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ずっと気になってた粗大ゴミを、船橋粗大中継所に持っていってきた。事前に予約したうえで品物を持っていくことができ、手数料は収集する場合の約半額になる。お昼は、スシロー 烏山店に行ってみた。8月に最新回転寿司初体験で、無添 くら寿司に行って、別の店も体験したくなった。お昼時やったからか、すごく混んでた。でも、回転が早そう。15分ぐらい待って順番が来た。紙おしぼりを渡されて、番号のテーブル席へ自分で行く。お茶も自分で入れる。ここも、小皿とか余分な物は置いてないので、まずは一皿取ってお醤油を入れる空き皿を作らなあかん。ベルトコンベアーに乗ってまわってるお寿司は、白いお皿がわさび抜き、オレンジのお皿はわさび入りのようや。くら寿司のように、自分でわさびをつけなくてええのでよかった。ここもテーブルの上にタッチパネルがついてて、いろんな種類のお寿司だけやなく、天ぷらやデザートまで注文できる。オーダーしたお寿司は、テーブルについてるグループ分けの色のシールが貼ってあるちょっと高い台にのってきて流れてくる。中トロ、びんトロ、あじ、さんま、えんがわ、生えび、こういか、やりいか姿、煮あなご、つぶ貝、鉄火巻きなどを食べた。くら寿司のような、タッチパネルのゲームはない。だんな様は、くら寿司よりはスシローのほうがええそうや。ネタは、スシローのほうが大きいかもしれん。衛生的なのかもしれんけど、消毒のような匂いがちょっと気になった。11月1日(木)は年に1度の「すしの日」なんやそうや。スシローでは「すしの日」の特別キャンペーンとして、店内で食べたお客さん全員に「本鮪大とろ」を一貫無料サービスするそうや。【11/1(木)】 「すしの日」本鮪大とろ一貫無料!1日1回のクリックで、募金ができます♪
2012年09月30日
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9月に、ブランジュリーパリの空の下で食べた物いろいろ。サンドイッチは、都会のダンス(パリ風のラタトゥイユ) 400円、海老のプロヴァンサル 600円、チルド長時間熟成の生ベーコン冷燻ピザ 600円、パンの耳、オホーツクの黒鰈のポアレ 650円、ナンチャってケフタ 550円、豚こめかみ八戸風 500円、フィレ・フルール・ド・セル 550円、ナンチャってイスタンブール(温燻鯖) 550円、鮪カマ焼き 600円、鯖ピザ 600円、ナンチャってBTL 600円、フランス風生ロモ 650円、秋鮭のピザ 600円、スルメイカのプロヴァンサル 600円、気まぐれ野菜の溶岩焼き 450円、プーレ・ロティ・ア・ラ・プロヴァンサル赤 600円、コック・オ・ヴァン(フランス産のトランペット入り) 700円など。お菓子は、クエッチェのタルト 500円、クエッチェのペイザンヌ ココひなげし 500円、イチジクのタルト 450円、オペラ 650円、クロワッサン・ザマンドゥ・クリュ 500円、タルト・レザン 緑(プリンセス)450円、タルト・レザン 紫(スカーレット)450円、ポム・ド・テール 700円、巨峰のタルト・レザン 450円、クロワッサン・ザマンドゥ ブルジョワーズ 750円、手ごねを手延べのクロワッサン 250円、パン・オ・ショコラ(ゲヤギル)300円、クエッチェとアンズのタルト 500円、南フランスの紫無花果のションソン 500円、フイユテ・ピスターシュ 300円、パン・オ・レザン 200円、洋梨のタルト 400円、秋のタルト(柿) 500円など。ほかに、すみれ September Loveのコンフィチュール(クエッチェ、カシスにすみれの香り) 2200円、欧州産の発酵バター 200g 800円など特に印象に残ってるサンドイッチは、フランス風生ロモ、都会のダンス。パンの耳も好き。お菓子は、オペラとポム・ド・テール。ポム・ド・テールはオペラの端っこを丸ごと崩してロム・レザンを加え、パート・ダマンドゥで包んである。すみれ September Loveのコンフィチュールも大好き。1日1回のクリックで、募金ができます♪
2012年09月29日
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マウントカーメル教会と南興神社跡に行ったとこまで書いた、サイパン3日目の8月18日土曜日。ハーツのレンタカーを返す前に、朝のお出かけ。朝ごはんは、借りたのは、前の日の朝9時45分。24時間借りてるので、朝も車を使える。泊まってるカノア リゾート サイパンホテルの並びにある、シビック・センター・パーク (Civic Center Park)で、毎週土曜サバル・マーケット(Sabalu Farmers Market)という朝市を6時から11時ごろまでやってる。ビーチ・ロードのマリアナ高校(Marianas High School)がある向かいぐらいのところ。 「サバル」は、地元のチャモロ語で「土曜日」という意味なんやそうや。穫れたての野菜や果物などを売ってる。8時ごろ行ったんやけど、買い物に来てるのは地元の人がほとんど。パンノキ(Breadfruit)、ジャックフルーツ(Jackfruit)、サワーソップ(Soursop)、パパイア、ココナッツなど、おいしそうな南国フルーツが並んでる。バナナは、生食用と調理用と青いの、熟れたのいろんな種類を売ってる。野菜も、キュウリ、たまねぎ、チャヨテ(Chayote ハヤトウリ)、パクチョイ、ダイコンのようなの、バターナッツのようなカボチャ、ハーブ類などどれもおいしそう。トロピカル・フラワーや植木も。クーラーボックスで、イワシのような小魚も売ってた。ここでも、選り取り5つで5$(約405円)のプレートランチ屋さんがあった。焼そばとフライドチキン、豚の煮込み、酢豚のようなの、チャモロ風揚げ春巻きのルンビア。簡単なテーブルもあって、その場で食べることができた。チャロモのお菓子は4つで1$(約81円)。もっちりとしたココナッツケーキやマンゴーケーキ、米粉とココナッツミルクで作った蒸しパンのポテュなど、どれも素朴な味わいやった。モンキーバナナが1房1$(約81円)。ねっとりと濃厚で、これが今回サイパンで食べた中で一番おいしかった。サイパンのこと続きます。1日1回のクリックで、募金ができます♪
2012年09月28日
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アクア・リゾート・クラブのシーフード・ナイト・ビュッフェを満喫した翌日。サイパン3日目の8月18日土曜日。ハーツでレンタカーを借りたのは、前の日の朝9時45分。24時間借りてるので、朝も車を使える。お宿のカノア リゾート サイパンホテルのパーキングは無料やった。7時半に出発。ホテルからビーチロードを500メートルほど南へ行ったところに、マウント・カーメル教会 (Mount Carmel Church)がある。スペイン統治時代に建てられたカトリックの教会は1944年アメリカ軍の攻撃で破壊され、1949年に日本統治時代南洋興発サイパン製糖工場があった場所に再建されたものやそうや。教会の裏側に大きな墓地があって、入口に鳥居がある。鳥居には、「昭和十二丁丑年長月吉日 奉寄進 松江春次」と刻まれてる。シュガーキングが建てはったんや。このあたりに南興神社があったそうで、その参道がやったんみたいや。石灯篭もカトリックのお墓と並んである。1944年当時、このあたりは捕虜収容所になってたそうや。国立公園局とアメリカ記念公園(American Memorial Park)が作った案内板には、こんなふうに日本語で書かれてる。「収容所での2年間1944年、戦闘が終わった後もサイパンの民間人にとって困難は続いた。空襲で負傷、衰弱し、精神的衝撃を織った18,000名の生存者、その半分は子供たちがこの付近に広がる3つの当座しのぎのぼろ屋地区に集められた。チャロモ人とカロリン人は、有刺鉄線が張られた収容所のテントや掘建て小屋で困難な状況に耐えながら2年間も過ごしたのである。サイパン島は、太平洋戦において米軍が何千人もの民間人に食事を与えたり避難所を提供したりしたはじめての場所である。侵略前準備が不十分であったため物資はいつも不足していた。」収容所での2年間教会の裏には、マウント・カーメル高校があった。教会の信者によって1952年に設立され、最初は製糖工場の古い発電所を改装した校舎やったそうや。教会のそばに日本戦没者の慰霊碑があるそうやけど、残念ながら見つけられんかった。サイパンのこと続きます。1日1回のクリックで、募金ができます♪
2012年09月27日
