全27件 (27件中 1-27件目)
1
今朝、私のベッドの上に私によりそって寝ていた猫のサチが、突然、バタバタと音を立てて毛布を叩いて痙攣しはじめた。 急いで心臓マッサージをしながら名前を呼びかけたが、むろん返事はおろか、目を見ると、眼球の表面が膜がかかったように白濁していた。私の長い経験からそれは臨終を意味していた。とうとう来たか、と思いながら、いつかな止まない痙攣する身体の心臓をマッサージしつづけた。 どのぐらいの時間が経ったであろう。5分か? 10分か? やがて痙攣が止んだ。目は白濁したままだが、荒い呼吸をしていた。死には到らなかったのだ。 名前を呼びながら撫でさすり、頬を寄せ、しばらくすると何度目かの呼びかけにかすかに応えた。 私はそのまま仰向けに寝て、胸にサチをのせた。 サチは頭をもたげて、自分に何が起ったのだろうかと、人間には察することができない何か深い不審にとらわれているようだった。そして自ら私の胸から下りて、自分がどこにいるのかを探るように、あるいは今の今まで暮らしていた場所をいちいち確認するかのように、ベッドの上を歩き回り、ベッドの下をのぞき、いつも跳び上がってうずくまっていた本棚の上を見上げ、さらに窓ガラスに顔を押し付けてベランダの様子をうかがった。 1時間ぐらい経って、目をのぞくと、なんと白濁が消えて輝きがもどっていた! まだ予断は許さないが、ひとまず私は安心した。ベッドの上に寝かせ付けて、朝の仕事にとりかかった。 文字通り「死の淵」よりの帰還であった。サチ、良かった,良かった。
Oct 31, 2016
コメント(2)
最高気温が15℃にとどかなかった。寒い日曜日。 私は昨夜からずっと、きのう買った本を読みつづけていた。午後になって思い出したように新作の下絵を少し手直しをしたが、キャンヴァスに写し終えたところで再び読書。 10月も明日が晦日、この一週間は仕事場を離れる事が多かったが、11月のスケジュールも何やかにやで外出が多くなっている。年末までに2作品は描きたいのだが。
Oct 30, 2016
コメント(0)
午後、私の数年来の恒例となった、東京薬科大学「東薬セミナー」に参加。薬学部病原微生物教室・野口雅久教授の「身近な感染症から身を守る」と、生命科学部分子生物化学研究室・井上英史教授の「動物の老化と寿命」とを聴講した。 そして、これまたいつものように大学祭の古本市に立寄り、以下の8冊購入。 ●朱栄憲(チュヨンホン)著、永島暉臣慎訳『高句麗の壁画古墳』(1972年、学生社) ●笹山晴生監修『古代山城鞠智城を考える 2009年東京シンポジウムの記録』(2010年、山川出版社) ●吉野裕子著『山の神 易・五行と日本の原始蛇信仰』(1989年、人文書院) ●吉野裕子著『五行循環』(1992年、人文書院) ●鶴見俊輔著『戦後日本の大衆文化史 1945〜1980』(1984年、岩波書店) ●ジュヌヴィエーヴ・ドークール著、大島誠訳『中世ヨーロッパの生活』(1975年、白水社) ●ジャック・ルゴフ著、柏木英彦・三上朝造訳『中世の知識人 アベラールからエラスムスへ』(1977年、岩波書店) ●Carl Schereier『WILDFLOWERS OF THE ROCKY MOUNTAINS』(1996、HOMESTEAD PUBLISHING, Wyoming, U.S.A.)
