全12件 (12件中 1-12件目)
1

今日は初めて白馬ミニトレインパークに行ってきました。知り合いでミニ機関車を作っている人に教えてもらいました。趣味で作っている人達の集まりで、色々な機関車がありました。また、燃料は石炭だけだと思っていましたが、電気機関車やプロパンガスのもありました。広い林の中を線路が引かれ、約1キロ ミニトレインで走ります。鉄橋あり、トンネルあり、上り坂ありで、色々工夫してあり、飽きません。操作場というのか 真ん中に何台かの機関車が並び、走らせるための準備や、終わったあとの機関車をやすませるところがありました。機関車は部品を買い組み立てたものです。人間を乗せて走るので、馬力があり、頑丈でなければなりません。費用のかかる趣味ですが、皆な楽しそうに手入れをして、ミニ機関車を楽しんでいました。私も乗せてもらいましたが、相当な重さなのに、しっかりと走ります。石炭を燃やし ポッポと蒸気を出すので水しぶきがかかったり、燃えカスが飛んできたり、風向きでは、顔に煙がかかったりしましたが、気になりません。緑豊かな林の中を走るのは、気持ちがいいです。全国に、ミニトレインパークが他にもあるのですが、このような樹木の中を走るのはココだけだそうです。家族連れや、親子、ご夫婦で来ている人もいて、家で組み立てこのような広いところで走らせている人たちは、皆幸せそうに見えました。写真でビデオ風に作ってみました。ご覧ください。ミニトレイン digibooks 見終わったら、左上の戻りボタンを押すと ブログに戻ります。白馬ミニトレインパーク
August 29, 2010
コメント(8)

本を作る過程で色々なことを学びました。Eメールで判らないことなど尋ねるとすぐに返事が来ました。また打ち合わせでは、表紙の色や見返しの色をきめて、沢山の見本をみて楽しんでいました。簡単に本はできるものではありません。私の場合は、パソコンを使えるのでテキストデーターで原稿を送りましたが、なかには、印刷会社に、著者からもちこまれる原稿状態が、筆書きした短冊をダンボールごと持ち込まれたり、手書きの場合は判読しにくい時は、先ず『読める原稿にする』作業から始まるので前工程の編集に手間がかかるそうです。また、原稿がそろったところで『文章の統一』をして、です。ます。 あるいは おわった。そうした。の文章を同じ文体にすることが必要となります。私の送ったデーターはほとんど直すところなく、前工程の編集はあまりなかったそうです。次は校正の仕事になり、3回まで修正ができるので、送ってきたゲラを何回も読み直しました。そのときに削除したい文章や付け加えたい文章なども出来ました。校正は著者自身がするのではなく違った目でしたほうがよいのですが、薄い小冊子なので、全部自分自身でしました。作る本は、身内や親戚、そして知人に配る予定だったので、50部を注文しましたが、あと50部を追加しても、わずかな金額だからといわれて全部100部作ってもらうことにしました。本の請求書が来て吃驚しました。こんなに安い金額でいいのですかと尋ねると、前工程の編集が手間がかからなかったので、紙代と印刷、製本の費用のみとのことでした。私の本が出来上がったのです。嬉しくて、うれしくて 暫くの間、何回も、何回も読み直しました。さすがに印刷所の活字の書体は、しっかりしていて読みやすくきれいです。先ず、娘達に送り、親戚や友達、知人に贈呈で送りました。気前よく配っているうちに残りが少なくなり、自分の手元には8冊のみになりました。もう配れません。1冊は貸本にして自分でカバーをつくり、読んだら返してもらうようにしました。また、愛知県春日井市に自分史センターがあることを知り、私の自分史を2冊寄付しました。私の本はココで読むことができます。今まで書いた関連のあるブログのページです。よかったら覗いてみてください。2009,7,20 本を作る2009,10,01 誕生日2010,1,16 1冊の本? おわり。
