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あと何本か書いてから・・と思いましたが、新ブログをえっちらおっちら立ち上げました。まだBlogger自体に慣れてないので怠け心とは別な意味で更新に暇がかかると思いますが、こちらもご覧いただければ嬉しいです。楽天では文体もコンセプトもオールゼロで書きなぐってましたが、新ブログは「映画をけなさない」を基本スタンスに、つまんない映画かもしれないけど私はこんな見方したんだよー、と、私的な思考を書き連ねることにしました。・・・あれ?あんまり変わらないか?でも何かについて語るときに「けなさい」というのは結構難しい縛りです。阿呆な映画を楽しく観る私ですが、それでも思い出す度に腸が煮えくりかえるような映画もあります。自分の人間性への挑戦といっては大げさでしょうか。そんなこんなで、新ブログです。楽天ブログはこのまま残しますが、もったいないので楽天で書いた映画についても、選んで新ブログに移動させようかとも思ってます。怠けものなので、細々と、ですが。よろしければ今後もお付き合いいただければ幸いです。新ブログ:所詮はただの映画狂
October 31, 2011
フランス映画『13ザメッティ』のセルフ・リメイクをハリウッドで作った、というややこしい背景のある映画です。ちなみに『13ザメッティ』は未見です。観たかったけど、瞬殺で劇場公開が終わった記憶があります。家族のためにお金に困ってる青年が、なんやかやで暗黒街のロシアンルーレットによる違法な賭けごとに参加するはめになり、命はってロシアンルーレットをやる・・・という話です。主人公が参加者なんです。だから、まあ死にはしないだろうということはわかるし、案の定生き残ってからの展開も、ジェイソン・ステイサムの顔を観てたらわかっちゃうんですが、この映画のよさってそういうところにはないんですね。びっくり、とか、驚きの展開!とかじゃあない。で、何がいいのかというと、間、とか、差、なんです。引き金を引く合図をするまでの間。緊張。打ったあとの、敗者たちが倒れていくときの、緩んだ映像との落差。観ているこっちが吐きそうになるほどの落差です。それから人間関係。命を懸ける緊張感で疲弊していく挑戦者たちと、彼らを操る暗黒街の連中の間にある、緊張感の落差。単なる強欲と、家族愛との落差。演出の緩急がえらく極端。同じような立ち位置の人間は組ませない。あらゆるシーンに、対立や緊張感が漂っているわけです。で、時にそれが爆発し、その後にはけだるいまでの緩さがただよう。この緩さ、というのは、監督がフランス人(グルジア系)だからかもしれませんね。あんまりアメリカではない感じ。あまりにそこここに、緊迫した人間関係があるせいか、映画の途中でしばらく主人公の存在感が消えるという、あとから思えばマズイ事態にもなってます(ミッキー・ロークのせいかも)。が、終盤にはまた主人公の存在感は盛り返します。ロシアン・ルーレットの最中よりも、一層、恐怖を感じている顔。得たものを奪われるのではないか・・・という、欲と恐怖の混じった顔。映画のはじめと、終盤での彼の顔つきの違いも面白かったところです。演じるサム・ライリーはなかなか目がいいです。若いころのディカプリオみたい。映画館でこれを観ていたら、もともと観ていた観客も少なかったんですが、途中で中年カップルが席を立って出て行きました。まあ、さもありなん。でもありえないほどの緊迫感を味わいたかったら、今のご時世、VFX満載の映画より、この手の小品の方が確実です。近々、ブログのお引っ越しを考えております。まだ何本かはこちらのブログに更新する予定ですので、今後ともよろしくお願いします。
September 4, 2011
二ヶ月ぶりです、すみません。で、再開がこれ(笑)映画館に行ったとき、欲しかったのは、息詰まる緊張とサスペンス、そして恐怖でした。この映画、エイリアンの侵略モノなのですが、そのすべてが、ないわけだ。監督のストラウス兄弟は、私が微妙な気分になった、『AVP2』を撮っていて、後からそれを知ってなるほどなー、と思ってしまった。出てくる人間の恐怖とか緊張感が、まったく伝わってこないのです、この映画。そしてそれは、役者のせいとか演出のせい脚本のせい・・・ももちろんあるけど、それだけではなく、純粋に、金のかけドコロのせいではなかろうかと思います。驚くほど人間の印象が薄い、ということは、印象に残るほど人間を撮ってないわけです。おそらくはVFXにあらゆる金をつぎ込んだために、役者にも演出にも脚本にも金がかかっていないことがバレバレ。でも、この映画は素晴らしい。なぜなら、この映画はインディペンデント映画、自主制作の映画なんである。才能とか腕前はそこそこあるのに、先立つものがなくて残念な結果になる映画というやつは、多分こういう展開なんだと思う。ネタのコンセプトはとっても面白くなりそう。でも金がないから脚本家に投資できない。なので内輪の仕事仲間に頼んだり、自分で書く。脚本が良くても、それを映像化するだけの金がなければ、脚本に手直しをするしかない。そうすると展開に無理がでたり、ドラマが薄っぺらくなりがち。そして金がなければ当然役者に投資はできない。企画を気にいってくれれば役者自身が制作に名を連ねて投資してくれるが、当然分け前は必要だし、何より企画内容に口を出されてしまう。とすれば、無名の役者や安上がりな格下中堅どころを出すしかない。むろん、それがウルトラ級の大ホームランをかますこともあるわけですが、大概はどこかに拙さがのこる。そしてこの『スカイライン』の場合、監督も脚本書きもVFX畑だったためか、一番の得意技に有り金の大半を投じたと思われる。おかげさまで、面白そうな、ちょっと目先の変わったネタなのに、そこには人間はいなかった。まあいいのです。今回の作品で多少なりとも儲けは出たでしょうから、次回作に期待。主人公カップルの今後の展開はとっても気になるから期待しているぞ!そしてもちろん、次回作もインディペンデントでお願いね。ちなみに、映画史上もっとも豪華なインディペンデント映画は『スター・ウォーズ』シリーズである。全部ルーカスの金で作った映画です。だから『エピソード2』みたいな、ファンでもどうかばえばいいのかちょっと悩むような内容の映画でも、平気で世に出ちゃうんです。でもまあ、それがインディペンデント映画の良さでしょうね。近々、ブログのお引っ越しを考えております。まだ何本かはこちらのブログに更新する予定ですので、今後ともよろしくお願いします。
September 4, 2011
辛亥革命というと思いだすのは大学でのテストである。テストはずばり「辛亥革命について説明せよ」だった。歴史関連の授業だけは真面目に受けていた私は準備万端だったはずなのだが、なぜかテスト用紙を前にした瞬間、人物名がすぱーんと頭から消えてしまったのである。焦った私は、人名をすべて甲・乙・丙…として答案用紙を埋めたのだ。そう、私は「孫文」すら思い出せなかった。彼の名前は、答案用紙では「甲」だった。という、情けない思い出のある孫文です。しょーもない思い出から目をそむけたかったのに、どーして見に行ったのかというと、理由の半分は、ドニー・イェンとレオン・ライとニコラス・ツェーが出てたからです。ドニー・イェン、もはや最後の(?)武闘派だから貴重品。レオン・ライ、「香港四天王」のなかで実は一番好きでした。ニコラス・ツェー、だってかわいいんだからしょーがないじゃん!・・・えー、・・・で。残りの半分は、孫文を守るために非常に不利な状況で義士たちが戦いを挑む!という謳い文句に完全に妄想モードに突入したため。私の頭の中に浮かんだのは『300』の中国版。きっと最後の30分くらいは、もう目をむくようなアクションが展開されるのだと・・・!映画が始まってまず驚いたのは、「あれ?ドニー・イェンが主人公なんじゃないの?」。そう、この映画は宣伝文句とは違って、いたって真面目な(フィクションとご都合主義多用だけど)孫文映画なんである。革命のために真面目に悩む人たちがストーリーの中核にあり、「義士」にあたる実際の戦闘専門の皆さんは、実は孫文が何者かも知らないという・・・。どうも思っていたより志の高い真面目なアクション映画だと気づいたとき、私の頭の中にある種の疑念が生まれていた。その疑念のおかげで非常に素晴らしい中国日報社長とその元教え子の緊迫したシーンですら、いまいち集中力がないまま見続ける。そしてクライマックスの、香港一大殺戮シーンへ・・・!いや、素晴らしかった。特にドニー・イェンのあの走りっぷり!もうあれだけで1800円の価値は十分。ええもう、酔いに酔いしれましたよ。久々にみたレオン・ライもクールで影があって、武器が鉄扇ってところがエレガント。ニコラス・ツェーは・・・まあ・・・役柄上仕方がないが可愛いから許す。セットが素晴らしかったし、暗殺団もあの手この手で迫ってくるし、暗殺団筆頭を演じるフー・ジュンの冷静な顔が怖くていい(まさか『レッド・クリフ』で超雲やってた人とは気づかなかったが・・・)。いいんだけど。いいんだけど。えええええっ!ここで皆さん出番終了!?!?・・・なのです。そう。武闘派たちによるうっとりするようなアクション三昧でエンディングを迎える映画ではないのです。武闘派たちは途中退場し、ラストは、それまで眼中になかった青年の姿にくぎ付け。あの表情が変わっていくところの見せ方、小面憎いほどである。そして大人たちの悲痛な叫びを聞かせたところで、画は孫文に移る。孫文の、あの少し潤んだ瞳。うーむ、「革命とは痛みを伴う」。口で言うは安だけど、重い。革命家とは、背中に亡霊背負って生きてるようなもんである。・・・って、ちょっと待て!そう。アクション映画ですかーっとするはずが、えらく真面目な感想を最後に持つような事態に陥ったのだ。当てがはずれるとこうも立て直しがきかなくなる(よくやるな、これ)。面白かったんだけど、なんだかものすごくおさまりの悪い映画だわ。ちなみに冒頭で話したテストの結果ですが、甲乙丙で乗り切ろうとした悪知恵に教授があきれたのか、なぜか優を頂戴した。ありがとうございます、K山教授。おかげ様でみごとネタになりました。
July 3, 2011
怖い映画だ。映画を見ていて背筋に冷たいものが走ったのは久々のことだ。クライマックスでは「早くここ(映画館)から出たい」と本気で思った。もう観ていたくなかった。これ以上、主人公ニナの内面など観ていたくなかった。なのに目は離せない。瞬きすらしたかどうか。ナタリー・ポートマンに畏怖を感じる日がくるなんて思ったことはなかった。大げさではない。怖いのはニナの狂気だろうか?映画はほとんどニナの視点に固定されてる。そのうえで、明らかに幻覚と思えるシーン、妄想か現実か不確かなシーン、そしていくらなんでもこれぐらいは現実だろうと思えるシーン、その三つが重なり連続し、観客はニナの精神状態を共有する。ニナの見る幻覚は不気味だが、多少ホラー映画に慣れた人ならどうということはない。妄想と現実の境が不明確なのも珍しいことではない。心が壊れていく様そのものは、すさまじくはあれど、それほど怖くはない。怖かったことの一つは、ニナの視点の外にある演出だ。映画の宣伝で、黒鳥を踊るニナに黒い羽根が生え、黒鳥そのものとなってポーズをとるシーンがあった。よくよく耳を澄ませば、要所要所でひそやかに羽ばたく音がしている。そしてニナの肌には、羽毛が生えていくかのように、ざわざわと異様な鳥肌がたっていく。これは、クライマックスの舞台のシーンだけではない。もっと、ずっと前から少しずつ、ほんの少しずつ挿入されている演出。形を変えた一種のサブリミナル効果だろうか。自分の中の奇妙な不安の元はこれだと、映画の途中で気づいてしまったが、だからと言って怖くなくなるわけではなかった。展開は、わかっている。最後は黒鳥に目覚めるのだとわかっていた。それでもその不気味さに、怖さを感じずにはいられなかった。そして映画の宣伝どおり、ニナは黒鳥として生まれ変わる。観客がもっともスクリーンにくぎ付けになるシーン。演じるナタリー・ポートマンは鬼気迫る演技で見事踊り切る。これも怖い怖いが、しかし。私を怖がらせた二つ目。黒鳥を演じ終わり、ラストシーンで再び白鳥を演じるために控室に戻ったニナは、真実に気づく。その真実のあまりの恐ろしさに、彼女の顔は泣き顔になる。眉間にしわを寄せ、恐怖でいっぱいになった顔。そして鏡の前に座り・・・。ニナは一瞬、微笑むのだ。それで私は逃げ出したくなった。ニナが「向こう側」に行ってしまった瞬間だった。以降の5分あるかないかの時間、ナタリー・ポートマンはずっと私を震え上がらせていた。「向こう側」は、狂気ということではない。死でもない。何か、人としてこの世を生きようとする心持とは、違う心のありようだ。人であることをやめ、違う何かになることを選んだ心のことだ。『羊たちの沈黙』のレクター博士や『ノーカントリー』のシガーを例に挙げればわかりやすい。彼らは狂気の人ではなく、ただ人であることをやめた者たちだ。ニナは、ニナであることをあの微笑みでやめてしまった。彼女は白鳥であり黒鳥である。「白鳥の湖」という舞台の上でのみ生き、幕が降りればその存在は消える。終幕後に衣装とバレエシューズを脱ぎ、家へと帰るニナは、もういない。なぜ、という理由づけはいくらでもできる。母による抑圧、主役の重圧、ライバルの存在、嫉妬。それらすべてがニナを押しつぶしたのだと。だがそれではニナの心が不安定になっていったことは説明がついても、最後のあの満ち足りた姿の説明はつかない。つまるところ、彼女自身が望んだのだ。「白鳥の湖」を生きることを。白鳥と黒鳥の女王となること。ダーレン・アロノフスキー監督は、『ブラック・スワン』は前作『レスラー』の姉妹編として撮ったのだという。映画を観たあとでそのことを知り、ラストシーンのデジャヴはそれかと納得した。『レスラー』のランディも、ニナ同様向こう側へ行ってしまったから。あのとき、女はなかなか向こう側へは行けない、と書いたが、ニナは向こう側へと行ってしまった。女が向こう側へ行ってしまうのは難しい。ニナは、ランディと違ってかりそめの安らぎすら知らずに行ってしまった。男は、安らぎを置いていく。女は、安らぎを求めて行く。そこに本当に安らぎがあるのかどうかは、わからないが。男と女にはそんな違いがあるように思う。だから、『レスラー』を観たあと、私は深い悲しみに沈んだ。『ブラック・スワン』では、底知れない恐怖が残った。私は、あんなところには行きたくない。
June 11, 2011
まじめにチェックしている訳ではないので取りこぼしも多いけれど、結構観ている部類に入るコーエン兄弟。ごく初期の作品は全部観てるはずだけど、その後は『ビッグ・リボウスキ』や『オー・ブラザー!』を観ておらず、けれどもなぜか『未来は今』や『レディ・キラーズ』は観た。セレクションが謎。このブログ始めてからは『ノーカントリー』と『バーン・アフター・リーディング』を書いている。改めて読み返すと、この兄弟、真逆の映画を平気で撮る。コメディとシリアス。一貫しているのは犯罪か?知らずに観たら、『ノーカントリー』と『バーン・アフター・リーディング』が同じ監督だとはわからないと思う。そして『トュルー・グリット』はシリアスな方に分類されるが、『ノーカントリー』よりも『ファーゴ』似ている。『ノーカントリ』には一切の救いがなかったが、『トゥルー・グリット』には決して優しくはないが人間の尊厳にあふれている。この映画最大の功労者は、主人公の少女マティを演じたヘイリー・スタンフェルドだ。彼女なしでは、ジェフ・ブリッジス(ルースター役)とマット・デイモン(ラビーフ役)という芸達者二人から尊敬を勝ち得る少女、などという設定は単なる嘘くさい話になっただろう。映画が始まってから追跡行に旅立つまでは、マティはやけに世間知のあるマセた気の強い少女だった。そこに尊敬すべき勇敢さと意志の強さを観たのは、彼女がルースターとラビーフに置いてけぼりをくらわされたと気づき、彼らを追って馬で川を渡るシーンだった。渡し船を使うような深く冷たい冬の川に迷わず馬で入り、見事渡り切って馬とともに岸に上がる瞬間の、マティの顔。渡り切ってほっとした顔でも、水にむせた様子を見せたわけでも、彼らのたくらみにも屈せず追ってきた自分を誇る顔でもなかった。むしろ川から上がった時が、彼らと自分との正念場だと、挑むような顔だった。ほんの一瞬のシーンだ。私の気のせいかも知れない。それでもあのとき、私はルースターと気持ちを共有したと思った。彼女を殺しでもしない限り、彼女の意志を曲げることなど誰にもできはしないと、あのときルースターは気づき、深い敬意を抱いたのだ。あの瞬間、この物語はリアリティをもった。甘い少女の成長物語でも、単なる復讐劇でもない、「真の勇気」というタイトルにふさわしい映画になった。コーエン兄弟が、ヘイリーにそういった演技指導をしたのかどうか、私は知らない。だが彼女がキャスティングされた理由は、わかったように思う。この物語でのルースターとラビーフは彼女を尊敬し、愛する。それはよくある父親が娘に対するような、師が教え子に対するような愛情ではない。ましてや『レオン』のように男女の愛を包含したものでもない。むしろ軍隊における指揮官とその部下の間にある感情に近い。そしてこの場合、指揮官はマティであり、部下はルースターでありラビーフなのだ。だからマティのために、ルースターとラビーフは自らの命を危険にさらすこともいとわない。彼らが彼女を助けるのは、彼女が守ってやるべき少女だからではない。尊敬すべき上官だからだ。映画終盤、マティを助けるため、星の下を駆けるルースターは美しい。敬意のために命を捨てるのは男の特権だ。そしてマティも、彼らの尊敬と献身にこたえ、彼らを愛する。生死を共にした、上官が部下を想うように。だから何十年と時間が経っても、彼女はルースターとラビーフを探している。それにしても驚きである。わずか14歳にして、マティは知っていたのだろうか。男から尊敬を勝ち得るには、命を賭けてみせるしかないことを。だからこの映画はやっぱり『ファーゴ』に似ている。結婚もせず母になることもなかったけれど、マティはマーゴのようだから。彼女たちのようになりたいと、映画が終わってそう思った。
June 11, 2011
『英国王のスピーチ』が国王誕生の物語なら、こちらはエクソシスト誕生物語。ホラーを期待すると肩すかしをくらう。いや期待したとて仕方がない。あの宣伝ポスターのアンソニー・ホプキンズ様は『羊たちの沈黙』のレクター博士の再来のようだったから。まさか私もあんなにホラー色が薄いとは思わなかった!ホラーなシーンがないわけではない。悪魔に取り付かれた少女の様子や、主人公マイケルを襲う怪奇現象などあるのはあるが、『エクソシスト』的ショックは皆無。怖いというよりなんだか不気味、生理的恐怖より・・・うーん、やはり神学的恐怖なのでしょうか?キリスト教が文化の基盤にない日本人からすれば、この映画の怖さの本質を感じることは『エミリー・ローズ』同様難しいし。でもムードは映画のロケーションの美しさもあって、これも大好きな『悪霊喰い』を彷彿させる映画でした。まあいずれにせよ、ポイントは恐怖にはないからどうでもいいこと。この映画のストーリーの骨格は神学生マイケルが自分自身を獲得することだから。それがたまたま、この映画では神を信じることであり、神父に、ひいてはエクソシストになることだったというだけ。思い返せば悪魔祓いのシーンで感動するなんて初めてでしたね。マイケルが神を信じる(自分を信じる)に至るあの悪魔祓いは素晴らしかった。自分自身を獲得する瞬間の、なんと強くて美しいことか!!この主役を演じたコリン・オドノヒューの顔つきが実に見事で、懐疑的でありながら誠実な青年という設定を見事に体現していました。しかも目アカがついてない無名役者を持ってきたのは映画的に大当たりで、アンソニー・ホプキンズ御大と無名役者という関係が、超ベテランエクソシストと懐疑的神学生という映画上の関係に見事反映されていて、コリン演じるマイケルが御大演じるルーカス神父相手に右往左往したりするところはまるで素のようで微笑ましい。ルーカス神父が悪魔祓いの最中に電話のために中座してしまい、「ちょっと代わってくれ」と言われたマイケルがあわあわするシーンが大好き(笑)きっとコリンも御大のかける言葉一つに撮影現場であわあわすることもあったでしょう。あわあわはいいとして(笑)、コリン・オドノヒューは結構拾い物の役者だと思うんですが、このテの正統派の顔つきって最近はあまり日本でブレイクしないような気がする。似た雰囲気ではジム・カヴィーセルとか好きなんだけど、ここ数年見ない気がする。クリスチャン・ベールも似た部類だけど、あれはもはや憑依役者だからねえ、ちょっと別格。がんばれ、コリン!アンソニー・ホピキンズ様には称賛の言葉しかない。もう完全にエクソシストの世界に入ってしまい、憑依されたあとは悪魔そのものでした。裸足でヴァチカンの街を見下ろしてるところとか、鏡でひげ剃ってるシーンとか・・・。ああいうふっと自失したような瞬間が、最高級の豆腐を奴で頂いているような味わい!!あれはもう、完全に役にイっちゃってます、演技力がありすぎです。特殊メイクで顔が隠れちゃった『ウルフマン』より、こちらの悪魔憑きシーンは特殊メイク最小限だったので、十二分に堪能できましたこのルーカス神父はお気に入りになってしまいそう。もちろんレクター博士が一番だけど地味なところで『タイタス』も好きです(誰も聞いてないって)。あ、でも『日の名残り』もロマンティックで大好き(だから誰も聞いてないってば)。ともあれ、私的には今年の大ヒット作です。ううむ、やはりミカエル・ハフストローム監督の『1408号室』は観るべきだったか!