Oct 29, 2016
コメント(0)
近くの中学校の晩秋恒例の市民大ホールで開催される合唱祭に民生委員・児童委員として出席。 学年毎のコンクール・スタイル。それぞれ学年課題曲とクラスごとに自由曲を演奏し、審査員は生徒たちである。この日のために半年ほどかけて練習したようだが、指揮もピアノ伴奏も生徒、学年があがるにつれて声量豊に堂々とした合唱になるからおもしろい。 私は自分の合唱団「かしの木」の昨夜の練習をふりかえりながら聴いていたが、もちろん中学生と私たち大人とでは発声法も歌の解釈もまったくちがう。いや、同じでは私たちはいけないのだけれど、生徒達はほんとうに良く歌っていた。 市内には多くの中学校がある。聞くところによると、この合唱祭は共通カリキュラムのようで、この時季、市民大ホールはかわりばんこに中学校のスケジュールが組まれている。 クラスが一致団結して創造していかなければならない点に、教育の眼目があるのだろう。「わたしたちのクラスは、個性的な人達なので」と前説していたのは、たぶん初めのうちは各人が手前勝手な方に意識を向けているのだろう。それがやがて、曲を仕上げるという目標に向かってまとまりだす。そう、合唱って、そういう効用があるのですね。
Oct 28, 2016
コメント(0)
18時から19時30分まで合唱団「かしの木」の練習。 先日までこの時間、まだ黄昏時の明るさが残っていたのに、いまでは人の姿も闇にまぎれるほど。こんなことにも時の過ぎ行く速さを感じる。
Oct 27, 2016
コメント(0)
新作に着手した。小品であるが、以前から描いておこうと思っていたイメージだ。
Oct 26, 2016
コメント(0)
朝、主治医のクリニックに行き、インフルエンザの予防注射をしてもらう。民生委員として大勢の高齢者に接するので、私が罹患していては仕事にならない。毎年今頃に、逸早く予防注射をしておく。 クリニックの帰り、八百屋に松茸が出ているのに目をとめた。大きくて立派だが、1本3,000円前後。主人は、「これでも相当安いですよ」と言うが、やはり二の足を踏む。 松茸を横目に、かたわらの普通の茸類-----舞茸、ヒラタケ、ぶなしめじ、えのき茸、椎茸を買って、今夜は「いろいろ茸の炊込み御飯」にすることに。 これを書いている最中に、キッチンから良いにおいが漂ってきている。
Oct 25, 2016
コメント(0)

昨日23日、俳優の平幹二朗氏が急逝されたという。享年82。 私は氏の1956年の初舞台こそ観ていないものの、その8年後の千田是也演出『ハムレット』(1964年)、千田是也演出『ファウスト』(1965年)、浅利慶太演出『アンドロマック』(1966年)などの日生劇場公演、あるいは故蜷川幸雄氏とのコラボレーションがはじまる帝国劇場での『ハムレット』(1978年)などを観つづけてきた。俳優座が若手新人俳優として仲代達矢、平幹二朗の両氏を競わせるように売り出していた頃で、1歳年長の仲代達矢氏が『ハムレット』で主役を演ると、翌年は『ファウスト』で平幹二朗氏が主役を取るという具合で、当時大学生の私は、なけなしの小遣銭をはたいて劇場通いをしていたことを思い出す。 私の資料箱から探し出した上記の劇場パンフレットの画像を掲載して、平幹二朗氏を追悼します。
Oct 24, 2016
コメント(0)
町内の方々の「手作り作品展」に併設し、別室で開いた2日間のミニミニ個展が終了した。たくさんの人が観にきてくださった。 過去3回の展覧会も欠かさず観にこられていたご高齢のTさんが、今年も来て下さった。私はTさんの作品を観ながらの独り言や私への問いかけが、私が作品にこめた念いを正確に感受しておられることに、いつも驚いている。じつを申せば、そして他の観客にはまことに失礼ながら、おおぜいの中で私をそのように驚かせるのはTさんただお一人なのだ。 そのことばは難しく言うのではまったくない。たとえば今回の『飛翔』と題した作品の前で、「飛翔かー!」とつぶやかれた。ここにどんな絵か説明できないけれども、少なくとも誰しもその絵から飛翔などをイメージしないであろうが、Tさんの声音には確実に私が込めた絶望や皮肉やら、あるいは人間の痛みを理解してくださたことが、私には分かった。 また、別の作品では、モデルについて説明すると、70数年前に戦争で戦死されたお父上を思い出されてどっと涙をあふれさせられた。