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今回のニセコ行きは、お山に登りたい!そんな気持ちが急に沸きあがって来たから。それが、顕在意識の大きな理由。でも、深いところにはやはり過去世の解消があった。自分で言うのもなんだけど、去年の3月から7回もニセコへ行くのは普通ではない。いつも行きたい!と心の奥からこみ上げるような突き上げるような感情がやって来る。 それの正直に従っているだけだけれど・・・。わらしべ長者のように、起こることにただ流れて行くような・・・・。ニセコへ行く了解をマリカたちに得てから、その状況を思い出した。インディアンの時に、彼らの平和な村を白人達の手先となって焼き討ちしたことを。思い出してからは、訳が分かり心も落ち着いてきた。私が旅をする訳のほとんどが、過去世の解消のためなのだけれど、ニセコ行きについて 「過去世なんか解消してもきりがない。」と同じ時期に信頼する2人の人から言われた。ちょっと、以外でもありショックだった。過去世が自分で分からない人ならそれでいいだろう。でも、私には、はっきりと分かる。だから、それをそのままにはできない。そのために解消の旅にでる。 人それぞれでいいんでは、ないだろうか?私の旅が終わるのは、きっと解消する過去世が浮かんで来なくなったときなんだろう?
2005年05月31日
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うれしいことにニセコは、まだ春だった。春の花、桜、チューリップや連翹、木蓮も咲いていた。今年、春を体験するのは3度目です。(住んでる大阪、イタリア、ニセコ)いろんなお花が咲く春は、エネルギーが溢れている。友達の住んでいる「みんたらの森」の裏にある桜は、雪の重みで枝が折れていたがその折れた枝から満開の桜が咲いていた。命のけなげさ!生きてるんだな~!と、お~っ感動!!。庭先もちょっと足を延ばした所にも、蕗、こごみ、タラの芽、うど山菜がたくさん!宝の山。毎日、それらの山菜を食べたくさんパワーも頂き、大満足。ニセコへ行くと必ず食べに行くおいしいアイスクリーム屋さん「ミルク工房」へ行くと 新製品が・・。ミルクプリン!濃厚でどこにもない味で、とろけるような~おいしさ! シュークリームも、ロールケーキも最高!!最近、北海道のローカルTV「どさんこワイド」の取材があったそうでお客さんが増えたそうだ。それを聞いてうれしくなった!こんな美味しい物を一人でも多くの人が知って、食べれるんだから。今回のメインは、目国内岳へ近づくこと!無謀にも、登りたい!と思ったんだけど、5月の北海道のお山は雪に覆われて、登るなら冬山登山の覚悟とトレーニングがいるとのこと。バイクの事故で、トレーニングはとっても無理なので、とにかく近づくことを目標に!!みんなにサポートをお願いした。その日(26日)は、滞在中で一番お天気が良かった。道路は、冬の間閉鎖されていて26日開通予定だっだが、今年は例年になく雪が多く道路 も傷んでおり6月10日まで延期されてしまった。私たち4人は、ゲートのある新見温泉まで車で行き、そこから歩いてやく4km先にある新見峠を目指した。閉鎖された道路をゆっくりと景色を眺めながら歩く。空ちゃんとピリカは、道路のよこの雪の残っている林をうれしそうに駆けていく。途中のブレイクタイムでお茶を飲んだり、寝転んだり。アスファルトに寝転ぶと暖かく一瞬、眠りの世界へと意識が遠のくようで、とても気持ちが良かった。新見峠に到着しここまでかな~?と思っていると斉藤さんは、目国内岳の手前にあるやや低い前目国内岳まで、目指すと言う。もちろん雪の山を歩いて行くことになる。ここよりもっと先に進めてお山へ近づくことが出来るんだ!喜びがこみ上げてくる。そして自然と顔もほころぶ・・・。私は、何のトレーニングもしなかったけれど標高5000m以上のカイラス山をコルラしたり、ハワイ島のワイマヌ渓谷へ8時間近くかけてのトレッキングした経験が無駄にならず、大きな自信に繋がっている。だから、何とかなる。そう思っていた。スットックを使いながら、傾斜のある雪山を歩く。初めての体験にわくわくしてくる。まるで自分が有名な登山家になったような気分だ。しかし、マリカに借りた長靴は歩きにくかった!斉藤さんと良太さんのリードで、マリカも私も最後の前目国内岳頂上まで行くことが出来た。本当に感動!目の前に目国内岳が。青い空に雪の山。天空に近いここでコーヒー を飲み、幸せなひと時を過ごすことが出来た。帰りは、良太さんの持ってきてくれた2枚のお米の入っていたビニール袋をみんなで分けお尻にしいて残雪を尻すべりで滑り降りとっても楽しかった!バイク事故で以前骨折していた尾骨をまた痛めていが、もちろん楽しさの方が優先。奇跡的に病に効く薬師湯に入って、みんたらへ帰るとみんなとってもすっきりして、何かが軽くなってた。
2005年05月30日
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東京へは、ローズ・ローズトゥリーさんのオーラ・リーディングのワークを受けに行ってきました。オーラというのは、「色」として現れている以上のものがあり、赤色はこうで・・・。黄色は・・・。と色で単純に判断するものではないそうです。オーラを見るということはオーラから情報を得るための一手段にすぎず、オーラから「何を得て」「何を学ぶか」重要だそうです。友達の子どもは、オーラの色を見分けることが出来、会うとついつい「今、何色?」と聞いていましたが・・・。色は、その時々に変化していました。オーラ写真だって、そのとき何をイメージするかによって随分違います。以前ハワイをイメージして撮ってもらったら、いるかが写真にでてきてちょっとびっくりしたことがあります。当たり前のことですが、私たちの意識の状態がかなり影響していると思います。ずーっとワークから遠ざかってきていましたが、今年になって4月にエクトンをチャネリングするリチャード・ラビンさんの「チャネリング・トレーニング入門」を今回ローズ・ローズトゥリーさんのワークを続けて受けました。送られてきた雑誌の写真から何かピント来るものが有ったので受講しました。とにかく自分のことを自分で分かるようになりたい!それがいつも根底にあります。やはり、他の人に聞いて「う~ん。そうか~!」と思うより自分で分かるほうが納得できるし、自分の奥の深いところに入って行きやすいように思うからです。これは、ヒプノセラピーにも通じる所があります。私がクライアントをリーディングしても、占いと同じ様に捉える人が多く、それでは自分で分かったことにはなりにくいのです。自分で分かっていないと、自分のことでも自己責任を取るのが難しくなってきます。二人ともとても感じがよく全てに肯定的に捉え、どんな質問でも「いい質問ですね~。」と。次回、受講するかどうか?今は、まだ分かりません。また、そのときに考えればいいと思っています。