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松緑さんの押戻しを観る前に、三井記念美術館へ。「琵琶湖をめぐる 近江路の神と仏 名宝展」を11月25日まで開催してる。湖北の観音様は、ずいぶん前に訪ねたことがある。8月第一日曜日の「観音の里たかつき ふるさとまつり」の時やったかな。鶏足寺や渡岸寺、石道寺の十一面観音さまたち。湖西、湖東、湖南にも、行ってみたいところがいろいろある。今回の展覧会では、なんと近江の42の古社寺の名宝がやって来てくれはった。最初に、湖南市岩根の善水寺「誕生釈迦仏立像」。東大寺の誕生仏とよう似てはる。毎年花祭り潅仏会のころ1週間ほどしか公開されないらしい。次は、野洲にある聖衆来迎寺の薬師如来立像。これも奈良時代のもの。二重まぶたの目を伏せて、楚々として、かわいらしい。法隆寺宝物館の四十八体仏に似てはるけど、もっと素朴な感じがする。大津にある聖衆来迎寺の薬師如来立像も奈良時代のもの。(前期のみ)長浜の神照寺「金銀鍍透彫華籠」は国宝。散華供養の花びらを盛る器で透かし彫りになってる。金銅鍍透彫華鬘(けまん)は、団扇形の仏前荘厳具で水瓶に蓮華を挿したもの文様。ほかに、磬(けい)という打ち鳴らして音を出す仏具もあった。展示室2には、比叡山延暦寺の国宝金銅経箱が。「長元4年(1031)、叡山の僧覚超は円仁がかつて書写した如法経を銅筒に納めなおし、横川の如法堂に埋納しました。その際、藤原道長の娘、上東門院彰子(じょうとうもんいんしょうし)もこれに結縁(けちえん)して自ら書写した法華経を埋納しています。この経箱はその彰子書写の法華経を容れていたもの。銅製鍛造で、隅丸長方形をした箱です。全面に宝相華唐草文(ほうそうげからくさもん)が蹴彫(けりぼ)りされ、全体に金メッキ、間地や床脚の格狭間には銀メッキを施した美麗な金銀の色彩対比が見事です。印籠蓋造(いんろうふたづく)りの蓋と身を簡単には開けられないように指金(さしがね)で留める仕様は、経巻が長く保護されることを願った、一条天皇中宮の上東門院の信仰の深さを表しているかのようです。平安時代の金工品を代表する優品の1つ。」(2006年 東京国立博物館 「天台宗開宗1200年記念 特別展 最澄と天台の国宝」の説明より)展示室4が仏さまの部屋になってる。石山寺(大津市)の如意輪観音半跏像がいらしてはる。石山寺のご本尊は33年に1度しか開扉されないとい秘仏。承暦二年(1078)に火災に遭い再建されてはる。創建当初のご本尊の御前立ち尊だと伝えられてるのがこちらの仏さま。聖応寺(野洲町)の阿弥陀如来坐像、明寿院(愛荘町)大黒天半跏像、西遊寺(草津市)毘沙門天立像、永昌寺(甲賀市)地蔵菩薩立像、西教寺(大津市)薬師如来立像、大通寺(栗東町)広目天立。十一面観音立像は、長福寺(日野町)、飯道寺(甲賀市)、円満寺(近江八幡市)、櫟野寺(甲賀市)。円満寺の十一面観音さまが、素朴で静かで好き。葛川明王院(大津市葛川坊村)千手観音立像は、手が目立つ観音さま。比叡山延暦寺の不動明王立像は、右目を開き、左目を閉じてはる。園城寺(三井寺)盛忠作不動明王坐像、長命寺(近江八幡市)栄快作地蔵菩薩立像、西教寺(大津市坂本)薬師如来坐像。石山寺(大津市)快慶作大日如来坐像は、チラシに掲載されてる。園城寺(三井寺)吉祥天立像、石部神社(近江八幡市)厨子入薬師如来坐像、熊野神社(草津市)熊野本地仏像(阿弥陀・千手・十一面・地蔵)。なんともありがたい空間やった。展示室5には、神さまが。小槻大社(栗東市)男神坐像(伝落別命・伝大己貴命)は、威厳のあるお顔。 建部大社(大津市)女神坐像は、しもぶくれのお顔で、右袖で口元を隠してはって、楚々としてかわいらしい。桑実寺(近江八幡市)土佐光茂筆 桑実寺縁起、前期は上巻の展示で、皇女が琵琶湖の湖面が瑠璃色に光る夢を見る場面もあった。百済寺(東近江市)紺紙金字妙法蓮華経 開結経共も。展示室6は、「神体山と近江の神々 -八王子山・三上山・竹生島-」のパネル展示。最後の展示室7は、仏画。御上神社(野洲市)両界曼荼羅図、園城寺(三井寺)尊勝曼荼羅図、西明寺(甲良町)十二天像 伊舎那天、浄厳院(近江八幡市)阿弥陀聖衆来迎図、聖衆来迎寺(大津市)観経変相図聖衆来迎寺(大津市)国宝の六道絵 前期は「畜生道図」。8月に奈良国立博物館「特集展示 地獄絵」で、聖衆来迎寺の「黒縄地獄」「衆合地獄」「阿鼻地獄」を観てる。西明寺(甲良町)仏涅槃図、成菩提院(米原市)釈迦曼荼羅図、乗念寺(大津市)日吉山王本地仏曼荼羅図、園城寺(三井寺)不動明王二童子像、園城寺(三井寺)多聞天像、法蔵寺(野洲市)如意輪観音像。法蔵寺の丸顔で優雅な如意輪観音さまが、魅力的やった。仏画は、前期、中期、後期ですべて展示替えされる。会期中に、もう一度拝みに行きたい。琵琶湖をめぐる 近江路の神と仏 名宝展 1日1回のクリックで、募金ができます♪
2012年09月26日
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新橋演舞場の千穐楽。8月末の染五郎さん転落事故で配役変更。小田春永を歌六さんが務めはった。「時今也桔梗旗揚」は、2009年の秀山祭で観てる。吉右衛門さんの光秀、富十郎さんの春永、幸四郎さんの四王天但馬守やった。歌六さんのいじめっぷりはよかったけど、染五郎さんがどんなふうに演じるのかもいつか観てみたい。連歌の場では、やっぱり吉衛門さんが辞世の句「時は今 天が下知る皐月かな」を墨で達筆に書いてはった。「京鹿子娘道成寺」は、松緑さんの押戻しが楽しみ。かっこよかった。 秀山祭九月大歌舞伎 夜の部一、時今也桔梗旗揚(ときはいまききょうのはたあげ) 饗応 本能寺馬盥 愛宕山連歌 武智光秀:吉右衛門 小田春永: 歌六(←染五郎) 桔梗:芝雀 山口玄蕃:錦之助 矢代條介:松江 浅山多惣:由次郎 長尾弥太郎:桂三 丹羽五郎:廣太郎 三村次郎:隼人 住職日和上人:錦吾 森力丸:種之助 森蘭丸:歌昇 園生の局:高麗蔵 安田作兵衛:又五郎 皐月:魁春 四王天但馬守:梅玉 二、七世中村芝翫を偲んで 京鹿子娘道成寺(きょうかのこむすめどうじょうじ) 鐘供養より押戻しまで 白拍子花子:福助 所化:松江 同:亀寿 同:宗之助 後見:児太郎 大館左馬五郎:松緑 1日1回のクリックで、募金ができます♪
2012年09月25日
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グロットでスノーケリングを楽しんだとこまで書いた、8月に行ったのサイパン3日目。戦跡をいろいろ訪ねると、やっぱり精神的に疲れる。まだ3時やったけど、早くシャワーもあびたかったので、お宿のカノア リゾート サイパンホテルへ戻ることに。サイパンの北端から南部にあるホテルまで、車で45分ぐらいしかかからへん。途中、ビーチ・ロード(Beach Rd)沿いのトーチカの上に載せられた日本軍の九七式中戦車を見た。銃弾の痕も残ってる。このあたりは、今は遊歩道が整備されてるきれいなオレアイ海岸。太平洋戦争当時は米軍にレッド・ビーチ(Red Beach)と名付けられ、1944年6月16日、このあたりから米海兵隊の上陸用舟艇・水陸両用車両が上陸を開始したそうや。サイパン島の玉砕お昼ごはんを食べてなかったので、ホテルの向かいの「えびすや」で、巻き寿司8個2.99$(約242円)と、うどんスープ1$(約81円)を軽くつまんだ。4時には部屋へ戻って、シャワーを浴びて休憩。5時半に予約してた楽天タクシーがお迎えに着てくれた。5時50分に、アクア・リゾート・クラブに到着。日本からアクア・リゾート・クラブのサイトで、この日のシーフード・ナイト・ビュッフェを予約しておいた。毎週火曜と金曜の6時から9時半まで、コスタ・テラス・レストランで開催される。6時から開始やったけど、5時55分に一番乗りで入ることができた。うわさには聞いてたけど、海の幸が満載。前菜コーナーには、茹でたカニの脚、茹でた海老、生牡蠣、スモーク・サーモン、タコのあえもの、小海老。寿司コーナーでは、まぐろ、いか、タコ、〆サバ、アナゴ、卵、サーモン、海老、しめ鯖、巻物もいろいろ。焼物コーナーでは、ローストビーフ、ホタテのベーコン巻き、イカ焼、トウモロコシなど。カジキマグロの姿造り、海老の天ぷら、そうめん、シーフードと野菜の炒め物など。デザートは、アイスクリーム、ケーキ、杏仁豆腐、プリン、すいか、オレンジ、メロンなど。コーヒーやジュース、カールスバーグの缶ビールも飲み放題。お料理は追加されるけど、早い時間のほうが充実してる。いろんな国の人たちで、超満員。お料理を取って、隣のバーコーナーで食べてる人までいた。途中で、サンセットビーチバーベキューをのぞきに行ったり、アチュガオ・ビーチ〈Achugao Beach〉のサンセットを見たり。2時間ほど、たっぷりとディナーを楽しませてもろた。それで、1人33US$(約2669円)。帰りはホテルの無料送迎車で。8時20分にホテルを出て、3つホテルに寄って、8時50分にカノア リゾート サイパンホテルへ。盛りだくさんな一日やった。サイパンのこと続きます。1日1回のクリックで、募金ができます♪
2012年09月24日