私は感情がおさまるまで背をさすりつづけたのだった。あるいはまた、絵のなかでドア・ノブのような形状の衣紋掛けが三つ並んで描かれている部分を目を近づけて見て、「これは実物を見て描いているのですか?--------光の当たり方によって影が全部違う!」等々。 私は自作について語るのをこのまない。ただ、Tさんといっしょに自作を見ていると、作者冥利というような思いがわいてくるのである。 じつは作品を会場に搬入搬出するにあたり、Sさんのワゴン・カーをお借りした。我家の車が車検期日がさしせまっていると整備会社から連絡があり、急遽「入院」したためだ。 Sさんは私より一回り以上も年輩だが、数十年前に退職された後、頼まれて高尾山の森林管理をされている。樹木に精通されているのは当然としても、自然を見る目、その感受性、経験によっておのずと培われた科学的論理的自然観・人間観は、まことにおもしろい。のみならず、まったくマイナス志向(思考)がない。その点は私も同様で、それだからであろうか、私は一方的に波長があうなと思っている。 高雄山中に同道させてもらったら、どんなに豊かな知識-------完全に日々の暮らしに溶け込んでしまっている知識、その人格を涵養している自然の理に接することができるだろう!と、思わずにはいられない。いつか、お願いしてみようかな。一日一緒に山の仕事に連れていってもらえまいかと。
Oct 24, 2016
コメント(0)

ミニミニ個展のための即席のポスターをつくった。明日,会場に搬入して飾り付け。
Oct 21, 2016
コメント(0)
午後、地域の人たちのためのミニミニ個展の打ち合わせ。さらに、1月に美術講義をたのまれ、引き受ける。
Oct 19, 2016
コメント(0)
◯◯◯心と秋の空というが、晴れたり降ったりの日が交互につづく。きょうは良く晴れた。 しかし、早くも灯油売りの巡回車が、童謡の冬歌を流しながらやってきた。きょうが初回。秋というより、俳句の季語でいうなら「冬隣」である。そういえば、ちあきなおみさんも「冬隣」という歌をうたっていた。「地球の夜更けは淋しいよ--------」って。 午前中、高齢者の見守り。 準備中の作品になかなかとりかかれない。心がざわめいて様々な想念がひろがるだけで一点に収斂しない。別な作品のぼんやりしたイメージも浮かんで来たりする。
Oct 18, 2016
コメント(0)
私が住んでいる町の人達にたのまれて年に1度おこなってきたミニミニ個展、今週の土曜日曜の2日間開催。今年で4回目になる。多忙なのでちょっとヨワッタなと思いながら、しかし歩いていると「楽しみにしてます!」と声をかけてくる方もある。そうなると無碍に断ることもできない。 そんなわけで、今日は展示する作品選びをしていた。これがなかなか厄介な仕事で、大きな作品をあっちに動かし、こっちに移動し。頭のなかで会場構成を考え、展示バランスを考え-------我家の乗用車に積める最大50号(117X91cm)の作品、わずか10点ほどなのだが、大勢に見せるとなればそれなりの演出が必要。とにかく粗選びを済ませた。
Oct 17, 2016
コメント(0)
どうしてあんな夢を見たのだろう。7、8年前に亡くなった旧友が家族を連れて訪ねてきたのだ。 彼、J 君とは中学1年のときに同じクラス、高校も同じだったがクラスは違い、のみならず一度も会話すらしたことがなかった。 仲が悪かったとかではない。むしろ私は愛称で呼んでいたし、彼の伯母さんが美容師で、私が所属していた劇団の公演の折りには結髪をお願いしていたので、劇団の集合写真の古いものには伯母さんと一緒に彼も写っていたりする。 高校卒業後、交流のないまま40数年経ち、ひょんなことから中学時代の先生と音信が復活し、その先生が当時中学同窓会の幹事をしていたらしい J 君に私の住所を知らせたらしかった。ところがその2年後くらいに同窓会開催の連絡をもらったのだが、差出人幹事の名前は J 君ではなかった。 葉書の差出人は、もちろん別の旧友の名前で、私はその彼に電話してみた。彼とは J 君よりさらに永い47、8年ぶりの電話での再会だった。その電話で、J 君の死を知らされたのである。 さて、今朝方の夢-------- 夢のなかで、私は J 君の肖像画を描いた手紙を出した。出したばかりのところへ、ドアをノックするので開けてみると J 君だった。