May 14, 2011
トップに立つ者は、とりわけ有事にあっては、言葉でもって人を動かせるか否かが重要である。政治家や企業のトップはもちろんだが、現代の「君臨すれど統治せず」の君主にとってスピーチは最重要業務。しゃべれない王の存在価値は、いまのご時世かなり低い。この映画は、困ったことに言葉を発することがどうしてもできないトップの物語。吃音のためにスピーチができない英国王室の次男坊ジョージが、なるはずでなかった国王になってしまい、遂には開戦のスピーチを行わなければならなくなる・・・。映画はジョージの吃音矯正に向けての苦闘を中心に、言語療法士ライオネルとの友情、そして妻エリザベスとの愛情のという、三つを柱にそれはもうイギリス映画らしい、抑えていてかつ苦みのきいたユーモアをちりばめで展開する。アメリカ映画だと大げさになるし、日本映画だとお涙頂戴になるところを、イギリス映画は匙加減がうまい。わたしはドン底から這い上がってガンバルぞ!映画はアメリカ製でも日本製でも原則好まないが、イギリス製は観る。『幸せのちから』は苦手なの。でも『フル・モンティ』とか『ブラス』とか『リトル・ダンサー』とかは好きなの(『リトル~』は最後成功するけどそのシーンはちょっとだけ)。この『英国王のスピーチ』は、地位は真逆だけど『フル・モンティ』に似ている。最終的には解決できない悩み(『英国王~』では吃音、『フル~』では失業)だけれど、なんとかやっていこうという希望が見える終わり方。なぜなら王は最後まで吃音は治らないけれど、自信なさげでコンプレックスの塊のような次男坊から、見事国民をまとめる国王となったのだから。吃音の克服と同時に、言語療法士ライオネルとはぐくむ友情も、彼の王としての開花させていく。ライオネルもまた英国の舞台に立ちたくてもたてないオーストラリア人役者というコンプレックスを抱えて生きている。互いのコンプレックスを時にもてあましてぶつけ合い、共にそれを克服してゆく。これは大人の友情だ。子供時代の無邪気な信頼関係ではなく、プライドや立場の違いという壁を突き崩して獲得する友情は、とても勇気の必要なこと。その友情獲得のイニシエーションを通して、ジョージ6世の心はうわべだけではない真実強い心も獲得する。クライマックスの開戦のスピーチ、うまくスピーチができるかどうか、それがクライマックスだと思っていたら、違った。はじめは吃音を直すことに気を取られていたジョージ6世が、スピーチが進むにつれて国民に語りかけることに集中していく。話し方をリードしていたライオネルが途中でそれをやめて一英国民として王のスピーチに聞き入っていたが、見ている私も同じだった。ああ、いま王が誕生したのだと、そう思い、涙が出た。この映画、王の誕生こそがクライマックスだった。三月の震災後、立憲君主国でよかった、と思うことがある。政治家だけが国の上に立つ国だったなら、絶望したり怒りにさいなまれたりするばかりだったろう。皇室という存在は、仮設住宅を作ってくれるわけでも職を斡旋してくれるわけでも原発をどうにかしてくれるわけでもないけれど、私たちのことを本当に、全身全霊で案じてくれている方々なんだとそう思えた。やっぱり皇室は国の象徴で、存在意義は確かにある。映画の主役である英国でも同じだろう。あちらは新しいプリンセスの誕生で盛り上がっている。人を安心させたり喜ばせたり、王家とは偉大な存在である。
May 14, 2011
私も学生時代まではオタクな生活を歩んでましたが、どういうわけかアニメにしろマンガにしろ女性キャラにはハマらず、男性キャラばかり追いかけておりました。女性キャラに自分の何かを投影したり共感することがなかったからです。別格が、この『攻殻機動隊』の主人公、草薙素子。いまだあこがれの君です。かっこいい。原作とアニメとでは、作品のテイストが違うこともあって少しキャラが変わってますが(アニメ版はクールさが増している)、どちらも好きです。というか、素子のようになりたい。あの強靭かつ柔軟な精神にすごくあこがれます。んなわけですから、原作漫画はもちろん、アニメ版も全部観ている私です。今回3D化ということでかぶりつきで観に行きました。2Dから3Dへの変換したものなので、全体的に3D感はあまり強くないのですが、観に行った誰もが期待したであろう電脳の表現!ついに未来がやってきた気分です。思わず手をのばして触りたくなりました(『アバター』でもやらなかったのに!)。満足。
March 27, 2011
ジョニデとアンジーの共演!好きなモノ2つの大盤振る舞い!これで素晴らしい映画に・・・なるわけないってば(笑)ゆるい展開は好きですが、全体的に演出にキレというかメリハリがないのでいまいち。サスペンスとしては途中で読めるし、どーなんだろー・・・という映画。相変わらずまっすぐ歩かないジョニデは好きでしたが。寝巻で屋根をへろへろ歩くシーンが一番好きです、私。なぜかタキシードが似合わないですね、ジョニデ・・・まあでも!アンジー!なんだか昔のスター映画みたいで目に楽しいのです!だってパリのカフェは素敵だし、ベネチアの風景はもう夢みたいで最高だし。それに、アンジーのきれいなこときれいなこと、ELLEのファッション特集かと思うほど!最初にアンジーが来ている淡いミルクティ色のワンピース、グローブとパンプスは色合いの良く合うこれまた淡いピンクベージュ、ワンピと質感合わせてバックスキンという憎たらしさ。さらにキリッと濃いピンクのリボンベルトがウエストからヒップラインに流れてチラチラ揺れる。ストーリーよりもうその姿にくらくらです。とにかくアンジーの姿が往年の銀幕スターそのもので、もうお話なんかそっちのけで、アンジーファッション七変化にくぎ付け。あんな格好一生に一度でいいからしてみたい!(絶対似合わんが)『ローマの休日』でも『麗しのサブリナ』でも、話はたいしたことないじゃないですか。肝心なのは、ヘップバーンが可愛い!ってこと。今回の『ツーリスト』も、アンジーが超ド級にキレイ!ということがこの映画のキモで、それ以外はまあオマケみたいなもん。あれだけの麗しさで、私より年下なんだよな、彼女・・・。ステキすぎ全然関係ありませんが、うちのパソコン、最近「アンジー」とか「ジョニデ」をフツーに一発変換するようになりました。IMEが学習するほど入力してるんだろうか、私・・・
March 27, 2011
こういう映画をエンターテイメントという。今どきの役者なんざ足元にも及びません。全員ピンで主役がはれるオッサンたちが集まって、ものすごく楽しそうです。監督、『フライトプラン』の人なんですね。この映画は私、緻密なサスペンスがいまいちうまく噛み合ってない気がして、さほど好きな映画ではないのですが、今回は雑さがかえって物語の魅力を引き出した感じです。それによくもまああれだけのキャストをよく使ったと思う。おかげで大変楽しかった!スピード感あふれる演出も好きですが、一番好きなのは、このゆるい展開の物語。どっかでも書いた気がしますが、私はブルース・ウィリスの映画で一番好きなのは『ハドソン・ホーク』なんである。ゆるゆるアクションって大好き。『RED』はもちろん、『ハドソン・ホーク』の何倍もスピード感にあふれていますが、あくまで年齢相応(笑)のスピードですし。ブルース・ウィリスって、つまらないことをやってるシーンが、なんであんなに面白いんだろう。何やっても怪しいマルコビッチ、何やってもエレガントなヘレン・ミレン、たまには崩れた役もいいじゃんと思うモーガン・フリーマンと、観てるだけで、いや出てきただけでおかしくなる映画です。(ヘレン・ミレン、白いドレスで銃を撃ちまくる姿、最高)ついつい中心の4人に目が行きがちですが、リチャード・ドレイファスが悪臭プンプン匂わせて楽しんでたり、ブライアン・コックスがヘレン・ミレンとラブラブだったり、ああなによりアーネスト・ボーグナインがまだ生きてた!(「エアーウルフ」~~~!)ついでに殺し屋役のカール・アーバンがイケメンなので目の保養もばっちり。そこここで、きゅうんくうんと悶えているうちに、あっという間に二時間弱。こんなの観たら、若もの映画なんて観れません。役者力というより人間力で見せた映画、人間修業が大事ぜよ。
March 27, 2011
いまどき不謹慎かともおもうのですが、すでに観てしまった映画なのでちゃんと書くのが大事かと。トニー・スコットって、兄貴のリドリーと違ってあまり好きじゃないのです。なぜって、作る映画作る映画、確実に合格点の映画なんですもの。とりあえず映画に行きたいけど、絶対に面白くないものは観たくない、という人ならトニー・スコットの映画はお薦めです。などと書いてますが・・・実はよく覚えていません。列車の凄まじい迫力と、切れない緊張感・・・くらいですか。それが全てって気もしますが。いやそれができるってことはすごい監督だってことなんですが。でも観ている間は面白いんですが、観終わると印象に残ってないんですね。そのあたりもあまり好きでない理由かなと思います。兄貴の映画は、良かれ悪しかれよく覚えてるんだけどねえ。
March 27, 2011
当初の予定では、昨日仕事帰りに『英国王のスピーチ』を観、今日は『ヒア・アフター』を観ようと思っていた。ブログも残りの二本を書き上げようと思っていた。実際は、金曜は東京出張者の安否確認、津波の注意、東京に住む家族や友人の安否確認に終始し、昨日も落ち着かない気持ちで帰ってきた。今日はとうとう地震のニュースに疲れてケーブルテレビに逃避した。それでも、娯楽のために外出する気にはならなかった。被災地のために何かをしたいが、今はプロにまかせる時期だと思う。暫くは、私たちには祈ることしかできないんだと思って。無傷の西日本在住者なんだから、しっかりしないと。贅沢な話だ。天災は、それもこんな想定外の天変地異に人間が抵抗できるとは思わない。歯がゆくとも、できることには限界がある。多分、こういうときに、人は祈るのだろう。救出作業、被災者のケア、原発事故防止に尽力している人々にどうか力を。辛い思いをしている被災者の皆さんにどうか力を。どこかで必ず、救出を待っているたくさんの不明者の方にどうか力を。そして亡くなられた方々、とても怖い思いをされたと思います。でも、どうか今は、安らかに眠ってください。
March 13, 2011
え~・・・はい。ロバート・ダウニーJr見たさに行ったも同然です、はい。実は、何故か、ロード・ムービーは好きではないのです。なぜなのかは今一つ自分でも不明なんですが・・・8割がたほっこり、ハートウォーミングだからかしら(人でなしか、私は)。そういうことで、絶対ほっこりしてると分かってて、ダウニー見たさに行ってしまった。だめだ、どーしても好みだわ。観てませんが前作『ハングオーバー』が面白いという評判だったので、トッド・フィリップス監督、期待して見に行ったんですが、あれ~~?という感じ。笑いのツボは全部拾い上げたつもりですが、ネタごとにブツ切りのようになっていて、面白さが続かない。それでも危険極まりない笑いがたまりませんでした。帰還兵の銀行員、最高。車いすだからって馬鹿にしちゃいけない!ヤラレテあたりまえ!なんとなく盛り上がりにかけるため、ゆるい笑いに身をゆだねてのんびり観るのには最高のこの映画。でも最後だけは大爆笑でした。いやー、『ハーパーズ・ボーイズ』ネタが出てたと思ったら、まさかねえ・・。ほのぼのだけど、毒気の強い、ゆる系コメディ。ま、私はダウニーが可愛いからそれでいいんだけど。この人、何やっても「ロバート・ダウニーJr」にしかならない、ならなくなった。でも、そうでなかったアカデミー賞俳優だった彼よりずっと素敵です。
March 6, 2011
若いはずなのにおっさん体型のロビン・フッド・・・。そろそろラッセル・クロウに役をふるにも、無茶なんじゃないかと思えてきたんですが、リドリー様!そこにはまあ、触れずにいくとしてだ。実はあんまり、ロビン・フッドには詳しくありません。当時の時代背景は十字軍ということもあってストライク専門ですが。もはや歴史物大作を撮らせたら右に出るものなし状態のリドリー・スコット。フランスでの城攻め、イギリスのあの厳しい海、緑あふれた森、ちょっと陰鬱なロンドンなど、ビジュアルは圧巻である。圧巻なんだけど、中盤めずらしく退屈してしまいました。やっぱりラッセル・クロウに魅力を感じなかったんだなあ。ノッティンガムに着いてからしばらくは、ラッセル・クロウとケイト・ブランシェットと『エクソシスト』のメリン神父・・・じゃなかった、マックス・フォン・シドーで魅せないといけないのですが、やっぱりねえ、ラッセル・クロウってよほどハマった役でないと私はよろめかないのである。それでも、リドリー・スコットの描く歴史絵巻は、歴史好きの妄想をかきたてる。すべてが史実通りではないだろう、映画なのだから誇張もアリだ。それでも頭の中で想像するだけだった世界を、かれは生きて動いて存在するものとして描き出してくれる。『グラディエーター』も興奮したが、私は『キングダム・オブ・ヘブン』が好きだ。十字軍の世界を、あれほど壮大に見せてくれた映画を私は知らない。その線上にあるこの映画も、結構好きなんだけど、ラッセル・クロウがねえ。そろそろ変えてくれないかな。
March 6, 2011
