2026
2025
2024
2023
2022
2021
2020
2019
2018
2017
2016
2015
2014
2013
全12件 (12件中 1-12件目)
1
今日は、父が亡くなって2週間。二七日の日です。 朝から実家にお坊さんがお参りに来られるので、目覚まし時計をセットして 眠りました。 明日の集合時間が、8時25分と早いので今日から関空へ前泊します。 昨日、旅行社の方から電話でとても寒く、もう秋の用意で!と言われました。 あわてて、荷物を作り直したりあれもこれもで落ち着かない気持ちでベッド へ横になりましたが、なかなか眠れず、それを察してか???猫たちが 夜中に運動会。走り回り大変でした! 実家のほうでは、無事にお参りも済み、来年の1回忌の日程まで決めました。 父は、お盆に亡くなっているので早めに決めておかないとお寺さんも忙しい 日程だからです。 次に皆で集まるのは35日です。 その時、どんなことをするのか嫁ぎ先の両親を見送っている姉に教えてもらい ながら料理を決めたり、呼ぶ人を決めたり・・・。直接電話などをして私が係る 訳ではありませんが、それようの表をつくったりいろいろすることがあります。 人が亡くなると、それだけではなく後に残ったものは事務的な処理をこなして 行かなければならないのですが、それも結構大変です。 みんな知らないことばかりなので、協力しながらしています。
2005年08月24日
コメント(0)
25日から念願のアイルランドへ行ってきます。7月の予定を1度キャンセルして今回再度この旅に臨みます。父には、とにかく8月までは生きていて欲しいと言う願いが皆にありました。とても可愛がっていた孫(私には、姪)の試験が8月1日まであったからです。その8月1日を過ぎると急に心の声が(アイルランド!どうするの?今しかないよ~!)と話しかけてきます。ぱっとひらめいて、JTBへ電話するとやはり思ったとおり「ツアー成立のめどが全くない」とのこと。そう思ったのは、前回アイルランドへ行こうとしていたツアーはJTB主催だったので未練があってキャンセルするときに8月、9月のツアーの様子を聞いていたからでした。すぐに阪急交通社へ電話すると、18日、25日の出発は確定しているとの事。新日本トラベルでは、22日出発が確定。でも、ここは成田出発。(帰りがしんどいし~。何か日がぴったりこない。などでちょっと躊躇)どちらの旅行社もやっぱり、9月はツアーが成立しないとの事。阪急交通社では10月にかろうじて何人か集まっているんでその前に集客の広告をするとのことでした。 10月では遅い!そう思います。そして、今回これを逃したら私にとってのアイルランド はとても遠くなり、行けなくなる事がわかります。行けなくなった事によって、私の中の何かの計画が大きく遅れてしまうか、わき道にそれてしまうように思えました。次へのプロセスが変わってしまうのです。その計画が、何なのかどうするればいいのか?そんなことは全く分かりませんし、知ろうと思っても出てきません。でも、なんとしても行かなければならない!それだけが私にははっきりと分かります。だから、申し込み最終日の8月4日に行くことを決める電話を旅行社へしました。今日は、荷造りをしています。短い旅なのです普段だったら簡単です。しかし、気温が日本と比べかなり低いように思えるので・・・ちょっと寒さ対策も必要かもしれません。丁度、8月25日から京橋で癒しフェスティバルがあって29日30日と参加する予定でした。主催者の「あすわ」代表秋山さんの、このフェスティバルへの取り組みに対する思いに 賛同して参加を決めたのですが、こんなことで不参加となり本当に申し訳なく思っています。興味のある方は、私のH・P、ナイア・パラダイスのBBSに詳しいことを載せていますので是非行ってみてください。
2005年08月22日
コメント(5)
3月14日、病院帰り私はバイクの事故で肉体的に結構ダメージと受けた。その時感じたことは、病院には来なくていいよ。もっとゆっくりと自分の為の時間を!そしてそれまでしていたヘルパーの仕事は、もうおしまいにしてもいいよ!って事だった。7月になって私にヘルペスが出てきた。最初は痒くって・・それがだんだん痛みが出てくるようになった。神経痛のようだと言われたけれど、その経験がないのでよくわからないけれど、突然ぴりぴりと痛みが走り、胃までも痛くなる。ヘルペスが原因で胃の痛みが起こっていると、わからないとき、どうしたんだろう?ストレスのない生活をしてるつもりなのに??胃が、おかしいんだろうか?と戸惑った。まだ、痒いだけのときは、7月なってからの異常な暑さ。毎日父のいる病院へ片道1時間以上も掛けて行くこと。それに伴う身内との係わりの多さ。そして、行きたかったアイルランドを諦めたこと。等が原因でヘルペスを起こしてしまっただと思っていた。しかし、痛みが出てくるにつれてこれは、体が痛みを感じることで私の心の奥の痛みを前もって現しているんでは?と思うようになってきた。いずれやって来るであろう父との別れの痛み。心は、悲しみによって自分では考えれないほど深く傷つくと言うことを私は経験から知っている。心の支えだった萬(ヨークシャ)が、亡くなったときは、その喪失感からくる深い深い悲しみから抜け出るのに7ヶ月近くの時間が必要だった。そして、ソウルメイトが亡くなったとき、感情を客観的に眺めるようになっていた私だったけれど、ハートは完全にブレイクしていた。何も感じず、何を感じることも自分に許さなかった。自分自身、表面では推し量れない悲しみ確実に在ることを見ようとしなかった。それらも私のハートを壊してしまってた。これを癒すには、たくさんの精霊たちの助けが必要だった。ぽっかりと穴の開いたように気持ち、張り詰めていた糸が、緩んでしまったようなだら~っとした時間を今は、過ごしている。でも、それを責めず自分に、供に係った人たちに優しく接していきたい!
