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自由行動の時間にまず訪れたのは、先ほど足早に通り過ぎたドゥオーモの 屋上だった。 ドゥオーモは、ミラノの中心にありそこへ登るとミラノを見渡せることになる。 屋上へは、エレベーターで登った。有料階段を使って登る元気はなかった。 ゴシック建築の大傑作と言われるドゥオーモの屋上には、天に向って突き刺すように 尖塔が延びている。その数は135本もあるそうだ。その1本1本の先には聖人が建って 町を見渡している。ちょっと見たことのない凄い景色。この尖塔を身近に見ながら 斜めになった所や階段を登り下がりしながら素晴らしいミラノの町を眺めた。 晴れていたら、どこまで見渡すことが出来るのだろうか?それほどここは高く天に 近い場所だった。 そのときは、尖塔の1本ごとにほどこされている彫刻の芸術的なすごさや数の多さに ばかり目を奪われていた。でも、日本に帰ってその1本1本が人間を突き刺す串の 様に思われた。500年もかけて時の権力者が変わっても作り続けられる。これが、宗教 の力なんだと。 ドゥオーモの中にももう一度入った。入り口で持ち物の検査があるためバッグを開いて ガードマンに見せて入った。午前中に来た時とは変わって人もまばらだった。中は広く高く ひんやりとして薄暗い。外の明かりでより鮮やかになった素晴らしいステンドグラスは、 ため息がでるほどだった。落ち着いて時間をとって見る事が出来て本当に良かった。 それから、雑貨が見たいという姉の為に近くのデパートへ行った。エスカレーターで昇り ながら、売り場を眺めた。やはり色彩感覚が日本とは違って鮮やかでカラフルだった。 オレンジ色のろうそくとランチョンマットをそこで買った。でも、店員は、全く愛想がなく 怒っているのかと思うほどにこりともしなかった。 自由行動をした人たちと添乗員さんとの待ち合わせ場所の近くで偶然マリア様のカードや パパの写真を売っている、キリスト教専門店??を見つけた。そこでもっとゆっくり見たかった。 欲しいものもたくさんあった。残念だ~!でも、もうミラノへ行くことは多分ないだろうな。 ミラノでの、食べ物は大変まずかった!!これがずーっと続くのかとちょっと憂鬱になったほど。 朝食は、硬いばパンと。ぬるい飲み物だけ。フルーツもなし。現地の日本人ガイドさんが言う にはイタリア人は、熱いものを食べると体に悪いと思っているそうだ。だから、日本ような 熱いコーヒーなど望めぬのだと。ガイドブックに載っているミラノ風カツレツ。まずかった!! 連れられていった店が、団体専用だからなのか、それ自体がブーの味なのか??
2005年04月30日
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まず初めに到着したミラノは、ずーっとお天気が悪かったそうだ。 そのせいか土地の波動か父の事か、それとも私の過去世のエネルギー から来るのか。気分の重い所だった。 旅行を計画した時からミラノには、まったく引き寄せられるものがなかった。 だから、できるものならミラノを経由せずにイタリアを観てみたいと思っていた。 その日は(4/12)は、市内観光をしてそれから最後の晩餐のあるサンタ・マリア・ デッレ・グラツィエ教会へそれから自由行動かオプショナルツアーだった。 オプショナル・ツアーはコモ湖観光。もちろん自由行動を選択した。人の別荘を 見たって・・・。それより同じ所でも時間をとってゆっくりじっくりと見たりしたかった。 市内観光は、スフォルツェスコ城。14世紀に建てられたもの。小雨混じりのせいか レンガが黒っぽく見えて陰気な感じだった。ここでは、写真を撮るだけ。 次からは、本当に早足。14世紀から500年近い歳月をかけて建てられたゴシック 建築のドゥオーモ。ステンドグラスがそれはそれは見事だったが。あっという間に 通り過ぎて行く。そんな感じ。 町の中の凄いガラス天井のガレリア・ヴィットリオ・エマヌエーレ2世も天井に見とれ 素敵なお店を除く暇もなしだった。 12時15分に「最後の晩餐」を見る予約をしているためだそうだ。予約をしないと 見学できない仕組みになっている上に、15分前には到着して順番を待たねば入れ てもらえないそうだ。入場券は、最後の晩餐の人物を何区切りかでカットしたもの だった。わたしのチケットは、小ヤコブとアンデレ(絵の左から二人目と三人目)の 人物だった。周りの人もそれぞれ違った人物だった。キリストがチケットにある人も あるのかな~?ここでの入場は、人数が25人。時間も15分決められている。 ガラスのドアが開けられ(2箇所)、25人ぞろぞろ入っていく。その間は2枚の絵のど ちらを見ようと自由だ。 「最後の晩餐」は、15世紀に描かれたものだが、食堂として利用していた場所だった のとテンペラ画法で描いたため傷み激しい。歴史的に意味のある絵画なのに ぼんやりぼやけたような色合いは、その傷みのせいからだろうか?しかし壁面全体 に描かれたこの絵画からは、見つめる私たちを圧倒するような独特な何かが漂って いる。それは、この絵を見つめてきた多くの人々の意識のエネルギーから来ているも のなんだと思った。ずーっと見つめていても飽きない。吸い込まれそうな画面。まるで その場に私が存在して、目撃したような錯覚さえ覚えるから不思議だ。 15分は、あっというまに終わってしまった。