やっと2011年の作品に入りました。あああ、それでももう5本みてる。どうしよう!(って書けよ)頑張った1月と比べて、2月は出張だ帰省だでばったんきゅでした。ということで、もはや暦は春ですが、冬の風物詩「忠臣蔵」です。無条件で弱いネタ、忠臣蔵。時代劇にはことのほかウルサイ私が、無条件で泣きじゃくるのが忠臣蔵。単に講談調の話に弱いってだけかもしれないが。はっきり言って、ストーリーはベタである。原作は未読なんで判断しようはありませんが、2本ほどの短編を合わせて作ったとのこと、ベタな展開にもっていったのは制作陣でしょう。まあ、もともとあまり池宮彰一郎の文章ってピンとこないんだけど。忠誠心に男女の愛と、もはやベタベタなんですが、やはり大量の忠臣蔵物を観たり読んだりしていると、冒頭の寺坂吉右衛門が浪士の遺族を助けるところでいきなりウルッときてしまう。寺坂が独白し、瀬尾孫左衛門が橋の下で彼を討とうか逡巡するシーンも胸が詰まる。生き残ってしまった悲しみ。辛さ。身の置き所のなさ。この先の生きるよすがを見失った姿。寺坂役の佐藤浩一もいいし、もちろん瀬尾孫左衛門役の役所公司もいい。四季をうまく表すカメラがまたいい。あの林の中をゆく、役所公司の背中がたまらない。もうこれだけで泣きそうだ。もう後半の花嫁行列シーンでは泣きっぱな。討ち入りに参加しなかった浅野家家臣が次々と花嫁行列の供に加わっていくところですね。よその家に仕官できた家臣はまあどうでもいいんだけど、町人姿で現れた人たちを観たところでもう泣き崩れてしまいました。内蔵助は家臣の再就職に尽力したけど当然及ばなかった人もいるだろうし、討ち入り前に逃げ出した浪士はなおさら仕官はしてないだろうし。なんかそんな人たちの気持ちを考えたらほんと、号泣もの。そして、そんな彼らの気持ちに説得力を与えるのが、大石内蔵助を演じる片岡仁左衛門なんである。個人的に内蔵助のイメージは、大河ドラマで演じていた中村勘三郎なんですが、この映画の場合は浪士たちが尊敬し、死後もなお恩義を感じる立派なご家老様。姿は凛凛しく、声h美しく、黙って立ってるだけで風格のある仁左衛門。すみません、「片岡孝夫」時代から好きなんです・・・。とことどころ入る回想シーンに出てくる内蔵助が、孫左衛門や寺坂の行動を納得させる。ああ、そうだよね、あの内蔵助と孫左衛門の別れのシーン。あれを思い返せば、最後、孫左が切腹するのもなぜか分かる。孫左は内蔵助に命を預けてしまった。預けるに値する男だった。女の気持ちとしては悲しい結末だが、男は男のために死ねるんである。この映画、制作はワーナーである。この恐ろしく質の良い時代劇が、日本ではなくアメリカ資本で作られる。微妙な気分だが、時代劇が消えなければまあよしとしよう。
March 6, 2011
あと一文で書き終わるという時に、操作ミスで書いた文章が全文消えてしまいました。短いながらも結構練って書いたのに・・・気を取り直したわけではありませんが、このまま放置するわけにもいかないので頑張ります。ああああああ・・・・・『アバター』以来、雲霞のごとく誕生した3D映画ですが、その大半は子供向けでしたし、2Dを3D変換した映像だったりで、やっぱり『アバター』はすごかった、というオチになることがほとんどでした。数少ない対抗馬は『バイオハザード』だったのですが、『アバター』が見せた3Dの奥行き感よりも旧来の飛び出し映像に注力している感があり、3D映画としてはさほど評価はしていません。そこにきて『アバター』から約一年後、やっと次の3D映画が誕生したと思えるのがこの『トロン:レガシー』。『トロン』の続編!予告編をみて萌えたのなんのって!ああ懐かしい、私が父親からパソコンを買ってもらう少し前の映画です。小学生だったのよね~~。当時はソフトを読み込ませるのにテープを使ったのよね~。今となればそれがどうしたという映像ですが、当時はものすごい最先端。まさにパイオニアという言葉に相応しい映画です。その『トロン』を題材に選ぶくらいなのだから、絶対にやってくれると信じていましたが、その期待を裏切ることのない映像。3Dテレビを購入した方は、ソフトが出ればぜひ『アバター』と『トロン:レガシー』を観てほしい。他の3D映画とはやはり格が違うと思います。ただこの映画、『トロン』の続編という位置づけではありますが、ヴァージョンアップ、と言った方がいいんじゃないかと。。。なぜなら物語の展開が前作とほぼ一緒(笑)。イイところと悪いところ(人間によるアクションが本当にヒドイ)も一緒(笑)。それに台詞や画、登場人物、メカなど前作にオマージュをささげすぎて、デジャヴじゃなかろうかと思うほど。確かに、あの服が!あのディスクが!あのライトサイクルが!!(これが一番萌えた)と前作を知る身にはかなり盛り上がり、それはそれでいいんですけどね。でもなにより楽しいのはジェフ・ブリッジス!悪役と父役と二役で出ているので、主演の坊や並みに出番も多いし(笑)もっとも、悪役ブリッジス(若い)はCGキャラなんだそうです。観ていた間は、CGで皺と白髪を消してるだけかと思ってました(笑)。演技力はあるのに、顔つきと、どんな映画にも出まくるタチだからか、なかなか賞が取れませんでしたが、やっとアカデミー賞とりましたね。こういう時に限って、私、観てないんですが・・・。ごめんよ、君の晴れ姿を観てやれなくって・・・。ジェフ・ブリッジスが出ていると言ったら、あまり観るのに乗り気でなかった会社の上司が、いそいそと映画館に行きました。ある世代にとってのジェフ・ブリッジスは、青春と同義語の様です。ああ、書きなおしなんで、やはりノリが悪い。ものすごくほめちぎってたのに。ともあれこれで2010年に観た映画、40本近くは全部終了。次からは2011年に観た映画です。もう4本も見ちゃったよ・・・。
February 12, 2011
のわああ~~!BON JOVIが7月のリスボンでのコンサートを最後に、2年間の休止になるんですと!と、一瞬大暴れしそうになりましたが、よく考えたら、いつも次のアルバムが発表されるまでは2~3年間が空くし、来日もしょっちゅうあるわけじゃないし、地元アメリカのファンよりはあまりいつもと変わらないかも。それに今回の来日を観ていると、やっぱりみんな年とったから、ちょっと休んだ方がいいかも。。とは思ったのです(映画の方でたまってる分書き込んだらコンサートの話を書こうと思っている)。・・・と、思いきや、ジョンはソロ・アルバム出すってさ。。。来日するのかな?さすが、仕事狂のジョン!いやそうじゃなくて!頼む!頼むからちゃんと休んでくれ、ジョン!
February 6, 2011
『マチェーテ』を観た後、勢い込んで売店に行き、パンフレットを買おうとしたら「この作品のパンフレットは作られておりません」と冷たく言われた。日本の配給会社の見る目のなさに怒りながら、見本のパンフを眺めていたら、愛しのサム・ニールが出ている映画を見つけて、チケット売り場にダッシュでUターン。ちょうど1時間後に開演と知って、売り場に並んだら・・・また『マチェーテ』のチケットを売ってくれた知的美人のお嬢さんが、さすがに苦笑して応対してくれた・・どうしてあと2人も売り場担当がいたのに、彼女にあたるんだ。「この映画ももしかして・・・空いてます?」「はい、どこでも大丈夫です!」うれしいような、悲しいような。とにかく恥ずかしい思い一杯で観た、愛しいサム・ニール。この映画で、長年の夢がついに叶った。サム・ニールにヴァンパイア役をオファーした製作陣に力いっぱいハグしたい。『ブレイド』でウド・キアーがヴァンパイアの長老役をしていたのを見て、サム・ニールになぜこういう役が来ないんだろうと思ったことを覚えている。ああ、やっぱり、映画界も私と同じことを思っていたのね!いつの頃からかヴァンパイアはケダモノ系が流行りですが、やはりクラシカルなヴァンパイア紳士が一番セクシー。そして怖い!sinok勝手に命名の「恐怖のジェントルマン」サム・ニールに、これほどぴったりの役柄があるだろうか!いまのご時世、ノーブルでジェントルであることを、ただ椅子に座っているだけで醸し出せる役者が何人いるんだろう。先に名前を出したウド・キアーもそうだし、ジェームズ・クロムウェルもそう、ああクリストファー・リーは完璧(ヴァンパイアから離れんか!)。ともかく、佇まいがノーブルだという役者は、今は少ない。40代位の役者で、とっさに頭に浮かばないのだ。演技力でノーブルさを出せても、いわゆる自然に身に付いている風情というのは簡単に出せない。三つ揃いのスーツが似合っても、品のあるなしは隠せない。今回のサム・ニール、オレンジの瞳で赤ワインならぬ赤い血の入ったワイングラスを持つ姿に、思わずひれ伏してしまいそう。正直にいって、そんなサム・ニールを見られただけで十分だったのだ(ついでにウィレム・デフォーもね。ツー・ショットはなかったけど)。イーサン・ホークって特別好きな役者ではないのだが、映画の選択眼がとてもよく、たまに出演作を見ると小品であっても必ずよい映画なんである。でも今回は『アサルト13』並みに珍しい映画に出ているなーと思ったのだが、彼が出ているということは『アサルト13』同様ひとひねりあるはずだとは感じたのだ。ここから先はネタばれになるので、今から観ようと言う人はやめた方がびっくりかも・・・。この映画、R15指定なんである。『マチェーテ』は、R18指定なんである。日本のレーティング規定に照らし、直接的な暴力シーンや性的描写、反社会的な行動を杓子定規に考えれば、『マチェーテ』は確かにR18なのだろう。でも『マチェーテ』の暴力も性描写にも、人間性の根幹を問うようなものは多くない。ゼロではないが多くはない。『マチェーテ』を観たところで、夜中に眠れなくなったりする高校生なかいるはずがないのだ。だが『デイブレイカー』は、36歳の残酷描写になれた大人を無口にさせ、人ごみが怖いと本気で思わせた映画である。怖かったのは、正しくはヴァンパイアではない。ヴァンパイアと人間の数が逆転した世界でも、飢えたヴァンパイアによる混乱でもない。ヴァンパイアが人間に戻る方法が、ヴァンパイアから人間に戻った元ヴァンパイアの血を飲むこと、だからなんである。クライマックスでその方法が明らかになった時、私だってそのアイディアに感心していただけだった。サム・ニールがその原理のために犠牲になった時、首だけになってもカッコいいなと思っただけだった。だがしかし、主人公の弟が人間に戻り、ヴァンパイアの一団に囲まれた時から始まった、あの光景。弟の血を飲んで人間になった一部のヴァンパイアに、また次のヴァンパイアが噛みつく。噛みつくどころではない、飢えきっているから引きちぎり肉ごと飲み込むのだ。噛みつき引きちぎり、人間に戻って今度は噛みつかれ引き裂かれる。総勢20人ばかりの、もうどこまでヴァンパイアか人間か不明の殺し合い。ヴァンパイアが人間を食っているのか、人間が人間を食っているのか。一瞬前まで同じヴァンパイア仲間であったというのに、相手が人間に戻った瞬間に理性より飢えという本能が先にくる。地獄絵図、という言葉を、久々に思い出した。映画の底流に現実世界における未来の食糧危機を匂わせるものがあるため、単なるヴァンパイアが人間を襲っているだけとは思えない。映画のようにヴァンパイアにならずとも、食糧危機になった時、あのヴァンパイア達の様な光景が訪れるのだろうか。そんなことを感じて冷たい気分で映画館を出、その晩は映像がちらついてなかなか寝付けなかった。暫くは、夜道で会う人が怖かった。ヴァンパイアかも、と思ったわけではない。人間が人間を食う、飢えた世界がダブって見えたからだった。ここまで書いていて気づいたが、これはやっぱり大人にしか分からない恐怖なんではなかろうか。高校生が観たところで私の感じた恐怖を、同じように感じることは少ないだろう。映倫、そこまで見通してのことなら、勘弁してやる。
February 5, 2011
チケット売り場で勢い込んで「『マチェーテ』大人1枚!」と言ったら、「ココとココ"以外"空いてます」と、知的美人のお嬢さんに満面の笑みでそう言われた。最終的にはあと5人ほど客がいて、計8名しか座っていない映画館。隣のヤマトには山ほど行列ができていたのに、この違いはなんなのだ・・・。(ちなみに私はヤマトよりハーロック派だ)私的にはキ○タクよりかっこいいと思うダニー・トレホの、初の主演作品だ。あの『グラインドハウス』の偽予告編からの、待ちに待ったぜこの映画・・・!!ダニー・トレホというだけで観に行く自分が、とっても可愛いと思う。撮ったのがロバート・ロドリゲスなため、いい加減な展開とちゃんと練られた展開が錯綜していて、またそのバランスがどうも微妙で、そのあたりは正直微笑ましいが、さすが従兄。ダニー・トレホの魅力は全開である。いつもであれば、ダニー・トレホが脇に回って支えるスティーヴン・セガールやロバート・デニーロが、逆に彼を引き立てるあり得ない構造に燃えてしまう。えらいぞセガール!太っ腹だぞデニーロ!そんな男気あふれる大物出演者に萌え、据え物斬りかと思うほどズバズバ殺される悪役の皆さんに萌える。CM通り死亡率のやたらと高い映画で、またその殺され方が本当にとんでもなくバッサリやられ、腸は引き出され体は切断され骨は砕け血はあたりかまわずまき散らされる。(おかげさまでこの映画、R18)死んでないのはおバカな4人組だけだったような・・・あれ?あのテキサス1の殺し屋ってどこに消えたんだ?ちゃんと死んだ?(文法が微妙に変だ)正直、あまりにも死にすぎて、誰が誰やら不明(笑)。とにかくよく死にます。しかもすごく痛そうに(笑)。でも痛そうなんだけど、殺し方は迫力があってカッコ良い。やっぱり殺戮は銃より刃物だ。いや、銃撃戦も好きなんだが。残虐ではあるのだけど、湿っぽくなくカラリとしており、一番残酷シーンであるはずの、マチェーテ兄の処刑シーンですら、その直前の銃撃戦と合わせてあまりに格好良く、これが男の死に方だぜ!といわんばかり。見ているこちらも男前度が上がる。ああ、とはいえダニー・トレホである。名前は知らなくとも、洋画のアクション物、とくにロドリゲス作品を見たことがあるならば、かならず1度はお目にかかっているはず。そうね、時代劇でいう福本清三さんみたいな方かしら。この人が脇に出ているだけでテンションが上がる人は、実は結構いるに違いない。ダニー・トレホがオーニングで死んじゃうから、私は『アナコンダ』の1が好きなのだ(本気)。『コン・エアー』で引きちぎられたダニー・トレホの腕がことのほか好きなのだ(本気)。一度見たら忘れられないあの強烈な容貌。低いしゃがれ声。見るからにワル、それも強烈なワル。人殺し?もちろんしてるに決まってるだろう!というあの姿形。そんな香りがプンプン漂う。実際、彼は服役期間が長かった。演技力云々以前に、人生経験による魅力と言える。(更生って、本当に素晴らしい人間力だ)このマチェーテ、そんな彼にとても相応しい役。今までにないほど紳士的で、女にモテて、そりゃあ人生酸いも甘いも味わってるからこその魅力よね。個人的に、オス臭プンプンなのにジェントルである、という男性くらい、女心が戦闘モードになることはないと思う。これはもはや、好みの問題ではないのである。さらりと移民問題も語りつつ、男の魅力を爆発させ、またそれに対する女の魅力も爆発させ、ひたすら肉食獣な物語を展開させる。その中心で光り輝くダニー・トレホ、私はあなたが大好きだ!
