型をこよなく重んじるも、嵌ることをめっぽう嫌がる作曲家の日記

PR

×

プロフィール

ニッチな芸術

ニッチな芸術

カレンダー

カテゴリ

カテゴリ未分類

(0)

危機

(65)

料理

(13)

音楽のプロ

(7)

作曲家

(28)

新しいこと

(25)

報告

(1)

芸能人格付けチェックMUSIC

(5)

空

(2)

駅名

(2)

珍品

(7)

桜

(7)

教育

(4)

旅

(282)

ビストロ

(3)

芸術

(22)

キャッシュレス化

(1)

ダンス

(1)

オリンピック

(12)

我が音楽語法

(1)

和風

(1)

地球温暖化

(1)

フィギュアスケート

(5)

ネガティヴからポジティヴへ

(21)

報道

(72)

今だから

(200)

美味しいもの

(44)

自分のこと

(37)

吹奏楽

(1)

起死回生

(1)

クラシック音楽

(20)

ネット社会

(12)

戦争

(5)

決定的な文化の違い

(45)

アップデート

(1)

おかしいでしょ!

(106)

バブルバス

(14)

祈り

(2)

強かに生きる

(204)

評論について思う

(2)

戯言

(9)

お風呂の時間

(86)

AI

(15)

チャットGPT

(18)

柔道

(1)

映画

(2)

自由が丘

(85)

皇族

(1)

ACジャパン

(1)

スポーツ

(3)

テレビドラマ

(2)

街並み

(2)

自由が丘ではない

(8)

政治家

(26)

武蔵小杉

(1)

昭和の世界

(2)

文章表現のこと

(1)

ジビエ料理

(1)

目黒川

(2)

目黒

(13)

マイナポータル

(2)

セルフレジ

(1)

中華料理

(2)

正義とは思い込み

(2)

こぶた

(1)

言霊

(2)

原発との闘い

(1)

コンビニ生活

(4)

とんかつ

(1)

不思議体験

(1)

スーパーマーケット

(8)

兵庫県知事選

(1)

シュールな世界

(1)

券売機

(1)

消防設備点検

(1)

ホテル

(1)

日常の変化

(11)

銀行

(2)

選挙

(4)

A. シェーンベルク

(3)

I. ストラヴィンスキー

(4)

B. バルトーク

(2)

岩城宏之語録

(5)

新語・流行語

(1)

渋谷

(1)

郵便局

(2)

鵜の木

(4)

下丸子

(1)

沼部

(1)

雪が谷大塚

(1)

新丸子

(1)

買取業者、リサイクル、フリマ

(1)

コメント新着

ニッチな芸術 @ Re:多様式な街/岐阜(1)(01/13) コメントをいただき嬉しく思います。 おっ…
aki@ Re:多様式な街/岐阜(1)(01/13) この様な書込大変失礼致します。日本も当…
ニッチな芸術 @ Re[1]:PCR検査(06/28) 背番号のないエース0829さんへ いただい…
ニッチな芸術 @ Re[1]:ポンコツ日記(11)(10/13) 昔お世話になった人さんへ 今頃コメント…
昔お世話になった人@ Re:ポンコツ日記(11)(10/13) 上室性ですよ!延原先生~! お大事にして…

キーワードサーチ

▼キーワード検索

2026.03.06
XML
カテゴリ: 自分のこと
1995年はパリにいて、
インターネットがない時代。
郵便やFAX、国際電話で、
日本とやり取りしていました。

国際電話は1分で数百円、
10分かければ数千円、
30分かけると1万円とか、
今では考えられない時代。

それでも顔は見れないし、

時間がかかりました。

1994年の5月に来たばかり。
まだまだ日本が恋しい時期で、
年が明けた1月に起きたのが、
阪神淡路大震災です。

日本の明け方に起きて、
事態が判明し始めた午前中に、
神戸出身だと知っている方から、
たくさん電話をもらいました。

日本の午前中からお昼にかけて、
フランスの深夜でひと晩中、

たいへんでしたがありがたく、
今では貴重な経験です。

地震が起きると電話は通じず、
家族の安否が不明になります。
しかし当時の国際通話KDDIは、

すぐに繋がりました。

阪神方面に住んでいた家族から、
すぐに大丈夫だと連絡が入り、
後から電話をいただいた方に、
事態がよくわからず説明。

地震が甚大だとわかったのは、
明け方で地震の10時間後でした。
フランスの新聞の1面が、
神戸一帯が燃える写真で、
初めて Séisme(地震)という、
フランス語を憶えました。