2005年04月29日
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父が、今日退院しました。ほっと、一息です。 思えば、私にとって今回の入院は旅を応援してくれたようなものです。 私達がいない間、済世会病院に救急車で運ばれ、生死をかけた手術をし、 命をとりとめた父は、帰る2日前まで集中治療室、観察室と家族の手助けが 不要の場所に入院していました。 父へのお土産は、ローマで授かった石とフィレンツェのイフィッツィ美術館 にあるボッティチェッリの「ざくろの聖母」のポストカードです。 団体旅行の限られた日程で、足早に数々の名画を見ましたが、この美術館の 他にある有名なビーナスの誕生や春より私にはこの「ざくろの聖母」が心に残 りました。 ミラノで見た「最後の晩餐」もそれはそれは、大したものでしたが痴呆症の 老人の枕元にはちょっとマッチしにくいように思えました。 お土産を持っていった日、病室の空気が変わったように思いました。 何かすがすがしいように・・・。 これから、旅の思いや気付きを自分の中に取り入れる作業にやっとかかれます。 ぼんやり、自分だけの時間を持って初めて見つけられるものも多いのです。
2005年04月28日
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イタリアへ行ったら、ローマとアッシジと必ずできればポンペイもと 思っていた。姉は、青の洞窟へ行きたかった。 この行程をこなすのは、並大抵のことではなかった。地図で見ても 分かるようにイタリアは長靴のような形で縦長。一日バスで400km 以上も走ったこともあった。 ミラノからずーっとナポリ、ローマまでなんと2200km以上走ったそうだ。 正解者はなかったけれど、走行距離のクイズが最後にあった。 訪れたい、行ってよかった!!そう思えるところに行けたけれど・・・・。 行っただけ。見ただけ。そんなパックの旅だった。 でも、知らない国はちょと~と思って躊躇してしまう。 今度この国へ来る時は、3都市ぐらいのフリーの多いツアーを選ぼうっと!
2005年04月27日
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それと41人は、やはり多すぎ。観光していても長い~縦長の列が出来るか、 団子状になって我先に進んでいく。関西人は、我先にが大好きだ。 朝食の時も、20分以上前から半数以上の人が待っている。我先に争って 行く。油断したら朝のパンにありつけない状況。こんな旅は初めてでちょっ と信じられなかった。バスの出発時間の5分前に行ったら、他の人はほとん ど乗り込んでいて、白い目でじろじろ見る。変や。ホンマ。 バスも満員状態。息苦しいほど。 乗り降りにも、トイレ休憩にも時間がかかる。 トイレ休憩だけです!と言われても一人がお買い物をしたら次々とレジに 行列が出来る。ここでトイレに行かないで下さい!と言われても人数確認 のとき誰かがトイレへ行っている。 一度説明したことも、全然聞いておらずまた同じ事を聞く!どんな耳や! 終わりのほうでは、翌朝の予定をプリントして配布していた。やっぱり聞いて いない人がいるからだろう。 極めつけは、ビトンのバッグを買ってバスの中で他の人に見せている人が! 免税にしてもらうなら、トランクにしまっておくように。決して開けてはいけないと プリントに書かれてもいたし、何度も言われていたのに・・・・。絶句だった。 途中の道路で事故があって渋滞したり、時間調整やいろんな意味で本当 に添乗員さんは大変だったと思う。 子どもの遠足だって、40人以上なら一人の教師で連れて行くことはないのに。 これって明らかに会社の営利主義??? 会社は、利潤を追求してなんぼの世界だけど21世紀になってすし詰め状態の 全然快適ではない旅なんて誰がしたいんだろう? いくら安くったって!せめて30人までにして欲しい!事故が起こらなかったのが 本当に不思議なくらいだ。旅行会社だって、サービス業なんだよね。 やっぱり、団体旅行ってこうなのかな~?
