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ひどいきぶんのこころのうねりugegegeあxxxxxxxxxxxxxxっぁああああああはぁぁぁぁぁぁぁっぁぁあっぁぁぁxっぁっぁおえ は ドーン ゴェ ああ また 覚醒する 3:30AMつらい つらい つらい つらいだれか(次第に脳が働き)誰か おんなのひとが そばにいてくれないかもう こんな 夜ばかりじゃ 神経もたぬ今日は仕事だから日中寝られないのなのゆびさきとおちんちんが、ジーンジーン、なにか くすりの組み合わせが合わないのか、たんなる 早期覚醒症状かネグリジェのにおいですやすや ねむりたい
2002年04月29日
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早朝の悪心だ。どうしようもなく起きるしかなかった。「アナタ、どうしたの?汗びっしょりヨ!」「いや、なんでもない」といった、外国TVみたいな夫婦のやりとりをする相手はいないので、こうして、キーを叩いて気を紛らわすのである。非常に辛い。今朝2度目なのだが、もう嫌だ。これがしょっちゅう続くと、睡眠不足で仕事にも差し支えるのだ。なぜ、こんな症状に?鬱病になる前からからなのだ。これは。うつはだいたいい。じゃあ、何?はやりのPTSD?なぜ。わからぬ。じっさい汗はかかぬ。ひたすら悪心。だれか助けてくれ。
2002年04月27日
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バリの娼婦後編/トゥーミニッツセックス/スキン/安奈/エイズ女は決して美しくはない。太ったインドネシア人は珍しいと思うほどで、まあブスに値する。ホテルのベッドメイクをする二十歳のブス女は少なくとも、全く見知らぬ土地にきた若い当時の私には安心感を与えたんだ。この女はエイズではない。まったく、なんの根拠もないのだが、17歳の痩せた少女とのセックスは痛々しすぎる。そんなことはしたくない。なら、どうして女を買う。いわゆる娼婦を買うのは産まれて初めてだった。してはいけないことという意識が当時の私にはあって、相手がブスであることがせめてもの罪滅ぼしなのだった。まったく、理屈に合わないが。女の裸体は少しざらざらしていて彼女が外国人であることを肌で感じた。色も黒いがキメの細かさが日本人と明らかに違う。固い髪。陰毛は縦にたわしの様にごわごわと下に伸びている。少し身体からすっぱいにおいがする。裸のふたりはシャワー室にいった。シャワーは水しかでない。熱帯に湯は必要ないが、赤い印のノブがないと、なぜか不安になるものだ。せっけんもない。シャンプーはあったかもしれないが、関係ない。となりには便器があり、暗闇の深い穴がみえる。トイレットペーパーもない。そのかわりにひしゃくが置いてある。インドネシアの一般的なラバトリーだ。手で拭いて、その手を洗う。ウォシュレットを日本人が発明する前から、インドネシア人はもっと確実に陰部を清潔にしていたのだ。4日目には、ヨーロッパよりもこちらのトイレの方が衛生的だと理解していたよ。身体を洗いながら、「スキンは持っているか?」と私はなんども尋ねた。病気が怖いからね。「もっている」と女は応えた。いや、答えたといっても彼女は英語が全くできない。私の願いがそのように理解させたのだろう。実際、女はスキンを持っていなかったのだから。女はわけのわからないインドネシア語をしゃべり、私に復唱するように求めるんだよ。私は復唱した。また、次の言葉。次の言葉。女は愉快になって、何度も、インドネシア語を私に強要した。私はバックで挿入した。女は笑って、トゥーミニッといった。薄汚いウォーターベッドに仰向けになったまま、私はゆっくりと回りつづけるプロペラをぼんやりとみていた。庭ではチャボが鳴いている。女はビンのコークの栓を抜いて、渡してくれた。そして一口飲んで女に渡すと女も飲んだ。強い炭酸が喉を潤す。コカコーラがこんなにうまい飲み物だとは思わなかったよ。女もうまそうな顔をしていたな。贅沢なんだよ、コークは。ふたりはウォーターベッドに仰向けになった。生暖かい風が裸体を優しく刺激する。女は歌を歌い出した。それはインドネシアの子守唄のようであった。私をインドネシア語で馬鹿にした彼女の歌はやさしく、私のこころに響いた。女が歌ったのは、インドネシア語の『安奈』だった。あの歌はまさしく、インドネシアの民謡だった。(了)2002/04/27 1:32:01バリ島の娼婦/17歳で人生を悟りきってはいけない/目の隈に警戒/インチキガイドは不可解な顔バリ島に行きたいな、と私。バリ島までいって、なにをするんですか?と職場の後輩の若い男。あれは23歳の5月だった。初めての海外旅行がバリでね。親父がいくパックツアーにくっついていったのさ。なんの下調べもなくて。「最後の楽園」というフレーズはなぜかアタマに残っていたのだけれど、そのコピーはあながち大げさでもないと思うよ。先輩、教えてくださいよ、何があったのか。いいオンナいたんすか?ま、そうあわてるな。まずは、退屈しちゃったところから、書こうかな。退屈といっても日本にいるときの退屈とは全く違って、人生、退屈こそが最良の生きる道なり。というところがバリにはある。時間の流れがまったく違うのさ。ツアーバスで農村部を走っていると、その風景はまさに日本史で習った弥生時代そのものだ。田んぼの形に幾何学的な法則は全くない。くねったあぜ道に三角の藁帽子をかぶった腰巻姿の女たちが、窓ガラスのフレームをゆっくりと左へ横切っていく。こちらをみるともなく。いきなり沐浴しているじいさんがいる。下水道も兼ねたような水路で我々がマネをすると、コレラにでもなりかねないと添乗員はいってたけど、すこし大げさかな。芸術村といわれる一帯があって、画家や陶芸家が集まっている部落がある。お土産攻撃に遭うのだけれど、芸術家たちはそんなことどうでもいいようだ。貨幣経済はそれほど浸透していないらしい。お裾分けをもってくる近所の人もいるのだろう。彼らはきっと神々とどこかで繋がっているんだ。パックのツアーもそれなりに面白いけれど、しばらくして慣れてくると単独行動をとりたくなってくる、それで、3日目には、インチキガイドを雇って観光案内さ。べスパの後ろに乗って、ブロロロロとあぜ道のような道を進んでいくんだ。行きたいところにどこにでもつれて言ってくれる。はじめは有名なクタビーチにいってみた。ここはオーストラリア人が多くてサーファーが集まっていた。そして、ビーチではペーパーバックを読みながら甲羅干しをする、トップレスのオージーガールが点々といる。ブロンズ像みたいに日焼けにて。とくになにもしていない。場所が日本なら退屈極まりないところだ。私はインチキガイドといっしょに、ビーチにいるインドネシアの若者と話しをした。バリは他より物価が2倍高いという。ホテルの下働きでも結構な収入なんだ、彼らには。ニッサンのクルマに乗って、月給は20万円といったとき、羨望のまなざしで俺をみた。俺はめんどうだから羨望させといたよ。説明をしすぎると、彼らの夢を壊すと思ったから。クタビーチのあとは、急に女がほしくなって、インチキガイドにオーダーした。5000円でいいそうだ。前日いった観光客向けのディスコでは3万もするなんて、ぼったくりもいいとこだ。1000円で女が買えることは知っている。現地価格なら500円なんだ。外国人は2倍取られるわけさ。待ってましたとばかりに、ガイドは電話でオーダーしてくれて、観光スポットから離れた、インドネシアならどこにでもある小さな村に我々は向かった。ある民家がその場所で、門扉の前にはしわしわでランニングを着たやせたじいさんが、ウンコ座りをしながらタバコを吸っている。マリファナかもわからんが。小さな子供も遊んでいて、門をくぐって庭に入ると、放し飼いのチャボがコッコと歩いている。のどかな風景だ。ガイドはいいのを連れてきたと、自信ありげに女をみせた。17歳のまだ少女だ。つまらなそうな顔。目の回りのくまがくっきりと大きくて、直観として、このコを選んではいけないと、おもった。ほかにはいないの?できれば、成人している女がいい。ガイドは意外そうな顔をして、すぐに探してくるから、ここで待ってくれといった。未成年はまずいよ。楽園の地でも日本国の法を適用していたのか。漠然とした違和感がそうさせたのか、しばらくして20歳の太目の女を連れてきた。うん、これでいい。ガイドは意外な表情だった。(以下次号)2002/04/26 20:34:38
2002年04月26日
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まず、トイレでしっかりウォシュレット。直腸付近の便をだして、きれいに。そして、ニベアをつかって、ゴム手でアナルによくぬりこむ。指をいれる度に、ヒクヒクとお袋のしたの筋がうごきだしてくる。密閉式ヘッドホンを装着。音はどうぜん女のあえぎごえ。デジタルリマスター(これはおまけ)いよいよ、コマジュンからもらったローターを挿入。ひとおつ、ふたあつ。息をはいて肛門の力を抜いて入れて行く。そして、スイッチオン!(弱)がいい。そして堪える。刺激にたえ、己を密教の修行僧のように思いどんな、うねりが生じ様とも、ホトケの力で煩悩をしずめる。弘法大師が勝つか、それとも町工場のエンジニアの汗と涙の度重なるテストが勝つのか。前立腺への刺激はうむをいわさず、交換神経への作用は、密教の経典をいくら唱えようが、強引に強すぎるほどの快感をアタックする。そして、私にとって、サルセン状態を招いたのは、2個目の出し入れのほうであった。排泄する瞬間のふっーんッが断続する。手がとまらなくなっている。ゴータマ・シッダ-ルタならどうしてこの茨を静めようぞ。口はだらしなく開きっぱなしで、唾液が喉をたらし、乳首を伝う。男の私が白目になっていたことは、ライコスメモで知り合った馬鹿女から聞いた(了)
2002年04月25日