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9月22、23日は世田谷アートフリマvol.18の日。運よく日曜日に出展させてもらうことができた。これで5回目になる。前回は大きいフルブース(180cm×180cm)やったけど、今回はミニブース(90cm×180cm)にした。開場は11時やけど、設営のために9時半過ぎに会場へ。最近は、旅とアクセサリー作りが連動してる。トルコでみつけた縫い針で作る伝統レース編みのお花イーネオヤ。これでピアスを作った。お花の色にあわせて、ターコイズやサンゴ、淡水パールなどと組み合わせ、ピアスフックは透明の樹脂で。耳にお花が咲いたようなイメージ。大きな安全ピンを使ったピンブローチには、サイパンのグロットをイメージして、ターコイズ、モスアゲート、淡水パール、アンティークのガラスビーズなどを飾った。アフガニスタンのオールドコインを使ったピンブローチも。左隣のブースは、KAEDE STALLさん。刺繍糸をほぐして、その細い糸でかぎ針編みのチャームを作ってはる。その細かさは、トルコの女性もきっとびっくりするぐらい。鳥や花や鍵などのモチーフを1cmから2cmぐらいの大きさに作ってしまいはる。立体的な小さな帽子も。お勤めの合間にやってはるそうや。すごいなあ。KAEDE STALLお店をのぞいてくれはった人、買うてくれはった人、応援してくれはった人、みんなおおきに。 1日1回のクリックで、募金ができます♪
2012年09月23日
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スーサイド・クリフにお参りしたとこまで書いた、8月に行ったのサイパン3日目。マッピ山を下りて、南下していくとバード・アイランドの展望台に着いた。名前のとおり海鳥がたくさん生息してる無人島で、自然保護区に指定されてる。日本統治時代には月見の名所として、「月見島」と呼ばれてたそうや。東北の海岸のような雰囲気もある。さらに未舗装の道を行くと、ジャングルの中の洞窟「カラベラ・ケーブ」に行けるという。途中まで行ってみたけど、スコールで轍がぬかるみになってる。小さなレンタカーでは無理で、途中で引き返してきた。車は泥だらけになってしもた。グロットへと行く分岐で右折。広い駐車スペースがあった。できればスノーケリングをしたい。でも、波が荒くてエントリーもむずかしいらしい。とりあえず、泳ぐ用意をして急斜面の100段ぐらいある階段を下りていく。崖に沿って波の少ないところで、大きな岩に移った。目の前に天然のプールが広がってる。ツアーでダイビングに来てる人が多いけど、地元の若い人も泳いでる。なんとかスノーケリングができそうや。フィンとマスクをつけて準備。だんな様は見張り役で、私1人で泳ぐ。ダイビングの人は岩の上から飛び込んでるけど、岩の横側から入ることにする。エキジット用のロープが張られてるので、波が弱いときを見計らってそれを頼りに水中へ。強い波が来るときは、岩に打ち付けられる可能性もありそう。午後の光で、海の中も明るく陽が射してる。さらっとした海水がとっても気持ちええ。岩のそばで水深3メートルから6メートルぐらい。プールの奥には、波の浸食作用でできた海蝕洞があって、水深20メートルほどのところに3つの横穴が開いてるそうや。外洋から光が差し込むので、神秘的なブルーに海が染まってる。もちろん外洋に出ることはできなかったけど、30分ほどグロットを楽しんだ。帰りの急な階段はちょっと大変。駐車場にトイレがあったので、着替えようと入るけど、水は出ないし鍵もかからへん。水は2リットルのペットボトルの空き容器に水を入れて持って来てたので、それをかぶってシャワー代わりに。だんな様を見張りに立てて、なんとか着替えることができた。ものすごく楽しかった!サイパンのこと続きます。1日1回のクリックで、募金ができます♪
2012年09月22日
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バンザイ・クリフにお参りしたとこまで書いた、8月に行ったのサイパン3日目。ラスト・コマンド・ポストの分岐へ向かう途中、左側に入るきれいに舗装された道があった。奥にあるのは、北マリアナ諸島退役軍人墓地(CNMI Veterans Cemetery)やった。2009年にできた新しい施設。立派な旗竿が3本あって、左から海兵隊(Marine Corps)、海軍(Navy)、空軍(Air Force)のものやった。埋葬されてるのは、まだ10体ほど。2000年以降に亡くなった方が、こちらにいはるのかなあ。マッピ山の山頂に向けて車を走らす。頂上は平和記念公園になっていて、きれいに整備されてた。中央に十字架を背にした観音様の慰霊像がある。国籍、宗教を問わず慰霊したいという気持ちなんやろう。釧路生まれの日本画家、尾山幟(おやま のぼり)氏の設計で、1972年に建立されたそうや。建立者のある南洋群島物故者慰霊像建設会 会長 栗林徳一氏は、シュガーキング松江春次氏の後任として、1940年から南洋興発の二代目の社長やった人。観音様の横に「建立記」が建てられてた。「この慰霊像は、日本の委任統治領時代に、ここに住んでいた人々によって発起され、アメリカ信託統治領政府の賛同を得、ミクロネシアと日本の人々の協力によってできあがりました。このあたり一帯は、太平洋戰争の際、最も激しい戰場となりその犠牲者はミクロネシアと日本の一般市民、アメリカと日本の軍人、軍属など数万人に達しました。 この像は、国籍のいかんを問わず、なくなられた方々の霊を慰め、この世に再びおろかで悲惨な戰争が起こりませんように永遠の平和を祈願するためのものであります。」とあった。これも苦労して、建てられたものやそいうや。サイパンの弥勒菩薩像スーサイド・クリフ (SUICIDE CLIFF)は、断崖やった。SUICIDEは自殺っていう意味。追い詰められた人たちが、ここから自決した。 崖の手前に、慰霊碑や墓標、卒塔婆などがいくつもひっそりとあった。展望台からは、バンザイ・クリフが見える。旧日本軍のバナデル飛行場跡地もなんとなく残ってた。サイパンのこと続きます。1日1回のクリックで、募金ができます♪
2012年09月21日
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バナデロのラスト・コマンド・ポストと中部太平洋戦没者のにお参りしたとこまで書いた、8月に行ったのサイパン3日目。 次に向かうたのは、「バンザイ・クリフ(旧マッピ岬)」。しめやかな気持ちになってくる。一番奥には小屋のようなのがあって、北マリアナ諸島政府が配置した警備員がいた。観光客を狙った犯罪防止のためやろけど、慰霊碑を守るためでもあるのかな。テラスのようなところに下りると、紺碧の海と青い空がすごくきれいやった。藤田嗣治の「サイパン島同胞臣節を全うす」のような場面がここで繰り広げられてたとは。一番東側にある「忠魂碑」は、1992年の建立で、荒原朴水撰文とある。その隣の2008年建立「戦没殉難者慰霊塔」は、大阪市鶴見区にある念法眞教総本山 小倉山金剛寺のもの。白いシンプルなモニュメントは、「太平洋之塔」。銘板に「アジア太平洋新時代の創造と繁栄を祈願戦没者の霊に捧げる 昭和45年3月」「DEVOTE YOURSELVES TO THE CREATION OF THE PACIFIC GLOBAL ERA MARCH 1970 A.D.」とあるだけ。調べてみると、1970年に拓殖大学太平洋之塔建設隊が建立しはったもので、ここにあるなかでは一番古い。あえて、建立者の名前を一切入れなかったという。建立つ経緯を書いたサイトを見つけた。サイパン パウパウツアーズ☆アイランド日記 バンザイクリフ 太平洋之塔これを読むと、心を打たれる。1981年建立の「洋上大学建立慰霊碑」には、三橋美智也さんが歌ったという「サイパン小唄」の一節「どんな気持で波間に消えた 時代は遠くはなれても なんでむなしく忘らりょか 風も泣きますバンザイクリフ」も刻まれてた。1980年のスキューバダイビングクラブのや1985年の善光寺建立慰霊碑、1993年の八丈島民戦歿者慰霊碑なども。日本鉄鋼産業労働組合連合会、松下電器産業労働組合第5回 松下青年の船、日立製作所労働組合・全日立労働組合連合会青年の船」寄港記念、社団法人日本青年会議所 東海地区協議会などのもある。それと個人の名前が書かれた慰霊碑。マッピ山の側には、1988年建立、本釈尊正法会のサイパン平和観音と紫光学苑の慰霊碑。法性寺というお寺もあった。2005年に大阪市東淀川区にある法性寺の住職、廣岡成進氏が建立しはったそうや。内部を工事中やったけど、中に入れてもろて拝んできた。サイパン法性寺サイパンの慰霊碑のことは、このサイトが詳しい。國學院大學 サイパン島慰霊碑データベースサイパンのこと続きます。1日1回のクリックで、募金ができます♪
2012年09月20日
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図書館で借りた本。第2章まででギブアップしてしもた。プラスチックの木でなにが悪いのか 環境美学入門 西村清和著 「自然を美的に経験するとはどういうことか」はという問いに答えるために、「自然」の概念、「美的」と「感覚的」の違いなどを「分析美学」的に説明していきはる。イヴ・クライン、デュシャン、ジョン・ケージなど、現代美術家の名前や作品もたくさん出てくるし、「倫理」と「美」の関係もおもしろそう。でもむずかしくって、頭に入ってこんかった。いつか再挑戦してみたい。1日1回のクリックで、募金ができます♪
2012年09月19日
