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第33回俳優祭に行ってきました。俳優祭とは簡単に言えば歌舞伎座ファン感謝デー。歌舞伎役者が売り子を務める模擬店や、お遊びのお芝居などが演じられる、1日限りの豪華なイベントなのです。今年は模擬店・舞踊・芝居の他に、連鎖劇という映画+実演の演目も組まれ、大いに盛り上がりました。 それでは感想を…と行きたいところなのですが、試しにWordで書いてみたら詳しく書きすぎてなんとA4で12枚分になってしまったんです(笑)!というわけで新たに俳優祭レポートページを作成しました。大変長くなってしまいましたが、ぜひご覧ください。
2004年04月27日
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23日に歌舞伎俳優の坂東吉弥さんがお亡くなりになったそうです。今朝新聞を開いたら一瞬「坂東吉弥」という文字が見えたので、何だろうと思ってよく見たら亡くなられたという記事で……驚きました。だって具合を悪くされたという話も聞かなかったし、お年だってまだ66歳とのことだし……何より先月歌舞伎座ですし屋の弥左衛門をあれほど熱演されていたわけですから。心の中に流れていたものがなくなってしまって、急に生まれた空洞に戸惑っている、そんな状況です。とても上手い役者さんだった吉弥さん。舞台に立つ吉弥さんがもう見られないなんて、未だに実感が湧かないです。今はただ、吉弥さんの生の舞台を見ることができてよかったと思っています。でもまさか私の観た舞台が吉弥さんの最晩年の舞台になるとは思ってもみませんでした。もう一度、吉弥さんの伴内が観たかったです。吉弥さんのご冥福を心からお祈りいたします。
2004年04月24日
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今日は学校に行く途中急に歌舞伎が観たくなってしまい、授業中に友人を誘って、授業終了後2人で歌舞伎座へ。「義経千本桜―渡海屋・大物浦―」を観劇してきました。いきなり思い立っての観劇だったのでオペラグラスもなく、表情等細かいところは全く見えませんでしたが、それはそれで楽しかったです。それにしても今回の渡海屋・大物浦を3回も観ることになるとは思っていませんでした。 今回印象的だったのは勘九郎さん(相模五郎)と三津五郎さん(入江丹蔵)のお二人。相模と入江の主従は渡海屋銀平(仁左衛門さん)宅にやってきて無理な注文をふっかけますが、銀平に懲らしめられて追い出された上、刀を釣り針のように曲げられてしまいます。早速銀平宅の玄関前で刀を元に戻そうと石で打ち始める相模と入江。そしてこの後「ひのふのみっ!」の掛け声とともに刀を鞘に押し込むとスルっと収まり、入江が「収まりましておめでとうございます」と言うのが本来。ところが今回は刀がまだ真っ直ぐになっていなかったらしくて刀が鞘に収まりきらないのです。だから相模と入江が「ひのふのみーーーーーーーっ」とやたらと“み(三)”を伸ばしていました(笑)。 ただこのハプニングを抜きにしても入江・相模コンビは前回より面白かったです。よりボケとツッコミの役割が明確になったと言えば良いんでしょうか(笑)。間の取り方がぐんと上手くなったように感じました。 渡海屋銀平実ハ平知盛役の仁左衛門さんは、前回よりもさらに喉の調子をおかしくされたようで、声がカラカラとしていました。湿り気がない、いかにも「喉を悪くしてから随分経ちました」という感じの声でした。心配です。 演じ方に関しては、回数を重ねるに連れてより力が入っていくような印象を受けます。それがプラスになる場面もある一方マイナスになってしまう場面もありました。
2004年04月23日