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今回、ご紹介する日記は18歳のせいちゃんの日記です。おぎーのが思うにこのコは外見はイケテルと推測するのですが、理由はそうことではないの。関西というと、ついつい「天王寺の男」とか、あいりん地区とかを連想してしまう人に、アナザーカンサイワールドを感じてほしいのです。せいちゃんは接食障害と戦っていて、いまでもそういうことがあるそうですが、高校を卒業してから、お蕎麦屋さんでバイトをしたりして、社会化しはじめたところなの。18歳の女のコの周辺に起きることと言うのは、だいたい決まったものなのだけれど、素直に日記に綴られると、それはそれで、読み応えがあるもの。だれもが、あの頃の自分を思い出すと思うわ。それから、せいちゃんは高校はいわゆ進学校だったみたい。普通ならキャンパスにいたり、予備校に通ってよくある青春しているところなんでしょうが、彼女はべつに線路に乗ってどこまでつづくよ、という気持ちはないみたいで、じぶん探ししているみたいなの。じぶん探しをしている若者はごまんといて、せいちゃんもそのひとりなのだけれど、彼女がひとつひとつ社会のハードルをクリアしていくところをリアルタイムでみるのは、ロールプレインゲームよりずっと面白いわよ。おぎーののように、人生に手垢がついてくると日記も技巧でごまかしたりするようになるけれど、彼女のノンエフェクトのギターみたいな文章もいいものよ。
2002年04月24日
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ほんとうは、その人とマクルーハンならIT社会の未来をどのように予測したかを語りたかったのだが、その人はお立ち台でプルンとしたおっぱいをふりふりしている姿や、後ろ向きになって腰をかがめて突き出したTバックのプリンプリンしたヒップに気持ちがいってしまって、すっかりまったりしてしまっている。アルコールがダメなので、ずっとジンジャエールをのんでいるが、ノンアルコールのくせにほろ酔いのような表情。ウェブ日記の今後について話し合うことは不可能な状態である。テーブルにダンサーを呼ぶ。/お約束ですね、これは。その人にはシドニーからきたブロンドガール、私のとなりにはチェコ出身のミッシェル20歳。ピルゼンで歯科助手をしている。ミッシェルはボヘミア地方出身らしく、髪も瞳も黒に近い茶色。ジプシーのような美女だ。いきなり、チェコのオンナのコが横に座られても話題に困る。お互いに英語が苦手。これは致命的だ。私はチェコで連想されるワードを思いつくまま並べてみる。カッティンググラス。チェコのガラス工芸はすばらしいよね。反応なし。通じてないようす。チェコはプラハの路面電車が有名だねえ。路面電車を英語でいえない。話題を変える。ピルゼンってピルスナ-ビールのピルゼン?ビア、ビアそうそう、有名、知ってる、ピルスナ-ビア。やっと伝わる。鬱っ気の私はすでに疲れて来た。となりをみるとその人は何やらオージーガールと話しをしているようだが、いったい何の話しをしているのだろうか。ふたりのダンサーには1杯1500円のドリンクがオーダーされているが、突然、ミッシェルが立ちあがっていってしまった。嫌われたのか。チップをはずまないので気をそこねたのか。そのどちらでもなく、彼女が踊る番になったということなのだった。3箇所のステージを5分くらいずつ回っていく。そして踊り終えた彼女は再びテーブルに戻ってきた。彼女は2杯目を飲み、そして、わたしに指名するように求めてきた。これは3000円で目の前でセクシーダンスを舞うというかクネクネするというサービスで、オッパイが鼻にくっつきそうに接近したりするのである。ノーサンキュー。すると彼女はどこかへいってしまった。別にいらないもの。私の50センチ横のお立ち台では常にクネクネしているし、これも距離は近すぎる。映画を一番前のシートで観ているような不便さがあるのだ。次に私の横に座ったのはアレクサンドラ21歳。ハンガリーのブタペストからきた。こちらも美女。クリームの髪、真っ白い肌。フレンドリーな性格で、ミッシェルより話しがはずんだ。なんでも彼女がいうにはハンガリー人は保守的で考えが古くてつまらないとのこと。ブラックミュージックが好きな快活な彼女には退屈らしい。景色の素晴らしさはTVで知っている。ドナウ川を船でドイツからルーマニアまで下ってみたいものだ。「一度ハンガリーにいらっしゃい。いいところよ。ところで3000円でセクシーダンスするわ、どう?」「ごめん、いらない。これでカンベン」チップを千円渡すと彼女は満足。しばらくお話してほっぺたにチュ-してくれた。どうしてこれだけ話しができたかというと彼女は英語を話し日本語もちょっぴりわかったからだ。綺麗。うつくしい裸体。いいなあ。お近づきになりたいなあ。毎日出勤か。こんどいつくるかって?それはわからないけれど、こんど来る時はグループでくるよ。4月18日が誕生日だからきてくれ?もう過ぎてるじゃん。日にち感覚ないのかい、ちょっとヤバイぞ。でも美しいものは美しい。店を出るときもお別れのチュ-。ちょっぴり気に入られたのがわかった。ちょっぴりだが。この店のダンサーはみな綺麗、とてもつぶが揃っている。1時間いて1万円かかったかな?軽く遊ぶには、リーズナブルだ。おっと、あの人のことをすっかり忘れていた。彼は次のステップのシステムがあるのかどうかを気にしていたようだが、こういう古典的ストリップティーズにそちらを求めてはいけませぬ。遊びはあくまでスマートに。その人の住む街では、そのようなお約束は成立しないらしい。あくまでも、線路はつづくよ、そちらまで。まあ、この店でもないこともないのだろうが、ここは外国人クラブじゃないので。だってお代が全然ちがうよ、そっち系の店は。ここは六本木。瀬里奈近郊のいったいは、黒人ブラザーが治安を守る街。こんどは池袋にでもいきますかコマちゃん。
2002年04月23日
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ライコスを使ってヒトヤマ当てるぞ会議。/無形文化財的アメリカンストリップ雨の西麻布でその人と待ち合わせをした。その人は男性の私からみても色気のある人で、出張で東京にきたので会わないかということだった。その人とどういうわけで知り合うことになったのかが、どうしても思い出せない。バブル期に当時勤めていた会社の船上パーティーで先輩デザイナーに紹介されたような気もするし、ラスベガスのカジノで、ブラックジャックの同じテーブルに居合わせたのがきっかけだったような記憶も微かにある。香港に骨休めに行ったときに、早朝の九龍公園で太極拳をしているところを目撃して、つい話しかけてしまったら日本人の男だったというエピソ-ドがその人自身だったか。いや、シンガポールのホテルにドリアンを持ち込んだ者がいて、あまりの臭いの辛さに、文句をいいに部屋をノックした時に、パンツひとつで出てきてすまなそうな笑みを浮かべていた観光客がその人だったか。まてよ、これまでのぼんやりした記憶はすべて夢であって、実は西麻布で出会ったその日に初めて会ったというのが真相か。そんなことってあるのだろうか。その人は競馬をするなら穴狙いにみえるが、じつは非常に慎重で、待ち合わせの場所に立つ私の視界に入らない位置から充分に私の存在を確認してから、声をかけてきた。胸ポケットのケータイが鳴ったのである。振り返ると電話をかけるその人がいた。デューク東郷のように用心深い人だ。日曜日の夜の六本木通りは人もまばらで、ちょっと寂しいくらいであった。その人と私はとりあえず六本木方面へ歩き出した。東京のことはよく知らないということなので、せっかくだから六本木の雰囲気を充分に味わってほしいと思った。しかし、六本木も変わったなあ。都内の街並みは意外と変化のあるものだが、この5年でずいぶん様変わりしように思う。台湾式マッサージの看板等、アジア人の台頭、スクエアビル内に入るテナントも私が学生の頃はディスコばかりであったが、今はディスコティックは死語かも知れぬ。点在するガスパニックもどうも店から放出されるムスクのような臭いはなくロス郊外のダイナーみたいにカウンターに丸イスがならんで、なんとサンドイッチやピザがメニューにある。これはどうしたことだ。満員電車のごとく人が集まってイスを置く場所など、ないような店だったのに。客引きの黒人ブラザーもいまいち元気ないぞ。ヘイ、メーン!といった脳天に抜けるような明るさにかける。しとしとと降る雨と濡れた路面に光るネオンの光。その人ととぼとぼ歩きながら、なんとなくしんみりしたムードが覆っていた。いつもならオープンエアのそのレストランも、雨のせいでしっかり扉が閉められて、BGMのブラックミュージックの音量が大きすぎるように感じるなかで、私はその人と話しをした。やはり、初めて会ったというのも記憶ちがいで、人生いろいろ転がる石のような毎日を送っているうちに忘れてしまったのだろう。広告業界の昔話しはくいちがうことはなかったし、当時よく聴いていた音楽もみごとに一致している。クラッシュ、ジャム、ポール・ウェラー、スタイルカウンシル。ポール・ウェラーの政治的発言について、歌詞について思いをめぐらすところ。やはりその人も同じだった。2時間くらいふたりしてしゃべりまくっていたようで、ウェイトレスの白人の女のコはこちらに来るのをおもむろに敬遠し、いつもテーブルにくるのは黒人のお兄さん。ふたりの語らいは口調として、店の雰囲気と少しずれていたのかもしれぬ。まあ、いいか。2件目はスクエアビル9Fにある、ストリップパブだ。店内にはダンサーが25人もいる。ステージは3箇所あって、私たちのテーブルはダンサーのお立ち台のすぐ隣だ。Bムービーでときどき見かえる、男達がビールを陽気に飲みながら、ストリップを鑑賞するというベタな出し物。その人はとても満足した様子で私はほっとした。ダンサーはみな美しくヌードになるととても綺麗だ。白くやわらかく豊満なバストの大柄な女がセクシーダンスをする。