August 27, 2010
コメント(0)
新しく探した出版社へ電話をしました。そして、まず、お会いしてお話を聞きましょうとのことになり、私の家に来てもらうことでなく、近くの公園の中にある喫茶店で会うことになりました。アメリカ生活の想い出、エレンさんの手紙の本を作るのは止めて、自分史と、父母の故郷を尋ねての小冊子にしました。自分史はHPに載せていないので、せっかく書いたので、本の形にしたかったからです。私の稚拙な文章の表現力で恥ずかしく、本屋に並べられた本を夢見ていましたけど、もうその気はありません。その前にアチコチの本屋を覗き、お客がどんな本を手に取るか、平積の本とは、店頭に本を重ねておいてある本ですが、棚に並んでいる本は殆ど手に取っていません。本屋も閉店になった店もあり、いつもいく本屋も売り場面積も狭くなっていました。知人や友達に買ってもらうことも出来ますが、お金を頂くなど、とうてい出来ません。読んでもらえるだけでいいと思っていました。お会いする日に自動車で1時間20分かけて来てくれました。県内の出版社でしたが、殆どメールのやりとりで済むと思っていましたが、最初の1回は会ったほうがいいと思い負担をかけたくないと考えていたのですが、意外とセッセと何回も足を運んで打ち合わせをすることになりました。担当者は定年を1年後にひかえた男の人でした。何回も本を制作する注文の仕方を勉強してきたので、このような本にしたいことを話しました。そしてお会いした当日の夜には、もう担当者からEメールが入っていました。お歳とはおもえない若々しい発想と意気込みにに始終圧倒されてまいりました。また、さまざまな人生経験に基ずくおはなしなども、仕事を離れ個人的にためになりました。ありがとうございました。それでは週明けにでもデーター送信していただけますようお待ちもうしあげます。のメールがきました。それからメールのやりとり、喫茶店での打ち合わせなど、本ができるまで、忙しいけど楽しい時間を過ごしました。そして、本の大きさ、字の大きさ、ページの中の余白の取り方、折角パソコン教室で学んだので、自分で作ってデーターを送りました。写真も白黒写真は費用もかからず、昔の写真は白黒しかなかったのでデーター通信の中には入れず、手渡しで入れる場所をきめ、おねがいしました。続く・・・
August 26, 2010
コメント(0)
出版社から原稿用紙が戻ってきました。しばらくすると、気持ちの上では、やはり作ってみたい気持ちが残っていました。パソコンで本の作り方などのHPをみて、器用な人は自分で作っている人もいました。某新聞社の出版部へ問い合わせをして、ご相談したいとお電話をすると、すぐに会ってくださることになりました。待ち合わせ場所に行き待っていると、背の高いキビキビした若い綺麗な女性が現れました。理性的な若い女性とお話することは普段まったくありません。ドキドキしました。でも、最初に言われたことは「よく本を作る気持ちになりましたね。今は本屋も倒産したりして、本は売れないですよ」 出版社から頂いた講評がよかったので、それを読んでいただけますか、言うと、「読む気持ちは全くない。」「当社は本を作るのみで、出来上がった本は全て本人に引渡します。新聞には片隅に作者の名前と自費出版した本の記事を載せるサービスがあります。」原稿用紙の束を持ってきたので、読んでいただきたいことを話し、メールアドレスを教えて家に帰りました。暫くすると、お会いした女性から丁寧な Eメールの返事がきました。そして、私の担当者になったこと、「めったにできない経験をされて、それを文字で残されていることにまず共感を覚えました」と、しっかりした文章で書かれていました。「ウエブサイトであれば、あまり長い文章は読みにくいかと思いますが、もう少し詳細な記述があるほうが読み手を引き込めるのではないかと思います。」