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今朝は猿之助さんが大阪松竹座3月公演「新三国志3」を休演するというニュースで起こされました。母親曰く「猿之助さんが休演で、代役は段四郎さんだって。」とのこと。「うーん…どうもしっくりこないけどこうするしかないのかなぁ…。でも歌舞伎座の八汐(もともとの段四郎さんの役)はどうなるんだろ。」と思っていたら再び母親が。〈母〉「ごめん、間違えた。段四郎じゃなくて段治郎だった。」〈私〉「……えーーっ!?」 まさか段治郎さんに代役が回ってくるとは思いませんでした。確かに以前テレビで猿之助さんの役(謳凌)の立ち回りシーンのみ段治郎さんが演じているのを見たことはあったけど、でも猿之助さんの代役というと右近さんというイメージがあったので…。しかも段治郎さんのもともとの役、馬潤はなんと笑三郎さんが代役とのこと。これにもびっくり。だってこの馬潤って麻薬に浸っているような役なんです。それを笑三郎さんが…。笑三郎さんのもう一つの役・静華と出番がダブらないからとはいえ、思い切ったキャスティングをしたなぁと思わずにはいられませんでした。突然のことで大変でしょうが21世紀歌舞伎組の皆さんには精一杯がんばってもらいたいです。そして猿之助さんの体調が一日も早く良くなることをお祈りしています。
2004年02月29日
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先日買った三つ葉入りの卵焼きといわて銀河プラザの食パンを食べてみた。三つ葉入りの卵焼きはかなり甘い。お鮨に入っている卵焼きよりも甘いくらい。私としてはもっと砂糖控えめの方が好みなんだけどなぁ。でも三つ葉の香りがとてもよかった。 そして今度は食パンを食べてみる。まずは何も手を加えずに一切れ。何だかすごく素朴な味だった。余計なものを加えず、昔ながらの製法で作っています、という感じ。普通売られている食パンにあるような妙な甘さなどは感じられなかった。そして食感はよりきめ細かな感じ。 次にトーストにして食べてみる。焼いたパンにバターを塗ってレーズンを挟んで食べてみたのだけれど………うっ、うまいっ!!他のトーストと比べ物にならないほどおいしくてびっくりした。中はふわふわ、表面はカリカリしている。試しに今まで買っていた食パンと食べ比べてみたのだけれど、こちらは焼いてもあまりふわふわしない。どこかしなーっとしてしまっている。同じ食パンなのにこうも違うものかとただただ驚くばかり。やっぱり手でこねると違うんですかねぇ。 というわけでいわて銀河プラザ(地下鉄日比谷線・都営浅草線 東銀座駅よりすぐ)で販売している横澤パンの食パン、すご~くおすすめ!機会があったら是非食べてみてください。毎週月曜・金曜に9~12斤ほど販売。1斤400円とお高めですが、それだけの価値はありますよ。
2004年02月28日
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今日は24日に電車の中でバッタリ会ってしまった友人(25日の日記参照)と一緒に出かけてきた。目的地は1.築地の吉野家本店 2.浅草 の2つ。吉野家本店は「和牛を使った牛丼とはいかがなものか」と興味のあった私がリクエスト。浅草は彼女と出かけると大体行くことにしているので今回も寄ることにした。 吉野家築地店は13:00には閉店してしまうので、友人とも少し早めに待ち合わせをし、日比谷線に乗って築地へ。ただ日比谷線に乗っている最中にふと思い立ったことがあって、築地ではなく一つ先の東銀座で降りた。歌舞伎座前にある「いわて銀河プラザ」という岩手の物産品店で、毎週月・金曜日に入荷する横澤パン店の食パンを買いに行ったのである。なんでもここの食パンは1つ1つ手でこねて焼いているそうで、現在日本ですべて手作りで食パンを製造しているのは2軒しかないとのこと。前からぜひ買ってみたいと思っていたのだが、タイミングが合わずに今まで買えないでいた。しかし今回は開店直後に行ったのでめでたく入手。友人と共に一斤ずつ購入した。 「いわて銀河プラザ」からいよいよ築地へ。お目当ての吉野家がなかなか見つからず、結局築地場外市場を一周してしまった。新鮮な魚はもちろん、乾物や卵焼きなども売られていてあたりには様々な食材の匂いが混ざった市場ならではの匂いが漂っている。食材の他に食器類なども売られていて、とにかく楽しい街。いつかまたじっくり来てみたい。 さて1時間ほど迷った揚句、ようやく吉野家築地本店を発見した。「普段は魚を買い付けに来る人しか入らないのではないか」というほど分かりにくい場所にある。よく1時間で見つかったなとさえ思った。お昼前の時間帯だったので、待たずに中に入ることができた。すごく小さいお店。多分20人は入らないと思う。他の支店と違い、ここの店員さんは青の作務衣姿だった。 早速並を注文したら10秒も待たずに出てきた。久々の牛丼との対面である。そして「今までの牛丼との違いが分かるかな」と思いながら食べてみたのだが………もう全然違う!和牛の方が明らかにやわらかくて美味しい。今回のBSE騒動が集結したらアメリカ産牛肉に戻してしまうなんてもったいないと思えるくらいおいしかった。期間限定の和牛牛丼、これは本当におすすめである。普段より220円高い500円でも全然文句がないくらいの品であった。(↓和牛牛丼の写真) 念願の牛丼を食べられた私たちは再び築地場外市場内へ。先ほど吉野家へ向かう途中に目をつけた三つ葉入りの卵焼きを購入した後、東銀座を通って銀座へ向かい、銀座線で浅草へ向かう。仲見世をのんびり歩きながら浅草寺へ向かいお参り。浅草神社・被官稲荷神社にもお参りした。 その後、この間雑誌で見つけたカフェに行くことにする。「カフェ・ムルソー」というお店。隅田川沿いの駒形橋に近いところにあるお店で、正直言ってとてもこんなお店があるとは思えないような通りに建っている。地下がケーキ屋さんで1・2階がカフェ。私たちは1階の窓側の席でケーキセットをいただいた。ケーキや紅茶がおいしいことはもちろん、窓の外に広がる隅田川の景色もなかなかである。ときどき船が通ったり鴎がやってきたりする様子を楽しんでいた。落ち着いた時間を過ごしたい時におすすめのお店である。 その後、浅草を後にした私たちは北千住に寄り道をした。今日北千住のマルイがオープンしたので早速行ってみることにしたのである。予想はしていたがやはりすごい人手。でもどさくさのなかでしっかり試食をしていたりする私であった。 主に7階の東急ハンズと8階の紀伊国屋書店を見てきたのだが、やはり都心の店に比べれば品揃えは落ちる。ただ何しろ今までこのあたりにこれほどの品揃えの店はなかったので、その点では嬉しい限りである。 今日は久々に1日中歩き回ったので疲れ果ててしまったが、初めて尽くしでなかなか楽しい外出であった。食パンと三つ葉の卵焼きが楽しみである。
