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例年より紅葉が遅れている・・・とのことです。あの夏の暑さを思えば、仕方ありませんが、観光バスなど稼ぎ時がずれて、当てが外れて困っている・・との声があるようです。先日、開催した若い難聴者の集いは、少なかったけれど、とても盛り上がりました。佐賀に住んでいる難聴者が「若い難聴の方と話したい」と言われるので企画し、地元の新聞にも載せて頂きましたが・・・こちらのブログでカキコミをされたtotoさんが、福岡から難聴の友人を連れてきてくださり、他にブログを見ていただいているNさんも同じく福岡から来てくれました。(店に来られていた若い男性も飛び入りで座りました)Nさんは最近、店にも一度来て頂いていたので長年の友のような親しみを感じました。もちろん佐賀にいる、最初に「若い方と会ってみたい」と言われた二人も参加です。難聴者は私まで入れて6人。男性二人、女性四人です。少なかったらどうしよう・・・とハラハラしましたが、totoさんが「1人でもきてたらよかです(1人でもきていたらいいですよ)」と言ってくれたのでホッとしました。そして初めて会った方ばかりでしたが、すぐ打ち解けて皆さんニコニコでした。共通点は(中途難聴)・・・ただそれだけなのにお喋りエンジン全開です。佐賀の二人は手話を知らないので、ゆっくり話してもらうとわかるようでした。福岡の三人は手話を交えて、佐賀の方がわからないときはホワイトボードに書いたりして、話が盛り上がりました。主に「一対一ならいいけれど、三人になると話がわからない」「ところどころ聞こえるから、話の流れがつかめず普通の人と話している時話し掛け難い」「何で喋れるの?と言われたことがある」「皆がドッと 笑うと一人だけキョトンとしていなければならない」「聞えない・・とわかると話し掛けてもらえない」「難聴会には(束縛されそうで)属したくない。自由にしたい」(難聴会に興味がないのはちょっと残念ですが、私も無理強いしたくありませんし)「障害手帳は何級?(二級が四人、四級が1人でした)」「補聴器はアナログよりもデジタルの方が聞き取りやすい」「メーカーによっても違う」「子供の声が聞き取り難い」「子供のために人工内耳をしたほうがいいか?」etc・・・私は一般のお客様も来られたので、カウンターへ行ったりでずっと座っているわけではなかったけれど。お客さん・・といっても常連さんなので「オッ、盛り上がってるねぇ」とニコニコしてました。お客様が帰られると私も輪の中に入って話をしましたが、1人の方から「ここは静かでいいですねぇ。普通の喫茶店は周りが喧しいと聞き取り難い。その点ここは周りも静かでいい」と言ってもらいました。店がある場所は以前は市の中心街で人通りも車も多く活気があったのですが郊外に大型店ができ、店の周りはスッカリ寂れてしまっているのです。(これは全国的な傾向ですが)この寂しさが難聴者にとっては、静かな環境なので話が聞き取りやすくていい・・・と利点になるのだそうです。(音楽も低くしています)これには私もビックリしました。考えてもみなかったのですが、言われてみれば確かにそう・・・願ってもない環境なのです。ちょっと嬉しくなりました。佐賀のMさん(女性)がtotoさんから補聴器のあれこれをアドバイスしてもらって試しにtotoさんの補聴器を借りて携帯電話をかけたら「うわーっ聞える!聞える!生まれて初めて電話の声が聞き取れた!!」と大喜び。勿論やんやの喝采です。「ハッキリ聞えたよ~嬉しい~生まれて初めて~」とニコニコでした。こんな情報交換ができるのも魅力です。耳に関して「こうしたらいいよ」とアドバイスも飛び交い、まるで学生時代に戻ったようにアハハの笑い声が続きました。「聞えなくても聞き返せるから良い」「同じ悩みを隠さず話せる」「誰も失敗を笑う人もいない」・・・と次から次へと時間が経つのが早いこと・・延々5時間近く話していました。totoさん達、福岡から来られた方は「今まで若い難聴者の会に参加したけれど、聾唖者も一緒なので手話を早くされると、話がわからなかった。聾唖者と、中途難聴者には見えない壁がある。ここは中途難聴者だけだから話しやすい」とのこと。「今まで九州では若い中途難聴者の会は、なかったです。ここが初めてですよ」とtotoさんが言われていました。九州で始めての若い中途失聴者の会だそうです。