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オーロラは、雲と違って縦に伸びて来るそうだ。だから、縦の雲のような物がオーロラだと。月の光もあって、大きな木の影の所に立ってオーロラを見上げた。首が痛くなるほど。オーロラの筋を何度か見る事が出来た。30分ほどして私たちは、ホテルへ帰ることにした。道路で時々出会う夜空を見上げる人達は、ほとんど日本人だった。この時、明日の夜ナイトサファリに行こう!!と決心した。行けば必ずオーロラに会える!!私の直感が働きそれは、確信となってきた。観測小屋へ行く途中に立ち寄ったサーメ人教会は、この時間でもまだライティングされていた。月とそれを映す雪の明るさの中で、オレンジっぽい灯りに照らし出された教会はとても幻想的な雰囲気をかもし出していた。立ち寄った時、教会は開放されていた。中は暖かく、祈りの場にふさわしい穏やかな波動を感じることが出来た。朝食の時に、私たちはいろいろと話し合う。前日の夕食の時の会話から気付いたことを主にAさんが私に話してくれる。それについて思ったことを言う。そして質問を受けるというように。会話を続けていく。道路を歩いている時にも、お買い物のときにも、私たちはそうした。今回旅の友のAさんは、クライアントとして私のところへ来てくれた人だった。この旅が、彼女にとってセッションのようになって行くだろうな~と日本にいるときから予感していたし、彼女の質問や疑問に対して私の知っていること思っていることをすべて伝えよう!とも思っていた。フィンランドに着いて初めて泊まったロベニエミのホテルの彼女の部屋が「444」と分 かった時、彼女にとってこの旅が新しいこれからの展開へ繋がって行くことを確信した。部屋の整頓のこと、本を燃やしている様子。猟師だった過去世。韓国の歌姫だったこと。両親との関係。見えたり浮かんだりしてきたことは正直に伝えて言った。そして、彼女も自分の気持ちやそのときの心の状態を見つめきちんと話してくれた。質問を受けるのは、とても楽しかったし、彼女が気付いてくれることが私の大きな喜びでもあった。(部屋や持ち物の整理が出来ていない人は、心の整理整頓も出来ていないという事実がある)日常を離れた旅の中に居ると、自分自身とをより真摯に見つめ対峙することが出来るのだと思う。そして、何よりこのラップランドの地が、この地の目に見えない大いなる存在が私たちをサポートしてくれていたからだと思う。気温がマイナス40度、30度の冬のラップランドは、特別な所だ。そこへ行きたいと思う人も少なければ、行ける人はもっと少ない。冬という時期は、日本においても人は余り動こうとはしない。ある程度家に居て集中して自分の中を見る、そんな季節だともいえる。四季のある国は、それなりの意味があるのだ。日本よりもって厳しい冬のラップランド。周りから遮断され、その土地自体もすべてを受け入れる時期では、ないといえる。冬と言う時期は、土地も雪や氷で浄化される時期だから。
2005年02月28日
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その日の夕食は、簡単に済ませ電話を待つ。8時過ぎに、明日16日の2時から待望のスノーシューズ森の散策。17日9時から犬ぞり。17日2時15分からサーメ博物館。18日10時からトナカイ。と成立したツアーの知らせが入ってきた。ほとんどの、オプショナルツアーに参加できそうでわくわくしてきた。その日の夜、10時過ぎに私たちは歩いて20分ほどのオーロラ観測小屋へと向かった。10畳ほどの観測小屋は、木で出来た簡素な建物で真ん中に小さなストーブがある。灯りはローソクのみ。ここで暖をとりオーロラを待つ小屋だった。行ったときは、火もなく吐く息も凍るほどだった。そのうち火がたかれ少しずつだが暖かくなってきた。10時半を過ぎたころに昨晩オーローラを見たと言うカップルが来た。 