランは儲けを取ってるんやろうなあ。トルコのパン、エキメッキ(EKMEK)のスライスとデザートは最初から並べられてる。食事が運ばれてきた。花嫁のスープ (エゾゲリン・チョルバス EZOGELIN CORBASI)は、レンズマメ、ブルグル(挽き割り小麦)、トマト、ミントなどが入ったスープ。「EZO」が花嫁という意味で、トルコのおふくろの味スープみたいや。メインのお料理は、鶏のシシケバブ。シシは串、ケバブは焼くっていう意味で、トルコの焼き鳥。トルコ風のチーズ春巻きシガラボレイとフライドポテト、バターライスをピラウ(PILAV)が添えられてる。シガラボレイ(SIGARA BOREG)iは「葉巻たばこ」という意味みたいや。ベヤズ・ペイニル(Beyaz Peynir)という白チーズをユフカ(小麦粉と水を混ぜ合わせたパン生地を薄くのばして軽く焼いたもの)で巻いて揚げてある。デザートは、セモリナ粉のスポンジケーキをシロップに漬けたレヴァニ(Revani)。トルコらしい食事やった。15日間のエジプト・トルコ大周遊モニターツアーの旅、続く。(旅行当時のレート、1トルコリラ(TL)47.2円)1日1回のクリックで、募金ができます♪
2012年11月04日
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ユチュ・シュレフェリモスク(Uc Serefeli Camii)で子どもたちと出会ったとこまで書いた、15日間のエジプト・トルコ大周遊モニターツアーの3日目、6月22日。ユチュ・シュレフェリモスク(Uc Serefeli Camii)の向かいに、ソクルル・ハマム(Sokullu Hamamı)があった。このハマムは、16世紀にセリミエ・モスクと同じく有名な建築家ミマール・スィナンによって造られた公衆浴場で、今も利用できるそうや。道の向こう側にパン屋さんが見えたので行ってみた。リング状の胡麻パン、シミット(Simit)を 売ってたので1つ買う。0.8TLやったけど、お兄さんが0.5TL(約24円)に負けてくれた。今回トルコで食べたシミットの中で、一番おいしかったかもしれん。バスに乗って昼食のレストランへ向かう。この道をまっすぐ行ったとこにあるみたいやねんけど、川にかかってる橋が歴史あるもので、大型車輌が通ると罰金が科されるそうや。バスは鉄橋の下をくぐり、畑の中のような細い道を通ってレストランに向かった。イスタンブールからエディルネを経由してベオグラード(セルビア)、ブリュッセル(ベルギー)、ブカレスト(ルーマニア)、ソフィア(ブルガリア・バルカンエクスプレス)へ鉄道が通じてるようや。15日間のエジプト・トルコ大周遊モニターツアーの旅、続く。(旅行当時のレート、1トルコリラ(TL)47.2円)1日1回のクリックで、募金ができます♪
2012年11月03日
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ユチュ・シュレフェリモスク(Uc Serefeli Camii)のドームのアラベスクのことを書いた、15日間のエジプト・トルコ大周遊モニターツアーの3日目、6月22日。モスク礼拝堂の片隅で、勉強してる子どもたちがいた。礼拝堂から出るころに、子どもたちの勉強も終わったようや。中庭に飛び出してきた。小さな男の子は、モスク中庭の清めの泉亭のまわりを走り回ってる。エディルでは、東洋人はまだめずらしいようや。かわいい子どもたちが、近寄ってくる。トルコ語で、挨拶してくれたり、たぶん名前を聞いたりしてくれてるみたいやった。女の子は、手をつなごうとしてくれる。勉強したての、ノートを自慢げに見せてくれる子もいた。現地ガイドのアリさんは、ジプシーの子どもたちやって言うてはった。元気に育て欲しい。15日間のエジプト・トルコ大周遊モニターツアーの旅、続く。(旅行当時のレート、1トルコリラ(TL)47.2円)1日1回のクリックで、募金ができます♪
2012年11月02日
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ユチュ・シュレフェリモスク(Uc Serefeli Camii)の礼拝堂のことを書いた、15日間のエジプト・トルコ大周遊モニターツアーの3日目、6月22日。このモスクは1437年から1447年に建てられたけど、1752年の地震で破損し、1763年ムハンマド3世の命で修復された。1930年に大規模な修繕が行われ、1999年にフレスコ画の部分が追加で修復されたそうや。礼拝堂の中央の大ドームは直径24メートル、外壁に埋め込まれた4本の柱とホール中央の左右にある六角形の2本の大きな柱に支えられてる。中央ドームのアラベスクの花模様がエレガント。ドームの下のほうある室内に光を取り込む円筒状のドラム部分には、ステンドグラスをはめた12個の窓がある。装飾的なムカルナスが印象的。ドームに吊るされたシャンデリアも素敵。ドームを支える六角形の大きな柱には、アラビア文字のカリグラフィーが書かれてた。ガラスケースの中に、ユチュ・シュレフェリモスクの模型があった。15日間のエジプト・トルコ大周遊モニターツアーの旅、続く。(旅行当時のレート、1トルコリラ(TL)47.2円)1日1回のクリックで、募金ができます♪
2012年11月01日
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