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又寒くなりました。4月なのに福岡の山間部では雪がチラチラしたとか?寒いはずです。昨晩は、長崎市長が狙撃されて死亡・・という痛ましい事件が起こりました。時々長崎の耳鼻科へ行くので、長崎駅前は、よく知っているところです。平和を訴えていた人が何で??米国では銃乱射で32人もの犠牲者がでました。平和な世の中になって欲しいものです。先日、市民劇場へ行きました。店に来られるお客様、Yさんから誘われて3年目になります。以前は要約筆記の方に筆記してもらって見ていました。けれど、その方も忙しくて来られなくなり、さて、どうしようか??と迷いました。Yさんが、どうしたら難聴者が劇を楽しめるか、いろいろ考えてくれて市民劇場の事務局長にも聞いてくれました。以前、門外不出の台本を借りて、それを一通り読んで行ってました。ところが劇が2時間から2時間半・・という長時間ですので、台詞をみんな覚えるのは、ボンクラ頭の私にはとても無理です。劇の間、台本を見ていいのか、わからなかったので最初は 上着などで台本を隠し、ペンライトで読んでいました。場面が暗いと、それも見にくい。それに(人工内耳手術の前だったので)役者さんの声は聞えるけれど、何と話しているのか全然判らないのです。多分、このへんだ・・・と見当をつけて台本をめくれば、早とちりの私は、いつも先の方まで進んでしまって、役者さんの動きと台本が、サッパリ合いません。度々要約筆記の方から「今はこの辺よ」と教えてもらってばかりでした。(あ~ぁ、やっぱり聞えないと劇は無理かな?見るのを止めようかな?)Yさんに話したら本当に私が楽しめるように真剣に考えてくれて(丁度その時は人工内耳の手術も受けたし)台本を堂々と見ていいことになりました。事務局長の配慮で私が観劇する日は、役者さん全部に「今日は耳の不自由な方が見に来られます」と話しているそうです。私の席は、特別席でいつも一番前か、二番目です。満席の中で一番前に座っている者が台本を堂々と見ていると、役者さんの気が散ってしまうそうですが、そこは皆さん快く了解してくださってるらしいです。役者さんの顔ぶれがまた凄い方ばかりで、仲代達矢さん、平幹二郎さん、樫山文枝さん、奈良岡朋子さん、栗原小巻さん・・などで、一番前の真ん中にいる私は、どうかすると役者さんと目が合ったりします。(ゴメンナサイ、台本見てて・・・)と心の中で詫びています。人工内耳を装用しているからといっても、健聴者のようには聞えませんので台本があると(本を見る、舞台を見る・・・と私の頭、目、耳はフル回転ですが)内容がわかり、皆さんと同じように楽しめます。哀しい場面では涙ぐみ、おかしい時はアハハと笑い・・舞台の終了後は、いつも手が痛くなるほどパチパチ拍手しています。感動を有難う、と。劇を見るだけではなく、劇場の会議にも時間が許す限り出席しています。これも皆さんに、難聴のことを理解してほしいので行っています。顔ぶれが毎回、少しずつ違うので自己紹介のとき「私は耳が聞えなくて人工内耳をしています・・・」と。ついでに要約筆記のこと、人工内耳、耳マークの説明まで話します。ほとんどの方が要約筆記や人工内耳のことを知らないので「へぇーッ知らない事ばかり」と驚かれます。今回は当番で「携帯電話のスイッチは切ってください」などのプラカードを持って座席を廻りましたが「michiさんが、来てくれたおかげで、今まで知らなかった要約筆記など知りましたよ。役者さんも台本を見ながらでも一生懸命、劇を見てくれている・・と嬉しいでしょうね」と声をかけられました。(私だけ台本見てて、気の毒だな~、悪いな~)と思っていたから、こんな考え方もあるんだ・・と少し嬉しくなりました。理解してもらえて気持ちも少し軽くなりました。物事はいろんな方面から見ると、思いもかけない考え方があるのだとつくづく感じました。難聴者が劇を見る楽しみの方法をともに考えてくれたYさんに感謝!!余談に、私の店でYさんと市民劇場の話で盛り上がっていたら、初めて来られたお客様が興味津々と話の輪に入られ、その方も毎回、市民劇場を楽しまれるようになり今ではYさんも交えて佐賀弁丸出しで話す友人みたいになっています。動けば変わる・・・一歩進めば出会いも生まれる・・世の中捨てたものじゃない。つくづくそう思う今日この頃です。 では また・・
2007年04月18日