2005年04月26日
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昨日の日記で書き忘れたけれど、ルフトハンザの気に入った所がもう一つ。 帰りの便で、寄付を募ること。どこの通貨でもかまわないから寄付をお願い します。と映像でも知らせ、客室乗務員が座席の間を回ってくれる。 機関紙や安全のしおり、吐き袋のほかに小さな寄付の袋が座席の前のポ ケットにちゃーんと用意されている。しかし、私たち団体客の帰りの便にそれを 知らせる。そこもいい。 小銭は、旅の思い出にと最初は思ってもたまってくると不要になるときが 多い。これは、とっても理にかなっていると思った。 次に乗るときは、もう行かない国の小銭と言わずお札でも寄付したい! 10人以上の団体旅行は、久しぶり。今回なんと41名の参加。やっては、行ける そうは思っても、狭いバスの中に私のエネルギー体の中にいろんな人のエネルギー が混じっていく。きっと私と合うようなエネルギーの人はほとんどいないだろう。 それが10日以上続いていく。それを思うだけで少し気分が重くなっていた。 今回の旅で学ばせてもらったことの一つにこの41人の参加者に物事の二極化を はっきりと見る事が出来たこと。 10泊11日の旅で食事がついていないのは、最後のローマの夕食だけ。 それなのに、食事が悪いとかホテルがどうのこうのとか・・・・。(ホテルのいい所 に泊まりたかったらあと10万出しても無理だと思う。)こんない人たちは、ほとんど オプショナルツアーに参加していた。 とにかく不平不満を話のねたに旅をしている人たちだ。 それとは、別にこの内容でも自分で楽しむことを知ってる人たち。添乗員さんの慰め 役になったり、さっきの店より今度の店のほうが安くても買い物をしたことに自己責任 を取れる人たち。最後のローマで、その差が歴然としていた。 私たちは自由時間に行きたい所へとタクシーを。空いた口が塞がらなかったのは、 7時過ぎに始まる「ローマの夜景とディナー」の時間まで一体何をすればいいんだろう? 言う言葉だった!旅に来て自分で行きたいところがないなんて信じられなかった。 人に従っているだけ?? 私は、もっともっと自由な時間が欲しかった。それが実感。 どちらの極にあっても、良い悪いはない。自分がそうするかのだけの問題。 でも、この人間模様に疲れてしまった。
2005年04月25日
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今回は、ドイツのルフトハンザ航空を利用した。 11時間近くの飛行時間のためかフライト時間が、午前9時半。集合時間が 午前7時半と早かった。4月からMKタクシーのリムジン送迎が、取りやめと なり関空へ行くには、茨木市駅から出る6時12分始発のリムジンバスに乗 るしか手立てがなかった。何とかなると思ってバスに乗り込み集合時間の 10分前には関空へ到着することができた。 この集合時間が、早いのが難点というか辛いものがあった。 ヨーロッパへ旅するのは、2月のフィンランドと今回のイタリアの2回だけ。 どちらも、今までのハワイやカナダ、ネパール等へ行ったときに利用した 航空会社よりサービスがいいと思った。とにかく客室乗務員の笑顔がいい。 ハワイ路線のある航空会社と大違いだ。 機内食は、どこの会社とみてもそれほど味に差があるようには思えない。 おいしい!そう思ったことはまだない。 フィンランド航空を利用して驚いたことは、機内食のスプーンやナイフが金 属製だったこと。 ここ何年かで、金属製のスプーンなんて本当に久しい。さすが環境問題・資 源保護に厳しい国だからなんだと思った。 ルフトハンザも同じ様に金属製たっだ。ヨーロッパの航空会社はみんなそう なのか??それとルフトハンザでは、お水のサービスもペットボトルではなく、 ビンに入ったお水を配っていた。これにも驚いた!!さすが~。 フランクフルトからミラノへ向う飛行機の朝食で出たサンドイッチの箱の文字 も気に入った。そこには、オレンジ系の箱に小麦の絵とenjoy,enjoy,enjoyの 文字があった。 旅の始まりに、この言葉はうれしい。なんだか、わくわくしてきた。
2005年04月24日