January 29, 2011
「青春とは?」と訊かれたら、「『エクスペンダブルズ』のこと」と答えよう。過去、これほどスタローンを愛しいと思ったことはない。正直いって、80年代アクションスターの中で、スタローンはあまり好みのタイプではなかった。どちらかというと、彼のボディは男好きするタイプなんではなかろうか。だが、もうそんなことはどうでもいい。あなたのその崇高な志に、私の心は最敬礼だ。こんな映画が観たかったNO1だと言いきろう。ついでに言えばこんなにポスターが欲しいと思った映画も初めてだ。ジョニー・デップの変人姿も、ジェラール・フィリップの美しさも、理想のルックスNO1の真田博之にも感じなかったこの衝動。本能が、これが好きだと叫んでいる。ああドラコ、ドラコ~~~!80年代の私のアイドル、ドルフ・ラングレン。ロッキーじゃスタローンより愛していたし、『レッド・スコルピオン』と『ユニバーサル・ソルジャー』はもっともたくさん見た映画のうちの一つだ。ジェット・リー、結婚したいアクションスターの一人。あの愛くるしい笑顔と素晴らしいアクションの才能にもうメロメロ。彼の映画はほとんど見たのよ~~!ジェイソン・ステイサム。数少ない新時代の本物のアクションスター。体がたまらないのよ~~、肩と背中の筋肉がよだれものなのよ~~!スティーヴ・オースティン。WWE大好きだったの~~!悪態付くあなたのオーラにくらくらしてたのよ~~!ああ、あのころのWWEは輝いてたわ!『監獄島』見損ねた私を許して。あああ、そしてミッキー・ロークにシュワちゃんにブルース・ウィリス・・・・!!!これだけのスターが全員集まる驚きの映画。ここに欠けているのは、ヴァン・ダムとセガールぐらいじゃなかろうか。と思っていたら、ちゃんと出演依頼はしていたそうだ。さすがスタローン。セガールが出なかったのはスケジュールのせいだそうが、ヴァン・ダムは役どころが気に入らず断ったという。・・・だからあんたはダメなのよおおお!!これだけの新旧主役級アクション俳優が出ているにも関わらず、スタローンの素晴らしいところは、その全員に見せ場があり、しかもどのファイトもお腹いっぱいになるくらい美味しい。一番燃えたのはドルフ・ラングレンとジェット・リーのファイト。ハートマークを100000個くらい飛ばしたいっ!でもヴィジュアルでの一番の見せ場は。。。スタ・シュワ・ウィリスの三つ巴シーンだっ!だれかあのシーンでポスターを作ってくれ!!!!これだけプロがそろった映画なのだから、アクションの質はもちろん高い。そのうえCGを最小限に抑えているところがまたたまらない。出演者どうよう、撮影もアナログ手法なの。もちろんCGバリバリの『Aチーム』のアクションも派手で好きだ。でも本物アクション俳優ならば、爆破だってカーアクションだって飛行機飛ばすのだって、CGなんかいらないの。技術が向上している21世紀、VFXを使わなくてもここまでできるんだってことを、証明してくれてたまらない。スタローン、もちろん私は2も見る。この映画をこのクオリティで続けるためなら、私はあなたにどんな協力も惜しまない。ありがとう、スタローン。頑張れ、スタローン。応援してるぞ、スタローン。ビバ!スタローン!
January 29, 2011
『必死剣 鳥刺し』の斬り合いは一人の男の抵抗を表現した感動的な殺陣だった。この『十三人の刺客』のスペクタクルな斬り合いは、殺戮だ。たった一人の標的を倒すために、13人で300人を殺戮する。チャンバラとは違うリアルな殺戮に、快楽すら感じた。斬り合いの始まるとき、主人公:島田新左衛門が下知する。「斬って斬って斬りまくれ!」そんな時代劇は久々だった。三池崇史監督の傑作だと思う。アクションシーンが実に巧みな人だが、『クローズZERO』も『スキヤキ・ウエスタン・ジャンゴ』も演出もアクションも素晴らしいのに、どうも軽く見えるところがあって物足りなった。その理由は『十三人の刺客』を見ればよく分かる。やはりアクション演出が素晴らしければ素晴らしいほど、それに見合った実力のある役者が必要だということだ。配役を見たとき、役所広司が松方弘樹にくわれないかと心配していた。ふつうの演技はともかく、殺陣になれば松方弘樹はまぎれもなくトップクラスのスターだ。ところがところが、役所広司、命を賭ける頭に相応しい、迫力の存在感。「斬って斬って斬りまくれ!」もそうだし、「皆の(ここうろ覚え)命、使い捨てに致す」も、両手両足のない女性を見て武者震いし笑うところも、大将に相応しい気迫を感じて見ているこちらも震えがきた。ストーリーはシンプル(リメイク元がそうだから複雑にしようがない)、いわゆる勧善懲悪なのだが、実はまったくわからないのが登場人物たちの背景である。人物紹介は無きに等しいため、各自のパーソナリティは役者の演技一つにかかっている。それだからか、出てくる役者は誰もかれも力が入っていて、とくに私は山田孝之があんなにうまい役者(しかも姿がいい)だと思ってもみなかったし、井原剛志や沢村一樹にはあらためてほれなおした(セクシー部長も素敵だけどね!)。そしてずば抜けて素晴らしいのが吾朗ちゃんなのだ。何せ13人の刺客たちの敵役。それも内野聖陽が切腹し、平幹さんが暗殺を命じ、松本幸四郎に命がけで恨まれ、役所広司や松方弘樹に命を狙われるという、前代未聞のゴージャスな敵役である。冷血で残酷であることはもちろんだけれど、私が一番ぞっとしたのは、彼の演技に漂う「退屈」だった。彼の演じる藩主は、「退屈」なんである。退屈を紛らわすために残虐行為に走る権力者は古今東西山ほど実在する。最近古代ローマにハマっている私の頭にはカリギュラまず頭に浮かんだ。若く、何不自由なく、権力があり、そして退屈している。退屈あしている殺人者は現代ミステリの定番だが、権力がある、というのはこれはもう時代劇でなければ成立しない設定で、吾朗ちゃんはみごと、持って生まれた権力の、過った使い道を知っている若者を演じている。希有な役者だと思うのだけれど、この人、SMAPではわりと人気ないほうらしい。慎吾くんより絶対上手いと思うんだけどねえ。ついついリアルな殺陣やスペクタクルな破壊シーンに目を奪われがちだが、この映画、実は熱の入った演技と演技のぶつかり合いが一番の見どころ。何度見ても興奮すること必須である。
January 29, 2011
ここ10年ばかり、海外ドラマ人気が続いてますが、私の子供のころだって負けてはなかった。その代表格が「特攻野郎Aチーム」。子供のことゆえ記憶はぼんやり。多分小学生か中学生だった。でもでも、とっても格好よかったことだけは覚えている。そうそう、ハンニバル役の羽佐間道夫さんの吹き替えが最高。ハンニバルが1番、2番がフェイスマン。私のオヤジアクション俳優好きと二枚目好きの原点かもしれない。も、もしかしていまTVシリーズ「NCIS」の主人公ギブスにハマっているのもハンニバルのせいか!?(ギブスもハンニバルも銀髪オヤジ)ともあれ子供時代の楽しい記憶のおかげで、昨年ワクワクしながら公開を待っていた映画の一つでした。いやあ・・期待を裏切らない、いやいい意味で裏切りまくった楽しい映画でした。私はもちろん劇場で観ましたが、もし今からDVDで観ようという人は、1サイズでも大きなテレビで観てほしい。おバカな展開のアクション映画はたくさん観てきましたが、この映画はまたおバカ度合いがケタはずれです。驚かされる展開が随所にあって、それがまたド派手なもんだから、大画面で観た方がバカさが出て素晴らしいのだ。精神病院での上映会と、CMで盛んにやってた空中で戦車からの砲撃。最近じゃCMの見せ場がすべてだったりするけど、この映画はCMを凌駕。いや、CMを見たからこそ驚くの。すべてがCMにプラスα。映画館では私、延々笑いっぱなでした。そしてなんどつぶやいたことでしょう。「バカだ、こいつらバカだ!」この世界最強のバカをやっている役者の配役がまた素晴らしい。TVシリーズも配役がもう絶妙でしたが、映画も素晴らしい。『96時間』以来過激な男が板に付いたリーアム・ニーソン。フェイスのブラッドリー・クーパーは、本家フェイスをさらに危険にした雰囲気で最高。BAはもうミスターTの生き写しの様!そしてマードックのシャルト・コプリー・・・『第9地区』以来のお気に入り。ステキ。もう、この4人の配役が絶妙です。こういうチーム物って、ほんと、配役が大事なんですよね。誰かが突出して目立ってもだめだし、かといって全員が同列でも目立たない。全員個性があってそれに見合った役割があって、なによりうまく化学反応すること。この映画はそれが完璧!監督の選択も良かったんでしょう、大勢が出てきて最後見事に着地する『スモーキン・エース』を撮ったジョー・カーナハン。あの時より今回の方が好みにストライクです。あんた凄いわ。次回作も期待。映画全体にテレビシリーズへの敬意が感じられて、思い出も大事にしてもらっている気分で大満足です。ご本家もちらっと最後に出てくるしね!こんなクオリティで作ってくれるなら、もうひとつの思い出も映画にしてくれないかなあ。「エアーウルフ」!ああっ、ジャン=マイケル・ヴィンセント~~~!
January 23, 2011
一日で3本目です、更新。でもどこかで頑張らないと映画に行けません。・・・って、もう今年映画見ちゃったよー!(『最後の忠臣蔵』)3D映画に世間が盛り上がってた2010年、3Dでなくともびっくりな映像は撮れるんだと証明したようなこの映画。次々変化する世界、上下左右も不明な世界、映像技術の進化とVFXの進化、あとは人間のアイディアの素晴らしさに驚いた映画です。そして、何より物語!とても驚きの脚本だ!『メメント』や『プレステージ』の複雑な脚本の映画を見てきてもなお、この映画は難しい。まず、時間軸というものにこだわるノーラン監督は、ついに、同時に3つの時間軸、なおかつ時間の流れが違う夢の中を描く、という離れ業をやってのけた。現実世界をふくめれば、実際には4つの時間軸か。この時間の流れの違いによる緊張感は実際に観ていると想像以上で、いったい本当のタイムリミットがいつなのかが分からなくなり、後半は常に緊張しっぱなし、という状態になる。次は2つのトラウマを物語の中で展開させていること。一つは主人公であるレオナルド・ディカプリオ。妻を失ったトラウマを抱えながら、それを解消することもできずにいる。彼がトラウマと夢の世界から解放され、現実の世界に戻れるのか。複雑な物語の中でそこまで説得力のある展開にもっていく脚本に、正直脱帽してしまった。もちろん、苦悩する役こそ当たり役だと気づいたらしい、ディカプリオの演技にもよるだろう。もう一つは、ディカプリオ達のチームに狙われる大企業の若社長、演じるはキリアン・マーフィーの物語である。ディカプリオ達は彼の父親に対するトラウマを解消する物語を夢の中で展開させることで、目的を果たそうとする。もちろん、このこと自体は映画の主軸ではない。つまりはマクガフィンでしかないはずだが、ノーラン監督はキリアンの物語にもキチンと結末を作ってやるのである。夢の構造の説明を入れ、複雑なシステムの説明もしつつ、なのに2時間半があっという間に感じる映画だった。終わった時、「えっ、2時間半もあったの?」と思ったことを覚えている。自分も映画で展開される夢の中に引き込まれていたかのようだった。一体ノーラン監督の頭の中は、どういう構造をしているのだろう。クリストファー・ノーラン監督は、もう、好きな監督だと言っていいだろう。長編作品7作、全部見た。全部、好きだ。映像は端正で、物語は心に訴え興奮させる。長年リドリー・スコットを愛してきたが、クリストファー・ノーランは新たな「恋人」かもしれない。
January 9, 2011
プレデター。それは怪物映画の至宝・アイドル・ヒーロー。人間より怪物を応援してしまう唯一の映画(ほんとか?)。シュワちゃんがどんだけ好きでも、シュワちゃんより応援してしまう唯一の怪物。そんなプレデターが何人も出てきて戦ってくれるという、仮面ライダー祭りに盛り上がる40歳前後のお父さんたちのような気分になってしまう映画です。ついにプレデターが地球から飛び出し、彼らのおひざ元にて戦闘です。プレデター側から勝手にチョイスされた戦闘のプロや悪い奴らが狩場に誘拐されて、勝手にプレデターに狩られるという無茶な話ですが、プレデターの皆さんならやりかねません。場所は久々にジャングル。やはりプレデターにはジャングルが似合います。サバイバルが似合います。泥と熱帯植物こそがプレデター。今回は狩られる側の人間もプロがそろっていて、シュワちゃんのときより装備も殺人スキルも向上しているので見ごたえがあります。・・ああいや、やっぱり人間は問題ではないわ。今回はプレデターの部族間抗争も明らかになり、戦うことこそプレデターの本懐だと改めて実感。怪物でありながら、統制がとれ、意志があり、そしてせこい手は使わず・・・並みの人間の悪よりよっぽどノーブルな精神を持っている。ジャパニーズ・ヤクザとの一騎打ちのかっこいいこと!剣には剣、飛び道具は使わない。その男らしさはいまのアクション映画ではもはや絶滅危惧種ではなかろうか。容貌が醜いなんて・・・あれこそ男らしい容貌じゃないかしら。主演のエイドリアン・ブロディは、あのたれ目が戦闘のプロにはまったく見えませんが、演技がうまいので良しとしよう。でも本当にプレデターに対抗できるのはローレンス・フィッシュバーンと愛しのダニー・トレホだけではないでしょうか。ローレンス・フィッシュバーンの一人二役(ちょっと違うか)は笑えました。もっとも、二人ともやられちゃうんだけど・・・。それにしても、ダニー・トレホっていままでプレデターに出てないのが不思議なくらいですね、あの顔で(笑)。なんかプレデターとなると、プレデターがどれだけかっこいいかを語ってばかりで終わっちゃいますね。でも映画としても、今回のプレデター、1作目をかなりリスペクトしているうえ、なおかつマネばかりではなくて一ひねりしてあるところが素晴らしい。あの泥のシーンとか・・・。狩られる人間共の正体とか・・・。プレデターシリーズで推理力まで使ったのは今回が初めてでした(笑)。だんだんネタギレになっていくかもしれませんが、ぜひ頑張ってシリーズを続けてほしいです。だって、最期の男らしい戦士たちなんだもの。草食男子撲滅委員会(なんじゃそりゃ?)としては、プレデターこそ究極の肉食男子として認証いたします。がんばれプレデター!人間なんかやっちまえ!
