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女性が痩せてスリムになりたいと思うようになったのは、昭和の中期頃からなのですね。ダイエットという サ変動詞はなく、計画も立てず、食生活は低カロリーのものを摂り、甘いものを控える程度の知識の持ち合わせでした。汗を流せば体重は落ちます。サウナに入ることが痩せる手段として、有閑マダムの間では、盛んだったのです。水風呂に浸かれば、何度もサウナに入れるので最低でも10回以上、30回も入るマダムもいて回数を競い合っていたのです。サウナ室の中は、有閑マダムの 痩せるを目指す 熱気むんむんでその室気が、発汗を施す誘引となりました。サウナの気持ちよさを覚えると、依存凝り性になりますので痩せようと思っている女性には、かえって悪循環かもしれません。入って2キロ減らし また食べれば2キロ戻ります。汗を出すので、 美肌効果は、抜群ですが。ただ、水分を取らずに入ると 脱水状態になり、血液が濃くなり、倒れてしまう危険もあるので、気をつけたいですね。 上のマダムの右側、ターナーベルトです。昭和46年のヒットマシンです。他には、 こちらに 昭和の短命だった健美器具 載せています。
2017.11.23
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昭和では お医者様 と呼んでいました。誰でもが尊敬できる立派なお仕事だからです。医師になるには、難易度高い医学部で6年間みっちり勉強し国家試験を受けるのですが、9割は合格するそうです。その辺がやはりすごいですね。使命感 誠実さ 勉強熱心 体力の強さ 手先の器用さなど求められ、クリアできていることなどで、人々は信頼します。社会的地位というのは、イメージでもあるのですが、他に 弁護士 大学教授 政治家などがあげられます。昭和で 歴代続いている医師の家系の、次男坊っちゃまが「僕は板前になる」と宣言しました。世間は、近隣の人々は、「ええ~っ、どうしてーっ なぜ?」とざわめきました。板前さんという職業に、アウトローな面影を抱いていたのでした。昨今の料理人の方の、活躍は計り知れません。昭和の終わり頃からのグルメ指向、食に対する敏感さ、食通ぶる虚栄心など。素材選びから盛り付けまで、トータルに手がけるアーティストとしての 料理人に対する注目度、憧れ度、上昇中ですね。 医師の家系の次男の方、一流料亭として、腕をふるって、店は大繁盛しています。
2017.11.10
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昭和元禄といわれた時期は、昭和35年からの高度成長の隆盛期でしたね。そして、バブルと呼ばれたのが昭和61年からの4年間、地上げ屋さんが、小さな土地を破格で買い取り、それを売り捌くのが大成功土地の価格が2倍にも3倍にも膨れ上がり銀行もお金を貸したので、お金が出廻り、消費もグーッと増えたのです。東京の23区の合計値と、全米の合計値が、同じだったとかです。バブル期、同時にスキーブームも合い重なり、ゲレンデは、上のような状況だったのです。昭和30年代の第一次スキーブームは、 若者は 電車やバスが主体だったのですが、バブル期は、もう高級車で。スキー場へ向かうルートは、猛烈ラッシュだったのです。そして、クリスマスカップルは、大手のホテルで豪華なお食事と宿泊と宝石のプレゼント。女性の態度が大きかったのでした。コード君、アッシー君、メッシー君など大活躍したのですね。もうひとつ、ブームの現象として、パチンコ店あちらにもこちらにも、ルート沿いにオープンし、連日大盛況三昧、店内には 百円玉、五百円玉は勿論お札が落ちていました。お客さんは、遊技に夢中になり床など見ないし店員さんが拾い集めて、落し物として保管しておいたのでしょうね。お立ち台で 扇を持ち ボディコンファッションで踊る女性の映像を見ると、ほんと狂気の4年間だったのだと思えますね。深刻な考えなど、不必要だったのです。だけれど こういう事状態があって、また 歩み出せたのですね。
2017.11.03
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