2005年05月28日
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20日に東京で、オステオパシーを受けてきました。3月にバイクの事故を起こしているので、背骨のずれや骨盤のズレがきっとあると思って。先生は、金曜日だけ池袋で治療をしています。まだ、30代か40代なのに言われることが仙人みたいで、全てが分かる不思議な方です。 前回、去年の11月に友達の紹介で治療していただき私にはとてもよく分かる説明をされ、納得し東京へ行く時は必ずこの先生の治療を受けようと決めていました。前回は、骨盤がずれている人は足を組む。だからなるべく足を組まないようにと教えていただきました。今回は、私が左足を組みたくなることは、すぐに分かって左の背中の筋肉の調整とチャクラの調整をしていただきました。チャクラの調整といっても足と手の小指だけを じーっと持っているだけで出来るそうです。約1時間あっと時間が経ちました。5番と6番のチャクラの一部が家の3匹の猫とそれぞれ繋がっていたそうです。??? 動物と繋がるってるのは、先生も初めてだそうです。もちろん切ってもらいました。人は、意識しないと呼吸さえも自分の呼吸を忘れてしまうそうです。症状がどうしてそうなったかとかは、どうでもいいそうです。先生は、明らかに前回よりパワーアップしていました。また3ヶ月ぐらいしたら行こう!強く決心しました。
2005年05月27日
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今日から、一週間留守にします。 メール等お返事できませ~ん。 よろしく!!
2005年05月20日
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帰り、ローマからハンブルグへ向う飛行機で隣に座ったアメリカ人の男性から帰国後メールが届いた。翻訳サイトを使ってメールの返事を出した。旅で偶然であった人とこんな風に繋がって行くのが、当たり前のようであり、また不思議でもある。人生は、人探しゲーム。どんな人に出会えるか、それが楽しい!<<イタリアで、頂いたメーッセージの一部>>開かれし者よ そなたにとわの喜びを与えるそなた選ばれし者よ それゆえ我らは与えん豊かさの全てを愛の全てを楽しさの全てを喜びの全てをそなた選びし者ゆえ 我らは与えん豊かさの全てを愛の全てを楽しさの全てを喜びの全てを我ら喜びの感に達すそなたこの地へ訪れし喜び大きく大きな出来事なり我ら久しく待ち望みしこと我らそなたの成長を心から祝福する 私を祝福してくれる鐘の音は、今も心の中に響き渡っている。この音を忘れずにいたい。いつまでも。
2005年05月19日
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さん・ピエトロ寺院も人でいっぱいだった。ガラスのケースの中のミケランジェロのピエタ も遠くから眺めるだけだった。寺院の大理石の床の模様も芸術、素晴らしかった。 ヴァチカン博物館は、本当に素晴らしかった!それに尽きる。 もっとゆくり、自分のペースで見学するためにもう一度是非訪れたい場所だ。 私の過去世で大教皇か法王の人生もあった、そのとき大きな飴玉のような赤い指輪を 人差し指にはめて人々に向ってバルコニーから手を振っていた。 そんな人生も、もっとゆっくり見学できたら詳しく思い出すことができたかも・・・。 時間が少なすぎる見学は、本当に残念だった。 システィーナ礼拝堂に入れなかったため、ローマの市内観光をしてくれることになった。 ラッキー!午後からの自由時間に回ろうと思っていたところをみんな連れて行ってくれた。 スペイン広場やトレビの泉。コロッセオまで。 さ~っと歩いて写真タイム。そんな感じ。スペイン広場やトレビの泉は、あんまり興味ないし 別にどうでもいいから、お付き合い程度に見れてま~ぁ、よかったかな? スペイン広場で解散して、いざ自由行動へ。一緒に行動した人は、12人だった。 タクシーに乗って、コロッセオへ。 イタリア旅行を決めた時、一番興味を惹かれたのがコロッセオをだった。とにかくここへ行きたい! 行けばきっと何かが分かる。そう思った。 そうです。分かりました。はっきりと!コロッセオに入場するや否や、ローマ市民の歓声が聞こえ て来た。その歓声は、私たちに向って。戦いの勝利を称える歓声! 市民に向って、晴れやかなそして、満面の笑みを浮かべ両手を挙げ凱旋の喜びを伝える私。 私は、自分の過去をもっと感じたかった。一緒に居る人達と離れて自分をもっと思い出すために 別行動をとった。3次元バリバリの人たちから見れば(私の姉も含め)勝手な行動と思うかも 知れないが、私にとっては自分のとの対話の時間のほうがそれらの人たちと適当な話をする より大切な時間だ!ずーっと一人でいてもいいくらいだ! 将軍だった私は、ここで市民を前に勝利の演説をし、皇帝からは勲章を授かった。 イタリアのガイドブックを買って、ローマの地図を見るようになってから、本当はフォロ・ロマーノが 目的地だと分かってきた。何故そうなのか?理由は、分からない。だけれどそうなのだった。 フォロ・ロマーノへ行って何が分かったわけでもないけれど。 この地は、古代ローマの中枢で紀元前6世紀には建設が始まっていたそうだ。そのころ、日本は? 比べようもない。そして、石造りだから今の姿をとどめている。 ここで、私たちは新法王決定の祝いの鐘を聞くことが出来た。その鐘は、6時7分ごろからやく20分 近く鳴り響いていた。 そのとき、それがそうだとは分からなかった、タクシーに乗ると運転手さんが「シー!」と言って指を 口に。そのときラジオから、新しい法王の名前が発表された。 9が、私の大切な数字。旅にでて9日目の19日にこの歴史的な発表があった。「う~ん。やっぱり。」 そうだと思ったゎ。でもこのことは、ここでは誰に言っても分かってもらえるわけはない。 こんな話が出来る人が、誰一人としていない旅は、しんどい。