ドイツで雑貨の買い付けをしているとの事で、個人の旅行に慣れた感じが他の人達と話す中でうかがえた。ご主人が言うには、まず寒くても1枚上着を脱がなければ外の 寒さに耐えられないとの事。2月は、天候が悪くオーロラの見える日が少なく昨晩は天気がよくこの時期一番と言っていいほど見えたこと。晴れて星が見えないとオーロラは見えないとの事。話を聞いているうちにこの人達は、メッセンジャーだ!!と気付いた。 そうだ、今日は彼らに従ってみよう!!と思い、すぐに寒さをこらえて上着を1枚脱いだ。フィンランドでは、11時を過ぎるとオーロラがよく見え、カナダでは、1時ごろだそうだ。全く知らなかった。知らなくても、サポーターが出てきてちゃーんと教えてくれるようになってるんだ。そう、上手くいくとさえ信じていれば上手く行くんだ~!!また、そのことを確認できた。そして、私がやって来たんだからオーロラが見えないはずがないとい変な 確信があった。「今日は、曇っているからだめかもしれないな。」11時近くにそんな会話が出たとき、 そりをしに行った別のカップルが、「晴れてきたよ!星が見えてきた。」と入ってきた。 みんなが、一斉に外へ飛び出した。昨日、オーロラがよく見えた場所を教えてもらい場所を移動していった。そこはそり専用のゲレンデだった。小屋からかなり登って行ったその場所は、やはり寒かった。山用のタイツを2枚。コールテンのパンツ。さらにその上にスノボーのオーバーパンツ。足は完璧だった。でも、靴にカイロを張り忘れ、足の指がだんだんと我慢できないほど痛くなってきた。痛くて、痛くてこのままじゃ凍傷になるかも??なんて思ってしまい、もう帰ろう!「足が寒さで痛いのでもう帰ります。」と言うと、メッセンジャーがしばらく歩くとだんだんと温まってくるから歩くといいと。昨夜と状況が似てきたからきっと見えるよと。私は、絶対にオーロラに会うんだ!!と気持ちを入れ替えた。すると、北の空からオーロラが見え始めた。オーロラは、肉眼では写真のような鮮やかな色ではなく、雲が少し緑がかった。そんな風に見えた。あーこれが、オーロラなんだ!!
2005年02月27日
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車の中で、隣に座るAさんはじっと目をつぶっていた。眠っているのでもなく微笑んでいるようなその表情が 、とても素敵だった。私もついついうとうと、後で聞くとみんなが寝ている時、淡い太陽の光が雪景色とマッチして良かったそうだ。サーリセルカに着いた時は、もう暗くなっていた。私たちの泊まるホテル・キエッピに 荷物を預け、日本人スタッフの常駐しているリエコンリンナ・ホテルへ明日からのオプショナルツアーの説明を聞きに行った。Aさんもこの人生の中で何でも経験したい!!そう思っているとの事で、出来るだけ参加しようと飛行機の中から話し合っていた。私は、とにかく森の中へ入って行きたかった。スノーシューズ森の散策。トナカイぞり 体験。犬ぞりは、絶対にしたいと思っていた。しかし、スノーモービルの力を借りて森の中へとは思わなかった。犬ぞりは、2.5~3時間の体験と4~4.5時間のロングとあった。寒さの為、ロングはどうかな~?なんて少し迷っていた。Aさんは、日本にいるときにTVで 犬ぞりを見て乗りたい~絶対ロング!!と言ってくれたので、そうか~ロングで行こう!!と決めることが出来た。この彼女のアドバイスにも感謝した。結局、私たちは、6つのツアーに参加することにした。(そのうちの1つ、サーメ人宅訪問は成立しなかったが・・・)森の散策は、4名から成立のツアーだったので、車で一緒だった他のツアーの人たちにも「行きませんか?」と誘ったけれど、反応が今一つだったので成立しなかったら・・・。とそのときは、思っていた。どうして、それほどに森の散策がしたかったかと言うと、この森でこの地に住んでいる精霊達に会えることを日本にいるときから知っていたからだった。「8時ごろに連絡をします。」と言うことで私たちはとりあえずホテルへと帰った。「全部成立すればいいね~。」と言いながら15分ほどの道を歩いていると、寒さに弱い私は、足が寒くて大変だった。コールテンのパンツの下には山用のタイツを履いていたが、マイナスの気温では、寒さで両足が痛いほどだった。