山場をもうけたほうがよい、二つの山場があるので、一つに絞ったほうがよい。四つの項目を二つにして、「アメリカ生活の想い出」「エレンさん手紙」だけにして、原稿用紙も少なくなるので、約120枚から150枚になるように増やしていきました。「改訂版アメリカ生活の想い出」をHPに載せていますが、このときに書いたものです。「当社は、まずお見積もりをとらせていただき、条件面でご承諾させていただければ編集、制作に移ります。」「書店のへの配本は手数料がかかります。」毎晩、一生懸命書き綴り、原稿用紙ではなく、パソコンのなかのメモ張で、書いたものを電送しました。作る部数、本のカバー、四六版、口絵カラー5枚、私の方から伝えました。見積もりがきました。大体予想通りでした。最初は本屋に出さず、50部だけでよいと思いましたが、50部、100部、150部は殆ど値段は変らず、300部ではわずか3万円増えるだけでした。沢山作れば1冊のお値段は安くなりますが、家に売れ残った本が山積みになるのは辛いです。私の拙い文章に、お金をかける価値があるのかと疑問に思いながら、早速、娘達へ内容を報告しました。それから暫くすると、娘から、もっと安くつくれるところを探して検討したらとのメールが来ました。パソコンで他の自費出版する出版社を探し、すぐに見積もりを作ってくれる出版社にあたりました。その中で1番安い中小企業の出版社を見つけました。その出版社は、NPO法人 日本自費出版ネットワークに参加している出版社でした。そして、某新聞社の担当者へ、申し訳ないのですがキャンセルのメールをしました。全ての資料を電送し、これから細かい内容をきめて相談をする日が決まっていたのですが、5日前のことでした。担当者の女性にお会いしたのは最初の1回のみでした。続く・・・
August 25, 2010
コメント(2)
作品講評は5人の方の担当部門の人が書いていましたが、よく読まれている様子で厳しい意見もありましたが、全体的に好評でした。担当者は最も大きなファクターとして読者獲得の可能性から検討したしました。原稿審査部門と審議を行い、各部署責任者の満場一致のもと、本作品を全国流通として推挙させていただいたことの報告がありました。娘達にもすぐに知らせ、少し費用ががかかっても作りたい気持ちでいっぱいでした。そして、担当者と打つ合わせをする日時を決めました。こんな稚拙な文章でも、ベストセラーになったらとどうしよう等と、くだらない夢を見ていました。全く本を作ることに関しの知識はなく、全ておまかせすれば いいと思っていました。ところが、アメリカに住んでいる娘からEメールが入り、出版社のことについて調べたので、よく検討してからでも遅くないから、下のメールアドレスを読むようにとの連絡が入りました。数行あるアドレスをクリックすると、この出版社で本を作ったが、費用がかかったこと等、書かれていて、全国流通など、とんでもないことである。損得を考えて、私のようにベストセラーの夢でも見ていた人ではないかと思いました。色々読んでいると、何も知らなかったことが恐ろしくなりました。早速、打つ合わせの日時をキャンセルしました。本を作ることはひとまずやめてもっと色々と調べることにしました。出版社に行く2日前のことでした。中止してよかったと思いました。続く・・
August 24, 2010
コメント(4)
7年前にパソコンに興味を持ち、ホームページを作りましたが、公開するするまで無我夢中でした。出来上がった時点では、もうこれで思い残すことはないわ!!!と感激したものですが、暫く休んでいると、なにかまだ物足りなく、生まれてから結婚までの自分史を書いてみたくなりました。そして、生まれた当時の歴史を調べるために、図書館に行き、本を色々読んで、少しづつ原稿用紙に書いて、姉や弟、娘達にもパソコンで送り読んでもらいました。書いてよくないことは注意してもらったり、直したりして、文章を作っていきました。