2005年05月18日
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カプリ島へは、ナポリの港から約1時間かけ大きな船で行く。 そこから、中型の船に乗り換え洞窟前へ行きさらに小型の船に乗り換え 洞窟へと トライする。はっきりと決まっていない時には、1時間以上も船で待つと言う。 その日、カプリ島へ向う船は大きく揺れていた。波に合わせて浮かんだり沈んだり。 船の乗組員の人が客席の前立ちはき袋を配って歩いている。外を見ていないと 本当に危ない。隣のアメリカ人の夫婦の夫のほうが、吐いていた。人が吐くと な~んかうつりそうになる。ティシュを持ってないみたいだったので渡すととても 感謝された。アメリカ人は、ティシュを持たないんだ~! 何とか着いて、みんな足元がふらついていた。このまま帰りたい!と言う人もいた。 狭い道をマイクロバスで山へ登るケーブル乗り場へと進む。島なので道が狭く右を 見ると断崖絶壁!高所恐怖症の人はたまらんだろうなー! リフトに乗ってソラーロ山へ。リフトの下は、個人の家や畑があり、黙々と農作業を している人やちょっと趣味は違うけれど上から見る人の為にか綺麗に?飾られた庭 を見る事が出来た。さすが山の上で、かなり気温は低かった。青い海、青い空 遠くナポリのほう、ソレント半島や青の洞窟を上から見ることも出来き、絶景。 しかし、突然ガスっぽくなって来て美しい景色を白く覆ってしまった。 それほど高くないこの山でも、山は山。天気は、すぐに変化していく。 カプリの町は、白壁が多くおしゃれな雰囲気が全体に漂っている。さすがイタリアを代表 するリゾート地だ!お店も今まで行ったイタリアの他の場所の中で一番おしゃれで洗練さ れている!そりゃ、ブランド品のお店とは違うけれど、お客としての私たちは入りやすい し、日本人好みの物を扱っているお店が断トツ! 帰りの船では、もっとも酔いにくい揺れにくいと言われる後方の中央の席に。 何とか、無事にナポリの港へ着くことが出来た。 バスに乗り込みいよいよ、これから待ちに待ったローマへと。心は高鳴った。
2005年05月16日
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ここで暮らし、このモザイクの犬を見て育っていた小さな男の子だったんだ。多分、火山の噴火と共に亡くなっていると思う。そのせいか、日本へ帰る3日ほど前から顔全体に赤いぶつぶつが広がってきた。ここでの生活の意味は、まだ深く考えてはいない。他に思い出すことが多すぎたから。 2時間ほどの見学は、全てを見るのには少なすぎる時間だ。けれど、このモザイクの犬に今の私が会いに来れた。だた、それだけで私には、ここを訪れた価値があった。次は、めったにないナポリの市内観光に。バスから見るナポリの町は、ごみがあちこち にあり、汚かった。そこを歩くと臭いそうだ!それほどキタナイ。バスを降りヌオーヴォ城から王宮へ。足早に進むので41人の列が長~く、長~く。お城より、お城の周りを飛んでいるかもめに気持ちが奪われる。王宮もその前の広場も立派だったけれど・・・。あんまり興味がないので、全然気分が向かず人の後をただ 歩く。そんな感じだった。それに、それぞれの場所で、次々繰り広げられる立派なレンガ作りの建物に、もう飽き てしまった。自分が行きたい所へ行ったら後は、ま~ドウでもいい。それが本心。雨の中、卵城とサンタ・ルチアの海のカメラスポットに立ち写真を撮ってホテルへ向った。翌日、カプリ島からの帰りの船に北海道からツアーできた人とお話しする機会があった。その人たちは、まだ旅の初めでこれから北へ向って行くとのことだった。「どうでしたか?」「もう、げっぷがでるほどです。」初めて修学旅行かなんかで、奈良や京都に行ったらどこもかしこもお寺だらけで、何が 何やら理解する前に分からずに飽きてしまう!と例え話をする。今の「げっぷ状態の気持ち」を少しは、分かってもらえたように思った。カプリ島の青の洞窟は、入れたらいいなー。程度。姉は、ここが絶対に見たい!と言っていた。ところが、添乗員さんの話によれば、入りやすいのは6月~7月だそうだ。彼女も7回来て、3回は入れただけだそうだ。その日も波が強く入ることは出来なかった。姉には、ちょっと悪いけど、波がこんなんじゃ入るためにトライせず最初からだめでよかった。
2005年05月15日