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いろいろ旅行社を調べた結果、二人が行きたいところを全部網羅するのは 阪急交通公社とJTBしかなかった。料金も似たようなもの。だけど、自由行 動とアッシジ泊ということでJTBに決めた。 出発日の選択は、もう直感!それのみ。 「9」という数字が、私の友達とチベットのカイラスへ行った時にメッセージを 頂いた。 だから、一番行きたいローマでの自由行動がある日を9日目の19日(土)と 決めた。 ずーっと10人以上の団体旅行的なものをしてなかったので41人参加と聞き ちょっと呆然!でも、10泊11日で1日夕食を除き全食事付きのようなもの。 しかたがないわ~。 入院していた父が、退院し、また肋骨にヒビが入り病院へ。9日には何とか 退院した。私がぎりぎりまで家族にイタリアへ行くとは言わなかった。 本当にどうなうか分からなかったから・・・・。母に伝えたのは、10日の午後 だった。元気でいけるときに行けばよいとちょっとあっけないくらいの返事に 驚いたが、有難かった。 11日に出発してミラノへ。11日、12日のミラノは、妙に重苦しかった。波動が 合わないのか私がミラノへは、関心がなかったからか?そんな風に考えて いた。 ところが、そのとき日本では、父が救急車で運ばれ5時間に及ぶ手術を受けて いたそうだ。ヒビの入った肋骨が折れ横隔膜に穴が開き腸がはみ出していた そうだ。母は、命も保障しかねると言う手術に、もう旅立ってしまったのだから もしものことがあってから伝えればいいと思ったそうだ。 母や義姉は、迷惑をかけてしまったけれど、まさに4月11日にしか 出発できなかった!! それを聞いてそう思った。 日程を決めてから、前の法王は亡くなられ、旅行会社からは混乱が予想される かもと手紙も来た。19日のローマでは、午前中にバチカンを見学。午後からの 自由行動でこの旅で一番行きたかったフォア・ロマーノで新法王決定の祝福の 鐘を聞くことが出来た。この鐘は、20分近く鳴り響いていた。 選択した私って!!本当にすご~い!!素直にそう思った。
2005年04月23日
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明日から、イタリアへ行ってきます。 顕在意識では、行く気充分なのに・・・・。 潜在意識は、ものすごい抵抗をしていました。こんなに自分自身で抵抗する旅は 初めてです。 2003年の12月にハワイへ行った時は、チャネラーの友人と思っていた人に 「ハワイに行けば、2,3年後に必ず自殺する!」 と言われるような、とても強力な反対に会い行くことを悩んで悩んで、「結局何を言 われたって私の人生なんだから、今のハワイへ行きたい!という気持ちを大事に したい。」と決心して行きました。 今回は、表面では何も悩んではいません。でも、父の入院。バイクの事故。それと 退院した父がまた施設で転倒、骨折。そして、私の傷も、まだ痛みます。 今週になって、フィンランドに行ってもう悩まなくなったような事も急に不安になって 眠れない日もありました。不安に対して「まだ、悩んでるんだね。そうなんだ~。」 と思うようにしていました。 ローマ法王が、亡くなられローマはとても混乱しているそうです。旅行社からも予定の コースを行けない状況があるかもとお手紙も着ました。 いよいよ、明日の旅立ちとなりました。 どんなことが待ち受けているのか、とても楽しみでわくわくします。 潜在意識もわくわくして欲しいです。
2005年04月10日
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う~ん!そうそう。そうなんだ!とうなる言葉に出会うとずーっと探していて、どこに行ったかまったく分からなくなって探していたことさえ忘れていた。それが突然目の前に現れたようにうれしくて、得をしたような気持ちになる。今日のそれは、アラン・コーエンの言葉。「目に見えないものを見たり、信じる人だけが、不可能を可能に出きる。」「宇宙はいつも私たちを喜びの道へ連れて行こうとしています。」これらの言葉を読んでも何も思わない人もいるだろう。それは、それでいい。でも私は、うなってしまった。彼の著書「人世の答えは いつも私のなかにある」を読んだのは4年ほど前のことだ。4年と言えば、私たちからすれば、本当に随分前だ。私も今と違った人間だっただろう。本棚の奥を探して、もう一度読んでみよう!今なら分かる何かを見つけることが出来そうだから・・・。