2004年02月27日
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今日は東京国立博物館で開催されている「南禅寺展」を鑑賞。招待券をもらったのでずっと以前から行こう行こうと思っていたのだが、うかうかしている間にもう期日の4日前となってしまった。 南禅寺展のメインは「群虎図」という襖絵。金色の地に竹と2匹の虎が描かれている作品である。他の作品に比べて圧倒的な力を感じた。他に印象に残っているのは瑠璃燈。ビーズを散りばめて作ったような作品なのだが、メリーゴーランドのようでもあり、また麻薬を吸った人の観る幻想のようでもあり、とにかく私の中で一番気に掛かった作品であった。 「南禅寺展」の隣で開催されていた展覧会も鑑賞(ドイツにおける日本展の凱旋展示)。展示物の内容が広く浅く、といった感じで、「南禅寺展」より親しみやすかった。印象的だったのは千利休の師・武野紹鷗作の茶杓。 調子に乗って常設展も覗きに行く。歌舞伎「京鹿子娘道成寺」の衣装が飾られていた。かなり古いもので、色は現在の衣装が赤なのに対しオレンジがかっている。「この衣装を今の舞台に用いたら、あまり舞台映えがしないだろうな」と思った。 浮世絵の展示は雛祭り特集。鈴木春信の作品が特に印象的。また月岡芳年の「松竹梅湯島掛額」という題の浮世絵は八百屋お七が火の見櫓に登る場面を描いたもので、先日「三人吉三巴白浪」を観劇しただけに思わずしばらく立ち止まってしまった(「三人吉三巴白浪」の最後にお嬢吉三が火の見櫓の太鼓を叩く場面がある。もちろん八百屋お七の趣向を借りたものである。)。 博物館を出て、上野公園を通って上野駅へ向かう。驚いたことに、上野公園ではもう何本か桜が咲いていた。下は携帯のカメラで撮った1枚。今年は桜の開花が早いのだろうか。
2004年02月26日
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24日の日記で書き忘れていたことがあったので25日分として書かせてもらうことにします。 実は昨日歌舞伎座に行くときに電車の中で高校時代の友人とバッタリ会ってしまったのです。電車に乗り込んだ途端トントンと叩かれたので何事かと思ったら友人でした。しかも彼女とは27日に会う約束をしていたんですよ(築地の吉野家に行こうと約束していたのです(笑))。それなのにフライングでバッタリ会ってしまって…ビックリしました。だって同じ日に同じ電車の同じ車両の同じ入り口のところにいるんですもん。「せっかく27日に会う約束をしていたのにこれじゃあ27日に会っても話すことがなくなるね(泣)」などと言いつつ約30分間喋り通していました。 それにしても驚いた…。彼女と会ったことで1日のエネルギーの大半を使ってしまった気がします(泣)。
2004年02月25日
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母親と一緒に歌舞伎座で2月大歌舞伎を鑑賞。最初は夜の部だけのつもりだったが、母親が昼の部を見ていなかったので、昼の部(「毛谷村」「茨木」)も鑑賞する。前々から母親に「茨木は本当にいいから観に行って!」と強く勧めていたのだが、結果として母親は私以上に「茨木」を気に入ってしまったらしい。「あの茨木を表現するのに言葉はいらない。ただただ素晴らしい。」とあらためて玉三郎さんのすごさを感じていたようだった。ちなみに私は2回目の「茨木」とあって、「素晴らしい」と思いつつも前回観劇した時のような興奮はなく、結構落ち着いていた。 「茨木」を観劇した後、一旦外に出て、歌舞伎座となりの文明堂へ。実は文明堂に行くのは今回が初めてだった。歌舞伎座の隣のいう場所柄気になってはいたのだけれど今の今まで来る機会がなかったのである。抹茶とあんみつをいただきながら、しばらく母親と「茨木」談義に花を咲かせた。 そして今度は歌舞伎座夜の部を観劇。めずらしく1等席で観劇した。そのせいか、どうもいつもと勝手が違って、自分の中の舞台に対する判断の基準がどこか狂ってしまった。でも仮花道がすぐ隣だったので、玉三郎さん・仁左衛門さんを間近で見られて、まさに眼福だった。特に仁左衛門さんの格好よさには心底惚れ惚れとした。演目は「三人吉三巴白浪」「仮初の傾城」「お祭り」の3つ。 はじめは「三人吉三巴白浪」。同じ吉三の名前を持つ3人の盗人と100両の金をめぐる因果話で、因果の末に3人が追いつめられていく様子は「俺たちに明日はない」を思い起こさせる。御家人崩れの盗賊お坊吉三は仁左衛門さん、吉祥院の所化上がりの盗賊和尚吉三は團十郎さん、そして女装の盗賊お嬢吉三は玉三郎さんで今回が初役。 「三人吉三巴白浪」を観るのは初めてのようなものだったのだが、なんというか…因果のめぐり方が並ではなくて、あれもこれも全て因果としてつながってくるという感じだったので、恐ろしいというよりは少々しらけてしまった。適度な因果のめぐらせ方っていうのがあると思うんだけどなぁ。 そして役者さんに関してはまず注目のお嬢吉三の玉三郎さん。う~ん…正直なところやはり玉三郎さんには女性の役をやっていてほしいと思った。見慣れていないせいかどうも違和感があって…。玉三郎さんは女性の役だからこそ光る人という気がした。ただ男性の役だったということを差し置いても、なんだか今回はあまり玉三郎さんらしさが感じられなかった気がする。驚いたのは最後の立廻りのシーン。「おお~!玉三郎さんが梯子の上に乗っているよ~!」とびっくり。なかなか見られないだけに釘付けになってしまった。 お坊吉三は仁左衛門さん。最初の「大川端庚申塚の場」は今年の1月に新春浅草歌舞伎で若手の役者さんが演じたものを観ているのだが、それに比べてやはり仁左衛門さんはうまいなぁ…とつくづく感じた。若手の役者さんはどこか持て余しているようなところがあったように思うのだが、仁左衛門さんは台詞廻しに心地よいふくらみがあってそれだけで十分格好良くて様になる。そして最後の雪の中での立廻りの場面は立廻りもお顔も(笑)本当に格好良かった。 お坊吉三の團十郎さんは常に眼がキラキラとしていたのが印象的だった。今回久々に1等席で観て、3階席で観ている時と一番違いを感じたのは團十郎さんかもしれない。変な表現だが、生身の人間としての團十郎さんを感じることができた。 「三人吉三巴白浪」の後には時蔵さんの「仮初の傾城」と三津五郎さんの「お祭り」が続く。「仮初の傾城」は衣装がどこかで見たことがあると思ったら、「壇浦兜軍記―阿古屋琴責めの場―」で遊君阿古屋が着ているものだった。「お祭り」は、私はてっきり勘違いをしていて、菊五郎さんが出てくるものと思って観ていたらセリ上がってきたのは三津五郎さん(笑)。自分の勘違いっぷりが結構笑えた。やはり三津五郎さんは踊りが上手な方。とても楽しませてもらった。