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アッシジから、やく400km南ポンペイへへ向う。午前中はほとんどバスの中。イタリアに来て、ガソリンスタンドのAgipのマーク。黄色のバックに黒い6本足の犬が赤い火を口から出している絵がバンバンと目に入ってくる。だから、とてもとても気になっていた。気になることは、何か意味があるから。添乗員さんに途中のトイレ休憩のときに聞いてみると、「番犬注意。そこへ行きます。」 ???行くって~??なんや~??ポンペイへナポリへだんだんと近づいて行く!するとまた、昨日のようにいい香りが。 昨日よりは、ちょっとドロっぽいというか埃っぽい感じだけれど確かにいい香りが~! まー!!またお迎えに来てくださったんだな!ポンペイも行きたかった所だから、この香りのお迎えは心に響く。バスからは、大きなヴェスヴィオ火山が見えてきた。な~んか、わくわくする。昼食は、ピザとトマトとモッツァレラチーズのサラダは、美味しかった。豆腐のようなこのチーズとトマトは味の相性がいい。簡単に作れそう!戻ったらチャレンジしよう!ピザも日本人の口に良く合っていた。ワインは、「キリストの涙」ネーミングがいい。味もさわやかでいい。このレストランも団体客専門で、日本人以外の観光客も。トイレは、いつもように行列。ここの小さな売店で目に留まったのが、ベスビオス火山の写真に「VESUVIO」と書かれた箱に並んだ石のと火山灰のセット。石好きの友達と姪と私の為に買ってしまった。日本へ帰って姪に手渡すと、「こんなん売ってるん?持ち出していいんかな~?」と。 「イタリアやから、ええんやゎ~!」と答えた私。だって、ハワイではハワイの自然物は持ち出し禁止だもんね。イタリアやから・・・。 それしか、答えようがなかったし、この答えにお互い納得できた。今日は、いい天気で日差しも強い。イタリア行きを決めた時にNHKで「ポンペイ」のことを放送されていて、それを見ていたので大体は、分かっていたけれど、実際に見るとここでも「すおご~!」という言葉しか出てこない。語彙の不足を痛感します。1世紀(紀元79)のそのままの町並みを自分の足で歩くことができるんだもん。馬車が通る道では、擦り減った石畳を。パン屋の跡では、石臼や石釜を。さらに、石膏鋳型法でリアルに復元された人々の遺体を見るとここで人々は、生活していたんだ という実感が伝わってくる。その中である家の入り口にある床モザイクは、鎖につながれた犬で「猛犬注意」と書かれている。あ~そうか、これが添乗員さんの言ってたことなんだと納得。それで、分かった。私は、ここへこの犬のモザイクを見るためにやって来たんだと。
2005年05月15日
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飼い始めて、9年目が経とうとしている。 あるとき、ねこをなでなでしていて、ふと気付いた。 私が、かわいいな~大好きだよ~!と思ってなでなですると その何百倍も何千倍も、私のことを大好きだよ~と返してくれていることを。 まったくそんなこと期待も何にもしてなかった。 気付いたときは、驚きとうれしさと感謝がこみ上げてきた! こうやって、何の見返りも期待せずに自分がしたいことをして、こんなにも 愛を返してもらえるなんて! 「ねこが、3匹もいて世話が大変でしょう?」そんな風に言う人がいるけれど、 世話をするのではなくって、世話をさせて貰っていると私は思ってる。 だから、ちっとも大変じゃない。 忙しくっていらいらする時、交代ですりすりと私に近寄ってくる。 そう、「いらいらしてもしょうがないよ~。ちょっと気分を変えてなでなでしたら?」 と彼女達は、私にアドバイスしてくれてる。 言葉はなくても、心が通い合っていろいろ気付かせてくれて、ありがとう! ねこ達は、本当に私の大切な先生!
2005年05月14日
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今日、地方の友達から手紙が届いた。 彼女とは、一緒にフィンランドへ行こうと言っていたけれど実現しなかった。 久しぶりの連絡だ。 中に2枚の写真が・・・。 白いカラスの写真だった! そのカラスは、全身が真っ白で、目の周りが少しグレーがかって黒目が大きく くりくりしている。 日本に白いカラスが生きていて、それを目に見せてくれ、とってもうれしい! やっぱり、カラスも白いカラスが生まれていたんだ~! 北アメリカで白いバファローが、生まれいたように・・・。 ネィティブの人々が、100年間もその誕生を待ち望んでいた白いバファロー。 この白いカラスもきっとどこかの私達が忘れてしまった神話の中に奇跡の証 として著されているのかもしれない。 カラスが大好きな私のことを思い出し、わざわざ送ってくれてありがとう!! 本当に感謝!
2005年05月13日
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雨は、すっかりあがった。 バスが、アッシジに近づいて行く。丘の上にあるアッシジの建物がだんだんと見えてくる。 12世紀に聖フランチェスコが、このこの地に教会を建ててから、やっとここへ・・・。 あ~やっとここへ来ることが出来たんだ! きっと過去の人生で、私はここへどんなに来たかったか!その思いがやった実現できた。 同じカトッリックの他の修道院に属していたら、簡単に他へ行きたいという願いは決して 叶えられるものではなかった。神と自分の間の誓いは、大きく重くその人生を支配していた。 それほどに、宗教は人々を縛り付けていた。他へ向く心、それは、死にも値する重罪だった。 サン・フランチェスコ聖堂の見学では、一切声をだして説明されることはなかった。現地ガ イドの指差すほうを見るだけだった。ここでは、もちろんカメラもビデオも撮影禁止だった。 太陽の光のないこの日の聖堂の内部は、照明もなく薄暗く皆無言で足音だけが響いていた。 彼の生涯を描いた、フレスコ画も描かれてから時間が経っているせいか、暗さのせいか 流れ作業のように見ていくせいかはっきりと覚えていない。 観光でこの地を訪れたのが申し訳ないほど、ぴーんと張り詰めた静けさが漂っていた。 ここでは、人々の祈りがフランチェスコに届くように思えた。 聖堂の中にある聖フランチェスコのお墓の前には、修道士の人が無言で立っていた。 ぐるりとここを回り、後ろの暗い所へそーっと無言でマリカとの約束を果たした。 聖堂の売店には、私の興味を惹くロザリオやポストカードがあるようだったが、団体行動 なので、横目で見ながら通り過ぎて言った。 ざーっと見学が終わり、ホテルへ帰るころには止んでいた雨がまた激しく降りだしてきた。 今回、どうしてもアッシジを訪れたかったのは魂の願いだったことがはっきりと確認できた。 また一つ自分の奥からの願いを遂げられ、満足でき本当にうれしい!