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工事中の歌舞伎座は、正面の破風屋根のところに今度は白いパネルのようなものが取り付けられてた。この週の歌舞伎座工事の作業工程は、「地上躯体工事 地下躯体工事 諸機資材搬出入有、コンクリート打設」で、土曜日まで同じ。日曜日にも「トレーラーによる資材搬入、仮置」があって、夜間作業工程は、「トレーラーによる資材搬入、仮置」で、日曜も同じに。ここ数か月同じや。染五郎さんが8月末の転落事故で配役変更。寺子屋の松王丸を吉右衛門さんが務めはり、吉右衛門さんが演じる予定やった武部源蔵は梅玉さんになった。文楽もそうやったけど、大きな役の人が抜けると、お客さんのためにまわりがいつも以上に力を発揮してくれはるように思う。この日の寺子屋もそうやった。どっしりとした、すごくええお芝居やった。吉右衛門さんの河内山は、爽快で愛嬌がある。でも、松江邸の場面ではいつもうつらうつらしてしまう。もったいなかったなあ。帰りに三井記念美術館へ行ったら、祝日の振替で休館日やった。秀山祭九月大歌舞伎昼の部一、菅原伝授手習鑑 寺子屋(てらこや) 寺入りより いろは送りまで松王丸:吉右衛門(←染五郎) 千代:福助 園生の前:孝太郎 涎くり与太郎:種之助下男三助:錦吾 春藤玄蕃:又五郎 戸浪:芝雀 武部源蔵:梅玉(←吉右衛門)二、天衣紛上野初花 河内山(こうちやま) 上州屋質見世 松江邸広間 同書院 同玄関先河内山宗俊:吉右衛門 後家おまき:魁春 高木小左衛門:又五郎 近習大橋伊織:松江同 黒沢要:歌昇 同 米村伴吾:種之助 同 堀江新六:廣松 同川添運平:隼人北村大膳:吉之助 腰元浪路:米吉 宮崎数馬:錦之助 和泉屋清兵衛:歌六松江出雲守:梅玉 吉右衛門:河内山宗俊 1日1回のクリックで、募金ができます♪
2012年09月18日
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バナデロの韓国と沖縄の戦没者慰霊碑にお参りしたとこまで書いた、8月に行ったのサイパン3日目。 次にあったのが、「ラストコマンドポスト」。ガイドブックには、「旧日本軍最後の司令部」やったと書かれてる。でも、戦跡の歩き方によると、これは海軍の監視所(トーチカ)なんやそうや。南雲忠一中将らが自決したと言われる「地獄谷」の洞窟が「最後の司令部」で、それはもう少し南のアクア・リゾート・クラブ・サイパンの山側にあるらしい。当時と今では様子もずいぶん変わってるんやろうけど、この「ラストコマンドポスト」のトーチカは目立つ場所にありすぎる。追い詰められて苦戦してる側の司令部ではなさそうや。トーチカには階段が付けられてて、裏側から中に入ることができる。恐る恐る入ってみると、大砲による大きな穴が開いてる。ここで命を落とした日本兵も少なくなかったんやろう。「ラストコマンドポスト」のまわりには、機関砲や魚雷、戦車が置かれてる。ここで使われたものではなく、島内から持ってきたもので、迷彩ペイントは近年されたもののようやった。その隣には、中部太平洋戦没者慰霊碑があった。屏風の前に骨箱が置かれてるような形に造られてる。お盆の時期やったからか、花と水が捧げられてた。「中部太平洋戦没者の碑 さきの大戦において 中部太平洋の 諸島及び海域で戦没した人々をしのび 平和への思いをこめてこの碑を建立する 竣工 昭和四十九年三月二十五日 日本国政府 太平洋諸島信託統治地域政府」と書かれてた。手前は、日本庭園のようになってる。1975年8月に社団法人 南太平洋友好協会が英霊に対する供養のために造ったとあった。慰霊碑の裏側には、卒塔婆やお地蔵様、小さな慰霊碑がいくつもあった。サイパンのこと続きます。1日1回のクリックで、募金ができます♪
2012年09月17日
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久しぶりに鎌倉へ。混んでると思うたら、お墓参りと流鏑馬の日やった。空いてる駐車場を見つけるだけで、一苦労。裏道を通ってたら、流鏑馬の様子がちょっとだけのぞけた。蕉雨庵は、7月末にいったん閉店してはる。期間限定9月8日から17日まで、かき氷だけの営業をしてはった。上品なお宅のリビングを改装したようなお店。すぐ横は、横浜国大付属小・中学校。葡萄、ほうじ茶、宇治金時3種類のかき氷があった。私は、葡萄のかき氷葡萄のかき氷(山梨・果王園直送)ぶどうのコンポート入り 945円。だんな様は、宇治金時 辻利のお抹茶使用 自家製粒餡入り 945円。柳桜園のほうじ茶を使うたのは840円やった。極上のかき氷やった。店主の女性は、とても気さくな方。9年間やってきた店を閉めて、そろそろ旅に出たいそうや。店内の小物も自由にお持ちくださいと置いてはった。お昼を食べに入ったお店は、暑い中並んだ割には普通やった。前から行きたかった、ジェラテリア・イル・ブリガンテへ。だんな様は、ヴァローナのビターチョコとアーモンドミルク?で、スペシャルセット900円+プレミアム100円の1000円。私は、アマルフィ産レモンとモーラ(ブラックベリー)で、スペシャルセット900円+プレミアム200円の1100円。 高いけどおいしかった。モーラは、種まで入ってるのでゴリゴリしてて癖になりそう。シェフはイタリア人で日本語も上手で楽しい人。でも、ちょっと遠いなあ。1日1回のクリックで、募金ができます♪
2012年09月16日
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いつも通り、だんな様は4500円のヴァリエ、私は6500円セゾンのコース。飲物は、だんな様はカンパリソーダ890円とルノーブル キュヴェ・アンタンスのシャンパーニュ1260円、私は赤のグラスは前回と同じ、2006年のブルゴーニュ シャトー シサック 1320円。 野菜のピクルスと自家製パンに豚肉のリエットはいつも通り。前菜は2品。1品目、だんな様は一口だけパテ・ド・カンパーニュ私は、自家製スモークサーモン 水ナス モッツァレラチーズのサラダ 2品目、だんな様は真ダコのマリネ ニース風サラダ仕立て私は、蜂蜜の中で火を入れたフォアグラのコンフィ ブリオッシュ添えだんな様の本日のスープは、かぼちゃの冷製スープ私の魚は、ちりめんじゃこをつけたスズキのロースト バルサミコソースオレンジとコアントローのグラニテで口直し。だんな様は魚で、あさりとマカロニ、メダイのブレゼ私の肉料理は、牧草飼育牛(バリバリ赤身)ロースのステーキ 黒胡椒とコニャックのソースだんな様のデザートは、グレープフルーツのカンパリゼリーテリーヌ 蜂蜜添え私は、伝統菓子シリーズ 第6弾 白桃のシャルロット飲物はコーヒーとカプチーノ全部で、15,194円。カレー500円も2つわけてもろた。蜂蜜の中で火を入れたフォアグラのコンフィもちりめんじゃこをつけたスズキのローストもうっとりするほど、おいしかった。だんな様のデザートは、お誕生日バージョン。この一年もいいことがいっぱいありますように。1日1回のクリックで、募金ができます♪
2012年09月15日
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冥途の飛脚を観る前に、美術館へ。泉屋博古館分館では9月23日まで、「近代日本洋画の魅惑の女性像-モネ・印象派旗挙げの前後-」 を開催。住友の近代洋画コレクション。住友家第十五代家長・吉左衞門友純(号・春翠)が、明治30年の米・欧州外遊時、クロ-ド・モネの「サン=シメオン農場の道」、「モンソ-公園」を購入し、それが日本への印象派の導入の最も早い例のひとつなんやそうや。今回は、第1展示室、第2展示室共に絵画のみ。藤島武二「幸ある朝」、岡田三郎助「五葉蔦」、山下新太郎「読書の後」、渡辺ふみ子「離れ行く心」、渡辺與平「ネルの着物」、和田英作「こだま」、梅原「姑娘卿々弾琵琶図」、岸田「麗子六歳之像」、「二人麗子図(童女飾髪図)」、中川紀元「少女」、小磯良平「踊り子二人」、森 芳雄「女性たち」、ほかに浅井忠、坂本繁二郎、梅原龍三郎、正宗得三郎、児島善三郎、小杉放庵、香月泰男などの作品も。岡鹿之助の「三色スミレ」と熊谷守一の「野草」「鴨跖草(つゆ草)」が好きやった。続いて、9月30日まで開催の大倉集古館・特別企画展「国宝 古今和歌集序と日本の書」。文化庁の文化財保存事業による3年の修復後、初公開の国宝「古今和歌集序」(伝源俊頼筆 平安時代)と和歌の書や古写経が展示されてる。最初は、「百万塔陀羅尼(ひゃくまんとうだらに)」。制作年代が明確なものとしては世界最古の印刷物と言われているそうや。奈良時代に女帝 称徳天皇(718-770)が、根本・相輪・自心印・六度の陀羅尼を100万巻印刷し、100万基の小塔に納めて10万基ずつを大安寺・元興寺・法隆寺・東大寺・西大寺・興福寺・薬師寺・四天王寺・川原寺・崇福寺の10大寺に奉納したものなんやて。木版説と、銅版説の二説があり、そのどちらであるかは今もわかってないそうや。それが、4巻も。すごいなあ。所蔵が「特種東海製紙株式会社」になっているものが、展示品のうち3分の1ほどある。大倉喜八郎が明治40年に創業したのが東海紙料で、それが今は特種東海製紙になってるので、大倉氏が収集したもんなんかもしれん。奈良時代のものが、ほかに4点。伝聖武天皇筆の「賢愚経」、薬師寺伝来の「大般若波羅蜜多経巻 第一百七十七(魚養経)」、長屋王願経「大般若経第一百二十三(和銅経)」、石山寺旧蔵「瑜伽師地論 巻第六十六」。