書き終わると、今度は自費出版で自分史の本を作ってみたくなり、パソコンで調べると自分史の本を作っている出版社があり、電話をしてみると、先ずお話をうかがいましょうとのことで、日にちと時間を決め早速出かけてみました。出版社の窓口で相談してくださる担当者の名前をいい、待合室で待っていると周りには出版した綺麗な本が並んでいました。自分史の本だけでなく、推理小説の本もあり、ベストセラーになっている本もありました。担当者がきて、ホームページの中にある 文章と一緒にして作ってみたいことを話すと、原稿用紙に書いて印刷したものを持ってくるようにいわれて、家に帰り今まで書いたものを纏めてみました。本の題名は 勘と度胸と愛嬌で 内容 マーちゃん 誕生から結婚までの自分史 アメリカ生活の想い出 エレンさんの手紙 父母の故郷を尋ねてペンネームまで考えて、原稿用紙にまとめると結構な枚数になりました。原稿用紙は出版社のホームページからダウンロードして使いました。この用紙は間違いなどあると自動的に訂正するように教えてくれる原稿用紙でとても便利でした。さっそく印刷した原稿用紙を持って出版社へもっていきました。暫くすると出版社から原稿用紙審査担当部門で検討し、作品講評が送られてきました。それが素晴らしい内容だったので、うれしくて うれしくて すっかり舞い上がってしまいました。 続く・・
August 23, 2010
コメント(2)
こちらの地方新聞の信濃毎日新聞は、毎夏に、新聞のコーナーに 山ろく清談 が記載されます。軽井沢の別荘にいらした人、活躍されている人、またこちらで講演をした人、あらゆる分やの人からお話を聞いた清談を載てあり、いつも楽しんで読んでいます。その中で樋口恵子NPO法人高齢社会をよくする女性の会理事長のお話が興味深く、佐久市にあるコスモホールでの講演の内容が載っていました。昭和50年代に、長野県の放送局が作った老人問題の番組でリポーターを務め県内の農村の奥まで分け入って話を聞きました。「介護」という言葉はまだ一般には通じませんでした。「介護は昔から嫁が文句を言わずにやっといた」介護保険導入に反対した男性委員に「昔は看病した嫁はせいぜい30代、今は70代『嫁』まで義父母の世話をする時代になった」反論したものです。 今回の講演は聞くことが出来ませんでしたが、2006年1月29日にやはり同じコスモホールで樋口恵子女史の講演があって聞きました。女史も実母と夫のお世話をした人です。「すべての人に居場所と出番」題名で、長谷川町子の「いじわるばあさん」のことをはなしたいました。姿勢がよく、歯切れよく、そしてとてもわかりやすく、会場は、立ち見や通路にも大勢の人が来てあふれていました。今回の清談の内容は、以前は65歳以上の人は、子ども世帯と暮す人が多数派でしたが、今は一人暮らしと老夫婦の高齢者が50%を超えています。「ご縁」生む高齢者の就労の構築しなくてはならない。「孤立無援社会」ではなく、「自立有縁社会」にして高齢者の働く場を作る必要がある。人生後半期の就労は、心身の老化はやむを得ませんがみんなと集い、働きながらささやかでも収入を得ることが介護や疾病予防になる。「歩いて買い物 近くに仲間 少し稼げる仕事があって これがほんとの介護予防」というところしょうか。いい標語ですね。樋口恵子講師の介護した話
August 22, 2010
コメント(0)