2004年02月24日
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「弥助」の鮨の夢を見ていたら少々寝坊してしまった。急いでお鮨を買いに出かけなければ。というのは昨日母親が「全国有名寿司展」に行った時点で「弥助」のお鮨は既に売り切れていたとのことだったからである。 電車の中ではとにかく「どうか売り切れていませんように!」と祈りつづけていた。今思えば「たかが鮨のために…」と思ってしまうが、当時は本当に必死だった。何しろ弥助のお鮨を食べられるのは11ヶ月ぶりだったのだから。 三越前駅で降りると一目散に三越へ向かう。三越の紙袋を持った人を見かけると「弥助が売り切れてしまっていたらどうしよう…」とますます不安になってしまう。三越店内に入ったものの「全国有名寿司展」が開催されている催事場は最上階。エレベーターで上っている間さえもどかしい。 催事場は最終日(しかも日曜日)とあってかなりの混雑だった。整理券を求めて列を作っている人たちも見受けられた。私は「他のお鮨はともかくどうか弥助のお鮨がありますように!」と会場を探しまわる。 すると比較的目立たないスペースに弥助のコーナーがあったのだ。まだ午前中ということで在庫も十分あった。包装紙を見ただけでなんだか懐かしくなってしまう。ちなみに弥助の包装紙は、「義経千本桜」の中に登場するすし屋の娘・お里の台詞がデザインされたもの。これだけでも歌舞伎ファンにとってはたまらない。私はこの包装紙をブックカバーに使っている。 というわけでめでたく弥助のお鮨を家族の人数分購入。すぐ家に帰ればいいのだけれど、弥助のお鮨が買えたことが嬉しくて嬉しくて、しかも天気がよかったので少し散歩をしたくなり、日本橋の方を少し歩いてみた。途中でスターバックスを発見。弥助が買えた嬉しさから気前が良くなっていたのでちゃっかり寄っていってしまった。最近はスタバに入るとホットココアばかり飲んでいたけれど、この日は結構暖かかったので2004年初のフラペチーノにする。冷たさが気持ちよかった。 気が済んだところでようやく家へ帰ることにする。試しに紙袋の中の匂いを嗅ぐと、山椒と杉(杉の箱に入っているのだ)のいい香り。「そうそう、これが弥助の匂い」と嬉しくなった。家の最寄駅に向かっている電車が橿原神宮前にでも行ってしまいそうな気がしたりして。 家に帰って家族でお鮨を食べる。やはり美味しい。でも今まで食べた弥助のお鮨と少し変わっているところもあった。前は入っていなかった奈良漬が入っていたりとか。正直言って前のほうが良かったな、と思う。でもやはり美味しかった。お鮨をよすがに吉野のことがいろいろ思い出されて楽しく、懐かしく、嬉しい一日だった。
2004年02月22日
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外出先から帰ってきた母親が私をびっくりさせる情報を持ち帰ってきた。今、日本橋三越で「全国有名寿司展」(確かこんな感じのタイトル。はっきり覚えていない。)というものが開かれていて、その中に奈良の「弥助」のお鮨があった、というのである。 「弥助」というのは奈良県吉野郡下市町にあるお鮨屋さんで、歌舞伎「義経千本桜」の三段目「すし屋」の舞台のモデルになったところ。近くを流れる吉野川でとれた鮎を使ったお鮨なのだが、これが実に美味しいのだ。食べられるものなら毎月でも食べたいところだが、賞味期限が1日なので宅配などは扱っておらず、支店は関西にしかない。食べたくなったら関西に行くしかなかったのだ。 そのお鮨が今なら東京・日本橋で購入できるという。しかも「全国有名寿司展」は明日までというではないか。「これは行くしかない」と心に決めて早めに布団に入った。母親からこの話を聞いてから頭の中は鮨だらけで「このままだと夢にまで出てきそうだな」と思ってはいたのだが、本当に夢に「弥助」の鮨が出てきたのには驚いた。
2004年02月21日
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18日に引き続き、今日は国立劇場文楽公演「曾根崎心中」を観に行きました。演目が「曾根崎心中」とあってもちろん満員御礼。卒論で「曾根崎心中」を扱う友人がやはり今日の舞台を観に来たのですが、当日券を買うために10時前から並んだのだそうです(「曾根崎心中」の開演は15:00)。なにはともあれ当日券を買うことができてよかったよかった。 感想を書く前に「曾根崎心中」のあらすじを簡単に紹介すると…【平野屋の手代・徳兵衛と天満屋の遊女・お初は愛し愛される仲。叔父に返さなければいけない2貫目の金を油屋九平次にかたり取られ、追い込まれた徳兵衛は死を決意。お初も徳兵衛と共に死ぬことを選ぶ。天満屋を抜け出した二人は、曾根崎の森で心中を遂げるのであった。】というお話。簡単すぎるほど簡単なあらすじだけど(笑)。 それで感想なんですが、意外なことに観ていて物足りませんでした。というのは、私は去年の二月に歌舞伎版の「曾根崎心中」を観ているのですが、そちらの印象が強烈に残っていたんです。文楽は美しいけど、逆にいえば当り障りがなくて物足りない。歌舞伎は生々しい反面痛いほど哀れ。先に文楽の「曾根崎心中」を観ていれば文楽ならではの美しさに酔うことができたのでしょうが(現に一緒に観に行った母親は絶賛していた)、歌舞伎を先に観ていた私は文楽から受ける刺激の少なさにどこか冷めてしまいました。 面白かったのは人形遣いさんの顔。徳兵衛を遣う玉男さん、お初を遣う蓑助さんのお二方とも、他の人形を遣っている時とは顔つきが違っているように感じられました。玉男さんにはどっしりとした力が、蓑助さんには前へ向かっていく一途さのようなものが感じられました。後で聞いたところ、母親も玉男さんの表情が気になっていたようで、「人形よりも玉男さんを見ちゃった」と言っていました。 家へ帰ってからは我が家にある文楽や「曾根崎心中」関係の記事が載っている本を引っ張り出して母親と文楽+「曾根崎心中」談義。母親と一緒に舞台を観に行くとこういうことができるのが楽しいです。
2004年02月20日