2005年05月12日
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キリスト教・カトッリックの国のイタリアの都市には、どこでもドゥオーモがある。 ドゥオーモ(duomo)をイタリア語辞典で引いてみると、ドゥオーモ(町の一番重要な教会)。 そりゃ町で一番重要な教会ならどこの町にもあって当たり前だゎ~!旅行へ行く前に調べ とけばよかった~。 旅も6日目になっていたけれど、シエナのドゥオーモは、本当に素晴らしかった。今まで見た どのドゥオーモより、印象深く、私は、一目見て好きになった。ここもまた来たい場所だ。 この町の中心にあるカンポ広場は、レンガの石畳が幾何学的に敷き詰められ扇形の中心 へ向ってなだらかなく下りになっていた。扇形は違う色と並べ方を直線に敷き詰めたレンガ で九つの部分に分けられていた。毎年、ここで行われる競馬のシーンは、テレビでも放送 されている。私も日本へ帰ってからその様子を偶然見る事ができた。広場にぎっしりの 人垣ができ馬に乗った人たちが、競い合っていた急なカーブと裸馬のせいか落馬が多く 優勝した馬も騎手は落馬していた。ここにの中央(扇の上のほう)にあるガイヤの泉の彫刻 は、コピーとの事だけど、2匹の狼が両わきに。聖母が中央に。とても心を惹きつけられた。 この広場もいい感じだ! この日の昼食で、初めて赤ワインを飲んだ。歓迎の鐘。シエナが素敵な町だったこと。 それと目指すアッシジに今日これから行くことが出来るから・・・。神の血といわれる赤ワイン。 ここで祝杯をあげ、アッシジに向いたかった。 雨は、ほとんど上がり私達が行く前にお清めをしてくれたように思えた。バスからは、どこま でも広がる緑の、耕したばかりの土の色の農地をを眺めながら・・・・。 突然、とてもいい香りが私を取り囲んだ。誰か、何かのフレグランスを???と辺りを見回し たが、ほとんどの人はバスの心地よい揺れの中で眠っているようだった。上品で嫌味のない とても穏やかで心が洗われるようなすがすがしい香り! はっと、気付いた。あ~これが、聖なる香り。アッシジの大いなる存在が、私の横へお迎えに 来て下さったんだ。と納得した。とてもとても、うれしくなって、体中に喜びが満ち溢れてきた。
2005年05月11日
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半そでTシャツで、行動できた昨日までの暑さからは考えられないほど寒くなるとは思わなかった私は、薄着だった。バスに乗って出発すると雨まで降り出してきた。ずーっと晴れていたので油断してしまった。あ~傘も上着もトランクの中だ!!雨は、何とかなるさと思えても寒さに弱い私は、ちょっと心細くなった。今日の最終到着地は、私が今回絶対に訪れたかったアッシジだから・・・。この雨にも上着を忘れ寒さに耐えるのにも、きっと何か深い意味があるのだろう。サン・ジャミーノへ到着した時、雨は本降りになってきた。傘は、姉に入れてもらったり私と同じ様に傘がなくバスの運転手さんに借りた若い彼女に入れてもらったりした。中世に栄えた塔の町と言われいるサン・ジャミーノは、お天気だったら赤いレンガが太陽の光をうけ青空ともマッチして美しさが際立っていただろう。今日の雨は、そのレンガの色を黒っぽくしそこから、暗いと言うか、重みというかこの町の表にはでない歴史の影の部分を垣間見せているように思えた。後で調べてみるとやはりここは、13~14世紀に法王派と皇帝派の激しい戦いの場であったそうだ。ドゥオーモも閉まっていて入ることは出来なかった。やはり、時間がなくて塔に登ることも出来ない・・・。壁に描かれたフレスコ画のマリア像は、心に残った。バスが、待つ場所までぶらぶら歩いていく石畳の道の両わきにはしゃれたお店が並んでいる。値段も日本人専用の土産物屋に比べるとはるかに安い。時間があれば、吟味して買いたいものばかりだった。陶器やバッグや食料品など・・・。雨は、止みそうもないのでここで4ユーロの中国製ってばっちり分かる花柄模様の折りたたみ傘を買った。もったいないと言われたけれど、雨は止みそうにもないし、昨日のオレンジジュースよりも安いんだもん!今、必要だからいいじゃん!この傘は、今日1日は役立ってくれ感謝したけれど安い作りで傘の骨がイタリアの風に負けてしまい翌朝、アッシジのホテルのゴミ箱へと・・・。次に訪れたシエナでは、雨は小降りになった来た。ここは、細いレンガの道が入り組んでいてみんなについて行かないと迷子になりそうな町だった。ドゥオーモの上のほうの金色の絵、丸い窓その周りの聖人の像。すごーっと息を飲んでしまう。立派だ!ここは12世紀に作り始め14世紀の末に完成したと言う。内部は 見学できなかったけれど、外から見ただけでも充分価値がある。長い歳月をかけ作られたこのドゥオーモは、完成までに戦いもあり最初の計画より規模が小さくなったそうだ。ここでも鐘の音を耳にすることが出来た。訪れた私を歓迎してくれているように感じた。
2005年05月10日