2005年02月26日
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翌朝、 ラップランドの玄関口のロヴァニエミを後に北へ8kmのサンタクロース村へ向かった。向かう10人乗りの車には、現地日本人ガイド斉藤さんと運転手さん。そして残りの6人・3組のカップルは、他の旅行会社から参加している人たちだった。私とAさんは、2名から出発可能な北欧専門の旅行社のフィンツアーにお世話になっていた。東京の友達が以前フィンランドの同じコースを旅行してよかったと聞き迷わずにお願いした。 サンタクロース村は、北極圏の境界線上にあり、私たちは迷わずフィンランド語の証明書を作ってもらった。ここにはおみやげ物やさんや郵便局があって郵便局ではサンタメールなど取り扱っている。私は日本への郵便を出すだけにした。働いている女性達は、赤いとんがり帽子をかぶってなんと半そでだった!!北海道と同じ様にフィンランドも外は寒いけれど室内は暖かだからだと思うが、半そでにはとてもなれない・・・。サンタクロースの事務所には、サンタクロースもいて日本語も結構話せるようだった。サンタさんとの記念写真は、もちろん有料。屋外には大きな雪だるまやコタと呼ばれるテント小屋などがあり、それらの雪景色を見るうちにやっと、フィンランドへやってきたんだ~という気持ちが沸いてきた。おいしいサーモンの昼食とフィンランドのビールをまたまた飲んで(途中でトイレ休憩が可能と聞いて)いよいよここからやく300km北のサーリセルカへ。ガイドの斉藤さんはここまでの案内。約4時間かけてのこの移動が、ラップランドの風土に自分の波動をなじませていくのに とても良かったと思う。車から眺める雪に覆われた土地。凍った湖。やわらかい太陽。 樹氷。しゃれた色の建物。どれもが新鮮だった。トナカイを見つけるだけでうれしかった。まだ、日暮れには早い時間なのに太陽は暮れかかりそのオレンジのやさしい日差しが樹氷の上のほうからだんだんに色付け始める。その色彩ががなんとも美しい。
2005年02月25日
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関空を出るときには、20分ほど遅れていたが、ヘルシンキには、45分以上もおくれいて到着した。私たちは、16時15分発の国内線に乗り換えその日のうちにロヴァニミエまで行く予定だった。しかし、到着してもすぐに降りれるわけでもなく通関や移動を考えると、明らかに乗り遅れ状態だった。国際線の日本人乗務員へ聞こうかとも思ったけれど、何とかなるそう思って先へ急いだ。搭乗案内のテレビの画面には、私たちが乗るはずの便はすでになかった。Aさんは、とても気が利いていて、素早くそこにいた空港関係者の女性へどこへ行けばよいかを聞いてくれた。私たちは25番ゲートへと急いで行った。そこから、近くのカウンターを教えられ、列の後ろへ並んだ。この列は、明らかに私たちと同じ便に乗り遅れた人たちの列だった。同じ飛行機会社が飛ばしている便だから何とかしてくれるはず!に決まってる。最悪、ホテルぐらいは用意してくれるかも~??でも、周りには、おろおろ状態や怒ったり、困っていたり、いろんな人がいた。以前の私だったら、どのパターンだろう?なんて余裕を持って周囲を見てしまった。結局、8時30分発の便に手配をしてくれ夕食代として13ユーロのお食事券を貰った。現地のちょっとえらそうな日本人職員の人に、「こんなことは、たまにあるのですか?」質問すると、「今までも、めったになかったことです。」とのこと。ちょっと特別な体験が出来た上に、食事券まで貰えるなんて!!しかし、ロヴァニミエは泊まるだけの町になってしまったのはちょっと残念!!