2005年08月21日
コメント(0)
父は、3月から8月亡くなるまで入退院を繰り返していた。3月に肺炎で入院したときには、まだ足腰もしっかりしていて徘徊があったため病院の中を歩き回った。4月になって肋骨を骨折し、車椅子になりだんだんと歩けなくなってきた。6月17日からの最後の入院では、食事を取ることが出来なくなり、7月からは点滴だけで生き長らえてくれていた。3月からの続いていた父の介護を終え、今回の人生で父とこれほど密着した時間を持ったことはなかった。認知症になり、すべて分からなくなってこちらに身を委ねるようになってくれ、さらに頑固さや心配性などのマイナス思考がなくなり父本来の良いところだけが残ったことは、本当に有難いことだった。父は、認知症になってすべての顕在意識を捨て去り本当の自分の姿に戻れたのではないだろうか?そして、今までの人生の中で、これほど人に助けられることを許し、人を頼りにすることもなかったと思う。手を握るだけでも何かが通い合い、付き添いに行って父のために自分の時間を取られたとは思わなかった。行けば必ず、その係った時間に元気や愛情等の目に見えない力をたくさんくれているのをいつも感じることが出来た。「今夜が山です。ご家族は泊まってください。」と言わ何度か病院で夜を過ごしたこともあった。父は、5ヶ月余りをかけ段階的に衰えて行き、私たちそれぞれに覚悟を決める時間を与えてくれたように思う。息を引き取る時、家族は誰も間に合はなかったけれど、後悔はなかったし、母も姉も義姉も私も自分たちの出来る範囲で係った者たちはそれぞれに深い満足感を得ることができた。「本当にありがとう!いい時間を過ごさせてもらえました。」今も父に対する感謝の気持ちだけが続いている。そして、実家にある父の遺影を見ると、それだけで暖かい気持ちが私のハートへさざ波のように伝わてくる。
2005年08月18日
コメント(4)
2005年8月12日・ペルセウス座流星群が来ると知ったのは、まだ父が今回の 入院をする前、確か6月17日以前だったと思う。 12日に来るんだから見れるのは、11日の夜だな!忘れないように、早速、 カレンダーの11日と12日に印(☆)を付けた。だれでもそうだと思うけれど、 私も流れ星をチャンスがあれば会いたい!と思う。会えると、うれしいな~! 素敵だな~!とまっさらの心で思えるし、心の奥に何とも言えない喜びが池に 小石を投げ入れたときに出来る波紋のように、広がって行くのを感じることが 出来るから・・・。 その日(8/11)夕方、いつものように父の病院へと。横たわる父の表情は、 なんだか昨日とは違う。ぱっと見たとき、骸骨のような、もうこの世の人ではないようなそんな感じだった。7月になって点滴だけで生きている父。 だんだん命の火が消えていく。よくここまで頑張ってくれている。 いつものように手を握ると涙が急に出てきて、止まらなくなった。私の魂が 父の状況に反応しているようだ。ふと浮かんできたのは、もう暖かい父の手を 握るのは今日が最後だと言うこと。(明日12日の夕方は、義姉が来ることになっていたので) 次に私が、病室を訪れるときに暖かい手の父がいるとは思えなかったから。 それと3日ほど前から、いつも私の周りに漂ういい香り。イタリアのアッシジへ 行く前に漂って来た乳香のような香りが、今日の病室では消えてしまったから。 そして、帰りのバスの中でも、いつものような満たされた気持ちは沸いてこずに 夕暮れの空を見るだけで、ただそれだけで言いようのない寂しさが心を占めて来た。 病院からの帰りに、母のところへ寄り 「もう、長くないかも?お盆明けまでは持たないかも?」と話した。 何度も危ない状態を乗り越えてきた父だった。手足が浮腫み、点滴の針が入る所 もなく、痰が詰まり呼吸も酸素なしではすることが出来ない。