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オール・インの再放送がbs2であった。14日からだったけで、頭が痛くてとても見れる状態ではなかった。やっと今週になって気力が沸いてきた。でも、2時間テレビを見ると脳がぼわ~んとなる。ビョンホンの表情が、めちゃくちゃ素敵!思わずよだれがでそうですゎ。脳の状態を気にしながら見てるせいか?最初に見たときにときめきは、確実に減っている。なんでかな~?年とったからかな~?見飽きたんかな~?最終回とその前の2話は、マンションのアンテナが台風で壊れて見れなかった。だから、絶対に見たかった!用事も断った。今回、見れてすご~く満足。
2005年03月31日
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スーパーマーケットへより、お買い物と遅い昼食をして、是非やりたかったそりのすべりをするために最初の夜に行った観測小屋の方へ歩いていった。観測小屋のそばにあるゲレンデは、そり専用のゲレンデだ。もうすでに10人ほどの人が そりすべりを楽しんでいた。私たちも置いてあるそりを手に取りゲレンデを登って行った。両足を伸ばし、足をブレーキ にして滑っていく。スピードもあるし、上手下手もないし、地面が近いしとても楽しい。 10回ほども滑っただろうか?とても満足した。途中で私たちは分かれ、私はホテルへ帰った。ホットチョコレートを注文し今夜とまるホテルへの移動の車を待った。熱く甘~いホットチョコレートも今はとてもおいいしい!暖炉を囲んで6人ほどが座れるソファーには、フランス人の二組の夫婦と男性が一人いた。以前の私だったら、自分勝手に緊張して不安になりとてもこの場に座ってはいられなかっただろう。Aさんも帰ってきて、迎えの車も予定時間5時前にはやって来た。一緒に車に乗り込んだ若いカップルは、ロヴァニエミからサーリセルカまでの移動の時に一緒だった人たちだった。彼らには、先ほどのそりのゲレンデでも出会っていたことを思い出した。そのゲレンデでこぶ上のところを滑ってきてジャンプしビデオに収めていた。それを見て、背骨を傷めそう!こんな風にすべる人がいるから、プラスチックのそりが壊れていくんだな~と思ったもので彼らをよ~く覚えていた。
2005年03月30日
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トナカイ牧場に着くと柵に区切られた所に何頭ものトナカイがいた。日本で、牛を飼うようにここではトナカイが飼われている。トナカイへヤカラというコケのをあげたり、投げ縄をしたり、写真を撮ったりした。写真を撮る時は、手袋をはずすので手がかじかんで今までの旅のようにどんどんとシャッターを押す気にはなれなかった。 トナカイは、ヤカラが大好きなようで、食べても食べても欲しそうにしていた。コタの中で、焚き火を囲み熱いベリー茶とクッキーをいただきほっとすると、赤いバンが迎えにきてラップランド・サファリの前まで送ってくれた。帰りは、とても早く5分も車に乗っていなかった。なんか、へ~こんなに近いの???どんな所をどのくらいの距離を???地図があるのなら、見てみたと思った。ゆっくりと進むトナカイぞリに乗っていると瞑想状態のようになって、犬ぞりとは、また違った楽しさを体験できた。Aさんとラップ人のおじさんのことについて話しながら帰った。現地人ということで、日本でアイヌやアメリカでネイティブの人たちが受けるような差別を受けているのだろうか? 日本人のことをどう思っているのだろうか?彼らは、海外旅行なんかするのだろうか? 等など。差別のことは、やはり中に入って生活してみなければ深いところまでは分からないだろう。アイヌの人たちの事だって、関西に住んでいる人間と北海道の人とでは、明らかに違うし、同じ北海道でも地元でず~っと暮らしている人と都会の人と考え方が違うように・・・。 海外旅行を体験できる人たちは世界の中でも限られた人たちだと思う。アメリカやイギ リスにだって自分の生まれた村から一歩も出たことがないという人たちは結構多い。村の中のメンバーというか一族が、100年以上変化していないと言う所も珍しくない。 日本人に比べ自由そうな欧米人の中にも閉鎖的で排他的な人は存在するのだ。今回のアメリカ大統領選挙だって、都市に住んで比較的世界に目を向けている人々の多くは、ケリー候補を支持したと言う。ブッシュ氏を支持したのは、日本で言えば自民党を支持する地方の人たちのようなものらしい。
2005年03月29日
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昨日の午後から、母と二人で父の病院へ行きました。母も私も体力的に自信がないので、二人で一組って感じです。母も姉達に遠慮があり、自分も行かねばという気持ちを強く持っていました。父の脳は、入院時よりもさらに萎縮してきているそうで、動きも鈍くなり歩く足取りもおぼつかなくなり、眠っている時間も多くなりました。それでも、1時半から8時までず~っと病院にいるのは本当に疲れました。今回の人生で生きてきた自分を無くしながら・・・・人は、こんな風にだんだんと死に近づいて行くんだな~。アトランティスの時代に長老と言われた人たちは、48時間何もせず横のなっているだけで、意識をもったまま肉体を離れることができたそうです。できれば、私も自分自身を失わず穏やかに死を迎えたいものだと思もいます。痴呆症のことを認知症と今は、いいます。この症状の父を見ていると目の前のことだけに焦点を当てているのがよく分かります。歩くだけ、食べるだけ、点滴を嫌がるだけ、眠るだけ。今だけに焦点を当てて生きる。考え方を変えると本人は幸せかもしれません。
2005年03月28日