私は美しい世界が大好きなので、ぼんやりみて、それで満足した。とはいうものの、まあ、テーブルに女の子をつけないのも野暮なので、チャージすることになるのだが、このつづきは次回にしましょう。なんかつかれちゃった。私とその人はメッセンジャーシステムについてマクルーハンのごとくラジカルに語ったのである。(これで、このお話おわったら、ごめんなさいね。たぶん、つづく。)※その人が私に会いにきたわけを、次回に私は明かしてみたい。2002/04/22 23:30:18東京ベイラインの男/ムンムンの女/メモが取り持つ秘密の性エッチな女性からメモがこないのはなぜだろうか?ライコス日記をやっているあるお友達にはエロい女性からのメモがじゃんじゃんくるそうなのですよ。私にはいわゆる業務連絡以外はまったく来ない。なんでだろ?もともとメモによる出会いサイト的利用は考えていないので、正解といえば正解ですが、ときどききてもいいんじゃないと思ったりもする。タイトルはえぐいのに。内容もえぐい時あるのに。お友達の日記はそれほどエロくないんだな。ただ、地域性をおもむろにだしているので、彼の近所に住む女性にとっては、好都合に思えるということもあろう。彼と話しをしていて、だんだんクヤシイ気持ちになってきたので、どうぞ、エッチなみなさん。エロエロメモを送ってください。感想は必ず返しますよ。守秘義務はまもります。私の仕事はクライアントの秘密を保持しなきゃ、資格を剥奪される類なのです。ご心配なく。おぎーのでオナニーしたい方がいらっしゃいましたら、どんどん質問してください。正直にお答えします。おぎーのに会って、イケテルと思えばセックスしてみたいというかたがいらっしゃいましたら、どうぞ、お会いしましょう。私も忙しい身なので、基本的に土・日に限りますが。それから、費用はセパレーツで。援助をする気はさらさらございません。インポはお蔭様で治ってきました。ただ、私はまだ本調子ではないので、どうぞ、あなたペースでしたいことをどうぞ。リクエストにお答え致します。※そうそう、こんなことはまずないと思いますが、ゲストブックにお見えになる常連さんはNGですから。ゆめじさんはべつ。なぜって、ゆめじさんだから。へへ。こんなあけすけな日記を書いてしまっていいんでしょうか?これで、もしもメモじゃんじゃんで、おぎーの大活躍!なんてことが起きたら、ネット上の出会い系サイトで地道にごくろうされている青年諸君はかたなしだね。タイトルをエロくして才人日記ユーザーにも照準あわせるか。2002/04/22 21:10:36
2002年04月22日
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◎ねむい。純愛おやじはダルイ身体にムチ打って、子持ちフィリピ-ナのマリエルとおデ-トして帰ってきたばかりなのである。マリエルは私が元気いっぱいで仕事に夢中であろうが、鬱病で泣いていようが、他の女のコとデートの最中であろうが、頻繁に電話をかけてくる。デート中のときなど、あれは本能的な感が働くのか、狙った様に「イマナニシテル?」とかけてくる。女性に惚れられるというのは、男冥利であるとは思うが、相手が×イチで2歳の子供がいて、実家ファミリーはそろって貧乏とくれば、コケティッシュな女であろうが二の足を踏むものである。デートとはいえ、いつも子供がおしゃれ小鉢のごとくもれなくついてくる。3ヶ月の間にずいぶん大きくなって言葉も話すようになってきた。小さいとはいえ、女には違いない。こころして近づくべし。◎12時に不二家レストランでアポだった。到着すると、母と娘はすでにカチャカチャとステーキやらぺコちゃんのお弁当やらを食べている。気持ちとしてすでに遅れをとってしまった。マリエルがつぶらな瞳でニッコリと笑い、ココよココ、ココと招き入れる。つい、おぎーのも微笑む。私もピラフをたのんで、ミク(子供の名)をみると髪にはピン止めを4つもつけておしゃまな格好だ。すっかり女のコの顔になっている。ミルキーの包み紙を両手でもてあそんでいて静かだ。なにか、様子がおかしい。落ち着きのない赤ん坊だったのに。「ほら、パパよ。ミク。この子はおしゃべりだけれど、今日はパパがくるといってあるから、おとなしいのよ。パパは仕事が忙しくていつも外にいるって、毎日教えてるの。」遠洋漁業でマグロ漁船に乗る漁師たちはいつもこの空気で家族と再会する、はずもない。「ほら、パパよ。」ミクと私の間に漂うそこはかとない張り詰めた空気。ミルキーの包み紙を見つめながらミクはなにかでたらめな言葉をしゃべっている。ミクよ、私になにかいいたいことがあるのかい。なんでもいってみろよ。ま、2歳2ヶ月じゃ、なにか思いがあろうが言葉にできるはずもない。余裕だよ、余裕。俺はパパじゃない。ピラフを食べる。◎昼食を済ませて、クルマで30分ほどで着く自然公園へいった。新緑が美しくホトトギスも鳴いている。ザックを背負ったハイカーが行き交い、芝生に蔽われた広場ではフリスビーを楽しんだり、ビニールシートを敷いて弁当をたべるグループがいたり、ああ、春なのね。ミクは元気にダートコースを歩き回る。マリエルは厚底靴を履いてきて失敗だった。アヒルをミクにみせるために段段になった下り坂を降りて池へ近づく。マリエルは厚底靴を脱いで両手に持ってそれを肩の高さまであげ、裸足になって歩き出した。ちょっと照れた笑顔。これが決まる。なぜなんだろう。日本人の女ではなかなかこんな絵にならないんだよな。ブリーズ。気持ちのよいブリーズと裸足でピクニックコースを歩く母とお転婆幼児の姿を見ながら春を満喫する。◎まだ、病も全快というわけではないので、疲れやすい。そして薬のせいでもある眠気。私の希望は優しい女を傍らに安眠することだ。ホテルへいくよ。「え?なにするの?ミクもいるのに」いいの。なにもしないから(常套句)。お風呂入ってねたいだけ。リラックスしたいから。ミクがいていいの。眠くてしょうがないから。優しくしておくれよ。バックミラーでマリエルの顔をのぞくと険しい顔で流れる景色を見ている。話しかけると笑顔だ。どうして険しい顔してるの。怖いの。トラストミー。雑木林のなかにあるバンガロータイプのモーテルはなかなかに広くてよい室内。ランドリーがある。広いバスルーム、サウナ、カラオケ、CSテレビ。カウチも硬くてセンスよし。マリエルはラブホテルは初めてだという。(前夫は安アパートで済ませていたらしい)気分もなごんで、彼女はミクと風呂に入る。私はベッドでうつらうつら。風呂場から母と娘の語らいが漏れ聞こえる。いつのまにかまどろみ、マリエルの声で目が醒めた。私も湯にざっと入り、上がってから3人でカウチソファでビールやジュースを飲んでくつろぐ。これだよ。これがしたかったんだよ。マリエルも私の意図をすっかり理解したようで、もっと早く来たかったといった。ふたりともこの部屋を動きたくなくなってきてしまった。テレビではセサミストリート。じゃまにならない音だし、ミクにもよい。何十もチャンネルはあるけど、この場合の正解はセサミストリート。3チャンネルは世代を超えて、言語も超えて3人はセサミを共有する。◎擬似家族は3時間のサービスタイム時間内で終わらねばならぬ。つかの間の家族サービス擬似体験。5800円の部屋は安いとマリエルはいった。ちょっと早い夕食の出前もマリエルはたいそう気に入って、去りがたく去るふたりとオネムのミク。さあ、帰るぞ。これから、母さんはスナックでお仕事なのだよ。土曜日はもし休んだらペナルティ1万円だ。母さん、お仕事頑張って。ふたりはお別れのキスだけをして私はじぶんの巣へとクルマを走らせた。(了)
2002年04月20日
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アリスは久しぶりにおぎーのさんに電話しました。すると、なんか頼りない声で「医者までいっしょに付き合ってくれ。」なんて懇願するのよ。秋葉原までなんていうので、とっさに今は用事があって行けないっていったわ。おぎーのさんは、「そうか、用事があるんじゃしょうがない。アリス、優しくしてくれ。」アリスは少し不憫に思って、このYOUちゃんそっくりのべしゃりで、甘い甘い調子で声をかけてあげた。おぎーのさんは、落ち着いたみたいで「よし、頑張ってアキバまでいってくるぞ!」って。でも、アリスはおぎーのさんと話もしたかったので、用事が終わったらまた電話ってことに。3時頃、もう診察が終わったかとケータイに電話したらまだまだだって、だから7時にお店の前でアポとったの。おぎーのさんは診察を終えてから、パソコンを買いに電気街へいったんですって。おぎーのさんは、静かなバーがあるからといって連れられていくと、その店はバーテンダー知ってるのよ。一度顔を叩かれたことがあるので、本当は嫌だったけれど、でもおぎーのさんが好きな店だっていうので、従ったわ。いわゆるカフェバーでオシャレなムードでカクテルなんかを飲みながら、隣のおでん屋から出前を取るという落差を楽しみたかったらしいの。気取った女が髪を掻き揚げながらじぶんに酔ってるそばで、おでん種の入った鍋がどんと、テーブルの中央に置かれて、湯気がムンムン立ちのぼるおでんをふーふーと食べるというのが、彼の屈折したおしゃれだったの。あたしは、このバーと隣のおでんやが同じ経営者だから、こんな演出もできるのだと知っていたけれど、おぎーのさんにお付き合いして、バクダンやらすじやらを食べたのよ。関西風のダシだったけどおいしかった。おぎーのさんは、チンザノドライをずっと飲んでたわ。チンザノとおでんがマッチすると、じぶんが大きな発見をしたみたいに悦に浸ってました。チンザノロッソとチンザノドライを混ぜるとチンチンというカクテルになると、薀蓄をいってました。でふたりでチンチン(イタリア語で乾杯!)したの。アリスは話したいことがあったのよ。まず、いままで勤めていたヘルスは半分辞めたようになっていて、社長は隣の●●市に新しいヘルスを作るらしくて、それまでは、顧客だけをときどきお店でとって、あと、下のフロアの中国人ホステスのスナックにお客を誘うくらいが、いまのシノギだということ。