全2件 (2件中 1-2件目)
1

お爺さんは、山へ芝刈りに行きました。いえ、芝刈りかと思っていたら 正しくは 柴刈り なのですね。柴(雑木)を取ったり、落ちている枝をかき集めて背負ってくるのですね。桃太郎のお話なのですが、時代背景は室町時代といわれています。室町時代は235年間続き、昭和の4倍近くもあったのですねえ。だけど、昭和の中期位までは 人々は山へ柴刈りに行ったのです。生活の燃料が主に 薪 だったので焚きつけを収集に山に入っていたのでした。昭和の最初と最後の生活様式は極段差がありますね。お婆さんは、川へ洗濯に行きました。炊事 洗濯は女性の役目 貫徹されていたのでしょうね。こちらのお婆さん、子が欲しくても、不妊治療などできなかったから桃が流れてきて、ほんと ラッキーでしたね。昭和30年代、地方では、水道がライン化されてなかったので井戸水で洗濯して川で濯ぐ、というパターンが多かったのです。だから せぎ という生活用水が流れ フル活用されていました。勿論お水は、透明感にあふれていました。高度経済成長で、水も大気も汚れ、川には大腸菌が増え、海にはヘドロ、(ペドロ&カプリシャス)が結成されたのもこの頃だったようです。ネーム的には無関係ですが。なので、日本に環境庁が設置されたのが昭和47年ですね。それ以降 人々の理解と協力で、空が青くなったのですね。それにしても、中国の大気汚染 深刻です。マクロ的に対策を練ってほしいものです。
2016.12.23
コメント(0)

家を作るのに当って、建材は色々な手段で、調達でき仕入れられ 確保できたのでしょうと思いますが、けっこう 昭和30年代って、大工さんではない職業のお父さんが 住む家を作るという例もあったのですね。作ることができるお父さんが多くいたのです。建築の法規制も、緩かったことですしね。まだ、日本家屋は平屋が多く、二階建ての家なんてみんなに見上げられていました。昭和30年代初めに日本住宅公団が、団地型の住居を急ピッチで建設しそして、住宅ブームが湧き上がりました。大工さんは沢山いました。一級建築士の国家資格もできました。資格を取った方は、堂々と玄関先に看板を掲げたのです。国家資格は名誉だったのです。縄文時代、大工さん 建設業者など存在しない頃、みんなお父さんが竪穴式住居を造ったのですよね。(笑)自分の住む所を造る、生物が持っている本能なのですね。それにしても 昭和30年代に家を作った大工さんではないお父さん。器用だったのですね。日本が太平洋戦争を終えた 昭和20年からは、あちこちに、バラックの家が作られました。空襲で焼滅してしまったからです。バラックというのは、一時的な、仮設、という意味なのですね。ブロックと似ているので建築材料かと思っていました。(笑)上の写真は、東日本大震災で建てられた、福島県会津若松市の木造仮設住宅です。2012年にグッドデザイン賞を受賞された、「はりゅうウッドスタジオ」さんの設計です。プレハブの仮設住宅より暖かいし、なんといっても心のケアが滲み出ていますよね。
2016.12.16
コメント(0)
全2件 (2件中 1-2件目)
1