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暑い日が続いています。雨も降りそうで降らない。ムシムシムーン・・梅雨明けの少し前に、ドカンと洪水になってしまうのでしょうか?そうなれば大変だけど、農家の方のためにも、降ってくれないと困りますね。先日、知人が「子供(20代青年)の歯がボロボロでね~多分中国の歯磨きのせいよ」と。聞けば中国で8年暮らしていた息子さんの歯が、若い人とは思えないほどモロイのだとか・・毎日、中国製の練り歯磨きで磨いていたからだろう・・・と。今は日本に帰ってきていて歯医者通いらしいです。最近、中国製練り歯磨きが問題になっています。成分にジエチレングリコールが入っていてひどい所(パナマ)では多数の死者が出たそうです。パナマでは練り歯磨きではなく咳止め、抗アレルギー剤にジエチレングリコールが入っていて、心臓や腎臓神経系に影響を及ぼし多数の方が亡くなったそうです。こわ~い・・・と思いました。私は時々、難聴者福祉大会や卓球の試合で泊まりに行くことがあります。でもホテルなどに、備え付けてある練り歯磨きは使ったことはありません。歯ブラシだけで磨いた方が、まだしもいい。タップリ練り歯磨きを付けて磨く人もいますが、怖い・・と思ってしまいます。何も知らない10年以上前は練り歯磨きで磨いていましたが、何かの本に「口の中に入れるものは注意しよう」と書いてあったのを見て、それ以来ずっと粗塩で磨いています。練り歯磨きで磨くより粗塩の方が口の中がサッパリとします。日本製の歯磨き剤も怖いくらいです。ちなみにジエチレングリコールを調べたら信じられない用途に使われています。工業用溶剤、不凍液、燃料添加剤、ブレーキ剤などです。とても人間の身体に入れるようなものではない。日本の歯磨き剤は、そこまで危険なものはないと思うけれど最近は偽装が多くて信じられなくなってきています。以前から偽装はあっただろうけど最近は、次から次へと暴かれています。内部告発文書で明らかになった、大騒ぎの北海道「ミートホープ」の牛肉コロッケ。食生活で安全と思われている生活共同組合で売られていた「ミートホープ」の牛肉コロッケ・・・豚肉、鶏肉、鴨肉が原料なのに牛肉と信じて食べていた消費者。何を信じて食べればいいのか・・私はまず、市販の弁当は買った事がありません。防腐剤などが入っているから、なんともいえないような味がします。舌に残る・・・というか。どんな時でも必ず手作りのものしか食べません。これでも添加物を100%取ってないとは言い切れないけれど少なくとも自分(子や孫も)の身は自分で守るしかないと思っています。怖いことにコーヒーフレッシュは水とサラダ油と添加物で作ってあるそうです。体の為に良い・・といわれるパックサラダは切ってあるのでとても便利みたいですが、殺菌剤のプールで何度も消毒されています。(長時間腐らないほうがおかしいのです)子供の好きなミートボールは廃棄寸前の屑肉を大量の添加物で固めたものです。また、柔らかい色の悪い低級タラコも添加物の液に一晩つけてピカピカの高級タラコに変身して、わざわざ高いお金を出して買っている。数え上げればキリがない程の添加物の氾濫です。この添加物も法を犯しているわけではない。一流メーカーが、一流スーパーが売っているから大丈夫だと思っている。何でも少しずつだから大丈夫・・ということではなく体内に蓄積されれば長い人生・・・莫大な量になるでしょう。それが元で以前は無かったような病気が増えてきているようです。癌も多い。できれば和食が人間の身体にいいようですが、魚もメチル水銀が含まれていて、これまた蓄積されれば怖いものです。せめて畠の肉といわれる大豆だけでもいいのかな?と思っています。便利さと安さの代わりに私たちは何を失っているのか考えさせられる今日この頃です。ちょっと硬い話になりましたが安全神話が崩れていく日本の将来が不安ですね。 では また・・
2007年06月28日