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今日は2時間目に大好きな『平家物語』の授業があったのですが、そのとき先生から面白い(下らない?)話を伺いました。 平清盛のひ孫である六代御前は、壇ノ浦で平家が滅亡した後も母親や家来たちと山奥に隠れ住んでいたのですが、ある日とうとう源氏方に見つかってしまいます。しかしあと少しで殺されるというところを文覚という僧のとりなしで助けられ出家。しばらくは修行をして暮らします。しかし18年後「たとひ頭をば剃り給ふとも、心をばよも剃り給はじ」と鎌倉幕府に捕えられ、田越川の河原で処刑されて生涯を終えるのです。 六代の墓が田越川のそばにあるということは前々から聞いていました。ところが六代関係のものはそれだけではなかった!先生のお話によると六代の墓の隣に「ラーメン六代」というラーメン屋があるというのです(笑)!もう大笑いしてしまいました。ちなみに先生は「縁起が悪い」と入ったことはないとのこと。私は先生のお話を伺いながら本気で「ラーメン六代」に行きたくて仕方がなくなってしまいました。なんかチャーシューが6枚のってそうだなぁ…とか想像してしまったりして(笑)。というわけでそのうちいきなりラーメン六代に行ってきてしまうかもしれません。その時はまたご報告しますね。 今日は先日の亀戸に引き続き、根津でつつじを見てきました。それにしても今日は暑かったですねぇ。
2004年04月22日
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今日で歯の治療が終了しました。もっと時間が掛かるものと覚悟していたのでちょっと拍子抜け。でも本当に嬉しいです。前回通院したときはひどい虫歯が何本もあったので通院する度に麻酔をかけられる有様だったんですよ。だから私の中では通院3回で終了なんて奇跡のように思えるんです(笑)。とはいうものの親知らずは相変わらず4本とも生え揃っているんですよねぇ。とりあえず教育実習中に疼きだすことがないことを祈ることとしましょう。
2004年04月21日
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今日は幕見で「番町皿屋敷」「棒しばり」を観劇してきました。 まず「番町皿屋敷」。この「番町皿屋敷」は怪談として有名な話を岡本綺堂が近代人の感性で書き直した作品で、登場人物の心を大事にして書かれた作品、という印象を受けました。あらすじは以下の通り。【旗本奴の青山播磨は、町奴の放駒四郎兵衛や権次といざこざを起こしたところを伯母の渋川の後室真弓に見咎められたうえに縁談の返事を催促されてしまう。播磨は腰元のお菊と将来を約束しているので、その気は毛頭ないのだが、縁談の噂を聞いたお菊は不安に襲われ、家宝の皿をわざと割って、播磨の心を試そうとする。播磨は粗相で割ったものとしてお菊を許し、お菊と結婚する意志を示す。しかしお菊がわざと皿を割っていたのを見た者が密告。真意を問いただした播磨は心からお菊を愛していただけに自分の心を試されたことが許せない。残りの皿も割った播磨はお菊を殺し、井戸に放り込む。一生の恋を失った播磨は、「もはや生甲斐は喧嘩のみ」と槍を片手に駆け出していくのであった。】 「番町皿屋敷」に関しては役者云々というより作品そのものに対して感じるところが多かったです。まずは岡本綺堂の脚本がいいなぁ…と。現代人の心に沿う皿屋敷でした。ただ新歌舞伎なので下座音楽や踊りがないのは寂しかったですが。 あとはお菊という登場人物に関して、もし私が役者だったらぜひ一度は演じてみたい役だなと思いました。特に播磨の結婚の噂に気を揉んでいる辺りから皿を割ろうかどうしようかと迷っている辺りが演りたいなぁ…と。あくまでも私が役者だったら、ですけど(笑)。 それと、皿屋敷と言うとお菊がかわいそうなイメージがありますが、今回かわいそうだったのは意外や意外、青山播磨でした。お菊は自分が愛されていたという真実を知った上で満足して死んでいくからいいのだけれど、青山播磨はお菊を斬ったところで無念が晴れるわけではない。この先救われる見込みがない。播磨の気持ちも分かるのだけれど、やはり空しかったです。 最後に一つ気になったこと。ご存知の通り「皿屋敷」には御家の重宝の皿が登場するわけですが、今回使用されていた皿、どう見ても100円ショップの代物なんです(泣)。毎日割るんだから高いものを使用できないのは仕方ないとは思うけど、「同じ値段でもせめてもっと高く見える皿を使おうよ…」と思ってしまいました。皿屋敷に関しては以上。 次は「棒しばり」。