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ありがたいことにまた相互日記リンクが増えました。tetsuo9さんのHPです。tetsuo9さんは法律がご専門の学生さん。というわけで法律問題のページはもちろんのこと、他にもご趣味の海外旅行のページ(写真がすごくきれい)や教育に関するページなどがあります。バラエティに富んだ面白いHPです。ぜひ遊びに行ってみてくださいね。 さて今日は今までにためてしまった細々とした用事をこなしているうちに一日が終わってしまいました。 その中の一つが自主ゼミで作る冊子の原稿作り。私が所属している有職故実ゼミでは、年度末に1年間の成果を冊子にまとめることにしていて、今日はその原稿のうちのいくつかに手をつけました。本当はもっと早くやらなければいけなかったんですけどどうも面倒で(笑)。一旦手をつけてしまえば結構簡単に終わってしまうんですけどね。 ところでこの有職故実ゼミの冊子には名物コーナーがあるんです。それはゼミ員によるリレー小説。昨年度は、登場人物はゼミ員や教授というごく身近な人たちなのに、なぜかやたらとスケールが大きい(?)話になってしまい、結果としてゼミ員以外の人にまで知れわたってしまうほどの話題作となりました。今年もきっとすっとんだ話になるんだろうな~と今から楽しみです。 さて明日は国立劇場で文楽「曾根崎心中」を観てきます。以前「伝統芸能祭り」というイベントで、一部分だけ観たことがあるのですが、このとき玉男さんが遣っていらした徳兵衛が本当に素晴らしくて…。明日も舞台をしっかりと目に焼き付けてこようと思います。
2004年02月19日
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今日は文楽「仮名手本忠臣蔵」@国立劇場小劇場を観に行きました。 私は家から最寄の駅までバスで行くのですが、最近道路工事が多くなって駅に着くのにいつもより時間がかかることが多くなったんです。というわけで今日はいつもより早めに家を出たんですが、そうしたら今度は逆に国立劇場に早く着きすぎてしまいました。でもそのおかげで楽屋入りをする吉田玉男さん(人形遣い)をお見かけすることができたんです。玉男さんというと舞台でのシャキッとしたお姿ばかりが思い浮かぶのですが、楽屋へ向かう玉男さんは腰を曲げて、足もすり足のようにして歩いておられて、今さらながら「そういえば玉男さんってもう80歳を超えていらしたんだっけ…」と思いました。 その後、まだ時間があったので劇場裏手にある伝統芸能情報館の図書室で少し調べものをすることにしました。ところが調べものをしているうちにそちらに夢中になってしまい、気が付いた時には時計はもう開演時間の11:30をさしていた(泣)!大慌てで小劇場へ向かいました。 さて今回観劇したのは「仮名手本忠臣蔵」の中の「道行旅路の嫁入」「雪転しの段」「山科閑居の段」です。 まず最初は「道行旅路の嫁入」。この場面は、【桃井若狭助の家老加古川本蔵の娘小浪と塩冶判官の国家老大星由良助の息子力弥は許婚であったが、判官が殿中で高師直に刃傷に及んだ時、本蔵が判官を抱きとめ、その結果判官は本望を遂げることができなかったことから、大星家と加古川家は疎遠となっている。大星親子が京山科にいることがわかり、生さぬ仲の母戸無瀬は娘小浪を嫁入りさせようと旅立つ。】という内容です。 浅葱幕を振り落とすと背景にはどーんと富士山がそびえていて、そんな中を戸無瀬と小浪が供も連れず駕籠にも乗らずに山科へと向かいます。歌舞伎だと小浪は薄桃色の衣装を着ているのですが、文楽の小浪はお姫様と同じ赤い衣装を着ていて、最初見たときは「あれ?小浪って別にお姫様ではないのに…」と驚きました。ただ衣装はお姫様でもやはり人形の動きはお姫様ではなくて、おてんばとまでは行かないけれどずいぶん元気のいい小浪でした。力弥との幸せな生活を無邪気に夢みる小浪を見るにつけ、その先を知っている側としては何だかいたたまれなくなってしまいました。 戸無瀬は母親にしてはどこか色気が感じられて、そこが生さぬ仲ということなのかなと。あとは道中で一服する場面があるのですが、キセルをくわえた戸無瀬の口からちゃんと煙が出てくるのには笑ってしまいました。 周りを欺くために祗園一力茶屋で遊興していた由良之助が山科の閑居へ戻ってくる「雪転しの段」を経ていよいよ「山科閑居の段」へ。【小浪を伴って大星家の山科閑居を訪れた戸無瀬は、力弥との祝言を切り出す。しかし由良之助の妻お石は、「金品をもって師直にへつらう本蔵の娘は嫁にできない」と梨園を言い渡す。戸無瀬は、小浪との生さぬ仲ゆえの義理の絡んだ恩愛から、この場で死ぬ覚悟を決め、小浪も夫の家で死ねば本望、と言う。そこへ虚無僧に姿をやつした本蔵が現れ、婿力弥の手にかかり、命で過ちを償い、由良之助夫婦は、力弥と小浪に祝言を挙げさせる。本蔵は由良之助の義心を讃えつつ、師直の屋敷の綿密な絵図面を渡し、息を引き取る。】というのがあらすじ。 そして感想ですが、う~ん…1月に観た歌舞伎版の山科閑居の方が面白かったです。文楽って、人形が演じる分歌舞伎に比べてクセがないのが特徴だと思うのですが、今回はそのクセのなさが物足りなく感じられました。いつもなら「歌舞伎に比べて文楽はクセがないから、より物語そのものを味わうことができた」ということが多いのですが、今回はめずらしく逆。きっと玉三郎さん戸無瀬の印象が強かったからだと思います。 驚いたのは由良之助の妻お石と戸無瀬のやりとりが殺気立っていたこと。同じ場面でも歌舞伎はまだおだやか。文楽ではお石、戸無瀬が共に刀のようなキレでやりあっていました。そしてそんな中でもただひたすらに力弥との祝言を願う小浪のひたむきさが印象的でした。…と、感想はこんな感じで。 帰り際、ロビーでチラシを漁っていたのですが、ふと目に飛び込んだのは「通し狂言 妹背山婦女庭訓」の文字。「えっ!?ホント!?でももしかしたら東京の劇場じゃないのかも…」と良く見たところ、場所は「国立劇場小劇場」。というわけで、5月の文楽公演は「通し狂言 妹背山婦女庭訓」であることが分かりました。私、今までずーーーっと「妹背山婦女庭訓」の中の「吉野川の段」を観たいと思いつづけていたんです。一昨年の1月に歌舞伎座で観た「吉野川の段」にすごく感動してそれ以来ずっとこの時を待っていました。だからもう本当に嬉しくて思わず親に電話してしまいました(涙)。 しかも私今度の「義経千本桜ツアー」の際に、ちょっと寄り道して妹山・背山(吉野川の段の舞台)に行く予定を立てていたんですよ。そしたらちょうど「妹背山婦女庭訓」が上演されることになって……もう運がいいとしか言い様がありません。なにはともあれ5月の「妹背山婦女庭訓」はどんなことがあっても絶対観たいと思います!