おぎーのさんは、なんかよくわかってなかったけれど「とにかく、俺は営業的にターゲットになってるんだろ。」ってことは理解していたわ。スナックにいくのはべつに強制じゃなくて、どうせどこかの飲み屋にいくなら、アリスの知ったところにという意味合いだったのよ。営業といわれればそうかもしれないけれど、そうでもないのよ。無理に誘ったといえばそうかもしれないけれど、そうでもないのよ。だって、アリスはじぶんは、おやじ(ホントの父親)の住んでいるこの町に出てきて一緒に住んでて、おやじさんは、厳しい親で、そのウチにはアタシは好きじゃない継母がいるとか、継母はアタシの仕事のことを知っているとか、アタシのおかあさんは、アタシが8歳の時に男を作って蒸発してそれから、手紙ひとつ寄越さないとか、おやじさんが今の継母と一緒になったのもそういう母のことがあるからで、あの人は元来そんな人じゃない。浮気なんかぜんぜんしないドカチン業界の人だとか、アタシが悪い男にお金を騙されていいかげん辛い思いをしてもやめられないとか、フツウに男の人を好きになれないのは、母親のことがあってアリスはその子供だから同じようなことをするかもしれないと思ってしまうとか、27歳になって人生の設計がなんにもないことを考えるとすごく不安だとか、おぎーのさんはアタシを綺麗だとかいいコだとかいってくれるのはうれしいけど、アタシは素直に喜べなくておぎーのさんは、じぶんのことを東南アジアの女にしかモテないといってるけど、そんなことはぜんぜんなくて、こうしてアリスなんかと指しで飲んでるような人じゃない、もっと上の女とつきあっても全然おかしくないから、自信を持ちなさいとか、でも、こうやっておぎーのさんみたいなマジメな人に優しくされるのはうれしいとか、でも、なんか裏切っているような気もするのだけれど、それは口に出しては言えなかった。営業なんて気持ちはさらさらなくて、そんなことをアリスはおぎーのさんに伝えたかったので、お誘いしたのよ。そして何より鬱で苦しいという、おぎーのさんに少しでも元気になってもらいたいとおもっていたのよ。おぎーのさんは今朝、急に落ち着きがなくなってしまった困ったと言ってたけれど特にそんなこともなかったわ。中国人のいる店でホントはもっとアリスの秘密を聞いて欲しかったのだけど、女の子が接客でついちゃってしゃべられなかった。まさか、女のコがつくなんて。1時間3千円だけってアリスがいったのが嘘になっちゃったじゃない。次の日はきちんとお礼の電話をかけました。おぎーのさんは、ぜんぜん気にしてなくて「昨日はどうもありがとう。」って言ってくれた。お店をでると、おぎーのさんのおフランスクルマがちょうどおまわりに駐禁とられたところで、『これ、おたくのクルマ?そこの交番まで出頭してくれないかな。』なんて出し抜けに言われちゃって、酔いも醒めちゃったけれど、このまま交番にはいけないなあ、っておぎーのさんはつぶやいて、そのままオウチにクルマを走らせて帰ってしまいました。
2002年04月19日
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へんなテンションと無礼な言動は鬱病寛解のしるしなのだそうです。夜間から早朝時に突然のように始まってしまった、不安、焦燥感。どうにも治まりが効かずに欠勤することとなる。復帰後3日目にして欠勤とは。木曜日は神経科受診の日なので、午前中にようやくまどろんだあとに、秋葉原へクルマを走らせる。このへんな衝動をなんとかしてください、先生!「鬱病の治りかけにこのようになる場合があるんです。」とのこと。レキソタンを再度処方される。もしも明日も欠勤したら、また受診するように、とのこと。大丈夫だろうか、不安だな。鬱のときは非常につらいが情緒はどん底で安定しているので、とち狂った振る舞いをすることはない。治りかけの今の方が、妙な言動で人に不快感を与えるかもしれない。客観的にチェックできないじぶんなので、それを考えると不安だ。ゲストブックでへんな書きこみをしていないだろうか。なにがへんか、なにがシャレか、その按配がブレているのだ。しばらく壊れているかもしれません。きちがいの戯言ということで許してください。もう少しで、治るそうなので。せっかく、この3ヶ月でネット友達ができたのだから、失いたくないのだ。2002/04/18 23:59:14深夜の不安・焦燥感と母乳を飛ばす女には特に関係はない。眠れない。なんか、焦燥感が襲ってきてベッドで横になってじっとしていることができなくなってきた。「おぎーの氏-不安・焦燥による夜間の多動状態あり。」と夜勤日誌に特記される状態だ。しかたないから、『千日前変態倶楽部』を覗いたり、ひとの日記を読んで時間をつぶすが、もうすることがない。こんな落ち着かない気持ちで文章なんか書きたくないが、マスさえかけないので、いかんともしがたいのだ。変態倶楽部では、ザーメンの調理で盛り上がっているが、あれを読んでいて、私は幼少の頃のある出来事を、思い出した。小学校3年くらいの頃、近所の遊び仲間合わせて3人で、叔母のウチに遊びに行った。叔母はそのとき25歳くらいで、「おねえさん。」と呼んでいた。今でもその叔母だけはお姉さんなのである。叔母は乳飲み子を抱えており、(かわいい従妹だ)母乳をよくやっていたのだが、小さな乳のわりに出がよくて、しょっちゅう「乳が張る」といってコップに移してためていた。べつに溜めたってどうなるものでもないのだが、そうなれば、どんなものかと、叔父や私は試しに飲んでみるのであった。いやあ、あんなもの赤ちゃんはよくおいしそうに飲みますな。それはさておき。3人の悪ガキが遊びに来て、若き叔母は、くだらない遊びを始めた。おっぱいを出して、ちゅーと発射させて、3人にかけるのである。若く元気のよいおっぱいは結構な距離を飛び、我々は膝小僧にお乳をかけられながらヒャーヒャーと騒いでいたのである。叔母は楽しそうで、その表情にはやや恍惚あるいはサディスティックな感情が読み取られ、子供心に、おふくろにいったらきっと怒られるだろう、と思った。たいした話じゃないけど、キーを打っている時は、少しはココロが落ちついている。ああ、孤独だなあ。2002/04/18 4:00:51タイトルロゴを眺めながら世界平和を想う。今回は、版下フィニッシュからストリップ修正までをやってのける(今となっては自慢にならないのかしら)、ナニワのクリエーター、コマジュン氏に特別に!タイトルロゴを制作していただきました。過去にコピーやディレクション経験のあるおぎーのは、若きデザイナーが昼夜を徹して作り上げたデザインカンプをあっさり5分で却下したりする、鬼クリエーターでしたが、今回は一発でOKです。(じつは若きデザイナーに5分でキャッチを却下されるコピーライターでもあったのでした。)ともかく、今宵は記念すべき夜なので、こうして眠い目を擦りつつかいているのでありました。しかし、すべて漢字で組むとは予想しなかった。なんか、文字をじっと見つめていると、漢詩のように思えてきて、「人生ニ楽アレバ陰ニ核アリ。」と読み下してしまうのである。これは、李白や杜甫も考えることのできなかった世界ではあるまいか?パレスチナとイスラエルの戦争は不毛なので止めよう。人類は核兵器だって持ってしまったのだし、喧嘩などせず、どんな民族もみな手をとりあって仲良くしよう。どうせなら、人間の陰に隠れた“核”でもいじりあってたほうが、楽しいじゃないか。と解釈するのは飛躍のしすぎか。2002/04/18 1:19:32
2002年04月18日
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昨日より、職場復帰いたしました。3ヶ月ぶりにオフィスに入ると自分の机のレイアウトが少々変わっていましたが、ちょっぴり偉くなったような位置に。休職した結果、待遇がよくなるという、めずらしい結果です。やはり仕事はきちんとやっていればいつかは評価されるのね。まだ本調子ではないので、眠くなったときには、仕事をするふりをしてネットのニュースをみたり、介護業界の本を読んだりしています。私がいない間に、スタッフはのっぴきならない状況になったようで、一致団結して仕事の役割をそれぞれ決めて、責任感をもって積極的に仕事に向かい合いようになりました。これも、おぎーのが、いなかったから、ということで、私は布団をかぶって寝ているだけで組織を纏め上げていったのでした。部下はそう思っていないでしょうが、まあ、それはどうでもいい。結局、スキルアップし、仕事にやりがいを持ち達成感を持つまでになったんだから。眠りながら出世する、というマーフィーの自己啓示本を私は成し遂げたのでした。こんな結果になったのも、お爺さん、お婆さんより、私の病気を心配され、外部のヘルパーステーション、看護ステーション、ケアマネなども、「おぎーのさんが病気だなんて、かわいそうw(゚o゚)w 。あんなに働いて壊れたのね。」と地域の声が広まってそれは社内にフィードバックされて、誰もがおぎーのの処遇について粗末に扱えなくなったからです。ヘルパーさんや厨房のお母様方に優しい言葉をかけられると、感情失禁しそうになり、しかたなく奥まった机にどっしり座ってしかめツラしてごまかしています。ああ、中間管理職。(サラリーは管理職とはいかないが)
2002年04月17日
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裸王さん、いきなりリンクさせていただきました。なぜかと申しますとですね、私は普通のオヤジよりも風俗で働く女性にシンパシーを感じてしまいまして、早い話がこの人の日記を紹介したくなったのですよ。あと裸王さんにコメントいただけるとさらにうれしいのですが、風俗嬢に恋しやすい私のメンタリティには何が潜んでいるんでしょうか?(『アリスのひとりごと』という私の過去の日記を読んでみてください)このまえコマジュンさんが変態クラブをつくったように、風俗嬢のライコスクラブを作りたい欲求に苛まれるのですよ。で、私のポジションは店長なんでしょうか?週一回ミーティングなんでしょうか。ついでにいうとスナックのおねえさんにもなぜか恋しやすい。私はどうしたらいいんでしょうか?結婚前提戦士と巷でよばれる私がこんなことでよいのでしょうか?どうして、一般の女性に近づこうとしないのでしょうか?自分でよくわからんのですよ。もちろん、よその奥さんとヤリタイとも特に思わんのですよ。これはフツウかしら。