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イタリアは、失業率が高いと言う理由からか観光には、必ずその町の現地人ガイドを起用するように決まっているそうだ。わずか1~2時間しかいないところでもそう。フィレンツェの現地ガイドさんは、日本語はかなり上手いほうだった。しかし、くそまじめというか、ポイントを説明できないと言うか、まじめにちゃーんと説明してくれているのだけれど、説明しすぎでほとんど聞く気に成れなかった。特にウフィッツィ美術館の名画の説明は、頭痛がするほどだった。名画が多いし、どれもこれも丁寧に説明してくれたって頭の容量には限界があるし。興味のある人は、なんとしてでも調べるしガイドブックもあるんだから・・・・。もっと、融通のある人間的なエピソードなんかを中心に話してくれたらいいな~と思った。美術館へ行ったら、絶対自分の好きな絵の前でずーっと過ごし眺めていたい。これって我儘かな?だれでもそうだと思うんだけど・・・。なんか消化不良のようなこの美術館をもう一度機会があるなら是非訪ねてみたいと思った。ずーっと歩いて頭は、説明でがんがん。自由時間になるとすぐに美術館の喫茶室へ。イタリアの赤いオレンジのジュースを飲んだ。フレッシュでオレンジの濃厚な味がとても美味しい。生き返るようだった。長~い丁寧な説明のおかげで、自由時間が減り、店は入ったらすぐに閉店。とほほ・・。 6時半には閉まる、美術館1階のミュージアムショップへ急いだ。私は、ミュージアムショップが大好きだ。気に入った作品のポストカードは、お土産の付属としてプレゼントするのも好きだし。だって、名画のポストカードはその美術館のショップにしか販売していないから。最近妙に天使やマリア様に目が吸い付いて離れなくなってしまった私が、とても気に入ったのは、見学の最初に見た「ルチェッライの聖母」とボッティチェッリの「ざくろの聖母」だった。待ち合わせの美術館前の広場も、人が多かった。ここで人間観察をするのは、おもしろかった。目つきの悪い3人組は、人のバッグや持ち物ばかり見ていた。そうそう、美術館の中でも絵を全然見ないで持ち物ばかりを見ている人もいたな。それらの人達は、日本でいたときのように、ぼーっとしていたら気付かずに通り過ぎていく人達だ。
2005年05月09日
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サンマリノ共和国からフィレンツェへ向う途中ぱらぱらと雨が降りに虹が見えた。 虹に出会う。歓迎や祝福されているようで、なんとうれしいこと!! 今日は、ベニスからフィレンツェまで500km以上のバスの旅をしてきた。 乗り物に乗る距離だけでもハードだ。 よーく考えたら、わずか10日間の間に日本を縦断するようなものなんだから。 このハードさも致し方ないのかな~。 翌日は、ピサの斜塔へ。 ターミナルのような所へ着くと観光バスを乗り換え、地元のバスに乗り換え斜塔のある ドゥオーモ広場へ向う。ここでも遠足の子ども達やオノボリサンのように観光客ばかり。 やっぱりここもイタリアの名所旧跡のようなものだからかな~? (でも、イタリアには名所旧跡ばかりのような気がするけれど・・・・) 斜塔は、当たり前だけどやっぱり傾いていた。でも、写真やテレビで見慣れているためか 私と縁のないところなのか?あんまり感動はなかった。内部の見学は予約が必要なので できなかった。広場にあるドゥオーモと洗礼堂の見学は可能だったが、時間が短かった のとミラノででっかいドゥオーモを見学したからもういいか。と思った。 ここでは、まず有料のトイレへ走り、余った時間をみやげ物の屋台のようなお店をぶらぶら 見て回った。 なんと、日本人の経営するみやげ物やと同じものが半額以下の安値で売られていてびっくり。 みんなトイレに騙されて買ってしまったようなものだ! でも、何回か旅に出ているとだんだん慣れてきておみやげ物を買うのにそれほど騙される 事も少なくなってくる。なんでも経験という授業料が必要なんだな~。 フィレンツェに戻って中華料理の昼食。久しぶりに食べるチャーハンの美味しかったこと! どの料理も懐かしくって、円卓を囲んでみんな美味しい!と言いながらどんどん食べた! お皿をつつき合うから、よけいに食欲が進んだ。でもやっぱり、ご飯が恋しかったんだな。
2005年05月08日
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クライアントへのある日のメールの返事です。 おはよう! 私も昔池波正太郎が大好きで、ほとんど読みました。 細かい内容はあんまり覚えていないけれど・・・。 人情と言うか、人の心の奥にメスを入れる言葉のなかにも愛がある表現が好きでした。 かれは、母子家庭で苦労人のようです。 その体験から、寂しい人の心を打つ作品が生まれたのでしょうか? 昔好きだった本を読み返すとそのときに分からなかったことが、すーっとハートに届く。 そんなことが多々あります。 だから、本棚を睨んでこれ!っと思う本を再読すること。お勧めです!! 想像の中でお母さんやお父さんとも是非会ってくださいな。 そして、今日一日で言いたかったことを伝えてみてください。 それと想像する時は、必ず深呼吸をね。 吐く息で、いやなエネルギーが出て行く! 吸う息で、新鮮な気持ちのいいエネルギーが入ってくる! 5回以上は、深呼吸を!!これがポイントです。そして、必ず目を閉じて。 見えないものの中に真実があるから・・・・。 そして、自分を決して責めない! だって、そうする必要があったからそうしたんだし、それを体験したから 今の以前より好きな自分がいるんだもん!