近くにあるブルーベリ-農園に行ってきました。いつも通っているジムで知り合った人に案内してもらいました。ブルーベリの木を見るのは初めて、意外と低く50cm~1mぐらいの高さです。写真では判りにくいかと思いますが、ピンクの粒と紫の粒があり、紫の粒は熟していて甘く美味しいですが、ピンクの粒は未熟で酸っぱいです。ココは食べ放題で無料ですが、摘んだものを家に持って帰るにはお金を払わなくてはなりません。1キロ入るかごがあり、ブルーベリーの低木の間を手で摘みながら、食べたり、かごの中に入れたりしますが、紫の粒だけを採るのは手間がかかります。今は最盛期、ここの農家は出荷しないのです。周りは広い農園で家は遠くのほうにあるので、木製の台の上に、携帯で電話してくださいと書かれていました。先ず、電話を、前日の夜と、ブルーベリー農園に着いた時、かごにいっぱい紫の粒を山盛りにしてからもう一度電話をすると、人が遠くのほうから歩いて来ました。どこの家から出てくるのか判らず、名前も判らず、電話番号だけしかわかりません。黙ってもって帰れそうですが、宣伝はせず、殆どが知り合いから知り合いだけで、大きな問題はないようです。この木は20年前に植えたそうです。紫の熟した粒を手で摘み取ることは大変な手間がかかります。人を雇って出荷するよりいいかも知れません。家に帰り、早速ブルーベリージュースを作りました。沢山買ったので小袋に分けて、少しお砂糖をいれて冷凍庫に保管しました。
August 9, 2010
コメント(10)

今日は写経の日でした。先月は来られなかったので、久しぶりの感じです。毎月1回、第二土曜日にあるのですが、今月はお盆が重なり第一土曜日でした。お寺は平尾山の麓にある守芳院です。境内には樹齢100年といわれてる老杉があり、また、下田歌子の頌徳碑があります。近代女子教育の先駆者下田歌子は平尾氏の末裔であり、大正9年4月と昭和9年の春、二度先祖の霊を弔い当院を訪れています。そのときに詠まれた直筆で書かれた和歌があり、書院にかかげられています。下田歌子は旧姓平尾です。幼いときから和歌や俳句、漢詩、日本画に秀でて「神童」と評されていました。皇后にお仕えし、その歌才を愛でられて、皇后より歌子の名を賜わりました。29歳で華族女学校に迎えられ、1899年、33歳で実践女学校を創設しました。日本未曾有の女傑です。これをきっかけで、下田歌子のことを書かれた本を読むようになりました。今日の写経は新しい人が入り、午後1時に一斉に書き始めました。大体、1時間~1時間20分で書き終わりますが、新しい方がなかなか書き終わらず、必死に書いている様子に私の初めて写経をした日を思いだしました。その日は、一番最後に残り慌てました。私の周りに人が集まってきました。摺った墨汁もなくなり、残っている人から貰ったりして、どうにか書き終わりましたが、皆さんの書いている様子もゆっくりとしていて、どうして早く書けるのかとのかと不思議でした。家に帰り、1時間30分以内にかけるように練習して、今では書きなれてきたので、1時間ぐらいで書き終わります。書き終わった皆さんは席を立ち、写経した紙を、仏像を安置してある、しゅみだんの前にある長盆の中に入れていましたが、私は、新しい方が書き終わるまで座って待ち一緒にもっていきました。今日は、私の初めて写経した日を懐かしく思い出した日でした。以前に書いた写経のブログです。2010.1.10 写経2010.6.12 写経の日
August 7, 2010
コメント(2)

8月4日~5日は1泊2日の人間ドックに入り検査をしてきました。初めての利用です。日帰りドックを希望したのですが、2年先まで予約が一杯で、思い切って1泊2日のドックにしてみました。おそらくキャンセルした2人部屋が空いていたのでしょう! ここを一人で泊まりました。ラッキーでした。病院のベットにしては、ホテルの部屋の感じで垢抜けていて綺麗です。バス、トイレ、着替えの衣服、検査をするのに楽な服装で、全て整っていました。食事も近くのホテルのコックさんがきて作ります。朝、昼、晩のメニューがいくつかの種類があり、選びますが、カロリーが記載されていて、結構高いカロリーです。その中の一番低いカロリーを選びましたが、4日のお昼は冷やし中華628カロリー夜は和食定食707カロリで1日のカロリーは朝食もいれて2000カロリぐらいです。うなぎ重や揚げ物もありましたから、それらを選べばもっとカロリーは高いでしょう。