2002年04月15日
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愛がなんだか判らない人がいたら教えてあげるよ、受け取ってみな。愛について、大上段より振りかぶって語る。昨日の晩は、『ビューティフル・ソングス』というコンサートにいった。鈴木慶一・大貫妙子・奥田民夫・宮沢和史・矢野顕子の5人のコラボレートだ。いかったよ。それでだ、私が力説したいのは愛についてだ。このほのぼのコンサートで「うた」の素晴らしさと歌われる愛について考えた。結局、みんなは、「あなたがいてくれるとわたしはうれしい」とか「わたしはあなたのこと、考えてる。」とか「ふたりならきっとうまくいくとおもう」といった、なんでもない愛を表現している。この先もずっと、こんなうたをたくさん作って歌っていくのだろう。いやあ、私は愛されたよ。そんで、場内は愛に満ちていたよ。どうだ、凄いだろう?5人とも愛するってことがどんなことかよく知っていて、疑いのかけらも感じられなかった。先日、正式に離婚した矢野顕子も、愛情オーラを放出していたよ。書きながら、37歳でこんなこといっていいんかいとも思うが、これでいいのだ。やっぱり愛は欲しい、欲しい、っておねだりばかりしてるんじゃなくて、そら、キャッチしな!とポンと与えるものよ。するとどこからか、ボールがこちらに飛んでくることもあって、そんな時はありがたくいただけばいいのさ。もう、愛については充分に述べた。そら、キャッチしな!2002/04/14 5:26:47RE:一回したくらいで、いい気にならないで。なにがあったのか、わかりませんが、女性のほうからいかにもってカンジでいいよって、(カモン!のポーズ、腰に手をあてて)ズボンのジッパーを開けたりして、咥えちゃったりしたら、そりゃもう、その印象は強くインプットされますよ。一回で充分過ぎると思う。その男は別に「オレはモテるんだ!」と思ったのではなくて、意外に手近な所でコンビニエンスな女と出会って単純にうれしい。といったところではないでしょうか。男性のぬくもりを得るかわりに道具を貸すという論理なら、「ちょいと道具を借りるよ、ぬくもりあげるから。」と男が誘うのは、あまりにも当然の成り行きではないでしょうか?それから、いわゆるセックスフレンドとのセックスを愉しむ女性は、考えはそこまでにしておいて、そこから先のことは投げちゃうのでは?だって、それを突き詰めて考えると、自分が馬鹿でしたということを認めることになるもん。セフレとかいって、プレイを愉しむ女はそんなことくらいジュウジュウ承知のすけだよな。このようなケースにおいて、男にしてみると、「身体だけでは満足じゃないのかい?まさか、ココロまでほしいんじゃないだろうね?」ということになる。これ、ホール&オーツの『マンイータ』の歌詞から引用ですけど。(橋本治になったつもりでさっと書いた)2002/04/14 3:04:38
2002年04月14日
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◎早朝に起きた。いやな気分ない。◎昨日は結局ねてばかり。今日は予定がモリだくさん。◎PCを修理に出す。◎床屋へ行く。◎夕方は有楽町でコンサート。◎日中、できればマリエルと会う。◎できるかな。◎夢たくさんみているがもう全部忘れた。◎親父はすでに新聞読んでいる。◎そうだ、セゾンクレジットが落ちてなかったので、入金しなけでば。みずほ銀行のシステムとは全く関係なく、私がだらしないだけ。◎親父のためにオークションで7万で落としたゲートウェイのノートは起動しなかった。カスタマーサービスは購入者だけのもの。売った奴はどうも起動の不備をしったようだ。ノークレームでお願いしますって何だ?じぶんもこれをオークションに出すか?ノークレームでお願いしますって。彼にはまだ、ライコスの評価を送っていない。落札した時期が鬱病の始まりと重なった。もっともめんどうなのがこんな交渉だ。親父はガッツ石松並みのIT音痴。それが仕事で必要だというのだから早くなんとかしなければ。B5のゲートウェイソロ3300はカッコイイんだ。◎次第に覚醒がはっきりしてくる。はっきりして来ると漠然とした不安感も芽生えてくる。これは鬱病とは関係ない。これから始まらんとする仕事への不安感だ。ワーカーに対してクールにいられるかということだ。でも、何か嫌なことがあれば日記に書いてみんなに意見を求めたっていいじゃないか。
2002年04月13日
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秋葉原は無国籍な街。ラオックスに代表される大型電気店の派手な電飾と路地裏の小さなパーツ屋の裸電球が夕闇のアキバを照らし出す。ラヂオ店といった言葉の似合う店にはジャンク物のパソコンパーツと銀縁眼鏡をかけた猫背の若者。彼が何を探しているのかはこちらには知る由もないが、ヤマギワ電気で新型iMacを購入するよりも、もっと深い楽しみがあるのだろう。ワシは(似合わない)神経科受診後の解放感を満喫したく、パーキングメーターの超過の赤ランプはそのままにして、ソウルのようなオオサカのようなクアラルンプールのようなこの街をそぞろ歩きした。もうだいぶ鬱病のほうは寛解してきたよう。まだ不安感は残るのだけれど、案ずるより生むが易しで、復職したらなんでもないかもしれない。レム睡眠時におけるペニスの勃起現象もきちんとしてきた様子で、いよいよキャッチボールから、キャッチャーを座らせて投球する時期がやってきたことを感じた。室内練習場へと向かうべく電気街はおさらばし、昭和通り方向の歓楽スポットへと足を運んだ。「ひまわり」というその韓国エステは神経科クリニックのすぐそばなので、前からちょっと気になっていた店だ。気持ちは固まっているので、トントントンと階段を上がる。コースはAコース10k(マッサージ・服は脱がず・手コキ・60分)とCコース15k(マッサージ・アカスリあり・服脱ぎ全裸・素また・70分)。写真指名は無料。といったシステム。ちょうど従業員のごはん時でジュウジュウと何かつくっている音や女たちのくつろいだ韓国語の談笑がもれ聞こえてくる。初めての店なのでだれでもいいやと思い、フリーで入店した。ランという名の女は27歳、ソウル出身。日本にきて1年だそうで、以前はブティックの店員だったそうな。夢は日本でオシャレなスタンドバーを開くことだという。168センチのタッパのある体は、バドワイザーのレオタードを着てもおかしくない。あのへんを狙っているのだろうか。東京じゃわからないが、ソウルならイケるかな?サービスの最初はアカスリ室で、アカこすり。これがポロポロとよく出るのだが2ヶ月間満足にシャワーすら浴びてないのだから当たり前。Cコースを選んだ一番の理由はアカスリだったのです。ランちゃんは、アカがよくでるほうがやりがいがあるといって、丁寧に全身をこすってくれました。これで、サッパリして男前もあがったぞと。次は身体のマッサージと、ヌキに入ります。韓国エステ評論家おぎーのとしては、マッサージもクチュクチュも初心者マークの判定。フェラもなく、指入れも不可でありました。素股もまったく形になっていなくて、ろくにローションもついてない手でただ上下運動をするばかり。早くイカセようとむきになるあまり手に力が入ってしまって、正直いっておちんちん痛かったです。でも、そこはエステフリークのおぎーの。ココロに余裕を持ち、自ら気持ちを持っていって発射したのでした。ランちゃん全然慣れてないぞ。この子は処女かもしれません。じつはCコースをするのは今日が初めてだそうで、私がその最初の客だったと。これでは致し方ありませぬ。私としては、娑婆に戻るためのオープン戦だったので、まあいいや。身もココロも少しだけ軽くなって家路についたのであった。(了)
2002年04月12日
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私は、独身主義を貫いているのではありません。たんに甲斐性がないゆえのこと。薄給であるがゆえに、お金はスナックやら風俗やらで使ってしまう。クルマも買ってしまう。海外旅行にもいく、と、この歳で貯金がない。いまさら後悔しているのですが、当時は結婚する気がなく、じぶんに投資する時期だと考えておりました。どこかで一発逆転できるんじゃないかってぼんやり考えていて、そんなこと起るはずもなく、日々は過ぎていったわけです。さらに、いいわけがましいですが、ヨイヨイのお袋を抱えてしまったのが何かしら影響していると思います。今日ビ、片麻痺の婆さんの介護と短気なオヤジのいる一人息子と結婚する日本人などいない、という確信を持ってしまったのです。おまけに老人福祉業界はとてもベース賃金が低い。これでは、摂生してコツコツお金を貯めていくしかないのですが、そんな生き方をしたくなかったのですな。ところが今回の大鬱病。いろいろなことを考えました。例えば、このような事態にカミさんがいた方がよいのか、いなくてよかったのか。難しいでしょう?自分にとって愛妻がいれば、どれだけ心強いことかわかりませんが、その愛妻にとっては夫が鬱病で寝込んでしまったら、これからの生活をどうしようかと、ホントにこの人と結婚生活を送って大丈夫なのかと思うでありましょう。子供がいたらなおさらです。鬱病を一番心配してくれているのは、子連れフィリピーナのマリエルです。