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今年もいろいろありました。自分の中で一番大きかったことは、やはり父親の死です。この体験は、だれでも経験することかもしれませんが、私の中で貴重な体験だったと思います。肉体は無くなっても、私の近くにいてくれるのを感じることができますが、それでも悲ししかった!こんなときに人は、この世に体験するために生きているんだと実感できます。話は、変わりますが今日は、新月です。9つの願い事を誰にも知られずひっそりと書いてしまっておくといいそうです。去年の12月の願い事が出てきましたが、ま~まぁ~ですね。この年末が、新月。新年が新しい月から始まる意味はあると思います。みなさんありがとうございました。良いお年を!! そして、来年更なる飛躍を!!
2005年12月31日
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<<写真はチェレステに掲載しています>>もう、一歩も歩きたくない!そう思った場所には、先客が2名、休息をとっていた。姉に「もう、行きたくないから一人で行って。」と伝え私は白線の通り道を避けてリュックを下ろした。そこで大の字になって寝ころび空を見つめた!刷毛で、す~っと描かれた羽のような白い雲が青空に映えてとてもきれいだ。ウルルを全身で感じていると、優しく雄大で地球そのものの慈愛のようなエネルギーが私の皮膚を通して入ってくるのが分かった。あ~ここへ来れて、来させていただいて本当に良かった!!こう思えた瞬間は何者にも変えがたいとても貴重な時。自分でじかにウルルの思いを感じることができた!それだけでも生きている価値がある。素直にそう思えた。先客の人が、頂上を目指し出発しそこには私一人になった。広い平原の中にぽつんとそこだけが、盛り上がった1枚岩のウルルから眺める景色はパノラマ状態。遠くには、昨日訪れたカタジュタも小さく見える。ふと、「ここに聖水を撒こう!」と思った。小さなボトルからマナソワール湖の水を注ぐとすぐに岩肌に染み込み、乾いてしまい、水を撒いた黒い跡は一瞬にして消えてしまった。 それを見てこの地が乾燥していることだけではなく、私の持って生きた聖水を待っていいてくれ、それを一気に飲み干してしまった。そんなイメージも思い浮かんできた。 一人でだれも気にすることなく心のままに歩き休み、写真を撮ったりとしたいことをする。ここで私は一人になる必要があったんだ!とはっきりと分かった。登山口で待っているバスへの集合まで時間は充分あった。気を取り直して頂上を目指すことにする。なだらかなアップ・ダウンを繰り返す道なので頂上ははるか先に見えることがでた。でも、本当にはるか先。自分のペースで周りや空や太陽を見ながら 下ったり登ったりを何度も何度も繰り返していく。太陽がだんだん高くなってきて私の長~い影も一緒に進んで行く。自分の影をこんなにも身近に意識して歩いていくのは子供の時以来だ。孤独は別に気にはならないけれど、赤い岩肌に色濃く黒く際立つ影のお供があるのもなかなか素敵だ。気に入ってしまった。途中、岩肌のへこみに雨水で出来た小さな水溜りの中には、田んぼで見かけたかぶとがにのような生き物がたくさん泳いでいた。いつ消えて無くなるかもしれないほどの小さな水溜りの中に、こんな過酷な環境の中でも精一杯生きている!命の健気さと強さ、本当にすごい~!ことだ。
2005年12月31日
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登山口へ向かうバスの中でガイドさんが、「登っている人が見えます。今日は開いていますよ!」と教えてくれた。それを聞いて、心の中で「やっぱりな~。開いていないわけがない。」と思った。だって、私にはここでやるべきことがあるから。それが必要だから、ウルルは登ることを許可してくれたのだと思う。そのやるべきこととは、チベットの聖山・カイラスの雪解け水から出来ているマナソワール湖の聖水とハワイ島・マウナケアから授かった小さな石を届けること。誰に言われたわけでもないけれど、私にはそうすることが必要だと感じたから、その気持ちに従い行動を起こしただけなのだから・・・・。7時前に登山口へ。いざっ!!ウルルへ登る前半3分の1の行程は、傾斜が45度ぐらいの所を鎖を持ちながら進んでいく。とてもハードな道。昨日、ここを見て登るのを諦めた人もいたし、途中で 怖くなって戻った人もいた。この急な岩の道を鎖を持ちながら登っていくと、きつい風が音を立ててぶつかってくる。 風が身体に当たると、怖さを感じるほど。