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ウララ~ウララ~ウラウララ~ 山本リンダさんの「狙い撃ち」が流行っている頃。 日本のビジネス界では、タイプライターが大活躍の最中でした。オリベッティー、ブラザー、シルバーリード、10社位が タイプライターを製造し、また修理屋さんも沢山存在していました。カシャカシャと小気味の良い音を奏で、その音色はオフィス街にBGMとして 響き渡っていました。だけど、この英文タイプライター骨董品的に いまだ存在するわけでなく、まだまだ活躍しているのです。文字を指定した位置に狙い打ちができるため、旅行会社 貿易会社など伝票やピザ申請の書類作りに、宝石店は、値札作りにと 需要はかなりあるそうですよ。打つのに、少し指に力を入れないとだめですけれどね。 こちらは、今言うとガラパゴスタイプライターとでも 言いたくなるのですが、漢字がびっしり並んだタイプライターです。まるでコックリさんゲームをやっているようでしたね。印字するときのガチャンは、工作機械みたいでした。契約書や正式な書類を作成するのには、必要不可欠だったのです。習得と現実使用には、相当な根気と、忍耐力を必要としました。 オフィス街では「タイピスト」と呼ばれる職業の方 沢山いました。昭和の初期では、「タイプ嬢」などと 呼称されていたようですけれど。タイピストスクール、専門店、修理屋さん、タイプライターに関する業種たくさんありました。そして、1975~1980にかけ、ワープロが出現し、今のパソコンに変化していったのでありました。
2013.11.29
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昭和30年代、髪の長い子は三つ編みヘヤーが主流でしたね。髪の量が多ければ多いほど、おさげ髪はサマになったのです。そしてなぜか おさげ髪の子は、お勉強が出来る子が多かったように思えます。小学生ですから お母さんに朝編んでもらうわけですが、その子の家庭の経済的な余裕とかでなく、精神的なゆったり感があったのかもしれないですね。 やはり おさげの子はかわいいし、男の子はその三つ編みに触ってみたい衝動を抑えきれなく、かわいいおさげの少女は、いつも髪の毛を引っ張られたり、触られたりしていました。 現在、おさげ髪の子 あまり見かけないのですが、宝塚音楽学校の生徒や、愛子さまも おさげ髪を貫いてらっしゃいますね。かわいいので、ロングヘヤーの方、是非なさってみてはいかがでしょうか。知的に見えること請け合いですよ。
2013.11.22
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なんとその頃、パチンコ屋さんのトランペットスピーカーは 外に向かって設置してあり、街にいつも歌謡曲が流れ、大音量なので、自然とその曲を覚え、みんなで口ずさんでいました。島倉千代子さんの大ヒット曲からたち日記 も、いつも流れていました。 現在のパチンコは、ハイテクデジパチですが、その頃 椅子などなく 立ったままゲームをしました。玉を打つのもレバーで 親指を使い、一玉 一玉ていねいに打っていたのです。そしてセーフ穴(入賞口)に玉が入ると、台の裏側におねえさんがいて、玉を出してくれていたのでした。きっと おまけもしてくれたのでしょうね。 勝ったり 負けたりしたのですが、その頃は十二分に遊べるパチンコゲームだったのです。子供は、大人はお菓子食べないのに どうしてパチンコに行くのだろうと不思議でした。お父さんが、大きな紙袋にいっぱいお菓子を詰めて、(その時 その時、表情が違うとは感じていたのですが)帰ってくるのが楽しみだったのです。
2013.11.15
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昭和44年の丸善ガソリン100ダッシュのCMの1ショット 小川ローザさん描いてみました。現在は、心も満タンにのコスモ石油です。これは広告でも歴史に強烈なインパクトで残り続けますね。日本が車社会を踏み出し、丸善のガソリンは、ダッシュ力が旺盛であることの PRでしたよね。小川ローザさんは今、シニアモデルとして、なんか増毛系の会社の広告に出ていますね。今年から、新聞の記事下の広告で拝見しています。 そして、その頃 昭和の第2次ボーリングブームが湧きあがっていました。第1次ブームは昭和30年~だったのですが、「ボーリングは、不良のやる遊び、やれば不良になる、まったく不健康」大人たちは 口を揃えて言っていました。そういった世の批判も混入してか、ブームが終わったのとも思うのですが。第2次ブームの時は、スポーツとして 世の中が認め、プロも沢山存在し、なんと3700場ほど日本にあったのです。今あるセブンイレブンの3分の一ほどの数ですね。若者は、丸善スタンドで給油して、勤務が終わった夜は、ボーリング場に突進したのでありました。
2013.11.08
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