「アタシがチュ―してあげるから。」とのんきな事をいってます。彼女の純真な心は素晴らしいが、この日本で我々が生きていくのは難しいぞ。おまけに彼女の国の親戚まで食わしていかなきゃならなくなるに決まっているのだ。中国人留学生のマッサージ嬢のチョコ。彼女は立派です。立身出世という言葉がよく似合う。でも愛することを知らないようで、常にそろばんを弾いているメンタリティを知ってしまうと、日本人の男にはどうもその先には進められない。彼女は男なんだな。ビジネスパートナーとしてはいいのだろうが。今日も着信があったが、いまの私には申し訳ないが折り返し掛けられないです。高知にいることがわかったインドネシア人リナ。恋してます。もう忘れようと思ったところで、電話があったものだから。障害はたくさんあるが、こういう時には理性が効かないんだな。どうにかなるんじゃないかという、妥当性のない確信を持ってしまった。オヤジもお袋も、ぶっとぶぞ、きっと。キーパーソンの後輩S。私のまわりではなぜ、もっと彼女にアタックしないのかと思っている人もいるかもしれません。が、リナに持つようなときめきがないのだ。向こうにも。ただ、一緒に生活するのに一番ストレスを感じないでやっていけるのが彼女かもしれません。※あのー。不倫とか、オナニーとか、変態とか、精神障害とかについて語ることが好きなおぎーのでありますが、やはり皆さんのように一度は結婚をしてみたい。結婚もしないで離婚について語るのもおかしい。遠大なる、『おぎーの結婚プロジェクト』を発足しようかと思います。海千山千の皆様の助言は必ずや、ジェットエンジンをつけたキューピットのごとく未来の私の花嫁のハートを射止める原動力となりましょう。アドバイスよろしくお願い申し上げます。(独身鬱病男は妙なことを考えたりするものです。)
2002年04月11日
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『友へ チング』を観た。この映画はですね、私にはさっぱりわからなかったのですよ。後輩Nと久しぶりに会って、最初は『ビューティフル・マインド』を観るつもりだったが、時間が合わず、仕方なくこちらに。友情をテーマにしているが、その友情が私には響いてこない。75年くらいからの時代は懐かしく、ちょうど登場人物と世代が同じなので、高校生の時韓国ではこんなカンジだったのか、という時代考証のみ興味深かった。韓国で大ヒットというが、なぜか理由がわからない。面白い!という人がいたら、私に解説してちょーだい。2002/04/09 19:07:38RE:カウンセリング3回目。~大量服薬なんかしませんってば~(笑)~心療内科で45分も診察してもらうなんて、うらやましいな。めたも。さんの通院するクリニックはもしや自由診療(保険適用外)ですが?馬鹿高い診療費払ってるのかしら。そんなことないよね。3ヶ月分の薬をくれって、大胆だなあ。そんな恐れ多いこと、先生の前で冗談でも言えないよ。何科にしても。日記から推察するに、3ヶ月も投薬の必要はなさそうだ。2002/04/09 6:29:19
2002年04月09日
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昨日の土曜日は、後輩S(27歳女性)が鬱病の私を気遣って遊んでくれた。何しようか?という話で、親友イズミ(高校の同級生37歳バツイチ男)のマンションにいって、そこで夕食を一緒に食べようということに。イズミは日記第1回にも登場する友人。Sとイズミのつながりは私がコーディネートして合コンした際に、紹介したという関係。二人ともケータイのメールが好きでよくおしゃべりをしているという。私はオアシスのライブビデオを持参して、後輩Sのクルマに乗った。Sは深夜勤明けで夕方起きてケーキを作っていたそうだ。あとでおいしいケーキを食した。19:00にヨーカ堂でSと食材の買い物をした。私は人ごみに疲れてボーっとしていたそうだが、Sはちょこちょこ動き回って、中華料理に必要な材料をポンポンカゴに入れていき、意外に早く買い物は終わった。イズミのマンションについたら20:00近くになっていて申し訳なかったが、奴は寝ていて少々ホッとした。BGMでオアシスのビデオをつけながら、私はぼんやり。後輩Sとイズミはキッチンの食器等の場所のやりとりをしている。メニューはかに玉と焼きビーフンとエビチリであった。かに玉以外はクック・ドゥの味付けなので簡単だ、とSはいってたが、とても手際がよく、人のうちの台所を勝手知ったる他人のウチといった様子で、チャッチャと料理をこなしていた。イズミも私も、小さな感動を覚えながら味わったものである。特にかに玉はたまごの半熟のカンジがちょうどよくふんわりとやわらかかった。チョンガーふたりは、ささやかな手料理に満足した。概略としてはこれだけの話なのだが、書き留めておきたかった。後輩Sの屈託のないふるまいを特記したかったのだ。家ではあまり料理をつくらないそうだが、いざとなればできる、と彼女はいう。Sのこれまでのイメージでは、外出ばかりで家庭的なことはしない、というものであったので、意外な一面をみた気がしたのだ。男ふたりがビデオを見ている間にSは翌朝の味噌汁の下ごしらえまでつくり、キッチンをきれいに整頓して、元の状態に戻した。みなさんにはあたりまえのことかも知れないが、独身男はこんなところに女の魅力を感じるものなのだ。オアシスのビデオは単調でほどなくしてふたりとも飽きてしまい、間が持たなくなってきた。私はせっかくほのぼのとした一時を過ごせたのだから、しらけたムードにならぬよう、鬱なあたまでゆっくり焦っていた。さっきから食事に奮闘した後輩Sは残り物を口にして「おいしい」とニコニコしているが、オアシスなど知らないし、かといって、3人が共通する嗜好を瞬時に見つけるのは至難の技だ。私は『バッファロー66’』をレンタルで借りてきて3人で観たいと思った。今のこの部屋のムードにまったりと合うんじゃないかと、それで、あれこれと話が弾むのじゃないかと。イズミがテレビをつけたら、『ロストワールド』が放映されていたので、それを観ることになった。3人でぼんやりとCGを駆使した怪獣映画を観た。途中からなので、筋をつかんでいないのだが、私は恐竜たちが、強暴で暴れまわる理由が思い当たらなくて、それがつまらなく、ぽろりと口にした。「どうして、こんなに強暴なんだろうね。腹をすかしているのかな。ライオンだって満腹になったら寝転がっているのに。」なぜ、こんなにも恐竜が人間を執拗に襲うのかって、それはこの映画が恐竜映画だからなのに。つまらないことを言ってしまったなあ。僕らはなんとなく、ジム・ジャームッシュの世界にいるようだった。
2002年04月08日
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今日現在のじぶんの体調一進一退が続いている。もうだいぶよくなったなという日があり友人と外出することもあるが、次の日は一日中寝てしまったりする。快復期ではある。おちんちんも勃起するようになってきたし。焦りは禁物だが、どうしても焦るなあ。仕事を離れて焦らない男はいないと思うが。
2002年04月07日
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めたも。さん、こんにちは。自信の持てる生き方について考えてみました。結論からいうと、そんなものはない。ということで終わっちゃ身もふたもないか。二十歳の時のじぶんを思い返しても、自信のかけらもありませんでしたから。ただ、自立しなければ、とか、自信を持たなければと、いつも呪文のようにと唱えていたことは確かで、年がら年中、書店にいき、「知的生き方文庫」とか、「マーフィーの黄金律」とか、「カーネギー」とか、「チャネリング」とか「ニューエイジミュージック」とか、自己啓発物を読みふけっておりました。ある日、ある書物が目にとまり、買おうかどうしようか考えた挙句やめたのですが、ヨガの本で、表紙が座禅を組んだ男が空中に浮遊しているものでした。奥付けをみると、『オウム神仙の会』という団体で、道場に入りたい人のための案内が書いてありました。今思えば、三省堂書店で平積みだったあの本を購入していたら、私の人生はまったく違ったものになっていたかもしれません。だから、自信を追究するのも気をつけなければいけないのですね。周りを見渡すと、若くても自信に満ち溢れた人もいます。とても綺麗な女性とか、大学の運動部でレギュラーの男とか、あと、難しいことを考えないおバカな人達です。運動部以外はニセモノだと思ってください。ということで20代の前半で自信がある人は運動部だという変な結論となりました。私は学生の時分は運動部の連中は嫌いだったんですよ。おバカが多くて。でも、中にはスピードスケートの清水選手のような若者もいるんじゃないかと思っています。彼は自信の持てる生き方を実践していますね。顔つきが違いますよ。密教の奥義を習得したような顔をしていますよ。じゃあ、何かスポーツをすれば生き方に自信がもてるのかということになりますが、そんなことはなく、逆にやってはいけない場合もあると思うのです。鬱状態にある人はやらないほうがいいです。健康でおバカな人は自分が汗を流してストレスを解消しているので、他人にも押し付けたりします。が、運動はすべてにおいて善ではないですね。無理に運動してストレスや、嫌な思いをする場合もありますから。最近、私は他力本願でなぜ悪い!という開き直った心境になって参りました。自力でなんでもやり遂げようとして、結局失敗して人様の世話になることも多いのです。自信に満ち溢れた人の中には、じつはその人を陰で支えている人が大勢いて本人だけがその自覚がないことも多いです。自身の功績がすべて自分一人によるものだと思っている人がいたら、かなりおバカな人ですよ。またしても、思い立ったように、思いつきでいろいろ書いてしまいました。めたも。さんの考える自信って何ですか?