この鎖を離したら確実に飛んでしまう!1.5L以上の水の入ったリュックは、重く肩に食い込むほどで急な山道を登るのをいっそう困難な状況にしていた。少しでも登りやすいように45度の角度に合わせるように体を曲げ、のろのろと進んでいく。この様子をアボリジニの人たちは、「アリが登っていく。」言っているそうだ。 ウルルを登るために姉は、1ヶ月前から45分~1時間毎日歩いていた。私といえば、ま~ったく何にもしてない。どうにかなる!といつものように思っていた。 それにウルルの頂上を目指しているわけでもない。必要があれば頂上へ行けるし。そうでなければ、行けないし、決して無理なんかしな~い。行ける所まで行けばいい!そう思っていた。しかし、45度の3分の1の行程は、とても厳しい。何度も何度も休みながら進んでいった。 ほとんどの人が、休みながら進んでいた。時間は、たっぷりあるのであせる必要もまったくないし、自分のペースで登って行く。姉は、私より先の方を登っている。急な鎖の斜面を登りきると、残りの3分の2は比較的なだらかなアップ・ダウンの道を進んでいく。この道には、白い点線のマークが、ず~っと頂上まで続いる。「常にマークのある道を歩いて下さい。」と登山の注意書きにあるのがこの白い点線。ほとんどの登山者が、踏み占めていく白い点線は、所々真っ白で新しく、また所々ペンキが剥げ落ちていた。頂上は見えてはいるけれど、まだまだ先だったがどうしてもモウこれ以上は進みたくない!と思った場所に来た。
2005年12月30日
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今日の予定は、朝日のウルルと登山。4時35分にロビーに集合。お部屋のキーをフロントに見せてディパックを貰う。この中には、朝食と飲み物が入っている。和食か洋食を選べるようになっている。ガイドさんの奨めもあり、一人ずつ和食と洋食を。(和食といってもおにぎり。)バスに乗り込む前に昨夜の「ナイト・スカイ・ショー」で教えてもらった方角を見る。 まだ空は、暗い。まず、最初に『ポインター』と呼ばれる2つの明るい星を探す。この星は、南十字星の目印の星。この星を見つけ、2つを結びこれらの明るい星からくらい星の方へそのままのその線を伸ばしていくと、南十字星へ突き当たる。この方法を覚えておけば、にせ十字に惑わされることなく簡単に本物を見るけることができる。始めてみ南十字星を見て、やっぱりうれしかった。日本では4月ごろ沖縄でもなんとか 見れるか見れないかのこの星座。私の住んでいる所では、全く見れないこの星座を物語の中やTVからではなくて自分自身の目で見れる!ちょっと感動もの。今までにいろんな星座を見たけれど南十字星は、これだけなんだから。他の明るい星座と比較して「たいした事はない。」なんて私は思わない。ず~っとどんな星座なんだろう~?一度でも見ることができたらいいな!って思っていた南十字星に会えたんだもの。私たちは、バスに乗り込みウルルの日の出を見に行った。用意された椅子に座りながら 朝食を取り、日の出を待っているとそばの木に鳥がとまって朝の歓迎の歌を歌ってくれた。オーストラリアでは、ケアンズの町中でも沢山の小鳥がいて、きれいな歌を聞かせてくれた。小鳥のきれにな鳴き声を身近に聞きながら生活できるって凄い贅沢なことじゃない?そんな風に思う。だんだん、太陽が昇ってきて、最初は影になかったウルルに影が出来てきて、それと共に美しさも増していく。夕日のときに比べ雲が少なかったので色の変化が穏やかだった。 姉は、夕日の方が良かった。朝日のは、たいしたことない。と言っていたが、私はどちらもそれぞれの良さがあり、それぞれきれいだと思った。大自然の作り出す光のショーの素晴らしさを楽しませて頂いた。この時点では、登山口が開いているかどうか分からなかった。
2005年12月27日
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到着した日は、本当に盛りだくさんで9時過ぎから「ナイト・スカイ・ショー」へ。もちろん、夜も晴れていた。3日後に満月を迎える夜空だったけれど、星はよく見えた。このときも姉は、「え~っ?こんな小さな望遠鏡で見るん?」「モンゴルへ行った時は、星が一杯やった!」「南半球は、星が少ない。」など言いまくる。そりゃ、そうかも知れないけれどそんなことここで言ってどうなる!と言いたかった。 チベット・カイラスへの旅では、満天の星空の下、テントから外へ出ると地面にくっきり私の影が見えた。その影が、月影と分かった時には感動だったし、天の川がミルキーウェイと呼ばれる訳が納得できるほど、たくさんの星が白く川のようになっているのも見ることが出来た。