2005年04月06日
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今日は、父が退院して1週間。病院の診察日だった。いろいろあって姉と私で行った。病院までの道の途中に桜通りがあり、名前の通りたくさんの桜が植えられ、花を咲かせ始めていた。1週間前の様子と大きく違って、季節が確かに動いているのを実感できた。あちこちに、お花見をするためのブルーのシートが場所取りの為に敷かれ、ちょっと寒いかもしれないけれど、夜のお花見も風情があっていいかも!ぼーっとしながら、バスから外を眺めているとどの木にも木の精がいるように感じられた。カラスや木の精霊たちと会話をしながら春を楽しむ。本当に美しい桜。お父さんの診察があったから、この道をバスで通ることが出来たんだ。お父さんありがとう!!顔色は、よかったけれど足のむくみと微熱がある父。心配は、しない。これも私の意識の強さを私が試しているのだから・・・。イタリアへ顕在意識では、行く気充分なのに、潜在意識が大きく抵抗をしている。だから、父が入院したり、事故を起こしたり!全ての物事は、私が引き寄せ引き起こしていることなのだから・・。ローマー法王のパウロ2世が亡くなり、8日のお葬式が終わった11日にイタリアへ入る。この時期を選択する必要は、何なんだろうか?その答えを見つけて来たい。
2005年04月05日
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マンションの桜が、咲いてきた。土曜日には、まだつぼみが赤っぽく色ずくていどだったけれど今日は、ちらほらピンク色の花も見つかる。桜は、青空によく映える。花を見るとうきうきと楽しい気分になってくる。毎年毎年、春の喜びと共に咲く桜が私は、いつもいつも大好きだ。午前中に銀行とケーキ屋さんへ行く予定だった。午後から友達が来るので、おいしくって値段もえっ!と思うシュークリームを彼女に食べてもらいたかったから・・・。急に行こう!と思って家を出た。銀行へ向かう途中の公園の横の坂を上る。そこの桜も咲き始めていた。桜さん。こんにちは。今年も咲いたのね。ありがとう!寒くて風があり、空も青くはなかったけれど、桜の写真を撮った。桜に写真を撮らせてね!とお願いするのを花を見つけたうれしさの余り忘れてしまい、なかなかシャッターを降ろさせてはもらえなかった。お願いを忘れていたからそうなったんだ!と訳が分かったのは夜寝る前だった。ごめんね。公園の桜さん。これからは、気を付けます。銀行は、家の北の方角。ケーキ屋さんは、駅の向こうの南のほう。まず、銀行で用事を済ませ、駅へ向かう。普段あまり通らない道を、自然に歩いていくと大きな御家の庭にあったつぼみをたくさん付けた桜の大きな枝がばっさりと切り落とされ、植木屋さんのトラック の荷台にあった。その横には、おばさんがいて桜の枝を切り分け貰っていた。私もすーっとおばさんの横に。植木屋さんは、気前良く1mほどの枝を4本きり取って私に。とてもとてもうれしかった♪このまま家に帰りたいぐらいだった!桜さん、私の家に来てくれますか?私は、とても♪うれしいです。と心で話すと桜もとても喜んでくれた。家の中でお花見です。
2005年04月04日
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サウナ小屋のすぐ横にまで野生のリスがやって来ていた。小鳥も見かけた。こんな寒い厳しい自然の中にこんな小さな命が生きている。なんだか命のいとおしさに胸が、じ~んとしてくる。私は先に帰って、寝転んでガラスイグルーから外を眺めた。カラスが飛んでいる。こんなに外の様子がはっきり見えるのだから、オーロラもはっきり見えるんだろうな~!昨夜が曇っていて、ちょっと残念な気持ちもした。ゆっくりとした朝食をとり、ゆっくりと時間を過ごし2時過ぎのバスでサーリセルカへと戻った。荷物をリエコンリンナに置いて今日でお別れするサーリセルカの町を少し歩いた。ここで貴重な体験をさせてもらいメッセージも頂き、私の中でまた忘れられない場所の一つになった。この旅で私は、また大きく変化した。ず~っと生きてきて何万年も手に入れたかった感覚をこの地でラップランドでプレゼントしていただいたから・・。たくさんの目に見えない存在が私を助けてくれたから・・・。森の木々の上には、精霊がそれぞれ居て、私たちを見ている様子を感じることが出来たし、写真にも姿を現してくれた。これから、生きてる間に旅をする所はすべて忘れられない場所になって行くのだろうか。空港へ向かうバスに乗り6時過ぎの飛行機で、私たちはヘルシンキへと飛び立った。