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ラコタ族の予言に、人類が分岐点に来ている証としてホワイト・バッファロー・カーフ・ ウーマンのスピリットが現われるとあった。白いバッファローは、ネイティブの人々に とってとても神聖でその誕生を100年程前から待ち望んでいたという。 1994 年、ウィスコンシン州で白い雌のバッファローが生まれ、「ミラクル」と名付けられた。 その後、8頭のホワイト・バッファローが生まれ、これらのホワイト・バッファロー・カーフ・ ウーマンのスピリットは、この危険な時代にも私たちを守ってくれると言うことを伝えて いるそうだ。 これをきっかけに北米先住民ラコタ族の精神的リーダー、チーフ・アーボル・ルッキ ング ホース氏、は「WORLD PEACE & PRAYER DAY-せかいへいわといのりの日」という 新たな精神的活動をはじめる。そして、毎年6月21日夏至の日に、人びとの平和と地球 環境への意識を目覚めさせ、母なる地球の上に点在する聖地の神聖さをあらためて認 識 しようと、世界のどこかの聖地で集いがもたれている。(昨年富士山麓で行われた) ラップランドの白いトナカイもホワイト・バッファローのように奇跡の証の一つなのだと 思う。いろんな意味で白いトナカイは育ちにくく、大切にされているという説明も聞いた。 サーメの人々には、そんな言い伝えはないのだろうか?あったとしても、こっそりと 秘密に言い伝えられているのだろうか? トナカイのそりは、ゆっくりと進んで行く。そりの音。トナカイの息遣い。足音。風や鳥の声。 犬ぞりの時には、気付かなかった様々な音が耳に入ってくる。今、トナカイと共に森の中を 進んでいる!心の中に不思議な落ち着きと充実感と安心感が広がっていく。 昨日、ハートの扉が開いたこともあるのだと思うが、何も恐れえるものはなく、私がただここ に存在するだけで充分!それだけでいいと・・。そんな気持ちが放射状に広がっていく。 きっと、今、精霊たちの住む世界へ入って行く私たちをどこかの木の上から見つめてくれて いることだろう。そして、私を守ってくれているのだろう。姿を見ることは出来ないが、 その柔らかな愛のエネルギーを感じ取ることはできた。 私のそりを引くトナカイは、とても真剣にそりを引いていた。やはり、トナカイもここでは 働く動物。歩きながら糞はするし、喉が渇いたら積もっている脇の雪を食べる。少しの 休憩でおしっこをする。なでられると迷惑そう! 振り返って後ろのトナカイをじーっと見ると、大きな目が落ち着きをなくして目をそらせる。 かわいいよ~!と見つめられたり、なでられたり、されたことがないのだろう。 フィンランドにいるトナカイは、ほとんどが家畜として飼われているそうだ。だから、猟で 獲ることはないそうだ。
2005年03月27日
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思えば、アウトドア・オプショナルツアーの出発点のラップランドサファリの事務所に 私たちは、3日間毎日通っている。最初、足元がふらふらしながら着替えていた防寒服も3日目となる今日は、さっさっと着替えられる。慣れるってことも大切なだな~。 自信へ繋がって行くんだな~と納得した。10時集合の15分前に事務所へ。私たちを含め4名。カップルの関西弁を聞くと私達も関西から来ているので懐かしくうれしいような気持ちになった。彼らは、すでに今晩私達が泊まるガラスイグルーへ泊まったそうで荷物を最小限にするという注意を受けておらず向こうで荷物を整理したりでちょっと困ったそうだ。私たちは、サーリセリカ到着時にノルディックジャパンの係りの人から説明を聞いていたので、今朝のチェックアウトの時に荷物を振り分けておいた。こんな些細なことでも事前に知ってあわてずにすみ、旅がスムーズに行けた~と思える重要なポイントになってくる事だと思う。私たちとノルディックジャパンの人とは、サンタクロースのような白髭のおじさんの迎えの赤いバンに乗ってトナカイの待つ所まで移動した。そこには、サーメ人のおじさんがトナカイを連れて待っていた。赤とブルーの色鮮やかなサーメ人の民族衣装を身に付けているおじさんは、若いのか中年なのか??年齢がはっきりしない。彼自身は衣装のようにはっきりとした明るい性格ではないよう に思えた。そりの乗り方や降り方(必ず左側へ降りる)を教えてもらい、出発した。ただ座っているだけなので超簡単。そりは一人乗りで、一頭ずつそりを引っ張る。先頭の白いトナカイをサーメ人のおじさんが、操りそのそりに最初のそりのトナカイが繋がれて、次のトナカイがそのそりに繋がれと言うように順番に繋がれている。それぞれのそりには、トナカイの毛皮敷かれており、それを半分に折り間に突っ込むように足を延ばして入れさらに胸までしっか り覆うように毛皮を引き上げた。この日も天候が悪いのでとても寒く防寒服の上からダウンも着た。おじさんの操る白いトナカイは、とても珍しいそうだ。この牧場でも2頭いるだけだそうだ。その白いトナカイを見て、去年6月広島で行われた世界先住民会議のことを思い出した。
2005年03月26日
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イヴァロは、飛行場もありサーリセルカに比べ大きな村だ。スーパーもず~っと広かった。品数も多く、ぐるぐると何度も見ても飽きなかったが、時間が少なかった。ドライバーのブリッタさんも夕食の買い物をしていた。私達も急いで買い物をして車に 乗った。帰りの車では、眠くて眠くて・・・。ホテルへ着いたのは、あたりが暗くなってからだった。レストランシベリアは、現地の日本人ガイドさんのお勧めの所。ここででトナカイと雷 鳥を食べる。日本では天然記念物の雷鳥は、絶対に食べられない。フィンランドでは国の鳥なのに食べられる!!お味は??トナカイは、子牛のステーキのよう。肉もやわらかく臭みもくせもなくおいしい!雷鳥は、濃厚な味。ニワトリのレバーのような 味でちょっとぱさぱさしている。これは、好き嫌いがありそう!雷鳥よりトナカイのほうがはるかに食べやすくおいしいと思った。ビールを2杯いただいて、いい感じになり、ホテルに帰るとそのまま寝てしまった。翌朝、朝食の時いろいろ話す。この旅は、最初3人で来るはずだったが、結局フィンランドに呼ばれた、私たち2人でやって来た。Aさんは、3人の旅なら適当にしていけばいいんだ~と思っていたそうだ。Bさんが行けなくなり、2人の旅になったときに必然的に私と2人で向き合うこととなり、ちょっとやばいと思ったそうだ。彼女が視線恐怖症だと言うことを私に話してくれた。だから、人の居る所では目をつぶることが多いと・・・。目をつぶっている彼女の表情はとても素敵だよと伝えた。そして、だれかに見られるのを気にするのではなく、自分が何を見るかのほうが大切だよとも。意識をいつも自分に置くことも。他の人が、自分のことをどう思おうがそれは、その人の問題だ。こちらには、まったく関係ない。変なやつ!と思うなら、その人にも同じだけ変なところがあるからだし、いやなやつ!と思うならその人自身に同じ嫌な部分が必ずあるからだ。全ての人は、自分の鏡なんだから・・・。 自分が自分のことをどう思うかが、一番大切。みんな、そのことを知らないのだろうか?