2005年02月24日
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この旅で、心に留めていた事は決して遠慮はしない!!美徳のように言われている遠慮は、とてもエネルギーを使うことだから。そしてエネルギーを無意識のうちに吸収されてしまうことだから。飛行機は、関空から北へ進路をとって進んでいった。北へ行くのは、初めての経験だった。西の東も南も経験していたが・・。まず長野県を飛んでシベリヤのほうへ行ったように思う。上から見るシベリヤは、どこまでも雪原が続いていて建物の一つもなく生命を感じることも出来なかった。そして、窓もだんだん凍りついてきた。飛行機の窓ガラスが、こんなに凍りつくのは初めてだった。それほど外は、寒いのだ!!やっぱり寒気団の発生するところだワ。まだ、アルコールを止めていない私は、機内サービスでまず、氷入り白ワインを!ビール統のAさんも私が、お酒を注文したことを驚きながら喜んでくれていたようだった。白ワインをオレンジジュースで割ってもおいしいけど、とりあえずはワインだけ。食事の時は、フィンランドのビールを!!なかなかおいしかった。機内食は、どこもそれほど変わりはないけれど、スプーンやナイフがプラスチック製でないことに妙に感動してしまった。フィンランド航空の乗務員は、最近の飛行機の中ではかなり親切。フィンランド人の人柄が出ているのかも・・・。これから旅が始まる!と言うことで興奮しているせいか眠ることは出来なかった。しかし、何故かそれは仕方がないと思えた。今までは、時差があるからしんどくなるから、眠らなくっちゃ!!あ~っ、眠れない!!もう!時差があるのに。疲れるやんか~!そんなことをいつも思っていたけれど、時差は仕方がない。7739kmをわずか10時間で行くんだもん。歩いて行ったら何日かかる?7時間の時差なら、仕方がないと時差に対して初めて納得していた。人は、変化するものだ。ほんとうに・・。
2005年02月23日
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今回の旅の友は、11月にクライアントとして私を訪ねてくれたAさん。一人旅も苦にならない私だけれど、オーロラを見て「きれいだね~!!」「見れて良かったね~!!」と感動を分かち合う友がこの旅には、必要だと強く感じていた。それと現地でのオプショナルツアーも一人では、開催してくれないものばかり。12月のエンジェルハーモニー・フェアに来てくれた彼女と会うのはその日が2度目。そんなAさんへ「フィンランドへ一緒に行きませんか?」と突然の誘い。彼女は、戸惑ったことだろう!!しかし、メールで「行きます。」と返事があり、なんかこの旅はいい感じ!!と素直に思えた。旅の友にAさんを誘ったもう一つの理由は、11月に初めて出会った時と比べ顔の表情とが別人のように明るくなっていたからだと思う。わずか1ヶ月の間にまるで、パックをした後のようにつるっと一皮剥けたような変化を感じたからだ。地方に住む、Bさんにも声掛けをしていたがBさんは1月になって参加しないとメールがあり、Aさんと二人の旅となった。知り合って間もないこともあり、部屋は別々。日中ほとんど二人で行動していた私達には、それも、今となってはいい選択だったと思う。出発日までに、何通かのメールと電話で3度ほど話し、当日空港の中央団体カウンター前で待ち合わせた。これから、二人でいざフィンランドへ!
2005年02月22日
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帰ってきました。もちろん、無事に!!フィンランドが呼んでくれ、フィンランドへ行け本当に良かった。この旅で私は、やっと時差を受け入れることが出来た。今までは、睡眠時間が大幅に変化する時差に苦しみ、眠れず体も大変辛い時もあった今回は、急に何故か、「こんなに遠い所まで10時間足らずの時間で飛んで来るんだから、ずれて当たり前!昔は、テクテク歩いて旅をしていたのだからそれは仕方がないんだと。」と納得。すると、体の疲れも少なく帰りの飛行機では、ぐっすりと眠れた。これは、旅する私にとってうれしい画期的な変化だった。関空~ヘルシンキの飛行機が、1時間近く遅れヘルシンキ~ロヴァニエミ行きの乗り継ぎの国内線がすでに出てしまって、「あれ~っ!!どうすればいいの??」状態の初体験。同じ航空会社が飛ばしている飛行機だから、何とかなるとは思っていた。でも周りの人たちは、おろおろ状態の人がほとんどだった。それを見ていて、昔の私みたいだ~!!な~んて。結局、16時15分発に乗れずに、20時30分発の飛行機でロヴァニエミへ。現地到着時間は大幅に遅れロヴァニエミは、眠るだけの所になってしまった。しかし、ヘルシンキで飛行機会社から各自へお食事券(13ユーロ)を支給された。(ユーロは、高く、私が換金したレートは1ユーロ=145円)だから、夕食代がういた!!と喜ぶことも出来たし、カウンターの日本人職員から「このようなことは、今までめったにないことです。と言われ貴重な体験をすることができたんだ~!!とも喜ぶ事が出来た。