これは次に繋げていかないといけない・・・と強く思いました。名称も決めなくては・・・案として”お喋りしよう会”??福岡では「若い聞えない方の集まり」と言っても聾唖者と難聴者が集まっていたそうです。あ~ぁ、だから福岡の方達は手話を使えるのだなァと思いました。私も手話サークルに行っていますが(店に聾唖者が来られた時、手話も必要だと思って習っています)手話を使いたいと思わない人には手話を無理に勧めたくないと思ってるし、自分が好きな方法で会話すれば良いと思います。手話、筆談等選べるようにしたいのです。ちょっと気になったのは佐賀の若い女性・・・可愛いおとなしい人ですが彼女だけ障害手帳がないし、補聴器も使っていないのです。大体おとなしい方なので、あまり話しをされませんでしたが、それでも楽しかったようで最後までいました。帰り際に「私だけ補聴器をしてないし、障害手帳もないし、ちょっと外れたようで・・」と言われていましたが「同じように聞えないから、貴女もちゃんと入っていいのよ」と答えました。彼女は片耳だけ聞えないのですが、補聴器も使っていないので話が途切れ途切れにしかわからないそうです。だから「障害手帳を持っていない人と知り合いたい」と言われていました。片耳だけ聞えなくても、それはそれで不便なのです。聞こえる方の耳をできるだけ相手の方へ向けて話をされています。聴力が軽くても悩みや困ることは沢山あるのです。彼女のように軽い方も参加してくれたら嬉しいけれど・・・一番最後に「このまま終わらせたら勿体ないよね。また次に繋げたいね。又集まりますか?」と私が問いかけたら全員一致で「勿論!!又集まりたい!」ということで11月24日一時半に集まることに決定しました。今回、仕事でこれなかった佐賀の女性の方も次回は休みを貰って参加したいそうです。ブログをご覧の中途失聴者、難聴者の方、よかったらいらっしゃいませんか?その夜も参加者の方から「とーーても、とても楽しかったです。又来ます」とメールがきました。皆さんの笑顔が何よりの活動の原点となりました。私にこんな機会を与えてくれたMさんたち、有難う!!またこれからも細く長く続けていきたいと思っています。どうぞ宜しくお願いします。
2007年10月29日
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あんなに暑かった夏も終わり、暦通りの気温になってきました。朝晩は肌寒く確実に晩秋に近づいています。北海道では雪もチラチラしているとテレビが伝えていました。10月20日、21日は 大分で難聴者九州ブロック大会が開かれました。隔年に行われるので私は初めての参加です。二年前は熊本だったらしいけれど会長に携わってから日も浅かったし、慣れてないので遠慮していました。佐賀から男性2名、女性3名の参加でした。JR利用の為佐賀駅に集合しました。土曜日だったので沢山の乗客で博多までは、座れなかったけれど70歳代の女性会員には、既に座っていた20代の女性が席を譲ってくれて大変嬉しく思いました。博多から別府までは指定席を取っていましたので、席を向かい合わせにしてお喋りに花が咲きました。このお喋り・・・というのが普通のお喋りではなく筆談です。会員の1人が殆ど聞えないので(補聴器で音は入るが言葉が聞き取れないのです)全て筆談します。1人でも聞えない方がいれば必ず書いて知らせます。(話が聞き取れないで、その場にいるのは辛いものです)全員に情報が届くことは必要。携帯用のホワイトボードに水性マジックで書きながら消し、書いては消しの繰り返しでワハハと笑い声が続きます。とても楽しい時間でした。(学生時代に戻ったような?)殆どが「聞えなくて困る」とか「聞えなくて離婚まで考えた」とか今では笑い話なのですが、それを笑って話せるほど(難聴会に入って)心にゆとりができたということです。他の乗客は筆談が珍しいのか、チラチラ見ていますが全く気になりません。聞えなくなると、こんな方法もあるのですよ、と見てもらいたいほどです。会場では九州各県から100名近く集まっていました。一見して感じたのは高齢者が多いということです。なので福岡から参加していた30代の男性など若さ溢れる姿で目立っていました。「若いのに(中年が多い難聴会に)よく入られましたね」と聞きましたら「会長から引っ張られて入った」そうです。本音は(彼女でも見つかるかな?)と。