2004年02月18日
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今日は近世の教授+近世ゼミの有志で国文学研究資料館へ行きました。待ち合わせ場所の戸越公園駅に行くと待っていたのは友人のTさんただ1人。近世ゼミは25人くらいいるのでまぁ待ち合わせ時間ギリギリになったらどやどやと来るんだろうと思っていたのだけれどどうも来る気配がない。結局集まったのは先生+学生4人。正直言って寂しかった(泣)。でも人数が少なかったおかげで食事をごちそうしていただきました。おいしかった☆ごちそうさまでした。 食事の後いよいよ国文学研究資料館へ。前もって「分かりにくい場所にある」とは聞いていたんですが…確かに分かりにくい。そして私はもっと小さい建物を想像していたのですが、案外大きかったです。 国文学の閲覧室に入ると当たり前だけど中にあるのは国文学の資料ばかりで、それだけでもう嬉しくなってしまいました。大学図書館にはない資料が手軽にわんさか見られるってなんて素晴らしいんだろう。本当に来てよかったです。うちからはそれなりに時間がかかるんですができるだけ利用しに行きたいです。もっと前から行っておけばよかったな(泣)。
2004年02月17日
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(17日記述) 昨日は並行して2つの計画を立てていました。 一つは、地方で一人暮らしをしている友人が春休みで実家に帰ってきているので今度会うことになったのですがさて何をしよう?という計画。この友人とは毎回ちょっと変わった(?)ことをしているのですが、今回は「吉野家築地店で和牛牛丼を食べる」ことになりました。「和牛の牛丼を食べてみたいな~」と思っているときにちょうどこの友人からお誘いが来たのでちゃっかり提案してしまったんですよ。あっさりO.K.をもらえました。バンザーイ! もう一つは今度念願の「義経千本桜ツアー」を実行することになり、一緒に行く友人と打ち合わせ。2泊3日で京都・大物・吉野(上市・下市)を周るのでスケジュールが結構キツい。今から体力を付けておこうということで合意に達しました。でも体力を付けるほかにお金も溜めなきゃいけないし、何より『義経千本桜』の知識を増やさなきゃ(泣)。やることがたくさんあるなぁ。頑張ろうっと。
2004年02月16日
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今日は天気が良かったので一念発起して部屋の掃除に勤しみました。机のあたりを片付けるだけなのに結局一日かかってしまった…。それほど私の机は汚かったんです(泣)。 天気がいいので布団も干してみたんですが、強風のせいでなんと布団が砂だらけになってしまった!必死で砂を払っていたら随分埃を吸ってしまったみたいです。まずいな~風邪引いちゃうかなぁ。 さて明日は友人と打ち合わせをしに行きます。何の打ち合わせかはまた明日のお楽しみということで…。
2004年02月15日
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昨夜帰宅して郵便受けをのぞくと宅急便の不在通知が着ていた。宛て先は私、そして送り主はサッポロビール。私はお酒は全く飲まないので、最初就職関係のパンフレットでも来たのかと思った。しかし普通就職関係のパンフレットなら郵便受けに入れていくはず。宅急便会社がわざわざ持ち帰ったりはしない。 就職関係でなければ…まさか懸賞が当たった!?でもそもそも私の名前でサッポロビールに懸賞を応募した記憶がない。なにはともあれ宅急便会社に電話をして、再び配達してもらうことにする。 しばらくして宅急便の車がやってきた。届けられた箱を見て私は仰天。とにかくデカい……。そしていったい中身は何なのだろうと家族立会いのもといそいそと箱を開ける。中から出てきたのは……特大サイズのドン・シボリオーネぬいぐるみだった。 実は、父が飲んだビールのパッケージに応募はがきが2枚付いていたうち、1枚を父親名義、1枚を私名義で記入したものを母が応募していたのである。そしたら私名義で出したはがきが見事当たり、特大のドン・シボリオーネが当たってしまったのだ。 確かにうちの家族はドン・シボリオーネが好きだった。スーパーのビールコーナーにドン・シボリオーネのぬいぐるみがあるのを見つけると「あれ欲しいねぇ」と言ったりもしていた。ところがまさか現実に手に入るとは思ってもみなかったのである。 体長約1m。家族が一人増えたのではないかと錯覚してしまうほどの大きさで、現にこのぬいぐるみを置くと部屋が極端に狭くなる。しかも彼はたれ目で口を開けっぱなしなので、見ているこちらはどうも力が抜けてしまう。家族全員が、彼を見てはため息をつく。彼はかわいい。かわいいんだけど………心底力が抜けるなぁ。 夕べはとりあえず私の部屋にいてもらうことにした。電気を消してうつらうつらしてくると、何だかドン・シボリオーネが当たったことも夢のように思えてきた。しかし今朝目を覚ますとやはり私の部屋にいるドン・シボリオーネ氏…。とりあえず今日は彼を助手席に乗せて買い物に行ってきた。
2004年02月14日
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壁紙を変えてみました。前のピンクの壁紙は壁紙そのものはきれいだったんだけどこのページに使うとどうも文字が読みにくかったので。とはいうものの今回の壁紙も左右がごちゃごちゃしちゃったなぁ…。ま、いいか。 さて本日新たにリンクが増えました。myk1016さんのサイト「さるのちえ」です。はじめにmyk1016さんが「ねこっぽ雑記」に遊びに来てくださり、その後私も早速「さるのちえ」にお邪魔したのですが、とにかく半端ではない歌舞伎のページの量に圧倒されました。す、すごい…。なんと歌舞伎や文楽をもう60年もご覧になっているそうです。私にとっては歴史上の人物といった感じの役者さんたちもたくさんご覧になっているんだろうなぁ…と暫し空想の世界に浸ってしまったりして。 歌舞伎に関するページの他には猿のグッズのコレクションや方言(大阪弁や京ことば)に関するページがあります。myk1016さんのサイト「さるのちえ」、ぜひ遊びに行ってみてくださいね。 最後に今日新たに「有職故実ゼミ 十二単着付け実演 写真」のページを追加しました。昨日の日記に書いた勉強会の際の写真です。こちらもよかったらご覧ください。