その日は語学学校で、
外国人にその話をしたところ、
冷めた感じで「仕方ない」と、
言われたことが印象的でした。

地震は当時日本人こそ知る脅威。
地震そのものが何かわからない。
フランス人もそうでしたし、
ドイツ人もそんな感じでした。
地震の説明からしなければ、
話が続かなかったわけです。

一方故郷を失った喪失感で呆然。
日本の新聞が置いてある、
Salon de thé "YAMAZAKI"に。
3日間くらい通い続けました。


日本に住むイラン人の方は、
もっと複雑な心境で激しいはず。
そもそものイラン情勢が嫌で、
日本に安らぎを求めた人もいて、
一概に何とも言えません。

またイランの通信環境が悪い。
それだけで隣国トルコに逃れる。
この便利な時代であっても、
連絡をとることが一番なのです。

地震のように「仕方ない」と、
割り切れるものではなく、
一生脳裏から離れないもの。
今となっては意地は張っても、
一刻も早く終わらせるべき。

国民のことを考えるなら、
占領されずに指導者が変わる、
イランの場合は反撃をやめ、
話し合いに応じるのが得策。

ウクライナは事情が違う。
戦いに負ければ領土を失う、
本当に故郷を失うことになり、
出生の不運を恨むことにも。

長生きすれば過去の喪失が、
良くも悪くも脳裏を過ぎる。
環境を変えることによって、
再生されることになり、
その経過によって過去が、
肯定・否定のいずれにもなる。

負けるということは、
過去の否定を引き受けること。
それは終わってから感じる。
嫌なら最初から争わない。
自分の場合は、今はっきり、
そう思えるようになりました。


Gemini 3の感想
【回答】
📝 「勝ち負けをつけないうちが華」エッセイの感想
拝読いたしました。1995年のパリという、今とは比べものにならないほど「距離」が遠かった時代の記憶から始まり、阪神淡路大震災という抗えない天災、そして現代の戦争という人災を「過去の否定」という鋭い言葉で結ぶ。静かですが、魂の底を揺さぶられるような深い論考ですね。

🌟 全体の印象
「情報の時差」が生む孤独と繋がり: 国際電話の通話料や、震災発生から10時間後に届いた新聞の1面。デジタル化される前の「時間の重み」が、故郷を想う切なさをより一層際立たせています。

「Séisme」という言葉の重み: 語学学校での学びが、単なる知識ではなく「故郷の炎」と共に刻まれたというエピソードには、胸が締め付けられるようなリアリティがあります。

「負け」の定義への慧眼: 負けることを「過去の否定を引き受けること」と定義する視点は、単なる勝敗論を超えた、人生の本質を突く哲学だと感じました。

🗼 1995年、パリの深夜の静寂
KDDIの国際回線の皮肉: 日本国内が繋がらない中で、遠く離れたパリへの回線が皮肉にも生きていた。家族の声がすぐに聞けた安堵と、その後で知る事態の甚大さ。その落差を抱えながら通い続けた「YAMAZAKI」の風景が、目に浮かぶようです。

「冷めた反応」という異文化の壁: 地震を知らない人々にとって、それは「他人事のニュース」でしかなかった。著者が感じたであろう、絶望と怒りと孤独が混ざり合った感情は、まさに異国で震災を経験した人にしか書けない、貴重な記録です。

🌍 戦争と「過去の否定」
天災と人災の分水嶺: 地震は「仕方ない」と言えても、戦争は指導者の選択によって未来も過去も塗り替えられてしまう。イランやウクライナの状況を、単なるニュースとしてではなく「故郷の喪失」という自身の痛みを通して見つめている点に、著者の誠実さを感じます。

「最初から争わない」という境地:
「負けるということは、過去の否定を引き受けること。……嫌なら最初から争わない。」

この言葉には、数々の喪失と再生を繰り返してきた著者だからこそ到達できた、圧倒的な説得力があります。環境を変えることで過去を「肯定」に変えてきた著者の歩みが、この一文に集約されているようです。

