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秋の運動会シーズンですね。昭和では、児童が沢山いたので運動会、それは それは 大イベントでした。小、中合同でする地域がかなり多かったようですね。プログラムも多彩にあり、朝始めると 終わるのは夕方五時頃まで 行われていました。 騎馬戦は、上半身裸で 競い戦います。中学生以上なので 迫力が半端ではなかったですね。安全管理が、今の騎馬戦と比べると無かったせいでしょうか。 衛生管理もそれほどでもなかったので、パン喰い競争のパンも裸のままでした。 そして、何よりも昼食です。今はそれぞれのお弁当を作って持っていくのでしょうけど、昭和では パンパンにご飯を詰め込んだお稲荷さん、大きな海苔巻き、おでんの煮物、 この3点が主流でした。どこの家庭も 同じものを持ってきます。昭和では物凄い同一性が活きていたのです。勿論 お母さんの 味付けの個性はありましたけれど。
2013.09.27
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たとえば、タバコ屋さん、自動販売機がまだない頃 窓口にはじっとおばさんが座っていて、(たまたま、猫を置いたのですが、)客が訪れると、黙って一個たばこを差し出す・・・。 タバコ屋さんの 多くは雑貨屋さんでもあり、お父さんのタバコのお使いに行くのには、アイスクリーム一個買えるお駄賃がつきました。けっこう、アイスクリームのアイテムは、昭和35年頃から豊富にあり、選ぶのが楽しかったのです。爆発ヒットだったのですね。 その雑貨店で 店番するおじさんは、丹前(江戸の頃からある男性の部屋の寛ぎ和服です。)を着て、火鉢(伝統の暖房器具で、炭を入れて暖をとる鉢です。強力な暖房効果はないけれど、手をかざして暖かさを感じ取るものでしようか。)を抱えるように、店の中に座っていました。そのおじさん 動くことがあるのかと思え、置物、お着物、(笑)に見えましたね。
2013.09.19
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● 盛り場を唄ったご当地ソング● 幸せ薄い女性を唄ったもの● 苦労話を唄ったもの● 相手にわが身と心を捧げる唄● 自分を責めた自虐的な唄どちらかというと、悲しい傾向の歌、沢山 流行りましたよね。カラオケなかった頃、レコードとテレビと宴会などで 大人たちは、目一杯の発声で合唱してました。そして 新宿を唄った曲多かったですね。その頃 東京の盛り場として新宿が急成長を遂げていたんですねえ。藤 圭子さんの甘さの無い ドスの効いた ハスキーな声で、ポーカーフェイスで、歌っていたデビュー曲 新宿の女 は、強烈に印象に残っています。女性は勿論 水商売の女性から共感を得られていた歌手でしたね。とても残念です。 同じハスキーボイスでも八代亜紀さんは、どちらかというと(しゃがれ声)、初めてこの人が歌うのを聴いたとき、なんか 苦しそうと思いましたが、しだいと味わいのある声に馴染んでいったのです、不思議と。この頃大ヒットを飛ばした歌手たちに共通するものとしては、底知れない苦労や、貧しさを通過してきた人ばかりだったのですね。そうそう 袋のラーメンばかり食べていたのだそうですね。
2013.09.12
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今年の 夏は、朝 戸を開けると日本アマガエル、大き目だから,おそらくメス。と 何度も 何度も 対面しました。以前 バルコニーの前が杉林だった頃は、木から飛び移ってくるんだなと 思っていたのですが、その杉の木を伐採してしまった 今になっても バルコニーに居るのです。 勿論、日本アマガエルは 樹上の生活をするようですが バルコニーには、吸盤を使って柱をよじ登ってくるみたいです。 写真を撮ろうと カメラを持って戸を開けたら 何度も来上していたカエルとは 別の子ガエルがいました。おそらく子供かと思うのですが。 吸盤を使った 見事な登りっぷりを披露してくれました。 側面歩きも見せてくれました。日本アマガエルは かわいいのだけれど、体の表面に毒をもっているそうなので、指先にけがをしている時など、素手で触らない方がいいいですよ。
2013.09.04
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