そんな、苦しそう な様子から、もう開放してあげたいと思ってきた。充分みんなのために頑張って 来てくれた。実家の家族ともそう話していた。 寝る前に、ふと「お父さん!暖かい手を握らせてくれてありがとう!」と心の中で 思った私だった。 その夜、3時過ぎに電話が鳴った。1時過ぎに寝たばかりの私だったが、すぐに目覚めた。 やはり、父の状態が悪いとの電話だった。 私たちが、病院へ着いたのは3時20分ごろだった。父は、3時2分にすでに亡く なっていた。姉も3時5分頃に着き、誰も父の死に目に会う事は出来なかった。 3月からず~っと父と係れた私たちには、そのことでの後悔は全くなかった。苦しそうな表情は消え、顔は穏やかになっていた。 そして、その手を握るとまだ暖かかった。 もう、苦しまなくっていいんだよ。お父さん。 あなたと親子として今回の人生で会えて本当によかった!いい時間をありがとう。 この日、父は流星群と共に夜空へ逝ってしまった。
2005年08月15日
コメント(7)
ダイソンの掃除機が、先週から吸い込みが急に悪くなってしまった。3匹の猫の毛は、カーペットに張り付いたようになっていた。白い毛のランディと黒い毛のももことのり子。どんな色にも必ずどちらかの毛が目立つ。今までの掃除機では吸い込みの力不足のように思え、イツまでも吸引力が衰えないうえにサイクロンなので空気を汚さない!そのうたい文句についふらふら~。清水の舞台から飛び降りる気持ちで購入した。それが、突然ごみを吸わないようになってしまった。それは、それは大変なショック!だった。あの宣伝のうたい文句は、何なの~!!高かったのに~!!でも、すぐに電器屋さんへとは思わないのが私のいいところ。土曜日にイ・ビョンホンのTV番組があった。1部はと2部に分かれていて2部の放送が、0時だったのでまとめて両方とも録画しよう~♪じゃ~ん!楽しみ~。月曜日にビデオを見ると!な~んと1部の15分だけの録画。えっ~!!どうなってるの??とほほほ。でも、まだこのときは、私の操作ミスかな~?な~んて思ってた。ところが、昨日、江原さんの番組も録画しよう!まだ壊れてるなんて思えなくって予約した。やっぱり、撮れてない!壊れたんだ~!こんな風に電器製品が次々に、おかしくなるのは何か意味があること!それは、分かるけれど、それが何なのか分からないし、ちょっと痛手。自分の波動が、上がってくると電化製品の波動と不一致が生じ壊れることがあるそうだ。今日、思い立って5kg以上もある掃除機を旅行バッグに詰めて自転車の荷台にくくり付けて近所のミドリ電化へ。部屋からは、抱きかかええるようにして運び、途中坂道では自転車を押して、今日の暑さに汗をだらだらと流しながら。子供がいる人は、こんな風に必死になって病院へ連れて行ったりしてるんだろうな?プレハブで出来た修理部所へ行くとな~んとダイソンは、メーカーへ直連絡して下さいとのこと!いや~何のために苦労して!でも、きっと意味があるんだろうな?子供とまでは、いかなくても大切に思って電器屋さんへ運ぶ事に意味があるのかな?ついでに、ビデオも下見。DVDとHDDとハードが付いているものならなんと6万円近い。結構するんだ。値段よりTVもあんまり見ないのにこれって買ってもどうなんだろう。ちょっと、迷った。迷うときは、速やかに立ち去る。みずきさんの友達で、電化製品に詳しい友達がいてその人にどこのメーカーがいいか聞いてもらうことにした。それからでも遅くはないんだから・・・。 家へ帰り、すぐにダイソンの説明書を捜す。そうだ!メーカーに直で修理に出すとしても汚いのは申し訳ない。ヘッドも掃除してみよう。ふっと心に浮かんだ。ヘッドを開けた。びっくり!詰まってました。いっぱい。それを取り去るとばっちり!戻ってきました。あの吸引力。月曜日にみこさんに頭をヒーリングしてもらった。私の頭からもこんな詰まりがなくなっていますように!
