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29日に続いて今日も埼玉県は雪でした。最初は「どうせ積もらないだろう」と高を括り車で買物に行こうとしたんですが、道路を走っているうちにどんどん雪が積もりだし、ほんの数分走っただけで6度もスリップ(!)。これはいかんと思って買物をせずに家へ引き返し、結局歩いて近く(と言っても徒歩20分くらい)のコンビにまで歩いていってきました。 あたりは一面の雪景色。「「仮名手本忠臣蔵」の九段目(雪の山科が舞台なのです)みたい!!」と大喜びしながら行ったので(笑)、途中で滑って転んだりしても全然苦にはならなかったです。ちなみにうちの近所の積雪の様子とコンビニで会った犬(すごく寒そうだった)の写真を撮ってみたので下に載せておきますね。 さて今日で2004年もおしまい。昨年に引き続き、今年の大晦日も一年の総決算をしたいと思います。 そうですねぇ……私にとって2004年は、一言で言うと「刺激的な一年」でした。まぁ今までがあまりに何事もなく過ぎていたのかもしれませんが、とにかく今年一年は私にとって大きかったなぁ…と。いろんな機会や出会いに恵まれた年だったと思います。特に印象に残っている出来事を挙げると、吉野旅行・教育実習・大学院入試・卒業論文の4つでしょうか。 歌舞伎座全公演制覇は叶いませんでしたが、舞台を観る機会にも恵まれました。2004年に観た中で一番印象に残っているのは、2月歌舞伎座の「茨木」(玉三郎さん)。あと印象に残っているのはやはり歌舞伎座3月の「伽羅先代萩」(菊五郎さん)、4月の「棒しばり」(勘九郎さん、三津五郎さん)、5月の「勧進帳」(三津五郎さん、海老蔵さん)、11月の「積恋雪関扉」(吉右衛門さん、富十郎さん、魁春さん、福助さん)、「廓文章」(鴈治郎さん)といったところでしょうか。あとは生の舞台ではないのですが、今年は近世の先生からビデオを見せていただく、あるいは貸していただく機会が多くあり、その中に「これは面白い」というものが多くあったように思います。 このHPに関しては、今年は私の中でこのHPの存在感が一段と増した年でした。去年は楽天会員の方の素通りがアクセス数の大半を占めていたのですが、今年は楽天会員・非会員問わずこのHPを目当てに来てくださる方が多く、とても嬉しかったです。アクセス数自体も、ここ数ヶ月でぐんと増えました。書き込みもいろいろいただきましたし、その書き込みに影響を受けることもずいぶんありました。あとは「HPを見たよ」と言ってもらったりHPに書いた話題で会話をしたりという機会も多かったです。ねこっぽ雑記に来てくださった皆様、今年も本当にどうもありがとうございました。 さて来年の抱負ですが……あ、これは年が明けてから言うことにしましょう(笑)。 それでは皆様、良いお年をお迎えください。そして来年もねこっぽ雑記を宜しくお願いいたします。
2004年12月31日
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今年もいよいよあと二日。そんなときに……なんで親知らずが疼くんだっ(泣)!? 実は12月下旬からすでに違和感はあったのです。でもあくまでも「ちょっと気になるな」という程度。ところがここ数日でだんだん物を噛むのが辛くなってきました。美味しいものを食べても痛みのために美味しさは半減。辛いなぁ。とりあえずのた打ち回っている間に年を越すようなことにならないことを祈ります。まぁ99%そんなことはないだろうけど。
2004年12月30日
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冬休みに入って約1週間。打ち上げやいつもはなかなか会えない友人と会うなど普段とは違う楽しみがある反面、大学がないのがちょっと寂しい今日この頃です。とはいってもあと10日もせずにまた大学が始まるのですが。 さて、今日は地元の大学図書館で本を漁ってきました。今日が年内最終日だったので比較的利用者が多く、コピー機に長蛇の列ができていたり、はたまた借りたいと思っていた本を借りられていたりとまぁいろいろありました。最後のほうはバタバタしてしまったけど、でもとりあえずやろうと思っていたことはこなせたので良しということで。 図書館の帰りに猫を見つけたので試しに手を伸ばしてみたら、逃げるどころか擦り寄って来られてなんだか和んでしまいました。しかもその猫が友達の猫を呼んだものだから2匹にすりすりとされてしまって(笑)。なかなか立派な三毛猫でした。連れて帰りたかったな。
