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昭和30年代、男の子のヘヤースタイルこの2つが主流でした。丸坊主と坊っちゃん刈り そもそも坊っちゃん刈りは、大正時代 都市部の中流階級以上の男子がしていたヘヤースタイルのようですね。それを 引き継いで昭和30年代に入ってもその子の家庭を象徴できる風な、二分化のヘヤースタイルだったのですね。手動のバリカンで、 カチャカチャとリズミカルにハンドルを調節して 刈り上げていきます。電動バリカンが誕生したのが1990頃だったそうなので手動バリカンは、長いこと愛用されてきているのですね。今でも こちらを使われている 理容師の方いらっしゃるようです。手動バリカンは、刃先の切れ味が悪かったりすると、かなり痛く男の子は悲鳴をあげていたのです。通常 庭先で風呂敷を巻いてお母さんが散髪していましたが床屋さんに行った場合は、顔と髪の堺をきれいに剃ってくれて見事な仕上がりになりました。そして、昭和では家庭で使う機械や道具を 崇拝していたのでカバーを掛けたり、丁寧に箱に収納していたのです。手入れをしないと、使えなくなる恐れを十分感じていたのですね。
2017.09.23
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23年前に買った、2人掛けソファー 色褪せたので、すっぽりカバーを被せました。アシメトリーな形状なのでどうしても部が突起してしまうけれどまあ充分新品同様に、甦りました。その甦ったソファーをじーっと見ていると、昭和のゴブラン織りのカバーを掛けた情景が浮かんできました。昭和30年代、どの家庭も奮発買いだった 脚付きテレビカバーが附属されていました。それは確かゴブラン調のつづれ織り、重厚感あり フリフリの付いたものだったのです。テレビを見ないときは、そのカバーで保護していました。足踏みミシン、こちらも高価で 買い求めて保有している女性は洋裁ができるというプライドも含めて、自慢の大種になったのです。ちなみに 上のミシンは、昭和40年代 卓上ミシンに変換可能できた機種です。こちらも使った後、きちんとカバーを掛け次の使用時を待ちました。電子オルガンではなく、電気オルガンです。ピアノは、ビロードのカバーがふつうだったのですがオルガンにはゴブラン調のカバーを掛けていました。ひとつの高額の家庭機を買ったら、長く使うのが当然の昭和だったので、大切に保護して 守ってというカバー効果 なるものを、まずメーカーが齎せたのですね。
2017.09.01
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