2005年02月21日
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明日から、フィンランドへ行ってきます。オーロラが見たいな~!!去年、ハワイに行く直前に突然そう思た。行こう!!そう思って、次にオーロラを見るにはどこへ行けばいいのかな~?カナダかフィンランドへのツアーが、あるんだ。フィンランドは遠いな~。飛行時間を調べると、カナダとほぼ同じことが分かった。どっちにしよう?テレビをつけるとその時の番組で、「フィンランドの家具は・・・・。」と放送していた。そうか~。これは、フィンランドへおいで!!ってことなんだな。うん。フィンランドへ行こう!!そして、明日フィンランドへ行くことになりました。どんなところか、とても楽しみです。ただ、荷物が20kgまでなのが困りものです。それをオーバーすると1kg当たり8000円取られるそうです。8000円は、痛いです。交通違反並みの金額。私は、こんなにあちこち行くとは思ってもいなかったので、あまり考えずに買ったトランクが、大きすぎて・・・。大きいトランクは、重いので中味がその分減ります。寒さよけの服は、重くって・・・。 ヘルスメーターへトランクを乗せて重さを何度も計りました。ハワイやカナダは、そんな制限は無いようでこんな苦労はありませんでした。へこんだり、鍵が壊れたりで2回も修理をお願いしたトランクを使うのは今回が最後かな~?なんて思っています。
2005年02月13日
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1996年から私は、ねこを飼っている。4匹の時もあったが、今は3匹。飼い始めて1年を過ぎたころ、ねこたちのトイレの世話をしている時にふと、思った。世話をしてるんではなくって、させてもらってるんじゃないかな~?飼っているのではなくって、一緒に暮らさせてもらってるんじゃ~?そう思う少し前に、ねこ達をなでなでしていて私がなでなでする100倍ぐらい私に何かを返してくれてるんだと実感できるようになっていた。だって、なでなでするのは、とっても気持ちがいいし、心も落ち着く。癒される!!パソコンに向かっていると画面の間に割り込んできたり、文を書いていると紙の上に乗ったり、人間から見ると邪魔をしてくるけれど、邪魔だという所から焦点をずらして、目が疲れてるから休めって来てくれたんだな!とか、ちょっと頭をそこから離したほうがいいから来てくれたのかな?そう思うととっても有難く思えてくる。今、読み直している「プレアデス」銀河の夜明けにも動物の方が人間よりレベルが上だとかかれている。また、ある本には、地球上で最高の生命体は岩だそうだ。ただ、そこに在るだけだからだそうだ。う~ん。そうかも・・・。ねこたちと暮らしていると幸せを頂いているんだな~と確かに思えるな~。
2005年02月12日
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今日は、久しぶりに父の施設へ行くために実家へ行った。すると、姪からお土産をおもらった。彼女は社員旅行で、韓国のチェジュ島へ行ったそうだ。チェジュ島は、私の大好きなイ・ビョンホン主演のTVドラマ、オール・インの舞台だったところ。そして、お土産は、なんと!イ・ビョンホンのキーホルダー!!超うれしい!!もう、るんるん気分。そのまま、空へ飛んでいきそうなぐらい、う・れ・し・い・!!父は、話していてもすぐ、うとうとしていまって明らかに症状は進んでいるようだった。でも、この前行ったときよりも顔色もよく穏やかだった。行くとにっこりしてくれて、それだけで充分。あえて、良かったな~と思えた。姉夫婦と母の4人で、父の施設の帰りに業務用スーパーへ初めって行った。量は多いが、どれもこれも安くって見ているだけでも楽しかった。結構、買ってしまったけれど・・・・。他愛の無いことだけれど、とっても満足できた。
2005年02月11日
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先日、なんとなくテレビをつけてチャンネルを切り替えてていると「たけしのだれでもピカソ」に三輪明弘さんと江原啓之さんが出演していた。私は、この番組が面白くって以前は良く見ていた。そのときは、途中からなので、前半どうなってるか???だった。三輪さんは、真実を知っている人だと改めて思った。江原さんは、スピリチャル・カウンセラーとして有名で本もたくさん出している。精神世界という見えない世界を占いとか、霊能者を越えたものとして、マスコミを使い 分かりやすく世間に知らしめている人だと思う。きっけは、何であれ見えない世界に真実があるということを分かってもらえればいいと思う。大きな役割を持った人だと思う。私のセラピーに来られた人の中にも「江原さんの本を読んできた。」という人もいる。 だから、だれでもピカソに出演した彼を見て、興味を持って本を見たりH・Pを見たりして一人でも多くの人が、こちらの世界へ心を開いてくれればいいな~と思っている。