2004年12月28日
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先週の月曜日に行った血液検査の結果を聞きに病院へ行ってきました。微熱自体は先週末くらいに治まったのだけれど、一応結果は聞いておきたいと思って。そしたら先生曰く「問題ないです。百点満点ですね。」とのこと。というわけで今回の微熱も「まぁ多分風邪でしょう」で済まされてしまいました。もちろん健康に越したことはないのですが…ちょっと面白くなかったなぁ(泣)。 その後いったん家に帰ってから地元の大学図書館に借りていた本を返しに行きました。8冊を持っていくのはさすがに重かった。でもどうしても今日返さなければならなかったので気合で運びました。 夕方からは高校時代の友人たちとの集まり。私は用があったので途中で抜けてしまったのですが、まぁとにかく懐かしかった。ちなみに私は待ち合わせ場所に行った途端友人からなぜか頭をなでまわされました。別に高校のとき妹的キャラクターだったわけでもないんだけどなぁ。リアクションに困ったので、とりあえずペットのように喜んでみたけど。もう少し書きたいところですが、ごめんなさい、眠くてしょうがないのでギブアップ。また明日~。
2004年12月27日
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今日は国立劇場12月歌舞伎公演を観劇。近世自主ゼミで「勧進帳」についていろいろと教えていただいたので、それをぜひ生の舞台で確かめたいと思い、なんとか千穐楽に滑り込みました。 チケットの予約をしたのはなんと昨日。一番安い3等席を狙っていたのですが、さすがに日曜、しかも千穐楽では3等席があるはずもなく、結局清水の舞台から飛び降りて特別席を購入してしまいました。かなり痛かったけどでもさすがに眺めは最高でした。2階最前列中央で、舞台から近すぎず遠すぎず、前に遮るものもないし、なかなかの環境でした。しかも私の隣にはNHKの古谷敏郎アナウンサー(芸能花舞台に出演されている)が座っていらしたんですよ!最初は全然気がつかなかったのですが、ふと見たら「あれ?どこかでお見かけしたな…」と。すごく肌のきれいな方でした。どこを見ているんだか(笑)。ちなみに同じくNHKの葛西聖司アナウンサーもお見かけしました。 さて感想なのですが、まず初めは「花雪恋手鑑」(はなふぶきこいのてかがみ)。放蕩の末に勘当され、苦し紛れに養育費目当てで赤ん坊を引き取った狩野四郎次郎元信。しかしこの赤ん坊が実は許婚の小雪の産んだ子と分かり、嫉妬に駆られ……という物語。結局この子の父親が四郎次郎だったことが判明し、最後はめでたしめでたしで幕となります。 四郎次郎役は染五郎さん。染五郎さんが上方和事に挑戦ということでどんな感じになるんだろうと思いながら観ていたのですが……結論から言えば、やっぱり上方和事って難しいんだな、というのが一番の感想でした。染五郎さんが一生懸命やっていることは良く分かるんです。でも一生懸命にやってもどうすることもできない、上方らしさというものがあるんだな、と。それじゃあ上方らしさって何?と聞かれたら言葉に詰まるのですが、それでも染五郎さんのを観ると「…違うなぁ」という気がする。 そう考えたとき、以前秀太郎さんが仰っていた「鴈治郎さんがいなくなったら和事のできる人はいなくなってしまう」という言葉がふと頭に浮かびました。そして「それって冗談じゃなくて本当のことなんだ」とも思いました。とても寂しいことだけれど。 あとはこの「花雪恋手鑑」、やけに台詞の中に現代のものを取り込もうとしていたんです。「ギター侍」とか「ジャパネットたかた」とか「ハッスルハッスル」とか。明らかに受けを狙っています、という感じで却って引いてしまいました。取り込むにしてももっと控えめでいいと思うんだけどなぁ。 さて2つ目の演目が今回のお目当ての「勧進帳」。自主ゼミで使ったプリントをチェックしながら観劇しました。今まで気にしたことのないようなポイントを一つ一つ追いながら観ていくのはとても楽しかったです。教わったことを実際の舞台で確認することによって納得できた部分も大きかったし。ただ本当は千穐楽に滑り込みで1回のみの観劇ではなくもっと何度も観るべきだったのだけれど。 