世界で一番星が観測しやすい条件がそろっているハワイ島のキラウエア火山には、世界各国の天体望遠鏡があった。そこから少し下がった場所から観測した星空も鮮やかだったし、波照間島の大きな天文台には大きな天体望遠鏡から夜空を見た。どこでも、今住んでいる所から比べたら、夜空の星に申し訳ないほどの数ときらめきを見せていただいたし、その素晴らしさに思わず口が開いてしまったこともあった。 そんな、ことをこの場で言って、比較したって仕方がないことだと思う。ここ5日ほど、天気が悪く催行されなかった「ナイト・スカイ・ショー」を体験できる。今、エアーズロックで夜空を見、星をみることが出来る。その価値を分かって欲しいな~って思った。月、火星、シリウス、12星座の今見えるもの、偽十字等いくつかの星や星雲も見せてもらえ、おまけに星の説明を聞いているときに2つも流れ星を見ることができて、私はとっても満足した。南十字星は、、明朝、朝陽を浴びたウルルを見に行くときに見えると言われ、見たいな~っと思った。やっぱり南十字星って、どうなんかな~?って思う。またまた、マイナス彼女は、「どうってことないよ。たいしたことない。」はいはいありがとう!それは、私が見てから決めるは!自分の感性や価値判断を私に押し付けんといて!と心の中で言い返した。ほんと、考え方感じ方が、全く違う人と旅をするのは疲れる。よ~く、分かりすぎるほど分かる発言。ありがとう!もう、それしかないゎ~。
2005年12月26日
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次に、私たちを乗せたバスは、ウルルの日の入り会場へ向かっていった。この会場で、日の入りを待つ間にシャンパンと軽いおつまみ程度の食事を頂いた。このおつまみには、チーズやスモークサーモン、それにパプリカ、セロリ、人参のスッティックサラダもあり、お昼のサンドイッチが悲惨だったせいもあると思うが私の口に良くあっておいしく頂けた。カタジュタにいるときには、空には雲が多かった。マイナス思考の姉はその空を見て「天気悪くなりそう!雨が降ったらいやぁなぁ~。」と言う言葉を口に出す。私は、「そんな考え方しないで欲しいし、ましてや口に出すなんて!」「口に出したら、現実になりやすいんやから!お姉ちゃんは雨が降って欲しいの?」と彼女に言った。目の前の状況だけで、言葉を発するのではなく、自分がどんなことをここで望んでいるのか!それを踏まえたうえの言葉がとても大切だと思う。私は、このとき空を見ても「絶対に晴れる。夕日が見れないわけがない!」と思っていた。翌朝の朝日だって!必ず見ることが出来ると思っていたし、ウルルにも絶対に登れる!登れないなんてことは、あるはずがないと思っていた。だって、ここを目指してやって来たのは偶然でもなんでもなく、私とウルルとが、何時のころか約束をしていたからだと思うから。お互いに呼ばれ呼び合い、約束を果たすためにそれが一致したときにこの肉体を引き連れてやって来るようになっていたんだと・・・・。人との出会いや別れも、訪れる場所さえも全て約束したことの実行でしかないと思う。 雲がかかっていた太陽も顔を出し、オレンジ色の夕日がウルルを照らしていく。チョコレート色だったウルルかその光を受け、赤茶色に輝いて行く。そして沈んでいく 太陽の光の変化が一刻一刻とウルルの色も変えて行く。その色彩の変化がとてもとても美しい!雄大な自然の中で作り出されていくこの微細な色彩の展開に心を打たれた。あ~!夕日のウルルに会えただけでもここへ来た価値はある!と強く思った。
2005年12月25日
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カタジュタを後にして、バスはウルルへ向かう。バスへ乗り込む前に麦茶のサービスがあった。冷たい麦茶は熱いからだのほてりを押し戻してくれ、また、日本を出て1日もたっていないのに懐かしいあ~日本の味だ~!なんてことを思い出させてくれた。味覚や臭いの記憶って、それから広がっていく連想によって凄いエネルギーを持っているんだと再確認した。日本と違いここは、暑い上にとても乾燥しており、水分補給を怠ると日射病や脱水症状を起こすそうだ。ツアーの注意書きにも「必ず水1Lをお持ちください。」と書かれており、ウルルへ登った時には、ガイドさんのその点検もあったほどだ。ウルルは、それ自体が聖地だけれど全体の写真は撮ることが許されている。このウルルの中というか周囲の中には特別な聖地がある。男性の聖地、女性の聖地と呼ばれている何箇所の場所では、ビデオ撮影、写真撮影は禁止となっている。そこをバスで通過する前にガイドさんが「聖地ですので、絶対に撮らないで下さい。」とアナウンスをする。