2005年02月10日
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今回で地球は終わり!!そう決心して生まれてきた私。それに気付き始めてから、自然に旅も始まってきた。21世紀になってから、本当に大忙し。http://pipinaoko.hp.infoseek.co.jp/top_image.htm(風のながれにのままに)そう決心して生まれてきた私今の時代だからできる行動。飛行機を使っての旅。まさにスピードアップ!!日本から世界へと旅は続いている。カルマの解消か、内面の充実か?心の趣くままに行きたい所へ行ってる。旅に出て、目見えるもの見えないもの様々な存在に助けられながら気付きのチャンスを与えられ確実に私の内面は、少しずつ満たされていっている。人は、52%のカルマを解消したらもう、転生することがないという。私は、もうどのくらい解消できたんだろう??自分の大体の寿命を知っているのでこの人生を終わるまでには解消できると思う!!だって、私はそう人生を設計して来ているんだもん!その為には、魂の乗り物であるこの肉体に感謝して大切に思いやりながら生きて行きたい。
2005年02月09日
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私は、今回の人生を終えるとこの地球には転生しないと思う。それを始めて、そういうことか~と納得したのは、ヒプノの学校に行っている時だった。授業を終え、みんなで食事をしに行った時、先生がみんなに「次は、男性と女性のどちらに生まれたい?」そんな質問とした。男性は、「やっぱり男や。」と答える人が圧倒的に多かった。女性は、半々ぐらい。で、私の番がやって来た。私はそれまでどっちがいいのかな~?それぞれ良さもあるしー!なんて思っていたのに口からするりと出た言葉は、なんと「おかまがいい!」だった。自分でもちょっと驚いた意外な答え。考えてもなかった答えだった。その場は、適当にやり過ごして、自分に問うてみた。「あれ~?なんで~?」そのクラスには、もうプロとして事務所を開き独立している方もいた。そのKさんが、クラスのみんなにそれぞれクリスタルをプレゼントしてくれた。20数名いたクラスの一人ずつに全く違ったクリスタルをだ。私が頂いたクルスタルは金属のように銀色に輝く物だった。私は、当時石のことなど全く何も知らなかった。当然銀色の石も生まれて初めて手にするものだった。名前を聞くとヘマタイト。調べてみると「地球以外のエネルギーのネットワークと接触させるように思われる。」とあり、凄いクルスタルなんだ~!!と思ったものだ。そして、へマタイトは今でも好きなクリスタルの一つだ。「おかま」「ヘマタイト」そこでふと、気付いた。この次には、私は男でも女でもない存在になるんだ~。そして、この星・地球から出て行くんだと。だから、地球は卒業。次は、一体どこへ向かうのだろう??
2005年02月08日
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今日は、小雨の中ヘルパーの仕事へ行ってきた。以前の私だったら、雨の中での通勤を雨が嫌だな~。寒いから行きたくないな~。そんな風に思っただろう。しかし、この仕事では、それぞれのお宅を訪問し利用者の方々にお会いするのがすご~く楽しみ。今日は、101歳のおじいさんのAさん。この方には、今の人生の2回前のときにとてもお世話になっている。時は、幕末。私は京都で舞妓をしていた。舞妓から芸妓へとなり、その時私の旦那さんだった人が、このAさんだ。Aさんのお宅へ初めて伺った日にそれは、はっきりと分かった。Aさんとの関係は、ヒプノをかけて思い出したわけではないので、水の底から泡が浮かんでいくようにその時の状態や気持ちが時と共に思い出されてくる。2週間前、Aさんのお宅から帰る途中、いつものように病院の前を通過突然きりりと胸が痛くなった。それも緊急車両入り口を通過したとたんに・・・。どうしてだろう?そうだ、あの時自分より先に亡くなった彼の死がどても辛かったんだ。そして、なかなか受け入れられずに途方に暮れていた私がいたことを思い出した。私を大切にしてくれ、私も彼を慕っていたことも。あの時、この方は私にとって、とても大事な人だったんだ!と分かると会うということだけでも意味が違ってくる。101歳まで待っていて下さった!会えるだけで感謝の気持ちが沸いてくる。私たちの魂は、21世紀になって出会う約束をしていたんだ。そして、あの時にカルマというものが二人の間にあったとしたらその解消のために今こうして会えるなんて!あ~なんて、不思議なんだろう!