いま手紙を出したばかりだから、到着していないはずなのに、と思った。J 君は家族を同伴してい、私に奥さんを紹介し、子供二人を紹介した。--------夢は、延々と物語をつむぎ、ついには大きなパーティーを準備しはじめるのだが--------- 現実としては、私は J 君の奥さんを知らないし、子供がいたかどうかさへ知らない。疎遠も疎遠、中学以来話しもしていなかったのだ。 じつは、J 君が亡くなったことを知った直後、私は中学時代の先生を訪ね、そのとき昔私が住んでいたところを訪ね、また中学校の隣だった J 君の家の前を通ったのだった。J 君の家はもう無かった。中学校の校舎も他所へ移転していたし、周辺はまったく昔のたたずまいを無くしていたのだった。 私はこのごろ小津安二郎監督の映画をつくずく身にしみて理解できるように感じている。つまり、画面から、主人公の周囲から、つぎつぎに人が消え、物が消えてゆくさまを。それが小津映画の本質だ。 先日、高校の学年同窓会から連絡があり、学年卒業者295名中、判明しているだけで物故者は32名とあった。われらすでに71歳の男達にとって、32名という死者の数は、多いのか、少ないのか--------。 32名のなかに J 君も入っているわけだが、---------そういえば、夢のなかで訪ねてきた J 君の顔は、その存在さへ知らない奥さんの顔よりぼんやりと霧のように霞んでいた----------
Oct 16, 2016
コメント(0)
何日ぶりだろう、こんなすがすがしい秋晴れは! 市からの依頼で午前中に一件の仕事。 午後、昼食後の休みに、昨日のつづきのボブ・ディラン氏の詩を2篇翻訳してみた。『ハイウェイを下って』と『ボブ・ディラン・ブルーズ』。 「ain't 」と、しばしば出て来る。「are not」「am not」「is not」そして「has not」「have not」、それら全部にあてはまる短縮形。このことば自体はちっともめずらしくない。上記の否定形をひとつで表わせるので音を統一したい詩には都合がいい。------都合がいいのだけれど、じつは、教養のある人が使うことばではない。ディラン氏はこの言葉を使うことによって、詩の中の主人公のキャラクターをつくっているのである。まあ、日本語の現在、ことばは乱れに乱れて、朝日新聞でさへ、たとえば今日の夕刊のコラムのタイトルが『ぶっちゃけ聞いてみました』だとさ! それだから、ことばに教養の有る無しを知るなどというのは馬の耳に念仏だろうが、私はボブ・ディラン氏の詩を訳してみながら、このような言葉が使われる詩、その詩の中の主人公を表現するために、どのように訳せばよいか、工夫の余地を感じたのだ。 一例を示してみよう。 『Bob Dylan's Blues』の最後の第5連の最初の2行はこうだ。 Well, look it here buddy You want to be like me 難しいことばは一つもない。ここを私は次のように訳した。 まあ、あんちゃん、ここで見ていなよ 俺のようになりたければよ はたして如何なものだろう。 仕事の合間にボブ・ディラン氏の全歌詞を訳してみようと思っている。私だけの『ボブ・ディラン全詩集』である。
Oct 15, 2016
コメント(0)
昨日あたりからまさに秋冷を感じる。 午前中に数人の高齢者を訪問。いずれも元気で一安心。 ノーベル文学賞に決まったボブ・ディラン氏の歌詞を翻訳してみた。『風に吹かれて』『北国の少女』『戦争の主人たち』。ブログに掲載できないのが残念。
Oct 14, 2016
コメント(0)
日本時間の20時に発表になったノーベル文学賞は、シンガーソング・ライターのボブ・ディラン(Bob Dylan)氏に。下馬評高かった村上春樹氏は惜しくも逃した。ボブ・ディラン氏の受賞は私には意外であったが、まことにおめでとうございます。 受賞理由を私はまだ読んでいない。深甚な世界を感化力のある簡単な言葉で表現する哲学的な詩が評価されたのかもしれない。これを機会に詩を読み直してみよう。とりあえず題名だけあげておこう。