ウルルの周辺の蛇の神話場所や、泉。先住民の壁画。それから、明日登る登山口へ向かった。太陽の日差しを受け輝くウルル。雲や光の当たり方で陰になる部分のコントラストがとても鮮やかで美しかった。ウルルの高さは348mだそうだが、この1枚岩はそのものの大きさというより、そこから出てくる地球の愛の大きさを直接ハートに感じさせてくれる所だった。命の源である地球・大地・ウルル。本当に愛のある場所だった。この愛が、ここを訪れる人々にそれが、分かろうと分かることがなかろうと、何らかの 影響を与えているんだと感じた。もちろん私にも!!ウルルの登山口にある標識には何ヶ国語もの言葉で、「ここは、聖地なので登らないで下さい。」と言うアボリジニの人からのメッセージが 書かれていた。
2005年12月24日
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昼食は、ホテルの近くにあるこのエアーズロックリゾートでただ一つの小さなスーパーでサンドウィチとジュースで簡単に済ました。このサンドウィチは、超まずくてこの旅の後悔の一つになった。やっぱり食べ物のまずいのは我慢できない。これは、二人とも一致していた。カタジュタとウルルの日の入りツアーは、3時5分の集合なのでしばらく別々に休むことにした。一人暮らしが長いのと、基本的に私は孤独が好きなせいか一人になって誰のエネルギーからも解放されたぼ~んやりした時間が、とても大切だ。どこにいてもこんな時間が私には必要!これは、決して我儘ではない。自分を尊重し大切に素直に思えるようになったから、このような行動も許せる私になった。だから、今回別々の部屋にして本当に良かったと思っている。集合時間にロビーで待っていると迎えのバスがやって来た。そのバスの乗り込み他のホテルやツアーの人たちと共にカタジュタの観光へでかけた。このバスに乗っているのは、私たち以外は新婚さんばかり。だからバスの中は、うきうきした楽しそうな雰囲気で溢れていた。まず、展望台にいってカタジュタの全体像と遠くにウルルを眺めながら写真を撮った。展望台へ向かう赤茶けた土の小道には、初めて目にするかわいい花がところどころに咲いていた。日差しはまだまだきつく、気温も高かった。バスから展望台のわずかな距離を歩くだけでも汗が流れてくる。カタジュタは、マウントオルガとも言われ36個の赤い丸みをおびた岩がある。この岩には、一つずつ名前が付けれているそうだ。ガイドさんは、4つの名前は、分かるそうだがそれ以外の名前は、ここを聖地としているアボリジニの人から教えてもらえないそうだ。ちなみに、正面から見て右から、リー、オルガ、オルパ、ギルとのこと。一番高い岩は、オルガで高さが546mもあるとのこと。このカタジュタは、「風の谷のナウシカ」のモデルとなった所で、オームそっくりの岩やこれって巨神兵??と思えるような岩もあった。聖地なので、私たちが散策するルートも決められており、風の谷と呼ばれる大きな岩と岩の間を奥へ奥へと進むと小さな池があり、そん先は行き止まりになっていた。両側のそそり立つ岩は、微妙に色合いが違い変化に富んでいる。ここは、とても男性的な力の存在を感じる場所だった。そして、畏怖というかなにか言葉には言い表せないような怖さ。岩の上から誰かに見られているような不気味な雰囲気を私は感じた。ここの大いなる存在は、きっと私たちのような観光客を歓迎していない。そんな風に感じた。
2005年12月23日
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飛行機が、ケアンズに近づいてくる。 私は、飛行機が新しい土地へ近づくときに必ずその土地に対して許しを請う。 「今回、来させていただいてありがとうございます。今からこの地に入ります。 よろしいでしょうか?」と。 まぁ、挨拶のようなもの。友達の家へ行って「こんにちは。」と言うのと同じ。 オーストラリアで初めて買ったものは、ハートリーフ(グレートバリア・リーフの 中にある小さなハート型の島。)とかもめ (白い砂浜、グリーの海にたくさんのかもめが移っていて、飛んでいるかもめは まるで天使のようで、この写真はエンジェルという名前だった。) のホストカードだった。 一目で気に入ったこのカード。後日ケアンズでこの写真を撮った人のお店へ 偶然??必然??で訪れ額入りの写真を買ってしまった。大切に抱えて機内へ 手荷物として持ち込み、今は新しく壁紙を張り替えた台所に納まっている。 毎朝、ハートリーフを眺めながら朝食をとる幸せを味わっている。 こんなささいな幸せかもしれないけれど、毎日の積み重ねって大きいと思う。 見るだけで幸せな気持ちがよみがえってくるんだから、苦労して持って帰って ったポートレートだけれど、その苦労も吹っ飛んでしまう! エアーズロックのホテルでは、行き違いがあってなかなか部屋が決まらなかった。 私たちは、別々の部屋をお願いしたのに1ルームだけだった。次が、離れていた。 次が、チェックアウトしてない部屋だった。どうにかこうにかでやっと決まった部屋は 107号。姉は、106号。プールに面した部屋だった。こぎれいな部屋だったけれど 残念なことにシャワーだけでバスタブがなかった。 部屋がなかなか決まらなかったことも意味があると思うが、深くは考えなかった。