2004年02月11日
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今日は私の所属している自主ゼミ「有職故実ゼミ」で、有職故実の第一人者である高田倭男(たかだしずお)先生によるご講演と十二単(正式には五衣・唐衣・裳)の着付け実演の会を行った。高田先生は皇族の方たちが行事の際にお召しになる着物を扱う唯一の家、高田家の24代目当主。現在もやはり皇室の装束のお仕事をされていて、今日も美智子様や雅子様、紀子様のお召し物の布を実際に見せていただけた。ただでさえ繊細で美しい色なのに素材が絹なのでつややかに光ってさらに美しい。あちこちからため息が聞こえた。 本日の装束着付けに用いられた十二単は先生曰く「そこらの衣装やさんのものとはわけが違う」という素晴らしいもの。どの季節にも着ることが可能という「松襲ね」という色目の着付けが披露された。緑と赤・桃色の組み合わせ。重ねていく着物それぞれの色も紋も美しい。最後に裳をつけて出来上がり。出来上がると半ば撮影会のようになってしまった。 歌舞伎ファンとして今日のお話で面白かったのは病鉢巻の由来の話。病鉢巻の色はご存知のとおり紫だが、紫紺で染めた布には熱を下げる作用があるとのこと。だから病鉢巻は紫なのではないか、とおっしゃっていた。ちなみに先生は熱を出してしまわれた時、実際に病鉢巻を使って実験してみたことがあるそうで、「先入観からかもしれないが、確かに体温が下がった」とのことだった。あとは「保名や助六も頭を冷やす必要があるから病鉢巻なんでしょうねぇ。」とのこと。あ~私も一度病鉢巻の実験をしてみたいなぁ。 本当はもっといろいろお聞きしたのだが、今日は眠いのでこの辺で。P.S. 高田倭男先生が所長を勤めておられる「高田装束研究所」の公式HPを発見しました。リンクフリーではなかったのでリンクは張りませんが、サーチエンジンで検索すれば出てくると思います。皇室の装束のお話があったりなど興味深いページです。ぜひ一度ご覧になってください。ちなみにこのページからリンクを張っている有職.comも面白いですよ。
2004年02月10日
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何日間か日記をサボってしまいました。いろんなことが重なって少々落ち込んでしまって。でもだんだん元気になってきました。 さて今日は東武博物館ホールで行われた藤田洋さんの講演を聞きに行ってきました。タイトルは「上方の歌舞伎と江戸の歌舞伎」。ゲストは片岡秀太郎さん(仁左衛門さんのお兄さんです)。予想していた以上に興味深いお話をうかがうことができました。本当は聞いてきたことを全部書きたいところなのですが1時間30分の講演の全てを書くのはキツイので(泣)印象に残ったお話をいくつか。 今回の講演の中で、よく出てきたのは上方歌舞伎(大阪の歌舞伎)の不遇時代のお話。秀太郎さんが20代・30代の頃、大阪では歌舞伎が下火で上演の機会が非常に少なく、秀太郎さんは全く芝居に出られなかったんだそうです。久々に大阪で歌舞伎の興行がかかることになり「やっと舞台に立てる」と思ったのも束の間、歌舞伎は歌舞伎でも東京の歌舞伎の引っ越し公演だったので秀太郎さんたちはやはり出演できない。秀太郎さんと仁左衛門さんはこの公演を客席から観て、「舞台に立ちたい」と泣いていたんだそうです。そして仁左衛門さんはこの「舞台に立ちたい」という気持ちがとうとう抑えられなくなって東京に移ったとのことでした。 孝夫さんの仁左衛門襲名に関して、秀太郎さんは「東京に移ったからこそできたこと」とおっしゃっていました。秀太郎さん曰く、「大阪は東京で人気になったり育てられたりしたものを受け入れることはあっても、大阪自身が育てることはしない」んだそうです。「孝夫は東京で育てられたから仁左衛門を襲名することができたんだ」とのことでした。ちなみに秀太郎さん曰く現仁左衛門さんは若い頃大根役者として有名だったんだそうで、「仁左衛門(13代目仁左衛門。現仁左衛門さんのお父さん)の子がなんであんな大根役者なんだ」と言われていたのだとか。「この頃はまだ僕の方がいい役者と言われてたんですよ(笑)」と秀太郎さん。想像がつかないですよねぇ。 あと話題に上がったのは上方歌舞伎塾のお話。上方歌舞伎塾とはその名のとおり上方歌舞伎の役者を育てている塾で秀太郎さんも講師を務めておられます。上方舞を習うという点が東京の国立劇場の研修生と違うとのことでした。現在卒塾生は3期18人。本来ならば第4期を募集するところなのですが、現在は一時休講という状況なんだそうです。というのも、18人と聞くとさほどの人数ではないように思うけれど、役者を抱える松竹にとっては大変な数。それに上方歌舞伎塾の卒塾生は上方歌舞伎の役者に弟子入りするわけですが、現在上方歌舞伎の役者自体が少ないので一人の役者がたくさんの弟子を持たなければならなくなり、これもまた大変。というわけで上方歌舞伎塾自体はなくなっていないけれど、現在は一時休講とのことでした。上方歌舞伎の後継者ということに関して秀太郎さんは、「甥の進之助や孝太郎はもうすっかり東京ナイズされていて、正直なところ寂しいです」ともおっしゃっていました。 秀太郎さんの養子の愛之助さんについても話題が及びました(ちなみに愛之助という名前は7代目仁左衛門の幼名なんだそうです。)。今はなき大阪中座に出演していた「かわいくて行儀のいい子役」が13代目仁左衛門の部屋子(準養子)となり、やがて秀太郎さんの養子に。しかし秀太郎さん曰く「主役を張れる役者さんの子どもならいざ知らず片岡秀太郎の子というのではいい役がもらえない」そうで、秀太郎さんは愛之助さんに「あとは自分次第だから頑張りなさい」と言ったんだそうです。その結果最近では福助さんや玉三郎さんなどいろんな役者さんに使ってもらえるようになり、秀太郎さんは「秀太郎の子どもだからというのではなく、自分の力で役をもらえるようになったのが嬉しい」と本当に喜んでおられました。でも最近ではいままでなら秀太郎さんがやっていた役を愛之助さんに取られるようになってしまい「本当におもしろくない」んだそうです(笑)。 最後は来月(『義経千本桜―木の実・すし屋』)と再来月(『義経千本桜―渡海屋・大物浦』)の宣伝をされていました。特に来月の木の実・すし屋の小せん役は秀太郎さんの大好きな役の一つのようです。「上方式の木の実・すし屋をぜひ観ていただきたい」とのことでした。 これにて講演終了。最後に写真撮影の時間があったのですが、秀太郎さんったらカメラに向かってピースをしておどけていました(笑)。残念ながら今日はカメラを持っていなかったんですよねぇ。撮りたかったなぁ。