☆ Blowin' In The Wind☆ SUBTERRANEAN HOMESICK BLUES☆ THINGS HAVE CHANGED☆ A HARD RAIN'S A -GONNA FALL☆ DON'T THINK TWICE, IT'S ALL RIGHT☆ MAKE YOU FEEL MY LOVE☆ THE TIMES THEY ARE A-CHANGIN'☆ HURRICANE☆ FOREVER YOUNG☆ GIRL FROM THE NORTH COUNTRY☆ OXFORD TOWN☆ Like a Rolling Stone☆ MAGGIE'S FARM☆ JUST LIKE A WOMAN☆ MASTERS OF WAR☆ BOB DYLAN'S BLUES☆ BOB DYLAN'S DREAM☆ TALKIN' WORLD WAR III BLUES☆ IT TAKES A LOT TO LAUGH, IT TAKES A TRAIN TO CRY☆ QUEEN JANE APPROXIMATELY☆ JUST LIKE TOM THUMB'S BLUES☆ DESOLATION ROW☆ Knockin' On Heaven's Door☆ MR.TAMBOURINE MAN☆ POSITIVELY 4TH STREET☆ AINY DAY WOMEN #12 & 35☆ ALL ALONG THE WATCHTOWER☆ LAY LADY LAY☆ TANGLED UP IN BLUE☆ SOMEDAY BABY☆ DOWN THE HIGHWAY☆ CORRINA, CORRINA☆ HONEY,JUST ALLOW ME ONE MORE CHANCE☆ I SHALL BE FREE☆ TOMBSTONE BLUES☆ FROM A BUICK 6☆ BALLAD OF A THIN MAN☆ HIGHWAY 61 REVISITED
Oct 13, 2016
コメント(0)
うちの猫たちは、まったく-------。 高齢者の見守りのための外出から帰宅すると、猫たちが険しい表情で私を睨みつけた。名前を呼んでも、おちゃんこしたまま無言をきめこんでいる。 そこでハタと気付いた。 私が外出するときはいつも、「お留守番していてね、いいこで待っているんだよ」と声をかけて行くのだ。しかし、今日はちょっとあわただしく「あいさつ」もしないで家を出た。そのことを怒っているのである。 猫とはいえ、私が出産を取り上げてから18年近く、「可愛い可愛い、いい子だ、いい子だ」と一緒に暮らしてくると、半分、人間だと思っているフシがある。加えて、彼女たちも高齢猫だ。6月にマスクが死んで、自分たちもそう永くはないと思いはすまいけれど、サチなどは私から離れたくないらしい。今朝も、まだベッドの中で、私の胸の上に腹這いになって私の顔を見ているのだった。胸にのらないときは、私の腕をかかえこむようにして眠っているのである。 --------ようやく機嫌をなおしたらしく、私の様子をうかがうように声をかけてきた。
Oct 12, 2016
コメント(0)
サッカー男子W杯予選、日本VSオーストラリア戦は、1−!の引き分け。 前半6分に原口元気選手が先制点をあげたが、後半7分、その原口選手が相手にPKを与えてしまい、ジェディナク選手が蹴ったボールはGK西川選手の右上を擦り抜けてゴールにつきささった。 以後、日本は惜しい場面もあったものの、結果は引き分け。互いに勝ち点1を分けあい、順位はオーストラリアが勝ち点8でB組2位、日本は勝ち点7で3位につけた。B組首位はサウジアラビア。 最終予選はホーム、アウェイ交互に来年9月までつづく。各組上位2チームが、W杯2018ロシア大会に出場する。
Oct 11, 2016
コメント(0)

今しがた新作のエージェント画商への第二段出荷が終わった。--------------------------- ポーランドの映画作家アンジェイ・ワイダ監督が9日に死去された。享年90。その活動は一貫して民主主義のための抵抗運動だった。 映画作品は、「世代」(1954年)、「地下道」(1956年)、「灰とダイヤモンド」(1958年)、「灰」(1965年)、「白樺の林」(1970年)、「約束の土地」(1975年)、「大理石の男」(1977年)、「鉄の男」(1981年)、「ダントン」(1983年)、坂東玉三郎を主演に起用した「ナスターシャ」(1994年)、「カティンの森」(2007年)、「ワレサ 連帯の男」(2013年)-------等等多数。 