January 9, 2011
あけましておめでとうございます。でもブログはまだ去年の自分を追いかけてます。あおーん!来年はもう少し頑張って更新します・・違う!今年だっつーの!ということで、まだ駆け足シリーズです。『バイオハザード アフターライフ』・・・実はバイオハザードシリーズ、結構好きです。巻き込まれ型一般ピープルサバイバルゾンビ映画ではなく、ゾンビと戦うプロ(アリス)が主人公であるという点が、ゾンビ映画なのにアクション美も堪能できるという、非常に楽しい映画だからです。それに、1作目ではゾンビの巣に突っ込む、2作目ではゾンビの街から出られない、3作目ではゾンビな世界で生きるしかない、という、ゾンビワールド拡大路線が、毎回新しい危険を生んでいて、驚きつつも気楽に観られる娯楽映画だからです。今回は3D映像ということもあって、とっても期待していたのですが・・。4作目にして突如フツーのゾンビ映画になってしまった(笑)。ショッピングモールが刑務所になっただけなのですね。今更そんな、立てこもられても。常にゾンビに突っ込んでいったアリスなのに・・・。つーか、ゾンビは大量にいるのに、あまりゾンビが関係ない映画とゆーか。3D映像はすごいのですが、それを気にするあまりアクションがちょっとカッコ良くないし。一番こけたのは、プリズンブレイクなウェントワース・ミラーが出ておきながら、あまり役にたたなかったことでしょうか。ゲームファンには盛り上がるクリスの登場ですが、クリスが映画の中で何をしたかというとと覚えてないわ~~・・・。ということで何にも盛り上がらなかった映画ですが、映像は見事なもんです。でもそろそろもう劇場では見なくなるかも・・・このシリーズ・・・。
January 9, 2011
藤沢周平の隠し剣シリーズで一番好きなのがこの作品。バッドエンドの多い隠し剣シリーズの中でも、もうバッドもバッドな終わり方の一つ。映画は基本的に原作どおりで、よくもまあ、あの動きの少ない蟄居シーンを四季に合わせて撮ったものだと感心する。原作でもほとんど胸の内を明かさない主人公は、映画ではなお一層無口だ。彼の心の内はまったく出さず、豊川悦司はよく演じてたと思う。ラストの立ち回りも素晴らしかった。あんなに悲しい立ち回りもない。吉川晃司がまた予想外にいい。大河ドラマのときも思ったが、いつのまにやらこんなに立派な役者になったんだろうねえ。大手を振ってほめたいのだが、引っかかるのが黒幕の中老津田民部。演じたのは岸辺一徳・・・。原作では30代の若い中老なんである。この役、いかにもひと癖ありそうな中年以降の男より、若くて才気闊達、なおかつ懐も深そうな男の方が、ラストのショックが大きいのである。岸辺一徳は好きなんだが、原作を知っているとはいえ、何かもったいない気分がして仕方がない。若い・・・そうねぇ。やっぱり美男だよねえ。あり得ないがキムタクでもいいし・・・おお!伊勢谷友介なんかもいいねえ!なんだか、なんだか、なんだか。良い映画だったのに、観終わったあとも、大分時間の経ってしまった今も、なぜか津田民部の配役が頭にこびりついている。結構重要な役柄なんだよね・・・他はよくできているだけに、瑕が目立つというか。いやでも、本当に最期の立ち回りはすごかったのです。早く死なせてあげてとなんど思ったか。原作以上の迫力をありがとう。
December 26, 2010
大豊作だった2010年が終わろうとしているのに、全然更新していないアホンダラsinokです。公私共に心身ともにアップアップでイマイチパソコンに向かおうという気力がありませんでした。でも映画は行きまくったんだよ~~~・・・それもどれもこれも素敵だったんだよ~~~!なんとか年内に残りを全部書きなぐろう(おいおい)必死なんですが、愛のある映画はどれもこれも30分では書ききれないほどになっていて(ノートに殴りがきはしてあるんですが)収集がつきません。ということで、まずは短時間に書きなぐれる(だから失礼だってば)ものを済ませようかと・・・。で、『ソルト』です。ふと気づくと妙に世評は好意的なこの映画・・・。アドレナリンのアの字も出なかったのは私だけなんだろうか。いやおそらく、私がアンジェリーナ・ジョリーに求めているものがおかしいのかも知れない。正確にいえば、アンジーのアクションだ。そもそも存在自体がファンタジーのような超ド級セクシーS系女王様アンジーが、リアルなアクションをしてもらっても、私のような妄想系ファンは困るんである。これが、例えば『チェンジリング』のようなマジメなドラマならまたスタンスは別。私だってちゃんとマジメに観ます。でもアンジーのアクションといえば、頭の中は『トゥームレイダー』で一杯になってしまう。今でこそ007で男の中の男を張っているダニエル・クレイグが、『トゥームレイダー』でアンジーにやりたい放題やられてしまうぐらい、アンジーは最強だった。そもそも彼女のアクションは、あまりマジなアクションではない(本人は怒りそうだが)。でもでも、とにかく絵になる、それはもう、『チャーリーズエンジェル』のキャメロン・ディアスなんざ足元にも及ばないほど絵になる。『ウォンテッド』なんざその集大成のような映画だった。観ているだけで、踏まれたい殴られたい撃ち殺されたいと思うぐらい絵になるんだからもう最強なのだ。で、『ソルト』です。ひたすら女王様のおしおきを待っていた私が、肩透かしをくらっただろうことは、ここまで読んでいただけたならお分かりいただけるだろう。実を言えば、フィリップ・ノイス監督は割に好きな監督で、なにより愛しいサム・ニールを『デッド・カーム 戦慄の航海』で世間様にご披露くださった恩人(?)である。自分でもまったく気づいていなかったが、『デッド・カーム』から『ボーン・コレクター』までは皆勤賞で観ているのだ(『デッド・カーム』はビデオだが)。私の琴線に触れる映画ばかり作ってくれていたということだろう(最近はアクション封印しちゃってたが)。それで思わず振り返って考えるのだが、『ボーン・コレクター』のころのアンジーはまだ駆け出しで、すぐ『17歳のカルテ』で超有名になってしまうが、ともかくまだ初々しかった。だからフィリップ・ノイス監督のリアルなストーリー展開にも馴染んだんである。だがもう、今のアンジーは、生きて歩くファンタジーだ。もはやリアルなアクションに、彼女ははまりきらないのだと思うのは、いいすぎか?なんだかアンジーでなくてもいいんじゃないか?と思ってしまった映画であった・・。裏切り者が誰か、すぐにわかってしまった自分が、ちょっと悲しかったせいもあるけど・・・。
December 25, 2010
ここ一カ月の半分は出張しているという生活で、私のか弱い体は過労気味です。今日が休みでなかったら死んでたな・・・ということで、世界が死んだあとのお話、『ザ・ウォーカー』です。この映画は宣伝を見たんではなく、映画館にあったPOPでチェックしていました。だからかな・・・ちょっと想像と違っていて、あまり楽しめなったなあと。本来は、好きなんである。文明崩壊後の世界とヒーロー、という設定は。そして1冊の書物守るヒーロー!というのも気になる設定。その昔、私はSFファンを詐称(笑)していた時代があったが、いまだにブラッドベリだけは好きだ。そんな私だから、SF・本、とくれば、頭には『華氏451度』が自動的に浮かんでしまう。だから多分、すごく哲学的な話を期待していたのだ・・・が。映画が始まって、タイトルが表示される、そこで私は初めて原題を知ったんである。THE BOOK OF ELI・・・あ、聖書?ELIって、エリ=イライジャ=エリヤ(預言者)だよねえ。そこが分かってしまってからの立ち直りが遅かった。遅かったというより、立ち直りませんでした、はい。私は映画ネタとしてのキリスト教は好きですが、正面切って真面目に考えると、いや自分が大学で真面目に専攻して勉強したからこそ、あんまりこういう扱い方はしてほしくないなあ、と思うのです。この映画における聖書の立ち位置は、信仰の対象というより、人心掌握のための武器です。まったく、一神教ほど強力な武器はない。別に多神教が平和だというわけではないですが、聖書とコーランほど、本来目的外に利用された本もないわけで。今回敵役で登場するゲイリー・オールドマンは、人々を支配する暴力も知恵も持ち合わせているが、唯一人心までもを支配する哲学というものがない。それを補うために聖書を探し求めている。聖書によって救世主のごとくふるまおうとしたのかどうか、それは不明だが、精神的基盤をもたない世界には、強力な武器となるだろうことは容易に想像がつく。そして世界ただひとつ残った聖書を持つ男がデンゼル・ワシントン。この男がまた聖書のためにすべてを犠牲にするような男。これは、聖書のため、とわかると、日本人的には感情移入しにくいんではなかろうか?木枯らし紋次郎のような単なるアウトサイダーではない。彼は信仰をもつものだ。食事の際に神に感謝し、毎夜聖書を読む。そんな男が、聖書の旅のために、ならず者に襲われた旅人を見殺しにする。もちろん、それは誤ったことで、彼は映画の終盤で改心するのだが。まあ大好きなレイ・スティーヴンソンが出ていたり、アクションがなかなかハイレベルだったり、人食い老夫婦がめちゃめちゃこのみだったり、褪せた色合いの映像など、好きな要素はたくさんあったんだが、あんまり乗れなかったこの映画。それでもデンゼル・ワシントンが持ち歩いた聖書の、驚愕の事実には驚かされました。ううむ、やはりエホバの神は一筋縄ではいかんね。
November 3, 2010
ゾンビ映画が図抜けて好きだというわけではない。ないがしかし、ゾンビだらけの世界で、引き込もりの青年とマッチョなゾンビハンターと詐欺師の姉妹が遊園地をめざす、という話を聞けば、誰だって観たくなるに決まっている(え?違う?)。そのシュチェーションでどんな展開になるんだろう?と思いだしたら、気になって気になって仕方がないではないか。結果として・・・ああ楽しかった♪♪そもそも始まったらいきなり世界がゾンビだらけ、というオープニングが好感度高し。感染源の説明は簡単にあったが聞き逃せばそれまで。(知らなくてもどうってことない)それよりもゾンビがとにかくいい。なんとなく『バイオハザード4』のゾンビが印象に残らなかったのだが、この映画のゾンビはいい。ゾンビ化以前の職業や関係性がほんのり見えて想像が膨らむ。そして何より、面白くしているのは、主人公が決めたゾンビにやられないためのルールというやつ。反則だが、ルールに該当したシュチェーションになる度、こまめに字幕で表示が出てくるので強制的に笑わされる。秀逸だったのは最初のシーンで、ゾンビから逃れるために主人公が車に乗ろうとするシーン。「ルール1:有酸素運動」の通り、走れることが命を救う名シーンだ(笑)ウディ・ハレルソンが素敵。まずファッションが完璧だし、マッチョでクレイジーだが意外にもお人よしな面がある。ゾンビ狩りの才能に満ち溢れていて、次から次へのゾンビを狩る姿はトム・クルーズよりもかっこいい!そんな男が男泣きする姿もハートをわしづかみだ!彼がお人よしで男泣きするわけはちゃんと明かされるのだが、その明かされかたが奥ゆかしくて好きだ。そう、奥ゆかしいの。基本はコメディでホラーなんだけど、それ以外のシリアスな部分との切り替えというかつなぎがうまく、それはシリアスな面の見せ方が奥ゆかしいからだ。前面に出さずに、流れのままに挿入していく、そしてするりとまたコメディに戻っていく。これはまた、ウディ・ハレルソンのように役者がうまくないとできない。思えばウディ・ハレルソンにアビゲイル・ブレスリンと、アカデミー賞候補者が二人もいて、とどめにサプライズであのコメディ俳優(どうしてこう日米で知名度が違うんだろう)まで登場するわけだ。なんと贅沢なゾンビ映画だろう!(よくオファーをOKしたなあ)そのシリアスとコメディの融合が頂点に達するのが、クライマックスの遊園地シーン。姉妹を助けるためにヒーローになることを選ぶ主人公、ゾンビをひきつけるために立てこもるウディ・ハレルソン・・・緊張感は高まり、とりわけウディ・ハレルソンの決死の雄志に感涙すらするのだが・・・・・・・・・・!!ここ数年で一番だまされた瞬間でした・・真面目に感動してたのに~~~~!!まあいいのです。シニカルな終わり方の『ショーン・オブ・ザ・デッド』と違い、もっとハートフルな終わり方をした『ゾンビランド』。いかにもアメリカ的だけど、湿っぽくならないところが救っている。私も彼らとだったら、ゾンビランドを旅してもいいな。「ルール:32:小さなことを楽しめ」劇中に出てくるルールではあるけど、私はあらゆる「DVDでいいや」と言われて劇場で観てもらえない映画を観るときにも、自分で自分に適用している。名言だ。
October 3, 2010
復活第一弾(大げさだ)がこれというのもどうかと思うが、近年の日本映画で一番気に入ったといっても過言ではないこの映画が、私は好きだ。これを見たのはたしか6月。パソコンが危篤状態だったとはいえ、よくぞ何も書かずにいられたと思う。そしてこのブログ、二カ月余り放置していても、カウントも上がってるしトラックバックもたくさんいただいた。多すぎてすべてをお返しできませんが、ありがとうございました。これからしばらくはここ二カ月で見た映画とこれから見る映画とまぜこぜで書いていくことになると思います。というわけで、『アウトレイジ』である。この映画、見ようと決めたきっかけはCMだ。あの、海岸沿いの道に死体が一つ転がっている。頭に袋が掛けてあるため顔はわからない。そして死体の脇を、ゆっくりと、ヌメヌメとした黒塗りの車が通って行く・・・。ああ観たい、という衝動が走ったのをいまも覚えている。そして同時にしてやられた!という感にもなった。あれを見せられて、見に行きたくならない映画ファンがいるだろうか?あのCMは誰が作ったのだろう、北野武本人だろうか、本人のような気がする。黒澤だって、CM予告編は自分で作ったのだから。面白くないシーンなんか一つもない。乱暴なようでいて、1カット1カットは艶めいていて美しいほどだ。冒頭の、法事が終わるのを待つヤクザ達をとるシーン。もうこれでまたヤラレたんだな・・・暑さと倦怠、フラストレーション。それでいて秩序がそこにある。このシーンのあとの、黒塗りの車が列となって道路を走っていくシーンも同じ。ああ、季節は夏。春でも冬でも秋でもなく、真夏。暑さで男たちは汗にまみれ、車の姿は熱気で揺らぐ、みんな瓦解寸前。この秩序が崩れていくのだ、という不安をあおりたてる音楽(音?)。計算ずくだとわかっていてもヤラレテしまう。こんなカットを撮ってしまう監督だからか、俳優陣も熱の入り方がすごい。生きている間にキャラクターに入り込んだ演技をしているから、殺されるときのあっけなさが際立つ。生き残った奴はまたさらに際立つ。最初はチンケに見えていた加瀬亮が、右肩上がりに凄味を出していてたまらなかった。まっとうに生きようなどという輩は一人もおらず、一人残らず我欲にまみれたアホだ。椎名桔平演じる水野とたけしの演じる大友だけが、少しばかり毛色が違うが、所詮は単なるチンピラだ。ここで描かれる悪は、たとえば『告白』で描かれたような人間性を深く考察するような悪ではなく、巨大であらがいようもない巨悪ですらなく、じつに矮小な悪でしかない。それなのにこれほど面白いのはなぜだろう。あまりに矮小すぎて、私はこの悪党どもがえらく身近に思えた。昨今のITヤクザだ経済ヤクザだという輩より、この一昔前の愚かなヤクザが人間的に思える。われわれ大衆の中から生まれたものだと思える。誰もが持っている、阿呆な自分、難解な悪ですらない、ただの愚かな自分。それを余すところなくさらけ出し、好きなだけ殺し合いをさせている北野武に、正直惚れてしまいそう。コーエン兄弟や、タランティーノの作品と同種の香りがすると思うのは、私だけだろうか。映画というものはその出自からして見世物・娯楽としてのDNAが基本にあって、そこから深く人間性を考察したり内面を掘り下げたりしたものを表現する手段として、発達したにすぎないんだと思う。娯楽というのは別に感情としての「楽しさ」ではなくて、非日常感覚を自分のことのように感じるできることだ、と思ってもらえばいい。私がアート系の映画を敬遠する理由はそこにあって、その手の映画は確かに非日常ではあるが、一方で、映画の作り手である「あなた」のことばかり書いていて、「私」にどう思って欲しいのかがさっぱりわからなくて見ていてこまるのだ。北野作品はその幅が極端で、すごく自分が彼の映画に寄っていくこともあれば、えらく遠い世界のような気がすることもある。本人もヤバいと思っていたらしく、パンフレットにある当人のコメントにこうある。「映画館で金をとっておいて、あんまり個人的なことばかり見せるのも、なんか変だよなって気がついてさ(笑)」(『アウトレイジ』パンフレット「北野武『アウトレイジ』を語る」より)世界の北野武ですらこう思うのだ。ともすれば単なる自己主張映画を撮りがちな、若い映画人は心して欲しいものだ。観客は「あんた」のことを知りたいんじゃない。「私」を楽しませてくれるものを見に来たのだ。
September 25, 2010
お久しぶりです。猛暑で倒れていたわけではありません。倒れていたのは私ではなく、パソコンでした。こんなに休んでたのに、思っていた以上のアクセス数があってびっくりです。ほんとにありがとうございます。もうかれこれ6~7年前の自作デスクトップPCくん。もっとも7割がたは人様に作ってもらったが・・・。グラフィックボードをわざわざのっけて当時としてはかなりのハイスペックマシンだったおかげで、世の進化にもなんとかついていった、ご自慢のパソコンだったのだ。でも、人類の進化にはついていっても今年の異常気象には勝てなかったようで、この夏は部屋の冷房を20度に下げても30分もしないうちに熱暴走を起こして落ちちゃってたのだ。先月末には、落ちるまでの時間がついに30分から10分になり、それでとうとう諦めてパソコンを買いに行ったのだ。今回はノートパソコン。紆余曲折の末、某家電量販店(値引きが自慢の店ではない)にて、COREi5でメモリ4GBで15.6インチでofficeプリインストールのノートパソコンが、ちょっとびっくりの値段で購入できてウハウハ。ネット中心に使うのがもったいないくらい。せっかく買ったがたまったネタを更新するには今度は仕事が忙しい。体力温存のために、もうちょっと休みます。
September 5, 2010
さあまだあと3本書かなきゃいけません。が、気温が上がってきてパソコンが不調です。北極のように部屋を冷やさないと、パソコンが落ちちゃうんです・・・。ということで、『アイアンマン2』。前作ではメカ好きの私を悶絶させた踵の動き、上映時間の半分以上をつぎ込んだスーツ開発シーンは、今回いったいどうなったか・・・。・・・ない。アオ~~ン!!燃えたのは、はじめの30分ほどでしょうか。派手にステージ上に登場し、アイアンマンのスーツをカシャンカシャンと脱ぐシーン。そしてCMで散々流れたモナコでのレースシーンで、携帯用スーツを身に着けるシーン。映画館でなかったら、確実に歓びの悲鳴を上げていただろう。。。んが!萌え萌えのシーンはそこで終わり、ドラマの方は私の求めるものと違うせいか、さほど盛り上がらなかったのだ・・・。とはいえ、男性俳優陣の魅力は全開だ。(女性陣はイマイチ・・)過去これほどまでにサム・ロックウェルが素敵だと思えた映画はほかにはない。軍に武器を売りつけるシーンで、怪しげなポン引きのように語る姿に悩殺だ(笑)。大復活を遂げたミッキー・ロークの雄姿もいいが、イマイチ彼の見せ方がへたくそなのが残念。なので、これからDVDなどでごらんになる方は、ミッキー登場のオープニングを楽しんでいただきたい。オウムと戯れるシーンは、彼の色男時代を髣髴させる笑顔(多分、素で笑っていたと思うが)にメロメロです。んもう!かわいい笑顔と残虐非道な行いの落差が素敵なんだから、しっかり撮ってよね!でももっともメロメロになるのは・・・数あるアメコミ映画の中で、間違いなく1番可愛いロバート・ダウニーJr as トニー・スターク。この男、可愛すぎ。映画を観ていて不意に気づきましたが、ロバート・ダウニーJrの顔は、私の理想のタイプ(真田広之)ではないが、どうも好みのタイプらしい。顔・・・・・・・・・・・・・好きだわ。うわああ、映画のよしあしなんかどうでもいいんだ私は!ロバート・ダウニーJrと、メカが可愛くて仕方がないんだよ~~~!!!