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平年より遅れての梅雨入りです。今日の天候はひどかったです。雷、横殴りの暴雨、とまるで嵐のようでした。雷の音の凄さも人工内耳で耳に入るので(ウワーッ、凄いっ!)とお客様と感嘆の声・・・まだまだ、これからも雨ばかりでしょうね。先日、県外へ卓球の試合へ出かけました。車の中で女ばかり四人。私は後部席でお喋りを楽しみました・・・と言いたいところですが残念ながら、全部の会話は無理です。時々、隣に座っているTさんが「今〇△の話よ」と教えてくれますが、ついつい話が弾むと私への説明が少なくなります。高速道路に乗ったら、尚更わかりません。ゴォーッと車の音で話し声が、かき消されてしまいます。(何の話かな?聞きたいなぁ、でも話の腰を折るのも悪いし・・)と思いは逡巡します。聞きたいのに聞えない・・もどかしさ。もうイライラして思い切って人工内耳のスイッチを切ってしまって自分だけの世界に入り込もう・・としたら、隣に座っているTさんが「今、×〇の話よ」と教えてくれました。そしたら単純なもので(私のことを少しは気に掛けてくれているんだ)と思って気が楽になります。私もただ黙って座っているのではありません。「補聴器よりはいいけれど人工内耳も100%じゃないのよ。車の音で話し声が消されてしまうから聞き取りにくい」と説明します。「うん、うん」と聞いてくれます。すると前に座っているEさんが「前よりずっと聞こえているよ。贅沢言ったらダメ。普通の人と同じ様に・・なんて贅沢よ。そのくらい聞えてたら上等、上等」と言います。一般道路に下りると前に座っているEさんが話し掛けてきました。「孫ちゃん大きくなったでしょ?もう何ヶ月かな?」と私を話題に入れようとしてくれている心遣いが伝わります。「もう10ヶ月でハイハイして大変よ」と孫の話で盛り上がりました。トイレ休憩の時車椅子のEさんは「私は待っておくよ」と言うので私も残りました。(Eさんは卓球の仲間でも特に親しくしていて悩みを打ち明けたりします。)Eさんの凄い所はめげないこと!いつもニコニコ笑顔です。そして少しでも車椅子を押したら「有難うねぇ」と素直にスマイルで返してくれるところ。見習わなくては・・と思います。その時に私が「話が車の音で聞えなくて、ちょっと辛かったよ。聞きたくても聞えないもどかしさがあるよ」と言ったら「私も同じよ。ちょっと、そこまで行きたいのに歩けなくて動けない悔しさがある。思うように動けない体がもどかしい。でも仕方ないよ。誰でも何かしらの悩みを抱えて生きているのだから」と。「michiさんの気持ちもよ~くわかる」と言ってくれ、心が軽くなりました。沢山の人がいる中で、たった1人の人がわかってくれる・・これが大切なのだと思いました。いつもたった一人の理解ある人のおかげで私は今まで生きてこれたんだとつくづく思います。1人で生きてきたのではないのです。小学校、中学校、高校、会社、家庭で・・有難いことにいつも誰かが私の側に、変わりばんこにいてくれたのです。そう思うと私はなんて恵まれているのだ・・・と見えない神様?にお礼を言いたくなります。その後もホテルに着くと「朝早いので6時半に起こすから安心して寝てていいよ」と同室のmさんが言ってくれました。人工内耳を外すと全くの聾である私を気遣ってくれます。そして翌日、試合会場は立派な音響設備もある体育館です。このステレオタイプの音が人工内耳にとっては、とても聞き取りにくいのです。却って、いつも聞いている要約筆記講習会でのマイクがよほど聞き取りやすい。初めのうちは決まったコートですが、トーナメント試合で毎回コートが変わります。マイクで「佐賀のmichiさん、23コート」というふうに放送されていると思うのですが声は聞こえるけど言葉が聞き取れないのです。数人の仲間が「今度は15コートよ」などと私に教えに来てくれます。私は練習の時はバシッ?と打てますが試合になると”蚤の心臓”なので全くダメです。人様の前で話す講演は大丈夫・・・というか口から話言葉が勝手に出てくるので平気ですが、試合になると思うようにスマッシュも決められなくなりボロボロ。結果3勝3敗。試合ではいつも後悔あるのみです。試合が目的ではなく、それに付随する仲間との触れ合いや温泉、食事が楽しみで行っているようなものです。毎回どこかに行く度に、人との触れ合いで感動したり、感謝したり聞えないことも含めて人生勉強も、させてもらっています。 では また・・