アンジェイ・ワイダ監督の死を悼みます。 掲載画像は1984年岩波ホールで上映された『ダントン』のパンフレット。 映画の中に、画家のジャック=ルイ・ダヴィッド(1748-1825)の姿が点景的人物として出て来る。フランス革命期を生きた画家ダヴィッドは、ジャコバン党員として政治に積極的に関わっていた。バスティーユ襲撃にも参加し、その様子を描いてもいる。国民議会議員にもなった。ルーヴル美術館所蔵のひときわ目をひく「ナポレオンの戴冠」はナポレンの首席画家として絶頂期の大作である。そのダヴィッドが、映画の中で、国民公会議の様子を議場の二階の回廊からスケッチしていたり、アトリエで男性の裸体モデルを描いているところにロベスピエールがやってきて、裸体の男と入れ替わった彼の肖像を描くシーンがある。こんな映画の細部を、私はおもしろく観たことを思いだす。
Oct 10, 2016
コメント(0)
まる一日、雑用に追われていた。こんな日が無いわけではないが、よって作品制作は休み。 話は変わる。 昨夜、NHKBSプレミアムで岡田准一さんがホストを務める「ザ・プロファイラー」を観た。 シーズン5のスタートとかで、いつもは3、4人がテーマにそった思い思いの見解を話しながら進行していたが、今回は岡田さんがお一人、イタリアに出向き、イタリア・ルネッサンスが戦いの革命期であったことを検証するというもの。これが取材も番組構成も優れていて大変おもしろかった。 私はじつはこの番組をいつも観ているわけではない。コメンテーターたちの「見解」とやらは、もっともらしくはあっても、まあ、どうでもいいおしゃべりで、わざわざ私の時間を割いて拝聴するほどでもなかったからだ。で、今回も期待もせずに観ていた。FIFAワールド・カップ最終予選の日本vsイラクが、NHKBS1で同時進行していたから、気が気でなかったのだ。 ところが、岡田さん、鋭い鋭い。ご自身がアクション俳優として武術の稽古をしているとかで、おそらくその稽古は本格的に徹底しているのであろう、武器・武具についての目のつけどころが的を射ているのである。 博物館に日本の甲冑がずらりと陳列されているのを眺めて、すかさず「有名な人物の甲冑があるのではないですか?」と学芸員に問う。甲冑に穿たれた紋章に気付いたのである。丸に引両紋の甲冑が見えた。足利家(もしくは最上家)のものだ。------しかし、それなどは序の口、西洋甲冑のレプリカを試着させてもらい、さすがのアクション俳優らしい剣さばきをしたと思ったら、「日本の甲冑のほうが重い。日本甲冑はその重さを腰で受けとめるが、西洋甲冑は見かけより軽くて、人間工学的にあらゆる動きに適応する工夫がされている」と。そしてそれを可能にしているのが蛇腹の発明であり、その細工技術のすごさを指摘する。軽いのは、鉄の製錬技術がこの時代に格段に進化し、上質な薄い鉄板を得ることができたからだという。 また、腕力では引けず巻き上げ機で弦を引く大石弓を初めて試射し、一発目で的のほぼど真ん中を射抜くことができると、その性能の良さが使い手の技術によらないことに気付く。そしてこれが武人のような技術が無い「一般市民」の「防戦」のための武器だった事実に思いいたる。 あるいは、活発になった地球規模の人的交流が、武器や武術の土着のそれらとのフュージョンを生み、本家本元が廃れた後にもマージナルなところに現存する事実をつきとめる。そこには異文化融合の、そして文化そのものの本性があるのだ。西洋文化圏で剣術が戦闘の一線からしりぞいたのは、その頃から銃火器が出てきたからであった。 また、王や武人たちの遺骨から、その人生を再現できるとする現代医学の一分野にもたどりついていた。 私はイラストレーターとして、西洋甲冑や武器・武具に関する資料を少ないながら所持している。かつて早川書房版ディクスン・カー『ユダの窓』や同じく東京創元社版『仮面劇場の殺人』の表紙に石弓を描いた。もちろんどのような仕掛けの武器であるか知ったうえで描いたのであるが、都市国家時代の一般市民の防戦用の武器だったことには全然気付かなかった。たしかに「攻撃」にはあまり適さない。また、昔々、日本橋三越がイギリスからヘンリー8世の甲冑のレプリカを借りてきて展示したことがあり、私はその大きさに驚き、こんな物具で闘うことができたのだろうかと疑問に思ったものだ。あるいはナポレオンの将兵の大砲の穴があいた胸甲の実物をみたこともある。そうしたときに感じた何十年も前の疑問が、岡田さんの話で一気に氷塊したのだった。 遺骨研究に関しても、私はこのブログにも書いたが、たとえばイギリスにおける近年のリチャード三世の遺骨発見ならびに医学的研究を、シェイクスピア劇やディケンズの史書の記述に照らして関心をもってきた。 ともあれ、すばらしい番組だった。