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やっと統一地方選挙が終わりました。県議選でも知り合いの方から投票を頼まれたりしました。当然のことながら一票しかないので熟慮の末、投票しました。これからの四年間この選挙運動の時の気持ちを忘れずがんばって頂きたいと思います。先日店に知り合いの難聴の方が来られました。私も同じ難聴者なので本心から話してくれます。七十代の女性で多分、加齢による難聴だと思います。私は人工内耳を外すと全くの聾で重度難聴ですが、その方は手帳も取れないくらい軽い?難聴です。でも補聴器を着けないと聞こえにくいようです。(補聴器も障害手帳を持っていないので自費で買ったそうですが、片耳30万だったそうです。高いですね)息子さん夫婦と同居なのですが、共稼ぎなので孫が小さい頃から育ててきたそうです。以前は聞こえていたので孫を育てている時は「ばあちゃん」と慕ってくれたそうですが、今ではその孫も中高校生となり自身の難聴もあって、会話が格段に減ったそうです。一般に孫が小さい頃は「ばあちゃん」と寄ってくるのですが、年頃ともなると、なかなか来なくなるようです。その上難聴になったのですから、聞こえなくて聞き直すと一回位は話してくれるそうですが二回聞き直すと「もういい」と離れていくそうです。「寂しかよ~」と哀しそうに言われていました。家族で食卓を囲んでいても1対1なら、何とかわかるけれど三人・・となると、もう聞き取れなくて家族の団欒も楽しくない・・・とのこと。それで自室でテレビを見ると、ついボリュームを上げてしまうので「ばあちゃん、うるさいよ」と言われるそうです。もう胸が詰まって、なんと答えていいのか・・・大勢の家族の中の孤独・・なのですね。全く聞こえないわけではなく、手帳にも該当しないくらいの聴力だけど、それでも不自由なのです。聞こえ方も様々なので却って私のようにひどいと納得されるのですが、軽くても不自由さは同じです。どうしてかというと聞こえない方は聴神経が弱っている人が多く、言葉の判別能力が落ちるからです。補聴器を着けても、音は入るが言葉は聞き取りにくいのです。だから補聴器を着けているから、聞えている(言葉が聞き取れている)とは限りません。それで誤解されやすいのです。「補聴器着けてるのに何故聞えないの?」と。その方も家族から「補聴器してるのになんで聞えないの?」と思われていて(補聴器を着けてても聞きとれない私はおかしいのだろうか?)と悩んでいたそうです。「ちっとも、おかしくありませんよ。補聴器しても聞き取れない人は多いですよ」と言ったら安心されたようです。このように聞えない本人が自分の状況をしっかりと把握していないのです。そして1人で悩んだりして、余計に辛くなるのです。「聞こえない時は家族の方に書いてもらったら?」と言ったのですが余程理解がないと無理なようです。孫達の親・・・つまり自分の子供達が聞えない親(おじいちゃん、おばあちゃん)に、どういう態度で接しているかによって、孫達の対応も変わってくるのではないでしょうか?痛みのわかる家族愛・・・これが大切だと思いますが実際いつも一緒に生活していると、きれい事ばかり言っておれないかもしれません。一般社会に聞えない不自由さを理解してもらいたいのですが、まず家庭から変わらないとだめですね。聞えない事に限らず目が不自由だったり、足腰が弱ったり・・そんなときの労わりの心が大切です。特に聞えない事は外見上、どこも悪いように見えないだけに理解を得るのは難しいようです。外に出ても誰かから話し掛けられたら答えられなくて困るので、できるだけ知人と会わないように・・と思ってしまうそうです。それで「外に出たくない・・・」と。聞えなくて唯一いいのは、物事に熱中できることです。少々の物音は気にならないので趣味などに没頭できます。悪いことばかりではありませんが人とコミニュケ―ションを取れないのは人間としての人権にかかわります。いつも、どうしたら難聴を世間に理解してもらえるのか・・・と考えています。人がわかってくれるのを期待する・・・のでは遅すぎます。やはり当人が「こんな事が不自由なんですよ」と声を上げていく事が一番必要なのではないでしようか?難聴会として、今年も難聴に関しての講演会を思案中です。皆さんの意見を取り入れて頑張りたいと思っています。 では また・・
2007年04月09日
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