July 10, 2010
『告白』で気が重くなったから、以降はエンターテイメントばっかり観ていた6月です。ということで、『レギオン』。このテの中途半端な映画には、見切りをつけるのが早い広島の映画館にしては、結構長々とやっててくれたおかげでなんとか鑑賞。観たかったんです~~。だって、デニス・クエイドが出てるんだもん。応援しなきゃいけないじゃないか!・・・年々、映画の選択理由が、観て(お金を払って)あげなきゃ次がないかもしんない、という、ある種の喜捨の精神になりつつあるんだが、私の気のせいだろうか。デカイ話を小さく撮る。好きなんです。予算の範囲内で苦心した成果が見えるから(笑)人類滅亡の危機だというのに、話の舞台は砂漠の中のちんけなダイナーがすべてである。予算の無さに涙が出てくる。おそらく、あの天使アクション(観ればわかる)にかなりの額がぶち込まれたんだろう・・・。苦労のあとが観える上に、お話も演出も新味がないところがまたイイ。話の中心人物である女性とその子供の設定と、お話の骨はどう考えても『ターミネーター』だし、あのたてこもり設定は大好きなカーペンターの『要塞警察』だし、大体天使が憑依した人間はゾンビにしか見えないし・・・ほかにも言い出したらきりが無い。でも、ここまでパクられるとむしろ可愛く見えてきて、そんなに大好きなんだねえ~と、ほほえましくなってくるのは私だけだろうか・・・。お目当てのデニス・クエイドは、今回もいい味だしてます。この映画で唯一オリジナリティを感じた小さな複線は、デニス・クエイドのために準備されたものでした。ライター・ダイナー・別れた妻。うんうん、確かにそろそろ閉店だよね。最後のデニス・クエイドはとっても素敵でした。
June 26, 2010
観た映画が5本溜まってます・・・。仕事忙しいのに何やってんだと思いつつ、これが活力なんで仕方がない。しかし観るには観ても、書く時間が足らん・・・ということでまずは『告白』です。変換間違って、最初【酷薄】と出て一人で大受けしてました(笑)いやその、笑えるような映画ではないんだが・・・予告編における松たか子に惚れて観にいきました。この映画のテーマ云々以前に、いかに松たか子が大女優の風格を持っているのかよくわかる映画でした。心の奥を見せない演技、とでもいいましょうか。背筋の凍るような姿でした。復讐の物語かと思いきや、当事者たちの独白が入り、これは趣がちがうぞ?と思ったら、やはり最後は復讐で終わる。確かに復讐の物語ではあるのだが。松たか子演じる森島は復讐者だ。しかし、たとえば、完全に元の立ち位置から遠いところに行ってしまった『狼の死刑宣告』のケビン・ベーコンと違い、森島はもう少し違う位置に立っている。それは彼女が教師だからだろう。彼女の教師としての性質が、復讐について教えるという、奇妙な復讐の仕方をとってしまう。彼女が実際に何をしたのか、それは本当の所はわからない。しかし、復讐したいと思うに至るまでの心理、殺人者についての彼女の分析等々、彼女がとうとうと説明することで、子供たちは彼女について考えざるを得ない。それこそ、学ぶということではないか?子供たちが命について真剣に学んだとは到底思えないが、人の心の闇や狂気などというものが、たかが子供ごときにうかがい知れるものではないのだ、ということだけは、おぼろげながらも感じたのかもしれない。大人の闇と、子供の闇の戦いに、子供は結局屈服するラスト。爽快感はどこにもなく、ただただ松島の心の闇がいっそう深くなったと感じる。そこがどんなに暗いところか、なんて、屈服はしても、あの子供はまだ知りはしないのだ。ラストでの森島の涙は、いろいろな解釈があるだろうと思う。私には、結局復讐の悲しみすらも、森島一人が抱えるしかない悲しみの涙に見えた。あの子供が絶望したのは、自分にとって大切なものを失ったから、だけのことだ。森島が失ったものに思い至る日は遠い、いや、決してこないかも知れないのだから。いかに森島が伝えようとしても、伝わることなどなかったのだから。復讐者としては成功しても、教師としては彼女は結局2流だったのだ。中島監督の、あの余白を埋め尽くすような演出が今回は一転。余白を大きく取り、かつ、その余白に少しだけ朱筆を入れたような演出。埋め込みの演出ではない分、この監督の真の力量を見せ付けられたような思いがした。それにしても。今の子供たちってこんなに愚かなのだろうか。そして親とはこんなものなのだろうか。真実たくましい母性は私の夢想でしかないのだろうか。私は母でもなければ子供でもない。どちらにも属していない私には、生まれつき女として持っている母性以外には母たちを理解する手がかりはないし、子供時代に戻りたいなどと思いもしないからか、自分が思春期に何を考えていたのかなんて、頭を振り絞っても思い出せない。久しく、子供に向かってお前たちは愚かだといいはなつ媒体を観たことがない。大人自体が幼稚化しているから、子供を馬鹿にすると痛い目をみる、ということか?ああでもこの映画をみて改めて思う。子供は所詮子供なのだ。文句があるなら、とっとと大人になりたまえ。と、思う。
June 20, 2010
すみません、久々の閑話ですが、『第9地区』を観た人にだけわかる話です。ごめんなさい~。でも本当の話なの~。今週、出張をかねて広島から地元福岡に帰りまして、美容室に行って参りました。もう10年以上、私の髪の面倒を見てくれているH氏は、私と感性のベクトルが同じ方向を向いている映画好きで、カットの間中、映画の話をしてはH氏の奥様(は魔女・・・ではなくて美容師)にあきれられております。(過去にも一度このブログにも登場していただきました)しかもカットが上手!(取ってつけたように書いてますが本当)こういう美容師さんに再びめぐり合えるかどうかは賭けなので、帰省の度に髪を切ってもらってます。今回はカットがメインではなく、だんだんごまかしが効かなくなってきた若白髪(若?)をどげんするとね~ということで、美容室に行った・・・のだけど。実は、私の髪には2つのナゾある(らしい)。1.髪の色が変わる自分で自覚しているだけでも、年に2回は色が変わっている。本来の色~赤茶(つーか枯れ木色)と、色が落ち着かない。カラーリングしたかのごとく変わるので、H氏までが「髪染めた?」と聞いたことがある。通称「カメレオン」(笑)2.もともとカーキ色私はグレーの色味を濃く含んだカーキ色のスーツを持っているのだけど、コレを着ていて「髪の色とおんなじ」といわれたことがある。つまり、私の髪には緑色が混じっているのだ。珍しい色味なので、カラーリング全盛時代にはよくどこの美容室で染めたのか聞かれたもんだ。※ちなみに、私、今回白髪消しのヘアマニキュアが初めての「染髪」ですこの2つのナゾは以前から知っていたのだけど、今回H氏の口から初めて聞いた衝撃の事実があったのです。以下、うろ覚えだけど会話(本人もこのブログ見てるから怖いわ~)。H氏「sinokさんの髪みたいな色を人工的に出そうとしたら、マット系(云々)を使ってするんだけど、赤みの強い人だとやっぱり出ないんだよね」sinok「ふ~~ん」H氏「人工的にだそうと頑張ってるのに、sinokさんはさらっと緑色が出ちゃう」sinok「あはははは」H氏「でも、緑色って、人間の髪にない色なんだよね」sinok「はあ!?」H氏「緑にしようと思ったら、青みのある黒の色が抜けて(この辺うろ覚え)緑になるんだど、青って人の髪にないでしょ。だから緑も人にはないの。だからsinokさんの髪に緑が出てるのが不思議で不思議で」sinok「えっ!私、(『第9地区』の)エビ!?」H氏・H氏の奥様・18歳のお客さん「(大爆笑)」実話である。ネタでも受け狙いでもなく、本当に口がすべっちゃったよ。まあそういうことで、ヴィカスもびっくりの衝撃の事実が判明。髪の色がころころ変わるのも一種のメタモルフォーゼか?私としては、「私は人間なのにどうして髪が緑なの?」と悩むより、「だって人間じゃないからね」と言われた方がスッキリするが。アイデンティティなんて、周囲が気にしなければその程度のことだと思うのだけど。ただ個人的には、エビよりプレデターの方がいいなあ。
May 30, 2010
いまどきなんつー邦題をつけるんだ、と思っていたら、本当に原題が『FROM PARIS WITH LOVE』であきれ返ってモノが言えない(笑)。映画ファンは全員『ロシアより愛をこめて』を頭に浮かべつつ、ほとんどなんの関連性もない内容にほほえましく暖かい気持ちでいっぱいになること受けあいです(笑)監督は、大絶賛した『96時間』のピエール・モレル。そのせいか、日本では、いや映画界ではいまいち伸び悩みのジョナサン・リース・マイヤーズが主演なのに客は大入り。最近ケーブルテレビで、ジョナサンが主役を張っている『The Tudors』にはまっているので(目的はジョナサンではなくてサム・ニールだが)毎週顔を見ている役者の映画を見るのは結構楽しいです。改めて、このジョナサン・リース・マイヤーズという役者は、もうちょっと使いようがあるんだろうと思いました。今回の、振り回されっぱなしの役は、彼の整った顔にぴったり。動揺する姿がかわいいわ~~~。『The Tudors』のヘンリー8世役もそうなのですが、自信たっぷりなシーンより、物事がうまくいかなくてイライラしているシーンの方が良いのです。それにしても・・・ジョン・トラボルタをついにここまで破壊した監督とリュック・ベッソンはすごい。ステキすぎます、スキンヘッドで暴れん坊のトラボルタ。私はてっきりストーン・コールド・スティーブ・オースチンかと思った(『監獄島』を見損なってひそかに落ち込んでいたりする)。基本バディムービーという奴は、二人組の双方の違いがはっきりわかるように作るわけだけど、これだけ差があるとジョナサン演じるジェームズが不幸以外の何者でもないように見えてくる。相棒トラボルタの余りの破壊ぶりに、ジェームズの価値観が国家機密よりもフィアンセの方に傾いてしまうところが大笑い。本当にトラボルタが楽しそうで、ジョナサンがとっても迷惑そうで(笑)、それを観ているだけで楽しい90分です。お話の方は、こちらも『シャッター・アイランド』同様、目的はわかったようなわからないような、なんだかすっきりしない話です。『96時間』は目的だけははっきりしてたんで(手段はめちゃくちゃだが)簡単にアクションへのめり込むことができましたが、この映画を楽しむには、いかに早い段階で「謎解きと目的を放棄する」かにかかっています(笑)。それさえ捨てればこんなに楽しい映画もない。この夏はフランスに行く予定の私ですが、パリに着いたら、花瓶を抱えて走り回るジョナサンを思い出して爆笑しそうです。それにしても、ここ最近、ポップコーン・ムービーを作るのは、アメリカよりフランスの方がうまいような気がします。という話を人様にしたら、「それはリュック・ベッソンだけだ」と切り替えされてしまった・・・そうかもしんない。追記どうしても気になることがひとつ。高速でのカーチェイスシーンで、トラボルタが乗る車を運転していたCIA役の男性。本職の役者じゃなくて、プロのドライバーのように見えたんだけど、実際どうなんだろ?ハンドル捌きが役者に見えなかったのよ~~~。
May 23, 2010
この映画、本編が始まる前に「この映画の視線やしぐさにヒントが隠されています」というような注意書きが表示されます。バカ野郎。おかげで私は、最初からオチがわかってしまい、つまらない時間をすごす羽目になったのだ。どうして『シックス・センス』のように、映画のオチは人に言わないでね、という控えめな宣伝にしなかったのか。最近の日本の観客は、わかりやすいものしか評価しないから、という、人を小馬鹿にした思い込みからか。こういうことをするから、心ある映画ファンがそっぽを向くのだ、オロカモノめ。と、思わず怒りから始まる映画です。出だしの注意書きがなければ、もっと面白がれたと思うのですが、それを知らなかったとしても、主人公テディの目的が少々曖昧で、彼に視点をあわせて物語を追うしかないのにわかりにくい、という困った事態に陥ります。オチを考えれば仕方がないのだけど、それにしたって、もう少し理路整然として欲しかったなあというのが本音。オチの隠し方も、まあ本編前の注意書きがなかったとしても途中でわかった程度です。だって明らかにおかしいんだもの・・・。私が悩んだのは2つ。ある人物が実在かどうか、と、実在じゃないと思ってた人物が実在で驚いたこと。それくらいで、あまりナゾの方には興味がなかった、初めからわかってたし。思い起こせば『シックス・センス』はよくできていた。これだけブツブツいっているのは、映画のオチがわかった後が、非常にすばらしかったから。こんな驚きの終わり方を準備しておいて、そこに至る心境に、もう少し引っかかる描き方はできなかったのか、と悲しくなったのだ。とにかく、オチが言えないので書きにくいんだけど・・・・。人は、どこまでの罪なら、その罪を抱えて生きることができるのか。理性的で人道的なことが、必ずしも救いにはならないという、衝撃的な終わりだけが、この映画でもっとも忘れられないシーンになった。
May 23, 2010
リーアム・ニーソンの、「リリース・ザ・クラーケン!」というセリフ聞きたさに、2D字幕版で観た阿呆です(笑)だって広島では、3D字幕版やってないんだもん。リーアム・ニーソンもサム・ワーシントンも、レイフ・ファインズも声がいいので気持ちが良かった。レイフ・ファインズはクライマックスまで弱々しい話し方だったので、このまま終わったらどうしようかと思ったけど、最後はしっかりエラそうな話ぶりでステキ。とりあえず聞きたいものは聞けたので大満足です♪・・・え?それで映画はどうだったかって?愛するジェット・リーをステキに撮ってくれた『ダニー・ザ・ドッグ』の監督、ルイ・ルテリエだというのに、ものすごーく単調な映画になっているのがナゾ。ぜんぜんドラマがないというナゾ。男くささにギリシア神話に怪物大集合という、私好みがわんさと詰まっているのに、いったいどうしてこんなに冷静に見れるのか??コレは勝手な想像ですが、パンフレットに掲載されている一部の写真を見る限り、ルテリエ監督はもっと色々なエピソードを撮っていたような気がします。実際に公開された映像にない写真があったので。てことは、編集段階でシンプルな話にカットされたんじゃないでしょうか?やりたい放題が許されるリュック・ベッソンの元を離れたルテリエは、なんだか持ち味を亡くしてしまっているような気がする。怪物くんたちも、この怪物好きの私がいまいち燃えない造型でねえ・・・。なんか可愛くないんだもん。とくに動きが。キケンな怪物ほど、愛くるしさが必要だと思うのは私だけだろうか。そもそも私は、この映画の元ネタ、昔々の『タイタンの戦い』で、VFXを担当したレイ・ハリーハウゼンが大好きなんです。彼がVFXを担当した『恐竜100万年』も恐竜好きの私をメロメロにしたけど、一番のお気に入りは『アルゴ探検隊の大冒険』!あのハリーハウゼンの映像が頭にあるからですかね、この映画の怪物には作り手の愛情が感じられません。あれ?もしかして私の怪物好きの原点のひとつは、ハリーハウゼンの作ったクリーチャーか?いやちょっとまて、『アルゴ探検隊』は60年代の映画だぞ?私はいったい何歳なんだ?・・・
May 17, 2010