検査は2日間でしますので時間的にゆとりがあります。オプション追加で、頚動脈超音波、とマンモグラフィーを選びました。頚動脈超音波は、頚動脈の壁の状態をひょうかし、動脈硬化により壁が厚くなったり、つまったりしていないかを調べます。普段出来ないので、この機会に調べてもらいました。胃カメラはいつもしているので慣れていますが、カメラを飲むのはいつもあまり好きではありません。でも画面で胃の中が写しだされ、見るのが面白いです。緑内障の薬ためにより、胃の動きを止める注射は出来なかったのですが、私の胃は特別に変形しているので、前もって医師に話しておきました。今回の先生は、写しだされた胃壁を丁寧に説明しながら、上手に操作していました。今までの中で一番楽な胃カメラの検査でした。最後に内科医の総合検査の説明があり、特に問題もなく、老化により自然に変化したものはありましたが病気ではないので、安心しました。1週間後にマンモグラフィーなどのこともわかり全ての検査の結果の報告書が送られてきます。
August 6, 2010
コメント(4)

孫娘が入っているボーイスカウトの 第15回日本ジャンボリー大会にいってきました。4年に1回あります。場所は静岡県富士山の麓、朝霧高原です。2万人の大集合です。朝霧高原に近づいたら雨が降っていて、制服の上からレインコートを着ていてカラー色豊かな賑やかな集まりでした。制服とキャップは決まっていますが、今日の帽子は、それぞれのグループごとに自由に選ばれたものでした。今日の開会式は2時から始まり3時に終わり、私達が行った時は終わったばかりのところで、これからグループごとにキャンプ場に戻るところでした。ボーイスカウトは1907年英国でおこなわれて小さいキャンプ場から始まりました。世界中で受け継がれている社会教育の原点です。ジャンボリーは国際交流の輪を広げ、国際性を養う絶好の機会です。15回のテーマは「世界に向かって でっかく羽ばたけ!」8月2日から8月8日まで行われます。これだけの子供やその関係者やリーダーが集まっている大集会をみると、将来、明るく楽しい未来がくるような気がしました。大会の目的 青少年がキャンプ生活を通じて相互理解と協調性を養うと共に、様々な活動、特に環境や健康の諸問題に関するプログラムを通して持続可能な社会を共に考える機会とする。ジャンボリーついて 詳しく載っています。制服はこちらです。小さい子から大学生までありますが、ボーイスカウトは中学3年までです。
August 2, 2010
コメント(2)

本屋に行くとゲゲゲの先生の本が目に付きつい買ってしまいました。2010年4月11日に初版第1刷発行の出来たばかりの本です。活字エッセイとコミックエッセイとして既に別々に掲載されたものを一つにまとめたものです。少年のころの思い出、兵隊のころの思い出、カランコロン的な幸福論、など書いてあり、漫画も入り、判りやすい内容です。興味を持つと読むのも早いので夢中で読んでしまいました。兵隊のおもいでは慰安婦のことなど赤裸々に,戦争に行ったものではないと判らないが、たんたんと書いていいました。最後の解説に京極夏彦がかいている。少し抜粋してみます。弟子に解説をつけろなんてどうかしている。著者は師匠なんだから、どう書いたって見劣りするだろうに、などとブツブツいいながら読み返してみて、やっぱり面白い。テクニックを駆使して醸し出される「とぼけた味」は際立って洗練されている。私も一気に読んでみて、感じ方や見方が人と違う感性をもっていて、個性があり、そしてカランコロンと気軽に面白く書かれていると思いました。奥さんの「ゲゲゲの女房」 「らららの娘、レレレの娘、ゲゲゲの娘」 偉大な漫画家の3人の娘の本、そして「カランコロン漂流記」の3冊を読み、朝の連載を見るのを より一層楽しんでいます。
August 1, 2010
コメント(4)
全12件 (12件中 1-12件目)
1
![]()
![]()