1300年も前に書かれたものが目の前にある不思議。平安時代に入ると、「孔雀経音義 巻上・中・下」、「訶梨帝母経(神護寺経)」、高山寺旧蔵「悉曇要集記並加文」、伝藤原定家筆「俊之集・宗丁集」など。東京国立博物館蔵の国宝「元暦校本万葉集巻 第十二(高松宮)」、「和漢朗詠集巻下(益田本)」、寸松庵色紙「としふれば」、雲紙本和漢朗詠集切「柳」、八幡切(麗花集)。「古経貼交屏風」は六曲一双の金地の上に、百万塔陀羅尼、紺紙銀字華厳経(二月堂焼経)、細字経、紺紙金銀字交書、大般涅槃経など、奈良から鎌倉時代の古経31枚を貼ってあるというすごい屏風。ご利益もたっぷりありそうやし、欲しいなあ。田中親美の平家納経模本も華やか。2階に上がると、お目当ての国宝「古今和歌集序」(伝源俊頼筆)が展示されてた。料紙がどれも美しい。雲母(きら)刷りと空刷り(蠟箋)で、花襷文や唐草文、人物などを刷り出してある。色替わりの料紙を33枚つなぎ合わせたものに、仮名が書かれてる。薄い色の紙には線を細く、濃い色の紙には墨をたっぷりと少し太めに書き分けられてるようで、その変化もおもしろく見飽きない。「やまとうたは ひとのこゝろをたねとして よろつのことのはとそなれりけるよのなかにあるひと ことわさしけきものなれは こゝろにおもふことをみるものきくものにつけて いひいたせるなりはなになくうくひす みつにすむかはつのこゑをきけは いきとしいけるもの いつれかうたをよまさりけるちからをもいれすして あめつちをうこかし めにみえぬおにかみをもあはれとおもはせ をとこをむなのなかをもやはらけ たけきものゝふのこゝろをもなくさむるはうたなり・・・おほそらのつきをみるかことくにいにしへをあふきて いまをこひさらめかも」巻子本の完本として残ってるのはこの仮名序の部分だけで、ほかの部分は断簡になってるそうや。その断簡、伝源俊頼筆 「巻子本古今和歌集切」も2幅あった。ほかに、伝藤原公任筆「小色紙」、伝藤原公任筆「石山切(伊勢集)」、藤原定信筆「石山切(貫之集下)」、和漢朗詠集の断簡で伝藤原行成筆「久松切」、伝九条教家筆「高光集切」、「後柏原天皇宸翰和歌懐紙」、「八代集」、本阿弥光悦筆「和歌巻」「詩書巻」、佐々木文山筆「瀟湘八景書体」、三井親和筆「詩書屏風」、池大雅筆「語」、青木木米筆「山中煎茶図」、頼山陽筆「五言絶句」、西郷隆盛筆「七言二句」、「田子浦蒔絵硯箱」、木内半古作「四君子象嵌重硯箱」。三井親和筆「詩書屏風」は字体を書き分けておもしろい。私が観たのは左隻。わくわくする展覧会やった。 1日1回のクリックで、募金ができます♪
2012年09月14日
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第二部は第一部の白い麻の着物ではなく、みなさんいつもの黒紋付のお姿で。「傾城阿波の鳴門」は、いくらなんでも悲しすぎるお話。「順礼歌」は寛治さんの渋い音色で、巡礼としてして偶然訪ねてきた娘おつるに、お弓の親だと名乗りたくても名乗れない気持ちがひしひしと伝わってくる。後は、清治さんが病気休演で東蔵さんと呂勢大夫さん。娘だと知らず十郎兵衛が、おつるの金を手に入れようとして、誤って死なせてしまう。娘を追いかけて行って一旦戻ってきたお弓が、十郎兵衛が殺したのが娘だと気づく。そこに追手が迫り、娘の亡骸とともに家に火を放ち、二人は逃げていく。こんなひどい話やからこそ、呂勢さんは淡々とでも勢いをこめて語ってはって、よかった。初めてちゃんと観た文楽が、2008年2月の「冥途の飛脚」やった。今回の公演プログラムには、「近松が描いた上方1 冥途の飛脚」という附録がついてた。江戸時代中・後期の大きな古地図に、「運命の分かれ道」「淡路町亀屋」「堂島」「中の島」「不動まいり」「新町遊郭」「千日」「砂場」の説明などが載ってて、とってもおもしろい。提供は、上方の味 神宗さん。神宗さんの場所も古地図、今の地図両方に書いてある。2、3と続くんかもしれん。次は曽根崎心中か心中天網島か女殺油地獄の時かな。楽しみや。忠兵衛は和生さん、梅川は勘十郎さん。逆のような雰囲気やけど、それもまた一興。夜の西横堀。淡路町から堂島へ行くはずが、通いなれた新町のほうへ来てしまう。米屋町(南本町)、キツネ小路、氏神(坐摩神社)など、実在の地名が浄瑠璃に登場するので、地図を思い浮かべる。そして「羽織落とし」。吠えつく犬がかわいい。「封印切」の前に、30分の幕間。新町遊廓。身請けされそうな田舎客のいる島屋を抜け出して、きよさんが花車(女主人)の佐渡屋町越後屋へ来た梅川。ほかの遊女たちも2階で息抜きをしてる。禿が梅川をなぐさめようと、三味線で浄瑠璃「三世相」を語り始める。「傾城に誠なしと世の人の申せども、それは皆僻事訳知らずの詞ぞや、誠も嘘も本一つ、たとへば命なげ打ちいかに誠をつくしても、男の方より便りなく遠ざかるその時は、心やたけに思ひても、かうした身なればまゝならず、おのづから思はぬ花の根引きに合ひ、かけし誓ひも嘘となり、また始めより偽りの勤めばかりに逢ふ人も、絶へず重ぬる色衣、つひの寄るべとなる時は、はじめの嘘もみな誠、とかくたゞ恋路には偽りもなく誠もなし、縁のあるのが誠ぞや、逢ふこと叶はぬ男をば思ひ思ひて思ひが積もり、思ひざめにも醒むるもの辛や所在と恨むらん」下ではきよさんも本を持ち出すと、表紙には「三世相」と書かれた題簽が貼られてる。禿が「恨まば恨めいとしいといふこの病ひ、勤めする身の持病か」と無邪気に聞く。梅川の悩みはより深くなってしまう。忠兵衛が封印を切る場面では、思わずアッと声が出そうなぐらい真に迫てった。私は改作された歌舞伎の悪者八右衛門より、友達思いの善人八右衛門のストーリーのほうが好きやなあ。「道行相合かご」は、咲甫大夫さんの熱演が聴けて満足。9月文楽公演 第二部 「傾城阿波の鳴門(けいせいあわのなると)」十郎兵衛住家の段 口 豊竹咲寿大夫(前半)、鶴澤清公 前 竹本津駒大夫、鶴澤寛治 後 豊竹呂勢大夫、鶴澤藤蔵(清治休演につき代演)(人形)女房お弓:吉田文雀 飛脚:桐竹紋秀 娘おつる:桐竹紋吉(前半)阿波十郎兵衛:吉田玉也「冥途の飛脚(めいどのひきゃく)」淡路町の段 豊竹咲大夫 鶴澤燕三封印切の段 切 豊竹嶋大夫 豊沢富助道行相合かご 梅川 豊竹咲甫大夫 竹澤宗助 忠兵衛 豊竹睦大夫 鶴澤清志郎 豊竹咲寿大夫 鶴澤清馗 竹本小住大夫 鶴澤寛太郎 豊竹始大夫 鶴澤清公(人形)手代伊兵衛:吉田玉佳 国侍甚内:吉田文哉(前半) 母妙閑:吉田勘彌 亀屋忠兵衛:吉田和生 下女まん:吉田簑二郎 丹波屋八右衛門:吉田文司宰領:桐竹紋吉 花車:桐竹紋臣 遊女梅川:桐竹勘十郎 遊女千代歳:桐竹紋秀 遊女鳴渡瀬:吉田簑紫郎 禿:桐竹勘次郎 太鼓持五兵衛:吉田玉彦 駕籠屋:吉田玉翔 駕籠屋:吉田簑次(前半)1日1回のクリックで、募金ができます♪
2012年09月13日
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国立劇場で、夏祭浪花鑑を楽しんだ後、ニューオータニ美術館へ。9月30日まで、「マリー・ローランサンとその時代展 ~巴里に魅せられた画家たち」を開催。1983年に開館した蓼科高原のマリー・ローランサン美術館が、2011年9月30日に閉館した。そこの最後の企画展が、この展覧会やったようや。高梁市成羽美術館、一宮市三岸節子記念美術館、神戸市立小磯記念美術館と巡回し、最後がニューオータニ美術館。小規模美術館の連携企画で、この5つの美術館など国内の所蔵作品だけで構成された展覧会やったけど、なかなか見ごたえがあった。ローランサンの甘いのが、だんだん苦手になってきてた。でも、1908年頃の「パブロ・ピカソ」は、魅力的な絵やった。1913年頃の「優雅な舞踏会」もおもしろい。第2章は「パリの華やぎ」で、ルオー、ドンゲン、ヴラマンク、ヴァラドン、ユトリロ、キスリング、藤田嗣治など。ローランサンがデザインしたバレエ「牝鹿」衣装の写真などもあった。第3章は、「日本人画家の活動」。佐伯祐三、荻須高徳、小磯良平、児島虎次郎、徳永仁臣など。三岸節子の絵も5枚もあった。マリー・ローランサンとその時代展 ニューオータニ美術館 1日1回のクリックで、募金ができます♪
2012年09月12日