Oct 7, 2016
コメント(0)
午前中は市から依頼された高齢者数人を訪問。 十月も間もなく中旬だというのに、正午の気温は29.6℃だ。ちあきなおみさんの歌じゃないが「かんかん照りの昼は怖い」(「夜へ急ぐ人」作詞;友川かずき)。夕方になって風が出てきて23℃まで下がったけれど、暑かった,暑かった。 午後からは制作。小品1点が完成した。すぐに次の作品の準備をした。構想は、まだ無い。もう1点、支持体実験の小品を創ってみる。 途中まで描いて放置してある20号の作品が、まだ手をつけぬかと言うように私を見ている。一組の男女が苦しいポーズで、長い間、静止したままだ。私の死後に、描きかけ作品を遺したくはないと思っているのだが--------
Oct 6, 2016
コメント(0)
きょうは終日仕事場に籠って制作。たぶん明日には小品1点が完成するだろう。 台風18号は韓国南部を通過し、日本の東北・北海道方面に進んでいるらしい。その影響だろう、夕方から雨が振りだし、少しずつ雨音が強くなったり弱くなったりしている。遠くで風音がかたまりのように街を吹き抜けていくのが「コー」と聴こえ、それがどのような風筋なのか、しばらくすると山の上の我家の窓の雨戸を揺すり、そして消えて行く。私は夜の闇を想い描きながら耳をそばだてている。
Oct 5, 2016
コメント(0)
CNNが、スコットランドのある施設に飾られている聖母肖像画が、ラファエロの作品である可能性がおおきいと伝えている。 19世紀初頭に英首相をつとめた第4代アバティーン伯爵が、ラファエロ作品と信じて買い取ったものの別人の作品と判断されてきたという。 このたび専門家による洗浄後に、あらためてラファエロ作品の可能性を指摘したのは、BBCの「お宝さがし」番組の司会者で美術史の専門家ベンドール・グローブナー氏。CNN.co.jp : 少額購入の聖母マリア肖像画、26億円のラファエロ作品か CNNが掲載している画像を見ると、たしかにラファエロの特徴をそなえている。聖母のややふっくらした顔立ちの気品。細部を見ると、髪型が『鶸(ひわ)の聖母』とほとんど同じである。中央の分け目から下がった耳の上部に編み込みがあるが、違いは、『鶸の聖母』は髪が耳を覆っている点だ。 私が少し気になるのは、この新発見の聖母像の手が、ややふくらみに欠けると思われることか。ラファエロは手の描写が優れている画家のひとりだ。 さて、いかなる結論が出るだろう。もしラファエロの真筆となれば、グローブナー氏が言うように、スコットランドに存在する唯一のラファエロ作品ということになる。価値はおよそ26億円とか。-------日本人としてはうらやましい限り。たしか日本にはラファエロは1点も存在しないはず。
Oct 4, 2016
コメント(0)
今朝、エイジェントの私の担当者から電話があり、先月25日に完成した支持体実験の小品と、一昨日完成した10号の作品を見たいという。それでさきほど22時までその2点の化粧掛けをしていた。週末には引き渡せるだろう。 台風18号が沖縄を暴風に巻き込んで通過、明後日頃には関東のど真ん中を通過しそうな予報がでている。その影響であろうか、昨日の晴天は嘘だったかのように今日はまた一日中雨だ。 一瞬の隙の雨上がりに猫達の缶詰を買いに出た。台風来襲前に買いだめしておこうと思ったのだ。人間のようには猫達は我慢がきかない。老猫を飢えさせるわけにはいかない。 しかし、毎度のことながら、もう少しで我家に帰り着く手前で、いきなりドシャ降りとなってシャツもパンツもグッショグショ。 家に帰ってこっそり浴室に入り、全部脱いで、また足音をしのばせて全裸で寝室に行き、着替え。一言も発しないでそのまま仕事場に入った。 ・・・・雨男というより、雨に当たることが分かっているのにその時間しか空いていないから出かける。まあ、浮き世の汚れを洗い流したと思えば、作品のイメージも清々しくなる!(ならないか?)