講演は安藤紀一郎氏の「吉四六さんは生きている」という面白い話なのですが、残念ながら要約筆記が話に追いついていなかったので、オチが感じられなく、笑い声があまりなかったようです。(全てを書くことは難しい、その点佐賀の要約筆記者は上手い!)漫才や落語などは耳で聞いてからこそ、ドッと笑い声が起きるのですが微妙な筆記では、それを表すのが難しいようです。私は人工内耳でほぼ聞き取れましたので、クスッと心で笑えましたが、これが健聴者の講演だったら、もっと笑い声があったのではないか・・・と思いました。次に全体討議に入り、「障害者自立支援法への取り組みについて」「北九州市難聴者中途失聴者協会の現状と問題点」「難聴者と要約筆記者は車の両輪か」などが討論されました。どの県も抱えている問題は同じで、要約筆記派遣は無料で行われているか?会員(特に若い人)が、なかなか増えない・・・これをどうしたらいいのか・・と議論白熱しました。まず楽しくないと会員は集まらない、若い方はパソコンを使うので各県でホームページを作成したらどうか?など沢山の意見が出ました。私も少し発言しましたが(自分が取り組んでいる、若い方の集まりの企画など)これが決め手・・というものはないようです。とにかくやってみる・・・動かないで黙っていても会員は集まらないので、難聴者宅を訪ねてみよう・・などもありました。全体討議の後は交流会です。これは希望者だけの参加なのですが食後はビンゴゲームもありました。佐賀の会員で「ビンゴ!」にならなかったのは私だけでした。ガッカリ!でも他県の方とお喋りできたのはよかったです。特に隣の福岡県の方には「若い難聴者の集まりをするので宜しく」とPRもできました。その後役員会議もあったので、全て終わったのは九時半過ぎていました。広い温泉でゆったりと湯船に浸かり疲れを取りました。部屋では佐賀の会員同士、気兼ねなくお喋りして束の間の楽しい時間が持てました。翌日は総会です。事業報告、会計報告の後、また「どうしたら会員を増やせるか」の議論になりましたが、これは各県の努力に委ねないと仕方ありません。そして帰りの時間にゆとりを持って会場を後にしました。皆さんが「楽しかった。他県の方の意見も聞いて勉強になった」と言ってくれたので安堵しました。次回は二年後宮崎です。もしかしたら東国原知事も出席してくれるかもしれないそうです。それを楽しみに・・・内緒話・・宮崎の人に聴いてみました。今、旬の人のこと。「知事が変わってどうですか?」「マサカ当選するとは思わなかったのでとてもビックリした。私は東国原知事に投票してなかったから・・・最初は大丈夫かな?と心配だった。でも活気付いてきたので今は、東国原知事でよかったよ」ですって。佐賀だけの難聴会もいいけれど、時には他県の方との交流で色々なアイデアを頂く事も必要のようです。又次に繋げていきたいと思います。 では また・・
2007年10月23日
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十月も半ばになると、だいぶ凌ぎやすくなってきました。朝夕は掛け布団も必要なほどですが、日中は少し汗ばむくらいの熱気です。今日は隣の市まで講演会へ出かけました。人権セミナーの講演で70名ほどです。免許を持たない私は、要約筆記者の車に同乗させてもらい会場へ行きました。時間的に昼過ぎからなので到着したら、まずスクリーンなどの設定後昼飯をとりました。私は自分でサンドイッチを作って持っていきました。昼食後、会場へ行ったら、まぁ懐かしい顔が・・・娘の同級生のお母さんです。「うわぁビックリ!!」「貴女を驚かせようと思って内緒にしてたよ。ハイ頑張ってね」と手作りの可愛い造花を頂きました。彼女Kさんとは娘の小学校から中学校時代、保護者会などで仲良くなり、いつも話していました。およそ五年近く親しくしていました。買い物先のスーパーで会えば悩みや子供の進路など尽きる事がありませんでした。ところが子供が高校に入る頃(15年以上前)彼女一家は、郊外へ家を建て引っ越してしまいました。それ以来、滅多に会うことがなくなりました。「寂しくなったぁ」と残念でしたが、引越し先が講演会場所の隣町でした。「広報で貴女が話すことが判って申し込んで楽しみにしてたよ」とのこと。当時、私は難聴会や要約筆記のことも知らないまま、どちらかと言うと、おとなしい方でしたから彼女も驚いたことでしょう。講演時間は一時半から三時まで・・普通は、大体予定通りに話を終えるのですが、今日はどうした事か勘違いして三時半まで・・・と私の頭のスイッチが故障してました。