そして感想なのですが……結論から言うと、私としてはちょっと不満が残りました。 まず幸四郎さんの弁慶。なんだか一見重々しいように見えるのだけれど実際には軽い、そんな演技に見えました。あとは最後の方が、疲れ果ててしまって動きがせわしなくなっているような印象を受けました。 染五郎さんの富樫は、富樫になりきれずに染五郎さんのまま舞台に立っているような感じ。あとはなんだか歌舞伎らしさが薄いなぁ…と。5月の海老蔵さんの方がずっと良かったように思います。 義経は芝雀さん。「判官御手を取り給ひ」のところでその心情を表情に込めていたのが印象的でした。 ところで今日はカーテンコールがあったのです。弁慶が六方で引っ込んだ後(手拍子に乗っての引っ込みでした)、客席からは鳥屋に向かって大きな拍手が。そうしたらしばらくした後幸四郎さんが鳥屋から登場。本舞台からの登場ではなかったことにまず驚いたのですが、さらに驚いたのは幸四郎さんの格好。鬘を取って大口・水衣も脱ぎ、その下に着ていた翁格子の着物だけで花道へ出てこられたのです。「こんなカーテンコールもあるんだなぁ…」と思いつつ拍手していました。 というわけでこの公演で今年の歌舞伎は見納め。来年もたくさんの舞台が観られますように。
2004年12月26日
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(25日更新。お待たせしました。) 今日はクリスマス・イブ。大学に入ってからはクリスマス・イブに友人と歌舞伎を見るのが恒例となっていまして、今年も歌舞伎座昼の部を観劇することにしました。とはいうものの手元にチケットはなし。しかも昨日電話したところ前売り分は売り切れたとのこと。そんなわけで幕見をすることになり、ちょっと気合を入れて9:00から並びました。「前売りが売切れるくらいだから幕見もそれなりに入るんだろう」と予想して9:00から並ぶことにしたわけですが……2・3幕目はともかく1幕目はさほど混んでいなかったです。ちょっと拍子抜け。でも開演までの2時間の間久々に友人とゆっくり話ができたのでよかったな、と。何しろ彼女と会うのは約半年ぶりだったので。 さて歌舞伎の感想ですが、まずはじめは「八重桐廓話」(やえぎりくるわばなし)。金太郎のお母さんの話です。大学1年のとき、市川猿之助さんの著書『夢みるちから』を読んで「歌舞伎について知りたい!」という衝動に駆られた私は「とにかくまずは生の歌舞伎を観てみよう」と思い歌舞伎座へ。その月に上演されていたのがこの「八重桐廓話」。そんなわけで私にとってはとても思い出深い演目なのです。今回歌舞伎座の昼の部を観ることにしたのも「八重桐廓話」が観たいから、というのが一番の理由でした。 後に金太郎の母親となる八重桐を演じるのは福助さん。当たり前といえば当たり前なんですが、非常に福助さんらしい八重桐でした。変な表現ですけど、粘りつつも発散している感じ。一方前回見た時蔵さんの八重桐はおおらかでさらっとした印象を与えるものでした。そしてこれもまた変なたとえなのですが、もし4面障子張りの部屋があったとしたら、時蔵さんはその空間の中できれいにまとめて見せる面白さ。一方福助さんは与えられた空間に納まらずに障子紙にボコボコ穴を開けてみせる面白さ(笑)。客席の反応としてはやはり後者の方が良かったように思います。でも私は初めに観た印象が強いせいか時蔵さん八重桐の方が好きです。 あとはどうやら時蔵さんの時と福助さんの時ではやり方が多少違っているようで、時蔵さんがご自分で言っていた台詞を、福助さんは竹本に取らせたりしていました。もう3年前に観た演目なのに観出すと結構思い出すもので、驚きでした。 まだまだ書きたいことはあるのですがこれ以上長くなるのも気が引けるので次の演目へ。 二つめの演目は「身替座禅」。座禅をすると偽って浮気相手の花子に会いに行く山陰右京。しかし妻・玉の井は右京の身替りになって座禅をしていた太郎冠者を見つけ、すべてを聞き出してしまいます。太郎冠者に代わって座禅をする玉の井に向かい、そうとは知らない右京は花子との逢瀬を語りますが…。結局最後は妻→怒り心頭、夫→平謝り、で幕。山陰右京は勘九郎さん、玉の井は三津五郎さん。 感想は……なんかもっとはじけた舞台になるのかと予想していたのですが、案外そうでもなくて「あれ?……ふーん。」 という感じ。筋書のインタビューで勘九郎さんが「今回は本当に何もしないで上品につとめたいと思っています」と答えていらっしゃいますが、確かにそんな感じ。正直言ってちょっと物足りない印象を受けました。だからといってじゃあはじけた勘九郎さんがいいのかというと一概にそうも言えないと思うのですけど。 三津五郎さんの玉の井は、やはり筋書のインタビューで三津五郎さんが「ただ怖い奥方ではなく、ご亭主の右京が好きで、その愛情があふれてつい怖くなる。そういう風に玉の井を演じたい。」と仰っていますが、これまた納得。私は亡くなった澤村宗十郎さんの玉の井が大好きなのですが、宗十郎さんの玉の井も演じる方向としては同じだったのではないかと三津五郎さんの玉の井を観て感じました。演じ方は決して似ていないのだけれど、目指す方向は同じだったんじゃないかな、と。あとは三津五郎さんは踊りの上手な方なので、動き方に神経を使っているような印象を受けました。 最後の演目は「梅ごよみ」。芸者の米八(勘九郎さん)と仇吉(玉三郎さん)が丹次郎(段治郎さん)をめぐって張り合うという話。思わず友人と二人で「段治郎さんも出世したねぇ…」と感慨にふけってしまいました。しかもびっくりしたのは、丹次郎さんったら米八と仇吉に思われていながら最終的にはお蝶(春猿さん)とくっつくんですね(笑)。「こんな終わり方でいいのか…?」と思わないわけでもないけれど、ああでもしないといつまでたっても張り合っていそうだし…まぁいいか。 そういえば今回楽しいハプニングがありました。米八が丹次郎のところにやってきて仇吉の悪口を言う場面があるんですが、勘九郎さん「米八が…」「仇吉が…」と言っているうちにどっちがどっちだかわからなくなってしまったらしい。とうとう「仇吉が」と言うところを間違って「米八が……違う!仇吉が」と言ってしまい、勘九郎さんご本人も明らかに笑いを堪えていたんです。そしたらそれに対して段治郎さんが「訳の分からないことを言うんじゃねぇよ」と一言。これには客席も大受け(笑)。でもこの段治郎さんの一言が笑いを取った一方で話もうまくまとめ、芝居は元の軌道に戻っていったのでありました。あれって段治郎さんのアドリブだったのかなぁ。そうだとしたら本当にすごいと思うんですが………どうなんでしょう? 12月歌舞伎昼の部に関しては以上。 その後、友人とお茶でも飲もうということになり、歌舞伎座のある東銀座を出発して彷徨ううちにいつのまにか日比谷へ。結局日比谷シャンテ内のモロゾフでクリスマス限定ケーキを食べました。 甘さ控えめだし見た目にもきれいだし美味しかった~。ちなみに日比谷シャンテは目の前が東京宝塚劇場なので、他のお客さんの会話が思いっきり宝塚の話だったりして、なんだか懐かしくなってしまいました。一方私たちは紅茶を飲みつつ『演劇界』(歌舞伎専門誌)を読んでいたりしたのですが(笑)。 やがて帰ることになり日比谷から銀座へ向かって歩いていた私たち。そしたら……なんだか道路の向こう側がやけに明るい。何かと思ったら、東京ミレナリオだったんです。図らずも点灯初日に見ることになりました。 生で見るのは初めてだったんですが、なかなかきれいでした。でもミレナリオを通り抜けて一般道に戻った時はなんとも空しいものがありましたね(泣)。
2004年12月24日
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昨日の自主ゼミの打ち上げに引き続き今日は中世卒論ゼミの打ち上げがありました。 打ち上げ自体は18:00~だったのですが、その前に有志で打ち上げに備えてのお買い物をしたので実質は14:00から。集まった有志がよりによって濃いメンバーだったので(笑)、14:00からハイテンションで突っ走りました。 ちょっとテンションを上げすぎた。特に買い物をしているときが凄かったなぁ。「…こんなのいらないよ」というものを「買おう!」と言ってみたりとか、はたまた商品のソファーに座りながら大騒ぎしたりとか。正直言ってかなり迷惑な客でした。池袋LOFTさん、ごめんなさい。 買物が終わって少々時間ができたので、打ち上げを前にケーキを食べました。とはいってもそこのケーキ屋さんでも打ち上げに向けてせっせと準備をしていたのですが。 いろいろな準備があったわけですが、そのほとんどは「こんなこと他のゼミではやらんでしょ」というようなもの。なんていうか……今年の中世ゼミ(の一部)はネジが数本飛んでいるんですよね(笑)。私はそれを面白がって参加していた派なんですけど。 で、このケーキ屋さんで行った「こんなこと他のゼミではやらんでしょ」という準備のの1つが「中世組連判状」。中世卒論ゼミのメンバーの一部は、今まで中世卒論ゼミメンバーのことを、新撰組に引っ掛けて「中世組」と呼んでいたのです。いや、「忠誠組」と言った方が正しいのかもしれない(笑)。で、今回せっかくだからその連判状を作ろうということになったのです。というわけでメンバーの一人が作ってきてくれた巻物にせっせと名前を書いていました。 その際、どうせなら新撰組チックに役職を決めようということになって、局長、副長、総長などなど勝手にどんどん決めていってしまいました。私に関しては最初「近世組からの間者ってことにしておいて」と言っていたんですが、最終的には監察方にしてもらいました。ありがたき幸せ。 こんな感じで連判状完成。その他いろいろと準備をこなし、いよいよ打ち上げに突入。池袋の「美人豚家」(べっぴんや)というお店で焼肉をしました。 焼肉はかなり久々だったんですが予想していた以上に美味しかったです。思わず許容量以上に食べてしまいました。「どんな味だろう?」と思いつつ頼んでみた柚子のお茶もなかなかだったし。 そして話が弾む弾む。友人の話に突っ込みを入れつつお肉を焼き、先生のお話に「へぇ~」と思いながらデザートを食べていたらあっという間に2時間経ってしまった、という感じでした。 そうそう、例の連判状を先生にお渡ししました。見た途端引いてしまわれたらどうしようと思ったのですが(泣)、喜んでくださって研究室に飾ってくださるとのこと。他の品物も喜んでいただけたみたいで、それだけでお買い物組は「今日の役目は終わった…」と達成感を感じておりました。 とはいうものの一番達成感を感じていたのは、例の巻物を用意してくれたOさんだと思います。彼女は巻物以外にも「これでもか!!」というほどいろいろ用意してくれたので。彼女の意気込みに拍手+脱帽。 そんなわけで今日は楽しい時間を過ごすことができました。みなさん、どうもありがとう。
2004年12月22日
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今日は自主ゼミの打ち上げがありました。うちのゼミはメンバーのほとんどが4年生なので今年はそれぞれに忙しく、大人数で集る機会もあまりなかったので、なかなか貴重な会となりました。場所はキリストンカフェ@新宿。 その名の通り内装は中世の教会チック(写真参照)で、ちょっとディズニーランドのアトラクションにでも来たような感覚を覚えました。食事(コース料理)も思った以上に種類があって「えっ?まだあるの?」という感じ。一生懸命食べました。多分元は取れたはず。打ち上げに行く前にちょっと髪を切ってきました。本当にそろえる程度だけど。で、確か以前の日記でも書いた気がしたんですが、担当してくださった美容師さんが私のことを覚えていてくださったんですよ。なんでだろうと思って「よく覚えてらっしゃいますね」と言ったら「いつも面白い話をしてくれるから覚えているのよ」とのこと。まぁお世辞が何割か入っているにしてもこういうのってやっぱり嬉しいな、と。本日の収穫。先日図書館で借りてきた近松門左衛門関係の本がなかなか面白かったこと。まだ読み始めたばかりだけど期待できそう。
2004年12月21日
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今日は病院に行ってきました。一週間くらい前から微熱が続いているもので、いいかげんどうにかしたいなぁと思って。 微熱が長い期間続くという症状は去年の2月、12月に引き続きこれで3回目。風邪で熱が下がらないのなら「栄養と休養を取れば治るさ」と呑気でいられるんですが、私の微熱はどうも風邪ではないらしい。以前この症状が出た時に血液検査をしてもらったら、「ウイルスとばい菌の中間のようなもの(←正式名称はあまりに長くて忘れた)の量が通常の倍以上になっている。このままだと肺炎になりますよ。」と脅されてしまいました。それが妙に頭に残っていたので、今回微熱を出したときも一番初めに頭に浮かんだのは「まさか……肺炎!?」。いや、本気でそうとは思っていませんけど。でもとりあえず病院に行った方がいいだろうと思って、近所の総合病院に行ってきました。 週明けだしかなり待たされるんだろうなと思っていたのですが、今日はなぜか気持ち悪いほどに空いていてあっさり診察してもらえました。なんだ、せっかく待ち時間に本を読もうと思ったのに。 で、今回も血液検査をしましょうということで血を抜かれました。なんか最近血を抜かれる機会が多くなった気がします。でも実は私自分の血液型を知らないんですよ。その話をすると友人たちから「あなたはきっと~型だ」といろんな血液型を言われるんですけど。本当のところは何型なんだか。 血液検査の結果は一週間後とのことなので、今日は当り障りのない風邪薬をもらって帰りました。早く元気にならないと。