2005年12月22日
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時間があり、スタ・バでお茶したせいか、これからの姉との旅の展開を思ってか胃が痛くなってきた。飛行機に乗ってピンクの光の瞑想をして,しばらくして痛みは治まった。4番チャクラは感情と関わりが深い所だ。感情の揺さぶりがやってくるのだろうか?今回の旅でも気づいたのだけれど、感情の行き違いで気まずい思いをしたとき、友達等で肉親でない相手とは、お互いの気持ちを伝え合い分かってもらえるように努力をし、悪かった点や謝らなければいけない点を自分も相手も明確にするために時間をとる。しかし、深く関わったのは、もう何十年も前の子供のときで、大人になってからは、ただ姉妹と言うだけでたまに時間を共有するだけ。姉という血の繋がりる相手だから、今なお付き合ってはいるけれど、そうでなければ決して行動を共にする人ではない彼女。考え方や感じ方、物事の見方全てが違っている姉とは、分かり合える訳はないのに、幼いときの習慣のままにそれを飛ばして互い に我慢しながら、曖昧なまま次の一日を始めてしまう。だから、納得できなかった感情が自分でも分からないままに深く深く胸の中に積もって 行くのだと思った。南半球のオーストラリアは季節が日本とは反対で夏真っ盛りで暑かった~!それも日中では、なんと38度になると言うほどの暑さ。ケアンズは、湿気があって蒸し暑く、エアーズロックは、からりとした暑さだった。からりとした暑さであっても38度では、表をうろうろ出来る状況ではなかった。寒波を向かえた大阪から、やって来た私たちにとっては余りにも急激な変化だった。行きの飛行機の中は、寒くて震えてしまうほどにエアコンが効きすぎ!足にフリースを身体はブランケットをしっかりかけて、寒さをしのいだ。(帰りの飛行機では、エアコンが効いていないように思えた。それは、きっとオーストラリアの暑さに体がなじんだせいなんだろう。)
2005年12月21日
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旅慣れているとよく言われる私。そりゃ、他の人に比べると少ないほうではないんだけれど・・・。そんな私でも、緊張?気合?なのか「よ~し!行って来る!」と旅に出る前には必ず思っていた。ところが、オーストラリアに行くにあたっては用意も前日の夜からするし、気楽と言うか別に~いつもと変わらないやんか~。ちょっと大きなスーツケースを持ってちょっと移動する。そんなほんわかした感覚だった。旅の前夜、眠りに着く前に今度の旅で何が分かるんだろう~?とぼんやり考えていると眠るのは私の左肩と決まっているランディが、珍しく私の足の間へもぐりこんで来た。その時、ランディが幕末の時私と一緒に暮らしていた「お玉」と言う名前の猫だったことを思い出した。それからは、連想ゲームのように進んで行く。大玉→お玉→すい王→すいエエ→エすエい→SA→AS(オーストラリア)オーストライアで何か大きな玉を受け取るんだと分かった。それが、何か具体的に指し 示されなくても必ず何かが私へ私の中へやって来るんだ!と思った。朝、歯を磨いているときにふとチベットのカイラスの旅で心に浮かんだ「龍は宝」とい言葉が湧き上がってきた。ランディは、龍であり玉である。だから、オーストラリアでニセコで気づいた扉を開ける鍵が見つかりそうな感じがした。そして、私とってエアーズロックは、双六の上がりのような所だと言うことも分かっている。12日は、寒波がやって来たせいか風がとても強かった。集合時刻より早めに関空へ到着 するリムジンバスに乗り込む。途中夕日がとても美しかった。オレンジ色の輝きが通り過ぎるビルの合間からこぼれでて、本当にきれいだった。自然が作りだす美しさを目で見ることが出来、それをそのまま美しいと感じ、感動できる私に感謝する。走るバスから見る夕日。大好きな夕日。今日の終わりの太陽さえ私に祝福してくれているように思った。そして、この夕日の祝福もさえもこの旅で新しい扉を開いていくことを教えてくれているように思えた。