2007年06月18日
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早い年には梅雨に入るかと思われる今日この頃、連日真夏日が続いています。今年は空梅雨なのでしょうか?暑いのと髪が伸びていたので思い切って短く切りました。いつもの美容院なので「暑いから短くお願いね」と頼みながら読唇で会話です。私が聞えないことを知っておられる美容師さんなのでジェスチャーを交えて話してくれます。いつもなら人工内耳で聞えているけど美容院では外さないといけないので会話が思うようにできないし、人工内耳を外すと全くの聾なので聞えない事がやはりもどかしくてたまりません。読唇といっても補聴器を使っていた頃に比べると読唇力が落ちているようです。それでも人工内耳を装用している時に比べると、外すとちゃんと読唇モードに切り替わるのです。近況やどんなスタイルの髪型にするか・・・など話題はありますが鏡に映る相手の口だけを見て話しているので時には的外れの返事をしているかもしれません。「口の形で読み取っているから、トンチンカンなことを話しているかもしれないので、その時はゴメンね」と言うとニッコリ笑いながら「ウンウン」と相槌をうってくれます。「もうちょっと短くお願いね」と言ってたら本当に耳のところも短くなりすぎて人工内耳を装用したら見えています。「ま、いいや」と思いましたが以前の私には考えられないほどの変化です。以前だったら少しでも補聴器が髪の間から見えようものなら、気になって、気になって髪を寄せて隠したりしていました。(知られたくない。普通の人と同じように見られたい)いつもそんな思いを抱えていました。それに比べて今はなんと言う変化なのかと自分でもビックリしています。このような気持ちに変わったのは、やはり難聴の活動をしてからです。行政に「耳マークカードをおいてほしい、要約筆記を広めて欲しい」と言っている当事者が聞えないことを恥ずかしいと思うなら矛盾しています。私は(聞こえないことは恥ずかしいことではないんだ)と堂々と言える看板にならなくてはいけない・・と思ったら、いつの間にか殻が取れていたのです。ひとつは家族の理解、協力が大きかった。子供達が「お母さん聞えないことを言うのはやめてくれ」と言ったらこんな活動もできません。三人の子供達はいずれも「お母さんのやりたい活動をしていいよ。頑張って」とエールを送ってくれます。今まで聞えなくてビクビク人の顔を見て生活していた頃に比べると随分気が楽になりました。以前の私は周りの人が話していると(何の話だろうか?私も知りたい)そればかり考えてたので表情も少し暗かったようです。もともと好奇心が強いのです。(知りたがり屋)だから今の私は「明るくなったね」とよく言われます。心の動きはそのまま顔に出るので気楽に過ごしていると顔にも明るさが表れるようです。髪が短くなり人工内耳(黒なのであまり目立ちませんが)が見えたら、それはそれで話の種になるかなぁ?なんて思いながら・・・「補聴器でも効果がない最後の手段と言われているんですよ」とか「佐賀には人工内耳の手術が出来る病院がないのよ。全国で手術ができない二県のうちの一つなのでなんとかしないとね」等と話せるかもしれません。ただ髪を切っただけだけど私にとってはいろんな思いがありました。また少しずつ歩いていこう。 では また・・・
2007年06月08日
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