2005年08月10日
コメント(4)
昨日、我が家に4人の方が来てくださいました。その中で顔を知ってるのは、みずきさんだけです。銀鷲さん、みこさん、surf-cyuさんは、初めてお会いする方々。みずきさんのブログへ行って、サーフィンして銀鷲さんがカイラス(チベットの聖山) へ行きたいということを知り、カイラスの写真を送りましょうか?とお伝えすると(私は、2002年にカイラスへ行ってきたので・・。)こちらへ来るということで、皆さんと一緒に来てくださったのです。初対面でも、ブログを読んでいるので「こういう人なのかな~?」と自分なりに知ることが出来ていて、全く気を使うことがありませんでした。ネパール~ラサの旅の写真やカイラスへ行ったときの写真をお見せしました。そして、楽しい時間は、あっという間に過ぎてしまいました。この出会いは、ネットのブログを通して成り立った出会いです。10年前には考えられないような出会いですね。3匹の猫たちは、全く出て来ませんでした。4人も訪ねてこられたこと。その中に男性がいたこと。が影響していたと思います。うちの猫は、宅配の人も好きではないのです。次回は、ハワイの写真をお見せしたいな~!!
2005年08月09日
コメント(6)
九ちゃんの日記にあった「天使のひきだし」って本がおもしろそうだったのですぐにアマゾンで注文しました。ついでに「Angel・魂の内なる天使たち」も注文しました。アマゾンで注文するとき、この本を買う方にはこんな本もお勧めです!とか、この本を買った方は、こんな本も買っています!と必ず他の本の紹介があり、それにつられて、れもこれもと欲しい本がで出来ます。今回もそういう風に紹介されたのでついつい買ってしまいました。「天使の引き出し」はいろんな天使をイラストや絵画、映画などから分かりやすいように教えてくれます。ページをめくるたびに「へ~!!」と驚いたり納得したりで見ていて飽きません。「Angel・魂の内なる天使たち」は、最初ぱらぱらと見て「ふ~ん」と思う程度。まぁいいか~!程度にしか思いませんでした。しかし、あることがあってちょっと私の心の安定がみだれてしまったときにこの本をぱらぱらとめくり読み流すだけで、不思議に落ち着いて来ます!それからは、なるべくぱらぱらと見るように、すぐに手に取れるようにとテーブルの上に飾るようにしています。今の時期のテーブルの上は、いろんなものが乗っています。ガラスの浮き玉とイルカとお水がいっぱいに入った直径15cmほどの水槽。この水は、ももこのお気に入りなので毎日換えています。それと蓮の花の造花の入ったガラスの花器。ラップランドの小皿、指差し、ガラスの鶏と龍を並べたお盆。どれを見ても楽しい気分になれるように。そこへこの本を加え安定した平常の心の状態を保てるようにと心掛けています。
2005年08月07日
コメント(2)
郵便局へ行って、びっくりしました。ヨン様とビョン様の切手シートの申し込み用紙があったのです。ヨン様の写真付切手は、10パターンのヨン様の写真が80円切手になって「豪華Box仕様!!」だそうで、なんと4,935円です!切手10枚に写真が付いて5000円近くするなんて!それに1回の申し込みが3冊まで。送料500円も付きます。裏にある「お支払い例」には、分かりやすいようにばっちりと金額が1冊・・・5,435円。2冊・・・10,370円。3冊・・・15,305円。裏を見ると切手シートの中にある応募シールを貼って手紙を出すとその中から抽選で20名にヨン様の直筆サイン入りの返事が届くそうです。これは、ちょっとファンの心をくすぐりますね~。ビョン様のほうは、もう少しお手ごろで(でも、高い!)3,150円。ビョン様ことイ・ビョンホンの方が好きなので、写真集やカレンダーを買ったりしてるので分かるんだけど、この切手のビョンホンは、写真集やカレンダーで見たことのあるビョンホンばかり。ビョンホンの切手シートには、申し込み制限が無く「お支払い例」には、1セット・・・3,650円~10セット・・32,000円まで書かれていました。すべて受注生産だそうです。そのためか、ヨン様の締め切りは、10月末。ビョン様は、9月16日です。ビョン様やヨン様の切手が貼られた手紙が着たら、とってもうれしいだろうとは思うけど、もし、買ったとしてもずーっと使わずにいるんだろうな~?とも思います。(買いませんが・・・)韓流にちゃーんと乗っかって、商売上手だな~ってほんとに感心しました。
2005年08月05日
コメント(0)