2005年12月20日
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旅の日程は12月12日18時30分関空集合。 20:30(AO7914)関空~ケアンズ <機中泊>12月13日04:55 ケアンズ着 06:10(QF1935)ケアンズ~エアーズ・ロック 08:30 エアーズ・ロック着 15:15~19:45 カタジュタとウルルの日の入りツアー 21:15~22:30 ナイト・スカイ・ショー(星空観察)12月14日04:45~09:45 ウルル(エアーズ・ロック)日の出と登山ツアー12月15日10:00 チェックアウト 13:05(QF0988)エアーズ・ロック~ケアンズ 16:05 ケアンズ着12月16日07:45~17:30 グリーン島とアウターリーフ・ツアー12月17日04:15~10:30 熱気球ツアー 14:00~21:45 わくわく動物探検ツアー12月18日08:05 ロビー集合・その後DFSにてショッピング 12:35(AO7913)ケアンズ~関空 19:10 関空着ケアンズと日本では、1時間の時差があり、ケアンズとエアーズ・ロックとでは、30分の時差がある。(ケアンズは、日本より1時間早く、エアーズ・ロックは、日本より30分早い。)たった5日間の滞在だったけれど、起きる時間が早くスケジュールはハードだった。13日の星空観察は、前日まで5日間曇ったり雨だったりでキャンセル続きだったそうだ。 そして、ウルルも天候が悪く登山口はクローズ続きだったそうだ。14日は、朝から快晴。 無事に登山を終えることができたが、夕方から雨になり翌日は登山できなかった。星空も見れ、ウルルにも登れラッキーですね!と言われたけれど、私には、それは当たり前の出来事。だって、呼ばれてやって来たんだもん!登ることを拒まれる訳はない。そう思っている んだから・・・。
2005年12月19日
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帰りました~!オーストラリアへ行ったときは、寒い→暑い。日本に帰ってきたら、暑い→寒い。体温調節に辛いものがあります。それと波動の違い!旅に行くときは、みんな期待に胸を弾ませているのか飛行機の中やリムジンバスもルンルン。明るく軽い感じ。帰りは、旅の疲れや人間関係からか?または、旅先でのアクシデントや不満からか?明日からの現実を思う心からか?疲れた、重い感じ。それを感じるのもまた辛いです。飛行機の中で隣に座っていた超現実三次元バリバリの姉は、はっきりとその違いが現れているのが分かりました。隣の方の左の腕がびりびりとしびれるほど波動が下がっていました。ほんの7日間の旅でしたが、ウルル(エアーズ・ロック)に登ったのが、随分前のように、1ヶ月以上も前のように思えます。海外へそれも聖地と呼ばれるような場所へ行くときっと次元の変化が大きくそれを体感できるからか、そう感じるのかも知れません。明日から少しずつ旅の思い出を綴っていきたいと思っています。
2005年12月18日
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今日から、旅に出ます。目的地は、エアーズ・ロックです。この偉大な聖地を訪れ、その助けを借り、まだ自分の中に残っている許せない部分を見つめ帰ってくるときには、それを受容できるようになるつもりです。今回は、姉と共に行ってきます。私は、まだ姉の中に嫌いな部分が残っています。買い物に行くと同じものを買ったり、イタリアへ行ったとき浮かんだことを書いていると覗き込んで来たり、人の批判をする所も好きになれません。でも、これは、私の中にもこれと同じ部分があるからなのです。出会う人は、全て私の鏡。私と同じ所を持っています。その人の気に入らない部分は自分自身の気に入らない部分。嫌いな部分も、またその人が素敵だな~!って思えるところももちろん自分の中にも存在しています。だから、反応してしまうのです。私は、今回の人生で旅に出て行く先々の土地の力を借りながら自分を見つめ自分を許して行くという設計で来ているようです。だから、帰ってきたらまた少し軽くなった自分になれると確信しています。旅の準備は、昨日の夜から始めました。だんだん、心配も不安もなくなり、あわてず何とかなると自分を信じながら。先ほど10時半すぎに終わり、さっきまで今はまっている韓ドラ・パリ恋を見ていました。1年前でも考えられないような旅を前にしての行動です。オーストライアは、今夏真っ盛り!日焼けも気にせず、自由に楽しんで過ごしてきます。 行ってきま~す!