2005年03月25日
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フィンランドでは、チップは不要。旅行書には、書かれていた。参加者が私たち2名だけだったけれど、インストラクターのお兄さんは、普段通りに彼の仕事をしただけだとは思った。でも、結構自由にさせてくれ、他の人がいないので変に気を使わずそれが私にとっては、すご~く良かった。他のそりを気にせずに走れ楽しさが何倍ににもなったように思えた。私たちのためにだけ働いてくれように思え、なんとなくチップを渡したくなった。二人で10ユーロ。まっいいか~。感謝の気持ち!犬ぞリは、ほんとうにいい体験だった。また、機会を作って今度はもっと、長く遠くへ行ってみたい。寒さは、好きではないけれどそれに打ち勝つ、楽しさ!幸福感!充実感!を味わえた。 いったんホテルに帰って少し休憩をとった。時差、睡眠時間の少なさ、超寒冷からのストレス。体は、すご~く疲れていた。2時過ぎからは、イナリ村へ博物館を訪ねる。それまで、しばしお休み。ホテルのレセプションルーム(ロビーのような所)に2時15分時間通りに迎えの車は、やって来た。女性のドライバーだった。最少催行4名とパンフレットには記載されていたが、これも私たちだけ!ちょっとうれしい!個人旅行みたい~!2時間コースのツアーなので博物館では、1時間半。途中の町イヴァロのスーパーで30分お買い物の時間を過ごすことにした。私たちの滞在しているラーリセルカから北約70kmの所にあるサーメ博物館「シーダ」は大きな湖のイナリ湖の湖畔にある。車で約45分のドライブだ。ドライバーのブリッタさんは、とばすとばす!それとほとんど携帯でしゃべりっぱなし!途中きっと電話の相手の波動からか?少し気分が悪くなってきたほどだ。車から外を見ると、凍ったイナリ湖が右手にずーっと広がっている。広い広い湖だ。凍っていない季節にここを通ると全く違った景色なんだろうな~?水面を見たら、木々や空や雲がそこに写ったりして、なんとも言えないほどのいい感じだろうな~!思い描くだけでも楽しくなる。 博物館は、フィンランドの先住民族サーメ人の歴史や文化。ラップランドの四季の様子を分かりやすく展示紹介していた。日本語の表示はないけれど、見ているだけでも充分、分かったような気分を体験できた。Aさんも私も博物館や美術館が大好きだ。そこへ行くとその国のその地方の文化や芸術の凝縮された物を見る事が出来るからだ。それとミュージアムショップには、クラフト物やそこにしか売られていない物も多くそれを見る楽しみもあるからだ。私たちは、別々に館内を一巡してまたショップで出会った。ここでお土産にトナカイの角から作った指貫とろうそく、絵葉書を買った。
2005年03月24日
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今日はCTを受けに最初に診てもらった「ひかり病院」へ行きました。私は、絶対に大丈夫と思っても周囲は医者の診断のほうを信じます。それと、一週間後の自分の脳の断面にも興味がありました。脳外科の先生は、私の顔を診るなり「大丈夫です。」と言われましたが、状況を説明して、CTを取りました。あの、ドームのような所に寝転んで頭が入って行く時に、別次元へ転送されていくような雰囲気があります。今日は、その状況を楽しめました。もちろん結果もよく、鞭打ちが治りやすいのは前向きな人だとか・・・・。微熱は、頭とは関係ないとか・・・・。一応痛み止めと熱さましをもらいました。帰りに3階へ寄って、父と介護する姉に会ってきました。だんだん弱ってきている父です。姉も毎日朝から2時ぐらいまで父の所へ居てくれて大変そうです。でも、元気になって欲しいな~と思います。来週ぐらいから、私も復帰してローテーションへ参加するつもりです。今回気付いたことは、健康の有難さ。何気ない出来事を人を頼らずに自分の力でこなしていける有難さ。助けてくれた身内の心。心配してくれた友達。ヒーリングしてくださったN先生。全てに感謝しか、ないんだな~と。それと、町を歩いていて走ってくる子ども。中学生の自転車。人ごみ。等が自分の体にぶつからない様にとすご~く気を使いました。ちょっと当たっただけでも頭が揺れ痛みが生ずるし、元に戻ろうとしている脳がその衝撃でずれて行くようで気が気ではありませんでした。体の不自由な方やお年寄りの方は、きっとこんな風に感じながら町を歩いたり生活をしているのではないのかな~と思いました。健康であり続けることは、それはそれは大切なことだけれど、こうやってたまに痛い目にあってやっと鈍感になっていた感覚を元に戻せるんだな~と。でも、なるべくなら痛い目は嫌なので、元気な時でも気付ける私でいたいです。
2005年03月23日
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今朝は、大国町のN先生の所へヒーリングを受けに行きました。17日にも一度受けています。そのときは、肩に埋まりこむようになっていた首がす~っと元に戻って、本当に楽に家路へ向かいました。事故で首がちょっとどうかな~と思っていましが、翌日近くのお医者さんのレントゲンでは異常なし。でも、違和感があり、だれかヒーリングして欲しいな~!と思っていた所先生からほかの事でお電話を頂、施術していただきました。ラッキー!今日は、顔色もよくなっている。との事で熱が出るのも回復の兆しと教えて頂、ちょっと気分が楽になりました。ヒーリングしていただき、体のあちこちの痛みを(へっー!こんなとこまで!)取ってもらいます。今日は、胸に隕石を置いてもらって、す~っとした感覚が広がり、とてもよかったです。隕石は、小林美元先生から分けていただいたそうです。私も能登半島にあるモーゼの墓を訪ねる旅でお会いしたことがあり、とても博学で、魅力的な方です。今日も、少し元気になって感謝です。
2005年03月22日
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昨日が、少し元気だったので事故以来初めて掃除をしました。ごみがどんどんと掃除機の中へ入って行く様子を見るのは、すご~い驚きと共にうれしい気分になります♪♪公園へ行ってカラスに硬くなった食パンも食べてもらえ、気分がよくなり、さらに遠征し駅前近くのスーパーへもお買い物へ行きました。切干大根が食べたくなって・・・・。おいしい♪切干大根の煮物も出来あがり、満足しながら夕食を終わりました。掃除の最中に、体温計を発見しもしかして私って熱があるのかも???な~んて思って測ってみると、なんと37度3分でした。あれ~ちょっと高いかも。でも、それを省みずに思い通りのことを済ませ、寝る前に測ると、な~んと38度でした。これって、ちょっとやばそう!!そして、今日はず~っと布団の友でした。でも、思い起こせば事故って以来こうやって昼間からパジャマで静かに横のなっていたことがなかった!!
2005年03月21日
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今日、イタリア行きの残金を旅行社へ払い込んできた。父は、入院。私は、事故で頭がんがんぶわんぶわん状態が続いている。行けるものだったら行けるし、行けなかったらそれはそれで仕方がないと思う。そのときは、潔く諦めればいいんだ。私が、行くことに対して今できることをするのが大切。天もそれを見ていると思う。実家へより、新聞のTV欄を見ると9時過ぎからグラディエイターがある。あれは、ローマ時代の話。振り込んだ日にグラディエイター。なんだかイタリアへ行けそうに思えた。今、TVをつけると電磁波のせいか頭に稲妻が走るようにがびしびしと痛む。でも、さわりだけちょっと見てみた。グラディエイターは上映当時も観ていたが、そのとき自分の人生に関係あるとは思ってもいなかったが、懐かしいようなじーんと来るものがあった。だって、私は過去ローマ軍の軍人だったんだも~ん。ラッセル・クロウ演じる将軍が部下の一人一人に声を掛け戦いに望む場面で涙が出てきた。このように私と共に戦った兵士が友が、あの地で待っているのがはっきりと分かったからだ。どうかイタリアよ私を呼んでください~!!私は強い意志でイタリアを引き寄せたい!