2005年02月07日
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姉は、旅行へ履いていくスニーカーが欲しかったのです。イングスは、まだバーゲンをやっている商品もありその中から選ぶつもりだったようです。姉の会話の中には、靴一つ選ぶのも周ろからどう見えるかを気にするようなところが感じられました。私は、「周りより自分がどう思うかが大事!周りの人は思うほどお姉ちゃんのことなんか見てないよ!自分はどうなん?」「靴を履くのは、自分やで~!」と強く言ってしまいました。ナイキのレザー物を選び、次は色をグレーとベージュとどれにするかで白で迷っていました。白は、汚れやすいとか、当たり前のことを言って悩んでます。((靴やねんから、汚れるに決まってるやん!))何考えてるんやろう~?防水加工をしてないので、履く前に防水スプレーをするとよいと係りの人に言われ、ちょっとまた躊躇。結局ナイキの白っぽいレザーの物を買いました。防水スプレーも私にして欲しそうでしたが、はっきりいやと断りました。だって、自分で出来ることは自分でしたほうが自分自身の為になるからです。そして、手間をかけた靴の方がより大切にできるから。この日の彼女の極めつけは、「また、お金を使ってしまった!」私は、絶句!((買い物に来てるのに、使わんわけないやんか。))黙っていました。10日間、ず~っと彼女と一緒に外国で過ごすなんて、耐えられるかな?今から、ちょっぴり不安です。
2005年02月05日
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今日は、姉と一緒に久々にお買い物と旅行の申し込みをかねて梅田へ出ました。北海道から帰ってから、調子がちょっとおかしいというか合わせられない私ですが、出かけることにしました。久々の梅田です。まず、ロフトへ行ってフローラルwaterとベジタブルグリセリンを買いました。これで化粧水作りに挑戦します。ニセコのgyuちゃんから教えてもらいました。まりかの友達には、gyuちゃんをはじめ素敵な人がたくさんいます。中に入れるエッセンスは、ニセコで買ってきていました。が上の2点が無かったのでロフトへ行ったのです。エッセンスは、いろいろ臭って乳香に。(乳香はアフリカのソマリアで取れる樹脂の一種だそうです。)ちょっと落ち着いて気分が、乗ったら作ってみようと思ってます。楽しみだな~!人の多いところへ行く時には、いつも自分のオーラ体を自分の身近に引き寄せしっかりとさせるように気をつけています。それは、いろいろなエネルギーから自分のエネルギーを守るための自衛手段です。そうしないと、他の人のエネルギーの槍が突き刺さってくるからです。 無意識に動いていくというのが一番気をつけなくては状態です。いざとなったら、行くのをやめてしまうイタリア。どうしてそんな行動をするのかがはっきり分かった今は、イタリアから逃げる訳には行きません。精神世界と全く無縁の(-)思考の姉と行くのはちょっと気が重いです。でも、彼女とずーっと前に約束していたこともあり、それを果たすためにも実行しない訳にはいかないのです。あ~こんなに、自分を追い詰めてしか行けないんだな~!二人の行きたいところを満たして、なおかつ費用が安い。2名様から出発と書かれた4月のある日の説明を聞くともう25名集まっているとの事!えっー?定員は?39名。なーんとそんなに多いのか。ちょっとびっくりです。安いからしかたないのかな。そんな旅行をしたことがないので・・・・。そんなこんなで、1日ずらし(それも15名集まっているとの事。)申し込むことにしました。とにかく、私が行きたいところだけ行ければいい。あとは、何でもいい。どうにかなるさ~!そう思っています。必要なことだけが、起こってくることを知っていますから。
2005年02月04日
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ニセコから帰って、ニセコに住んでもいいかな~ってかなり心が揺れた。だって、ニセコでは50万ほどで土地も買えるし、廃材を利用したあまなりお金のかからない家も作れる。旅をし続けるってこと・・・・。去年広島先住民会議の時にアイルランドのヒーラーに、「私は、いったい後何年ぐらい行きたいな~と思ったところへ行く旅を続けるのですか?」と聞いた。なんとその答えは、「あと5年です。」え~あと5年も。お金がもたん。元気でいられるんだろうか?いろいろ考えが浮かんでいった。ついには、聞かなかったら良かったとまで思った。それを友達に言うと、「お金は出来るってことよ。」「おお~そういう意味か!」と単純に喜んだけれど・・・・・。落ち着いて、ほっとして、何かじっくり取り組んでみたいな~んて思ったりもする。でも、私の心の中には、ある映像がいつも浮かぶ。きっとそこが私が本当に行きたい住みたい場所なんじゃないかな~?そして、そこを探すために旅をしてるんだな~。と最近思えてきた。がむしゃらに行っても、決して見つからない所。一つずつ順番にプロセスを踏まえて進んでいかなければ・・・・。パズルを当てはめていくように。早くその場所にめぐり合って住むところにしたいな~。