2005年12月12日
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自宅マンションの内装、まだまだ続きます。発端は、管理組合からの。築27年と言う古さなので、洗濯機のパンが水漏れを起こす事故が結構あるので、付け変えたい方はお知らせくださいとの内容の回覧板です。おお!それなら変えてもらおう!と即決しました。自宅にいると電話や直接の戸別訪問で水周りや内装を変えませんか?そんなやり取りがありますが、その会社をはじめ誰の紹介でもない所へ頼む気持ちには、全くなれない私ので今まで全部断っています。管理組合の紹介と言うことで即決です。工事の日にちの選択も直感でニセコへ行く前を選び、工事があと2日と言うとき案内書を読んでみると、内装もやってくれるとのこと・・・。ちょっと迷いましたが、かわいい私のランディ(猫で~す。)があっちこっちを爪とぎ代わりに使ってくれ、悲惨な所も多々あるのでお願いすることにしました。するとパンの工事と違う会社の内装屋さんがやってきました。顔を見るとな~んか知ってる人みたい。な~んて一瞬思いました。それで、脱衣場とトイレのゆか、壁をお願いしました。以前お風呂を直したときに台所、廊下の床の張替えを頼んだ所が、今考えても高すぎ~!と私には珍しくちょっと根に持つようなお値段でしたので、けちけち、金なし、見たいにこことここをすればいくらですか?これならいくらですか?とこれも私にしては、本当に珍しく聞きまくりました。それが思ったよりも安くて、それでは、ここも、ここもと言うことで、広がって行きました。1回目は、水周り。2回目は玄関、台所の壁。これは、2日前に終了。今度は、廊下の張替えとペンキ塗りを年末にしてもらうつもりです。こんな風に次々と追加していくことは、これも私にとっては初めての体験です。物事にあんまりこだわらないほうなので、1回の話し合いでこことここをお願いします。 それでは、いくらですね。で終わるのに・・・。このことも意味があるんです。そこを深く考えると内装屋さんに会いたいからだ~!なんで?知っている人だから。何時頃?どこで?う~ん。チョと時間がかかったけれど・・・。イタリア出会った。それもローマ時代にと分かってきた。一緒に軍人として戦ってきた人だったとはっきり分かってきました。こんな風に、出会えるなんて!それが分かるから人生はおもしろいんです。親切でまじめな内装屋さんと次々小出しに注文するお客として、今回の人生で出会うことによって彼と私のカルマ(マイナスでなくても)が解消して行くんだと思います。
2005年12月10日
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今日は、片付けるのに大忙し!クィーンの曲を聴きながら片付けをしていた。このCDは、9年前になくなった愛犬萬が病気の時にいつもかけていたCDなので、いろいろそのときの気持ちが思い出されてきた。人よりも早く死んでいくのは当たり前なのだけれど、とても悲しかった。それは、辛い体験だったけれども、悲しみを体験したからこそ今の私がある。よく、動物を飼うと先に死んでしまうから嫌。死ぬ所を見たくない。って言う人が多い。悲しみを避けたいのも良く分かる。でも、自分の大切な小さな命が亡くなる辛さ、悲しさは、決して無駄ではないと思うし、それが心の栄養になることは確かだと思う。そんな悲しみを体験したからこそ、命を大切にいとおしく思えるようになるんだとも思う。片付けは、こっちをしたり、あっちをしたりで思うようにはかどらなかったけれど満足している。子供のように思い浮かんだことをそのまま素直にやっているとここを全部してから、こうしよう。なんて考えは全く浮かんでこないし、片付けていても楽しい。時間までに、終わるんだろうか?なんて思いも沸いてこない。ただただ、あっちをうろうろ・・・・。掃除機をしていると思えば、歯を磨いたり、トイレを掃除したり、 どこもしたほうが奇麗になるんだから、いいじゃ~ん。時間内に全部出来なかったけれど、満足、満足。う~ん。今日もよくやったね~!