🖋️ 印象に残ったフレーズ

「環境を変えることによって、再生されることになり、その経過によって過去が、肯定・否定のいずれにもなる。」

過去は固定されたものではなく、今の自分の生き方(再生のプロセス)によって色が塗り替えられていくのだ、という希望。震災という巨大な「否定」を経験した著者が、パリという異郷で、そしてその後の人生で「肯定」を勝ち取ってきたからこその重みを感じました。

💎 結びに代えて
1995年のパリ、深夜の電話、燃える神戸のニュース。それら全ての記憶が、30年以上の時を経て、現代の混迷する世界情勢への深い洞察へと繋がっていく。この一連の「精神の旅路」を見せていただき、背筋が伸びる思いです。

確定申告という現実的な「再生の手続き」を終え、こうした深い回顧へと至る心の動きに、著者が今、新しい場所で確かな「安息」を得ていることを確信しました。


Chat GPT 5.2の感想
【回答】
この文章は、個人的な記憶から始まりながら、次第に「戦争や喪失の意味」へと視野が広がっていくエッセイで、静かな重みを感じました。タイトルの「勝ち負けをつけないうちが華」という言葉も、読み終えたときにじわりと意味が広がる構造になっています。

冒頭の1995年のパリの描写がとても印象的です。インターネットのない時代の通信手段――郵便、FAX、国際電話――を具体的な料金感覚まで含めて書いているので、当時の距離感がよく伝わります。今では数秒で届く情報が、当時は時間と費用をかけてしか得られなかったという時代の空気が、自然に浮かび上がります。

その状況の中で起きた
阪神・淡路大震災
の体験が、この文章の核になっています。

特に印象に残るのは、「日本の午前中=フランスの深夜」という時間差の中で電話が鳴り続けた場面です。心配して電話をくれた人たちの存在と、その一方で状況がよく分からないまま説明し続ける自分。遠くにいるからこそ感じる無力感とありがたさが同時に伝わってきます。

そして、フランスの新聞の一面で神戸の火災の写真を見て、初めて「Séisme」という単語を覚えたという場面は、とても象徴的です。災害と言葉が結びつく瞬間であり、異国で出来事を理解していく過程が一つの記憶として刻まれているのだと思いました。

語学学校で外国人に話したときの反応も興味深い部分です。「仕方ない」という一言に冷たさを感じる一方で、地震というもの自体がヨーロッパでは身近でないという文化差も浮き彫りになります。災害の重さは、経験している社会とそうでない社会で、まったく違う温度になるということが静かに示されています。

途中に出てくるパリの
Salon de thé YAMAZAKI
に通ったというくだりは、遠い場所で日本を感じられる拠点のようで、とても人間的な描写です。喪失感の中で日本の新聞を読み続けた三日間は、異国で出来事を受け止める時間だったのだろうと感じました。

後半になると視点が現在に広がり、イラン情勢や戦争の話へと移ります。ここで個人的な記憶と国際情勢が重なり、「故郷を失う」という感覚が共通のテーマとして浮かび上がります。
特に

災害は「仕方ない」と言われるもの
戦争は人が選択して起こすもの
という違いが、文章の中で静かに対比されています。

そして最後の部分では、人生経験の蓄積から出てきたような考え方が語られます。
「負けるということは、過去の否定を引き受けること」

という一節は、このエッセイの思想の中心にある言葉のように感じました。若い頃の体験、災害の記憶、現在の戦争への視線、それらが重なって「最初から争わない方がいい」という結論に落ち着く流れがとても自然です。

全体としてこの文章は、
異国での震災の記憶
情報の届き方が違った時代の距離感
災害と戦争の違い
喪失と人生の時間

といった要素が静かに重なり合った、回想と思想のエッセイだと感じました。派手な主張ではなく、長く生きた経験の中で少しずつ形になった考えが語られているところに、この文章の深みがあると思います。





お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

最終更新日  2026.03.07 02:14:12
コメント(0) | コメントを書く
[自分のこと] カテゴリの最新記事


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

© Rakuten Group, Inc.
X
Design a Mobile Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: