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前回 記の デニム より少し遡るのですが、まだ ミニスカート旋風が吹き出す前、女性はハイウエストで ひどくスリムなタイトスカートを着用していたのです。女性はスカートを穿くのが望ましい と言う風潮が確実にあったのです。スラックス姿は論外系だったのです。小股の切れ上がった女性 という褒意表現がありますが、「こういう女性のことを云うのだ」という 決定された答えがないようですね。小股で控えめに歩くけどアクティブであり、その動作に強さを感じるなんて思えたりするのです。女性の歩幅は、(身長-100)ですよね。昭和タイトを穿いた場合約27cmしか開けなかったのですね。大股で歩けないタイトスカートを脱いだ女性は、開放され、リラックスマックスになったのです。上の仰け反る女性が着けているのは シュミーズ です。スリップ以前の呼称です。昭和では、身に着けなければならないことの義務感を背負っていたのですね。「ステテコ一丁で」 「シミーズ一枚で」などが、噂話を誇張させる、先頭語として語活用されていました。
2017.10.28
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昭和50年代中期頃まで、デニム地は 全く伸縮しない、それはハードなローテク素材でした。上のフォーク歌手 ベルボトムタイプの、ヒップや腿がバッチリ締め付けられるGパンで歌っています。この当時 20代男性はこれを履くと、歩行に多少困難を来たしたものですが、多くはやせ我慢して、このファッションを取り入れていたのです。昭和では 流行りのファッションを装うことは、体に多少のダメージを受けたのでした。上のフォーク歌手、楽屋で「歌に影響するう~~っ」と嘆いています。そして、昭和50年代も終わる頃、デニムにポリウレタンが混入されたストレッチデニムが出廻るようになったのです。人々は、「なんて 動きやすいの!」と絶賛しました。日本国民は、デニム素材が大好きになっていたからです。だけれど、今 ここに来て ローテクデニム(本当のデニム)は、貴重視されていて ずっと永遠に「育てる楽しみがある」ということ、そこに価値を押しています。又、ポリウレタンという繊維があまり丈夫ではないためストレッチデニムは それほど長持ちしないという事にも気付いたのですね。開脚は、骨盤の歪みを解消し、むくみ 肩こり 猫背 などに効果あるとのことです。少しずつ 少しずつ 無理なく 続けたいものですね。
2017.10.19
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貧乏は、いやだった。家族を楽にさせてあげたい、そう思う反面貧しい環境から 逃げ出したかったのです。この演歌歌手 上京して7年、ようやくレコードがヒットしました。夜のクラブで 地道に歌い続けていました。貧しさ 薄幸 などの過去のプロフィールが絶大な支持を得たのでした。突飛な歌唱力を持っていたのは勿論です。こちらの歌手も同様です。中学校を卒業して 上京し、ラーメン屋の出前、靴磨き、土木作業、配管工、歌手になる希望を捨てずに働きまくりました。最後尾のキャバレーのボーイをしていた時、開店前に、ステージでマイクを持って歌ったときその店のバンドマスターが、仰天したのです。そのバンドのメンバーに仲間入りしてその後、スカウトされたのです。昭和の演歌歌手に共通してあったものは、薄幸な生い立ち裕福ではない家庭、寒さに耐えた、周囲との不協和音などです。現在の、若い演歌歌手は、そうではないと思いますが。
2017.10.07
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香香(シャンシャン) あまりにも 可愛いので描いてみました。パンダって決して垂れ目ではないですよね。上がり目でも 下がり目でもなく、平衡です。中国語で大熊猫と書くようですが熊科に属するから、熊はわかるのですがなぜ 猫 とも書くのかというと、こちら 小熊猫レッサーパンダです。中国の方の感覚だと 猫に似ているからだそうです。私には キツネや犬に似ているように思えるのですけれど・・・・・レッサーパンダはレッサーパンダ科に分類されるようです。今年で、日中国交正常化45周年です・。昭和47年10月にカンカンとランランが、中国からやって来ました。上野動物園は(ごった返し動物園)になりました。今年12月に香香が 一般公開される時もきっと そのようになるでしょう。上の絵、国交正常化に尽力された方のつもりで描いたのですが、まず パンダを見て「これは、熊と猫の合いの子ですか?」と 中国側に質問されたのです。日本国民は、お腹を抱えて笑ってしまいました。だけど、今思うと、もしかしたらジョークを飛ばしたつもりなのかもしれないですね。
2017.10.01
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