父は、「今晩が山です。ご家族は病院へ泊まってください。」という日を何回も乗り越え、今も生きてくれている。「普通だったら、とっくに亡くなっている。」と看護士さんたちも驚くほど!すごい生命力だ。学校へ通うころに父親を亡くし苦労してきた父。戦争も体験し、8月15日終戦記念日のテレビ放送に無言で、流した涙をそっと私たち家族に分からないように拭っていた。そのときに、どんなことがあったのかは、決して話すことは無かった。人一倍頑張りやさんで、年をとってからも人を頼ろうとはせずに自分で出来ることはすべて自分でやるようにしていた。本当に自分にも人にも厳しい人で、それをとても窮屈に思え反発もした。しかし、こうしてベッドで横たわる父の側に居ると今まで忘れてしまっていた子供のころに父と過ごした楽しい思い出が次々と浮かんでくる。小さいときに体が弱かった私を毎週日曜日の朝に遠くの方まで散歩に連れていってくれたこと。捻挫をして、歩き方が変になった私を歩道の石に沿って真っ直ぐに歩けるように見守ってくれたこと。まだまだ、・・・。父は、本当に愛してくれているんだな~!その思いが、今まで以上に伝わってくる。お父さん!本当にありがとう!もう、自力では動くことも出来ず、酸素マスクをして、血圧や心拍数を測る計器と繋がれている。敗血症を起こし手足が腫れ、熱で身体も熱い。病院へ行きさえすれば、いつでも、そこに居てくれ会う事が出来る。でも、もうじきこの腫れた手を持つことも、そのぬくもりを感じる事も出来なくなるんだと思うと少し哀しくなって胸が痛む。
2005年08月04日
コメント(2)
セラピストとして当たり前の事だと思うんだけれど、クライアントとして私のを訪ねて下さる方には、いずれ自立して欲しいと心から願っている。今の解決できない心の状況や、問題を一つ一つ乗り越えて行くとき(人生には必ず解決できる問題しかやって来ません!)私に「ありがとう。」と言ってくださることは、このうえもなく、とてもうれしいこと だけれどいつも私は、「解決しようと決心したあなたが素晴らしい。私はお手伝いをしただけ。」と伝える。私のところへ来て下さって、「心の葛藤が、問題が解決できたのは、あなたの本来の力です。そして、私を選んだのもあなた才能です。」とも伝える。まさに、そうなのです。自分で解決しようと強い決心をしたからこそです。行動を起こしセラピーを受けにやってきたのは、自分自身の力・能力以外の何物でもないのです。10回はセラピーが必要と自分のセルフに言われていたクライアントさんがいました。10回という数が出たとき、その人は「10回終わったら、いったいどうすればいいのですか?」と私にすがるように聞かれました。「大丈夫!10回で主だった問題が解決できほとんど来なくていい状況になるんですよ~。」と答えました。先日、まだ10回には及ばない回数のヒプノセラピーを受け終わったとき、その人は「もう、来なくていいですか?」と聞かれるまでになっていました。それを聞いて、とてもうれしく思いました。自分の力で歩いて行けるって分かったんだ10回と出ていても、本人の取り組む決意や周りの状況でそれ以下の回数でよくなる場合もあるのです。一人一人の方が、人に依存せず自分の足で歩けるようになって欲しい。それが私の願いです。
2005年08月03日
コメント(2)
父の病院から帰るの時に、夕方7時前後のバスに乗る。バスの席は、一番前が好きだ。バスに酔いやすいせいもあるけれど、そこからだと運転手さんと同じ目線で開放された景色を見ることができるから。夏至を過ぎた空は、夕焼け空や夕日が見えるときから変化してきて、少しずつ空に星が見えるようになっていている。その様子、だんだん日が暮れて行くのがとても寂びしくて寂しくてどうしようもなく思うときも以前にはあったが、そんな気持ちは、まったく浮かんでこない。何故なら、さっきまで病室で横にいた父親がバスの横にもずーっといてくれているようで心が満たされているから。2~3時間病院にいて、身体は疲れているけれど心はとても元気になっている。父にレイキをしてエネルギーをまわしている分、私は父から暖かいものを確かに頂いている。フィンランドへ行ったときに体験したようなハートから、愛が循環してるのを感じ、帰りの道のりでは、いつも心が満たされ幸せな気持ちを体験している。頑固な父がまだ元気だったころ、こんな風に手を握ることも無く、耳元で優しく話しかけるようなことも出来なかったけれど、今なら素直に何でも出来る。何度も「ご家族を呼んでください。」とお医者さんに言われた父。いつどうなるか、誰にも分からないけれど、「お父さん!生きたいだけ、生きてください!」
2005年08月01日
コメント(2)
全12件 (12件中 1-12件目)
1