2002年04月06日
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(先週の木曜日の出来事いまさら記録する)眩しいほどにお天気。二ヶ月ぶりにお天道様にあたったから、太陽はちとキツイ。光に弱い鬱病患者なのです。十歳年下のガールフレンドSと久しぶりのデート。職場の後輩なので口調はどうしても先輩と後輩の話しぶりになる。これは私にとってはそんなにいやじゃない。丁寧な言葉遣いはやっぱり聞いていて気持ちがよい。首都高を外苑前で降りて、千駄ヶ谷の体育館の近くに車を止めて、ぶらぶらと散歩。下肢はすっかり弱りきって屈伸もできないほどなので、ただ歩くだけでも運動になる。地図の看板を見て新宿御苑まで行くことに決まる。桜は満開、日本晴れ。じぶんの病状とは関係なく春はやってきて、人々は幸せそうに春を感じている。後輩Sもうれしそう。私はとにかくお相手をしてくれるSに感謝の気持ち。代々木の体育館周辺も壁ウチテニスをしている人など、爽やかな風景。後輩Sは「ホープ軒」でラーメンを食べたいようだったが、立ち食いなのでNGにした。クルマで青山通り沿いに移動。表参道から明治通りに出て、「BEAMS」に入る。学生時代の憧れのブランド。が、店内はストリートファッションの若者でごったかえしていてビックリ。15年の月日は百代のか客にして行きかう人もまた旅人なり。なんだそりゃ。BEAMSはもっとスノッブなブランドだったのに。これも不景気のせいか。ラフォーレなんて入る前から想像がついてしまって、止めることにした。原宿は遠くになりにけり。青山通りはそんなに変わってなかったが、思い出の喫茶店がスターバックスに変わっているとやはりデフレを感じざるを得ない。ところで、後輩Sと私は手を握ることもなく歩きつづけた、途中、明治神宮前付近の若人でごった返したあたりではSの姿を見失いがちなので手を繋ぎたかったが、鬱病ではそれができない。こんな場合はやはり手を繋ぐのがエチケットなのだろうか?後輩Sと一度も手を繋がなかったわけではないが。手を繋ぐという行為を自然にできないのだ。おかしいですか?それとも男と女の友情がきちんと機能してるということなのかな。
2002年04月05日
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インドネシア人ダンサーのリナは現在高知市内にいるようだ。今日も電話があってとりとめのないお喋りをした。リナはこんどで来日3回目、1回が6ヶ月だから難しい会話はできない。むこうで勉強してきたらしく綺麗な日本語を話すが。リナとの出会いといっても街に一軒だけしかないインドネシアンパブにお客としていき、彼女がテーブルに着いたというだけのことだ。だから、通常は好意を持たれてもそれはホステスにとってのお約束事に過ぎない。そのへんを勘違いしてドツボるお客さんをよくみかけるが、まあ、これも経験だから授業料だと思って乗り越えて欲しいものである。ならば、なぜリナとおぎーのの場合は違うのか説明する必要があろう。これがうまく、説明できないの(笑)じぶんが「あっ」と思い、むこうも「あっ」と思った。これじゃあね。リナは15人もいるホステス内で一番人気であった。あの手のお店は新規の客に一番人気をセットして、固定客にする。常套手段である。リナはダンサーなので、じぶんの出番の日はあらかじめ私に知らせて、是非きてくれといった。私はジムで一汗かいたあと、お店に駆け込んだものだ。背は150センチと小柄で華奢な体つき、胸はちゃんとあって、やわらかい。(ちょっと確認した)一軒しかないインドネシアンパブは教育がしっかりいきとどき、スタッフがよく統制されたいた。客と逃げるようなことはまずない。プロモーターがしっかりしている。2ショットの同伴すら禁止だ。オーバステイはもってのほか。国へ帰る前にはどのホステスもお別れパーティを開いてもらう。客層もよく(きちんとスーツをきたビジネスマンが多い)身体に触れる客はいない。なじみのお客からお別れパーティでプレゼントをもらって「ガンバレよ!」みたいになると、まあ涙ナシではいかなくなる。これは逆ウルルンなのである。リナと私は店での6~7回でのやりとりと、毎日かかってくるケータイで1回2,3分話をするだけがコミュニケーションのすべてだった。にもかかわらず、お互いに結婚についてまで考えているのだから、恋は不思議である。障害がふたりの火をさらに大きくするというのは本当だった。言葉についてはリナが英語がちょっぴりできるのでだいたいOK。これから、関係を深めていくうえで障害となるのは宗教とお互いの家族関係であろう。インドネシアはイスラム社会である。リナの父親は当然ながらムスリム以外の結婚は許さない。そこでおぎーのはアラーの神に1日5回、メッカの方角にむけて祈ることになるのである。常にござを持参しなきゃ。ラマダンのときは日中は絶食だ。戒律の厳しいイスラムでは浮気がばれたら厳しく罰せられる。セフレをつくる際にはちんちんカットの覚悟がいるのだ。とにかく、休職中に高知に行ってプロポーズしようと思うんだが、なにか持っていかなきゃだめかしら。あと、子持ちフィリピ―ナのマリエルとの関係をどうするか、だ。むこうは結婚する気でいる。電話するともう声からして違っている。死ぬまで待ってる、などといって夢の世界だ。彼女を裏切るのは忍びないな。一生懸命子供を育ててその気持ちの支えになっているようだから。罪人だ、じぶんは。アラーの神に祈る前に、神父の前で贖罪しなきゃいかんな、これは。
2002年04月03日
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RE:お薬遍歴どうも。せいちゃんもいろいろ服用していんだね。パキシルって確かSSRIだよね。レキソタンとの組み合わせ、いいじゃないすか。自然で。(って薬剤師てもないが)トリプタノ―ルを何年も飲んでました、おぎーのは。鬱病には効くんですよ。口渇と勃起不全の不安を感じてアナフラニ―ルにチェンジしてもらいました。せいちゃんがくそみそにいってた、デパスもトフラニ―ルもルジオミールも経験あります。セパゾンもずっと飲んでた。みんな、効いたように記憶しています。でも変更しているということはなにか問題があったんだろうが、もう理由は忘れてしまった。じつは私はレキソタンがダメだったのです。胃がむかついて食欲がなくなってしまうの。ということで、神経の薬は飲んでみないとわからないんですよね。2002/04/02 22:45:21めたも。さん、しばらく田口ランディと離れてみよう![めたも。とおぎーのの往復書簡]めたも。さんへ私の提案を受け入れてくれてどうもありがとう。なんか、上向きな気分になって参りました。心療内科のの診察時間ですが、10分も診てもらえれば丁寧なものですよ。はじめのうちは、話したいことがたくさんあるのに、話し終わらないうちに診察が終わってすっきりしないことも多いと思います。私もそうでした。でも、初診はインテークといって、特別に時間をかけて診察するものなのです。先生にとっては一番重要な診察です。それから、経過をみながら薬をどうしようかと考えていくといったかんじです。ついつい、いわゆる精神分析を求めてしまいがちですが、心療内科ではそのようなことはしません。それはセラピストの領域となり保険も利かない分野です。田口ランディの世界はとりあえず、横に置いておきましょう。田口ランディは私もコンセントを読んで面白いという印象をもちましたが、カウンセリングやセラピー、精神科による診察等について、読者に間違った先入観を与えるのではないかと、少し心配しております。彼女は上智大学で臨床心理学を勉強したようですが、どうしてもカウンセリング論に傾きがちで、医師の診察が必要なかたを受診から遠ざける弊害があるんじゃないかと思ってしまいます。前回も申し上げた様に、軽度のうつ症状の人は世の中にはいっぱいいて、その原因は脳の働きにあり一定期間の投薬で治るんですね。それを、生半可な知識と、抗鬱剤はクセになる、みたいな考えから治療を怠り長引かせるのはよくないことです。ランディさんの本には家族関係の複雑さや弟さんの後ろ向きな死が語られますが、彼女自身がこのトラウマを解決しようとして、心理学を学んだり、またネットによる似たような境遇の人達とのやりとりで出口を見つけようとしているみたいです。それはおぎーのもとてもよくわかります。今、めたも。さんとのやりとりも同じ事かもしれない。ただ、メールで知り得たネット上の他人のココロ模様を、小説やエッセイで表現する際には細心の注意が必要だということですね。人間のココロって意外に単純で、私は今日、アナフラニ―ルという抗鬱薬を点滴で血中に入れたら、2時間でかなり脳内がクリアになりました。もう帰りの歩幅が違うのですよ。明日はデートだそうで。いいことがありますようにお祈り致します。敬具2002/04/02 22:06:34自信の持てる生き方。[めたも。とおぎーのの往復書簡]めたも。さんこんにちは。今日は、ちょっと長いお手紙をこの日記上で書きますが、つきあってくださいね。