留守中に酒を飲まぬようにと主人に手を縛られてしまった太郎冠者と次郎冠者が知恵を働かせて酒を飲んでしまうという話。太郎冠者(後ろ手に縛られる)は三津五郎さん、次郎冠者(六尺の棒に手を縛られる)は勘九郎さんです。 今まで若手の役者さんが踊る「棒しばり」しか観たことのなかった私にとって、今回の「棒しばり」は目から鱗でした。若手の役者さんの「棒しばり」が楷書なら、今回の「棒しばり」は行書や草書という感じ。型はずれではないんだけどすごく自由で、自由な分役者の個性で勝負していました。特に勘九郎さんは演目と個性が合っていたせいか、非常に魅力的でした。上手かったです。心から観客を楽しませてくれました。そして「そんなことができる勘九郎さんって凄い」と今さらながらに感じました。 もうひとつ印象的だったのは主人曾根松兵衛役の弥十郎さん。演じ方が故澤村宗十郎さんにそっくりだったんです。どこか抜けていて飄々としている感じが宗十郎さんチックで、今までこんな印象を受けたことがなかった私は本当にびっくりしてしまいました。 観劇後、母と合流して亀戸天神へ藤を見に行ってきました。咲き始めくらいだろうと思って行ったらちょうど見頃だったのでびっくり。どこか幻想的な藤の花にしばしうっとりとしていました。
2004年04月20日
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特筆するようなこともないのでかなり平凡なタイトルになってしまいました(笑)。 今日は久々に自主ゼミメンバーで集まりました。メンバーの一人が春休み中に旅行に行ったとのことでおみやげのお菓子をごちそうになったのだけれど、なんとこれが吉野みやげの葛菓子!「えーっ!?~さんも吉野に行ったの!?」とお互いに驚いてしまいました。実は他にももう一人春休み中に吉野に行ったメンバーがいて、結局メンバーの約4人に1人が吉野に行っていました(笑)。 久々のゼミでわいわい騒いだ後は英語の授業。1年のブランクを経て英語の授業を取ってみたのだけれど……さっぱりわからん(泣)。危機感を募らせていたら授業が終わってしまったという感じです。ひえ~どうしよう。でも今年英語を取らなかったら今でものんきにやっていたんだろうしなぁ……何はともあれやらないと。 帰りに駅の本屋へ寄り道。最近集英社新書から発売された、ルイ16世を処刑した男の話(題名を忘れた)を立ち読み。ほんの少しのつもりが結構読み進めてしまいました。文章中の表現はさほど(というか全く)きつくないのだけれど、余計な想像力を働かせてしまったためになんだか体中に重たい空気を詰め込んだような気分になってしまって。でも「こういう人生もあるんだなぁ」と感じることができたのは収穫でした。
2004年04月19日
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歌舞伎座7月大歌舞伎の演目・配役が発表されました。休演される猿之助さんに代わって、今年は玉三郎さんが7月歌舞伎の中心となるそうです。 実は数日前に近世文学のK先生の研究室にお邪魔した時、「今年の7月歌舞伎はどうなる?」という話題になったんですよ。そしたら先生から「まだ正式に発表になっていないから言えないけど、松竹はあっと驚くような秘策を考えている。」と教えていただいたんです。だから私なりにあっと驚くような内容を予想しながら楽しみにしていたんですけど……なんか考えたほどあっと驚くようなものではなかったですね(笑)。期待しすぎたのかもしれません。でも母は「もしかしたら玉三郎さん辺りを出すんじゃない?」と言っていたんです。大当たりでした。ちなみに私は多分千本桜の四の切が出るだろうと予想していたんです。こちらも大当たり。 21世紀歌舞伎組の皆さんは猿之助さんの不在が長引いて大変なことと思いますが、是非頑張っていただきたいです。本当は観る予定がなかったんだけど段治郎さん主演の「新三国志3」、観に行こうかなぁ。
2004年04月17日
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昨日の近世卒論ゼミに引き続き今日は中世卒論ゼミに参加しました。先生のご好意で去年に引き続き中世の卒論ゼミに参加させていただけることになったんです。ありがたいことです。 ところがありがたすぎることに近世卒論ゼミに加えて中世の卒論ゼミでも発表をすることになってしまって…(泣)。先生が「あなたも発表する?」とおっしゃるので「えっ?やらせていただいていいんですか!?」とお聞きしたら「もちろん!」とのお返事。もう即決定です。中世の先生は非常に厳しい方なので「あ゛~やっぱりやめとけばよかったかなぁ~」と後悔もしましたが、せっかくのご好意ですしなにより自分のためになることなので頑張ります。ゴールデンウィーク明けの5月6日が第1回の発表です。
2004年04月15日
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今日は初の近世卒論ゼミがあり、その後に今年からお世話になる、歌舞伎がご専門のK先生と初めてお話をしてきました。私が話すことに対して先生は常にゲラゲラと笑っていたんですよ(笑)。別に変なことを言ったつもりはないんだけどなぁ。 それにしても今まで大学で歌舞伎に関する会話をまともにしたことがなかったので、正直なところすごく変な気分でした。もちろん楽しかったんですけどね。
2004年04月14日
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(16日記述) 今回の感想は出先で書いているため、いつもより少々手短になると思いますがご勘弁ください。 13日はもともと夜の部を観劇する予定だったのですが、時間があったので昼の部の「義経千本桜―渡海屋・大物浦―」も幕見で観劇することにしました。千本桜ツアー後初の義経千本桜観劇です。 早速感想なのですが、まず舞台背景の海の絵が、私がこの間兵庫のマリンパーク駅近くで見てきた海とぴったりと重なったことに心底驚きました。今まで何度も見てきた「渡海屋・大物浦」を、より想像力を膨らませて観ることができたのが何よりの収穫だったと思います。 仁左衛門さんの知盛は、1回目に観たときはいろいろな面で無理をしている部分が多かったように思われたのですが、あれから日にちを経た今回はずいぶん落ち着いたように感じました。ただ少し喉を悪くしておられるようで、それが心配です。 仁左衛門さんの知盛に関する私自身の感想としては、一言で言えば「こんな知盛もあっていいんじゃないか」ということ。前回観たときは正直なところ「仁左衛門さんは知盛という感じではないなぁ」と思ったのですが、今回もっと落ち着いて観たら、自分の中で仁左衛門知盛を受け入れることができました。確かにイメージとしては吉右衛門さんや団十郎さんといった役者さん達のほうが知盛に合っていると思うけど、仁左衛門さんの知盛は仁左衛門さんの知盛であっていいのではないか、と。最近同じ演目を2度見るということをあまりしなくなってしまったのですが、やはり観られるのなら観ておいたほうがいいなと改めて思いました。 夜の部は「知らざぁ言って聞かせやしょう」の「白浪五人男」を通しで。通しで観ると、弁天小僧(勘九郎さん)がいろいろ変装している様が楽しかったです。それにしても同じ河竹黙阿弥の作品だからですけど「三人吉三」と「白浪五人男」って結構似ているところがあるんですね。一緒に見ていた母親と「これ、どこかで聞いた台詞だよね」などと話していました。 最後のほうの屋根の上での大立ち回りの場面は、この間発表会を観て来た16期歌舞伎俳優研修生が出演しているとのことだったので、勘九郎さんそっちのけで(ごめんなさい)16期生を探していました。6人中2人は見つかったけどあとの4人がわかりませんでした。残念。
2004年04月13日
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5~7の日記には書かなかったのですが、実は私、旅行中に歯が痛くなってしまったんです。しかもただ痛いんじゃなくてなんとぐらつくんですよ!もう全て永久歯なわけだしぐらつくなんておかしい!!と真っ青になってしまいました。食べることは大好きなはずなのに噛む度に痛みを伴うので食べ物を見るとどうも嫌になってしまうし、どう考えてもひどい虫歯なんだろうな、と思うと本当に憂鬱で…。でもこのままにしておくわけにも行かないので、とうとう歯医者へ行くことにしました。 歯医者へ行くのは4年ぶり。この間歯医者に行ったのは大学受験生の時でした。私の行っている歯医者さんはとても感じのいい歯医者さん。しかし1つひっかかる点が…。それは4年前に治療が終了したとき「もう虫歯は作っちゃいけませんよー。」と言われておもいっきり「はーい」と答えちゃったんですよ(笑)。それがひっかかって今回別の歯医者に行くことも考えたのですが、他に行くところもなくやはりいつもの歯医者さんに来てしまいました。 抜かれる覚悟で診てもらうと、どうも虫歯ではないらしい。そしてレントゲンを撮ってもらうとぐらつきの原因が判明。なんと親知らずでした。しかも4本すべて揃っているという素晴らしさ(泣)。生えて来た親知らずが他の歯を押すので歯がぐらついているんだそうです。私は「うわ~、この虫歯はもう手の施しようがありません。抜きましょう!」と言われるものだと思っていたのでかなり気が抜けました。ちなみしっかり虫歯も発見されたのですが、これは2回通院すれば治るとのことで一安心。ひどい虫歯じゃなくて本当に良かった~。
2004年04月10日
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いよいよ旅行最終日。京都を出るのが7時過ぎだったので、その前に少し京都を回ろうと、やはり今日も4時起床。私は神泉苑へ、友人は島原・東本願寺・西本願寺へと向かいました。 神泉苑は『義経記』の中で静と義経が出会った場所と書かれているところで是非行きたいと思っていた場所。ちなみに記録に残っている日本で初めてのお花見というのは、神泉苑で催されたお花見なんだそうです。 神泉苑もちょうど桜が見頃。誰もいない苑内で景色を独り占めしてきました。神泉苑の桜は赤みがかったピンクと白の混ざった桜で、なんだかとても京都らしい色合いに感じられました。 6:40頃ホテルに戻って7:10頃友人と二人でホテルを出発。大和郡山駅から徒歩10分くらいのところにある源九郎稲荷神社へ向かいます。とてもこじんまりした神社なのですが、実は伏見稲荷・豊川稲荷と並ぶ、日本三大稲荷の1つなんだそうです。今回宮司さんに聞いて初めて知りました。宮司さんのご好意で、建物の中にも入れていただいたのですが、つい最近文楽の人形遣いの吉田文雀さんと吉田和生さんが源九郎の人形(「義経千本桜」)を持って祈祷に訪れたそうで、その時の写真が飾られていました。若き日の市川猿之助さんが訪れた時の写真も見せていただきました。 大和郡山から吉野方面へ向かい、下市口駅で下車。「すし屋」の場面のモデルとなった「弥助」というお鮨屋さんに向かいます。ここのお鮨は本当においしいので、友人と合わせて7折も予約しておきました。 「弥助」はお願いするとと店の裏にある庭も見せてくれるので、さっそく頼んで中に入れていただきました。庭の中には「木の実」の場面さながらに椎の木も植えられていました。また「お里黒髪塚」「お里姿見の池」「黒髪塚」等「義経千本桜」にちなんだ遺跡(?)もありました。 「弥助」を後にして特急で一路京都へ。京都駅でおみやげやさんを少し物色した後、新幹線に乗車。18時くらいに無事東京駅へ戻ってきました。 いろんな意味で運の良かった、素晴らしい旅でした。
2004年04月07日
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昨日は歩き回った末に寝たのが0時だったのに、今朝はなんと4時に起床。今回の旅行の計画を立てたのは私なのですが、私が計画を立てるとどうしても「時間がもったいない!」と朝から夜まで動く計画を立ててしまうのです。友人にはかわいそうなことをしましたが、ありがたいことに文句一つ言わず付いてきてくれました。感謝感謝。 まだ日も出ていないうちにホテルを出て朝一の電車で吉野へ向かいます。朝ご飯は電車の中で食べたのですが、食事を食べているうちは太陽どころかまだ月がでていました。とてもきれいな満月でした。やがて日の出。「春はあけぼのやうやう白くなりゆく山ぎは…」という光景をそのまま目にすることができ、感激しました。 橿原神宮前駅で乗り換えて吉野線へ乗換。それまでも随分桜を目にしてきたのですが、吉野線に乗るとヤマザクラが格段に増えてきます。やがて進行方向右手に吉野川が。「ああ、本当に吉野に来たんだな」と嬉しくなります。とてもきれいな川です。 吉野川を渡ってから2駅目が終点の吉野駅。ホームに下りて前の山を見上げると、山一面が見事な桜色。こんなにぴったりと桜の時期に合うとは思わなかったので感激しました。桜の咲く吉野を訪れるのは初めてでした。 吉野の桜の多くはシロヤマザクラ。花は白く、葉は赤く、遠くから見るとぼんやりとピンクに見えます。この美しいヤマザクラと輝くような若葉に心を和ませながら、どんどん上へ上へと登っていきました。 吉野山は坂が急な分、少し登っただけでどんどん見晴らしが良くなります。友人と「私たちの頑張りを景色が認めてくれているって感じだよね」と言いながら山の奥の方まで歩いていきました。山の奥には西行が3年間住んだという西行庵があります。本当に山奥なのでまだ桜も咲いていませんでした。ここまでの道程は結構大変で、着いたときにはかなりの達成感がありました。昨日のこともあって疲れ果ててしまったので、西行庵の前でシートを広げて暫し休憩。おやつを食べた後またもと来た道を戻っていきました。疲れた足で急な坂道を下ると転げ落ちてしまいそうになりますが、私も友人も怪我なく無事に降りてくることができました。 ここまででも十分疲れているのに、私の作った計画はこれだけでは終わらない。ここから電車で2駅行った大和上市駅から歩いて妹背山を目指します。妹背山(妹山・背山の総称)は「義経千本桜」の中でもでも義経を妹山に、頼朝を背山に例える件で登場したりしますが、やはり有名なのは「妹背山婦女庭訓」の吉野川の場。舞台中央の吉野川をはさみ、桜が満開の妹山・背山で繰り広げられる2組の親子の悲劇の物語で、その内容から「ロミオとジュリエット」にも例えられます。 まずは妹山へ。山の上には大名持神社という神社があり、そこでお参りしたあと暫し休憩。すると、そこへ1匹の犬がやってきたのです。臆病ながらもしきりに私たちのところへ寄ってきます。友人と「なんだか狐忠信(「義経千本桜」の中で、人間に化けて静御前を守護した狐)みたいだねぇ」と喜びました。しばらく遊んでいたのですが、いつまでもそうしてはいられないのでその犬に手を振りつつ山を下りました。するとこの犬、山の上からお見送りしてくれたんです!ホント可愛かったなぁ~。 妹山から橋を渡って今度は背山へ。背山側は吉野杉の加工場が多くありました。背山側を大和上市駅に向かってしばらく歩くと「平宗」という柿の葉すし(柿の葉で包んだお鮨。吉野の名物。)屋さんがあります。ここで今晩の夕飯を購入。この後河原に下りるなど寄り道をしつつ再び大和上市駅へ。こうしてまた20:00頃に京都へ戻りました。
2004年04月06日
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いよいよ今日から「「義経千本桜」ツアー」。夕べは興奮して眠れませんでした。 朝の7:45に上野駅で友人と落ち合って8:30ごろの新幹線で一路京都へ。新幹線の中では友人と阪神3連勝の話題で大盛り上がり(←女子大生らしくないですよね)。 11時少し前に京都着。やはり観光客が多く、本当は市営バスで移動するはずだった予定を地下鉄での移動に変更(バス停に観光客が多すぎて、しばらく待たないと乗れそうになかった)。 阪急河原町駅で降りて地上に出ると京都はちょうど今が桜の見頃。私たちを含めて多くの観光客が「きれいね~。」と写真を撮っていました。 四条通りを八坂神社に方面に歩いていくと本日の昼食の場所、「かぼちゃのたね」に到着。南座出演中の役者さんたちも利用されるというお店だけあって、店の中は役者さんの写真やポスターでいっぱい!私と友人はそれを目当てに行ったのですが、知らずに入ったお客さんはきっとびっくりされると思います。特に21世紀歌舞伎組の写真が多かったです。肝心のお食事は、かぼちゃコロッケ定食、1050円也。とてもおいしかったですよ。 食事を済ませた後、さっそく千本桜の舞台、大物へ向かいます。まず阪急河原町駅から大阪の梅田へ。実は私は大阪に行くのは今回が初めてでした。 淀川を越えて阪急梅田駅に到着。梅田駅のホームに降りると……すごかった。何が凄いって駅中宝塚歌劇団のポスターだらけ!!もう目を真ん丸くして「すご~~~~い!!」を連発していました(注:ねこっぽは元ヅカファンです)。東京宝塚劇場のある日比谷駅とは全く比べ物にならなかったです。やっぱり関西が本拠地なんだなぁ…というのを実感しました。 阪急梅田駅から今度は徒歩で阪神梅田駅へ。すると……これまたすごかった。何が凄いっていたるところに阪神タイガースのロゴマークや選手・監督の写真が!!(注:ねこっぽは阪神ファンです)一緒に行った友人も同じく阪神ファンなので、二人で「すごいねぇ~」と感心していました。 電車に乗って大物駅へ。「義経千本桜」の「渡海屋・大物浦」の舞台です。大物はかつては海が目の前という場所だったのですが、現在は埋め立てられてしまったため当時の面影は全くといっていいほど感じられませんでした。 そこで今度は海の見える場所まで行ってみることに。阪神線で魚崎という駅まで行き、そこから六甲アイランド線でマリンパーク駅へ向かいます。ここから数分歩くと、目の前に海が広がります。「大物浦」での安徳帝と乳母・典侍の局の「あの恐ろしい波の下へただ一人行くのかや」「何のマァ勿体ない、このお乳が美しゅうお育て申せし玉体を、ただお一人あの漫々たる千尋の底へやりまして、何と身も世もあられましょう。このお乳が何処までも御供致しますわいのう。」という台詞を思い出すと、海が何か意味合いを増して感じられました。それにしても舞台の上ではあんなに典侍の局や安徳帝といった人間たちが大きく見えるのに、本物の海の前では人間なんて小さいものだな、典侍の局たちの悲しみも、広い世界の中では小さな出来事にしか過ぎないんだなと感じました。 今日の予定は本来ここで終了だったのですが、魚崎から梅田に戻る途中に甲子園駅があったので、阪神ファンの私たちは誘惑に勝てず、途中下車することになりました。本 物の甲子園は想像していたよりずっと大きかったです。夕方に行ったのですが凄く寒くて、これじゃあナイターの時選手たちは(もちろん観客も)大変だなぁと感じました。ただでさえ今まで歩き回って大変だったのに、しっかり甲子園球場を1周してきました。 再び阪神電車に乗って梅田駅へ。疲れて早く帰りたいと思いながらも足は阪神百貨店内の阪神タイガースグッズ売り場へ向かってしまいます。トラッキーのぬいぐるみや矢野の色紙、月刊阪神タイガースなど、思っていた以上に買い込んでしまいました。でも私なんてまだまだ序の口で、10000円を軽く越して買い物している人もたくさん(本当にたくさん)見かけました。 こうして20時過ぎにやっとホテルのある京都へ。お互い疲れ果てていたし翌朝も早かったので、やることをやって0時頃に寝てしまいました。
2004年04月05日
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いよいよ明日から「義経千本桜ツアー」に行ってきます。ずっと行きたくて行きたくてしょうがなかった吉野に行けるので本当に嬉しくて、あまりに嬉しいので2・3日前からあまりよく眠れない状態が続いております(笑)。 去年の春に吉野に行ったときは、桜が咲くどころかやっと梅が咲き始めたような状況だったのですが、今年はすでに随分咲いているようで、ようやく花の吉野が見られると思うと踊りだすような気分です。吉野山のほかに鮨屋の舞台になった「弥助」(鮨屋)や『妹背山婦女庭訓』の吉野川の場の舞台・妹背山にも行く予定でいます。 あとは今回初めて大物にも足を運びます。兵庫に行くついでに甲子園球状にも足をのばす予定です。毎度のことながら非常に欲張った旅になりそうです。
2004年04月04日
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今日は友人と歌舞伎座4月大歌舞伎の「義経千本桜―渡海屋・大物浦―」を幕見(いくつかある演目の中から好きな演目だけを見られる)してきました。今度の5日から「義経千本桜ツアー」と称して吉野や大物など「義経千本桜」縁の土地を周る旅行を計画しているので、それの事前学習というわけです。ちなみに先月は木の実・小金吾討死・鮨屋の場、そして6月は吉野山の場が上演されます。偶然とはいえ運がいいとしか言いようがありません。嬉しいです。 さて感想を書く前に渡海屋・大物浦のあらすじを。【摂津国大物浦の船問屋、渡海屋銀平は、頼朝方の相模五郎や入江丹蔵を難なく追い返し、都落ちする義経や弁慶たちをかくまっているが、実は船出後に一行を海上で打ち落とす計略を立てている。銀平こそは、壇ノ浦で死んだはずの平知盛、女房のお柳は典侍の局、娘は安徳帝で、相模と入江も知盛の家臣。彼らはこうして姿を変えて義経を待ち受け、復讐の機会を狙っていたのだ。しかし義経はそれを見抜いており、暗殺計画は失敗。典侍の局は自害し、瀕死の知盛も、安徳帝を義経に託すと、大きな碇を背負い込んで高い岩場から入水する。】 では感想を。まず全体としての感想なのですが、今回は仁左衛門独自の2段目ということで、今まで見慣れたものとは違っている点がいくつか見受けられました。たとえば一番最初に弁慶が娘お安(実は安徳帝)をまたぐ場面がありません。弁慶は渡海屋の場面には登場せず、大物浦の最後の最後でやっと登場しました。あとは知盛が出陣する場面で盃事をする場面がなかったりとか、知盛の台詞「昨日の敵は今日の味方」の場面で知盛と義経が見つめ合っていたりとか…。とにかく普段の演じ方よりも展開がスピーディでした。 では各役ごとの感想を。 渡海屋銀平実ハ平知盛は初役で仁左衛門さん。仁左衛門さんが一生懸命演じているのは良く分かるのですが、もともと知盛という役が仁左衛門さんの持ち味に合った役ではないので、どうも不完全燃焼という印象を受けました。やはりもっと荒削りな凄みやどっしりとした感じが欲しいなと思ってしまいます。最後の入水の場面も目を見開いた姿が印象的だったのですが、同じああやって目を見開くなら仁木弾正(「伽羅先代萩」)の方が似合っているよな、と思ってしまう。私にとっては物足りない知盛でした。 女房お柳実ハ典侍の局は芝翫さん。今回の演出ではお柳の活躍が少しカットされているのが残念だったのですが、やはり芝翫さん。存在感がありました。ただやはりもう少し見ていたかったなというのが正直なところ。 義経は福助さん。今まで見た2段目の義経の中で、一番表情がはっきりした義経でした。渡海屋の時は沈みきっているし、大物浦の知盛の台詞「昨日の敵は今日の味方」の時は知盛の目を見ながら笑っているし。「もしかして昨日阪神が勝ったから気分が良くて義経の感情まで激しくなっているのかしら」と思ったりなんかして(笑)。 相模五郎・入江丹蔵は勘九郎さん・三津五郎さん。この相模・入江が凄かった。今までこんなに拍手を取っていた相模・入江を聞いたことがないです。「やっぱりこのお二人は人気者なんだなぁ…」とつくづく感じました。ちなみに勘九郎さんは魚尽くしの台詞の時、言いながら自分でウケていました(笑)。
2004年04月03日
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春休みも終わり今日からいよいよ新年度が開始。それなのにどうして止まる山手線!!しばらく足止めを食らってしまい、オリエンテーションに遅刻してしまいました。 オリエンテーションでは去年の成績が配られ、とりあえず不可がなかったので一安心。そしてオリエンテーションの際に新しい近世の先生にお会いできるのかなと楽しみにしていたのですが残念ながらお会いできず。しかし友人が偶然お見かけしたらしい。「すごく不思議な先生だ」とのことでした。そう言われると余計気になる…。 オリエンテーション・身体測定が終了した後、自主ゼミの仲間と合流して新年度早々カラオケ大会。本当はケーキでも食べに行こうということになっていたのですが、「やはりカラオケがいい」と予定変更。すごく久々のカラオケと相成りました。久々だった分他の人以上に歌わせてもらってしまい今思えば申し訳なかったのですがおかげですごくすっきりした(笑)。気分爽快で家に帰りました。 家ではテレビで巨人阪神戦を観戦。最初見た時点では3対2で負けていたので「あー、ダメかぁ」と思っていたらその直後に一挙6点!バンザーイ!思わず友人と「幸先いいねえ」とメール交換してしまいました。明日も頑張れ~。
2004年04月02日
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