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重鎮の方々が休演でどうなることかと思うていたけど、杞憂やった。竹本住大夫さん、鶴澤清治さんと人間国宝のお二人が、病気療養のため休演。早くお元気になっていただいて、床でのお姿を拝見したい。第一部は「夏祭」に合わせてか、太夫さんも三味線さんも人形遣いさんも、みんな夏の装い。白い麻の着物がさわやかで、素敵やった。「粂仙人」は「鳴神」が初演された1年後に上演されたそうで、そっくり。清十郎さんの花ますが、きりっとしていながら色香もあった。花ますさん、足があったなあ。「夏祭」は、「鳥居前」の寛太郎さんと希大夫さんで始まり、期待が高まる。「道具屋」は、後半ちょっと眠くなった。「三婦内」では、目がぱっちり。7月17日、浪速の高津夏祭りの宵宮の日。三婦の女房のおつぎさんが、パタパタと団扇で風を送りながら火鉢で祭りの料理の鯵を焼いてはる。家に戻ってきた三婦も団扇で涼を取る。訪ねてきたお辰は扇子を使う。その扇ぎ方が三人三様、おかみさん、老俠客、気風がいい美人さんとそれぞれを表してる。人形遣いさんの麻の着物は、人によって風合いの違うものを使うてはる。三婦の紋壽さんと義平次の勘十郎さんのは、生成りっぽいお色で張りがある。お辰の蓑助さんと団七の玉女さんのは、白くて張りがある。その着こなし、身のこなしを眺めてるのも、楽しかった。「泥場」は、団七の気持ちがよう伝わってきた。この段では、大夫さんと三味線さんが揃いの茶の団七柄の裃姿やった。9月文楽公演 第一部粂仙人吉野花王(くめのせんにんよしのざくら)吉野山の段 花ます 竹本千歳大夫 竹澤團七 粂仙人 竹本三輪大夫 野澤喜一朗 大伴坊 竹本津國大夫 鶴澤清丈 安曇坊 竹本相子大夫 豊澤龍爾 豊竹亘大夫 野澤錦吾 竹本文字栄大夫(人形)大伴坊:吉田玉志 安曇坊:吉田幸助 粂仙人:吉田玉也 花ます:豊松清十郎夏祭浪花鑑(なつまつりなにわかがみ)住吉鳥居前の段 口 豊竹希大夫 鶴澤寛太郎 奥 豊竹松香大夫 鶴澤清友内本町道具屋の段 口 竹本南都大夫 竹澤團吾 奥 竹本文字久大夫 鶴澤清介釣船三婦内の段 口 豊竹芳穂大夫 鶴澤清馗 切 竹本文字久大夫(住大夫休演につき代演) 野澤錦糸 アト 豊竹靖大夫 豊澤龍爾長町裏の段 団七 竹本源大夫 鶴澤藤蔵 義平次 豊竹英大夫(人形)釣船三婦:桐竹紋壽 倅市松:桐竹勘介 団七女房お梶:桐竹勘壽こっぱの権・吉田勘市 なまの八:吉田文哉(前半) 玉島磯之丞:吉田勘彌団七九郎兵衛:吉田玉女 役人:桐竹勘次郎 傾城琴浦:吉田清五郎大鳥佐賀右衛門:吉田簑一郎 一寸徳兵衛:吉田玉輝 娘お中:吉田文昇三河屋義平次:桐竹勘十郎 番頭伝八:吉田一輔 仲買弥市:吉田簑紫郎道具屋孫右衛門:桐竹亀次 三婦女房おつぎ:吉田簑二郎 徳兵衛女房お辰:吉田簑助1日1回のクリックで、募金ができます♪
2012年09月11日
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聖母マリアの祠でルルドのマリア様にお祈りしたとこまで書いた、8月に行ったのサイパン3日目。 レンタカーでキャピタル・ヒルに差し掛かったあたりから、ものすごいスコールが降りだした。キャピタル・ヒルは、1947年にアメリカの国連信託統治領政府の本部が建てられたところ。サイパンでは、6月から11月までが雨期。雨季とはいうても、スコールが一日に数回あって、後は強い日差しが射してることが多い。一日のうちに天気がコロコロ変わる。私たちがサイパンに来る前は、何日か雨続きやったそうや。マッピ・ロードをしばらく行くと、雨がやんだ。アクア・リゾート・クラブ、マリアナ・リゾート&スパを過ぎて少しすると右手に吉祥寺というお寺があった。韓国曹渓宗系の寺院みたいや。マッピ山の麓は、地元ではバナデロという地区。「ラスト・コマンド・ポスト」として知られていて、慰霊碑が建てられている。最初にあったのは、入口を2頭のライオンが守っている1981年建立の「太平洋韓國人追念平和塔」。1910年日本が韓国を統治するようになり、太平洋戦争当時1000人以上の朝鮮半島の人や台湾の人も、移民や軍人、飛行場設営部隊の労務者などとしてサイパンにいはったようや。慰霊碑のまわりにも、ガールスカウトや少年野球団や保険会社などによる碑も建ってた。韓国の若いカップルもちょうど、訪れてはった。その隣には、「おきなわの塔」。1968年に、琉球政府によって建立されたものなんやそうや。沖縄返還は1972年やから、まだアメリカの統治下にあった時代。石碑は、1993年に改修したものやと書かれてた。1933年時の南洋群島の全人口は8万884人、日本からの入植者は3万670人で、出身別内訳は沖縄1万7、598人、東京2,733人(そのほとんどが小笠原島、八丈島出身)、鹿児島1,061人(そのほとんどが奄美大島出身)だったそうや。1920年代後半にソテツ地獄と呼ばれる極度の不況が沖縄を襲い、海外への移民が増えたらしい。南洋興発の職員の過半数は沖縄県民やったとも言われてるそうや。ミクロネシアとアジア忘れてはいかん、悲しい歴史やと感じた。サイパンのこと続きます。1日1回のクリックで、募金ができます♪
2012年09月10日
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元アスリート飛行場の発電所、酸素製造工場、戦車などを見たとこまで書いた、8月に行ったのサイパン3日目。 レンタカーでクロス・アイランド・ロードを北に向かって走る.左手にタポチョ山が見える。この山にも行きたかったけど、四駆の車やないと無理なようで残念。キャピタル・ヒルへと向かう道を右に入って少し行くと、右手に「Santa Lourdes Shrine As Teo」と書かれた案内板があり、小さなマリア様が置かれてる。「As Teo(アス・テオ)」はここの地名のようや。そこを入ると、右側に白と水色のアーチがあった。チャモロ語で、「O MARIA MAMAPOTGENAIHON SIN ISAO TAYUYUTE HAM NI FUMALALAGUE HAO」と書かれてる。車を止めて降りると、あたりには水が湧き出してる。サイパンでは水源が乏しく、水道水は海水をろ過して作られてるので、めずらしいことらしい。ゆるい坂を少し行くと、左側に、キャンドル・ハウスが。中に入ると、フローティング・キャンドルをお供えするようになってた。お香もお供えできて、フィリピンとかのアジアの教会っぽい。岩のなかに祭壇が作られてて、ルルドのマリア様がいはる。Nathan Benson氏が地元新聞社Saipan Tribuneに2007年寄稿した記事をみつけた。この場所の所有者で、祠を守ってるFrank Borja氏に取材した話。1950年ごろ布教のためにサイパンに来ていたベリス・メルセス宣教修道女会の修道女たちが、このBorja家の土地をみつけ、湧き出る泉と静かな環境がフランスの聖地ルルドに似ていることから、ここにルルドのマリア様を祀ることを勧めた。Borja家は、チャノン・カノアからマリア様を運んで来て、3世代にわたって守っているそうや。祭壇の左側にある洞窟は、戦時中には野戦病院として使われたこともあるみたいや。右側には湧き水の井戸があり、マリア様の神水としてあがめられている。A man's devotion to the Blessed Virginサイパンのこと続きます。1日1回のクリックで、募金ができます♪
2012年09月09日
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美しくも恐ろしい恋愛小説。図書館で借りた本のこと。美しき一日の終わり 有吉玉青著昭和15年生まれのもうすぐ70歳になる女性「美妙(びみょう)」さんが主人公。食品会社の2代目社長である父が武蔵野に建てた築60年になる日本家屋の取り壊しが決まる。その古い家で過ごす姉と弟の、10月20日一日のことを描いたお話。白百合?のようなカトリックの女子校の中学3年生のとき、母の違う8歳の弟「秋雨(しゅうう)」が父に連れられてきて一緒に住むようになる。没落した旧家の出である母は、秋雨に冷たくあたる。昭和の歴史をたどるように彼女と弟の人生が走馬灯のように思い出されていく。禁断の愛は、耐えて、秘めるほど、やわらかくまわりを不幸にしていく。それが恐ろしい。母は秋雨が来てから、洋装に変わり、「装苑」「ドレスメーキング」「ハイファッション」を購読しては、ドレスを作る。昭和35年のお正月に始めて東京タワーに上るのに、「お熱いのがお好き」でマリリン・モンローが着ていたドレスを真似て、赤いサテンの背中の大きくあいたワンピースを作り着ていく。「うちのママは世界一」「パパは何でも知っている」「きょうの料理」「キューピー3分クッキング」「土曜洋画劇場」「日曜洋画劇場」などのテレビ番組やビートルズの来日、資生堂パーラーのビーフカットレット、クロケットも出てくる。美妙がお見合いをするようになると、その振袖も文様も意味を持って描かれる。製薬会社の人が相手のときは、薬玉の描かれた素襖色の着物の柄を相手が気がつかないのは野暮だと母が断る。宝尽くしの刺繍の折入形の宝鍵や、辻が花の藤色の着物なども登場。30歳のとき35歳の銀行員と結婚した美妙は、母が「マイ・フェア・レディ」でオードリーがアスコット競馬場で着ていたのを参考に縫ったドレスを身にまとう。秋雨の結婚パーティでは、オードリーの「おしゃれ泥棒」での黒いレース生地のドレスを真似て作ったワンピースを母は着ている。昭和47年に生まれた娘、京香の4歳の誕生日プレゼントは「超合金DXグレンダイザー」お弁当を作るシーンも、折々に登場する。お弁当を作っているとき、美妙は一番素直に生きてたようや。1日1回のクリックで、募金ができます♪
2012年09月08日