2005年03月18日
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帰りの道を進んでいくと天気が回復して太陽が顔を見せている。淡いオレンジ色の太陽は、日本で見るどんな太陽とも違っている。じっと見つめていてもまぶしくはなく、色は薄いが決して弱弱しいわけではなく、優しさと力強さも持っている冬のラップランドの太陽を初めて見たとき「へ~!こんな太陽もあるんだ!」だだそれだけを思った。今日、見る太陽は、今までよりも何故かくっきりとはっきりと見えるように思えた。マッシャーをしていてもそりに乗っていても景色が、私の中へ入ってきて、私もその中へ入っていくそんな風に感じられた。境目があるようでないようで。溶け合うようで個々の ようで。そして、何もかもがくっきり鮮やかで、何もかもが愛しい。ああ!心の扉が開くとこんな風に感じることが出来るようになるんだ!それが分かった。マッシャーをしていて木もない雪原を走った。強い風が積もっていた雪を吹き上げ、それが私たちのそりを横へぶらして行く。太陽の光を受けて雪はきらきらと輝き、ダイアモンドダストを初めて目にすることが出来た。しかし、風は強く目を開けるのも大変だった。 座っていたAさんは、その美しさを堪能できたと後で喜びの声を聞かせてくれた。マッシャーとしてだんだん慣れてきた私は、そりに近い、2匹の犬の引っ張り具合でそりが左右にぶれるが先頭の犬の方へ必ず進んでいるということが分かってきた。そうか、そりを操るって事は犬に任せればいいんだ。下り坂の時にスットッパーを利かせ、上り坂の時は犬を助ければいい。後は、何もせず ただただ犬に委ねればいいんだ。すーっと肩の力が抜けて楽になった。不思議研究所の森田さんの本の中に、急流ではカヌーよりタイヤのように流れに身を任せる方が上手く進んでいく。そのことなんだと納得した。生き方もこうやって行けばいいんだな~となんとなく感覚的に理解できたように思えた。
2005年03月17日
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事故を起こしてしまって、自分が不注意だったとか、何とかと自分を責める気持ちは全くなかった。だた、「必要だったんだ~」と心の中で唱え続けた。すると、明日の仕事は休もう!2,3日後に約束している人と会うのは、止めよう!と二つのことがすぐに浮かんできた。それから、父がもう、そんなに付き添いに来なくていいよ~と私に伝えたいことも。次の日になって、3月中はヘルパーの仕事を休もう。う~ん、もう、辞めよう。そうだ!もう、終わったんだ。と発展していった。私の中では、もう終わってたんだ。と改めて気付いた。しばらく、ゆ~っくりしよう!体を痛めずに気付きたかったな~!というのが本心。でも、反省や原因追及する気はない。今に生きる私には、それは、過去を穿り出すことだから・・・・・。しかし、いまだ私の脳はシェイクされたまま、ぼわ~んぼわ~ん。元に戻ろうとしているようだ。
2005年03月16日
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私は、病院の前に立っていた。病院の名前は、ひかり病院。どうしてまたここへ来てるんだろう?家へは、どうして帰ればいいんだろう?どうしたらいいんだろう?どうしていいか分からない。どうしてこうしているのか分からない。時計を見ると8時はとうに過ぎていた。そうだ、私はバイクで転んでここに来たんだ。やっと思い出せた。病院の受付で、そのことを伝えた。すでに診察時間が過ぎているので時間外診察になるとの事を伝えられ、診察を待った。やたら、喉が渇いて自販機から水を買いどんどん飲んだ。とても喉が渇く。看護士さんからの事故がどういう状況だったかと言う質問にも「分かりません」と答えるしかなかった。お医者さんの質問にも???とにかくCTを撮ることになり別室へ移った。時間が経つにしたがって、自分で転んだ事を思い出してきた。その日、夕食と点滴を終え入院している父の病院(ひかり病院)を出たのは7時過ぎだった。そして出てすぐに私は、転んでしまったのだった。その一瞬に様々なことが浮かんできた。フラッシュバックのように。そのとき、本で読んだように、本当にこう言うことが起こるんだ!でも、画面は暗いし、私の今までの生涯全てではないからこのまま死なないんだ。そして、記憶が途切れた。道路の上に横たわる私を脇へ連れて行ってくれた男性の声で、私の記憶は戻ってきた。体中が痛み、頭もぼんやりし、そのままその場にうずくまって動くことは出来なかった。ヘルメットも飛んで、めがねも飛んで、バイクのミラーは、両方粉々だった。その人は、病院へ行くことを強く強く私に勧めた。私は、家に帰りたかった。頭を強く打ってるから、絶対に病院へ行ったほうがよいと。すぐ前やから。頼むから行ったほうがいいと。それで、私は、この病院へ戻って来たのだった。幸いCTでは、異常がなかった。後頭部を強く打った衝撃で前に脳が動き前にもこぶが出来ていること。脳の全面が少し隙間が出来ていること等。24時間以内の注意書きをもらい、私は自力で家に帰った。家に帰ると痛みで眠れなかった。バイクから地面の落ちる間に様々のことを思い出したが、覚えていたのは父が家に連れて帰ってという言葉とその日お昼友達の会話の必要だった!という二つの言葉だけだった。何の気付きの為にこの事故が必要だったのだろうか??