Oct 3, 2016
コメント(0)
きょうは朝から小学校の運動会参観。8時15分に家を出てお昼まで。 運動会を観ながら一句・・・・ 運動会子らの声のぼる天高し 青穹 午後の部は失礼して、次いで町内自治会からの出席要請を受けて防災をめぐっての会議に出た。午後5時半帰宅。 10月22、23日に町内でミニ個展をやってくれとの依頼あり。毎年やって来て、今回が4回目。町内で楽しみにしている人達がいるから、と言われれば、否とも言えない。「手持ちの作品が、だんだんエロチックなものしかありませんよ」と言ったら、「いいんです、みな高齢者ですから」だって。グウの音も出ないとはこのことだ。おことわりの言葉もない。 帰宅途中で、「10月22、23日、楽しみにしています」と年輩の男性から声をかけられた。もう、情報が先に出回っている!
Oct 2, 2016
コメント(0)
さきほど午後5時まで制作。数点並行して描いていたうちの10号作品が完成した。この作品は途中で行き詰まって長らく放置していた。昨夜、ながめているうちに、不意に解決を思いつき、夜だというのに電動サンダーでガガガーと部分的に削り、塗り、着ていたシャツ一着をダメにする奮闘ぶりでほぼ最終部までやった。そして今日、細部に手を入れ、一旦終了したが、再びながめているうちにもっと良くなりそうなことに気がついて筆を執った。絵が強くなった、主張が明確になった-----と思いながら、擱筆した。 閑話休題 14年前にオランダのゴッホ美術館から盗まれた2点の作品「スヘフェニンゲンの海の眺め」と「ヌエネンの教会から出る人々」が、額縁は失われているもののほぼ無傷でイタリアで発見されたという。発見場所は、なんとマフィアの所有するアパートというから、まさに絵に描いたような話だ。といっても、盗んだのはこのマフィアではなさそうで、盗品美術故買ルートからめぐりめぐって行き着いたようだ。 じつはこの盗難作品についてはアメリカFBIやその他の国際的な警察組織のリストに掲載されていて、そのリストはインターネットで見ることができる。第二次大戦中にナチスによって略奪された作品もそうしたリストに含まれている。 で、ついでながら、そのリストのなかで私がもっとも気になるのが、1934年4月にベルギーのゲント市聖バヴォ大聖堂から、ヤン・ファン・エイクの『ゲントの祭壇画』の下のパネルの左端からはずされて盗まれた『裁判官たち』(145X51cm)だ。 同年11月25日に犯人から司教に100万ベルギーフランを要求する手紙がとどいた。しかし司教は支払いを拒否した。犯人は死の床にいた。「自分一人が隠し場所を知っており、その秘密を墓場まで持ってゆくことになるだろう」と書いていたのだった。そして、そのとおりになった。作品は発見されていない。現在では当時すでに破壊されてしまっていたのだと信じられている。 --------『ゲントの祭壇画』の実物(1432年作)を私たちは観ることができる。のみならず盗まれたはずの『裁判官たち』がきちんと元の位置におさまっているのである。上に述べた犯罪を不思議に思われる方もいるかもしれないが、じつは、私たちが観ているのは実物の下左部分にはめ込まれた、その部分だけ見事に再現された現代の複製画なのである。 油彩画の歴史のなかで最も重要視される、いわば油彩画技法の最高の到達点ともいえる『ゲントの祭壇画』は、その巨大な全体(380X535cm)が16世紀(あるいは17世紀)に、まるごと模写されていて、アントウェルペン王立美術館が所蔵している。それはかつて1987年に日本に貸与され東京・国立西洋美術館に展示され、かくいう私も観ている。 話がやや横道にそれたが、もうすこし横道にそれると、マフィアが名画を所蔵しているという話をとてもおもしろく仕立てた映画がある。アンドリュー・バーグマン監督『ドン・サバティーニ』(1992年;主演マーロン・ブランド、マシュー・ブロデリック、ペネロープ・アン・ミラー)だ。なんと『モナリザ』が、マーロン・ブランド扮するマフィアのボスの邸宅に飾られているのである。とっぴなような物語だが、『モナリザ』の真贋は別にして、なかなか機知に富んだ良く出来た映画だ。『モナリザ』もかつてルーヴルから盗まれていましたよね?
Oct 1, 2016
コメント(0)
全27件 (27件中 1-27件目)
1
![]()
![]()
![]()