自身の体験から話を始めて、小学校、中学校、高校、社会人・・と辛かったことも交えて話し時計を見たら三時近く・・・ところが話は乗ってるし、頭の中では三時半まで・・・と思っているので、話し続けていたら要約筆記者がメモに「三時です」と書いて知らせてくれました。またまた予告まで知らせてくれて・・・と変に勘違いし、話しを終えたのが三時十分。(アラッ、二十分も時間が余った)と、それでも気付かない私。司会者の説明後、控えの席に戻ったら要約筆記者から「三時過ぎちゃったよ」と言われ、やっと時間オーバーに気付いたのでした。こんな事初めてです。赤面の至りです。内容は、育児で夜泣きが聞えず主人とともに三人の子を育てた事、主人亡き後、難聴会を知ったいきさつ、要約筆記で話がわかることの素晴らしさ、存在感、耳マークや人工内耳のことまで話し、最後に「若い難聴の方の会を立ち上げる予定です」で締めくくりました。要約筆記の方お疲れ様です。難聴会の例会では聞えにくい方ばかりなので筆記も追いつくようにスクリーンに書き出されている状態を見ながら進めるのですが、今日は聴衆が一般の人なので自分のペースで普通の講演会のように話しました。筆記者は、休む間も無かったでしょうね。終了後、ちょっと休みましょう・・・と咽喉が渇いていたので売店へ行きましたら、若いお母さんみたいな方から話し掛けられました。「今、話を聞きました。有難うございました。私はFさんからmichiさんの話があることを聞いて聞きに来ました。娘が難聴なんです」Fさんは、五歳の子供さんが生まれつき難聴で、私の店にも来られたことがあり、「ダンボの会」という難聴児の親の会を立ち上げられた人です。「小学生ですか?聞えはどれくらい?何級?」と伺いましたら「6年生です。二級です。普通の学校へ通っています」「勉強が難しくなりますね。要約筆記のノートテイクで授業をうけられたらいいですね」と答えましたら「本人がまだ自分の障害をなかなか受け入れられなくて・・・ノートテイクを自分だけ受けるのは嫌だろうし・・・難しい年頃になってますから」と涙ぐまれてました。もう本当に胸が痛みました。昔の私をソックリそのまま見ているようです。私自身も小学校高学年、中学校・・・と補聴器を着けているのが嫌でたまらず、外してしまったこと、聞えないことを知られたくなかったこと、何で自分だけ聞えないの!!と苛立ちを隠せなかったこと・・・がありました。今でも、そうして悩んでいる子がいるのです。何とかしてやりたい・・少しでも悩みを軽くしてやりたい・・・でもその為には、まず自分の障害をシッカリ受け止めないと前へ進めません。「辛いですよね。一度娘さんにも会ってみたいですね。本人は充分頑張っているから、ガンバレというのは酷ですね。だから一般の方に理解を求める為に話しているんです。気楽に(聞えないから書いて下さい)と言えるような世の中になって欲しいですね」と私は話しました。「今日話されていた若い難聴者の集まりでも行きたいけれど、うちの子はまだ子供だから参加は無理だし・・いつか、又お会いできたらいいですね」とその若いお母さんは言ってくれました。その場から去りがたいような感じでしたが、親としても辛いだろうなァと子育てが終えた私でも思います。どこかに行くと、又新たな人との出会いがあり、ほっておけないことが出てきます。何とかしてやりたい、何とかしないと・・・この想いが尽きる日はないようです。また、ひとつ、小学校高学年、中学校での難聴者のことが気になりだしました。少しずつ、少しずつ考えて、できることを進めていきたいと思っています。 では また・・・
2007年10月16日
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十月とは思えないほどの暑さですが、台風の影響か、曇り空で今にも雨が降りそうで降らない、蒸し暑い日々です。住んでいる地区の体育祭の準備で(班長をしている関係で)早朝から、握り飯作りの手伝いがありました。今ごろの時世に市内の中心部にかかわらずまだ炊き出しがあります。多分、うちの地区だけみたいです。難聴会もあるのでバタバタするし、最初は事情を話して、「欠席でいいよ・・」と言われていましたが、気になり、少し手伝いに行きましたが、早めに失礼してチャリンコで難聴会の会場へ直行しました。ハァ~ッ汗ビッショリ。例会は、体育祭や稲刈りのせいか出席者が少なかったです。