2005年03月15日
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森の中にある木で作られた建物に着いたのは11時ごろだった。5~60人ぐらいの人が入れるほど中はとても広かった。真ん中にレンガで出来た暖炉のような火を燃やしそこで調理できる場所があった。そこを囲むように木で出来たテーブルがに置かれていた。2mぐらいの身長で長髪のインストラクターのお兄さんは、また彼も全く紙を使うことなく削った木を利用するだけで上手に薪を燃やしていった。そこにすすで真っ黒になったやかんを架けお湯を沸かしてくれた。私たちは、防寒服の上半身を脱ぎ、ぬれた手袋や帽子をなるべく火の近くに置いて乾かすように暖めるようにした。建物の中に入るだけで、風がさえぎられ暖かいように感じられたが火が燃え始めるとなおいっそう心がホッとして、体の中から暖かさを感じることができた。火を見る機会が、子どもの時に比べだんだん減っている私だった。これらのラップランドの火を見つめていると自分の奥の深い内面から和むことが出来た。彼は、昨日も飲んだのと多分同じだと思うが、熱いベリーのお茶を用意してくれた。甘くってちょっとすっぱく、冷えた体にはなんともいえないほどおいしい。それから、黙々とスープを作っていた。このスープはヘラジカのスープ。狩で獲ったそうだ。生まれて初めて口にするヘラジカは、細かく切られてシチュー用の牛肉ような味だった。陶器のスープ皿に入ったスープの味は、少し塩が利いていたが暖かくおいしかった。そしてその暖かさは、体だけでなく心も暖かくしてくれるように思えた。ここで使われた食器は陶器で、スプーンも金属製で昨夜のオーローラナイトサファリもそうだ。使い捨てではない。環境のことを考えるフィンランド。さすがだな~と思った。この建物は、犬ぞりのツアーの時にだけ使用するそうだ。彼は、半年は犬ぞりのインストラクターをして後は木彫りなどのクラフト作りをしているそうだ。食後にお茶を頂いて、エネルギーを蓄えることができた。犬達も、休憩でおとなしく繋がれたままになっていた。彼らは、本当に働く犬だ。日本でペットとして飼われている犬達とは大違い。頭をなでようとしても迷惑そうな顔をしていた。 それと、驚いたのは、ちょっとそりが遅いな~、バランスが崩れてるな~と思った時には、引きずられながらウンチをしている犬がいるときだった。マッシャー交代のわずかな停止時間におしっこをして、走りながら喉の渇きを満たすために道端の雪を食べる!わざわざ設けられたトイレの時間などない。そして、のぼり坂にさしかかると押してよ~ と言うように後ろを振り返る。妙に感心してしまった。
2005年03月14日
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メッセージは、やって来ました。ラップランドを愛すれば、ラップランドもあなたを愛しあなたの愛が広がってく。広がって広がって行く。ラップランドを受け入れれば、ラップランドもあなたを受け入れすべてがあなたを受け入れ、あなたもすべてを受け入れあなたは、広がって広がって行く。全てが愛する。木の一本一本雪の一粒一粒までもそれほど広がっていく、それを無限に受け取りそして広がって行く。そして、扉は開かれた。あなたは、扉を開いて入って行った。無限が広がり、心が広がる千年扉。悠久の時。そして、私のハートの扉が開いていくのがはっきりと感じられた。それは、地球の磁力の流れの絵のようにN極から流れ出た磁力線がS極へ入ってくる点線のように・・・・。私のハートから出て、広がって広がってどこまでも行って、また私のハートへ戻ってくるそんな感覚だった。そして、思った。これって「イカみたい」だと。イカと言うのは、烏賊のこと。海でとれるあのイカ。イカは、皮をむくのは大変だが皮をむくと真っ白にぷりぷり身になる。内臓も出すのは大変だが、全部出すと真っ白でぷりぷりしている。そうすると、中も外も同じ様になっている。筒型のイカをくるりとひっくり返しても、まったくどちらだか見分けがつかない。つまり、中も外も同じだ!中にあるものは、外にもあると。またその逆も。その感覚が、はっきりと体感できた。
2005年03月13日
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父の付き添いの為に病院へ毎日のように行っている私は本を持っていっている。選択は、本棚の中で目に付いたもの。だから、以前に1度は読んだ事のある本ばかり。今日は、「聖なる知恵の言葉」。ページをぱっと開くと、美しい知恵の言葉に出会えるようになっている。本の帯には、心を静め、ぱっとページを開いてください。開いたページに「あなたの問題」に対する答えが書かれています。とある。ずーっと読んでいくと、なるほどな~!!そうやんか~!!とうなずくことばかり。その本の中で特に心に残っているのは、「人は、起こることにによって 心が乱されるのではなく、 起こることを どう考えるかによって、 心が乱れるのだ。」 ---エピクテタスーーー物事に良し、悪しはなくそれをどう捉えるか。同じことをより分かりやすく伝えてくれているように思う。
2005年03月12日
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そりに立つと視界が広がっていく。先ほどは、犬のお尻しか見えなかったが、7頭の犬を全体的に見る事が出来た。犬とそりの間の綱がたるんだらブレーキをカーブした道を走る時には、体重をを片方へ移動して曲がっていく。坂では、そりを押し、犬達を助ける。ただそれだけの操作すればいい。犬達は、観光客相手に慣れており、知っている道を進んで行く。坂にさしかかると押してくれ!言わんばかり振り返る。そのときは、片足をキックする ように地面を蹴る作業をしばらくする。道を知った犬達に運んでもらっているのだけれど、まるで自分がこの雪に覆われた道を切り開き進んでいるような気分になる。全てが私の判断に両腕にまかされているような・・・。そりの音と風の音。そして犬達の吐く白い息。犬という生き物の助けを借りてながら、 私たちは進んで行く。そして、共にラップランドの森の中を進んでいく。不思議な一体感が生まれてくる。そこに幸福感さえ感じることが出来た。昔、こうやって犬ぞりで北の大地を旅した人たちも同じ様な気持ちを味わったのかもしれない。そんな想いも私の中には、浮かんできた。座っている時に比べ高い位置から周りを見るマッシャーは、スピード感がさらにアップ する。しかし、スローモーションのように妙にゆっくりと感じられるときもあって、不思議な感覚だった。体は、動かしているからか熱いぐらいになってくる。しかし、風が吹いてくると、それをまともに受け目を開けられない程の時もある。アイスバーンの下り坂でカーブになった所を曲がる時、とても緊張した。そりは、がたがたと 揺れ、ジャンプし、進んで行く。スピードは思った以上に速くて犬達との綱もゆるんでく。平らな所へ出て、ほっとした。そこを乗り越えられたことでちょっぴり自信もついた。 また、しばらくすると交替になり、私はそりに座った。マッシャーもとても楽しくずーっと 続けていたいな~と思った。しかし、メッセージの続きも知りたい!どちらも凄く充実 している。その細い枝先まで粉砂糖をまぶすように凍った雪に覆われている森の中の木々を見ているだけでも飽きることはない。これらの木々の一本一本に木の精霊が留まっていて、そりの私たちを見守ってくれているように思えた。心の中で、「この森へ招いてくださって、ありがとう!」と感謝を伝えた。そして、そりに乗っていると、昔こんな風にそりに乗っていた女性だったことも思い出 した。