2004年12月20日
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大変ご無沙汰いたしまして申し訳ありませんでした。日記の更新がないということで友人たちをはじめ先生方からも「心配した」と言われまして……本当にごめんなさい。そしていつもどうもありがとうございます。 実はここ数日は日記を更新するどころかHPをチェックすることもしなかったので、「きっと一日あたりのアクセス数は激減しているんだろうなぁ…」と思いながら久々に管理画面を覗いてみたのです。そうしたら案に相違して多くの方たちにアクセスしていただいていたみたいで驚いています。 さてご心配いただいた卒論ですが、本日提出してきました。提出しては来たんですが……喜ぶという心境には程遠い気持ちでいます。渦中の人である島田紳助さんの言葉をお借りすれば「100%自分が悪い」、自業自得という言葉に尽きる卒業論文になりました。自分がいかに甘ったれた生活を送ってきたかということをそのまま突きつけられた結果となりました。何しろ自分が悪いのだから嘆くことも落ち込むことも許されないことは分かっているのですが……今の心境をどうすることもできません。 中学3年のときにある出来事がありまして、それ以来甘えた生活を送ってきました。「このままの自分では不本意だ」と思いつつも抜けられない。それに甘えていてもどうにか過ごしていくことができたのです。そうやって大学4年生まで来てしまいました。 ところが今回の卒論はどうにかすることができなかった。形にして提出することができたことはせめてもの救いだけれども、一方でそもそも提出してよかったのかとも考えました。先ほど「このままの自分では不本意だと思いつつも抜けられなかった」と書きましたが、そう思う一方で、いつかこういう日が来ることも分かっていたんです。そしてそれが今回の卒論でした。 今は……罪を犯してしまったのに似た気持ちでいます。大げさに聞えるけれど、そんな気分。自分に対しても、そして周りの人に対しても罪を犯してきてしまったんだな、と。悔やんでももう今までのことは取り返しがつかないので、今の思いを戒めに、この先は頑張っていこうと思います。 久々の日記がこんな内容でごめんなさい。実は私も今日の日記をどう書こうかいろいろと悩んだのです。でもやはり正直に書きたかったし、今の思いを忘れてはいけないと思ったのでこんな感じになりました。
2004年12月18日
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只今卒論製作中。というわけで以下の写真を。パソコンに向かっているのはもちろん私ではありません。特大ドン・シボリオーネ君です。
2004年12月03日
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12月になりました。「ああ、とうとう来たか」という感じです。とにかく卒論が無事に終わりますように、と祈るばかり。祈るのも私なら書くのも私なんですけど。というわけで只今卒論を書いているわけですが……文章にするって難しいですね。たとえ心の中で「こういうことを書きたいんだ」と思っていても、上手い表現が見つからなかったり、字面にとらわれてしまい必要以上に考え込んでしまったりして、思うように進んでくれません。同じことについてずっと考え続けていても逆に上手くいかなかったりするので、そういうときはできるだけ気分転換を挟むようにはしているんですが、そのうち気分転換をする暇すらなくなってしまうのかも(泣)。本当に卒論を書くのに比べたら日記を書くのって楽しいです。キーボードを打つ手も比べ物にならないくらいリズミカルだし。それでは今からもうひと頑張りします。
2004年12月01日
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