2004年02月08日
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(5日記述) 昨日は友人と2人で銀座テアトルシネマで上映中の「サウンド・オブ・ミュージック」を見にいきました。小さい頃にビデオで何度も見た作品なのですが、テレビで見るのと映画館の大スクリーンで見るとでは全然違う。画面が大きくなっただけなのに、今までは伝わってこなかったものがたくさん伝わってきて自分でもびっくりしました。 昨日あらためて「サウンド・オブ・ミュージック」を見て思ったのは、今まで自分はこの作品の筋しかわかっていなかったんだなということ。まぁ何度も見たのが小さい頃だったので仕方ないんですが、いかに自分が表面しか見ていなかったのかを思い知らされました。小さい頃はマリアと7人の子ども達が楽しそうに歌っているところがお気に入りだったのですが、昨日見て一番印象に残ったのはトラップ大佐の祖国への思い。これは自分でも意外でした。 私はかなり涙もろくて、この映画を見るにあたっても「…たぶん『すべての山に登れ』あたりで泣くんだろうな」と思っていたんですが、実際見たらとてもそれだけでは収まってくれませんでした。映画の始まる前から劇場内に流れているサントラを耳にすると懐かしさのあまりジーンを来てしまい、なぜかオープニングのマリアが丘で歌うところでもほろっと来てしまい、その後も修道院長の言葉に泣かされ、マリアとトラップ大佐の恋愛模様に泣かされ、「エーデルワイス」の歌に泣かされ……もう終止泣きっぱなしでした。隣に友人がいるので派手に泣くこともできず、腹筋をかなり酷使して大変でした。 はぁ~すごく良かったなぁ。3時間の上映時間があっという間に過ぎてしまいました。もう一度見にいきたい気もするけどまた大泣きするのも大変だしな(泣)。でもでも本当に良かったです。今も体が「サウンド・オブ・ミュージック」でしびれています。
2004年02月04日
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今日は個人的な用事で小石川の辺りに行ったのですが、その途中で天神様を見つけました。ちょうど梅が咲き始めたところで、これがなかなかきれいだったので、時間もあることだし寄り道をすることにしました。 まずはお参り。天神様は学問の神様ですので、この間の試験を乗り切れたお礼とこれから先の学業成就をお願いしてきました。 その後庭の散策。散策というほど広い神社ではないのですが、たくさんある梅の木がどれもきれいな花を咲かせていたので1本1本見て回りました。そしたらそのうちの1本の枝が強く揺れたんです。「何?」と思ってよく見たら、なんと2羽のうぐいすが梅の花と遊んでいました。2羽とも花を見つけてはつついてじゃれているんです。「鳥たちも花が好きなんだなぁ」とほのぼのとしました。 それにしても私はこんなに間近でうぐいすを見たのは初めてでした。2mくらいまで接近したのかなぁ…とにかくうぐいすの表情がわかるくらい近い。体つきはふっくらとしていて、目はまんまるで本当に愛らしい。最初は携帯電話のカメラで写真を撮ろうとしたのですが、シャッター音で驚かせたらかわいそうだなと思ってただ眺めるだけにしました。本当はもっとうぐいすを観察していたかったのだけれど、時間が経つに連れてだんだん雲行きが怪しくなってきたので先を急ぐことにしました。 梅とうぐいすという歌に詠まれるような組み合わせを実際に目にすることができてとても嬉しかったです。これで私も一首詠めればいいんですけどね(笑)。
2004年02月03日
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今日は昨日初日を迎えた歌舞伎座2月歌舞伎の昼の部を観劇しました。ところが行ってみてびっくり。かなり客足が悪い…。3等A席なんてこの後団体が来るのかしらと思ってしまうほどガラガラでした。思わず家に帰ってから母親に「…ぜひ昼の部を観に行ってあげて」と言ってしまいました。ちなみに今日は藤間勘十郎さんと文楽人形遣いの吉田玉女さんが観劇にいらしているのをお見かけしました。 それでは感想を。まず初めは「市原野のだんまり」(だんまりとは暗闇の中で大勢の人間が探り合い、立廻りをする様子を歌舞伎独特の様式美で見せる一幕のこと)。命を狙われる平井保昌は梅玉さん、保昌の命を狙う袴垂保輔・鬼童丸はそれぞれ左團次さん・玉太郎さん。で、感想なんですが…特にないというのが正直なところ(泣)。筋らしい筋もないし、上演時間も15分だけだし気が付いたら終わっていたという感じです。強いていえば毛皮を着ている左團次さんがなんだか熊っぽくてやけに印象的でした。 2つめは「彦山権現誓助太剱―毛谷村―」。あらすじは…【九州彦山の麓、毛谷村に、六助という男が住んでいる。六助は百姓ながら武芸に優れ、八重垣流の達人吉岡一味斎より極意を授けられ、かつその娘お園を妻とすることを許されたほどの人物であった。しかしその後、一味斎は京極内匠に闇討ちされて、一家は四散して敵討ちの旅を続けている。ある日六助は微塵弾正と名を変えた京極内匠にだまされて試合にわざと負けてやる。その後一味斎の後家お幸、ついで娘お園が相次いで訪れる。お園は、この家に妹お菊の遺児弥三松が育てられているのを見て、「六助こそ妹の命を奪った盗賊」と斬りかかる。ところが様子を聞けば弥三松は六助が迷子を拾ってきて育てているとのこと。しかもその六助は他でもなく、まだ見ぬ夫その人だと知る。一方六助は自分がわざと負けてやった弾正が、敵の京極内匠にほかならないことに気付き、一同いさみたって、あとを追う。】