2005年03月11日
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Aさんは、この旅の数日前にTVで犬ぞりの様子を見る機会があったそうだ。だから、少しでも長い距離を体験したいという思いがあった。寒いのが苦手な私は、時間の短い体験サファリにしようかロングサファリにしようかまだ、決めていなかった。でも、彼女の意思に従い、すごく満足した。こんな何気いTVからの情報もアンテナを張って心を真っ直ぐにしておけば自分への何らかのメッセージだと言う事を感じ取ることが出来る。そして、それに素直に従っていけば、自然に道が開け前へと進んで行く。星野道夫さんを知った「ガイヤシンフォニー3」にが出ていたメアリー-・シールズは 絵本作家であり、最も過酷な犬ぞりレースを完走した女性だった。彼女のところに星野さんが訪ねてきて、犬ぞりを操るのに夢中になっていた様子を映画の中で語るくだりがあった。彼は、手袋なしに1時間近くも凍傷になる寸前まで犬ぞりから離れようとしなかったそうだった。そして、メアリーが犬ぞりを操っている様子も。そりのスピード感。雪に覆われた森を大地をそんな厳しい自然の中を生き物と一体になって進んでいく充実感がみなぎっている映像だった。それを見て、いつかは絶対に犬ぞりに乗ってみたい!操ってみたい!と思った。それが、今まさに現実のものとなる!!奥から湧き上がるような、うれしさ!喜び!私の顔からは自然に笑みが浮かんでくる。 途中で交替して犬ぞりを操るマッシャーをいよいよ体験することになった。
2005年03月10日
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たとえどんなことでも、物事は自分の為以外にすることは何一つとしてない。そう私は、断言できる。例えば、世間体を気にするのも自分が周りからよく思われたいと言う自分の為。親の言うとおりするのもよく思われたい自分の為。心配だって自分が心配なだけ・・・。と言うように。父が、また肺炎を起こし5日に入院した。7日に会いに行って、この数日前に退院した時の姿が嘘のように父は弱っていた。今日お医者さんから状況を聞いた。今回は嚥下肺炎との事。2週間以上は入院が必要との事。私は、父の病院に自分のできる範囲で付き添いに行こうと思っているし行っている。前回の時には、痴呆で徘徊の父を邪魔者のように、早く出て行って欲しいというような 扱いだった。24時間家族で見て欲しい!!なんていわれても無理に決まっている。だから、特養の方へ帰してもらった。そして、またすぐに入院。何なんだ~!!と思ってしまう。そして、明らかに弱っている。すると、入院の長期化を匂わす。そんなら、最初の時からチャーント出来ることだけさせてもらうから、もう少し・・・と言って欲しかった。今は、姉と義姉、私で無理のない様にローテーションを組んでいる。父親の世話をするのは娘なんだから当然。世間ではそう思ってる。でも、私は絶対にそうは思いたくない!!世間のために世話に言ってるんじゃぁない。これも私自身のために行っているんだ。前世療法を受けて父との心のわだかまりがなくなり、どんなことを言われても父は、愛から・・・と分かる今は、好きな父に逢いに行くために。残り少ない人生の彼に逢いたいから。そして、とても気の合う義姉の助けに。ありがとうと言ってもらうととてもよかった~。 と思う私のために。満足感の為に。そう意識付けている。するとすべてが違ってくる。違って回っていく!「自分の為に」全てそこにフォーカスすると気持ちが変化する。確実に。何事もそう。 これは、大きなヒント!
2005年03月09日
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いつもなら、最初にマッシャーを体験したい!と思う私だが、昨夜のメッセージの続きが聞きたくて、そりに乗るほうにした。犬を操るともまでは行かなくっても、運転に意識を向けるより、ちょっとぼ~っとして景色を眺めているほうが、メッセージがやって来るのが分かりやすいように思えた。防寒服の上にダウンを着てトナカイの毛皮の敷物を半分は下に残りは足が覆われるようにしてそりに乗り込んだ。低い目線のそりに乗ると世界の展開がまた違って見えている。スピード感もはらはら物でジェットコースターが大好きな私 にはとっても気に入った。天気の悪いこの日は、とても寒かった!顔が凍傷になったらどうしよう!それほど顔に吹き付ける風は、ほほを切るように冷たかった。鼻水も出てくる。Aさんのマッシャーぶりも最初はスピードがなくって物足りなかったが、だんだん板に付いて来た。雪の森の木々の中を走っていく。よくここまでやって来たな~と。私ってすごいかも。初めて体験する走るそりの低い所から見る森の美しさ!満足!どこを見ても絵になる。雪の中きらきらと輝いている。カメラを向ける。2~3枚撮ると手がじんじんで痛くなってくる。すぐに、カイロ入りのバッグにカメラをしまう。 寒さでかじかんだ手も手袋の中にねじ込む。本当にあわただしい。だって、本当に寒いんだも~ん!それに、私って寒いのが好きじゃぁないんだ。そりに乗って進んで行くと昨日のメッセージが再びやって来た。「ラップランドに一歩踏み込めば、あなたは一つずつ幸せになる。あなたが幸せになると私達も幸せになる。私達が幸せになると皆、幸せになる。」「ラップランドを愛すれば、あなたに一つずつ愛が広がる。あなたに愛が広がれば私達にも愛が広がる。私達に愛が広がると皆に愛が広がる。」繰り返し繰り返し聞こえてきた。そして、「ラップランドを受け入れれば、ラップランドもあなたを受け入れる。すべてがあなたを受け入れ、あなたも全てを受け入れる」と広がって行った。
2005年03月08日
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ホテルへ帰ると12時を過ぎていた。デジカメで写真を撮っていた人の見せてもらったオーロラは、色も鮮やかでまさに絵葉書のオーロラだった。これと同じものが私の記憶の中にも刻まれている。そのことが、確認できとてもうれしかった。Aさんは、時計を持っていなかった。部屋には、テレビにデジタルの時計が付いているので時間が分かったが、操作を誤ってその時計が変になってしまったそうだ。私は、目覚まし時計と腕時計を持っていたが、私から彼女にどちらかを貸そうとはあえて言わなかった。もし、彼女が、そう言えば快く腕時計を使ってもらっていたはずだ。なぜかと言うと彼女がそれを伝えてこそ使ってもらう意味があり、私が配慮して申し出たとしても、彼女のためにはならないからだ。そこで、私が電話をして起こすことを提案した。だが、それも彼女にストレスを与えたようだった。次の朝とお昼からの約束の時間に電話をかけても繋がらず、彼女の部屋をノックしてやっと時間に間に合った。そうだ、彼女も大人なんだから自分で何とか時間を管理してもらおう!そう気付くことが出来た。それ以降彼女は、ちゃーんと待ち合わせ時間に遅れずに、時間を管理してやって来た。う~ん。電話するというのも私のお節介だったんだ。と納得。17日は、朝から雪がっ降っていた。今日は、とても楽しみにしていた犬ぞりロングサファリの日だ。天気が悪いのでとても寒い!と言うことで防寒服と普段着ているダウンを持ってそりに乗ることにした。もちろん、足にもホッカイロ。腰にもホッカイロ。 森の散策でデジカメが凍った経験から、バッグにも2つカイロを入れておいた。犬ぞりの操作は、ブレーキのかけ方ととカーブでの体重移動がメインだ。なぜなら、犬達は、インストラクターのお兄さんの指示に従って走っているから。犬ぞりサファリの参加者は、私たちだけだった。他のそりを気にせずに走れる。私たちだけが、そりに乗って道を開いて行く。なんて、贅沢!!7頭の犬達が私たちのそりを引っ張る。昨日のトニーさんによく似たインストラクターのお兄さんは、スノー モービルでそりの横や前を走りながら、犬に指示を与えていた。最初、マッシャーのAさんをなめてまじめに走ろうとしない犬達はよく叱られていた。