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レンタカーで元アスリート飛行場の慰霊碑に行ったとこまで書いた、8月に行ったのサイパン3日目。 ガイドブックの地図が大雑把やので、戦跡を探すのに苦労する。Flame Tree Rdの向こうに、廃墟があった。これは戦争によるものではなく、ホテルかなんかやったんかなあ。元アスリート飛行場についての案内板があった。アメリカ合衆国国立公園局(National Park Service)によって、サイパンではここアスリート飛行場、ランディングビーチ、マッピ岬(The Landing Beaches; Aslito/Isley Field & Marpi Point)が1985年に国定歴史建造物(National Historic Landmark)登録されてる。この案内板は、国立公園局とアメリカ記念公園(American Memorial Park)が作ったもので、日本語の表記もある。「戦争を終結させた飛行場(War in the Pacific National Historical Park) 」というタイトル。「ここでは、1944年から1945年の間に米陸軍航空隊が元はアスリート飛行場と呼ばれた日本軍の飛行場を修理、拡張し構築した120機あるB-29爆撃機の駐機場の1つをみることができる。サイパンとテニアンの米軍による支配は、巨大なB-29爆撃機『超空の要塞』にとって日本本土爆撃のための安全な地上発着基地を与える。拡大された8,500フィートの滑走路と巨大援護施設が飛行場のために構築され、イスレイ飛行場と新しく名づけられた。地上発着基地は、太平洋戦において結果的米国勝利を招く重要な構築物の1つであった。」「ここで見る舗装された駐機場は、『超空の要塞』が修理、再給油され10トンの爆弾を積み込まれる間、その重さを支えるのに重要であった。何マイルも舗装された誘導路は、駐機場と滑走路をつなげた」「戦争終結への決断をもたらしたものは、B-29爆撃機による長引く空襲である。 近衛文麿 元総理大臣」とも書かれてる。The FieldsThat Ended the War迷った末に、日本軍の戦跡へと続く石畳の道を見つけた。左手に、発電所跡。ディーゼル発電やったんかな。こじんまりとした建物。さらに行くと、九七式中戦車が。想像していたのより、小さかった。その後ろには、はずされた履帯(キャタピラー)が積まれてた。九六式二十五粍高角機銃のようなものもある。奥にあるのは、酸素製造工場跡らしい。戦闘機のパイロットがつける酸素マスクのために、ボンベに酸素を充填する設備が必要やったそうや。魚雷もいくつかあった。海軍の弾薬庫も見たかったんやけど、どこにあるかわからんかった。実際に使われた、それも撃破された戦車などを目にすると、戦争の恐ろしさを身にしみて感じた。サイパンのこと続きます。1日1回のクリックで、募金ができます♪
2012年09月07日
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8月に行ったのサイパン3日目。ガラパンストリートマーケットで晩ごはんを食べた2日目のことまで書いた。カノア リゾート サイパン(KANOA RESORT SAIPAN)ではこの時期、新装オープン記念で朝食券を1回分くれてた。この日使うことに。 場所は、メインダイニングの「イスラカフェ(Isla Cafe)」。以前メインダイニングやった日本料理の「レストランあおい」は6月で閉店したそうや。日本人のお客さんより、韓国人、中国人が増えたので、中華レストランにするのかなあ。朝食ビュッフェは、通常やと1人15$するみたいや。おそうめんのようなラーメンはその場でかまぼこ、葱、鶏肉を入れて作ってくれる。オムレツも作ってもろた。ポルトガルソーセージやコーンビーフポテト、コールスロー、シリアル。ビーフンやチャーシュー、きゅうりのキムチ、つぼ漬けとアジア向けのものも。グレープフルーツ、オレンジ、スイカもあって、なかなか充実してた。9時に予約してあったハーツレンタカーのデスクへ。ホテルの中にあるので便利。一番小さいコンパクトサイズの車を24時間借りる。先客がいたので、ずいぶん時間がかかった。24時間のレンタル料金が55.7$のカード会員割引で10%オフ。それに、LDW(車両損害補償制度)LDWが26.99$、LIS(追加自動車損害賠償保険)が9.99$、PAI・PEC(搭乗者傷害保険)が10.99$、concessionare fee(ホテルコンセッションフィー)が10.37$ 108.47$になった。デポジットとして借りるときに、クレジットカードで200$を取られる。全ての保険・税金・ガソリン代込みの「おまかせ!クーポン」11,900円というを日本で購入することもできたけど、実際にかかったガソリン代13$を入れても121.47$(約9820円)と現地払いの方が安かった。車はカエル色のMazda 2(デミオ)。9時45分にホテルを出発。ビーチ・ロードを南下して、アギンガン岬(Agingan Point)に行こうとしたんやけど入る道がわからず、ラッダー・ビーチ(Ladder Beach)に向かったけど、ジャングルのような民家のあるところに出てしまったのでこれもあきらめ、サイパン国際空港へ行った。この空港は、日本海軍がサトウキビ畑やったとこに造ったアスリート飛行場(Aslito Field)やったとこ。1944年アメリカ軍に占領され、イズリー飛行場(Isely Field)と名を変え、B-29の発進基地になった。ここから日本本土爆撃のB-29がようけ飛び立ったんや。1975年にサイパン国際空港となった。正式名称は、フランシスコ・C・エイダ国際空港(Francisco C. Ada Saipan International Airport)なんやそうや。空港開設に尽力した北マリアナ諸島の政治家の名前らしい。パーキングの横に芝生の広場はあって、そこに日本の慰霊碑があった。1996年に建立された独立山砲兵第3連隊第3中隊慰霊碑。 「久留米独立山砲兵 第三聯隊第三中隊 小城中隊長以下百六柱」の慰霊のためやそうや。その横には、1983年建立の独立歩兵第317大隊(元歩兵第89聯隊第三大隊)顕彰碑 。大隊長佐々木大尉以下585柱の戦没者氏名が刻まれ、 2003年5月建立の紋別市鎮魂の碑は、北海道の形をしてた。慰霊碑の後ろにあるこんもりとした緑は、旧日本軍の燃料貯蔵庫跡。近くには1983年に建てられた、米軍の第73爆撃団記念碑もあった。第73爆撃団(73rd Bombardment Wing)は、日本にB-29で爆撃した部隊。THIS MEMORIAL HONORS THE MEN WHO SERVED IN THE73RD BOMBARDMENT WINGON SAIPAN 1944-1945TENTS AND QUONSET HUTS SHELTERING THEWING'S 15,000 MEN WERE LOCATED HERE ANDTO THE EAST ALONG THIS OBYAN COAST.FLYING B-29 SUPERFORTRESSES FROM ISLEY FIELD ON SAIPAN,THE WING MADE HIGHLY EFFECTIVE USE OF STRATEGIC AIRPOWER.ALONG WITH OTHER UNITS OF THE U.S. 20TH AIR FORCE IN THEMARIANAS, THE 73RD SIGNIFICANTLY INFLUENCED THE OUTCOME OF WORLD WAR II IN THE PACIFIC AREA.1033 MEN OF THE 73RD WING MADE THESUPREME SACRIFICE FOR THEIR COUNTRY.B-29スーパーフォートレスでサイパンから飛び立ち、第二次世界大戦太平洋戦での米国の勝利に著しい貢献をした第73爆撃団とある。1033名が犠牲になってる。道沿いには、防空壕がいくつも残ってた。サイパンのこと続きます。1日1回のクリックで、募金ができます♪
2012年09月06日
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図書館で借りた本。最初はとっても読みにくかった。でも読んでいくうちに、惹きこまれていった。紫の花伝書 花だいこんを伝えた人々 細川呉港著私が、花だいこん(オオアラセイトウ)の存在を気にして名前を知ったのは5年ほど前の新宿御苑やった。こんなエピソードあふれる中国から来た植物やったんやなあ。この本で紹介されてる伝来ルートは、4人。陸軍薬剤少将 山口誠太郎氏中華民国、満州国の政治家で戦後日本に亡命した 張 燕卿氏満鉄総裁 林博太郎氏満州開拓女塾の女性教師 花田歌氏横浜山手の上海香港銀行横浜支店長宅だった庭から世田谷に移植した 芦沢峻氏著者は、伝来ルートをたどっていくうちに、この5人とそれを取り巻く人たちの人生にも共感を覚え、詳しく書いてはる。一番興味深かったのは、林博太郎氏からつながる伝説的園芸家 桜井元・廉親子。林博太郎氏は1932年(昭和7年)から4年間満鉄総裁を務める間に、満州で集めたいろいろな種子や根ごと取った草花をトラックにいっぱいになるほど桜井元氏のところへ持って来たそうや。そのなかには、マルバタマノカンザシもあったという。桜井氏は、マーガレット、キンセンカ、魚柳梅、ひめつるぎ、日々草などをドイツから輸入して広めたり、八重咲きのガーベラを作ったりしてはる。シクラメンを品種改良して逆輸出したり、クレマチスの大輪化などの功績もあるそうや。今は普通に見かける花々も、いろんな人たちの手や土地を経てやってきたんやということを、改めて感じた。1日1回のクリックで、募金ができます♪