たしか、めたも。は(敬称略)おぎーのと日記のスタート時が同じくらいであったと思う。私は2/12です。それで、最初にゲストブックに書きこみしてくれてうれしかった。めたも。とおぎーのは全然違う世界に暮らしているが、感性が似たところがあるような気がした。たぶん、君もそう思っているんじゃなんじゃないかと思う。で、今回提案したいことがあって、ときどきこのように往復書簡のような形式でお互いの生き方を意見しあうというのはどうだろうか。じつは、ライコス日記の特性を考えながら、こんなことをしてみたいと常々感じていたのだ。メモという手段もある。もしも、私が脂ぎったオヤジで、デリケートな女のコをこましたろう!と思ったなら、メモで老獪に接近するであろう。めたも。が私にココロを開く余地があることを、擬人化されたばい菌クンのようなもうひとりのおぎーのは掴んでいる。だが、ソフランのやわらか仕上げでふかふかになったバスタオルのようなもうひとりのおぎーのは、めたも。との往復書簡によってそれぞれが自己開示することで互いに癒され、より高いステージで毎日を過ごせるようになったらいいんじゃないかと考えるのだ。この日記の読者さまには、是非私の最初の日記を読んでいただきたい。その中で、私は他人に読まれることを前提に日記を書きながら己のセラピーとして作用され、さらに結果として不特定の読者についても何がしかの効用があれば幸いだ、と述べてあるはずだ。今回の試みは往復書簡という形式をとり、それぞれが相手の文章に影響されながら日記を進めていったら面白いことがあるのではという意図をもっている。どうですか?みなさん。タイトルは「自信の持てる生き方」でいいよね。しばらく、これでやりましょう。めたも。もしくはおぎーのが「もう、やめた!」と思ったら終了。いきなりこんなことを言い出して、めたも。はビックリしているかもしれないが、私は思いつきで行動する男なのだ。AM3:30にむっくり起きて、書いている。別に長い文章を書く必要はありませんよ。私の問いかけに返答してくれればいいから、イエス、ノーで構わない。めたも。おぎーのそれぞれの日記を読んでいる方はご意見がございましたら、メモください。それをまた、この往復書簡でテーマとして乗っけるのも、いいね。ということで、長くなりましたが、お返事お待ちしております。☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆レキソタンもルボックスも安全な薬です。特にルボックスはSSRIという脳内に直接働きかけて、セロトニンが伝わりやすくする薬でアメリカではSSRIは1000万人が服用しているそうです。脳内薬品はとても画期的な薬ですよ。バイアグラは誰もが画期的なところを認めるところですが、基本はいっしょなんです。SSRIは鬱症状にダイレクトに作用するのはもちろんのこと、パニック障害やそれに伴う鬱症状にもよく効くのだそうです。パニック障害の持病を持つ友人は、ルボックスを飲んでいます。まったく普通の人です。私も普段はそうなんですよ。私はSSRIやSNRIを切らしていて、診察後に服用すると、1時間で効き目がわかります。そのくらいダイレクトですよ。通常の抗鬱剤は血液内に一定の濃度が定着するまで2週間ほどかかるようなのでそれだけ効き目に時間がかかるのです。点滴ならすぐ効果が現れますが。私はドクターではないので、間違った情報がないよう注意して述べてます。それから、『うつ病は治る』という書物に書いてある内容がほとんどです。この本は鬱病についての書物を1冊あげるなら、コレ!というお薦めの本で、アマゾンなら、2~3日で届きますよ。是非、レビューで確認してみてください。投薬に対するコンプライアンスは医者が注意するところなのです。処方通りに飲んでいるかって。クライアントが薬に漠然と不安を感じて飲まないことがよくあるからです。ただ、医者としてはとりあえず2~3週間はきちんと服薬してもらわないと経過を診ることができないんですよ。初診から2ヶ月くらいは投薬内容が変更することも多いです。コンタクトレンズでも一度で必ずしもしっくりいかないというし。それと同じなんです。よく、新書判の一般向けの鬱病本に「クスリに頼らず、カウンセリングで…」とか「気の持ちよう」だの「運動しよう」など、服薬は自然ではなく依存するのでよくない、ということが書いてありますが、あれはマチガイであるとはっきりいっておきます。鬱病は抗鬱剤を服用することで必ず治る病気なのです。例えば、糖尿病の人がインスリンを服用することに否定的な人はあまりいないと思いますが、鬱病やうつ症状のある人が、抗鬱剤を飲むこともこれと同じです。SSRIは依存性がまったくありませんが副作用はでる場合があります。おぎーのも抗鬱剤による、口渇、性欲減退、勃起不全といった男としては由々しき状態があるのですが、薬を飲まなかったらより酷いわけなのです。長くなりましたが、めたも。さんがきちんと服用して、すっかりイケてる女のコに変身することをお祈りする次第です。敬具2002/04/02 4:53:11
2002年04月02日
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RE:ついに・・眠剤は私も服用しています。レンドルミン(これも抗不安剤)を就寝前に一錠。もう15年くらい前から使っていますが、依存性もないし、導眠剤なので四時間くらいで切れますよ。全然心配ありません。ハルシオンも二回くらい飲みましたが、いわゆる睡眠薬はココからがスタートです。ちょっと気持ちよくなるので、六本木の闇で一錠500円と聞きましたが、変なことにはくれぐれも使わない様に、みなさま。ついでに私の服薬をいいますと、通常はトレドミンを朝夕一錠。これでOK。デプロメールを飲んでいるときがあって、そのときが人生でもっとも鬱状態から開放されて、心身ともに健康を感じ、いよいよ真っ当な人間になったと思ったのですが、トレドミンの認可がでたらこちらへ変更。先生は、快活な私を見て燥状態を懸念されたみたいです。SSRI→SNRIへ変わって、薬効を感じなくなって少し寂しくなりましたが、でも、これくらいでいいのかも。周りの人がとまどうといかんしね。で、今日現在の私はアナフラ二―ル25ミリに変更されております。鬱病が発症してしまうとSSRIでは追いつかないようで。で、親父がクスリをゴミ箱に間違って捨ててしまったおかげでこの4、5日苦しんでおります。明日、アナフラニ―ルを点滴で入れてもらえるように先生に頼むつもりです。よくならないんだもの。苦しいんだもの。4月16日より職場復帰だからちょっと焦ってきて。ということで、せいちゃん、全然気にする必要ないですよ。お蕎麦屋さんのバイトは森田療法っぽくていいんじゃないですか。※今回初めてじぶんの服薬について記述しました。クスリの効き方、相性は個人差がありますので、あまり先入観を持たれない様にお願い致します。2002/04/01 19:01:39木村拓哉君のウチと3街区しか離れてなかった、俺んち。※大阪行こうかって話が、月子様よりありました。◎おぎーのは月子様と同じで、今まで住んでいる地域についてはあいまいでした。でもコマジュンさんの日記読んでると、ローカルな話題をしたくなって来るんですよね。なぜ関東とか東京近郊くらいの表現しかしなかったかというとですね、セックスについての赤裸々な記述が書きづらい、誰か、おぎーのを発見する人がいるんじゃないかという不安からですね。職業については詳しく述べているし、年齢も公表している。おぎーのというハンドルネームはほとんど本名に近い。どこのおぎーのか見当つきやすいんですよね。しかしながら、地域性というカテゴリーをはっきりさせたいという誘惑も払いきれないんです。だから、すこしに匂わせてみよっと。◎私は湾岸道路沿いに住んでおります。それから、最近知ったのだけど、キムタクの実家がご近所だったのです。東京湾沿いの埋立地で、高層マンションが立ち並ぶ街なんです。学生時代にディズニーランドでバイトをしたこともあった。357号線は親しみのある道路です。カルフールっていう大きなス―パーができて、結構遠くからクルマで買い物に来る人が多いよう。店員がローラースケートというのも面白いでしょ。幕張メッセはロサンゼルス郊外みたいで、好きな町です。IBM、富士通、BMWといった企業がどんどんこちらに本社機能を移しているらしく、シリコンバレーみたいになりました。◎うちの近くをこうして記述しながら、何を考えているのかというとですね、とある日記に出てくる、駄菓子やとか路地裏とかシャカシャカしたブルゾン着てるおじさんがいる世界とのですね、対比を考えるとまた面白く感じるのです。そんで、機会があれば、豪徳寺でも祐天寺でも吉祥寺でも、なんと高円寺ですらない、天王寺というアナザーワールドにいってみたいなと思った次第です。※いずみちんも大阪ですよね2002/04/01 1:59:34
2002年04月01日
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