2005年05月07日
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イタリアの観光が始まってから、何度何度も耳にする。 「トイレは、この先ありませんから!」 「日本のように考えないで下さい。」 「ここで、必ず済ませてください。」 ミラノの現地のガイドさんいわく、イタリア人は朝家を出て帰るまでトイレに行かないそうな。 本当だろうか?体に悪いと思う。それともずーっとそういう生活をしていて日本人と 違った、腎臓や膀胱の構造になっているんだろうか???? とにかくトイレでは、悩まされた。行きたくもないけれど次のことを考え行かない訳には 行かず。だから、バスが停まるとみな真っ先にトイレへ走る。いつもトイレの前は行列だ! だから、ツアーの中にトイレ休憩用におみやげ物屋さんが組み込まれている。 あるおみやげ物屋では、「この店のトイレはイタリアのお店で一番充実しています!」 そんな紹介もあったぐらい。 それと、美術館や公園などのトイレは、有料で0.3~0.5ユーロ払った。そこは、まーまー の清潔さ。お金を払っても快適に済ませられるだけで充分。我慢は、苦痛。 お昼にちょっとビールを!それも考えてしまった。だって、ビールを飲むとトイレへ行き たくなる。水分の補給もトイレを考えて。トイレのことで、かなり神経質になってしまった。 それと前出のガイドさんが言うには、イタリアのトイレには便座のないところが多いそうだ。 便座を取り付けてもすぐに盗まれてしまうから。盗んだ人たちはそれを自分の家の便器に 取り付けるそうだ。ちょっと信じられない。 自動販売機のないのも、町の美観からではなく、すぐに自販機ごと盗まれるからだそうだ。 それほど、泥棒が多いそうだ。 便座のないトイレも多かったな~。 でも、中国の汚いトイレに比べれば便座がなくったって!チャーンとドアがあるし。 国によっていろんなことが、違っておもしろい! トイレに関しては、日本は恵まれてるう~。
2005年05月06日
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イタリアとの国境は、道路の上垂れ幕のようなものが目印で一気にバスで素通りしてしまう。 国境を越え違う国へ入っていく。そんな感じではなく、軽~く通り過ぎる。もちろんバスから降りて パスポートを見せる必要も全くない。 サン・マリノは世界で5番目に小さい国で人口は2万5000人。珍しい切手、コイン、ワイン、観光が 財源。ここの郵便局から手紙を出せば、この国だけで通用する切手を使うことになる。 入国事務所へ行けば、確か2.5ユーロで切手二枚貼った上にスタンプを押してくれる。姉と私は もちろん押してもらった。ハンブルグの通関では、パスポートを見せることなく通過したので それを姉がとても残念がったのとせっかくの記念と言うことで。パスポートには、国の紋章? の切手と四角いスタンプには、14 APR. 2005の日付が押された。VISA以外でパスポートに 何かを貼るのは初めてだ。でも、インドやネパールや中国のVIZAに比べ色彩もデザインも なんとおしゃれなこと!パスポートのそのページを開くたびにサン・マリノの歴史のある町や 空の青さが浮かんでくるようだった。 旧市街のサン・マリノ市は、山頂にあり、バスで登るにつれ下になって行く町の様子が よく分かる。日本にはない色彩の赤茶色の家々の屋根は、とてもかわいらしい! 赤いズボン、赤い帽子、グリーンの上着に金のモールをつけた衛兵がいて時間で交代する 様子もかっこいい!足早に観光した。ここには、3つの有名な塔があり、一番近くの塔まで 行って眺めるか近くで眺めるかに分かれた。遠くまで歩くのはしんどいしそれだけで時間をとって 他に何もぶらぶら出来ないと思った。塔に登るほど景色が見えなくても近くの見晴らしのいい所へ 行くことにした。お天気が良かったし、眼下に町並みや遠くの山も見渡せ、結構眺めは良かった。 ここは、免税の国だそうだ。道を歩いていて私の目に飛び込んだのは、店のウインドーに飾られた 琥珀だった。琥珀は、以前から興味を持っていた。デパートでは、とても高いし、石のお店では なかなか出会うこともなく、会ってもデザインがダサい。 琥珀を目にした私は、う~ん!ここでは、琥珀を手に入れろって事なんだ!私もやっと琥珀を 手にしてもいいんだ~。これは、許可なんだ~。と自分勝手に納得した。 1件のお店に入って気に入ったものを見つけることが出来た。もう少し時間の余裕があったら・・。 もっといろいろ見れたのにちょっと心残り!!
2005年05月05日
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先日、友達とその子どもたちがに潮干狩りに行くので参加させてもらった。 前日に彼女の家に泊めてもらうので家から2時間阪急・JRと乗り継いで彼女の家へ と向った。 今の私は、結構波動に敏感で人ごみやある場所に来ると頭が痛くなることがある。 その日、阪急電車で三宮駅まで行ってJRの新快速に乗り換えた。 JRで、この前大事故があったせいかとても波動が悪くて吐き気を催してきた。 乗っている人?それともみんなの恐れの気持ち? 帰りでもそうだった。阪急も人は多かったが、阪急に乗るとすーっと気分の悪さが 消えていった。とにかくしばらくの間JRには乗れないな~と思った。 今日、久しぶりに見たTVのニュースで、事故から今日までにすでに9件もJRで オーバーランがあったそうだ。どうしてなんだろう?いくらまじめでいい人でも仕事 って向き不向きがあるからな~!ぴりぴり緊張のせいかな~? 潮干狩りは、人人人。ホントに人が多かった!みんな考えることは同じなんだな。 私たちは、11時過ぎに家を出たけれど道が混んでたり、海岸はもうすぐそこなのに駐車 待ちの車の行列でたどり着けづ・・・時間がかかった。 や~っと着いた潮干狩りの駐車場でどこからともなく自転車に乗ったおじいさんが駐車 料金を請求しに来た。海岸への入場料は大人1200円、子ども1000円。 こんなものなんかな~?子どもの時に来た時以来なので相場が??? でもここでは、これから海に入れる間は1年間分をこれで稼いで行くんだな。 私は、3個だけゲット!友達は、やはり母だからか。根気強い!10個以上。 子ども達は水着に着替えて、楽しいそう。 私は、海に足をつけるだけで満足。潮風が、心をさーっと浄化してくれるようでとっても 気持ちよかった。太陽の光は強かった。これから夏至までどんどん明るくなって行く。 海が見える所でで生活できればしいなと心から思った。 楽しい一日をありがとう!
2005年05月04日
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ラベンナへ向う途中の高速道路から見える景色は、耕された農地が広がっていた。 町を出るとすぐにこれだけの農地が広がってるんだこの国は、なんと豊かな国なんだ ろう!農地、農業それは、国の、人々が生きていくための基本なんだから・・・。 同じ様な農地でもだんだん南へ下がりミラノ近くからの風景とは、なんとなく変わって きている。 モザイク美術の宝庫といわれるラベンナで訪れたのは、サン・ビィターレ教会とその敷地 内にあるガッラ・プラチーディア廟。 548年に建ったこの教会の内部は、側面から天井までどこを向いてもという表現が決し てオーバーではないほど見ごとなモザイクだ。思わず見上げる人々の口は自然に驚きで 開いてしまう。照明もなく窓から入ってくる日の光だけだけれど金色のバックに鮮やかなコン トラストは、本当に神々しい。 日本で言えば仏教が大陸からやっと伝わって来たのが538年。それと同じ時代こんな見事 なものが作られ今も美しく残っていて私たちの目に見る事が出来る。凄いな~! 今まで、一体何十万人もの人々がここを訪れ同じ様な気持ちを感じたのだろうか? それだけでも、凄いエネルギーだ。 フラッシュ撮影が禁止されているため、出来上がった写真は 薄暗いそれが残念。だって、これだけ毎日驚きの連続だから、記憶が曖昧になってしまう から、せめて写真を!と思ってしまう。それに、ミュージアムショップに入る時間もなくポスト カードも買えなかった。くいが残るほどの素晴らしいモザイクだった。 天井を見上げてばかりいたせいか首が痛くなってしまった。 この教会の外観は、あっさりしていて八角形をしていた。それに気付いたのは、内部の見 学を終えてガッラ・プラチーディア廟入場の時間待ちのときだった。 ラ・プラチーディア廟の内部は、狭く、真っ暗といって良いほどだった。ここでも薄明かりを 頼りに説明を聞く。天井の金色の模様は、暗い中で星のように輝いていた。
2005年05月03日
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ベニスは、もちろん晴れ。3日ぶりの晴天だそうだ。 当たり前だわ~!だって、私が、あんなにすごーく抵抗してたのにそれを 乗り越えて、潜在意識が一大決心をして飛んできたんだから・・・・。 船から眺めるベニスの町並みは、おとぎ話に出てくるような建物ばかり。 いつかテレビや写真で見た風景が私の目の前をゆっくりと過ぎていく。 見ると言う行為でこの世界を体験している。それだけでも、やって来た価 値がある。 船着場もサン・マルコ寺院もサン・マルコ広場も人で溢れている。 寺院内部の見学をここでも本当に足早に終え、広場に戻った時に鐘楼から 鐘の音が・・。あ~!祝福してくれているんだ。 この広場は、妙に懐かしく輝いていた。きっとここもチベットのポタラ宮広場 と同じようにパワースポットなんだと思う。そして、この不思議な感覚が出てく るのだから、きっと過去にここで生きている私が居たのだと思った。 この広場の鐘楼も、寺院も海に向って建っている翼のある獅子像もすごく 心が惹かれた。気持ちの良い大好きな場所。そう言える場所に初めて この旅で出会えた喜びは大きい。この広場に出会えて気分もかなり良くな ってきた。 自由時間のとき、買い物をしていて、ある宝石店の前を通り過ぎようとして ふと目に飛び込んできたペンダント・トップ。これも出会いだ。 現地のガイドさんが、自分の友達の店が店番119と教えてくれていた。彼の 紹介と言うだけで値段を下げてくれるとも。 大阪人は、値下げに弱い。私もそう。そこへ直行!交渉して気に入った物を 手にすることが出来た。 これは、ベニスが、私にプレゼントをしてくれたように思えた。 待ち合わせの時間は、6時だった。その時も鐘が・・・。よかったね~と。 それから、ゴンドラに乗って運河巡り。41名なので6人ずつ。7台のゴンドラが 連なっていく。風情は、まったくなし!ディズニーランドの乗り物のよう! 船頭?さんたちも隣のゴンドラと話しながら。ただ乗った。話のねた?かな~。 運河を通って行くと干された洗濯物や窓辺のカーテン。植木など。そこに住ん でいる人たちの生活が少し見えるように思えた。 運河の水は、濁っていてちょっとどぶ臭かった! 夏は、もーっと臭いらしい。友人が夏に来たという人が話していた。これ以上 臭いの??たまらんわ~。
2005年05月02日
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ミラノを発つとき、どうかお天気になりますようにと! すると曇った空から太陽が顔を出した。これで精一杯だって! 顔を出してくれるだけで、ありがとうだ。気持ちが通じたんだから・・・・。 これから先はきっと晴れてくるだろう! 昨日昼食で顔を合わせたほかのツアーの人たちは、ずーっと雨だったそうな。 雨も嫌いじゃないんだけれど、初めて来たんだから晴れて迎えて欲しい。 私の願い。わがままかな~?? 長距離バスに変わり、ドライバーのアレサンドロはハンサムでとても紳士的な 人だった。長距離バスでは、水を1ユーロで売ってくれる。これが運転手さんの お小遣いにもなるんだけど、スーパーなんかに寄る暇のない私たちにはとても 有難かった。だって、日本と同じ様にホテルでは、2~3倍するんもん。水は、 貴重品と同じ。 ベローナは、ロミオとジュリエットの町で有名だ。 イタリアも修学旅行のシーズンなのか、学生達でにぎわっていた。ジュリエットの 銅像の胸を触ると恋が実ると。ジュリエットの周りにはたくさんの人が群がり胸を なでながらの記念撮影が行われていた。銅像の胸は、触られすぎたせいか色が 変わっていた。 エルベ広場では、屋台がたくさん並んでいた。観光の説明は、ほとんど聞かずに 屋台の果物やお土産ばかりを見ていた。野菜が、果物が食べた~い!ミラノの 食事は、ひどかった。ほんと。自由時間にトマトとりんごと買った。今日の夜食べ よ~っと。旅に出たとき友達に出す絵葉書もここで買った。でも、今回はなかなか 絵葉書を書く気になれない・・・・。旅が重いな。 ここでの昼食は、リボンパスタの鮭クリーム風味と鮭のムニエルだった。ミラノより 比べ物にならないほどおいしかった!!これでちょっと安心だ。だんだん良くなっ ている。 その前を通り過ぎただけだけれど、アレーナ(円形闘技場)には、心惹かれた。 1世紀の建物で、今でも7月~9月に野外オペラが催されているそうだ。凄いな! そんな古いものが21世紀の今も使え、催しがされているなんて!! ベローナを後にしてバスは、ベニスへ向った。途中高速道路で事故があり渋滞に 巻き込まれてしまった。添乗員さんは時間のロスが気になるだろう。 何故か私は、ベニスへ近づくにつれて、だんだんと気分が軽くなってきた。
2005年05月01日
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