2012年09月05日
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ガラパン教会に来たとこまで書いた8月のサイパン2日目。 ガラパン教会の前のビーチロードを渡ってガラパンストリートマーケットへ行った。以前は、フィエスタ・リゾート&スパとハイアット・リージェンシー・サイパン前のコーラルツリー通り(Coral Tree Ave)でやってたそうやけど、2012年4月からこのガラパンドックに移ってる。ガラパンのDFSギャラリアから歩くと15分ぐらいかかるやろか。広場の真ん中にステージが作られ、バンド演奏や歌やダンスも行われてて、ええ雰囲気。ステージのまわりにコの字型に屋台が20店ぐらい出てるやろうか。午後5時から9時ごろまでの開催。脇には駐車スペースもある。お店を端から見ていく。おかずをいくつも並べて、好きなのを5つとか6つ選んで5$(約405円)にしてる店が多い。最初に、チャロモのおやつの店 フラガール(FULA GIRL)へ。アピギギ(APIGIGI)をその場で焼いて売ってる。アピギギは、サイパンのローカルなお菓子。ヤングココナッツとタピオカスターチと砂糖を煮て、それをバナナの葉に包んで焼いた物。熱々を食べると、モチモチして、ココナッツと焼けた香りでおいしい。1つ1$(約81円)。ほかに、BUNELOSやROSKETEとあるのは、ドーナツのような揚げたお菓子のようや。PAPAYA COCOは、生のパパイアとココナッツ。EMPANDA(エンパナーダ)はサイパン風ミートパイ。 BACON、SARDINES、CORNED BEEF、CHICKINがあった。BANANA STYLONはバナナの春巻きかな。どれでも1$。その近くのEM'S & GRACE CATERINGでは、チキンやポークやハムの串刺しなど好きなのを6つ選んで5$。でもその場で作ってるお料理がおいしそうやったので、それを注文。一夜干しのイカと玉ねぎを特製ソースで炒めてくれる。それに、焼そばと炒飯を選んで、8$(約641円)。すごいボリュームやった。フルーツの店にも寄った。ここでも、どれでも1$(約81円)。ココナッツジュースも1$(約81円)。ジュースだけやなく刻んだ身も入ってて、さっぱりとしておいしい。もち米とコーンを甘くココナッツで煮たものは、お粥のよう。ライスケーキは、黒いもち米をココナッツミルクと砂糖を入れて炊いたようなの。 スイカも大きな2切れで1$。これは2つ買うた。全部で14$(約1134円)。雑貨も売ってた。カジュアルブランドの服も、本物やというてはったけど、えらく安かった。KINGFISHER’S NONI(キングフィッシャー・ノニ)のブースも出てた。サイパンでノニ製品を作ってるお店。ノニオイルとバージンココナッツオイルを配合したボディバームを買うてみた。KINGFISHER’S NONI約束どおり、7時半に楽天タクシーが迎えに来てくれた。タクシーのドライバーさんも、マーケットでなんか食べはったんかな。いい匂いがしてた。7時45分に、カヌア・ホテルに到着した。サイパンのこと続きます。1日1回のクリックで、募金ができます♪
2012年09月04日
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砂糖王公園(Sugar King Park)と彩帆香取神社に行ったとこまで書いた8月のサイパン2日目。 楽天タクシーでDFSギャラリアまで戻ってきた。ギャラリアの中には、サイパンダのコーナーもある。パンダの鼻がサイの角のようになってるけど、日本人にしか意味がわからんマスコット・キャラクターやな。着ぐるみのサイパンダもいた。ビーチロードを歩いて、ガラパンの繁華街メインストリート「パセオ・デ・マリアナス(Paseo De Marianas)」まで行ってみた。南国の雰囲気をかもしだしてるけど、人がほとんど歩いてない。真ん中のあたりに、砲弾の痕が残る建物があった。案内板によると、奉安殿。第一国民学校の校庭にあった、天皇・皇后の写真「御真影」を保管する建物で、日本がある方角の真北をむいてるそうや。2010年に復元されたとあった。かわいいKOBANもある。山のほうに、きれいな虹が出てた。マリアナ観光局によれば、2012年6月にCNMI(北マリアナ諸島連邦(CNMI サイパン、テニアン、ロタ島)にを訪れた外国人は、1位が韓国の10,369人、2位は日本で9,051人、3位は中国で6,814人やそうや。ホテルでも、韓国人、中国人の旅行者が多かった。サイパンも中国人、韓国人のリゾート地へと変わっていくんやろうなあ。ハイアット・リージェンシー サイパンをちらっとのぞいて、DFSギャラリア・シャトルバスで、ギャラリアに戻ってきた。6時15分に、またサンコー・ラウンジで楽天タクシーの手配をしてもろた。この日は、木曜日でガラパン教会の前の広場でガラパンストリートマーケットを開催してる。ガラパン教会までタクシーで連れて行ってもtらい、1時間後にまた迎えに来てもらうように頼んだ。ガラパン教会は、白いモダンなデザイン。スペイン統治時代から続くカトリックの教会。1944年に太平洋戦争で破壊され、今の建物は1987年に再建された。新築時は黄色い外観やったそうやけど、2006年に白に塗り替えられたそうや。白いほうが、教会らしいかもしれん。教会の裏に、古い塔が建ってる。スペイン統治時代に建てられた鐘楼で、破壊をまぬがれたんやそうや。そろそろ、ガラパンストリートマーケットへ行ってみよう。サイパンのこと続きます。1日1回のクリックで、募金ができます♪
2012年09月03日
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9月はだんな様の誕生月やので、1日久しぶりに六本木の祥瑞でステーキを。私のお酒は微発泡白ワイン、シルヴァン・マルティネズ(Sylvain Martinez)のガズゥイ(Gazouillis)2010。だんな様は、茨城にある木内酒造の常陸野ネストビールシェーヴル・フレとトマト 1800円は、山羊のチーズ好き私にはとってもうれしい。パルマンティエ 1800円は、牛ひき肉とじゃがいもの重ね焼き。たっぷりすぎる量。この日のお肉は、山形牛サーロイン 100g1300円。520gのを二人で。茂野シェフの焼いたお肉が、だんな様は大好物。まわりは黒焦げに近いカリカリで、中はレア。おいしい。チャージ 500円×2を追加して、二人で13600円。一品の量が多いので、二人やといろいろ食べられないのがちょっと残念。1日1回のクリックで、募金ができます♪
2012年09月02日
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8月に、ブランジュリーパリの空の下で食べた物いろいろ。京都やサイパンに行ってたのに、よう食べてる。7月にパリから買うてきてくれはったマリアージュ・フレール(Thés Mariage Frères)のプランリュンヌ(PLEINE LUNE)は1800円。 アーモンドとバニラの香りが甘い。お菓子はシーブスト・ペーシュ・サンギーヌ 650円、タルト・フリュイ・ド・ラ・パスィオン 500円、ションソン フリュイ・ノワール 450円、アナナスとひなげしのタルト 450円、シーブスト・マング 700円、エクレール・ショコラ 550円、アナナスという名のネコ 400円、夏ベニエ 600円、マンゴーのションソン 500円、バナナとココナッツのタルト 450円、クロワッサン・ザマンドゥ・クリュ 500円、手延べパン・オ・ショコラ 250円、手延べクイニーアマン 250円サンドイッチは夏トリュフ卵サンドイッチ 600円、鯖温燻サンドイッチ 500円、ピサラディエール 500円、ロッシーニ(牛フィレステーキにフォアグラとトリュフの組み合わせ) 1500円、キッシュ・ロレーヌ 600円、鮪カマ焼きソース・プロヴァンサル 600円ワカサギのフリット 600円(翌日は450円)、ラスカスのフリット 500円、ヤリイカのプロヴァンサル 600円、羊のタジン 600円、ブランジュリーのピザ 600円、豚こめかみチュニジア風スパイシー焼き 550円、鶏むね肉のソース・レフォール 450円、南仏香草生ベーコン エルブ・ド・プロヴァンス 600円どれもおいしいけど、特に印象に残ってるサンドイッチは、夏トリュフ卵サンドイッチとヤリイカや鮪カマ焼きソース・プロヴァンサルかなあ。南仏香草生ベーコンとたっぷりのピュレ・ドゥ・ポムドゥテールも印象に残ってる。 お菓子では、夏ベニエの中に入ってるフランボワーズのコンフィチュールの量が半端やない。パイナップルのお菓子も夏らしい。地味やけどバナナとココナッツのタルトやエクレールも好き。そして、クロワッサン・ザマンドゥ・クリュは、めったにないけど大好き。1日1回のクリックで、募金ができます♪
2012年09月01日
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