2005年03月07日
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昨日、今日と2日間京都でエンジェルハーモニーフェがありました。私の出店としての参加は、去年の12月と2回目です。クライアント、同じ様にブースを出している方々との出会いのが、とてもとても楽しみな2日間です。スルチュアル系の人やそれに興味のあるたくさんの人たちに凝縮されたように出会える喜びがあるからです。ヒプノセラヒストとレイキティチャーの私は、ヒプノとヒーリングをメインに活動していますが、ここでは、前世をリーディングしてその人に必要なアドヴァイスを前世のその方から私が貰ってくる事が主でした。どんな方法であっても、クライアントの方が、私の言葉で気付く、納得する、それがあればとてもうれしい20分間です。気付けば、そこからすべてが開かれ始まります。その場に私がいて、その手助けが出来るそれだけで充分です。感謝しかありません。それと、出店の気のあう人とまた会える。初めて出合った方でも学びのある出会い。それもなかなかないことです。主催しておられるまりさんがまたまたとても素敵です。みなさん本当にありがとう!!充実した時を過ごせました。
2005年03月06日
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コタの火で沸かした熱いお茶を頂くと口からお茶の暖かさが体全体へと広がっていく。ラップランド、この北の地で育った木の命を火という形で、ベリーの命をお茶として頂く。それらの命から伝わる暖かさには、寒さをも忘れさせる。ベリーのお茶の甘さも程よい。森の中でも開けた場所にあるコタの周りには、木もまばらで半分の月が輝いていた。まだ、9時前だと言うのに南の空にはもうオーロラが出始めた。筋のように横に広がるオーロラは形を素早く変えていく。それまで、オーロラは北の空にしか出ないのかと思っていた。それから、真上から花火のように広がりながら姿を変えていくコロナというオーロラ。北の空には、カーテンが風にたなびくようにひらひらしているもの。ワラビかぜんまいのように渦巻きになったもの等、様々なこの世のものと思えぬオーロラの舞にに出会えた。オーロラに会うにあたって、カメラは持ってこなかった。三脚がないと無理だし、カメラのレンズ越しに見つめるより、カメラに捕らえることに意識が向かうより自分自身の真から、心の奥からオーロラと向かい合いたかったから。極寒の雪原にトナカイの毛皮を敷いて、大の字に寝転びオーロラを眺め、見つめ、向き合う。とても静かだ。深い呼吸をしていくと気持ちがどんどん穏やかになっていく。ここに存在するだけで穏やかに心豊かになってくる。ふと、この大地にある物はすべて私の中にあるんだ~と素直に思えた。私をここに導き招いてくださった上にこのような素晴らしい歓迎をしてくださったこの地の神様たちに精霊たちにただただ感謝。その気持ちが沸きだし一杯になってきた。自然の作り出す、この精妙で神秘的な美しさの中に浸りきっていた。気温は、マイナス30度以下には違いなかった。まつげも凍っていた。ホテルへ帰る直前の11時半ぐらいまで、私たちは様々に形を変えるオーロラを飽きることなく見続けていた。参加したどの人の表情からも、素晴らしいものに出会えた喜びと満足感、恍惚感があふれ出ていた。
2005年03月05日
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その夜、私達はオーロラナイトサファリに参加するために歩いて10分ほどのリエコンナにあるノルディックジャパンへ8時に訪れた。今日は、絶対オーロラに会える!!ナイトサファリへ行くのは今夜しかない!私には確信があった。それは、昨日の夜のメッセンジャーの会話からだった。今年は、天気が悪く2月に入って14日が一番オーロラがきれいにまともに見えたと言うことや昨夜(15日)も何とか見えたから・・・。天候を見てからでないと・・・決定かどうか、夕方に決めるので・・・とちょっと煮え 切らないノルディックジャパンの人に森の散策へ出発する前にAさんが申し込んでおいてくれた。夜の森はとても寒いと言うことで、厚着に厚着。案内してくれる現地のガイドのトニーさんは、オーロラの写真家でもあった。出発前に写真の撮り方の説明と彼のスライド作品を見せてもらいいよいよ出発だ。ホテルから少し離れた所に彼のスノーモービルがあった。そこまで歩くのも思うように 足が運ばず、ペンギンのようによちよち歩き。参加者は、6名。彼と通訳としてノルディ ックジャパンの女性スタッフが一人。計10名。スノーモービルの後ろの2人乗りのそりが繋がれ、それぞれのそりにはトナカイの毛皮が敷かれいた。夜の森は、お昼よりもっと静かで深くより澄んでいた。だんだんと森の奥に進ん行く。風は、鼻がちぎれる、凍傷になるんじゃ?と思えるほどだった。体感的には、厳しい!でも心の中は、また、森へ行ける。そのうれしさで一杯だった。 しばらく進んでいくと、メッセージがやって来た。「ラップランドに一歩踏み込めば、あなたは一つずつ幸せになる。あなたが幸せになると私達も幸せになる。私達が幸せになると皆、幸せになる。」何度も何度も同じ言葉が私の胸に響いてくる。あ~!!そうなんだ。一人が幸せになりそれに気付いていくことが、大切なんだ。コタ(テントのようなもの)に着くとトニーは、火を熾してくれた。紙を一切使わず、木の表面を薄く削り、そこから火をつけ火を大きくしていく。木には、よく燃える物とそうでない物があり、まずそれを見極めてから作業にかかるそうだ。彼もナイフを借り火を囲み輪になったみんなが順番に木を削る作業をしてみた。彼がすると簡単そうだったが、いざ削るとなると彼のように薄くきれいに木を削ることはなかなか出来なかった。火が燃えているだけで、暖かく、ほっとして安心できる。寒い外からコタへ戻るとそこに火があるだけで有難く、心から感謝できる。私たちの日常では忘れてしまっていた火に対する感覚を思い出させてくれたコタの中の火だった。
2005年03月04日