CGバリバリの娯楽大作『アバター』が侵略戦争、低予算SFの『第9地区』が人種差別、という社会派テーマを内包しているのとは逆に、『ハートロッカー』はイラク戦争というリアルな大問題を描いた作品であるにもかかわらず、戦時下の人間性にひたすらフォーカスした映画だ。この映画の舞台は、乱暴に言ってしまえばイラクである必要はないのだ。惑星パンドラでも架空の第9地区でもかまわない。徹頭徹尾説明を排除したこの映画は、思い返せばこイラク戦争が舞台だという説明すらなかったようだ。どういう状況下に主人公たちが放り込まれているのかは、あとでパンフの年表を見るまでよくわからなかった。2004年のイラクがどうだったのか、すぐ思い出せる日本人は一般にはほとんどいない。だが、選ばれた舞台がイラクであるということは、アメリカ人にとっては重要なことなのだろう。前宣伝では、爆弾処理という極限状態を嬉々として楽しむ男が主人公であるかのような印象だったが、実際はまったく違った。むしろ、主人公ジェームズこそが、一番人間性を保っているかのように見える。私には終盤ギリギリまでまっとうな軍人であったサンボーン軍曹の方が不気味だったのだ。戦争のおかげで、アイデンティティーが爆弾処理という行為に集約されてしまったジェームズは、相手がイラク人だろうが離婚した元妻であろうが、驚くほどの優しさを持ち合わせている。それは「生き残ること」が、彼にとってあまり大切なものではなくなってしまったからなのだろう。真に明日を思って生きていない人間は、他者に対して優しくなるのが本当だと思う。これがさまざまな人生経験を経て得たものなら幸福な話なのだが、彼の不幸は、それが爆弾処理という極限状態で培われた不完全な心の在り様でしかない、ということだ。そのために、任務を離れてしまうと自分の中の優しさをもてあましてしまうジェームズの姿は、見ていて悲しい。戦争でのPTSDが問題視されているのは周知の事実だが、今まで映画でよく観ていたのは、エルドリッジのような姿であって、あまりジェームズのような静かなPTSDは見たことがないように思う。そしてこれは私の勝手な想像だが、同じPTSDでもある日頭を銃で打ち抜いてしまうタイプというのは、エルドリッジではなくジェームズの方ではないかと思う。エルドリッジは麻薬や酒に逃げるだろう。しかしジェームズの心は、すでにそんなもので満足できる状態は過ぎている。もっとも精神に負荷のかかる状況でしか心のバランスが保てない、という異常事態は、映画冒頭にあったとおり、一種の麻薬中毒だ。だとすれば、彼はすでに重度のジャンキーであり、麻薬中毒に死という終わりがあるように、ジェームズに残された道も劇中の時点で既に死しかありえない。生きている実感を得るために戦うだって?私には、死という終わりがそこにあるから、戦場に赴いているようにしか思えない。だれも殺してくれないから、PTSDの元兵士たちは、自ら死んでいくのだろう。この世にこれほどの不幸があるだろうか。ジェームズが処理した863個の爆弾は、彼の不発に終わった不幸の数でしかないのだ。観客を観客のままに留まることを許さず、現場に参加しているかのような感覚を覚える映画だ。手持ちカメラでの接写と、ぐんと引いて撮る映像とのバランスが絶妙で、臨場感は最近の映画の中では群を抜いている。説明はなく、セリフも少なく、画だけを伝えて、観客に判断を委ねる撮り方は、そもそも私の好みのストライクど真ん中で脱帽だ。そこに臨場感という、最近流行の取り方がプラスされたものだから、評価しないわけにはいかない。ついでに言えば、この甘さが一切ない、一歩引いた臨場感、とでも言いたくなる描き方は、監督が女性であることにも関係していると思う。たいていの男性監督ならば、男の映画を撮る場合、男同士の熱い仲間意識をプラスせずにはいられないからだ。これが全然リアリティのない世界の話なら私好みのネタなんだけど、リアルな戦争映画では、真面目に観てしまう分どうしても私は引いてしまう。戦争映画でよくでてくるのが「仲間のために戦う」というセリフや場面。これが、この映画には出てこない。なぜならジェームズと、その仲間であるサンボーン、エルドリッジのら3人は、最後まで真の仲間意識をもてないまま終わるからだ。彼らはそれぞれプロだというだけだ。お互いを助けるのも、サポートするのも、プロとしての判断だというのは観ていればわかる。だから、この映画では「仲間のために戦う」という意識は皆無となり、そのためエモーショナルな場面はほとんど存在しない。あるのはひたすら、爆弾処理という極限状態ばかりだ。仲間の死体を回収するために命がけで敵地に向かう兵士が出てきたのは『ブラック・ホーク・ダウン』だったが、それは実際戦場では行われていることなのだというが、申し訳ない、正直いって私には理解不能の行為だった。おかしなもので、『ハート・ロッカー』にはそんな仲間意識丸出しのエピソードがない分、リアルな戦争映画には珍しく、感情移入がしやすかった。「女は女のためには絶対死なない」と書いたのは塩野七生だが、まったく私も同感だ。戦争という奴、本質的には男のものだということか。
May 8, 2010
驚いた!低予算SFを観に行ったつもりが、きっちり感動して帰ってきました。『インビクタス』といい、今年の私は南ア祭りか?『サロゲート』の時に「ほ~」と思った、リアルなんだけどSFな映像がここで本格的に使われています(注:この2作品にはなんのつながりもありませんが)。異様さは『サロゲート』以上で、怪しくもこっけいなエイリアン(通称:エビ)が、NHK特集でも観ている様な映像で映し出されます。まったくもって善良かつ平凡な男である主人公ヴィカスが、ノーテンキにカメラに向かって振りまく笑顔に、初めのうちはちょっと滑稽なSFを想像していたのですが・・・。フツーの男が危機に際してヒーローになる、というのはよくある話。価値観の大逆転も、『地球最後の男』や『猿の惑星』で経験済み。だけどこの主人公ヴィカスと過去の作品との違いは、彼の願いが、人間でいたいだけという、当たり前だけど切ない願いだということ。そして、ヴィカスが根本的に命に対して心優しいものを持っていることのように思います。ヴィカスにはエビたちへの差別意識はあるし、繁殖しないよう卵を焼いたりするシーンも出てはきますが、彼らが第9地区のルールに従う限り、暴力を振るうことも命を奪うことも拒否します。これは彼が実験材料にされるシーンで顕著で、「罪もない」エビを撃つことを彼は拒否し、その行為に非常にショックを受けるのですが、それはどうもヴィカスの本質のようで、あれだけ追いまわされてるのに彼は無抵抗の人間を殺すのは抵抗があるようです。彼なりに、エビにも人間にもかすかに同じ価値を感じているからこそ、エビであるクリストファーとおかしなバディを組むことができたのでしょう。というか、クリストファーの「母星に帰りたい」という願いを、ヴィカスの「人間に戻りたい」という願いが凌駕してしまって、驚くほどクリストファーはヴィカスに対して誠実に対応していきます。ひとがひとでありたい、という思いは、第9地区で差別されて生きるエビにも、なにやら通じるものがあるのでしょうか。この映画、人間でなくなっていくことへの恐怖もさることながら、人間扱いされなくなる恐怖の描き方がえげつなく、つまるところ、自分が自分を人間だと思うには、他者から「あんたは人間だ」と認識されることにつきるのではなかろうかと、えらく哲学的なことまで考えてしまいしました。この映画、おそらく移民や難民問題と絡めて語られる作品になるんだろうと思いますが、私はそれ以上に、ひとがひとであるために、という命題が、ひそかに忍ばされた映画のように思います。ヴィカスは同じ人間から人間扱いされなくなることで、自分で自分を獲得する闘いを始めます。初めは、確かに人間の姿に戻りたかっただけかもしれない。だけどいつの間にか、かれは誰かから「お前は人間だ」と言ってもらうことよりも、もっと深い自己認識に目覚めたのではないでしょうか。ヴィカスが最後、孤軍奮闘する姿に崇高さすら感じたのは私だけでしょうか?自分が自分であろうとする勇敢さに、激しく感動してしまいました。姿形は変わっても、彼の本質は変わらない。クリストファーを助けに戻り、鋼鉄の花を作る彼は、事件前の、妻を愛する心優しい男となんら変わりはない。3年後を信じてクリストファーを待っているのかどうか、それはもはや我々にはわからないことだけど。こういう映画がフツーに劇場公開されて嬉しい。お定まりの映画にも楽しみはあるけれど、見たことない映画という奴が、本当に映画そのものが面白い、と言える映画が年に何本あるだろう。面白かった。心から。※追記『第9地区』がらみで閑話をひとつ。こちらも観てやってね。
May 2, 2010
実はジョー・ジョンストン監督って好きなものを2本撮ってます。『ジュラシック・パーク3』と『オーシャン・オブ・ファイヤー』です。これでわかった人はすごい。はい。『JP3』ではサム・ニール、『オーシャン~』ではヴィゴ・モーテンセンと、私の大好きな人たちを起用して、その魅力全開に撮ってくれた監督さまなのです。演出としてはパターン通りというか、さして驚くような事態は起きませんが、今回もステキに撮ってくれています。アンソニー・ホプキンズ様と、ベニチオ・デル・トロを(順序と敬称は私の偏見による)。二人とも、ぜんぜん別の意味で「目で殺す」タイプの役者です(笑)。この映画、見所は、あの痛そうな変身シーンとアンソニーVSベニチオ怖い顔合戦に尽きます。変身シーン、音が怖いわ~~。骨から変わっていく感じで、見ている方も痛いです。あれ、特殊メイクだとおもったらフルCGとのことで2度びっくり(笑)妙に生々しいので、ベニチオが自分で脱臼させて演じていると言われた方が、驚き度合いが少ないかも(笑)逆に、特殊メイクの神のごときリック・ベイカー御大には失礼だけど、あんまり狼メイクに驚きはなかったです。だってベニチオの素顔の方が・・・こわいんだもん・・・。もひとつ怖いのがアンソニー・ホプキンズ様。もはや地なんじゃなかろうかと思わせる堂々たるお姿。好きなときだけ現れて、好き勝手に堂々たる演技をして場をさらっていくあなたが大好きです。ベニチオとのぜんぜん似てない親子役という設定はお笑い種ですが、村人を追い返すシーンと、地下霊廟のシーンと、ベニチオが変身から覚めた時のシーンと、精神病院の独房シーンと、ピアノ弾いてるシーンは良かったですねえ!(ほとんど全部とも言う)もっと気難しい役かと思っていたら、基本、常に不敵な笑みを浮かべているという、得意技の役で、見ている私は幸せでした。どうしてこう、アンソニー・ホプキンズ様って、ひとをいたぶったりバカにしたりする姿が似合うんでしょう。そしてベニチオ・デル・トロは、以外にもいたぶられている役が似合います。大発見です(笑)。お話の展開はまあどうでもいい映画なんですが、最後のオチだけは気にいってます。ヒューゴ・ウィーヴィングも、狼メイクは似合いそう。
May 2, 2010
映画は観ているのに書く方が追いついていません・・・えらく前に見た『花のあと』から。そもそもこの映画、初めはスルー予定だったんです。ところがたまたま目にしたテレビ番組で、殺陣師の方が主演の北川景子を大変ほめていたので興味が出てきて鑑賞。結論から言えば、頑張り屋さん組と、もはや脱帽組との映画でした(笑)。北川景子にしろ宮尾俊太郎にしろ、若手二人はよくがんばってました。本当に所作も型どおりで、型の中での演技にとても苦労しているのが丸わかりで微笑ましい。北川景子ってほぼ初めて演技を見ましたが、目がいいので頑張れば大成するんじゃないでしょうか。などと上から目線で話してますが、それだけ堅苦しい演技だったんですわ。ところが殺陣になるとこのお嬢さん、主人公:以登になりきるというか、同化するというか、演技が突然自然になるんですね~~。殺陣も型にはまるという意味では所作と同じはずなんですが、静かながらも感情が動きに乗せられるので、演技もしやすかったのかもしれません。殺陣も腰が据わっていて、初挑戦には見えませんでした。よくがんばったで賞です、ほんとに。対して・・・・・・・なんですか、この脇役のすごさは!もはや余裕綽綽の柄本明、ぼけぼけのふりしてフッと魅せる深い表情がワザありの甲本雅裕。あの果し合いの前夜、孫四郎と何かあったのか?と以登に問うシーンはぞくりとしました。ふとかすかな表情が、甲本氏演じる才助の懐の深さを思わせてお見事です。そして何より市川亀治郎~~~!!もう、あの流し目に悪の色気たっぷりよ~~!もはや【亀さま】と呼びたいほどの色気ぶりに、映画館でひたすらひれ伏しておりました。演出そのものは単調で、なんら目をひくものはありませんが、役者の方は収穫たっぷり、若いのも芸達者も両方堪能できます。時代劇の未来はまだまだ明るい!でも監督は・・・ああ~~~!次は夏に『必死剣鳥刺し』を見る予定。これがこけたらもう泣くぞ。
May 2, 2010
もしあなたが役者の声に興味があるなら、これは3Dといえども、ぜひ字幕でみてほしい。お楽しみがひとつあるあからだ。もちろん、そのお楽しみを除いても、なまりだらけで高速で話すジョニー・デップを堪能するのはたまらない。(ヒアリング不能)まあ、日本語吹き替えが山寺宏一氏なら問題なかろうが・・・。ともかく、お楽しみとは、あるキャラクターの声だ。この声聞き覚えが・・・と思っていたら、それもそのはず、クリストファー・リー御大だった。リー様はすでに87歳。きっと亡くなるときはスタジオで逝くんじゃなかろうか。つーか、死なないかもしんないけど(笑)そういう楽しみがあるから、字幕はやめらんないのよ。この映画、驚いたことに、普通のファミリームービーでした。隣で見ていた10~12歳くらいの女の子は大興奮していたから、その意味では大成功の映画でしょう。んがっ!ティム・バートン好きとしては・・・毒気なし、血の気なしというのは・・・どうも。登場人物が自分の口で言うほどキ××イはおらず、ダークサイドなシーンは皆無。赤の女王は奇才ヘレナ・B・カーターをもってしても、恐怖の女王というよりキュートでラブリーだ。どっちかというと、白の女王のアン・ハサウェイの方がいっちゃってる気がしたが。口紅も黒いしね(笑)ジョニー・デップのマッドハッターも、はっきりいってカッコよいぞ。これは私がティム・バートンのイかれた世界に慣れすぎたのか、感性がそもそもずれてるのか、はたまた童心を2号線のどこかに落っことしたのか。まあ、冷静に考えれば、期待していたものと違っていたというだけなんだが。それでもこの映画にやたらと惹かれるところはキャラクターの造型で、ヤマネにウサギにカエルにと、リアルで表情が豊かで、もうかわいくて仕方がない。秀逸なのはチェシャ猫で、キャラクターグッズに興味のない私が、映画の後にグッズ売り場でチェシャ猫のクッションを前にしばし悩んでしまった。グリーンの瞳がたまりません。あ!買ってません!買ってないってば!!くそ。結局、バートンのセンスは好みなわけだ。ちっ。※蛇足ながら3Dについてこの映画は始めから3Dで撮影されたものではなく、2Dで撮影したものを3Dに変換したものです。そのせいかどうか、『アバター』と比べると物足りないところもあります。やはり3Dに命かけてるキャメロンとは違いますね。個人的には、2Dから3D変換の画像は旧作やCATV配信でいいから、劇場での新作は3D撮影のものであってほしいです。3Dで稼ぎたいなら、金、かけたまえ。
April 18, 2010
キッズ・ムービーは趣味ではないんだが、ハリポタ以来、実力派俳優がバンバン出演する傾向があるので、ノーチェックというわけにはいかない。正直、『ダレン・シャン』と悩んだこの映画。なにせ『ダレン・シャン』には、通好みのジョン・C・ライリーは出てるし渡辺健もいる。ヴァンパイヤ物も大好きだ。しかし、結局『パーシー~』を選んでしまったのは・・・。だってショーン・ビーンが出てるんだもん!悪役面のショーン・ビーンが、オリンポスの神、それもゼウスを演じるとあっては、見ないわけにはいかないだろ~~。『パトリオット・ゲーム』のテロリスト役以来、妙に気になる青い瞳のショーン・ビーンです。どういうわけか悪役ばかりが多い人ですが、21世紀に入ってからはいい人(?)役も多く、チェック範囲が広範になって苦労します(なんの?)。『トロイ』にも出てたんで、ギリシャ神話は初めてじゃないですね。人間から神様への大出世。もっとたくさん、映画に出てて欲しいな~~。物語の方は、オリンポス12神の知識があれば犯人は自己紹介がすんだ直後にわかっちゃうし、話の展開の仕方は完全にRPGのノリなので、さほど目新しくはありません。でも、『シャーロック・ホームズ』並みにギリシャ神話の小ネタが仕込まれていて、その意味では大人の興味関心に耐えうる脚本でしたね。ロッカーのハデスに欲求不満のペルセポネ夫婦も大人好みです。久々に見るユマ・サーマンも嬉しかったなあ。『バロン』ではヴィーナス役だったのに、こんどは真逆のメデューサだが・・・。という冷静な感想に終始しますが、やはり役者目当てのキッズ・ムービーチェックはやめられません。でもみんな、大人の映画にも出てね~~。
April 17, 2010