2005年02月03日
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自分の感覚=直感を信じるようにと、ますます思ってきた。物事が、起こった時その状況にはまり込んでしまうのではなくどうして、今、この時に、このようなことが起こったのか。ここから私は、何を学んだらいいんだろう?何のメッセージなんだろう?と、いつもいつも問うことにしている。すると、自分なりに(これはねーこうなんだよー)と浮かんでくる。その感覚を大切に思うようにしている。思い浮かんだことが、世間一般とずれてたって気にしない。だーって、世間とはいったい何だろう?結局、一般的というか皆と同じってことだから・・・・。顔が、皆同じでなくても人は気にしない。だって、当たり前だし同じのほうが、クローンみたいで気持ちが悪い。でも、人と同じじゃないとーって思うことは、結構多くって、そのことが変!とは思わないように私たちは、育てられてきた。でも、それって本当に変!顔が違うように考え方や想いが違っても当たり前なのに。私は、そう思うな~。だから、自分の感覚を大切にしたい。人と同じという津波に呑み込まれないためにも。
2005年02月02日
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今日は、百ちゃんの命日です。百ちゃんは、私が初めて飼った猫です。前の年の7月に、14年半一緒に暮らしていた、ヨークシャテリアの萬が病気と老齢のために亡くなっていました。私の苦しい時、辛い時に一緒にいてくれた萬。萬が、ただそこに居るというだけで「生きていこう!」と救われた時が何度もありました。その萬が、亡くなったときはこんなにも悲しいのか!胸の中に大きな穴があいて、その傷口に塩を摺り込む様なひりひりとした、胸の痛みと共に穴を埋めるすべもない。空を見るだけでも辛い。それが、ずーっと、ずーっと続いていました。それで、もう犬は飼えない。でも、家で、ふわふわした暖かい生き物に待っていて欲しい!という思いから猫と一緒に暮らそう!と。ず~っと前から、猫を飼うなら黒猫。黒猫!そう決めていました。リビングという情報誌に、黒猫の子猫を譲りますと広告があったのでもらいに行きました。お母さん猫と他の3匹の兄弟達はシャムネコ。でも、百ちゃんだけが、黒猫ではなくパンダ猫でした。黒猫でないことをちょっと、迷いました。でも、大きな耳に大きな目。美人猫でした。 その美形につられて、家族の一員になったのは、10月中旬でした。外出から帰ると、走ってきて肩に乗ったり、お風呂ではふたの上で、じっと座っていたり、本当にかわいかったです。その年の12月終わりごろから、くしゃみをするようになりました。獣医さんへ連れて行くと風邪だとの事で、目薬をさしていました。私もそうなんだと思っていました。でも、くしゃみはずっと続くしー変だなと。1月になっても治らず、体も大きくなりません。何度か通院して、1月の終わりに長くて半年短くて1ヶ月の命といわれその時、長生きで きないのでは?と思ってはいたものの、ショックで泣いてしまいました。そして、数日後2月1日に亡くなりました。亡くなった時には、涙も出ませんでした。後になって分かった病名は、先天性腹膜炎だそうです。私にとって大切な存在が、また目の前から消えてしまったのです。もう、あのかわいい姿を眼にすることは出来ないのです。とても、とても、とても辛かったです。でも、ふと気付くと萬が亡くなってからず~っと心の奥深くにあった悲しみを百ちゃんが一緒に天国へ持って行ってくれていました。たった、3ヶ月余りしか一緒に暮らせなかったけれど、私は慰められ癒されたくさんの贈り物を頂きました。心から感謝しています。ありがとう!!ひゃくちゃん。
2005年02月01日
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