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私は、原付のラッピーに乗って病院へ急いだ。ラッピーに乗るときは、いつも事故も警官に捕まることもなく安全にちょうどいい時に 着きますように!!と設定してから乗っている。(年末に白バイに捕まってから、警官に・・・の文言も取り入れている。あはは!)その日も、そうだった。三叉路の交差点の信号が、青になって走り出した時、突っ込んで来た高校生の自転車とぶつかってしまった。高校生は、急いで逃げて行った。かごが凹んだぐらいだ~。とそのときは思っていた。それより、以前のようにぶつかって胸がばこばこ、今にも心臓が飛び出して来そうなほ ど気が動転して、もう運転なんかできない~!!そんな風には、全くならない自分を確認できた。もちろん、高校生に対する怒りなんか、まったくない!!だって、この状況を引き寄せているのは誰でもない私自身なんだから・・・。究極に言えば、私が高校生にぶつかって!!そこから何か教えてください。とお願いして事故が起こってもらったんだから。そして、ず~っとこの事故の意味するものは一体なんだろう??と考えながら走った。 とにかく、スピードを出さない!!それが直感的にやって来た。ラッピーは、60kmぐらいは出すことが出来るし、病院へ向かう道は大型のトラックが 多く、走る車もなんか波動悪そう!!って思える車が結構いるし。病院から帰るとき、スピードメーターが壊れていた。やっぱり、スピードを出すな!って 事だったんだと納得できた。スピードメーターは、以前も壊れたことがあるし、またかな?と思ってバイク屋さんへ行った。調べてもらうと、ぶつかったショックで、メーターの線が切れてしまっていた。修理のためバイクを預けた。2時間ほどして家から歩いてバイクを引き取りに行く時、 すれ違った車のナンバーは「9999」だった。「9」は私にとって大切な数字。「999」は3つのレベルの完了の象徴。
2005年03月03日
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知らせのメールが届いていたのは、昨日の2時過ぎだっただろうか?それを知ったのは、4時前に次の仕事へ向かうときだった。父は、肺炎になり特養から病院へ入院したと言う。27日の日曜日に父を訪ねた時は、少し鼻水をたらしてはいたが元気そうだった。驚くよりも、どうしてなんだろう?と思ってしまった。痴呆の進んだ彼は、肺炎と言う状況の訳もわかるはずがない。点滴の針を痛がって、勝手に抜いてしまったり、とにかく手こずっているようだった。食事の時と、10時と夕方6時の点滴の時は付き添うが必要ということで姉が、8時の朝食時に。私が10時の点滴とお昼に。義姉が夕方という事でひとまず落ち着き今日を迎えた。介護の必要な老人がいる場合、一人の負担とならないよう皆でシェアするのが長続きの秘訣だ。10時に行けばよいとゆっくりしていると姉から電話で「靴がない!それでとても不機嫌だから、とにかく靴を持って来て欲しい。とにかく早く来て!」「よく捜してみた?」しばらくして「ベッドのお布団の中にあった。」姉は、一人で父の施設を訪問したこともなく、まして家に居たときにも日常の世話をしたこともない。だから、考えもつかない行動をする父にすっかり参っているようだった。でも、父はこういう病気でこれが現実なのだ。よくなることは決してない。9時過ぎに病院へ到着。父は、うろうろしたそうだった。姉はなだめ疲れたようだった。 何を言っているのか、まず分からないことで苛立ちを隠せないようだ。「何言ってるか分かる?」と私に聞く。「想像で返事しとく。それで、いいと思う。」と答えた。朝食は、袋入りのバターロールで、袋を破るのも手助けが要ったそうだ。そのパンも全部は食べずに落としてしまい、私が行ったときには空腹のため朝食を食べたことも忘れていた。そこへ婦長さんがやって来て、睡眠薬が全く効かず、夜眠らず徘徊し、ナース室の書類 を触ったり、他の病室へ行ったり昨夜大変だったことを伝えた。そして、家族に24時間付き添って欲しいと。私たちにはそれは、出来ない。数値的には問題があるが、担当医の許可を貰い施設へ戻してもいいかと。痴呆の人は、暮らしている状況の変化について行けない。特養の施設に慣れた父もそちらの生活を望んでいると言うかそちらの世界に戻りたいようだった。10時の点滴は、おとなしく無事に済み、睡眠もとりすっかり元気になっていた。体温も平熱。2時前に施設の方が迎えに来てくれた。そして父は機嫌よく車椅子に乗って施設へと帰っていった。姉も母もとても疲れきっていた。批判ばかりしている姉は、実際に係わって大変さを分かってくれただろうか?私は、姉に「みんなで順番に係われて良かったね。」と言っていた。ほぼ1日半のこの入院、どんな意味があるんだろう??私が父の潜在意識に何かを働きかけたのだろうか??
2005年03月02日
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入り口に氷の雷鳥の彫刻のあるホテル・キエッピは、サーリセルカの中心に位置するホテルで、平屋で内装は木作りでいくつかの棟からなり、私たちが泊まったのは6棟だった。こじんまりとしたロビーでは、暖炉の火がいつも赤々と燃え、冷たい外から帰って来たときそれを目にするだけで、ほっとする暖かさを感じさせてくれた。16日は朝から、お天気は良かった。いよいよ午後からスノーシューズ森の散策へ。Aさんは、早起きして散歩をしてきたそうだ。朝食を食べる時、今日いよいよラップランドの森に歩いて行けるんだ!!と思うだけで心がうきうきしてくる。森の散策は、2時からなので町をぶらついたり、ツアーを主催しているラップランドサファリの下見に行ったりした。サーリセルカは、フィンランド最北の通年型リゾート地だ。端から端まで歩いても20分 ほどの小さく分かりやすい町だった。主だった建物やツアー会社は、中央のサーリセランティ通りにある。私たちは、集合時間の15分前に到着して、防寒服へと着替えた。散策は、歩くのでそれほど厚着をしなくていいとの事だった。それでも、下は、厚手のタイツ、コールテンのパンツ、スノボー用のオーバーパンツ。上は、シャツ、アンダーシャツ、フリース。その上に、防寒服。靴下は3枚、防寒靴。手袋も3枚。まるで着ぐるみ状態だ!歩くのもよちよちといった感じ。防寒靴の上から、スノーシューズを着けてストックを持っていざ出発。人数は6名+インストラクター。森を目指して歩いていく。森に入ると私たちの足音だけが耳に入る。それほど、静かだ。雪の上には、ウサギや狐などの足跡だけがついている。そこを雪を踏みしめながら、ただただ歩いて行く。この大自然の中を目的もなく楽しむためだけに歩く幸せ。動物の足跡。ウサギにかじられた木。雪の重みでしなったり折れたりした木々。この森を守る存在が私達を迎え入れてくれたことに感謝がわいてきた。一歩一歩、ここを歩ける。それだけで充分!そんな気持ちにもなった。途中に飲んだホットベリー ジュースの甘さと暖かさが、胃袋に染渡った。気温は、マイナス17度だった。デジカメも凍って写らなくった。2時間ほどの森の散策にとても満足し、集合場所へ帰るときはっきりと波動が変化する 境目を感じることが出来た。神社の鳥居をくぐる時に気が変わるような所を。ここから、精霊たちと人間達の住む世界が分かれているんだな~そう思った。これほどの寒さでも それが体験できあふれ出るような感激を覚えた。旅が始まってしばらくしてAさんから、私が4月にイタリアへ行くので、その助けとしてオプショナルツアーのお金を払ってくれる。といってくれたとき私には驚きと抵抗があった。お金を出してもらうのが申し訳ないように思えた。お金を出してもらえたら有難いが、そんなにしてもいいんだろうか?正直とても悩んでいた。しかし、この「スノーシューズ・森の散策」のツアーの後で、「あーセッション代として、頂いたらいいんだ~!これは、天のサポートなんだ!このことは、私へのお金のワークの一つなんだ。」と気付くことが出来、すーっとハートに落ち納得できた。そして抵抗もなくなった。
2005年03月01日
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