県助成金で11月11日に難聴会主催の講演会を予定していますので、準備の話から始めました。受付は?司会は?駐車場は?などと要約筆記のOHPスクリーンを見ながら決めていくので、多分、一般の会議の倍は時間が掛かっていると思います。少ない人数の中から係りを決めていくので70歳以上でも立派な戦力です。皆さんが難聴者なので一番困るのが人と接する、会話することです。受付は要約筆記者も側に座ってもらうことで、筆談で応対できます。問題は駐車場です。側に要約筆記者に、ついてもらうほどの人数の余裕がありません。「駐車場では1人ひとりに(会場は前です)と言わないといけないんですか?」と質問がありました。「何か聞かれたら困る」ことが不安なのです。「いいえ、聞かれた事だけ答えて車を誘導してください」と私が答えたら「聞えないし、話し掛けられたら困るので予算があればガードマンを頼めないですか?」という意見が出ました。「ガードマンを頼む余裕はありません。ホワイトボードなどを持ってて書いてもらって下さい」と言いましたら一瞬エーッというような顔をされましたが、私はすかさず「書いて下さい・・ということで難聴者の実態が判ってもらえるから、そのようにして下さい」と答えました。聞えないから何もできない・・・では、いつまでたっても理解を得られません。手話を使えない難聴者には筆談で・・・という方法があることを、身をもって示す良い機会だと思っています。納得してくれたようです。一般の方に手伝ってもらう方法もありますが自分達、難聴者協会が主催なのですから自分達ですることが大切だと思います。殆どが70歳代ですので私より目上の方ばかりですが近頃の高齢者は若いので、できることは、やってもらいたいと思っています。「入り口に案内書を・・」「講師の方は誰が駅まで迎えに行くか?(責任者である私がしないといけない)接待は?」「難聴の方が主だから(筆談用の)メモ用紙を受付に置いておく」などいろんな意見が出てきました。お喋り会は私の店の喫茶店で開催するので雰囲気のせいか、誰でもよく話しますが例会は福祉センターの会議室みたいな所であるので全く話さない人もいます。それで私は、できるだけ話の輪に入ってくれるように気がけていますが、人によっては、なかなか口が重いのです。無理に話させることはしたくありませんが、1人でも笑顔があるか、楽しんでくれているか・・それに重きをおいています。一部の人だけが話して終わり・・・では、折角の集まりの意味がありません。聞こえ難いから、日頃家庭でも話し掛けてもらえない人もいるので、難聴会で心から楽しんでもらいたいと思っています。会員の殆ど聞えない70歳代の女性の事ですが、以前は「どこに行っても話が聞えないから楽しくない」と言われていました。でも難聴会に入って要約筆記者のノートテイクや筆談で仲間と話をして内容が判れば「アハハ」と声高に笑われます。それで「今まで親戚が集まる時全く聞えないでつまらなかったが、この前ホワイトボードを持っていったら、姪っ子達が書いてくれて、賑やかでとても楽しかったよ」と嬉しそうに話されました。もし難聴会に入ってなかったら筆談やホワイトボードのことなど気付かず、ズーッと淋しい思いをされていたかもしれません。こんなふうに「書いてもらえて楽しかった」等と話してくれる笑顔を見ることが私の一番の喜びです。人間らしい感情を保つことが、生きていく上で、どんなに大切な事でしょうか?講演会の準備の話の後、近況報告をひとり一人に話してもらうことにしています。折角難聴会に来たのですから自身が輪の中に入ってもらいたい。中には話すのが恥ずかしいのか「皆さんの話を聞くだけでいい」とニコニコされている方はそれでもいいし、「声が、あまり出ないので読んで下さい」とメモを出される人は他の方が代読しています。このように「きてよかった」「楽しかった」と喜んで帰って頂くと私も張りがあります。結構いろんな意見続出で要約筆記者の手が休まる暇がありませんでした。ずっと書かれていたので(気の毒だったなぁ~でも、お疲れ様!)要約筆記の方のお陰で楽しい例会ができます。感謝です。有難う!!聞えなくて淋しい思いをしておられる方に、ぜひ要約筆記や筆談を知ってもらいたい。人間らしい喜怒哀楽の感情とともに過ごして欲しいと思います。 では・・・また
2007年10月07日
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