2005年12月09日
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今日と明日、一部の部屋の内装を新しくしてもらっている。去年の12月にもセッションルームの内装を新しくした。壁紙と天井と床の張替えなんだけれど、荷物を動かしたりで大変!!昨日は、丸1日かかって台所や置くの部屋のものを動かした。重いものや食器や合間に猫と遊んだり韓ドラを見たり本当に大忙し。(猫と遊ぶのや韓ドラは息ぬき)一人で本当に今日中にできるのだろうか?な~んて絶対に思わない!!出来ることしかやって来ないと確信してるから。今日中が無理でも明日の朝、内装屋さんが来る前に絶対に今のベストな状態になるって信じていた。内装屋さんは、30分遅れて9時過ぎにやって来た。私は、余裕だった。次の旅は、12日からオーストラリアへ。そして、10日と11日はクライアントさんも来る。部屋もチャーんと片付絶対に大丈夫。何とかなると思う。そんな思いがいつも私を支えてくれている。こうやって、チャーんと出来ていく。これから先のことをどうやこうやと心配するより今、することに焦点を当てていけばいい。このような自分に対する信頼感の積み重ねは、とっても大切だと思う。この積み重ねが、より(+)なエネルギーを引き寄せる大きな原動力になっているから。旅を目前に控えたこの時期にこの忙しい状況を選んだのは、今まで住んでいる家に対する感謝と物事の順番(プロセス)を意識したからだ。旅へ行って自分の内面と対峙し、少し軽く新しくなった自分を年の変わりの前に新しい部屋で迎えてみたいそんな気持ちが湧いてきたからだった。10日と11日にこられる方、ちょっとだけきれいになった我が家へ!お待ちしてま~す。
2005年12月07日
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新千歳空港へ着いた飛行機を降りるとき、棚の荷物を降ろそうとする。本当に普通では考えられないのだけれどその開け方を忘れてしまってどうしていいか???状態。どんどん人が出ていくし、あれ?あれ?どうするんだっのかな~?なんて思いながら、とうとうこじ開けようとしていた。すると、見かねたのか通りがかりのおじさんが、開けてくれた。もちろん、開ける方法は知っていた。だって、何度も飛行機に乗ってるんだもん。知ってるのに何でこんな行動をとるんだろう?他の人から見たらきっと初めて飛行機に乗ったんだな~って見えるだろうな!なんて思った。(まあ、他人がどう思おうがどうでもいいのだけれど・・・)その次は、アミーゴの車で温泉へ行ったとき。またまた車のドアの開け方が分からない。すたもんだでやっと開けた。その次は、温泉へ行って露天風呂へ行くドアが開かない。これって、何を教えてくれてるんだろう???自分の深いところへ問うと。う~ん!私の中でまだ開いていない扉があるんだって気づいた。その扉が何に通じるか大体の予想も出来ている。私は、こんな風にして起こる出来事を、引っかかるような出来事を深く見つめそこから自分に返し、意味を知る。全てのことは、偶然に起こっているのではなく必然として起こっているから。何事も流し、流されて行くのではなく自分に対するヒントだと思うと気持ちも軽くなり、思いも深まると思う。
2005年12月04日
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昨日の朝は、雪が降っていた。暖房があるにもかかわらず寒さに慣れていない私は、寒くって寒くって・・・。眠るときその寒さはまるで、ラサからカイラスへのテント生活のときのようだった。今朝の大阪は、随分冷え込んだそうだけれど私にはそれほど寒いとは思えなかった。たった5日で人の体感は、なんて変わってしまうんだろう?昨日雪のニセコにいた私が、今日は、自転車で12月の大阪を走っている。ちょっと奇妙と言えば奇妙!この奇妙さが私の今の人生の大きな場所を占めている。そして、私はこの奇妙さが楽しいし気に入っている。大阪から北海道へ。客観的に見ると距離はあるけれど、私にとっては大阪市内・梅田へ行くのと意識的には大差はない。人の物事に対する意識が、距離や時間を左右していることを多くの人は知らない。
2005年12月02日
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