2005年04月03日
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凍った道を雪を踏みしめ歩きながら、私たちのガラスイグルーへたどり着いた時には、あたりは薄暗くなっていた。私たちの建物は2号だった。入り口のドアが凍り付いていてなかなか開けることが出来なかった。畳8畳ほどのほぼ円形の部屋にシマウマ模様のベッドカバーのベッドと赤と黒のクッションが鮮やかでおしゃれな感じがした。備え付けのコンパクトなトイレは、ガラスの仕切りの向こうにあった。上半分は2重ガラスで出来ていて外はマイナス40度近でも中は暖かくそして、このガラスは何か特別な仕掛けがあるのか?曇ることは無かった。ちょっと横になって疲れを取り、夕食へと本館のほうへ向かった。行きの道とは違う分かりやすいという道を通ったが、私は説明をあまり聞いていなかったので道が分からずAさんに連れて行ってもらった。頼りになる旅の友だ!夕食のとき、自宅の整理整頓がとても大事でそれが心の中にも大きく反映してくることを伝えた。部屋がぐちゃぐちゃで整理されていない人のほとんどが、心もぐちゃぐちゃで問題が山積みになっていること。そして、本や書類を焼いているAさんの過去世が見えたので、不用品特に本は焼かずに廃品かブックオフのようなところへ処分するようにと。デザートまでついたおいしい夕食をいただいだき、部屋に帰るとすぐに眠ってしまった。次の朝、サウナに入ろうと同じ敷地内のサウナに出かけた。フィンランド人はサウナがとても好きで、どの家にもあるそうだ。せっかくフィンランドへ来たのだから、一度だけでも体験してみようと思った。地図があっても敷地は広いし分かりにくく、他の人が泊まっているログハウスを間違って開けてしまった。やっと見つけたサウナには、まだだれも居なかった。Aさんが水を汲んできて、サウナの石にまくとジューっと水蒸気が上がり部屋の温度も一挙に暑さを増す。でも、私はやはりサウナは、苦手だ。息苦しくなり、心臓がバクバクしてくる。とても体が辛くなり、我慢が出来なくなってすぐに外へ出てシャワーを浴びた。
2005年04月02日
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ノルディックジャパンの担当の男性が、車に乗り込むところまで手配をしてくれた。いつも、本当に気配りがありがたかった。私たち4人は、車に乗り込み15分ほど南のカクスラウタネンホテルへと向かった。このホテルにある氷でできたアイスイグルーは、日本でテレビでも紹介されていた。とてもロマンチックだけど、寒さのなかでそこへ泊まるには、ちょっと考えてしまった。私たちは、ガラスで出来たガラスイグルーに泊まることにしていた。ここで初めて一緒の部屋で過ごすことにした。理由は、一泊追加料金が高いため。一人で泊まると、確か27000円追加。ちょっとこれは痛い!それに旅に出て何日かすると疲れてすぐ寝てしまう私なので・・・一人でなくっても大丈夫!初めのほうは、時差やハイに気分がなったりでなかなか眠れないのだけどね。森の散策で、会った親子でこられている方はちょうどガラスイグルーからオーロラが見えたそうだ。お天気ならそれも期待できるけれど、昨日、今日は天気も悪くちょっと無理そうだ。ホテルへ着くと、あまり、明るい表情ではない日本人の女性スタッフが出迎えてくれた。 大きな荷物はホテル本館へ預け、身の回りのものを持っていよいよガラスイグルーへ。 ガラスイグルーへは、10分弱だが、途中にある雪の教会へ立ち寄って中を見せてもらった。中は、すべてが、白一色。氷で出来ていた。椅子や彫刻やテーブルや祭壇まで!祭壇に供えられた黄色のバラの花も凍っていた。とてもすばらしい。ここでしか見ることの出来ない祭壇。他の人もいたけれど、音のない世界に来たような不思議な感覚だった。ずーっとここに居たい。寒いけれどとても穏やかな所だ。
2005年04月01日
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