というもの。雄々しかったお園が六助が自分の許婚と知った途端急に女らしくなってしまうところなどがみどころの作品です。今回は六助が吉右衛門さん、お園は時蔵さん、京極内匠は歌昇さん、お幸は東蔵さん。 私は今まで梅玉さんの六助を観たことがあったのですが、梅玉さんの六助に比べて吉右衛門さんの六助はこってりとした芸風。派手でうきうきとしたような明るさがあり、観客の反応も良かったです。対する梅玉さんの六助は非常にあっさりとした芸風。どこか影があって観客の反応も吉右衛門さんほどではなかったのですが、でも私は梅玉さんの六助も好きでした。 さて吉右衛門さんは京極内匠に騙されていたと知って怒りがこみ上げる場面も印象的でしたが、個人的に一番印象に残ったのはまだお園がやってくる前の弥三松との場面。弥三松と六助は年こそ離れているけれど親を慕うもの同士であり、この場面を通して六助の情にあつい人柄等がひしひしと伝わってきました。 時蔵さんのお園は今までも観たことがあったのですが、今回は六助役が吉右衛門さんということで、前回の梅玉さんの時とはいくらか変わっていたようです。細かいところは分かりませんが、印象としては前より派手な感じがします。あとは前回よりすべてにおいてはっきりとした感じを受けました。その分前回よりは単純で分かりやすくなった気がします。 京極内匠は歌昇さん。正直なところちょっと歌昇さんでは物足りなかったです。歌昇さんなりに頑張っているのはよく分かるのだけれどやはり限界がある。もっと余裕たっぷりで憎々しい弾正が観たかったなと思います。 3つめは「茨木」。あらすじは【鬼神の片腕を切り落とした渡辺綱が陰陽師の勧めにより物忌みをしているところへ伯母の真柴が訪ねてくる。「物忌の最中だから」と一旦は断ったものの「やはり恩義のある伯母を追い返すわけにはいかない」と館へ招き入れる綱。しかし実は片腕を切り落とされた鬼・茨木童子が真柴に身を変じてやってきたのであった。】というもの。後に茨木童子に変じる伯母真柴は玉三郎さん、渡辺綱は團十郎さん。 玉三郎さんの真柴は何だか観ていると悲しくなってくるような真柴でした。悲しみ・憎しみやあきらめと執着の間でのジレンマを感じさせるような表情でした。そしてその後に本当に鬼になる。鬼の格好(後シテ)をしなくても、老女の姿でも表情だけですでに人間とは一線を画している。でもさっきまでは確かに人間だった…。こんな真柴(茨木)を見て「茨木という人(鬼?)はどうして鬼になってしまったんだろう」と感じずにはいられませんでした。私は茨木童子が生まれながらの鬼ではなく、元は人間だったのに、何か激しい怒りや強い憎しみ・悲しみによって鬼になってしまった、悲しい人なのではないかと思いました。 あとは真柴は老婆の役なので、何も飾るものがないんです。衣装は美しいけれど地味だし、化粧もほとんどただの白塗りに近く、若ささえない。だからその分玉三郎さんという人間が浮かび上がるような気がしました。 踊りや動きに関しては、真柴は老女の役なので一見身体が利かないような動きをするのだけど、でも実は身体が利く人ならではの“身体が利かない人の動き”をしているというのが面白かったです。身体が利かない人らしい踊りでありながら動きはなめらかで、醜さがありませんでした。やはり玉三郎さんはすごいんだなと感じました。 4つめは「良弁杉由来」。鷹にさらわれた我が子を思って物狂いになってしまった母親が30年後に大僧正となった我が子と感動の再会を遂げるというお話。母・渚の方は鴈治郎さん、子どもの光丸後の良弁大僧正は仁左衛門さん。鴈治郎さんも仁左衛門さんもすごい熱演で客席のあちこちからすすり泣く声が聞こえてきたほどだったのですが、私はこの「良弁杉由来」という話自体にどうも冷めた感想を持ってしまうので(嫌な客だ…)、どうも観ていて乗れませんでした。あくまでも話に乗れないだけであって仁左衛門さんの崇高さなどは本当にすごいと思ったのだけれど……残念。 というわけで感想は以上です。また長くなってしまいました。読んでくださった方、どうもありがとうございます。
2004年02月02日
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今日は運転免許の更新をしに埼玉県運転免許センターに行ってきました。この運転免許センターは鴻巣市という私の家からは非常に遠いところにあって行くまでが非常に面倒くさい。電車を乗り継ぎ乗り継ぎ、鴻巣駅から30分歩いてやっと運転免許センターへ。ところが本当に長いのはここからだったのです。今日は日曜日だったのですごい人・人・人!ただでさえ長い列が4列も並んでいる。もうこれを見ただけでげっそりしてしまいました。今から既に「次に免許を更新するときは絶対平日に行くぞ」と心に決めました。 そして問題の写真撮影。「免許の写真ってどうやっても人相が悪くなるんだよなぁ」と思いつつも、服を白いものにするなどできる限りの努力はした上で写真を撮ってもらいました。あとは講習を受けつつ免許証ができあがるのを待つばかり。 というわけで免許ができるまでの2時間は講習を受けていたんですが、見せられたビデオが結構シビアなものでつくづく「事故を起こさないように注意しなくては」と感じました。ちなみに埼玉県は去年交通事故で死亡した人の人数が北海道に次ぐワースト2だったんだそうです。情けない…。 こうして講習が終わりとうとう免許証が交付。「とにかく変な顔で写っていませんように!」と思いつつ写真を見たら……驚くほど写真写りが良かった(笑)。前回の写真は確かに今より痩せているのだけれど、その代わり何だか人相がよくないんですよ。でも今回の写真は前回に比べたらかなりまとも。もう嬉しくて嬉しくて思わず鴻巣駅から親に電話してしまいました。今思えば免許証の写真写りが良かったくらいで大喜びしているなんてすごく単純なんですけどね(笑)。まぁとにかく免許の更新が済んでよかったです。あと4日遅かったら無免許になっているところでした。危なかった~。 さて明日は早速2月歌舞伎の昼の部を観てきます。「茨木」が特に楽しみです。
2004年02月01日
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