ガイ・リッチーがメイン・ストリームに帰ってきたなあ・・・。『ロック、ストック&トゥー・スモーキング・バレルズ』『スナッチ』とかぶりつきで見ていたガイ・リッチーでしたが、マドンナとのご結婚以来、何かこう・・・。才能ブラックホールのマドンナの相手をするには、ガイ・リッチーは小粒だったということか。『スウェプト・アウェイ』で驚き、以降なんとなく『リボルバー』等々スルーしてしまったんですが、ここにきてなんと『シャーロック・ホームズ』。結論から言うと、離婚してよかったね、という気分である。物語としては他愛もない話なんだが、ガイ・リッチーの大好きな、あのちょいと時間軸をずらして説明する演出、早回し・スローの緩急、あれがホームズの推理力・ワトソンへの説明にぴたりとはまって面白い。とにかくテンポがいいのだ。そして何より、徹底してバディ・ムービーであること。悪役側の深みを削ってでも(後から考えると、ブラックウッド卿の動機がイマイチ??)、ホームズとワトソンの関係に視点は集中している。原作をよく知らない人にも、楽しいバディ・ムービーとして立派に成立している映画だ。一方、ガイ・リッチーお得意の乱暴シーン(カラリとしているのだあえて暴力とは呼ばない)は健在で私の中のアドレナリンは大満足。ところで。原作をよく知らない人は、イメージと違うホームズを見て、ホームズファンに同情してくれるやら心配してくれるやらなだめてくれるやら。。。である。ありがたいけど、間違ってます。コノ映画、ホームズファンでなければ楽しめない要素がてんこ盛りなのである!!大体あのロバート・ダウニーJrのホームズ。実は原作と違うところといえば・・・身長や顔つき、【外出時における】紳士でない姿と、女性に【面と向かって】ひどいことを言うところ、錠前破りが下手・・・ぐらいか?あとは、あーゆーひとなんです、ホームズって。事件のない時期は引きこもり状態でだらしがないし、女性は【面と向かって】は紳士に応対するけどワトソンと二人になると冷たいのなんのって。なにより推理を働かせるときに、ロバート・ダウニーJrの目が、聡明モードに切り替わる瞬間がステキ。黒目に叡智が光ってるわ~。ワトソンも、余りに喧嘩っ早いところ以外、人となりはほぼ一緒。ちゃんと脚が悪いところもジュード・ロウが演技してるの~~~!個人的に、昔からワトソン君は頼りになるいい男のイメージだったし、ブレッド版ホームズで初代ワトソンを演じたデビッド・バークの男らしさがそれに輪をかけていたので、ジュード・ロウの起用は理想的。セリフやらなにやら、とにかく書き出すときりがないくらい、よく原作を読み込んで、細かいところを大きくクローズアップして撮っているのです。二人で飼ってるブルドックすら、原作では一言だけ存在言及されている。もーね、その小ネタチェックだけで、2時間余り、どれほど楽しめることか!いいですか?ホームズファンは、アイリーンが男装しているだけで燃えるのです。わからないでしょ~~~(威張ってどうする)。そういう人種なんです。だから、どうぞご心配なく。ところで、かのジェレミー・ブレッドが演じたホームズ・シリーズを愛する私ですが、どうしでも気になることが。ブレッド版ホームズのオープニングシーンに出てくる、ベーカー街の角にある赤い看板(?)の店と、ほぼ同じものがこの映画にも出てきたように思うのですが、思い違いかしらん?2回見たけど、やっぱり同じもののような気がするんだが・・・。そう。そんなことを確認したくて、2回見たアホなホームズファンがここにいます。
March 22, 2010
これは明らかに原題の方がよかった。原題は『女を憎む男たち』。そんな男たちに対して、女性がいかにして抵抗するか。女として人ごととは思えない、深いミステリーだったと思う。ヒロイン:リスベットは、リプリー、サラ、クラリスといった強く生きるヒロインの系譜に連なるべきだと思う。ただ殺されるのと、暴行と、どっちか選べといわれたら、殺されるほうがいい、と思う女性は少なくないと思う。男性からすれば、そんなことぐらいで死を選ぶな、と思うかもしれないが、女性にとって暴行は魂の殺害に等しい。女性の体は男性を受け入れる構造となっているが、受け入れるのは肉体だけの問題ではない。魂が納得するか否か、それが女性自身が思っている以上に重要なことだと思っている。この映画、リスベットが、そして物語の重要なキーとなる女性が、『女を憎む男たち』への激しい抵抗をする姿を描いている。ミステリーとしても面白いのだけど、映画は、中核をなす失踪事件と同じウエイトでリスベットの心の闇も描いている。そこが謎解き以上に魅力的だし、リスベット役のノオミ・ラパスの野良猫のような目が胸を打つ。『女を憎む男たち』の真逆にたつ主人公ミカエルに、心を開いていく姿も美しい。そのことを素直に喜んでくれるミカエルに、見ている私たちも心を癒される。もっとも、お人よし過ぎて危機に陥ったりする、非常に脇の甘い男なんだが(笑)優しさと残酷さを振り子のように行き来する映画で、見ていて非常に心を揺さぶられる。原作読んでみたいなあ。北欧の暗さは、日本のミステリーでいつも北陸とか東北とが舞台になるのに通じて、非常にミステリー向きに思えた。それにしても『女を憎む男たち』に向かってリスベットたち女性が振り下ろす鉄槌を、男性はどう思うのだろうか。魂を殺された女性たちの精一杯の抵抗を、そこまでせんでも、と思うだろうかまったく、女の腹を借りねば生まれることすらできないくせに、どうして生まれてくると女を屠ろうとしだすのか、このテの男たちは。どれほど欠点があろうとも、ミカエルのような暖かな男性を、女はみんな待っている。
March 14, 2010

来月は映画『シャーロック・ホームズ』が公開される。公開前に、一度ホームズについてうだうだ吐き出しておかないと、おそらく映画ではなくホームズについて書いて終わり、のブログになってしまうので、本日は、映画を見たら書きなぐりそうなホームズネタについて、事前にちょっとだけ書くことにいたします(笑)初恋の人は?と聞かれたら、シャーロック・ホームズ、と答えてしまうくらい、ホームズが好きだ。どれぐらい好きかというと、「正典」と呼ばれる、コナン・ドイル著の本物のホームズ物語だけでは飽き足らず、ホームズ物のパロディやパスティーシュをかき集めるほど好きなんである。シリーズ物もあるからどう数えるかという問題もあるけど、50冊くらいあるんじゃないかなあ(写真の左側三段全部と、右側中段の半分がそう。この他に大型本が数冊)。今となっては古書市場にしかないモノもあるので、書籍化されたホームズ物で有名まものは大概もっていると思う。「日本版ホームズ贋作展覧会」を持っていることは、若年のコレクターに対してなら自慢しても許されるだろう。中にはタイトルに「ホームズ」と書かれていない本もあり、そういうものは表紙の絵や帯にちらりと名前があるだけなので、よくもまあ本屋で見つけたものだと自分で感心する。学生時代までは、この手のパロディモノは嫌いだった。読んでも、正典に近いスタイルで書かれたものだけで、正典の雰囲気から逸脱したもの、オカルトチックだとか、ロマンスがあるとか)、茶化したものはイメージが壊れるから、と嫌いだった。あの、ホームズの正典しか読んでないひと、イメージだけ持っている人、ジェレミー・ブレッドの演じたホームズが絶対だと思っている人には、想像を絶するようなホームズ物が、この世には溢れているのですよ(笑)。ドラキュラと対決したり、ブロンドのおねーちゃんといちゃついたり、実は推理はぜんぜん検討違いだったり、まあ出るわ出るわ、これが本当に元は同じ人間なのかと思うほど。一度こういうホームズに出会ってしまうと、あまりの面白さに次から次へと・・・そしてこの有様なわけだ。ただ、無差別に集めつつも、その中で好むタイプというものはある。子供のころは、頭が良くて正義の味方、というホームズが大好きだった。ちょっと大人になると、エキセントリックなところが愛しくなった。そしてパロディものを集めだしてからは、ホームズの魅力はワトソン君との深い信頼関係と友情にあるように思っている。どんなにハチャメチャなホームズでも、暗く不穏なホームズでも、ワトソン君との間に強い友情が現れているものならば、私は楽しい。だから、今度の『シャーロック・ホームズ』もいいんです。ぜんぜん見かけがホームズっぽくないロバート・ダウニーJrでも、アクション満載でちょっとお色気もあるホームズでも。(こっちはもっとひどいホームズをたくさん読んどる)予告から垣間見れるワトソン君との友情が、私をこの映画にひきつけているのだ。こんなセリフが予告編にありましたな。ホームズとワトソンに向かって「いちゃつかないでくれる?」そう。なんだかんだ言って、大事なときにはワトソン君にいて欲しいホームズ。なんだかんだ言って、ホームズのためならなんでもやっちゃうワトソン君。そんな二人が見れるなら、私はどんな中身でも観に行くのだ。■追記もちろん、ジェレミー・ブレッドの演じたホームズは宝物です宝島MOOKはもちろん収集中■追記2広島に転勤して良かったと思った最初の出来事は、古書店でビリー・ワイルダーの『シャーロック・ホームズの冒険』のパンフを見つけたことです■結論ただの阿呆です
February 21, 2010
男ってダメね~~~、という映画(笑)不可思議な現象にぶち当たったときの、男女の反応の違いがよく描かれた映画です。「これは自分の手に負えるモノだ」と思い(あるいは思おうとして)、あれこれ試して事態を悪化させていく彼氏と、静観するか専門家に頼ろうとする彼女。起こる怪奇現象より、怪奇現象の恐怖に耐えかねて喧嘩と仲直りを繰り返す主人公2人の関係の方が心配だった(笑)またその関係性を映す、怪奇現象のないシーンの演出がいい。勉強中を邪魔する男に苛つく彼女とか。並みの映画にはないシーンですが、日常生活ではよくありますな。恐怖がピークに達したあたりでの喧嘩で、「あなたは役立たずよ!」という彼女の叫びに思わずうなずいておりました。この映画、妙に女心にヒットするのは何故でしょう。感覚で生きてる女性からすれば、この映画の彼氏は、彼女を守りつつも猛烈に女ゴコロを無視しているようにしか見えません。同類の男性に苦労している女性陣には、この映画のラストはある意味爽快かも?という、ホラー映画であるはずなのに、まったくあさっての感想を持つに至ったのは、この映画がフィクションであると初めからわかっているからなのですね。超低予算で作られたのに全米大ヒット!という前宣伝が誇張されて、正直、怖さはそれなり。頭には138万円という予算がこびりついていて、怪奇現象が出てきても、「これ138万円でどうやってとったんだろ?」とそっちが気になる始末。ご丁寧に、パンフレットには予算の内訳が書いてありましたが。これは『フォース・カインド』や『ブレアウィッチ』のように、「ホンマもんです」という宣伝を打った方がまだ良かった。と、思ってたら、どうもフェイクと思ってなかったらしいカップルの観客がいて、彼女の方が真っ青になっていた。大丈夫だってば。本物ならそもそもカメラに映んないんだから(笑)この手のほかの映画と比べれば、展開も起こる現象も全部ベタなのに、それなりに面白いと思わせるのは、手持ちカメラで撮ってるとはいえ、基本的には固定された画面でのみ展開しているからでしょう。手持ちカメラにありがちの振り回すような映像は、主人公が恐怖の余り部屋を見回すときぐらいのもので、あとはきちんと構えて撮っている、カメラを置いている、カメラを固定している。の3パターン。特に怪奇現象を固定カメラで撮っている寝室の画は面白い。肝心の、何者かがやってくる廊下の奥や階段の下はまったく見えず、そこで何がおきているのかわからない。(明かりがパッとついたりするところが、可愛い)何が怖いって、わからないのが一番怖いんですよ。恐怖の正体や、何が起こってるのかが知れちゃうと、恐怖は少し違った方向に向かってしまう。だから、あんまりホラーでWHYやWHOやHOWは見たくない。わかるともう、私、笑っちゃうから(笑)予算の問題もあっただろうけど、やはり固定された画の中で勝負する、というアイディアがとにかく気に入りました。なんだか、監督の頑張りがいとおしい。でもあのラストはちょっとつまらない。一階におりて、そのままで、で、その後の説明があった方がいい。あれはスピルバーグの助言があって取り直したラストだそうですが、オリジナルはどうだったんでしょうね。と、ぜんぜん怖くはなかった映画ですが、エンドロールになってないエンドロールは、妙に怖かったです。『ラブリー・ボーン』の長ったらしいエンドロールに切れかけただけに。
February 14, 2010
クリント・イーストウッドは説明をしない監督だ。マンデラがどんな人生を送ったのか、何が彼をああいった人間にしたのか、彼が具体的に何を成したのか、そんなことは一切説明がない。弱かったスプリングボックスがなぜ強くなったのか、強くなるために主将ピナールは何をしたのか、そんな具体的なエピソードはまったく描かれない。南アフリカの人々が、スプリングボックス(南アのラグビーのナショナルチーム)の試合に何を思ったのか、どうして白人と黒人が手をとりあうことにしたのか、そんなことは誰一人話さない。ラグビーのワールドカップを物語の中心に据え、ただそれを取り巻く人々をカメラは映す。作為的なセリフはなく、ただただ、最初の南ア対イングランド戦から、最後の対NZ戦までの人々の変わりようをカメラは追う。マンデラとピナール、そして人種間のわだかまりが解ける象徴としてのSPたち(まさに劇中でマンデラが話したとおりだ)の、短いセンテンスで語る言葉が、観客の意識の行く先を示してくれるだけだ。それなのに、どうしてこんなに伝わるのだろう。マンデラの偉大さ、ピナールの誠実さ、そしてなにより、南ア史上もっとも幸福な瞬間が。『グラン・トリノ』の先に、こんな幸福な映画がやってきた。クリント・イーストウッドという人は、なんでもう80になろうというのに、人間を見つめる目というものが進化し続けるのだろう。超一級の男である。原作は未読だが(読む気満々)、この映画で描かれたマンデラは、ノーベル平和賞をもらったマンデラ、というイメージとは少し違う。国を損なわずにまとめ上げるには何をすればよいのか、彼はおそろしくよくわかっていた政治家である。彼は決して平和運動家ではない。明確なビジョンと、伝える言葉と、形にするテクニックをもった超一級の政治家なのだ。25年も獄中にいたにもかかわらず!(どっかの極東の政治家に見せてやりたいわ)超一級の男が、超一級の政治家を撮った映画なのだ、これは。それも、ラグビーを通して、だ。ラグビーのルールは、なかなか前に進めないようにできている。ボールを前にパスすることはできないし、前に落としてもダメ。前に蹴るのはOKだが、ボールの落ちるところがまずいと、蹴った位置に戻されたりする。人のいないところに突進するのではなく、人のいるところにぶつかっていき、わざわざもみあい状態をつくらなければならない(正確にはもみ合いではないんだが、知らなければそうとしか見えない)。走れば激しいタックルが襲ってくる。倒れればボールを奪いにくる相手(時には見方)に踏み潰される。ラグビー選手に一番必要なことは、心身ともに忍耐力があることではないかと思えるほど、ラグビーの試合は艱難辛苦の連続だ。その様が、マンデラの人生と、南アの再生と、スプリングボックスの再生の、その道程の象徴のように見えたのは、私の考えすぎだろうか。この映画はフィクションではないから、そういうった意味づけは無意味だけれど、でも。ラグビーは人生とも政治とも重なる。艱難辛苦の末、成功を手にする。しかも、それは一人では成しえない。ラグビーはポジションごとの役割が明確でプレーも複雑なため、一人や二人スター選手がいるだけでは勝てず、むしろ結束力と闘争心の強いチームの方が勝つこともある(そこに才能が加わったチームこそが、無敵となる)。あのワールドカップの年の南アこそ、まさにその好例だ。南アの選手は世界有数の巨人チーム(マット・デイモンが小柄なのでそうは見えないが、実在のピナールはめちゃめちゃでかい)で、実際はもっと有力視されていたが、やはり実力ではNZやフランスには劣っていたはずだ。当時の私は日本チームの情けなさに落ち込む一方、第一回WC以来のNZびいきで当時はアンドリュー・マーティンス(劇中何度もゴールを決めるNZのSO)がお気に入り。ロムーは・・・ちょっと怖かった(笑)南アにとっての、あのWCの意味なんて考えもしなかった。どうしてあの年の南アが強かったのか、この映画をみて初めてわかった。そして、ラグビーの、スポーツの力に改めて深い感動を覚えた。クリント・イーストウッドはアメリカ人だ。アメリカでのラグビーは、日本でのそれ以上にマイナースポーツのはずで、彼がラグビーのことなど知るはずもない。それなのに、どうしてこんなに、ラグビーのよさを撮れるのだろう。ラグビーの魅力がスクラムやラックやモールにあるって、タックルにあるって、どうして知っているのだろう。ラグビーの迫力が、体と体がぶつかるあの音にあるって、いったいどうして気づいたんだろう。クライマックスのNZ戦、あれをあんなに時間をかけて映してくれるなんて、思いもしなかった。(全体の4分の1近い!)南アのために血をにじませながら戦う男たちを見て、南アがひとつになっていく、あの至福の時間。どうして、それが、クリント・イーストウッドにはわかるんだろう、そしてそれを、どう撮ればいいのかなぜわかっているのだろう。私にわかるのは、マンデラと、南アと、ラグビーに、深い敬意をもって撮っているということ。そんなことができる映画監督が、いったい何人いるだろう。今回は映画ファンとしてではなく、一介のラグビーファンとして、あなたに深い感謝を。ありがとう、イーストウッド。
February 7, 2010
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